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2025年8月29日ウェブサイトにて発表
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pixivにてバックアップ投稿済
隣町の塾で夏期講習を終え、電車で3駅、月極の駐輪場で中学校から使っているガタガタのママチャリに乗り、歩道はないが車も通らない田圃道を全力で駆け抜ける。鳴り響くカエルの声、目の前を横切るタヌキの姿、少ない街灯に群がる羽虫の影、夜空を覆うほどにさんざめく星の海。見渡す限り、聞こえる限り、田舎の風景だ。空気が美味しい、自然が美しい、などとは思わない。生まれてこの方、毎日見ているものに、感動することなどない。季節の変化に従って花が咲き、葉が繁り、虫が鳴き、雪が降る。それの繰り返し。その変化のない日常にまれびとが現れるのも、毎年のことだった。
「今日からまぁくんたち、来てるわよ」
塾で帰りが遅くなる私のために夜食を温めてくれている母が、カウンターキッチンの向こうから親戚の来訪を話頭に話し始めた。まぁくんというのは、私のいとこだ。私の父の弟の息子。このいとこを含む叔父家族は盆休みと正月休みは決まって、祖父母の家にやってくる。いとこと私は同い年のため、子供の頃からよく一緒に遊んでおり、それこそ小さい時分は来訪を心待ちにしていたものだが、思春期を迎えて以降、異性ということもあり趣味も合わず、昔ほど睦まじく遊ぶことも減っていた。にもかかわらず、母は私がいとこの出現に喜ぶだろうと、嬉々として「まぁくんが来たよ」と知らせてくれるのだった。
「明日の晩御飯、庭でバーベキューするから、昼からの買い出しついてきてね」
「えー、なんで私。自習室行こうと思ってたのに。お兄ちゃんは?」
「お兄ちゃんは教習所行くんだって」
地方の大学に通っている兄は長い夏休みを利用して実家から夏期集中コースで教習所に通っていた。大学に通うにも、実家で過ごすにも必須である普通免許は春休みのうちにすでに取得していた兄は、次は大型二輪の免許を取りたいと言って教習所に通っている。バイク好きの父が快く費用を負担するのを見越し、大学の近くの教習所に通わず、実家から通うことにした兄の抜け目のない甘え上手な部分は一つの才能である。そんな兄はすぐそばのソファでうたた寝をしていた。
「お、帰ってたのか。まぁくんたち来てるぞ」
風呂から上がった父がリビングにやってくる。冷蔵庫から麦茶を取り出しながら、母と同じことを言った。私たち家族の住む家と同じ敷地にあるすぐ隣の祖父母宅の方を見やれば、いつもは暗い一階の和室に電気がついていた。
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赤い顔をしてカロリーオフの発泡酒を飲んでいる祖父の皿に、焼けた肉を置く。次は父の皿、その次は叔父の皿。焦げてしまった玉ねぎの切れ端を集め、自分の皿に取っていると、祖父と同じように酒で顔を赤くした父が、いつも以上に大きな声で言った。
「こいつはちょっと変なんだよ。女なのに勉強が好きなんだとさ。お勉強の前にちっとは料理でも覚えろってんだ」
こんなに焦がしちまって。身内を下げて笑いをとるのは父が酔った時の癖だった。この発言には、娘は家事に疎いという謙遜と、娘は勉強ができるという自慢が入り混じった、子供じみたものであることは分かっているが、言われる方としては良い気分にならない。反論をしても良いが、したらしたで酒の肴にされるだけなので、もくもくと肉やら野菜やらを焼いては、炭火と煙に滲む汗を拭っていた。そこへよく冷えたウェルチが差し出された。いとこだった。
「まぁまぁ。男は男でいつまでも子供で困るよ。こいつなんか毎日のようにケンカだなんだって怪我して帰ってくるんだぜ」
「男はやんちゃなくらいがいいだろ。お前も中高じゃ荒れてたもんな。親父に似たんだよ、な、雅紀」
雅紀はいとこの名前だ。東京に住み、東京の高校に通っているというのに、不良の集まる学校を選び、時代錯誤にもケンカに明け暮れているらしい。この話は、父や祖父のお気に入りの話題の一つだ。刺激的なことは何もない地方の農村の男には、都会に集う不良たちのケンカ話はある種、憧れの世界のようだった。
赤子の頃からよく知っている男の子が、不良漫画の世界よろしく、ケンカだ抗争だと乱暴な話をしているのはなんだか不思議な気分である。小さい頃は私の方が背丈が大きく、つかみあいのケンカになれば大抵、私が勝っていたのに。気が付けば背は見上げるほどに伸び、肩幅は私のものより一回り大きくなり、持っているトングを奪っていく手は筋ばった男のものになっている。ずっと祖父たちのために肉を焼く係をつとめていた私を見かねたのか、ジュースの入ったコップと交換にトングを受け取り、祖父たちの会話に気のない返事をしながら肉を焼き始めた雅紀を横目で見ながらバーベキューコンロを離れる。
やっと火のそばから離れることのできた私は、炭火の遠赤外線で火照りきった顔を夕風に晒した。バーベキューが行われている祖父母の家と私たちの家の間の芝生敷きの庭には、夕方となって田んぼの上を渡る涼しい風が吹き抜け始めていた。カエルや虫が鳴き始め、国道から、それこそやんちゃな奴らが運転するバイクのエンジン音が響き始める。のどかで騒がしい田舎の夕景だ。
「父ちゃん! 雅紀に酒すすめないの!」
「もう16だろ?」
「未成年!」
「厳しいご時世だなぁ、雅紀」
屋内の台所でサラダやらスープやらの準備をしていた祖母、母、叔母がにぎやかに庭に出てきた。母にどやされながらスープの腕ののったトレイを受け取り、祖父たちに配る。「まだ飲んでるっつーのに、気がきかねぇバアさんだ」と文句を言いながら、祖父は受け取ったスープをうまそうにすすった。
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バーベキューは終わり、祖父や父たちは祖父母の家のリビングで酒を飲み始めた。誰も見ていないのに大音量でEテレの旅番組がテレビから垂れ流されている。祖母や母たちは台所で後片付けをしながら、子供たちの成長やそれに伴う反抗などを声高に語り合っている。家の中は外にも負けないほど騒がしい。バーベキューコンロ片付け担当を任命された私は、片付けの面倒さよりも、家人たちの騒がしさから逃れることができる利点を見出しながら、共にコンロを片付けているいとこに話しかけた。
「雅紀」
「ん?」
私の兄は、祖父たちに混じって酒を飲んでいる一方、まだ未成年の雅紀は酒席に混ざることができない。そのため、こうして女たちに混ざって準備や片付けに働いていた。農作業用の軽トラックやトラクター、父の趣味のバイクが雑然と並んだ納屋の前。なぜかまだLEDではなく蛍光灯が現役の明かりを頼りに、使いきらなかった炭の箱を一輪車の脇へ詰んだりする。
「東京で安く泊まれるホテル知らない?」
私からの質問を聞いて、油がこびりついた網をステンレスたわしでゴシゴシと擦っている背中が笑った。野菜や農具を洗うために備え付けられている納屋の前のシンクのふちに泡だらけの手をつき、雅紀はこちらを振り返る。
「東京の人間が東京のホテルに泊まると思うか?」
「……確かに」
馬鹿な質問をしたことに気づき口ごもる私に、持っている鉄板をよこせと手を伸ばした。鉄板を渡して手持ち無沙汰になった私は、勝手口から母にアイスをねだりに行く。スーパーのプライベートブランドの箱からオレンジ味のアイスキャンディーを二本受け取り、再び納屋の前の土間へ戻った。洗い物を終えた雅紀が自分のズボンで濡れた手を拭っている。
「東京、遊びにくんの?」
すぐ近くに駐車された祖父の軽トラックに寄りかかりながら、いとこ二人、アイスをかじる。人工的なフルーツの味が冷凍庫の匂いと共に鼻を抜けた。それでも冷たくて美味しい。
「遊ぶっていうか、オープンキャンパスに行きたいんだけど、電車賃とかホテル代とか考えると貯めてたお小遣いじゃ足りなくて」
「オレんち来たらいいじゃん。母ちゃんに言っとくけど」
「そしたらうちの親にバレるから」
「バレるって。黙って行くつもりかよ」
夜とはいえ、年々暑くなる夏の気温に耐えかねたアイスキャンディーがオレンジ色の汗を滴らせはじめる。ついには残っていた部分が棒からはずれ、ボトリと土間に落ちた。落ちたアイスを手で拾い、シンクに流す。汚れた手も洗う。
「言ったらまた「女が大学なんて贅沢だ」とかなんとかグチグチ言われるから」
両親は内心、自分の子供が大学に進学することを自慢に思っている。そもそも、大学進学を視野に入れた高校はこの辺りでは一つ二つしかなく、その高校に合格した時点でさりげなく周囲の人間に吹聴して回っていたのを知っている。それなりの大学に合格するのでは、と期待されているのも肌に感じる。そんな両親の様子とは裏腹に、大学進学に懐疑的なのは祖父母であった。そうなると、両親は子供に大学を薦めることはできなくなる。そういう家だった。兄は勉強はあまりしていないようだったが、要領が良いので工業高校から推薦をもらって地方の大学へ進学しており、我が家からの大学進学は実績解除済みである。しかしそれは兄が男だからだ。そういう家なのだ。
「うーん。じゃさ、普通に遊びに来るってことにしたら? 服買いたいとか言っとけばそれっぽくね」
田舎の封建的な家の事情には特に立ち入らず、それでいていとも簡単なことのように雅紀は言った。しかし、それは天啓のように響いた。
「え、雅紀天才?」
「おう。オレ、天才」
棒アイスの棒だけをくわえながら、いとこはニッカリと笑った。いたずらっぽく目を少し弓なりに曲げている。さすが不良。さすが東京人。自分からは出てこなかった考えを、なんなく導き出した雅紀に対し、大いなる偏見を備えた尊敬と軽蔑の念を抱く。私が落としたアイスの汁に集まっている虫を、アイスの棒でつついて遊び始めた雅紀のつむじを見下ろす。
「で、どこの大学行くん?」
「〇〇大のオープンキャンパスと、時間あったら××大もちょっと行ってみたい。こっちはオープンキャンパスしてるわけじゃないんだけど、構内は誰でも入れるらしいから」
「ふーん。いつ?」
「今月末の土日」
「おけ。空けとくわ」
「え、一緒に行ってくれんの?」
「東京、案内してやるよ」
「あー、助かる。マジで。ほんとに。実は結構ビビってたんだよね、一人で東京」
「だよな。オレでさえ電車間違うことあるわ」
そうとなれば親たちに話を通そうと、我々は祖父母の家に入ることとした。リビングはクーラーの冷気と酒の匂いが混じった空気が充満している。食後のフルーツの時間になっていたのか、お中元で届いた桃がキレイに剥かれてダイニングテーブルにのっていた。酒で酔った男たちに旬のフルーツを食べさせるのは勿体ないから、早く食べてしまえ、と祖母がすでに桃の香りのする口で言う。
熟した桃の香りに気づいていない様子の男衆はミックスナッツをボリボリと噛み砕きながら、祖父秘蔵のウイスキーを飲みはじめているようだった。自分の子孫たちが自分の出した酒をうまいと言って飲んでいる。祖父は大層気が良いらしく、「片付け、ご苦労」と我々にねぎらいの言葉をかけ、アメ包みされたツナのおつまみをいくつか投げて寄越した。
「父ちゃん、こいつ東京遊びに来たいらしいから今月末うちに泊めていい?」
桃を頬張りながら雅紀がリビングスペースにいる叔父たちに声をかけた。酔っているうちに言質をとろうという算段らしかった。
「おお、いいぞ。母ちゃんにも聞いとけよ」
あっさりと叔父の許可はおりた。明日になって覚えているかは知らないが。雅紀はフォークを握った手で器用にピースサインを作ってみせた。あまりにも簡単にことが進んだことに、なぜだか少し悔しさを感じる私は、顎をしゃくるようにして小さく謝辞を示す。
「なんだぁ、お前ら〜。仲良いじゃねぇの」
「年頃だもんな〜。寝る部屋は別にしろよ〜」
祖父と父がはやしたてると、ドッと笑いが起きた。祖母や母まで笑っている。これ以上ないほどに嫌な顔をしている私の様子は、大人の誰の目にも入っていないようだった。雅紀はスマホをいじりながら桃をかじっており、本当に聞こえていないのか、聞こえていないフリをしているのか分からないが無反応を貫いていた。
「田舎のジジイってマジで最悪」
桃に勢いよくフォークを突き立てる。フォークは柔らかい果肉に沈み、果汁がはねた。残り少ない桃をとられまいとする別のフォークが飛来する。一際大きい一切れを奪って行く金属片を目で追うと、その先でいとこの男が勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「オレは一緒でもいいけど」
「は? 」
「オレと寝るのドキドキしちゃう?」
「キッショ」
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今日もまた、夏期講習の授業と自習室での勉強を終え、地元の駅に着く頃には夜も更けていた。自転車で駆けるには、これくらいの時間がちょうど良い。夏でも夜風が涼しいことだけが田舎の取り柄だ。誰ともすれ違うことのない田んぼ道をいいことに鼻歌を歌いながら自転車を漕いでいると、雑草が生い茂り歩きにくくなった歩道をこちらに向かって歩いてくる何者かの姿が見えた。
「おーい!」
夏休みを利用して祖父母の家に遊びにきているいとこだった。
「コンビニ行こうと思ったんだけど、すげぇ遠いのな」
当たり前だ。祖父母及び我が家のある辺りから最寄りのコンビニは、今私が降りた駅の手前を横切る国道に出なければないのだ。歩いて行く酔狂な人間は、集落にはいないだろう。ましてや夜とはいえ、こんな夏の盛りに。都会に住む雅紀は、散歩ついでのつもりだったのだろうが、田舎を舐めないでほしい。
「後ろ乗っていいからさ、チャリ貸してくんね」
「二人乗りダメなんだよ」
「オレたち、すでに共犯者だろ?」
ママチャリの荷台にまたがる。ハンドルを握るいとこの背中からは熱気が立ち上っている。臭くはないが、汗ばんでいるのがよくわかるこの背中に抱きつくことになんとなく気後れして、荷台の部分に指をかけバランスを取ることにした。
「どっか行きたいとこあるか?」
カエルと虫と山鳩の声が5.1どころか7.1サラウンド大音量で聞こえてくる田舎道に、二人分の体重に喘ぐ自転車の音も追加される。それらの音に負けないように、雅紀は声を張り上げた。言葉が発されるたび、目の前の背筋が大きく動いた。
「東京。大学見に行く以外に。下北とか行く?」
息の乱れが感じられない声だった。決して軽くはない私の体重を預けることが少しばかり気掛かりであったが杞憂のようだった。ケンカに明け暮れているだけあって体力や膂力に余裕があるのだろう。いとこはのんびりとペダルを漕ぎながら話を続ける。
「でも、こっちで夏期講習あるから1泊しかできないしなぁ」
「ふーん。忙しいんだな」
道沿いに徐々に住宅が増えてくる。駅が近づいてきたのだ。つまり目的の国道沿いのコンビニも近づいてきた。田舎道の白々しい街灯ではなく、オレンジ色の背の高い街灯に照らされた国道に沿って曲がる。大型トラックが何台も停められる、巨大な駐車場を持つコンビニはすぐそこだった。
「あ、でも、あれ、ヨーグルトアイス、食べたいかも」
「アイス〜? そこのイオンに31あるだろ」
「ヨーグルトアイスだってば。新大久保のお店、行ってみたい」
「出た、新大久保。女子って新大久保好きだよな」
「いいでしょ、別に」
コンビニの前にやってくる。こうこうと輝く店内の明かりに照らされ、汗が伝って落ちる雅紀の首筋がよく見えた。飛び出た喉仏、脈打つ血管。同年代の男の首を間近に見たのは初めてかもしれない。いや、中学校のクラス対抗競技で五人六脚をした時に見たかもしれない。だとしても、今ほど動揺しなかったはずだ。勝手に気まずい思いをしていると、自転車が停止した。雅紀の顔がこちらを向く。咄嗟に体がのけぞった。のを、悟られないようにスムーズに荷台から降りてみる。
並んでコンビニに入った。寒いほどに冷房の風が吹き荒れている出入口を通り抜け、私はチルドコーナーへ、雅紀はドリンクコーナーへと別れて進んだ。再びレジで出会う。
「じゃ、店の場所送っといて。調べとく。あ、大学も送っとけよ」
「ありがと」
「出世払いな。大学行っていい会社行ってガンガン稼ぐんだろ。万倍にして返せよな」
「これが本当の情けは人の為ならずってやつだ」
「また小難しいこと言ってら」
コンビニを出て、店前に並ぶステンレスの車止めに体を預け、買ったものに口をつける。私は店内で作るグリーンスムージー、雅紀はホットスナックのチキンとペットボトルのカルピスソーダ。田舎の夜風は涼しいとはいえ、年々暑さの増す日本の夏に湯だった体に冷たい飲み物がよく沁みた。体の内側が冷めたことで、気持ちも少し落ち着いた私は雅紀に言う。
「ありがとう。本当に。やる気出た」
「お、久々に見た、その目がなくなる笑い方。お前、昔っから笑うと顔がクシャってなんのな」
「うるさいな」
「褒めてんだよ」
「あっそ。そりゃどうも」
国道から田舎道へ逸れるまでは歩いて、その後は再び自転車に二人乗りをして家まで帰った。思えば、これが初めての夏の夜遊びだった。
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「男の子と自転車二人乗りしてるの見たわよ〜。彼氏?」
「いとこです」
回覧板を渡しに隣の家にやってきた。隣の家と言っても、畑を挟んで隣なので歩いて数分かかる。隣のおばさん、おばさんと呼んでいるが実際は祖母と同年代なのでおばあさんといって差し支えない年齢なのだが、我が家での通称はずっと「隣のおばさん」であるこの女性は、昨夜、孫の送迎で駅まで車を出したところ、道すがら我々の姿を見かけたのだと言った。
「あら、じゃ、次男坊んとこの。通りで東京ナンバーの車止まってるなって思ってたのよ。そうなのね〜。にぎやかでいいわねぇ。うちの子なんか盆も正月も全然帰ってこないのよ。今時は女の子も手に職って言って東京の大学に行かせたんだけどね、やっぱりダメね、都会の方がいいってなっちゃって。早く結婚して孫の顔でもみせろってお父さんなんかよく言ってるわ」
「はぁ」
家の中からひっきりなしに犬が鳴いている。孫たちが飼いたいと言って飼い始めたらしいダックスフンドは家族以外が敷地内に入ろうものなら全力で鳴く。郵便屋さんにも、生協の配達員にも、おじいさんを迎えにくるデイサービスの職員にも、目の前の畑で働くさらに隣の家の人にも、そして回覧板を持ってくる私にも。優秀な番犬といえば聞こえはいいが、ほとんど一日中犬の鳴き声が響いており、これもまた私が自習室に行く理由の一つであった。
「あ、そうそう。なすび、ある? 食べきれないのよ、持ってってくれない? きゅうり、は、じっちゃんが作ってたわね。あ、あと、カボッキーっていうの、作ってみたの。結構おいしいわよ、食べてみて。それと、これ、おせんべい。好きだって言ってたわよね。お駄賃。持ってって」
「あ、ありがとうございます」
「いいのいいの。じっちゃんばっちゃんによろしく言っといて」
「はい、伝えます」
隣のおばさんは良い人だ。私が昔、一度、好きだと言った雪の宿をいつもくれる。「これ好きって言ってたから」と。自分の子供や孫でもない、隣の家の孫娘の好物まで把握して、それをあげたい、喜んで欲しいと思っている。そのありあまる善性は時に私の両手をいっぱいにする。例えば今のように。スーパーの大きいビニール袋いっぱいに詰められたナス。もう一つのビニール袋にはカボッキーというらしい野菜が数本と私の好きな雪の宿がファミリーパックのまま詰められている。回覧板を持って家を出た時よりもなぜか大量の荷物を抱えて帰路に着くことになった私は、日差し照りつける道を重さにあえぎながら歩いていた。そこへ、一輪車を押す雅紀が通りかかった。
「大荷物だな」
「うん。何してんの」
雅紀は深いツバに首周りをカーテンのように覆う布がついた花柄の帽子をかぶっている。おばあちゃんの農作業用の帽子だ。コメリで買っていた。白い軍手、長靴、おまけに空調服まで身につけている。一輪車には大量のきゅうり。いっぱしの農家に見える。
「畑の手伝い」
「えら」
少し離れたところにあるビニールハウスではきゅうりが終わりかけており、取りきってしまって次の野菜を植えなければならない。祖父がそう言っていた気がする。会社員として働く兼業農家の父が不在の平日に、若い働き手が現れ、祖父は大層喜んでいることだろう。
「それ、好きなやつ」
私の持つビニール袋に入った雪の宿を見て、雅紀が言った。次に雅紀がこの田舎にやってくるころ、ここはまさに雪景色になっているだろう。こうして並んで歩いている道端にそびえるひまわりも、取りきれないほどの夏野菜も、青々と茂った田んぼも、全て雪に覆われているだろう。
「結局さ、こういうのが一番うめぇんだよな」
一緒に家まで戻り、再び納屋の前で休憩をする。分けあって雪の宿にかじりつく。
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*自転車の二人乗りダメ絶対!