A級2位 茶渡隊 作:ぽんぺぱろん
突如として始まった、ボーダー精鋭部隊との戦闘を終えた茶渡隊。
唯一、
廊下に出ると、少し離れた場所から隊員たちの話し声が聞こえてきた。石田は眼鏡を指先で押し上げると、気に留める様子もなく、いつもの足取りで歩き出した。
そのときだった。
「っ! 石田……っ!!」
不意に名前を呼ばれ、石田は足を止めた。声のした方へ目を向ける。そこに立っていたのは、先ほどまで戦場で対峙していた男──三輪秀次だった。
三輪は石田を見つけるなり、険しい表情で歩み寄ってきた。眉間には深い皺が寄り、握り締めた拳には力がこもっている。
「どうしてだっ!? どうして玉狛の……
今にも胸倉をつかみかねない勢いで、三輪が詰め寄る。しかし、石田は一歩も退かなかった。眼鏡の奥の瞳で三輪を見据え、わずかに眉をひそめる。
「
「隊の方針に従っただけだと!? ふざけるなっ!」
三輪の声が廊下に響いた。
「お前は……お前は
「……ああ」
石田は、あっさりとうなずいた。
「確かに、僕は母と祖父を殺した
「ならっ! ならなんで玉狛の味方をしたっ!?」
三輪が声を荒らげる。石田は答えなかった。ただ、目の前の三輪を静かに見つめている。その沈黙が気に入らなかったのか、三輪はさらに一歩踏み込んだ。
「何か言ったらどうなんだっ!」
石田は一度、眼鏡の位置を直した。いつもと変わらない、落ち着いた仕草だった。
「僕も君も、一人じゃない」
「……なに?」
三輪が眉をひそめる。
「何を言って……」
「人の意思は、重なり合うことでより複雑なものになる。そして、ときには誰も予想しなかった方向へ進んでいく」
石田は淡々と続けた。
「人は他人と関わることで、知らず知らずのうちに影響を受けるんだ。自分では決して選ばないと思っていた選択を、ある日、あっさりと選んでしまうことだってある」
「だから、何が言いたいっ!?」
三輪の苛立ちは収まらない。石田はわずかに目を細めた。
「……君は、僕が
「当たり前だっ! お前は……!」
三輪は言葉を切った。
石田雨竜という人間を、自分はそれなりに理解しているつもりだった。
家族を
境遇が似ているだけではない。そういう堅実なところも、自分とよく似ていると思っていた。だからこそ、三輪は石田に対して、どこか仲間意識に似たものを抱いていたのかもしれない。
もちろん、面と向かってそんなことを口にするつもりはなかった。そもそも、それほど石田と親しくしていたわけでもない。だが、同じように
それなのに。
「確かに、僕は
石田の声に、三輪ははっと顔を上げた。
「だが、それとこれとは別の話だ」
「……っ!」
三輪の表情が険しくなる。
「別の話だと……?」
「そうだ」
石田は静かにうなずいた。そして、少しだけ顎を上げる。
「僕は玉狛に、
そこで一度、言葉を切った。三輪は黙って石田を見つめている。何を言われようと、納得するつもりはなかった。そもそも、納得できるはずがない。
石田はその視線を真っ向から受け止めた。
「…………僕が味方をしたのは」
いつもと変わらない、冷静な声。けれど、その言葉には迷いがなかった。
「僕の、友達だ」
「…………友達?」
三輪が呆然とつぶやく。
「そうだ。僕は自分の意思で、友達の味方をした。それだけのことだ」
あまりにもはっきりとした答えに、三輪は言葉を失った。
友達。
石田は今、そう言ったのだ。
思い返せば、石田が黒崎一護と同じ隊に入ったと知ったとき、三輪は正直、意外に思った。あの黒崎のことは、以前から気に入らなかった。規律や命令よりも自分の判断を優先するようなところがあり、何かと衝突することも多い。
そんな男と、石田のような人間がうまくやっていけるとは思えなかった。
実際、二人はよく言い合っていた。
黒崎が何か言えば石田がすぐさま言い返し、石田が皮肉を口にすれば黒崎が露骨に顔をしかめる。傍から見れば、どう考えても相性が悪い。
けれど、三輪は二人が言い合っている姿を見るたび、妙な納得を覚えていた。あれだけ遠慮なく言い合えるのなら、案外、気が合うのかもしれない。
黒崎の態度には相変わらず腹が立ったし、石田の言い方にも少々癖がある。だが、互いに言いたいことを言い、相手の言葉にいちいち引き下がらないところは、どこか似ているようにも思えた。
何より、石田が黒崎と一緒にいることを、特別嫌がっているようには見えなかった。
それでも三輪は、二人の間にあるものを、せいぜい気の合う仲間同士のやり取りだと考えていた。
まさか石田が、
「お前……っ!」
ようやく出た声は、怒りに震えていた。だが、その先が続かない。石田が
それなのに、石田は迷わず黒崎たちの側に立った。
自分と同じものを憎んでいるはずの男が、自分とは違う答えを選んだ。その事実が、三輪にはどうしても受け入れがたかった。
「……納得できない、という顔だな」
「納得できるわけがないだろっ!」
三輪が即座に言い返す。
「お前は
「何度も言わせるな」
眼鏡を押し上げ、三輪を見据える。
「僕が誰の味方をするかは、僕が決めることだ」
その言葉に、三輪は口をつぐんだ。反論したかった。何か間違っていると、そう言ってやりたかった。だが、石田の言葉は、三輪自身が誰よりも大切にしているはずのものだった。
自分の信念を曲げず、他人に流されず、自分の判断で行動すること。それを石田が実行しただけだと言われれば、三輪には否定する言葉が見つからない。
「……お前は、本当にそれでいいのか?」
しばらくして、三輪はようやく口を開いた。先ほどまでの怒声とは違う、抑えた声だった。
「
石田はすぐには答えなかった。わずかに視線を落としたあと、三輪へと目を戻す。
「……三輪」
眼鏡の奥の瞳が、まっすぐに三輪を捉えた。
「僕は、自分が何を嫌っているのかくらい、よく分かっているつもりだ。だからこそ、自分が誰のために戦うのかも、自分で決める」
それだけ言うと、石田は今度こそ歩き出した。
「…………っ!」
三輪は呼び止めようとしたが、言葉が出てこなかった。遠ざかっていく背中を見つめながら、拳を握り締める。
石田の選択を認めたわけではない。近界民への憎しみが消えたわけでも、黒崎たちのことを理解できたわけでもなかった。
ただ、自分が同じ立場なら同じ答えを出すはずだと、どこかで決めつけていたことに気づかされた。同じ境遇だからといって、同じ道を選ぶとは限らない。そんな当たり前のことを、三輪は今さら突きつけられていた。
「……くそっ」
三輪は小さく吐き捨てた。石田の姿は、もう廊下の角に消えていた。
「かわりにこっちは、『風刃』を出す」
城戸と忍田の対立によって、会議室には重苦しい空気が流れていた。互いに一歩も引かず、張り詰めた空気がさらに強まっていく。そんな中、会議室の扉が開いた。
姿を現したのは、戦闘を終えたばかりの迅悠一だった。いつもと変わらない落ち着いた足取りで室内に入ると、並んだ幹部たちに目を向ける。激しい戦闘を終えたばかりとは思えないほど、その表情には余裕があった。
そして迅は、
「悪くない取引だと思うけどね」
軽い調子で問いかける迅。しかし、城戸は表情ひとつ変えず、すぐさま言葉を返した。
「そんなことをせずとも、規定外戦闘を理由にトリガーを取り上げることは可能だ」
城戸の声には、交渉に応じるつもりなどないという意思がにじんでいた。だが、迅も引き下がらない。
「その場合、当然、太刀川さんたちのトリガーも没収ってことだよね?」
「……もし、そうしないと言ったら?」
低い声が会議室に響いた。城戸は迅をまっすぐに見据え、その反応をうかがう。対する迅は少しもひるまなかった。むしろ、待っていた言葉を聞いたとでもいうように、口元に薄い笑みを浮かべる。
「そうなったら、もちろん抵抗させてもらうよ」
さらりと言い切った迅に、会議室の空気が再び張り詰めた。
「でも、大変だよ?」
まるで世間話でもするような口調だった。けれど、その言葉の重みを城戸たちは知っていた。
「
迅は、幹部たちの反応を確かめるように、ゆっくりと視線を巡らせた。
「忍田さんも加われば、戦力は完全にこっちが上回ることになる。わざわざそんな状況を作るより、風刃を手に入れた方がいいんじゃない?」
最後まで、迅の口調は穏やかなままだった。声を荒らげることも、相手を脅すように身を乗り出すこともない。ただ淡々と、選ぶべき道を示しているだけだ。
それでも、その場にいる誰もが理解していた。これは単なる取引ではない。迅の目には、すでにその先の未来が見えている。
空閑遊真がボーダーに入隊する未来。その結末へと至る道筋を、迅は今、着実にたどっているのだった。
もはや、残された選択肢は限られていた。
ボーダーに帰還した一護と茶渡が茶渡隊の隊室に入ると、織姫と迅が二人を待っていた。
「おかえり、黒崎君! 茶渡君!」
「おう、ただいま。……って、なんで迅さんがいるんだ?」
一護は織姫に軽く手を上げて応え、それから迅に目を向けた。
「いやー、ちょっとお願いがあってね」
「お願い?」
「うん。まあ、座ってよ。立ち話もなんだし」
迅に促され、一護と茶渡は向かいのソファーに腰を下ろした。織姫も二人のそばに座る。
「そういや、石田は?」
一護が室内を見回しながら尋ねた。
「石田君なら、いつの間にか帰っちゃったみたい」
「なんだよ、もう帰ったのか。……まあ、別にいいか」
「いいんだ……」
迅は苦笑し、やれやれといった様子で肩をすくめた。
「君たちって、ほんと独特な距離感だよね。仲がいいのか悪いのか、よくわからない」
「別に悪くねぇよ」
「ふふっ、そうだよね」
織姫が笑う横で、一護は少しだけ眉をひそめた。
「それより、頼みってなんだよ。まさか、また面倒事じゃねぇだろうな? 太刀川さんの相手をするのも大変だったんだぞ」
「でも、最後はちゃんと勝ってたじゃないか」
「そりゃ、やるからには勝ちにいくだろ」
一護は当然だと言わんばかりに答えた。
「ははっ、頼もしいねぇ」
迅は笑いながら、ふと思い出したように一護へ尋ねた。
「そういえば、最後に太刀川さんを倒した、あの旋空。あれって名前あるの?」
「……名前?」
「うん。生駒旋空みたいに技に名前がついてると、わかりやすいでしょ? 戦闘中に連携するときも、名前があれば伝えやすいし、イメージもしやすい」
「なるほど……。確かにな」
一護は腕を組み、少し考え込んだ。
「今までそんなこと考えたこともなかったな。まあ、名前くらいなら後で考えとくか」
「うん、そうしてくれると助かるよ。せっかくの技なんだし、呼びやすい名前があると便利だから」
「わかったって。……で、そろそろ本題に入れよ」
一護がじろりと睨むと、迅は悪びれもせずに笑った。
「はいはい。そんなに警戒しなくても大丈夫だって。このあと、ちょっと玉狛に来てほしいんだよね」
「玉狛に?」
「うん。玉狛で少し話そう。そんなに時間はかからないよ」
「……あんたの『ちょっと』は信用できねぇんだよ」
「え、俺ってそんなに信用ない?」
「自分の胸に聞いてみろ」
一護が即座に返すと、迅は声を立てて笑った。
「ははっ、まあまあ。今回はそんなに身構えなくてもいいよ」
その言い方に、一護はますます怪訝そうな顔をした。すると、それまで黙っていた茶渡が口を開いた。
「一護、井上。悪いが、もし玉狛に行くなら二人で行ってくれないか。実は城戸司令に呼ばれているんだ」
「ああ……。そっちか」
一護は顔をしかめた。茶渡の呼び出しは、先ほどの戦闘と無関係ではないのだろう。迅もそれを否定しなかった。
「うん。今回の件についていろいろ聞かれると思うよ」
「やっぱりか」
茶渡は短く答えた。迅は申し訳なさそうに笑う。
「ごめん、チャド。城戸さんも簡単には引き下がらないだろうし、少し大変かもしれない」
「問題ない。慣れている」
茶渡はいつもと変わらない口調で答えた。その言葉に、一護はわずかに視線をそらす。
これまで一護や石田が引き起こした騒動の後始末で、上層部から事情を聞かれたり、小言をもらったりすることも少なくなかった。そんな経験を重ねてきた茶渡にとって、こうした呼び出しも珍しいものではない。
とはいえ、慣れているからといって、気苦労がなくなるわけでもなかった。
「……悪ぃな、チャド」
「気にするな」
茶渡はそれだけ答え、一護に目を向けた。
「お前たちは、迅さんの話を聞いてこい」
「おう。わかった」
一護は頷き、改めて迅へ向き直る。
「で、俺と井上が行けばいいんだな?」
「うん。二人に来てもらえれば十分だよ」
「わかった。俺はいいぜ」
「私も大丈夫ですっ!」
織姫も元気よく返事をした。
「よし、じゃあ決まりだね。さっそく行こうか」
迅は立ち上がり、二人を促した。
「……念のため聞いとくけど、ほんとにすぐ終わるんだろうな?」
一護が念を押すと、迅はいつもの笑顔で答えた。
「さあ、どうだろうね?」
「おい!」
「ははっ、冗談だって。すぐに終わるから。すぐに、ね」
「その言い方が一番怪しいんだよ!」
一護の抗議を聞きながら、迅は楽しそうに隊室の出口へ向かった。織姫はそんな二人の後を追いながら、くすりと笑う。
「黒崎君、迅さんって面白い人だね」
「面白ぇっていうか、調子が狂うんだよ……」
「いやー、褒め言葉として受け取っておくよ」
「褒めてねぇ!」
一護の声が隊室に響く。
二人を見送った茶渡は、出ていった扉に目を向けたあと、静かに立ち上がった。これから向かうのは、城戸司令の待つ場所だ。
一方、一護と織姫は、迅に連れられて玉狛支部へと向かうことになった。