透き通る世界のアイアンマン(偽物) 作:マーベルにハマった人
地下施設で迎える朝にも、少しずつ慣れてきた。もちろん、慣れたくて慣れたわけではない。窓のない部屋、冷たい寝台、時間の分からない生活。加えて、胸に取り付けられた生命維持装置は相変わらず耳障りな駆動音を立てている。これがなければ死ぬと分かっていても、好きになれる理由は一つもなかった。
寝台から身体を起こし、枕元に置いた紙束を手に取る。昨夜までにまとめた回路図は十数枚。数式の羅列と修正線で埋め尽くされたそれを眺めながら、残された課題を頭の中で整理した。必要な出力は確保できる見込みがある。問題は反応の安定性と、発生した熱をどう処理するか。そして何より、完成した装置をどうやって胸に取り付けるかだった。
「……まったく。人生で一番厄介な仕事が、自分の延命治療になるなんてね」
胸元から伸びるケーブルを指先で持ち上げる。壁際に設置された大型バッテリーは、昨日と変わらず鈍い動作音を響かせていた。残量表示は七十二パーセント。数字だけ見れば十分に思えるが、問題は容量ではなく信頼性だ。粗雑な配線、整備の行き届いていない端子、そしてベアトリーチェが握る遠隔操作権限。どれか一つでも問題が起きれば、私の人生はそこで終了する。そんなものに、いつまでも命を預けていられるものですか。
「起きているか」
扉が開き、サオリが姿を現した。片手には食事の載ったトレー、もう片方には数枚の書類を持っている。いつものように銃を携えた姿は物騒極まりないが、少なくとも食事を持ってきてくれるだけ、あの趣味の悪い女よりは話が通じそうだった。
「見れば分かるでしょう? それとも、ここでは起床報告まで義務なのかしら」
「……朝食だ。それと、要求していた物資の一部が届いた」
「へえ。あの女にも仕事をする気はあるのね」
書類を受け取って目を通す。加工工具、測定器、冷却装置、各種電子部品。要求したものがすべて揃ったわけではないが、最低限の実験はできそうだった。ただし、高性能な制御素子と特殊合金の一部は調達不能と記されている。
「足りないものがあるなら、また申請しろ」
「そう簡単に言わないでちょうだい。材料を注文するたびに数日待たされていたら、完成する頃には私が骨になっているわ」
「……急いでいるのか」
「胸に爆弾を抱えているようなものなのよ。急がない理由がある?」
サオリは私の胸元に取り付けられた装置を確認すると、わずかに表情を険しくした。
「装置の調子が悪いのか」
「今すぐ壊れるとは言ってないわ。でも、機械に絶対はない。特にこれみたいな粗悪品ならね」
「必要なら医療担当を呼ぶ」
「結構よ。欲しいのは医者じゃなくて、まともな部品だから」
そう答えて書類を机に置くと、サオリは何か言いたげにしていたが、結局口を閉ざした。監視役として余計なことを話すつもりはないらしい。彼女の慎重さは嫌いではない。少なくとも、何も考えずに命令を実行する人間よりはずっと信用できる。ただし、信用できることと、味方であることは別問題だ。その区別を忘れるほど、お人好しではなかった。
*
作業場として与えられた部屋は、以前は整備工場だったらしい。壁には古い工具が掛けられ、床には油染みが残っている。大型の工作機械が二台、奥には溶接設備と部品棚。スターク・インダストリーズの研究室なら廃棄候補にすらならない設備だが、文句を言ったところで最新型の製造装置が空から降ってくるわけでもない。幸い、この施設には別の資源があった。大量に保管されているスターク・インダストリーズ製の兵器だ。あれほど忌々しく思った自社製品を、今度は自分の命を救うために利用することになるとは。人生、何が役に立つか分かったものではない。
「……本当に、これを分解するのか?」
作業台に運び込ませた誘導ミサイルを見て、サオリが尋ねた。
「そう言ったでしょう」
「マダムからは、新しい兵器を開発するよう命令されている。既存の兵器を破壊していいとは聞いていない」
「破壊じゃなくて分解よ。それに、新型兵器を開発するには既存技術の検証が必要なの。あなたたちが用意してくれた設備だけじゃ、とてもじゃないけど足りないわ」
「……そういうものなのか」
「そういうものよ。ベアトリーチェにも伝えておいて。優秀な研究者に仕事をさせたいなら、手順くらい任せるべきだって」
もちろん、新型兵器の開発という説明は半分だけ本当だ。高出力の電源を開発しているのは事実だし、完成すれば兵器にも応用できるだろう。だが、最初の使用者は私自身と決めている。そもそも、まともな電源すら確保できない人間に、トリニティを破壊するような兵器を作れという方が無理な話だ。サオリが作業場の隅へ移動したところで、工具を手に取った。
ミサイルの誘導制御ユニットを取り外し、保護ケースを開く。内部には高精度の電力制御素子が整然と並んでいた。見慣れた構造だ。設計時には放熱効率を優先して配置を決めたが、今回必要なのは別の機能だった。過大な入力に対する応答速度と、磁場制御の精度。この基板なら、多少の改造で要求を満たせる。
「……ねえ」
背後から気怠げな声がした。いつの間にか入ってきたミサキが、壁にもたれながらこちらを眺めている。
「何よ」
「それ、壊してるの?」
「分解してるの。壊すのとは違うわ」
「……同じに見えるけど」
「あなたが料理をするとき、野菜を切ったら壊したことになる?」
「料理なんて、あんまりしないし」
「そう。じゃあ、例えが悪かったわね」
ミサキはそれ以上反論せず、近くの椅子に腰を下ろした。今日の監視は彼女とサオリの二人体制らしい。天才一人に対して武装した少女が二人。随分と高く評価されたものだ。もっとも、逃亡を防ぐための監視としては妥当な判断だろう。胸に繋がれたケーブルさえなければ、今すぐにでも逃げ出す方法を考えているところなのだから。
「……そんなに頑張って、何になるの」
しばらくして、ミサキが再び口を開いた。
「何って、仕事が終わるでしょう」
「終わったら帰してもらえると思ってる?」
工具を動かす手が止まった。
「あいつが、そんなに簡単に手放すわけないじゃん。使えるうちは、ずっとここに置かれると思うけど」
「……随分と夢のないことを言うのね」
「事実でしょ」
反論する気にはなれなかった。むしろ、私も同じ結論に達している。ベアトリーチェが求めているのは一度きりの兵器開発ではない。スターク・インダストリーズの技術と、それを生み出す頭脳そのものだ。新兵器を一つ完成させたところで、次の要求が来るだけだろう。つまり、あの女が自発的に私を解放する可能性は限りなく低い。
「そうね。だから、あの女の機嫌を取るためだけに働いているわけじゃないの」
「……どういう意味?」
「仕事が好きなのよ。悪い?」
ミサキはしばらくこちらを見ていたが、やがて興味を失ったように椅子へ深く腰を下ろした。
「……変な人」
「よく言われるわ」
嘘ではない。父にも、ヒマリにも、何度となく言われてきた言葉だ。もっとも、こんな状況で研究を続ける理由が純粋な好奇心だけだと思われているなら、それはそれで好都合だった。監視役がいる以上、設計図を隠すことは難しい。ならば、見せても問題のない設計図を作ればいいだけの話だ。作業を再開する。取り外した制御素子を新しい基板へ移し、仮組みした回路へ接続する。電源を投入すると、測定器の画面に数値が表示された。予測よりも出力の揺らぎが大きい。磁場の変化に対する応答が遅れているらしい。
原因は分かっている。問題は、それを解決する部品が足りないことだった。
「……さて。どうしたものかしら」
机の上に散らばる部品を確認しながら、代用品になりそうなものを探す。足りないものを新たに注文すれば、また数日は待たされる。そんな悠長なことをしている余裕はない。胸のバッテリーは今も確実に劣化しているし、何より私の命が他人の管理下にあるという事実そのものが我慢ならなかった。ふと、部品箱の側面に刻まれた企業ロゴが目に入る。STARK INDUSTRIES。
見慣れた自分の会社の名前を、これほど不愉快に感じたことはない。以前なら、世界中に自社製品が流通していることを誇らしく思っただろう。だが、ここに運び込まれた兵器の中には、正規の販売経路では説明できないものまで含まれている。特に、まだ販売されていない試作型の次世代ドローン制御基板。あれが流出した経緯については、いまだ何も分かっていない。研究施設への侵入か、内部関係者による持ち出しか。いずれにせよ、私の知らないところで会社の技術が好き勝手に利用されていたことになる。
そして、その技術があの山中で私の護衛ドローンを撃ち落とした可能性まであるのだ。
「……いい度胸してるじゃない」
思わず漏れた言葉に、ミサキが怪訝そうな顔をした。
「……何が?」
「何でもないわ。ちょっと、帰ってからの仕事が増えそうだと思っただけ」
「……まだ帰れると思ってるんだ」
「当然でしょう? 帰らなきゃいけない場所があるんだから」
ミサキは呆れたように肩を落としたが、それ以上は何も言わなかった。そう。帰れたら、ではない。帰るのだ。そのためにも、まずは目の前の装置を完成させなければならない。
*
研究を始めてから四日目。ようやく、まともな数値が得られた。作業台の中央に置かれた試験装置が、低い唸りを上げている。円筒状の容器を取り囲むように配置した磁場制御コイル。その内部で発生したエネルギーを変換器へ送り、外部の測定器で出力を監視する。構造自体は単純だが、そこへ辿り着くまでに何度も設計を変更した。
父が遺した研究資料の中に、かつて実用化を断念したエネルギー技術があった。大型施設向けの反応炉を小型化する構想。理論上は成立していたものの、当時の材料技術では十分な安定性を確保できなかった代物だ。それをこんな廃工場同然の場所で完成させようとしているのだから、我ながら無茶な話だと思う。
もっとも、無茶を承知で挑まなければならない事情がある。研究者としての好奇心だけなら、ここまで危険な橋を渡るつもりはなかっただろう。けれど、今の私に選択肢はない。完成しなければ、いつか必ず死ぬ。それなら、失敗する可能性があっても挑戦する価値は十分にある。
「……これ、何に使うんですか?」
部品箱を抱えたヒヨリが、おずおずと尋ねてきた。
「新型兵器の電源よ。今はまだ試作品だけど」
「こ、こんなに小さいのに……?」
「小さい? 冗談でしょう。これじゃ持ち運ぶだけで一苦労よ」
「ええっ!? で、でも、これ以上小さくするなんて……」
「できるわよ。問題は、どこまで性能を維持できるかね」
ヒヨリは理解できないという顔をしていたが、それ以上質問してこなかった。代わりに、抱えていた箱を作業台の端へ置く。最初は私が何か頼むたびに怯えていた彼女も、最近では部品の運搬や整理を手伝ってくれるようになった。もちろん、監視役として命じられているだけかもしれないが、少なくとも仕事は丁寧だった。
「こ、これ、サオリ姉さんに頼まれた部品です。合ってますか……?」
「ええ、ありがとう。助かったわ」
「い、いえ! 私なんか、運ぶことくらいしかできませんし……」
「十分でしょう。今の私には重いものを持つのも一苦労なんだから」
実際、胸の傷はまだ完全には塞がっていない。少し無理をすると鋭い痛みが走り、長時間立っているだけでも体力を消耗する。おまけに、痛み止めの影響で集中力が鈍ることもあった。普段なら数時間で終わる作業に何日も費やしているのは、設備だけが原因ではない。ヒヨリはしばらく私を見ていたが、やがて遠慮がちに口を開いた。
「あ、あの……チハヤさんって、すごい人なんですよね?」
「今さら?」
「ひぃっ! す、すみません!」
「別に怒ってないわよ。それで?」
「その……そんなすごい人なのに、どうして自分でこんなに大変なことをするのかなって……私たちに作らせるだけでいいのに……」
質問の意味を考える。どうして、か。答えは簡単だ。私以外にできる人間がいないから。それに、誰かへ任せられる状況でもない。ただ、そう答えても彼女には伝わらないだろう。
「自分で作ったものなら、少なくとも仕組みは全部分かるでしょう? 何か問題が起きても、原因を調べて直せる。私はそういう方が好きなの」
「……なるほど」
「それに、他人任せにして失敗するより、自分で失敗した方が納得できるじゃない」
ヒヨリは小さく頷いた。そのとき、背後から呆れた声が飛んできた。
「……それって、怖がってるだけじゃない?」
ミサキだった。
「…否定はしないわ」
「……しないんだ」
「長所を否定する必要がある?」
「普通、それ長所って言わないと思うけど」
まったく、失礼な子ね。けれど、数日前と比べれば会話らしい会話になっている。ミサキは相変わらず無愛想だが、こちらの仕事に興味を示すことも増えた。ヒヨリに至っては、頼んでもいないのに部品の整理を手伝ってくれるようになっている。監視される立場に変わりはないものの、少なくとも作業場の空気は以前ほど張り詰めていなかった。
「……あ」
測定器の表示が変わった。出力が急激に上昇している。反応の制御に問題が生じたらしい。すぐに入力を絞ったが、温度の上昇が止まらない。制御信号を確認すると、磁場の変動に対する補正が遅れていた。このままでは反応が暴走する可能性がある。
「二人とも、下がって!」
声を上げると同時に非常停止スイッチを押した。反応は収束したものの、装置内部から甲高い音が響き、次の瞬間、制御基板の一部が火花を散らして焼け落ちた。焦げた臭いが作業場に広がり、ヒヨリが悲鳴を上げる。ミサキも反射的に銃へ手を伸ばしたが、装置が完全に停止したのを確認すると、呆れたように肩を落とした。
「……何やってるの」
「見ての通り、実験よ」
「爆発するかと思ったんだけど」
「してないでしょう?」
「……そういう問題?」
焦げた基板を取り外し、損傷箇所を確認する。制御素子の許容範囲を超えていた。原因は冷却不足ではなく、磁場の変動に対する補正の遅れ。つまり、設計そのものを変更する必要がある。面倒ではあるが、反応自体は成立している。必要な出力も確認できた。失敗したのは制御系統であって、基本理論ではない。
「……ふふっ」
「……なんで笑ってるの?」
ミサキが気味悪そうに尋ねてきた。
「だって、もう少しで完成するんだもの」
「……今、壊れたばっかりでしょ」
「だから何? 一度失敗したくらいで諦めていたら、何も作れないじゃない」
焼けた部品を机に置き、新しい紙を引き寄せる。先ほどの測定結果は、むしろ大きな収穫だった。改善すべき箇所が分かった以上、あとは対策を考えればいい。失敗の原因が分からない実験ほど厄介なものはないが、原因が分かっているなら話は別だ。
「……ほんと、変な人」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
ミサキの呆れた声を聞き流しながら、回路図を書き直す。傍ではヒヨリが散らばった部品を拾い集めていた。あれほど怯えていた二人が、今では何だかんだで私の研究に付き合っている。サオリも含め、彼女たちはあのベアトリーチェほど冷酷な人間ではないらしい。もっとも、だからといって脱出計画まで話せるわけではない。彼女たちにも守るべき立場があり、従わなければならない命令があるのだろう。今は互いに余計なことを知らない方がいい。少なくとも、この装置が完成するまでは。
*
それからさらに六日。試作機を作り直し、制御回路を変更し、冷却機構を再設計する。その間にもベアトリーチェから進捗を確認する通信が何度か入ったが、もっともらしい専門用語を並べて説明すると、ひとまず納得したようだった。無論、完全に信用されたわけではない。研究内容は逐一監視されているし、部品の持ち出しにも許可が必要だった。それでも、必要なものは少しずつ揃っていった。
胸の傷が悪化して丸一日作業を中断したこともあれば、調達した部品が規格に合わず、最初から加工し直したこともあった。何より厄介だったのは、限られた材料で性能を確保することだ。スターク・タワーの研究室なら簡単に解決できる問題が、ここでは数日単位の障害になる。今頃ジャーヴィスがいれば、嫌味の一つでも言いながら設計を手伝ってくれただろう。だが、そんな不便な環境にもようやく終わりが見えた。作業台の上には、掌に収まるほどの円形装置が置かれていた。
銀色の外装に囲まれた中心部から、淡い青白い光が漏れている。内部では安定した反応が維持され、測定器には予測した範囲内の数値が並んでいた。出力、温度、磁場の変動。いずれも許容範囲に収まっている。仮組みしていた大型の試験装置と比較すれば、驚くほど小さい。試験用の負荷を接続し、電力供給を開始する。一分、五分、十分。出力は安定していた。測定器に表示された曲線はほとんど乱れず、温度の上昇も想定の範囲内に収まっている。試験用の負荷を増やしても反応は維持され、制御装置が正常に働いていることを確認できた。
「……できた」
思わず呟いた。何日も寝不足が続き、身体は疲れ切っている。胸の傷も痛むし、指先には小さな火傷がいくつもできていた。それでも、装置の中心で輝く青い光を見ていると、そんなことはどうでもよくなった。理論上の存在でしかなかったものが、今こうして現実に動いている。発明家として、これほど気分のいい瞬間もそうそうない。
そして何より、これがあればベアトリーチェの用意したバッテリーに頼る必要はない。あの女が電源を切ろうと、遠隔操作で脅そうと、私の命を自由にすることはできなくなる。胸の金属片という問題が消えるわけではないが、少なくとも生殺与奪の権利を他人に握られ続ける必要はなくなるのだ。
「……綺麗」
不意に声がした。入口を見ると、アツコが立っていた。
「いつからいたの?」
「少し前から」
「そう。監視役の交代?」
「うん。でも、それが気になって」
アツコは作業台へ近づき、青白く輝く装置を眺めた。いつものように落ち着いた様子だったが、その声にはわずかな好奇心が混じっている。彼女は他の三人と比べても口数が少なく、何を考えているのか分かりにくい。ただ、研究室へ来るたびに胸の装置や怪我の具合を気にしてくれることは、何となく分かっていた。
「これ、何?」
「新しいエネルギー炉よ。まだ試作品だけどね」
「……綺麗だね」
「そう?」
改めて装置を眺める。私にとっては、設計通りに動作していることの方が重要だった。発光の色など、反応状態を確認するための副産物に過ぎない。綺麗かどうかなんて考えたこともなかった。
「光ってるところが、星みたい」
「星、ね……」
「うん。外の星って、こんな感じなのかな」
「外の?」
「ここからは、あまり見えないから」
何気ない一言だった。けれど、妙に引っかかった。窓のない地下施設。質素な食事。自由に外出することもできない生活。彼女たちにとって、それが当たり前なのだろうか。これまで接してきたサオリたちの言動を思い返すと、単なる一時的な生活環境の問題ではないように思えた。
「星なんて、ここを出ればいくらでも見られるでしょう」
「……そうだね」
アツコは否定しなかった。ただ、その返事にはどこか遠いものを眺めるような響きがあった。別に彼女の事情を詳しく知っているわけではないが、外へ出ればいいと言われて簡単に出られるような環境ではないのかもしれない。
「まあ、こんなものより本物の星の方がずっと綺麗よ。ミレニアムは街の明かりが多いけど、郊外に行けばそれなりに見えるし」
「千早は、よく見に行くの?」
「いいえ。そんな暇があったら研究してるわ」
「……ふふっ」
「何よ」
「千早らしいなって」
そう言って、アツコは小さく笑った。出会ってまだ二週間にも満たない相手に、随分と分かったようなことを言うものだ。けれど、不思議と嫌な気分にはならなかった。普段なら他人に自分を理解したような口を利かれると腹が立つものだが、彼女の場合は単純に見たままの感想を口にしているだけなのだろう。
アークリアクターは完成した。けれど、青白く輝く小さな炉は、まだ作業台の上にある。胸の奥では、ベアトリーチェが用意した電源が相変わらず低く唸っていた。
……本当の実験は、ここからよ。
次に試すのは、装置じゃない。私自身なのだから。