透き通る世界のアイアンマン(偽物)   作:マーベルにハマった人

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7 約束

 

 スクワッドの協力を得てから、作業は驚くほど順調に進んだ。何より大きかったのは、材料の調達と運搬を任せられるようになったことだ。巨大な装甲板や駆動装置を負傷した身体で運ぶのは現実的ではないが、彼女たちなら問題なく扱える。サオリは必要な物資の調達を担当し、ヒヨリは部品の整理と運搬、ミサキは加工済みの装甲板の組み立てを手伝ってくれた。アツコは私の体調を気遣いながら、細かな作業を補助している。ただし、彼女たちが機械工学に詳しいわけではない。そこは当然、私が指示を出す必要があった。

 

「ミサキ、その部品はそっちじゃないわ」

 

「……じゃあ、どこ」

 

「右側の固定具よ。そこに取り付けて」

 

「……これ?」

 

「そう。それで合ってる」

 

 ミサキは部品を固定すると、面倒そうに肩を落とした。

 

「……何でこんなに複雑なの」

 

「人間の身体が複雑だからよ。動かすための機械だって、当然複雑になるでしょう?」

 

「……普通の兵器じゃ駄目だったの?」

 

「普通の兵器が役に立たなかったから、こんなものを作ってるのよ」

 

 自分で言って、少しだけ苦笑した。あの山中での敗北を思い出すと、今でも胸の奥が重くなる。四機の護衛ドローン、装甲車、緊急用のシールド。あれだけの装備を揃えながら、私は何一つ守れなかった。だからこそ、今回は設計から見直した。敵に制御を奪われる可能性を減らすため、装甲服の操作系統は外部通信に依存しない構造にする。必要な制御は内部で完結させ、装着者の動きに機械が追従する仕組みだ。高度な人工知能による補助があれば理想的だが、ジャーヴィスのいない現状では贅沢を言っていられない。

 

 そして何より、装甲そのものが私の身体を守る。今度は爆発の破片が胸へ突き刺さるようなことを、絶対に繰り返さない。

 

「……チハヤさん!」

 

 作業場の奥から、ヒヨリの声が聞こえた。

 

「こ、この部品、どうすればいいですか……!?」

 

 振り返ると、ヒヨリが大きな金属板を抱えていた。

 

「それは脚部の装甲よ。こっちに持ってきて」

 

「は、はい!」

 

 彼女は慎重に運ぼうとしたが、途中で足を滑らせた。

 

「あっ……!」

 

 大きな音を立てて金属板が床へ落ちる。ヒヨリは真っ青になった。

 

「ひ、ひぃぃっ! す、すみません! 壊しちゃいました……!」

 

「……ちょっと、怪我は?」

 

「え……?」

 

「だから、あなたの怪我よ。足を挟んだりしてない?」

 

「だ、大丈夫です……!」

 

「そう。なら良かったわ」

 

 床に落ちた装甲板を確認する。角に小さな傷がついているが、構造的には問題ない。これくらいなら表面を処理すれば済む話だ。そもそも、銃弾を受けることを前提に設計している装甲板が、床へ落ちた程度で壊れていては話にならない。

 

「問題ないわ。これくらいなら修正できるから」

 

「ほ、本当ですか……?」

 

「ええ。むしろ、落としただけで壊れるようなら設計をやり直す必要があるわね」

 

 ヒヨリはほっとした様子だった。それを見て、少しだけ考える。彼女たちは、失敗することに異常なほど怯えている。最初は単なる性格の問題だと思っていた。だが、何日も一緒に過ごしているうちに、どうやらそれだけではないことが分かってきた。失敗したら怒られる。命令に従わなければ罰を受ける。そんな生活を、ずっと続けてきたのだろう。……まったく。あの女は、生徒を何だと思っているのかしら。

 

「……ねえ、ヒヨリ」

 

「は、はい……?」

 

「次からは重いものを一人で運ばないこと。誰かに手伝ってもらいなさい」

 

「で、でも、迷惑じゃ……」

 

「怪我をされる方が迷惑よ。それに、仕事は一人で全部抱え込むものじゃないでしょう?」

 

 そう言うと、ヒヨリは何度も頷いた。

 

「は、はい……! 分かりました……!」

 

 その様子を見ていたミサキが、ぼそりと呟いた。

 

「……チハヤって、結構面倒見いいよね」

 

「……は?」

 

「……別に」

 

「ちょっと待ちなさい。今のどういう意味?」

 

「……そのままの意味」

 

 まったく、失礼な子ね。私はただ、作業効率を考えているだけだというのに。

 

     *

 

 製造を開始してから一週間が経過した頃、装甲服はようやく人の形になり始めた。作業場の中央に設置された支持架台には、巨大な金属製の胴体が吊り下げられている。無骨な外装に覆われたその姿は、兵器というより、何かの工事現場から持ち出してきた重機に近かった。設計段階ではもう少し洗練された形状を考えていたのだが、使える材料が限られている以上、外見にこだわっている余裕はなかった。それでも、機能は十分に確保してある。

 

 肩から腕にかけては大型の駆動装置を搭載し、装着者の動きに合わせて金属製の腕が動く仕組みだ。脚部には歩行を補助するための機構を組み込み、装甲の重量を人間の身体へ直接負担させないようにしている。背中には補助推進装置を取り付けるための空間を確保した。

 

「……これ、本当に動くの?」

 

 ミサキが半信半疑で尋ねてきた。

 

「当然でしょう? 飾りを作ってるわけじゃないんだから」

 

「……でも、見るからに重そう」

 

「ええ。実際に重いわよ。だから機械で動かすの」

 

「……壊れたりしない?」

 

「そこは試験してみないと分からないわね」

 

 ミサキは露骨に嫌そうな顔をした。

 

「……怖いこと言うね」

 

「試験して問題を見つけるのが研究でしょう? 最初から完璧なものなんて存在しないわよ」

 

 もっとも、今回は失敗の代償が大きい。装甲服の内部で機械が誤作動すれば、自分の身体が押し潰される可能性もある。ましてや、胸には生命維持装置が埋め込まれているのだ。駆動装置が暴走してリアクターを損傷させれば、それだけで致命的な事故になりかねない。だからこそ、慎重に動作試験を行う必要があった。

 

「……チハヤ」

 

 サオリが声をかけてきた。

 

「何かしら?」

 

「マダムから連絡があった。開発の進捗を確認したいそうだ」

 

「また? あの女、他に仕事はないの?」

 

「……明日、実物を確認するつもりらしい」

 

 その言葉に、手が止まった。

 

「……明日?」

 

「ああ。完成が近いと報告している以上、いつまでも見せないわけにはいかない」

 

 なるほど。どうやら、思っていたより時間がないらしい。ベアトリーチェは私の研究を監視している。これまで新型強襲兵器だと説明してきたが、完成品を見せれば、誰が内部に入るものなのか疑問を持つかもしれない。そして、何より厄介なのは、この装甲服を奪われる可能性だった。製造が終わった時点で別の施設へ移送されたり、私から取り上げられたりすれば、ここまでの努力がすべて水の泡になる。

 

「……分かったわ」

 

 設計図を閉じる。

 

「予定を変更しましょう。今夜中に主要部分を完成させる」

 

「……今夜中?」

 

 サオリが聞き返した。

 

「ええ。明日まで待ってたら、あの女に余計なことをされるかもしれないもの」

 

「だが、まだ完成していないはずだ」

 

「だから、今から完成させるのよ」

 

 サオリはしばらく私を見つめていたが、やがて短く頷いた。

 

「……分かった。何をすればいい」

 

「まず、装甲の取り付けを手伝って。ミサキとヒヨリには残りの部品を運んでもらう。アツコは私の補助をお願い」

 

「了解した」

 

 その返答を聞いて、思わず笑みがこぼれた。数日前まで、彼女たちは私を監視する敵だった。今でも、完全に信用できる仲間になったわけではない。脱出が成功した後、彼女たちがどうなるのかも分からない。それでも、少なくとも今は同じ目的のために動いている。……不思議なものね。まさか誘拐犯の部下と協力して、脱出用の兵器を作ることになるなんて。

 

     *

 

 深夜。作業場には、金属を加工する音が響き続けていた。ミサキが腕部の装甲を固定し、ヒヨリが必要な工具を運んでくる。サオリは組み立て工程を確認しながら、重量のある部品の取り付けを担当していた。アツコは私の隣で測定器を操作し、指示された数値を読み上げている。

 

「……右腕の駆動装置、応答速度に問題なし」

 

 アツコが報告する。

 

「ありがとう。次は左腕ね」

 

「うん」

 

 制御端末を操作すると、吊り下げられた装甲服の腕がゆっくりと動いた。金属同士が擦れる音が響き、関節部分の駆動装置が低い唸りを上げる。動作はまだぎこちないが、基本的な制御は成功しているようだ。

 

「……すごい」

 

 アツコが小さく呟いた。

 

「まだまだよ。これじゃ歩くだけで精一杯だもの」

 

「でも、動いてる」

 

「ええ。動かすこと自体は成功ね」

 

 言いながら、測定器の数値を確認する。問題は、各関節の動作をどう連動させるかだった。腕だけなら簡単に動かせるが、歩行するとなれば全身の重量移動を制御する必要がある。人間の身体は意識せずとも複雑な動きを行っているが、それを機械で再現するのは簡単ではない。ましてや、装着者の身体へ負荷をかけずに動かす必要がある。

 

「……チハヤ」

 

 サオリが近づいてきた。

 

「そろそろ休んだ方がいい。顔色が悪い」

 

「大丈夫よ。あと少しで終わるから」

 

「それを何時間も聞いている」

 

「……そうだったかしら」

 

「そうだ」

 

 言い返そうとしたが、確かに身体はかなり疲れていた。胸の傷はまだ完治していないし、ここ数日はまともに睡眠も取れていない。集中力が落ちている自覚もある。普段なら、こんな状態で精密な作業を続けるべきではないと自分でも判断するだろう。だが、今は時間がない。

 

「……もう少しだけ」

 

「チハヤ」

 

「お願い、サオリ。あと少しで完成するのよ」

 

 サオリはしばらく黙っていた。やがて、近くの椅子を引き寄せてきた。

 

「……座って作業しろ。それなら、少しは負担が減る」

 

「……ありがとう」

 

「礼を言う必要はない。お前が倒れたら、完成が遅れる」

 

「はいはい。合理的な判断ね」

 

 椅子に腰を下ろし、作業を再開する。不思議なことに、彼女の言葉はヒマリを思い出させた。研究に夢中になって食事や睡眠を忘れるたび、ヒマリは呆れながら私を叱っていた。あの子の場合は、もっと芝居がかった言い回しをしていたけれど。……帰ったら、また怒られるのだろうか。そう考えると、少しだけ気分が軽くなった。

 

     *

 

 最後の装甲板が取り付けられたのは、それから数時間後だった。作業場の中央に、巨大な鋼鉄の人影が立っている。分厚い装甲に覆われた胴体。無骨な腕部と脚部。頭部には視界を確保するための小さな覗き窓があり、外側から装着者の顔は見えない。背中には大型の補助推進装置が取り付けられ、腕部には近距離で障害物を排除するための火炎放射装置を搭載した。外見は、決して美しいとは言えなかった。むしろ、鉄くずを無理やり人型に組み上げたような、酷く不格好な姿だった。だが、それでいい。今必要なのは、芸術作品ではない。

 

 私をここから連れ出してくれる、頑丈な鎧だ。

 

 動力には、胸に埋め込んだ生命維持用のものとは別に、小型のアークリアクターを用意した。二つの電源系統は独立していて、必要ならスーツ側から胸の装置へ電力を回せる。命を繋ぐための機械を、また別の機械に振り回されるような作りにはしたくなかった。

 

「……完成、したんですか……?」

 

 ヒヨリがおそるおそる尋ねてきた。

 

「ええ。ひとまずね」

 

「ほ、本当に……?」

 

「疑り深いわね。これだけ大きなものが目の前にあるでしょう?」

 

「い、いえ、そういう意味じゃ……!」

 

 ヒヨリが慌てて手を振る。その隣で、ミサキが装甲服を見上げていた。

 

「……思ってたより、ずっと大きいね」

 

「そうね。もう少し小型化したかったけど、今の設備じゃこれが限界よ」

 

「……これを着るんでしょ?」

 

「ええ」

 

「……本当に入れるの?」

 

「入れるように設計したんだから、入れないと困るわね」

 

 もっとも、内部はかなり窮屈だ。装甲の厚さを優先した結果、装着者が動ける空間は必要最低限しか確保できなかった。長時間の運用には向いていないし、乗り心地という概念もほとんど存在しない。それでも、数時間の戦闘なら耐えられるはずだ。

 

「……試してみるの?」

 

 アツコが尋ねた。

 

「もちろん。そのために作ったんだもの」

 

 装甲服の背面へ回り、開閉機構を操作する。金属製の外装がゆっくりと開き、内部の搭乗スペースが姿を現した。胸元には生命維持用リアクターとの予備接続端子があり、腕と脚を固定するための機構が設けられている。慎重に身体を滑り込ませ、内部へ収まる。装甲が閉じると、外の音が少し遠くなった。狭い。予想していたとはいえ、随分と窮屈だ。だが、腕と脚の可動範囲は確保できている。胸のリアクターにも余計な圧迫はかかっていない。少なくとも、装着しただけで命の危険があるような設計にはなっていないようだ。……まあ、当然だけど。自分で設計したのだから。

 

「……聞こえる?」

 

 外からサオリの声がした。

 

「ええ。問題ないわ」

 

「装着状態はどうだ」

 

「悪くないわね。少し窮屈だけど、許容範囲よ」

 

 制御装置を起動する。スーツ内の独立型アークリアクターから電力が供給され、各関節の駆動装置が順番に動き始めた。金属製の腕がゆっくりと持ち上がり、脚部の補助装置が起動する。足元の重量を確認し、慎重に一歩踏み出した。重い。だが、動く。もう一歩。金属製の足が床を踏み鳴らし、作業場に鈍い音が響いた。

 

「……動いた!」

 

 ヒヨリが声を上げる。

 

「す、すごいです……!」

 

「まだ試験中よ。あまり近づかないでちょうだい」

 

 さらに数歩進む。関節の応答速度は想定より遅いが、致命的な問題ではない。多少の調整は必要だろうが、歩行自体は可能だった。腕部の動作も安定しており、装甲の重量を支えるだけの出力は確保できている。悪くない。いや、むしろ上出来だ。こんな設備で作った試作品としては、予想以上の完成度だった。

 

「……ふふっ」

 

 思わず笑みがこぼれる。あの山中で、自分の技術が通用しない現実を突きつけられた。護衛ドローンを失い、装甲車を破壊され、何もできないまま捕らえられた。胸には金属片が残り、ベアトリーチェに命を握られた。あのときは、本当に何もできなかった。けれど、今は違う。自分の頭脳と技術で、新しい力を作り上げた。誰かに命を預ける必要もない。この鎧があれば、自分自身の意思で戦える。

 

「……どうだ、チハヤ」

 

 サオリが尋ねてきた。

 

「ええ。問題ないわ」

 

 金属製の腕を持ち上げる。重い駆動音とともに、巨大な拳が握られた。

 

「……これなら、やれる」

 

 自分でも驚くほど、自然に言葉が出た。サオリはしばらく装甲服を眺めていたが、やがて小さく頷いた。

 

「……分かった。なら、作戦の確認をしよう」

 

     *

 

 装甲服から降りたあと、私たちは最後の打ち合わせを行った。脱出は翌日の夜。ベアトリーチェが実物を確認する前に、装甲服を起動して施設から脱出する。スクワッドの四人は、あくまで私を阻止しようとしたことにする。監視記録にもそのように残し、必要なら実際に戦闘を行ったように見せかける。

 

「……本当に、これで大丈夫なのか」

 

 サオリが尋ねた。

 

「絶対とは言えないわ。でも、今考えられる中では一番現実的な方法よ」

 

「マダムが私たちを疑えば、どうなるか分からない」

 

「そのときは、できる限り私の責任にしてちょうだい。天才発明家が勝手に新兵器を起動して暴走した、という話なら、それなりに説得力があるでしょう?」

 

「……自分で言うんだね」

 

 ミサキが呆れたように呟く。

 

「事実でしょう?」

 

「……まあ、否定はしないけど」

 

 まったく、失礼な子ね。もっとも、今は彼女たちに嫌味を言われても不思議と腹が立たなかった。数週間前まで、四人とも顔も知らない敵だった。それが今では、私の脱出のために協力してくれている。……本当に、何が起こるか分からないものだ。

 

「……チハヤさん」

 

 ヒヨリが遠慮がちに声をかけてきた。

 

「何かしら?」

 

「あ、あの……本当に帰っちゃうんですか……?」

 

 予想外の質問だった。

 

「……ええ。そのためにこれを作ったんだもの」

 

「そ、そうですよね……」

 

 ヒヨリは少しだけ俯いた。その様子を見て、思わず苦笑する。

 

「何よ。寂しくなるの?」

 

「ひぃっ! い、いえ! そんな、私なんかが……!」

 

「冗談よ」

 

 そう言いながら、ふと考える。彼女たちとは、ここで別れることになる。私が脱出した後、四人がどうなるのかは分からない。ベアトリーチェがどのような処分を下すのかも、正確には予測できない。だからこそ、できる限り疑われないように計画を立てた。それでも、完全に安全だとは言い切れない。

 

「……ねえ、あなたたち」

 

 四人がこちらを見た。

 

「私がここを出たら、必ずベアトリーチェのことを調べるわ。あの女が何を企んでいるのか、どうやってスターク・インダストリーズの技術を手に入れたのか。全部ね」

 

「……それで?」

 

 ミサキが尋ねる。

 

「必要なら、あの女を潰す」

 

 サオリの表情がわずかに変わった。

 

「……本気か」

 

「ええ。私を誘拐して、命を握って、会社の技術まで好き勝手に利用したのよ? ただで済ませると思う?」

 

 もちろん、復讐だけが目的ではない。あの女がこのまま兵器を作り続ければ、いつかまた同じような犠牲者が出るかもしれない。少なくとも、スターク・インダストリーズの名前を使って好き勝手に戦争を始められるのは、経営者として見過ごせなかった。

 

「……そのときは」

 

 サオリが静かに口を開いた。

 

「私たちも、何かできるかもしれない」

 

 その言葉に、思わず顔を上げた。

 

「……へえ?」

 

「今すぐ何かを約束することはできない。だが、マダムのやり方が正しいとは思っていない」

 

 サオリは仲間たちを見渡した。

 

「少なくとも、姫たちを守るために必要なら、私は行動する」

 

「……そう」

 

 思わず笑みがこぼれた。

 

「なら、今度はもう少しまともな場所で会いたいものね」

 

「……そうだな」

 

 アツコが小さく頷いた。

 

「約束だよ」

 

「ええ。約束よ」

 

 今度こそ、守らなければならない約束が増えた。ヒマリとの約束。そして、彼女たちとの約束。まったく、忙しい人生だ。

 

     *

 

 その夜、作業場には私一人が残っていた。中央に立つ装甲服を眺めながら、最後の点検を行う。各関節の駆動装置、火器の制御系統、装甲の固定状態。どれも想定した範囲内に収まっている。補助推進装置だけは実際に使用してみなければ分からない部分が多いが、少なくとも一度きりの脱出には使えるはずだった。もっとも、完成度という意味ではまだ不満がある。

 

 重量は大きすぎるし、動作速度も遅い。装甲の隙間も完全には塞げていないし、長時間の運用には向いていない。スターク・インダストリーズの製品として発表するなら、間違いなく設計段階からやり直しているだろう。だが、今の私にはこれで十分だ。必要なのは、この地下施設から生きて脱出すること。それだけだった。

 

「……Mark-1」

 

 装甲服の胸部に刻まれた文字を、指先でなぞる。最初に作った装甲服。だから、Mark-1。何とも単純な名前だが、悪くない。これが完成するまでに、どれほどの時間がかかっただろう。胸の傷を抱えながら研究を続け、粗末な設備で部品を加工し、何度も失敗を繰り返した。そのたびに、サオリたちが手を貸してくれた。彼女たちがいなければ、完成はもっと遅れていただろう。……悔しいけれど、それは認めなければならない。

 

 私は、自分一人で何でもできると思っていた。少なくとも、他人の力を借りなければ何もできないような人間ではないと信じていた。けれど、今回ばかりは違った。彼女たちの協力がなければ、この鎧を完成させることは難しかっただろう。

 

「……ふふっ。案外、悪くないものね」

 

 誰かと協力して、一つのものを作り上げる。そんな経験は、久しぶりだった。スターク・タワーでは、いつも私が指示を出し、社員たちがそれに従っていた。もちろん優秀な技術者も大勢いたが、最終的な判断を下すのは常に私だった。けれど、ここでは違う。サオリたちは技術者ではないし、私の部下でもない。そもそも敵の監視役だった少女たちだ。それでも、彼女たちは自分の意思で協力を選んだ。……不思議なものね。

 

 もっとも、感傷に浸っている場合ではない。明日には、ここから脱出するのだから。作業台に置いていた最後の装甲板を持ち上げ、胸部へ取り付ける。金属同士が噛み合う音が響き、固定具がしっかりと閉じた。これで、すべての準備が整った。

 

「……待ってなさいよ、ベアトリーチェ」

 

 静かに呟く。

 

「明日、あなたに最高のショーを見せてあげる」

 

 もちろん、観客として楽しめるようなものにはならないだろうけれど。装甲服の頭部に手を触れる。冷たい金属の感触が、指先に伝わってきた。1ヶ月前、私はすべてを失った。護衛ドローンも、装甲車も、通信手段も。そして、自分の命を自由にする権利さえ奪われた。だが、今は違う。胸にはアークリアクターがあり、目の前には鋼鉄の鎧がある。そして、少なくとも四人の協力者がいる。……これなら、十分だ。

 

 明日、私はここを出る。そして、必ずミレニアムへ帰る。そう決めて、私は作業場の照明を落とした。

 

 

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