八と二分の一芸術宣言   作:リネン_

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君のつけた名で私を呼んで

 きれいにグラデーションで染められた髪が目の前でひらめいた。

 

「あんたたち、知り合い?」

 

 アルバイトをしているショーパブのキッチンに、ステージを終えた演者の子が何か飲もうとやってきた。キッチンの調理台をテーブルにして、並んで座っている私と、なぜか今日も来ている胡散臭い眼帯男を見て問う。フルーツの切れ端にしゃぶりついていた私が答えるのに手間取っているうちに、眼帯男 a.k.a. レオが口を開いた。

 

「結婚を前提に真摯な交際をしている仲です」

「はぁ!?」

 

 固いパイナップルの芯を思わず噛みちぎる。また、こいつは何を言い出すのだ、と睨みつけるもわざとこちらを見ようとしないのかいっこうに目が合わないレオは、「なにそれ〜!詳しく聞かせなさいよっ!」とはしゃぐ声に「えへへ」とわざとらしく頭をかいてみせている。もはや舞台に立ってスタンダップコメディでもしてきたらどうだろうか。味のしないパイナップルの芯を奥歯でグニグニと潰しながら精一杯否定する。

 

「してないしてないしてない、交際してない」

 

 レオとこの演者、通称椿ちゃんは同じ高校に通う先輩後輩らしく、この店をレオが知るきっかけとなったのが椿ちゃんということだ。そのために店の名前を知っていて、私がここにいることに気づき、なぜかここへ時々顔を出すようになっていた。

 

「真名を教え合った仲じゃないか」

「どちらかというと諱でしょうね」

「ほら、こういうところ。オレたち気が合うんですよ」

「合ってないっての」

 

 椿ちゃんに氷の入った水を渡し、椅子をゆずる。レオの隣の席だ。私は立ち上がって調理台の反対側へ回る。二人が並んでいる正面まで来て、背後のシンクに腰を預けた。

 

「え〜、すっごい仲良いじゃない!いつのまに〜!」

「一夜を共にしてから、ですかね」

「やだぁ!スミにおけないんだから!」

 

 肘でつつかれているレオは相変わらずただニコニコとしている。

 

「こんなケツの青い子供を相手にナニをどうするんだっての。ほら、坊や、お家に帰る時間だよ」

「たしかに、遅くなっちゃったわね。じゃ、アタシはこれで。お水ごちそうさま、また話聞かせてちょうだいね」

 

 夜も深まってきた。そろそろ青少年には退店してもらわないと店としても困る。ステージ衣装から着替えなければいけない椿ちゃんはウィンクを投げながら支度部屋へ消えていった。レオは時間を気にするそぶりさえ見せない。キッチンリーダーはタバコを吸いに外へ行ったまま戻らない。再び狭いキッチンで二人きりとなる。

 

「嫌だな、坊やだなんて。キミだってオレと同じくらいの歳でしょう」

「女性の歳を勘繰る時点で「坊や」なんだよ、早く出て行った」

 

 パイナップルの芯をゴミ箱に投げ入れる。おそらくステージを見に来ているわけでもないのだろう。ショーが始まっていたり、終わる頃にレオはふらりとキッチンの扉を開けて入ってくる。その日ここを訪ねてくるような連絡があるわけでもない。突然、ふらりと、現れる。そしてふらりと去っていく。何をしに来ているのかさっぱり分からない。

 

「お客をないがしろにするものじゃないよ」

「どこが客だ。飯の一つも頼まないで」

「頼んでるよ」

「白湯をな」

「新しく手に入れたんだよ、このお茶。崑崙雪菊っていうんだけど、飲んでみる?」

 

 キッチンの常連となったレオは、調理担当のキッチンリーダーとはすでに顔馴染みになったようで、リーダーからは邪魔に思われるどころか意外と歓迎されている。店の者でレオとその友人たちに恩があるとのこと、忙しい時は無償で手を貸してくれること、話し相手になってくれること、がリーダーの気に入ったらしい。勝手に持ち込まれた茶器もリーダーのはからいでキッチンに常設となった。

 

「シュエジューねえ。こんなところに入り浸ってるから眠れないんじゃない」

「ふふ」

 

 中国茶の香りを唇の隙間から漏らしながらレオは笑った。

 

「食わない、寝ない……。あんた、仙人にでもなるつもり?」

 

 レオを気に入っているキッチンリーダーが時折余ったフードをすすめているが、レオは「ダイエット中なので」と毎度断っていた。この男がお茶以外を口にしているところを見たことがない。お茶の妖精かなにかなのだろうか。妖精というか妖怪か。

 

「いいね、仙人。なれるものならなりたいよ」

「だったらこんな俗悪な場所から去ることだね」

 

 人の愛憎を燃料にネオンを輝かせる夜の町で修行したとて仙人への道は遠いだろう。高校生らしく太陽輝く青空の下で部活動に汗水流した方がまだ魂も肉体も磨きがかかりそうだが。

 

「俗悪かぁ。天使の歌声が響いているから天国だと勘違いしてたよ」

 

 椿ちゃんのあとに登場した演者をカウンター越しに眺めながら言う。ダンスの次は歌だ。心洗われるような透明感のある歌声がしっとりと客席をうるおしている。確かに、彼女の歌声は天使のようだ。レオが言うと本当のことも嘘のように聞こえるのがもったいない。

 

「天国で飲むウィスキーはこんなに安っぽくないと思う。せめて響くらいが出てきてほしい」

 

 リーダーがいないのをいいことに勝手に作ったハイボールを飲み干す。業務用のトリスはまずくはないがおいしくもない。

 

「お酒、ほどほどにしなよ」

 

 レオが眉を寄せる。

 

「そうだね」

 

 口ではそう言いながら次のハイボールを作る。

 

「体に悪いよ」

「いいの、こんな世の中だもの、長生きしたって仕方ないし」

 

 先の見えない不安定な世の中で、享楽に身をやつすのもまた一興。元より手堅い人生など望んでいなかったが、この町に通うようになり、その思いが強くなっていっているようだった。成り行きで大学に進学したが、これといって興味のあるものもなく、なりたいものもない。どうせなるなら仙人なんて、いいかもしれない。よく回る口だけを頼りに酒中の仙でも目指そうか。

 

「オレが困るよ」

「なんで」

 

 いつの間にか立ち上がったレオが隣にいる。グラスを取り上げられた。代わりに茶器を渡される。暖かさがじんわりと手に広がる。

 

「諡は君につけてもらいたいんだ」

「誰より長生きしそうな顔して何言ってんの」

 

 口にした茶は花の香りが柔らかく美味しかった。悔しいので美味しいとは言わず、おそらく高価であろう香り高いこの茶をもったいないほど早く飲み干して茶器をつき返した。

 

「こんなに儚げなのに?」

「こんなにふてぶてしいのに」

「あはは」

 

 グラスを奪い返して作ったばかりのハイボールを飲む。レオのいれたお茶の後に飲むと、ますます安っぽくて空っぽな味がした。しかし構わず飲む。その様子を眉を下げ、少し寂しそうに見ているレオの表情は初めてみるもので、もう少し見たい気がするものだった。少しの加虐心、少しの憐憫、pityが何かに似てくる可能性。

 

「諡、私から贈ったら、そこに加えてくれるの」

 

 レオが常用するカンフー服の結び釦に指をかける。一番上、喉元のそれを少し引っ張る。

 

「そういうところ」

 

 ボタンにかけられた指に頬を寄せるようにして顎を下げる。垂れた前髪の隙間から上目遣いにこちらを見る。

 

「できるだけ痛いように長くて難しいのを考えることにしようかな」

「サディスティックだなぁ。とはいえ、死人は痛がったりしないだろうけどね」

 

 言葉とは裏腹に嬉しそうな顔をするレオの喉元から手を離す。

 

「私のは短くて簡単なのにしてよね」

「え」

 

 驚いたような顔。前も思ったが、この表情は年相応でかわいげがあると思う。

 

「なに、あんたも長くて難しいのにするつもり?」

「いや、それってオレが贈っていいってこと?」

 

 カウンターの向こうでわっと拍手と歓声が聞こえる。急いた口調で問うレオの言葉の半分はかき消される。声が届かない代わりにレオの手が私の袖を掴んだ。すがるような眼差しがステージの照明に乱される。かわいいじゃないか。酒が回ってきたからか、この男の言動に好意的なものを感じ始める。いつもそうだ、私が酔い始める頃にレオはやってきて、酔いが回ってきた頃にかわいげのあることを言ったりしたりする。だから、この突然の訪問をいつも無碍にできないでいる。

 

「うーん、死に目に会えたら」

「プロポーズされちゃった」

「してない」

 

 袖をつかむ手を振り払いながら、手刀を見舞う。いて、と嘘を言いながら額をおさえ、その手で表情を隠しながらレオは言う。

 

「キミ、条件付きの未来を語るの、ずるいよね」

「そうかもね」

「出された条件をクリアして、語られた未来を見たくなる」

 

 あまり未来を語ると鬼が笑うが、あいにくこの町の夜は明るすぎて鬼も寄り付かなさそうだった。

 

「食べたり寝たりしたくなる?」

「……そういうところだよ、ほんと」

 

 カウンターに上体を預けてレオは背を丸めた。両手で頬杖をついてステージを見ている。ステージでは歌い終わった演者が客から花を受け取っていた。私も一緒にカウンターに寄りかかって頬杖をつく。

 

「子守唄歌いに行ってあげようか」

「条件は」

「そうだな、好き嫌いがなくなったら」

「誰に何を聞いたのか知らないけど、好き嫌いなんてないよ?」

「先は遠そうだね〜、坊や」

「ほんとうだよ」

「好き嫌いしないでたくさん食べて、よく眠って、せいぜい長生きしなよ」

「そしたら?」

 

 頬杖をついているからか顔の肉が柔らかく持ち上げられている。その頬の肉の向こうから目線だけでこちらの返答を待っている。私も同じように頬を持ち上げ、少し歪んだ目で見やる。

 

「そしたら……、二人だけの新しい名前をつけてあげようか」

 

 私の回答を吟味するように少し目線を天井へ泳がせてから、両手だった頬杖を片手に変え、レオは体をこちらに向けた。

 

「オレがボガートだったらどうするの。こんなにいい子にしてられないよ」

 

 古今東西よくもまぁ。私は片手を伸ばしてレオの前髪を少し持ち上げた。

 

「本性が見たいって言ってるとしたら?」

「右目に封印した悪霊が喜ぶだろうね」

 

 レオは前髪に触れる私の手を掴んで、右目を覆う眼帯の上へ当てた。

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