非モテ三人衆、ゾンビ街道を往く 作:ゾンビ好き
作戦会議は、ゆで卵を三等分したところで終わった。
「整理しよう」と理崎がホワイトボードにペンを走らせた。準備室の隅に転がっていた、展示用のものだ。
「目的地は朝霧駐屯地。南へ約五十キロ。そのためにはまず、この学校を出なければならない。問題は三つある」
理崎はペンで三本の線を引いた。
「一つ、廊下には鬼塚先生がいる。二つ、校庭に十数体いる。三つ、剛田が空腹だ」
「三番目、いるか?」
「最重要課題だ。君が動けなくなったら、この部で重い物を持てる人間がいなくなる」
反論できなかった。剛田は空のタッパーを見つめて、腹をさすった。
「それにしても」と剛田が窓の外を見た。「学校、ほんとに誰もいねえな」
「当然だ。俺のスマホに残っていた緊急速報によれば、避難指示が出たのは午前四時過ぎ。昨夜の下校は八時で、泊まりこんだ物好きは俺たちくらいだ。今朝は誰も登校してこなかった。来たのは、たぶん避難指示に気づく前に家を出た先生くらいだろう」
「鬼塚、毎朝六時に来て校門に立ってるもんな」
「今日はそれが仇になったわけだ」
「では、校庭の者たちは?」とハットリ。
「朝練の様子を見に来た顧問や、近所から迷いこんできた人だろう。……少なくとも、うちのクラスのみんなは、家にいたはずだ」
理崎はそう言って、少しだけ間を置いた。友達の安否は気になったが、三人とも、それ以上は口にしなかった。
「では拙者は、何をすればよいでござるか!」
ハットリが目を輝かせて身を乗り出す。理崎は少し考えて、言った。
「……とりあえず、余計なことをしないでくれ」
「承知でござる! 必要なサムシングだけをするでござるよ」
この返事が一番信用できない、と剛田と理崎は同時に思った。こいつの言う必要なサムシングはおそらく余計なことなのだ。当たらない手裏剣を投げるとか。
◇
まず三人が向かったのは購買だった。ゾンビパニックなら物資を確保するのは定石、ゾンビ映画を履修済みの理崎からの提案で、二人は一も二もなくうなずいた。
一階の昇降口のそば。廊下には誰もいない。三人は息を殺して階段を下りた。先頭が剛田、真ん中が理崎、しんがりがハットリ。ハットリは一歩ごとに壁に背中を張りつけ、角を曲がるたびに前転していた。さすがにどっすんではなく、軽ロリである。
「ハットリ、それ意味あるか」
「忍びの歩法でござる。敵に背後を取られぬための――」
ドヤ顔はすぐに消えた。ごん、と消火栓に頭をぶつけたからだ。
「……消火器に取られてるぞ、背後」
購買のシャッターは半分だけ開いていた。昨日の売れ残りの惣菜パンと、紙パックの牛乳が棚に並んでいる。
「おお……」
剛田は、宝の山を前にした冒険者の顔になった。焼きそばパン、コロッケパン、カレーパン。ふだんなら「脂質が多い」と見向きもしない品々を、彼は一切の迷いなく両腕に抱えこんだ。
「いいのか、筋トレ的に」
「非常事態だ、カタボリックによる筋肉の萎縮を防ぐためにカロリーは正義だ」
「お代は? ゾンビ映画だと序盤は払うことが多いぞ」と理崎。
剛田は一瞬固まり、それから財布を出して、レジの横に千円札を三枚置いた。ハットリも真似して、なぜか五円玉を置いた。
「ご縁がありますように、でござる」
理崎は理崎で、購買の奥の文房具の棚から乾電池とガムテープと結束バンドをごっそり鞄に詰めていた。鞄はもうパンパンだった。理崎はしれっと代金を払っていなかった。
「そんなの、何に使うんだ」
「わからない。だが、あの時のやつがあれば、とはなりたくないだろう」
◇
そのあいだにハットリが消えていた。
「あいつ、どこ行った」
「余計なことをしないでくれと言ったはずだが。はぐれた奴から死ぬのがゾンビ映画の定石だぞ」
探しに行くまでもなかった。廊下の向こうから、黒い影がしゅたたたっと駆けてきた。
黒装束だった。頭巾、手甲、脚絆。腰には赤い帯。完全無欠の忍者が、そこにいた。顔の部分だけ金髪がはみ出していた。
アイヤー! ワザマエ!
「演劇部の部室に、明日の劇の衣装があったでござる! 『忍者ハットリ、北宿の陣~どんなゾンビでも俺にはかなわない、俺はゾンビパニックの中でハーレムを異世界で作る憑依転生鑑定レアスキルやりなおし令嬢~』でござる!」
「そんなミームまみれな劇はどこにもねえよ。『北宿忠臣蔵』だろ、演劇部の」
「細かいことはよいでござる! これぞ天の采配!」
理崎は頭を抱えた。が、すぐに顔を上げた。
「……いや、待て。黒は目立たない。夜間の移動では有利だ。それに動きやすそうだ。合理的かもしれない」
「理崎殿が拙者を認めたでござる!」
「認めたのは服とネギトロだ」
◇
幸い校内には学生も教師もおらず、ゾンビも生存者も出会わなかった。しかし問題は、校庭だった。
昇降口のガラス戸の向こうに、ゾンビが十数体ゆらゆらと歩き回っている。正門はその真ん中を突っ切った先。裏門は体育館の向こうだが、錆びつきいつも鎖が巻いてある。
「あれだけの数を正面から抜けるのは無理だ」と理崎。「何かで気を引いて、校庭から移動させたいな」
そのとき、上の階から声が聞こえた。
「――だからさあ! マジで誰もいねーんだって!」
だらけた、聞き覚えのある声。序盤のやられやくの気配がした。
階段を、二人が下りてきた。喪部山チャラ助と、出落ギャル美だった。髪はぼさぼさで、制服はしわくちゃ。チャラ助は片手に缶チューハイを持ち、ギャル美はスマホを自撮り棒の先につけて掲げている。
「は? キモ部じゃん。何してんの、こんなとこで」
「お前らこそ。……屋上に、いたのか」と剛田。
「前夜祭だよ、前夜祭。朝まで飲んで寝てたら、変なオッサンが屋上に上がってきてさ。酔っ払いかと思ったら、いきなり噛みついてきやがんの」
チャラ助は右手をひらひらと振った。手の甲に、くっきりと歯形がついていた。
理崎の顔色が変わった。
「……その傷、噛まれたのはいつくらいだ?」
「は? 一時間くらい前? つーかマジ痛えし。てかさ、外ヤバくね? ギャル美、配信しよ配信。ゾンビとかマジウケる、めっちゃバズりそうじゃん」
「待て、大きな声を――」
「はーい、みんなおはよー! ギャル美でーす! なんか学校がゾンビだらけでぇ、マジ映画みたいなんだけどー!」
ギャル美がスマホに向かって甲高い声を張り上げた。昇降口のガラス戸の向こうで、ゾンビたちの首が、一斉にこちらを向いた。
「おい、静かにしろ!」剛田が小声で叫んだ。
「はあ? なんでキモ部に命令されなきゃいけないわけ?」
「理崎、こいつら――」
剛田が振り向いたとき、理崎はチャラ助の顔をじっと見ていた。
「……チャラ助。君、顔色が悪いぞ」
「あ? 二日酔いだっつの。お前ら、ちょっと荷物持てよ。俺ら、車回してもらうから――」
チャラ助の言葉が、途中で止まり缶チューハイが、手から落ちた。
ぐるん、とチャラ助の目玉が裏返り、じわじわと白く濁った。顔からみるみる血の気が引いて、灰色になっていく。口がだらしなく開き、喉の奥から、あの音が漏れた。
「あ゛ー……」
「……チャラ助?」
ギャル美が振り返った。チャラ助が、両手を前に突き出して、彼女に向かってよろよろと歩き出した。
「ちょ、何、ウケ狙い? つまんないんだけど、ねえ、ちょっと――」
チャラ助の口が、がちん、と空を噛んだ。
「――いやああああああっ!」
ギャル美は悲鳴を上げると、自撮り棒を振り回しながら、昇降口のガラス戸を体当たりで押し開け、校庭へ飛び出していった。
「待て、そっちは――!」
剛田の声は届かなかった。
校庭のゾンビたちが、一斉に向きを変えた。悲鳴のする方へ。ゆっくりと、しかし確実に、人影の輪が閉じていく。
悲鳴は、すぐに聞こえなくなった。人影の波の真ん中で、配信中のスマホのライトだけが、地面の上でしばらく光っていた。
三人は、何も言えなかった。
◇
感傷に浸る暇はなかった。
「あ゛ー……」
背後で、チャラ助だったものが、今度はこちらに向かってきていた。
「剛田、止めろ!」
「おう!」
剛田がチャラ助の両肩をつかんで受け止めた。重い、引きずられそうになる。生きていたころよりずっと力が強い。歯ががちがちと鳴り、剛田の顔の前で空を噛む。
「こいつ、生きてるときよりしつけえ!」
「同感だ!」理崎が周囲を見回した。「どこかに閉じこめたい。ハットリ、そこの掃除用具ロッカーを開けろ!」
「御意でござる!」
ハットリが廊下の端のロッカーへ駆け寄り、扉を開けた。――開けた勢いで、中のモップとバケツとほうきが雪崩のように飛び出し、床いっぱいに散らばった。
「あっ」
バケツがころころと転がって、剛田の足元へ。剛田がそれを避けて一歩下がり、チャラ助がその一歩を追いかけて、床に広がったモップの柄を踏んだ。
つるん。くるん。すぽん。
見事なまでに、チャラ助の身体がすっころび、勢い両足が宙に浮いた。
剛田は、反射的にその上下さかさまになった体を持ち上げていた。持ち上げて、すぐ後ろに半回転して、開いたロッカーの中に、すとんと垂直に収めた。首が変な方向に曲がっているが気にしなかった。
ハットリが、ばたんと扉を閉めた。理崎が、購買で手に入れたばかりのダクトテープでロッカーをぐるぐる巻きにした。
ロッカーの中から、がん、がん、と鈍い音がした。けれど、扉は開かなかった。三人は、肩で息をしながら顔を見合わせ、ぼそっとハットリが「ワザマエ」とつぶやいた。
◇
昇降口の陰に腰を下ろし、理崎は手帳を開いて、震える手で書きつけた。
「観察結果をまとめる。一、噛まれると感染する。チャラ助の場合、発症まで約一時間。二、発症すると、知性を失い、人を襲う。三、動きは遅い。走れば逃げられる。四、ただし腕力は生前より強い。五――」
理崎は、校庭を見た。ゾンビたちは、ギャル美のスマホがまだ流している配信の音声のまわりに、ぼんやりと集まっていた。
「――音に寄ってくる」
「音……」
「そうだ。音さえあれば、あいつらを好きな場所に集められるかもしれない」
理崎は顔を上げた。眼鏡の奥で、目が光った。
「となると、行くべきは放送室だ」
◇
放送室は二階、職員室の隣にあった。幸い、鍵はかかっていなかった。文化祭の放送部が、前日から機材を並べっぱなしにしていたのだ。
理崎はミキサー卓の前に座ると、つまみとスイッチを猛烈な速さで確認し始めた。
「校内のスピーカーは系統ごとに分かれている。体育館だけに音を流せば、校庭のやつらは体育館に集まるはずだ。そのすきに正門から出る」
「さすが理崎殿でござる!」
ハットリが感激のあまり、ミキサー卓に手をついた。
お約束のごとく、ぱちんとスイッチが入った。
ハットリの手のすぐ下にあったのは、「全校一斉」と書かれた赤いボタンだった。そして目の前には、マイクがあった。
『――さすが理崎殿でござる!』
ハットリの声が、学校中のスピーカーから大音量で響き渡った。
三人は凍りついた。
『あ』
それも、学校中に響いた。
窓の外で、校庭中のゾンビが、一斉に顔を上げた。こっちを見ていた。正確には、放送室のある北校舎を。そしてぞろぞろと、昇降口に向かって歩き始めた。
「ハットリィィィ!」
『も、申し訳ないでござるうううう!』
「マイクに向かって謝るなああ!」
剛田がハットリを引きはがし、理崎がマイクのスイッチを叩き切った。
昇降口のガラス戸に、ゾンビたちが張りつき始めている。ばん、ばん、とガラスを叩く音が二階まで聞こえた。
「どうすんだ理崎!」
「落ち着け。……いや、待て」
理崎は窓の外を見て、それからミキサー卓を見た。
「逆に好都合だ。今、校庭のゾンビは全部、北校舎の昇降口に集まっている。つまり、校庭の反対側――体育館のほうは空っぽだ」
理崎は体育館系統のスイッチを入れ、手近にあったCDをプレーヤーに押しこんだ。文化祭のオープニング用の、景気のいい行進曲が体育館のスピーカーから鳴り出した。
体育館のスピーカーは、廊下の天井についている小さなものとは違う。式典用の大型スピーカーが、校庭に面した扉のすぐ内側に据えてある。理崎は音量のつまみを、一番右まで回した。
腹に響く太鼓の音が、校庭いっぱいに広がった。
昇降口にへばりついていたゾンビたちが、ぴたりと止まった。首をかしげ、ぐるりと向きを変え、今度は体育館のほうへ、ぞろぞろと歩き出す。
理崎と剛田は、もう脱出ルートの相談を始めていた。窓の外を見ていたのは、ハットリだけだった。
体育館へ向かうゾンビたちの列。その中の何体かの歩き方が、どうもおかしい。
ずるずると足を引きずるのではなく、膝が上がっている。腕が前後に振れている。行進曲の太鼓の音に合わせて、右、左、右、左。ジャージ姿の顧問らしきゾンビなどは、背筋まで伸ばしていた。
まるで、運動会の入場行進だった。
「Oh……」
ハットリは思わず、窓ガラスに額をくっつけた。
「ゾンビ殿たち、ノリがいいでござるな……」
「何か言ったか、ハットリ」
「な、なんでもないでござる!」
剛田に呼ばれて、ハットリは窓から離れた。けれど、その口元はなぜか、少しだけ緩んでいた。
このときハットリが見たものの意味を三人が知るのは、もう少し先のことになる。
「今のうちに、裏手の非常階段から出る。体育館とは逆側の裏門からだ、そうすれば安全だろうな比較的だが」
「たしか裏門には鎖が巻いてあるだろ、鍵を探しに行くのか?」
「そこで君がいる。マスターキーってやつだ」
剛田は、少しだけ笑った。
「……おう、任せとけ。いや、でも鎖は鉄製だろ? 流石に、いやまぁ最悪乗り越えれば……」
放送室を出る前、理崎はミキサー卓の横に転がっていた小型のアンプと、ワイヤレスマイクと、スピーカーのケーブルを鞄に詰めこもうとした。入りきらなかった。黙って剛田のリュックに押しこんだ。
「おい、重いんだが」
「何時だって日々の積み重ねが未来を作る、これも筋トレだ」
「……なら仕方ねえか」
◇
非常階段を下り、体育館の裏を回って、三人は裏門にたどり着いた。
錆びた鉄の門扉に、太い鎖が三重に巻かれ、南京錠がぶら下がっている。行進曲は、まだ体育館の中で鳴り響いていた。
「鎖は無理だ」理崎が門扉の付け根を指さした。「だが見ろ。蝶番のほうが錆びて腐りかけている。鎖じゃなく、門ごと柱から外せ。いけるか?」
「おうさ、任せろ」
剛田は門扉の格子を両手でつかみ、足を開いて腰を落とした。息を吸い、吐き、もう一度吸う。
「――ふんっ!」
ぎぎぎぎぎ、と鉄がきしむ音がした。錆びた蝶番のボルトが一本、また一本と弾け飛び、門扉が柱から外れて、鎖をぶら下げたまま斜めに傾いだ。人ひとりが通れるくらいの隙間が、門扉と柱のあいだに開いた。
「おお……!」
「見事でござる、剛田殿!」
剛田は額の汗をぬぐい、それから、その場にへなへなと座りこんだ。
「……腹減った」
「さっき焼きそばパン三つ食べただろう」
「さっきの分は今ので全部使った」
理崎がため息をついて、鞄からコロッケパンを取り出した。剛田は二口で食べ終えた。
三人は隙間をくぐり抜け、北宿高校の外に出た。
振り返ると、体育館の屋根の向こうで、行進曲が鳴り続けていた。本来なら今ごろ、文化祭のオープニングで鳴っていたはずの曲だった。
「……今日、文化祭だったんだよな」と剛田がつぶやいた。
「ああ」と理崎。
ハットリは、何も言わなかった。黒装束の胸元から、AIRIのぬいぐるみが少しだけ顔をのぞかせていた。
ギャル美の悲鳴が、まだ耳の奥に残っていた。
嫌なやつだった。それでも、昨日まで同じ廊下を歩いていた同級生だった。
剛田は校庭のほうに向き直って、小さく頭を下げた。理崎とハットリも、黙ってそれにならった。
早瀬は、無事だろうか。クラスのみんなは。昨夜、家に帰った人たちは、どうしているのだろう。
――三人の枠、ちゃんと用意しとくから。
あの約束は、もう果たされることはないのかもしれない。
「……行こう、ここにいても仕方ない」
剛田が立ち上がった。
「五十キロ先に、安全区域がある。たぶん、みんなもそこに向かってる」
「根拠は?」と理崎。
「ない。でも、そう思っといたほうが気が楽だろ?」
理崎は少し黙って、それから眼鏡を押し上げた。
「……非論理的だが、モチベーションも重要だ。そう考えるか」
「拙者も賛成でござる!」ハットリが拳を突き上げた。「早瀬殿たちが待っているでござる! 急ぐでござるよ、ニンジャ・ダッシュ!」
ハットリが腕を後ろに伸ばした恰好で走り出し、三歩目で脚絆の紐を踏んで盛大に転んだ。
◇
それから三十分後。幸運にも三人はそれまでゾンビと遭遇することなく道を進んだ。
そして、県道沿いのコンビニの駐車場で、三人は一体のゾンビと、買い物カートを挟んで向き合うことになる。
消火器と、ゴミ箱と、下り坂。
その顛末は、もう話した通りだ。
◇
コンビニの中は荒らされていたが、棚の奥にはまだ食べ物が残っていた。剛田はサラダチキンを四つ、理崎は乾電池とモバイルバッテリーとガムテープを、ハットリはおにぎりと、なぜか忍者のおもちゃ付きのお菓子を手に取った。剛田がレジに千円札を置き、ハットリが五円玉を添えた。
駐車場の車止めに並んで腰かけ、三人は遅い朝食をとった。
「ルートを確認しよう」
理崎が、コンビニのラックから持ってきた道路地図を広げた。
「県道は南へまっすぐ延びているが、見ての通り車が詰まっている。乗り捨てられた車の陰から何が出てくるかわからない」
県道の先には、事故を起こした車が何台も斜めに止まり、その間をゾンビがゆらゆらと歩いていた。
「たぶん、夜中に避難しようとした人たちの車だ。避難指示で一斉に南へ向かって、詰まって、乗り捨てて歩いたんだろう」
「町に人がいねえのも、そのせいか」
「逃げられた人は、もう逃げた。逃げそびれた人は、家に鍵をかけて閉じこもっている。外を歩いているのは、ほとんどが……あっち側だ」
理崎は、県道沿いの住宅街を見やった。どの家も雨戸やカーテンがぴったりと閉ざされている。そのうちの一軒、二階の窓のカーテンが、ほんの少しだけ揺れた気がした。
「じゃあ、どうすんだ」
理崎の指が、地図の上をすっと滑った。県道と並行して南へ延びる、細い線。
「線路だ。私鉄の北宿線。電車は止まっている。線路の上なら車はないし、見通しもいい。南へ二十キロ、終点の朝霧口駅まで続いている」
「線路を歩くでござるか!」ハットリの目が輝いた。「スタンド・バイ・ミーでござる!」
「なんだそれ」
「昔の映画でござる! 少年たちが線路を歩いて、冒険をするでござる! ポケモンでもフィーチャーされている名作でござるよ」
「ゾンビは出るのか、その映画」
「……出ないでござる、ゲロと死体だけ」
剛田は最後のサラダチキンを食べ終えて、包装を丁寧にたたみ、ポケットにしまった。それから立ち上がって、大きく伸びをした。
九月の空は、腹が立つほど青かった。
「んじゃ、行くか。ちょっとそこまで、世界を救いにな」
「お前は救われる側だろうが」
三人は、南へ歌いながら歩き出した。
たとえあたりがゾンビに支配されて
希望の光が見えなくたって
恐れはしないさ
ただ友がそばにいてくれれば
第二章 学校脱出 了