ざわめくショッピングモールのフードコート。週末の混雑はまださざなみの正午前、見知った姿がある。立ち並ぶ飲食店の一つで注文をしている背中は見慣れなかった。
「ねぇキミ、あれの友達なの? あの眼帯してるやつ」
金髪の少年が座る席に近づく。少年は突然知らぬ女に声をかけられ、驚きと戸惑いをあらわにした。
「は、はい。えと、お姉さんは?」
小動物が周囲を警戒するように目玉を右往左往させながら、おずおずと返事をする少年の向かいの席に勝手に座った。
「かわいいね。やっぱ高校生はこうじゃなきゃ。キミ、名前なんて言うの?」
「あ、に、楡井秋彦です」
「アキヒコくんか〜。よろしくね、私の名前は−−」
名乗ろうとしたタイミングで脳天に何かがぶつかる。見上げるとアキヒコくんの連れの眼帯をしている男が紙のカップを持っている。この男がカップで私の頭をこづいたようだった。
「エイミー、エイミー・アダムス、だよね?」
アキヒコくんの向かいに座る私の隣の席にレオが座る。金髪の少年は私とレオの顔を交互に見る。
「レオ、ちょっと黙ってて」
「レオ?」
私がレオの名を呼ぶと、アキヒコくんは不思議そうに目を丸くした。レオは表情を変えずニコニコと笑っている。これは、この男の第一のペルソナ。横目で見ながら胡散臭い微笑みをナンバリングする。
「こいつ、レオナルド・ディカプリオなんだってさ」
「それどこでも言ってるんスね」
アキヒコくんは、ポケットからノートを取り出して何かをメモしている。
「なに学校でも言ってんの? イタいからやめな?」
「キミこそ、男子高校生をナンパするの恥ずかしいからやめたほうがいいんじゃない?」
刺々しい言葉がまろびでる。あらわな左目だけでこちらをチラリと眼差す。第二のペルソナ。他者との距離を目測し、牽制する。友人に向ける顔ではないそれ。
「しょうがないよね、どっかの厨二病に比べてアキくんがかわいいからつい声かけたくなっちゃったんだよ」
レオの表情の意味に気がつかないフリをして、向かいの少年に話しかける。少年はさっと顔を赤らめる。
「アキくん?」
「アキヒコくんだからアキくん。だめ?」
「だ、だめじゃないですけど……」
「にれくん、嫌なら嫌って言わないと」
友人に人の良い笑顔を向けながら、レオは片手のひらを上に向ける仕草をする。詐欺師のように、ウブな少年を心配する心優しい同級生のように。
「てか、お昼食べるところ? どうせこいつ何も食べないんでしょ、お姉さんと食べようよ」
初めて会った少年に笑顔を向けながら、私も片手のひらを上に向ける仕草をする。おまけに片目をつむってみせる。詐欺師のように、ウブな少年を誘惑する下卑た売笑婦のように。
「知らない人についていったらダメだよ、危ないからね」
「てめぇほど危なくないわ」
「機嫌悪いなぁ」
手にしていたカップに口をつけようと目線を落とすレオのまつげが少しも震えていない。それを見て、少し苛立つ。
「あんたが高校生してるから」
レオのまつげの代わりに私の言葉が少し振動する。重力の影響を受けない。小さい振幅。人の増えてきたフードコートの音に紛れる。隣のレオも薄く口を開く。
「ヤキモチ?」
目の前の少年は聞こえないのか、剣呑とした雰囲気に怯えているのか、手にした小さなノートの向こうから目だけを覗かせ何も言わないでいる。
「羨望」
「え?」
「ちがう、間違い。あー、邪魔しちゃってごめんね」
立ち上がる。またね、と手を振るとアキくんは慌てて会釈をした。
「ご飯は」
「ダイエット」
去ろうとする私の手首をレオがつかむ。この男の常套句を流用してみせると、少しだけレオの顔が歪んだ。苛立ちがおさまる。
「アキくん、こいつといるの楽しい?」
「は、はい!」
「それはいいことだ。なによりいいことだ。ね、スオウくん」
手首を掴んでいたレオの手に手を重ね押しやる。他にも友人がいたらしく、この席に向かって少年が数人やってくる。彼らの姿に二人が気を取られているすきに、フードコートを後にする。
「ねぇ、どうしたの」
早足に立ち去る私を追いかけてきたレオが再び手首を捕まえた。先ほどよりも強い力だった。
「昼間に会うなんて初めてだから調子が狂っちゃったの。それだけ」
化粧品を買いに来たショッピングモール。タッチアップをしてもらって人と話し疲れたので休憩しようと入ったフードコート。見慣れた顔、見慣れない光景。少し驚いてしまっただけだ。週末に午前中から活動するなんて、まるで健やかな人間がするようなことをしたから、少し疲れていただけだ。八つ当たりしたのは悪かったが、こうして追いかけてきてもらうほどのことではない。
「友達心配するから戻りなよ」
振り払おうとつかまれた手を引く。レオの手は離れない。スオウくんの手は離れない。明るいショッピングモールの照明の下、私たちは対峙する。
「今夜」
「いいって」
「聞いてよ」
苛立った声。そんな声色、あの子たち、聞いたことあるのかしら。あるか。年頃同士だもの。すれ違ったり、言い合いしたり、殴り合いの喧嘩もしたりするだろう。男子高校生らしく。普通の少年らしく。
「なに」
「……」
諦めて問答に座すも、レオは何か言いたげに何も言わない。通路に店を広げているウォーターサーバーの販売員が我々に好奇の視線を送り、すぐに目を逸らす。
「なに」
「……そっちこそ、就職活動してるって」
絞り出すように呟かれた言葉はやはり振動していた。立ち止まっていると感じる通路の振動のように微かに。離れた手がだらりと垂れた。
「それが」
「……」
レオに会うのは実は久しぶりだった。このところ店に、あのキッチンに来ていなかった。先日、もう来なくてよいと言ったのは私だった。間が空いて、お互い、関わり方を見失ってしまっていたのかもしれない。私たちは見失いがちだ。自分の言いたいことも、握っていた相手の手も、元型も。インフレーションしていく。自我、欲望、接続、切断。機械に満たされたショッピングモール。
「ヤキモチ?」
「羨望」
繰り返されるやりとり。少しずつ止揚。似たようなフロアの重なる資本主義のるつぼで私たちは別々の方向へと別れる。