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2025年6月10日ウェブサイトにて発表
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pixivにてバックアップ投稿済
薄暗い高架下に足を踏み入れると、他所行きにしているブーツの足音がよく響いた。コツコツ。その音に振り返る人がいた。
「あれ、さこっち」
「は」
こちらの顔を見て迷惑そうな表情を隠さない彼は高校のクラスメイトの男の子だった。今日は休日で、彼は制服姿ではなく私服姿だ。羽織っているオレンジ色のジャンパーはマークの入り方から見て何かの組織に属することを示していそうだった。
「なに、どっかのチームに入ってんの」
「まぁ」
「へー、意外。人とあんま関わんなさそうなのに」
興味深そうにクラスメイトの姿を繁々と見る。あからさまに嫌な顔をされる。切長の瞳が涼しげな顔立ちの割に、感情と直結した表情をみせる様子が面白い。
「なに」
ただの通りすがりの私がなぜ彼の隣にたち続けているのか、という疑問と苛立ちが二文字で表現された。
「早くどっか行けって?」
「分かってんならさっさと行けよ」
「えー、やだ。さこっちがチームの友達に「その子だれ?」とか絡まれるところまで見てから帰る」
「最悪だ」
「うそうそ、雨宿り」
「は」
「ほら、雨」
高架の外側の地面に手延べそうめんのようにしなやかで柔らかな雨が音もなくしなだれかかっている。先ほど急に降り出した雨だった。この雨を避けようと高架下に潜り込んだところで彼と行き当たったというわけだ。
「マジか」
「狐の嫁入りって言うんでしょ、こういうの」
「天気雨を?」
空は青空だ。日もさしている。彼はこの明るさでまさか雨が降っているとも思わなかったのだろう。湿度が増し、ジメジメとした空気が高架下を埋めている。夜になると開くビアホールが路上に並べたままにしているテーブル代わりのオーク樽が、ダークブラウンの肌を湿気に光らせる。どこからか入り込んだ雨水がレンガ積のアーチ橋の内側に滲み出る。
「さこっち、お嫁入りするの?」
「しない」
「そりゃよかった」
「なにが」
「幼馴染のタヌキが泣くところでした」
「タヌキ?」
向こう小山から来たキツネとタヌキが並んで嫁入り行列を見物していると、大きな声が響き渡った。
「あ、佐狐さーん!」
「げ」
「すんません!遅くなりました!」
湿気のせいか人工的なものかしらないが、黒いカーリーヘアが特徴的な男の子が走ってくる。彼と待ち合わせしていたのはこの子のようだ。同じオレンジのジャンパーを羽織っている。
「あれ? 誰っスか?」
「はじめまして。こいつの幼馴染のタヌキだよ」
「タヌキさんっスか!はじめまして!犬上っス!」
「はじめまして。イヌガミくん」
幼馴染なんていたんスね! とイヌガミくんは大声で言う。彼と私は小学校から同じ学校に通っている。同じ組織に所属し続けているだけで特段関わりが深いわけではない。小さい頃から知っているという意味では幼馴染というのもあながち嘘ではないが、真実はただの同級生だ。近しいところで彼を見る機会が多かったのは確かで、気弱そうだった時代を経て、近頃は髪を染めたり、こうして何某かのチームに入ったりして自分なりに青春を謳歌している様子までなんとなく知っている。その様子を見て、よかったね、と思うくらいには親近感を持っている。
「二人で何してたんスか?デート?」
「で、デートなわけっ」
「雨宿りしてただけだよ〜」
デートをするような仲ではもちろんない。すぐに否定され、怒りよりも悲しみが少し勝つ。そういう淡くて一方的な思いである。
「イヌガミくん、髪びちょびちょ。雨の中歩いてきたの?」
「すぐ止むかなって走ってきました!」
「あはは、かわいい。ほんとにワンコみたいだね」
話している人の方へ体を向けると言う礼儀正しさを持ち合わせているらしいイヌガミくんは、彼や私と言葉を交わすたびにあちらこちらへ体を動かし、その度、雫を撒き散らしている。濡れた体を振るう大型犬のようだ。
「タオルあるから拭いてあげようね」
「えへへ」
この雨の中、濡れながら走っている様子が容易に浮かび、その姿に思わず笑ってしまう。イヌ扱いされているのに満更でもなさそうなイヌガミくんの濡れた髪に持っていたタオルを当てようと手を伸ばす。その手が別の手によってつかまれる。
「おい、雨、止んだぞ」
私の手首をつかんだ彼が顎で高架の外を示した。青空はそのままに、雨で濡れた世界は爛々としている。照り返しがまぶしい。
「ホントだ。じゃあ、私はこれで」
「あ」
「なに?」
「いや、その」
そっと手が離れる。そういえば、肌が触れるのは初めてかもしれない。骨張っていて指の長い手だった。
「虹だ!」
私から受け取ったタオルで髪を拭いているイヌガミくんが再び大声を出す。うなるように高架下に反響する。うわんうわん。響く音を聞きながら街並みの向こうにかかる虹を見る。
「本当だ。キレイだね」
「そ、そうだな」
「佐狐さん、そこはタヌキさんの方がキレイだよ、じゃないスか?」
「お、お前はまた余計なことを」
「え〜?そんなこと思ってたの〜?」
「思ってない」
「またまた〜」
「またまた〜」
「うるさい」
「オレだけ殴らないでくださいよ〜」
「あはは。じゃあね、宝を探しに虹のふもとまで行ってくるよ」
「宝があるんスか?」
「あったら分けてあげるね」
後日の学校で、イヌガミくんから預かったと言って、彼から洗ったタオルを渡された。宝を見つけられなかった私は、タオルのお礼として彼にご馳走をおねだりしたところ、実は甘いものが好きだという彼からカフェに誘われた。これを見越してタオルを貸したわけではないが皮算用もたまにはうまくいくようだ。
参考:薄田泣菫「狐の嫁入」