コードギアス ~黄昏のルルーシュ~ 作:カメル~ン
彼女は車椅子を三台持っている。
まず、公けの場て使う金細工の使われた、離れて見ると全体がカップ型を模した優雅な装飾と分かる、薄い赤基調な大型の高級電動車椅子。
次に普段の生活で使っている、振動も無く小回りの利く白い新型の電動車椅子。
そして、反応や動きも少し遅く揺れもあるが―――度々お忍びで使う一番のお気に入りで、兄や皆との思い出深い台車部分がベージュカラーの、アッシュフォード学園でも使っていたあの電動車椅子である。
「ゼロ、このあとの予定は?」
「はい、30分のご休憩のあと、全中南米方面商工会の代表、ラファエル氏との会談です」
北ブリタニア大陸東海岸の都市、ニューヨークにある政府施設の一画にある第三応接室を出た廊下を進む。
彼女は今また会談を控え、公けの場用である大型の高級電動車椅子に乗り、傍にゼロと元宰相であった男を従えていた。
「そうですか、分かりました」
彼女は笑顔で頷き答えていた。
ブリタニア。
代表は車椅子の少女、ナナリー総代議長である。
超合集国に参加しており、現在もまだ『神聖ブリタニア帝国』を自治国名としている。ヨーロッパの占領地をすべてE.U.(ユーロピア共和国連合)へ、そして日本も無条件返還したが、依然として世界の三分の一を有している超大国だ。
盛大な式典等は行っていないが宣言はあり、すでにナナリー・ヴィ・ブリタニアが第100代皇帝に正式に即位している。後見人は皇女の一人、コーネリア・リ・ブリタニア。
主な皇族は帝都へのフレイヤの攻撃で死亡。シュナイゼルも戦時下とはいえ、多くの皇族とともに人命を奪ったことを理由に継承権を返上していた。もちろん返上はゼロ(スザク)による指示だが。
ナナリーは、今後皇帝の称号で呼ばれるのは、発言に必要な立場や象徴的な場合に限るとした。
新皇帝ナナリーの命により、貴族制度は廃止が継続され緩やかな議会制に変わっている。半民主主義を採用し、一部選挙を導入しはじめた。貴族たちの力が小さくなった今、国民の支持を得られる政治をしなければ、国が倒れてしまうからだ。
それでも軍、官、民に一番影響力を持っている人物はシュナイゼルだった。ゼロによる指示で、シュナイゼルはナナリーの補佐官となり、ナナリーは総代議長として議会の全権代表の立場に立てていた。僕(しもべ)になってはいたが、シュナイゼルの智謀は非常に優秀だった。
貴族については、爵位は無くなったが屋敷と周辺の所有地だけは貴族らに属すようにと指示。それ以外の土地は国がいったんすべて所有し、資源開発や部分売却することで長期的に国民の一般税率を抑え国費の一部に充てる計画にした。一方で貴族らへは多くは無いが当面恩給を出すことになった。
軍については、コーネリアに統率させ士気を維持し、受け皿が整うまで当面維持することを提案してきた。あぶれた軍属が不満から反乱を起こされても大変だからである。
また、首都をどうするかに際して良策をと聞かれ、十年程の中期的の巨大な内需として、旧帝都ペンドラゴンがあったその南の海に面した広大な平野部に、新都建設計画が立てられた。フレイヤの巨大クレーターは北から新都へ水を供給する豊富な貯水湖に活用する予定となっている。
ナナリーらは新都の主要施設(宮殿は作らない)が出来るまでは、当面大陸東海岸の都市を初め、租借地であるトウキョウ租界にも多く滞在すると言う。(日本領土のほぼ一括返還に、食糧援助、復興費の一部負担申し出もあり、日本の人々のナナリー総代議長への評価は非常に高く、印象もかなり良いものになっている)
シュナイゼルについて、スザクとしては個人的な激しい恨みはない。ユフィやルルーシュの目指しているものには非常に邪魔だっただけである。
なので、『ゼロ』としても非人道的な扱いはしていない。第一、ナナリーがそれを絶対に許さないだろう。
現在ゼロは、ナナリーの庇護下でなければ存在出来ない状況でもある。
ゼロの存在は元々少し微妙な位置にあったのだ。
ゼロレクイエム直後、ゼロは英雄であった。あの『破壊皇帝』ルルーシュを討ったのだから。だが、人々はいつまでも熱狂する訳では無い。
そしてゼロは特定の基盤となる組織を持っていなかったのだ。
ゼロレクイエムの時、いやそれ以前から、あの黒の騎士団は扇要がリーダーに変わっていたからだ。
ただナナリーも、敬愛する兄からその意思を託されたゼロであるズザクを、無下に扱う訳がないのである。
皇帝ルルーシュを討った功績により、ゼロはブリタニアにも貢献したと言え、今はナナリーの補佐官の一人となっている。
もう一人の補佐官であるシュナイゼルのギアス影響については、当然極秘扱いになっている。事実を知っているのはナナリーやコーネリアら極少数である。現在公けには、シュナイゼルの豹変は敗戦による精神変化となっていた。今はゼロからの指示で、なるべく普通の人間らしい行動を取る様にとなっているのでかなりマシになっている。
またシュナイゼルに従っていたカノンもあの直後、ルルーシュにギアスを掛けられている。「今日の事とギアスの事、そしてシュナイゼルの事を忘れ、近付くな」と。今、彼はブリタニアへ戻されている。
『誰かに従え』という命令は、その人間の意志を丸ごと奪ってしまうため使いたくなかったのだ。
(悲しい思いの連鎖は全て断ち切りたい)
ナナリーは、清濁を飲み一大国家の代表として皆が明日も笑って歩める国を目指そうとしていた。ルルーシュはそのために悪名と悪行を全て引き受けたのだから。
彼女は兄の姿を思い出し、全中南米方面商工会の代表である貫録のラファエル氏を前にしても落ち着き堂々と相対していた。
彼女は皇帝になり、より優しく、そして強くなっていた。
トウキョウ租界の一画。さすがに『ゼロ直属開発機関』とは名乗れず、租界特別技術室を名乗っている部署があった。
「どうかな、ゼロくん。大分調整して近づけてみたけど。さすがに元が違うからランスロット・アルビオンとまでは行かないけどね」
ロイドの柔らかい声が整備室内に響く。補佐のセシルも傍で溌剌と機体の調整を手伝っていた。
「かなりいいですね」
すでに慣れている仮想稼働試験を、『ゼロ』の姿のままコクピット内で行っていたが、強敵らとも十分戦える感触を得ていたスザクはそう答えを返していた。
現在、世界でKMFの開発製造が凍結されているため、ゼロの乗る機体にKMFランスロットを用意できていない。第九世代KMFランスロット・アルビオンは機体の予備部品が殆ど残っておらず、製造凍結までに間に合わなかったのだ。
だが『ゼロ』は、ナナリー側近の近衛士官としての役も担っており、交換予備部品を寄せ集めた第七世代に相当する量産試作機であるKMFヴィンセントが専用で用意された。そして機体はゼロの姿に合わせて黒に塗り替えられており、以前のような雰囲気とは異なって見えた。
今の自分のイメージカラーは『黒』。
これは、ゼロとして自分に課された事だとスザクは感じている。もう『白』の機体に乗ることは無いかもしれない。
だが、これも親友から世界と共に託されたことだと思えば、全然悪い気はしなかった。
それと―――この機体はヴィンセントだが、予備で残っていたアルビオン用の高出力ユグドラシルドライブ、そしてあのエナジーウイングを転用搭載されていた。
ロイドとセシルの神技的な調整と完璧を期す為の一部改修加工が施され、ヴィンセントの小柄の機体に一回り大きいランスロット・アルビオン用の翼が広がる神々しい機体に仕上がっていた。
なのでこの機体はもう、ハイパワーの新KMF、ヴィンセント・アルビオンと言える機体だった。機動性と加速力はランスロット・アルビオンをも計算上ながら上回っている。出撃時武装として追加で、少し軽量化したスーパーヴァリスも一丁装備する予定になっている。スザクがパイロットの場合、さらに多少の機体性能の差を覆すほどの戦闘力を発揮することだろう。
まあさすがに、カレンの乗る超ハイスペックな第九世代相当のKMF紅蓮聖天八極式が相手の場合、正面からは少しきつい所であるが。
しかし護衛としては、この黒い機体のKMFヴィンセント・アルビオンで十分と言えよう。
機体調整を終えた『ゼロ』は、ナナリーの所へ戻るためコクピットを後にして整備室の床へ降りると、新しい黒い機体を静かに見上げた。
スザクは、ルルーシュがどこかで生きているのではと少し思っている。
あのルルーシュが本当に何も策を弄していなかったとは思えない。
だがあの時確かに、彼の心臓下の下大静脈付近をこの手で……『ユフィ』への想いと鎮魂も込めて―――背中まで剣で刺し貫いた。
心臓や大動脈なら即死だが、下半身から戻ってくる血液が通る下大静脈なら僅かに時間はある。その間に彼自身からのギアス(託された役目と言葉)を受け取ったのだ。
しかし出血量は夥しい為、致命傷には違いなかった。
あの時に『ルルーシュ』は、多くの悪を背負って名実ともに皆の前から確かに死んで去って行った。
スザクはそれで、もういいと思っている。
親友でもあった彼は『多大な業』への責任を取り、約束通りにユフィの目指した極めて困難だと思われた、皆で明日へ向かって進む事の出来る世界へ導いたのだから。
ただ―――今後も『皇帝ルルーシュ』の名を騙り利用する者や、『皆で明日へ向かって進む事の出来るこの世界』を脅かす者が現れれば、全て討ち滅ぼすのみだと考えて生きている。
『ゼロ』は見上げていた視線を戻すと、前を向いてゆっくりと整備室を後にした。
元ナイトオブスリーのジノ・ヴァインベルグも、ブリタニア軍に復帰を控えていた。
ラウンズは多くが戦死し、アーニャも退役しているため、彼の復帰はブリタニア軍としては大きな戦力となる予定だ。
彼としては、守るべきもの(カレン)の傍にいたい気持ちもあった。しかし、今は相手の気持ちも尊重したいと考えている。彼女はまだ『やりたいこと』があるという。
彼女の事はあきらめたわけではない。見守り応援することも今は大事な事だと思っているからだ。そして自分にもやるべきことがあると。
とは言え、彼はトウキョウ租界への配属を希望していると言う。
さて、そういう良い話もあるが、ブリタニアもすべてうまく行っている訳では無い。
今、武器の横流しなのか兵器の紛失が目立っていたのだ。KMFまでもがその対象になっている。日々在庫の管理を徹底させるようにと、コーネリア将軍はギルバートら幹部を前に厳しく指示を出していた。
また、ブリタニア全域で問題になりつつあったのは薬物問題であった。
リフレインや禁止薬物中毒者が増加中だったのだ。
貴族制度廃止で関連施設及び事業から多くの失業者を出しているのが最大の原因と言われている。加えて日本領やヨーロッパ方面の全占領地域の無条件返還も関係がないとは言えない。奪っていたものとは言え、多くの富と権利を喪失したことは事実であるからだ。
結果、多くの者の『誇り』が失われたのだ。
ゼロレクイエムによって貴族制度復活を期待するものも多かったが、結局それは行われなかった。
そのため過去に戻りたくなっている者や現実逃避したい者も少なくなかったのだ。
ブリタニア代表であるナナリー総代議長は、超大国であるがゆえに難しい舵取りを常に迫られている。
◇ ◇ ◇
(ああ、ルーク……。ルーク・オーレンジ……)
良家の娘であるメレーヌにとって、彼の登場は異質だった。
(私を―――自然に『親身』に助けてくれた)
気持ちが傾くには、それで十分だった。
呼吸の異常から病院へ向かう荷馬車の御者台にて、初めて街灯の光に現れた彼の身なりは、酪農家風な薄汚れたものだったが、何故かその姿からあふれ出る『品』があった。
そしてその端麗な表情は、それを更に納得させた。
直後の彼の凛々しいスーツ姿にも魅せられ、晩餐の食事のマナーも堂に入っていた。
最近の彼女にとって身内以外の『男性』とは、父の築いた裕福な家柄に言い寄って来るものだと結論付いていたのだ。
父の友人らのパーティー等、社交会へも出向くことがある年頃になったが、『普通』の男性があまりに少なかったのだ。
だが、『ルーク』は違った。
父からも聞かされた。病院で彼は礼儀正しい挨拶の後「仕事途中なので失礼します」と、すぐに当然の如くそのまま立ち去ろうとしたというのだ。なんと慎ましい。
そして、彼はメレーヌへ媚びることは一度もなく、自然に友人として接している。そのことがメレーヌはとても気に入っていた。
そして彼は敬愛する父の会社の手伝いをすることにもなったが、いきなり目覚ましい貢献をいくつもしたという。
それを鼻に掛ける事もなく、今は父の秘書となって、朝、夕とずっと自分の傍に居てくれていた。
メレーヌは嬉しかったのだ。
ところが―――である。
(誰なの……このいきなり現れた、ピザ箱を抱えるイヤな感じの子は!?)
その子はルークを睨み付けていた。
いつも余裕のある表情の彼が、少し困って引きつったような顔をしていたのだ。あのような表情を見たのは初めてだ。
仕事を優先してくれた彼だったが、帰宅早々その子の所へ車で引き返すため外出して行った。弱みでも握られているのだろうか、そんな行動にも思える。
メレーヌは、モンモンとした気持ちで待っていた。
すでに四時間近くは過ぎていた。四時間……はしたないし、いけない事だと思いつつ想像すると、何でも出来てしまう長さがあったのではないだろうか。
黄緑色の艶やかな髪をした、スタイルの良さそうな自分と同じぐらいの若い子だった。
想いを寄せ、胸もピザ箱の女より大きい若い娘なら『ここに居ると言うのに』である。
すでに日は完全に落ちていた。
ルルーシュがマルセイユ郊外のリュヌリュージュ家の邸宅へ戻り、頼まれていた書類整理と一度着替える為、離れへ移動しようかという明かりの灯った廊下のところでメレーヌに声を掛けられた。
「お帰りなさい。あの……ルーク、先ほどの女の子と会っていたの?」
「ただいま、メレーヌ。ああ。帰宅時にも車で話したが、アレが荷馬車へヒッチハイクで乗せた子なんだ。どうも暇らしいから、車を走らせたり、飲食店に入って少し話をしてきた」
さすがにルルーシュも、初対面に近いと紹介した女の部屋まで行って、ゴミ屋敷状態を掃除までしてきたとは言えない。
「そ、そう」
……確かに彼からは女の匂いは微塵も感じられなかった。気のせいか『ピザ』くさい気もする。飲食店での匂いだろうか。
メレーヌは『ルーク』の言葉を信じることにした。
ゴミ部屋や豆な掃除も、たまには役に立つことがあるということなのか……ルルーシュの危うかった平和は守られた。
次の日、C.C.が支局へ来ると、なにやら局内の雰囲気がおかしい。
青年ニルスはともかく、目を合わせるとずっとニヤニヤなドリアーヌとダニエルのおやじの愛想笑いが異様なのだ。
当然だった。昨夕のC.C.と謎な若い男が去るまでの状況を外でコッソリ見ていたドリアーヌはあの後、支局に勢い良く迷彩服姿で飛び込んで来たのだ。まだ支局に残っていたニルスと相変わらずコート姿なダニエルの二人は、いったい何事が起きたのかと一瞬緊張の表情でそれを迎えた。
ドリアーヌから情事のような事情を聴くと、支局の責任者である青年ニルスが少し困った表情をした。
「あの、ドリアーヌさん? 余り個人的な事は……」
「はははっ、ドリちゃん。若いねぇ」
「でもでもぉ、気になりますよねぇ? 結構ぶっきらぼうなC.C.さんが、時折笑顔を見せていたしぃ。洗濯までとなると、もう、もうぅー!」
その後も彼女は、男二人にどーどーという風に馬へ対する感じで、宥められていた。
そんな噂の的なC.C.は、重役出勤という訳では無いがギアス能力者探索の為に、一応街中を一通り回ってからの遅い入室だったのだ。
探査は仕事なので、ほぼ毎日場所を変えて行っていた。たまにピザ箱を片手に持って行われている。
「C.C.さん、ちょっといいですか?」
「……なんだ?」
入室早々、青年ニルスがC.C.へ声を掛けて来た。部屋の奥へ移動し、小声で事情説明を受ける。C.C.の顔は徐々に少し赤い感じに動揺の表情を見せ、最後は小声で叫ぶ。
「わ、私のダ、ン、セ、イ(男性)関係……だと……」
「はぁ。私が言うのもなんですが……あなたも……立場があると思いますし、ほどほどでお願い―――」
「いや、まだな―――(にも……いや過去にキスぐらいは……)―――、くっ。分かった、ほどほどに気を付けよう」
さすがに、何を言っても無駄みたいな気もした。また、女としての意地もあった。
ふと見ると、ドリアーヌとダニエルのおやじが、いつの間にか近い位置の机にマジメな表情で座っており、無言で資料を見るフリをしながら盛大にこちらへ聞き耳を立てているし。
一応、『ルーク』についてはヒッチハイクの折に知り合った男と簡単に説明し、その後例の窒息事件に近い娘を発見した事まで話し、男性関係については支局内だけの秘密にしてくれるように頼んだ。
『男性関係』については、みんなニヤニヤしながら了承してくれた。
C.C.としてはゼロの耳にすべて入ると面倒な気がしたからだが、『このこと』でなんとなくC.C.を含めた支局の結束力が、上がったような気がしたのは気のせいだろうか。
さて、そんなこんなでムダな時間を浪費した感もあるが、『窒息事件に近い娘』の件で、ダニエルから報告があった。
死亡以外でも窒息死寸前で助かった者が病院に搬送されてないかを調べたのだ。すると、意外にここ三か月で10件近く報告されていることが分かった。ただ、無差別に行われてる節もある。まあまず犯人の動機が不明なので、関連性も特定できないのが現状だ。
C.C.としての今のところの見解では『精神力の差』ではないかという結論に達した。ギアスを自力で解いたというケースだ。
非常に強力なギアスでも破れる者は稀に存在する。ならば、ギアスが弱ければ解ける率は上がるのは道理。また、思考の力はまだ『未知』でもあるのだ。
そしてダニエルからの報告は続く。
「さらに昨日の昼過ぎに、別々の場所だが同時刻に近い時間でまた二人、窒息での死亡者が出た」
「またですかぁ……」
C.C.がここへ来てから、一昨日まででも二人が別々の日に死んでいる。
ギアス能力者は、依然活発に動き続けているようだった。
朝、メレーヌを送った後、ルルーシュはギアスの件の情報を再度整理したあと色々と調べて回った。
C.C.らの調べては、メレーヌへ届いた手紙は確かにメレーヌの友人の入院する病院の傍から投函され配達されているようだった。宛先を機械で読み取って仕分けしていたので記録が残っていたのだ。
その手紙の現物は前日に届き、読んだ後メレーヌの部屋に置いていたのだが、小間使いいさんが間違えて捨てしまっていたらしい。メレーヌ曰く筆跡に違和感が無かったというので、友人の筆跡を知っている者が書いたと思われる。もしかすると、病院のごみ箱に失敗した手紙が捨ててあったのを入手した可能性もある。
その為、ルルーシュはレイナルドの物流会社へ昨夜整理した書類を届けた後、一度その病院へ車で向かい、建屋内や周辺の感応を確認してみたのだが特には変化を感じなかった。途中C.C.から、死者が増えた事と10件程の未遂があったと携帯で連絡を受ける。その時にC.C.へ、未遂の者を再度狙った件は有るのかの調査を依頼した。
昼食を挟み、その病院の清掃業者についてもその会社傍へ赴き、感応を確認してみたが関係ないようだった。
(今、あの病院にはいない者ということなのか……?)
医療関連の者という線は、今日のところは無いようだ。後日出直すことにする。
午後三時近くになり、ルルーシュはいつものようにメレーヌを学校の前で乗せるとゆっくりと帰宅の為に車を発進させる。
「ルーク、今日は私に付き合ってくれますよね?」
「ん?」
「たまにはいいでしょう? あの子にはドライブとかしてあげたのだから」
どうやら、C.C.にさせたことを自分にもして欲しいらしい。
「……わかった。どこへ行きたい?」
ルルーシュとしても、いつもと違う場所の探索が出来る為、好都合な提案だった。
「今日は天気もまずまずだし、海沿いで少し東へ向かって」
東の空側に雲が広がっているが、西側は快晴であった。このまま夕日が綺麗に見えそうである。
「じゃあ、少し海を眺めてのドライブへ行くか」
「ええ」
一時間程、地中海を望むマルセイユの街並みから海沿いに抜けてトゥーロンの街近くまで車を走らせると、店内からも海辺の様子か見える飲食店を見つけそこへ入った。
店員へコーヒーとパフェを頼み、窓の外の海を静かに一望できる席で少し落ち着いたルルーシュ達だった。
「たまには気分転換もしないとな。友人らを家に招いたりすればどうだ?」
「ええ、でも最近はバカロレア(入学資格試験)への準備もありますし」
「そうか、大変だな。そういえば家族では遊んだりしないのか?」
「小さい頃は庭で一緒に遊んだりしてたんですが……すみません、弟たちがルークの事をあまりよく思っていないみたいで。私や会社の恩人だと言うのに」
メレーヌの二つ下の弟と四つ下の妹は、ブリタニア人の『ルーク』には余り近付かなかった。もしかすれば、戦争で友人でも死んだのかもしれない。嘗てE.U.攻略の軍師として苛烈な戦闘を指揮していた者とては何でもない報いである。
「しょうがない事もある。気にしていないよ」
『ルーク』は優しく微笑んだ。
そこに急に男の大きめな声が掛かる。
「おい、ミレーヌじゃねぇか?」
「! ……ブームソン……さん」
メレーヌの何とも言えない少し驚いた顔を見つつ、ルルーシュも右後方からした声の方を向いた。
若い女連れで、細めながらルルーシュよりも上背のあるまだ三十前の若い感じの男だった。だが、どう良く言っても服装からして一般人には見えない『柄の悪さ』だった。ルルーシュは一応感応を調べてみる。
(ん? んー……特に感じないか)
一瞬、微弱なようなものを感じた気がしたが気のせいのようだった。見た目での思い込みもあったのだろう。
その女連れの男は、ミレーヌへ大きな胸や柔らかそうな腰回りを舐め回すように横目で見ると目を細めたが、ミレーヌの向かいの席に座るルルーシュに目を向ける。
「ははぁん……あーぃや、知り合いかぁ?」
その男は言おうとしたことを中断するようにして、確認の言葉へと切り換えた。
「この人は、父の会社の方です。ブームソンさん、今日の所は……」
メレーヌの言葉に男は口を歪ませるも、ニヤリとイヤラシく笑う。
「分かった分かった、邪魔しちゃ悪いか。またなぁ」
男は店を出ていくところだったようで、代金を払うと店から立ち去った。
周辺ごと夕日で赤く染まっていくミレーヌの表情は冴えない。
ルルーシュは、聞かないのも不自然な気がし尋ねてみる。
「今の男は?」
「……知人の知り合いの人です。少し苦手で……」
『とても』と言わない所が奥ゆかしい。まあ、箱入り風のお嬢様なミレーヌには無理からぬ相手だろう。友人は選んだ方がいい。
(俺は、友人には恵まれていたと言うべきだな。敵味方に別れもしたが、少なくとも皆、一緒にいて頼りになり楽しく信用できるヤツラばかりだった)
雰囲気的に完全にお茶を濁された感があり、間もなくルルーシュらは店を出て帰宅した。
ルルーシュは部屋へ戻ると、ネクタイを緩めつつソファーへどかりと体を投げ出すように座った。
そして、窒息事件のギアス能力者について考える。今日、そしてこれまでに調べた事に見落としがあるのではないかと。
今日も死者は増え、暗躍しているのに姿は皆無。
ハッキリしないのは、動機と手紙の件も同様だった。
超広範囲、遠隔でピンポイントの能力も持つギアスなのかと疑心暗鬼な考えも出て来ていた。
(……最初のギアス能力者へ繋がる、『決定的』なものにまだ手が届いていない。入門編でこれでは、目指す最終チェックメイトへは程遠いな)
ルルーシュは立ち上がると再び素早く着替え、呼ばれている夕食への時間に遅れぬように部屋を出た。
ルルーシュは勘違いをしていた。これは『普通の』ギアス能力者だと。
何事にも例外はある。
最初のギアス能力者の持つ例外のハードルが、意外に高かったのだ。
◇ ◇ ◇
超合集国の軍隊は、現在『黒の騎士団』ではなく『超合集国軍』となっていた。
また、各諸国内の細かい事情を鑑みると、一組織の軍隊ではすべての要求に手が届かない細かな用件が多く確認出来た。そのために結局、各自治国内を守備する自国の軍隊へ中継的に命令する形になっていたのだ。
このため今は、超合集国軍の下に各自治国の軍をぶら下げる形へ一度戻している。
最高司令官は、合衆国中華の副代表である黎星刻が着くべきところだが、病気療養中を理由に日本国首相の扇要が代行する形で兼任していた。補佐として藤堂鏡志朗が付いている。
また現在戦時下ではないため、基本方針も超合集国最高評議会が決定しており、概ね決定事項を各国軍への通達する緩い役割になっている。
もともと各国を纏め超合集国を創設する事と、組織として『黒の騎士団』を最高の位置で維持するためのゼロによる一計な部分もあり、準備が足りない部分があったのだ。
一応現在、改めて超合集国軍特別機動部隊が編制される構想があり、のちのち各国の主戦力はここに統合されたあと、固有の戦力は段階的だが大幅に削減予定である。
その準備に超合集国軍総軍本部がトウキョウ租界の一画に仮設置された。
最終的には地震の少ない北ブリタニア大陸東海岸へ移る予定である。
「どうかしたか、藤堂?」
「いや、各国の軍で備品や、KMFまでが紛失する事件が起こっていると報告がな」
「日本国内でもあるのか」
「ああ」
「保管庫の映像記録を見れば、犯人の特定は容易いんじゃないのか」
「それが―――いずれも原因不明だが、記録が消されているらしくて特定できないらしい」
「原因不明……?」
E.U.(ユーロピア共和国連合)ドイツ州東方のウッカーマルク地方の山中。そこにE.U.のKMF研究地下施設が存在する。
KMFアレクサンダの発展改良型、ニューロデバイスチップをパイロットに埋め込む必要のない試作試験機KMFフリードリヒが三機完成していた。
しかし現在、超合集国にまだ正式には加盟していないE.U.でも、超合集国の最高評議会の呼びかけに応え、評議会で決定された復興優先によるKMF関連の開発製造凍結を批准していた。
その為にKMFフリードリヒは、まだ量産化されていない機体であった。
整備格納庫で駐機するその機体を前に、静かにそれを眺めながら一人佇む男が呟いた。
「こいつは変わった機体だな……。じゃあ今日はこれをもらって行くか」
「「「……」」」
周辺を警備する者で、そう発言した彼を止める者は誰も居なかった。
その彼の右の瞳には、あの『赤い翼の紋様』が浮かび上がっていた。
試作試験機KMFフリードリヒを一機持ち去られたが、不思議な事に監視映像等は正規の手順で人為的に消されており、機体を奪っていった目の前の彼の姿を覚えている者は誰もいなかった。機体を持ち出されるシーンすら覚えていないと言う。
南半球某大陸某所。
スポットライトの筋がいくつか光を落とす薄暗い静寂の中、僅かな機械音をさせる小柄な人影と背の高い人影が並び、広大な地下乾ドックに整備の為に陸揚げされた形で眠る新型の巨大潜水艦風の船影群を望みながら立っている。
そして、僅かに子供のような声とマッドな男との会話が始まる。
「そろそろ準備は出来てるかな? 最近資金源のリフレインを初め、薬物も相変わらず好調に世界で捌けているようだけど」
「どうでしょう、まだ少し準備には時間が掛かる様に思いますが」
「そうなの? しかし、ルルーシュをこの手で殺せなかったのは残念だったよ。けど、コーネリアはまだ生きているよね」
「そうですな、ル●様。シャルル様も随分前から思考エレベーター内にも居られないようですし。ただ、Cの世界に対してギアスを解除すれば、もしかするとシャルル様らは復活―――」
「その必要はないよ、教授。僕をひどい目に合わせた奴らには、ちゃんとお仕置きをしなくちゃいけないから。そうだ、ルルーシュの代わりにナナリーがいるかな。それに領地も取り返さないとね。あとC.C.を捕まえないと。ふふっ、やることがいっぱいあるね。まあ、『みんな』に手伝ってもらえばうまくやれるよ」
「そうですな、これから存分にお楽しみくださいませ。私はまだまだ研究がありますのでお任せいたします。では」
背の高い人影が、コツコツと靴音を響かせ静寂の中、去っていく。
「ふふふっ。シャルル、『新しい世界』は僕一人で作るから安心するといいよ。……オベル、アベル、ベルーネ。君たちも頼むよ」
「「「はっ」」」
目線を向けた少し離れた場所に、膝を付いて傅き控え返事をした小柄な三人の影があった。その瞳には皆、あの紋様が一瞬浮かび上がったように見えた。
「―――そういえば、僕、何か忘れているような気がするんだけど……まあいいか」
僅かな機械音をさせる小柄な人影もこの場所を後にした。
つづく
最後にINTERLUDE↓
2015年02月20日 投稿
解説)ナナリーの電動車椅子
皇帝に即位してから、記念の白い新型の電動車椅子がロイドらから届けられただけで新規購入はせず、大型の高級車椅子もあの思い出の車椅子も手直しをして大事に使っている。
目や足を悪くしてからは使う物へも感謝し、大切にする子になっていた。
それぞれの車椅子で行なって来た『行為』や経験してきた事を胸に、一応後退走行も可能な車椅子に乗って彼女は今日も前へと進んでゆく。
解説)旧帝都ペンドラゴン
設定では、大陸西岸地区、メキシコのソノラ地方とバハ・カリフォルニア地方の境界付近。 R2の23話の周辺風景からちょっと内陸にある感じの場所である。
ソルトン湖の南にある盆地ではないかと推測。
新帝都ペンドラゴンは、コロラド川河口の東方に広がる数十キロ四方の平野部を緑化も含めて予定。
解説)日本への食糧援助、復興費の一部負担
E.U.にはまだドイツ州など東方に力がある地域が残っていたが、日本は島国で全土が荒廃しすぎたため、ブリタニアが一気に引き上げると国がすぐ破綻する可能性があった。
なお、日本もブリタニアへ賠償金は請求していない。
解説)過去にキスぐらいは……
C.C.は遠い過去、愛の告白や求婚を受けることは山ほどあったが、愛が薄っぺらに見え興味を持てなくなり、人の気持ちを利用するのみで『自分から』というものは皆無だった。C.C.が拒絶すれば、ギアスの力によって無理強いされることはなかったのだ。
だがルルーシュとは、彼女を恨むことなく受け入れてくれている彼を応援する気持ちから、『何か』が胸に湧き上がり自然に『自分から』一度キスをしている。(一期25話後半参照)
解説)試作試験機KMFフリードリヒ
KMFアレクサンダがパイロットへの依存が倫理的に特化しすぎていたため、E.U.独自のAIアシストを搭載し、通常のパイロットでも操縦が可能な機体に仕上げた。鹵獲したブリタニアの機体から分析開発したフロートシステムも搭載しており、性能はブリタニアの第七世代機に比肩する。全高4.55m
解説)南半球某大陸
マオがC.C.と共に行こうとした、超合集国にも未だ加盟していないマジで謎な大陸。(笑
なお某所も、世界にいくつか点在する。大体、E.U.方面(それ以外も)へ専用の地下高速鉄道が整備されていたぐらいである。組織として現在の年間収入も相当な額だが、某国の規模で数十年にわたり蓄積されてきた余剰資金力が『半端ねぇ』のだった。
E.U.で二人目のギアス能力者が登場という事で。
某大陸にも複数いるような……。
INTERLUDE)会談前のご休憩なナナリーたち
休息用の控室。室内には三人だけだ。
ゼロとナナリー、そしてシュナイゼルも傍に座らせている。ただ彼には、自分の意思はほぼない。
少し髪が乱れている時は、ナナリーがそれを直してあげている。
だがその時は不思議と自然に「ありがとう、ナナリー」と返事を返してくれていた。
「ゼロ、貴方もゆっくりしてくださいね」
「はい」
ナナリーはゼロを『スザク』とは普段から呼んでいない。
どのような理由があれ、兄を殺したのは『ゼロ』なのだ。ルルーシュの親友の名であり自分とも仲の良かった『スザク』とは呼びたくなかったのである。あのスザクは兄の為にダモクレスの戦いで死んだのだ。
ゼロもそれが分かっており、立場を弁えた『ゼロ』としての口調に終始する。
だが、互いに気を付けているところはそこまでだ。
お茶もナナリー自らが入れてくれる。
ナナリーは『ゼロ』へ絶対の信頼を置き、優しい口調で問いかける。
ゼロも、親友から託されたナナリーへ穏やかに答えを返していた。
「今度はいつ、トウキョウへ行けますか?」
「そうですね、来週に一度は行く事になると思いますが」
「そう……待ち遠しいです。お忍びが楽しみ」
「はい、またお伴いたします」
「お願いしますね、ゼロ」
この後、会談にはゼロの指示でシュナイゼルが脇に同席し、ゼロは租界特別技術室へ向かった。