女子高生ですが、傭兵やってます。依頼は放課後にて。 作:とびー君
「ミオ、起きなさい。仕事ヨォ」
朝の七時。母が寝室のドアを開け、煙草を咥えたままスマートフォンを放ってきた。私はベッドの端に座り、冷めかけたコーヒーを飲んでいた。昨夜、家に帰ったのは午前四時半。シャワーを浴びて傷の手当てを済ませたものの、眠る気分になれず、そのまま朝を迎えていた。
飛んできたスマートフォンを受け止め、画面を見る。請負ギルド連絡網の新着依頼が表示されていた。
「………………えぇ?」
「何よ、その顔。仕事が来たんだから、ありがたく受けなさいヨ」
「私は昨日傭兵になって、それで朝の四時半に帰ってきて、今から学校に行くところだよ? 一睡もしてないんだけど」
「だから何ヨォ。学校は休みなさい。仮病でも何でも使えばいいじゃない。授業は明日もあるけど、この仕事は今日しかないの。あーた、学費がいくら足りないか、もう忘れたの?」
「百六十九万六千円」
「覚えてるなら結構。今回の報酬は六万八千円。前より安いけど、そのぶん仕事内容も単純なの。燃料を運ぶ車列についていって、目的地まで届ける。それだけヨ。運がよければ、今日は誰も死なないわ」
母は私の返事を待たず、部屋の机に置いてあった灰皿を手に取った。吸い殻をまとめて捨て、新しい煙草に火をつける。
「それに、あーたはまだ登録したばかりで、実績だって一件しかないでしょう。最初から高い報酬の仕事ばかり選べるわけじゃないのヨ。簡単な仕事をこなして評価を積み上げる。それが下積みってもの。文句があるなら、普通のアルバイトで百九十二万円稼いでみなさい」
「分かった。行くよ」
「よろしい。集合は九時。あと二時間あるんだから、顔でも洗って準備しなさい。装備は貸与品を使うこと。自前のものを買う必要はないわ。報酬が入る前から金を使うなんて馬鹿らしいでしょう?」
母はそう言い残し、ドアを閉めた。
私はスマートフォンの画面に戻った。
【案件名:燃料輸送護衛】
【依頼主:外縁第三区画電力管理組合】
【報酬:68,000円】
【危険度:★☆☆☆☆】
【業務内容:燃料輸送車両の護衛、および目的地への到着確認】
【参加条件:Fランク以上】
同行する傭兵は矢代という女性で、Eランク。実績二十七件。輸送護衛の経験もあるらしい。現場での指揮は彼女が担当し、私は周囲の警戒と補助を行う。
契約書には、輸送中に襲撃や事故が発生した場合の対応についても書かれていた。積荷が失われた場合は報酬の減額、護衛側の過失が認められた場合には追加の調査が発生することもある。危険度は低いが、万事が予定どおりに進む保証はない。
私は契約内容を最後まで読み、承諾ボタンを押した。
『契約成立』
登録してから、まだ二十四時間も経っていない。実績欄には昨日の仕事が一件だけ記録されている。今日の仕事が終われば、少しは数字が増えるだろう。
そう考えながら、私はコーヒーを飲み干した。
集合場所は、第六区画の燃料備蓄施設だった。
高さのあるコンクリート壁と金網に囲まれた敷地内には、白いタンクローリーが並び、入口では警備員が通行証を確認していた。壁のあちこちに弾痕が残っているが、補修された箇所も多い。施設そのものは、今も通常どおり運営されているらしかった。
「神楽坂さん?」
声をかけてきたのは、短い髪の女性だった。三十代前半ほどで、使い込まれた防弾ベストにEランクの認証パッチをつけている。腰には拳銃が収まり、肩から斜めに下げたバッグには救急用品が入っていた。
「矢代です。あなたが今回の補助ね。昨日、初仕事を終えたばかりだって聞いたわ」
「はい」
「初日から銃撃戦だったんでしょう? ずいぶん運が悪いわねぇ。まあ、今回も絶対に安全とは言えないけど、護衛対象は車両だから。建物に踏み込む仕事よりは、やることが分かりやすいはずよ」
矢代はタンクローリーの運転席を指した。中年の運転手が窓を開け、軽く会釈する。
「前田さん。今回の運転手よ。燃料を第三発電所まで運ぶの。あそこは周辺の医療施設にも電力を供給しているから、まあ大切。そして燃料が届かなければ発電に支障が出る。最近は燃料を狙う連中が増えていてね。車を止めて通行料を要求したり、運転手を脅して積荷を奪ったりする。そういう連中から車列を守るのが、今回の仕事」
「襲撃されたら、撃っていいんですか?」
「必要ならね。でも、多分そうはならない。こちらの目的は燃料を届けること。撃ち合いを続けるより、車列を安全な場所へ移すほうがいい場面もある。とりあえず勝手に動かず、私の指示を聞いてくれればいいから」
「分かりました」
「よろしい。じゃあ準備して。終わったら出発するわ」
私は貸与された防弾ベストを着込み、拳銃と無線機の状態を確かめた。昨夜の銃撃で頬をかすめた傷には、絆創膏が貼ってある。触ると少し痛んだが、仕事に支障はなさそうだった。
午前九時、タンクローリーは施設を出発した。
護衛車両が前後を固め、車列は郊外へ向かう。目的地までの距離は約三十キロ。順調に進めば一時間ほどで到着する予定だった。
*
防壁を越えたあたりから、道路の様子が変わり始めた。アスファルトには亀裂が走り、路肩には砂と瓦礫が溜まっている。沿道の倉庫は窓を板で塞がれ、屋根が崩れた工場では錆びた鉄骨がむき出しになっていた。交差点の信号はどれも消えており、車列は前を走る装甲車の動きに合わせて速度を落としたり、交差点を慎重に通過したりしながら進んでいく。
道路脇の空き地には、焼けた軍用車両が放置されていた。車体に大きな穴が開き、タイヤはすべて外されている。その近くでは二人の男が残骸から金属部品を取り外していたが、こちらを見ると一度だけ手を止め、すぐに作業へ戻った。
「よくあるんですか、ああいうの」
「残骸の回収? 珍しくないね。動かない車から使える部品を取って売るの。武器や弾薬が残っていれば、それも持っていく。あの辺りじゃ、廃車もただの鉄屑じゃないのよ」
矢代は窓の外を眺めながら答えた。こちらの仕事に関係がなければ、それ以上気にすることもないらしい。私も男たちが車列を追ってこないのを確認し、前方へ視線を戻した。
それから二十分ほど走ったところで、道路を塞ぐように積まれたコンクリートブロックが見えてきた。
武装した男たちが何人か立っており、先頭の一人が車列へ手を挙げて停止を促している。前田がタンクローリーを停めると、男たちは車両の周囲を歩き、積荷の表示を確かめたあと、運転席の窓を叩いた。
「通行料が必要だ。一台につき1万円。払えば通してやる」
助手席に座る矢代が窓を少しだけ開け、通行許可証を差し出した。
「認可済みの輸送車両よ。必要な通行料も支払い済み。追加料金を払う契約にはなっていないわ」
「そんなもん知らねえよ。払うか、荷物を置いて帰るかだ」
「この輸送の記録は発注元にも共有されているの。通行を妨害するなら、そちらにも報告するわ」
「好きにしろ。払わねえなら通さねえ」
男は許可証を引き抜いて路面へ放り投げた。矢代は言い返す代わりに窓を閉め、前田へ少し待つよう指示してから無線を手に取った。発注元に連絡し、道路の封鎖状況を伝えているらしい。男たちは車列を取り囲むように立ったまま、こちらの返事を待っていた。
数分後、矢代は無線を切った。
「ここは通れないわ。南側の工業道路へ迂回する。距離は少し伸びるけど、通行実績はあるそうよ」
「了解です」
前田がタンクローリーをゆっくり後退させる。後方の装甲車が周囲を警戒しながら道を空け、車列は来た道を引き返してから分岐を曲がった。ブロックの向こうでは男たちが何かを叫んでいたが、追いかけてくる様子はなかった。
「戦ったりはしないんですね」
「戦う? 無理無理。流れ弾がタンクに当たったらヤバいよ? 依頼主もそんなこと望んでいないって」
矢代は許可証を定位置へ戻し、端末に迂回経路を表示した。画面上では、工業道路を経由する経路が赤い線で示されている。到着予定時刻は当初より三十分ほど遅くなっていた。
迂回路は、使われなくなった工場と倉庫のあいだを抜ける狭い道だった。路面には補修の跡がほとんどなく、車両が通るたびに細かな振動が座席から伝わってくる。前方を走る装甲車が速度を落としたため、タンクローリーもゆっくりと進んだ。
しばらくして、窓の隙間から鼻を刺すような匂いが入り込んできた。私は最初、どこかの工場から漂っているのかと思ったが、窓の外に見える建物には煙もなく、周囲に作業員の姿もない。
「矢代さん」
「何?」
「燃料の匂いがしませんか」
彼女は一度窓を開け、外の空気を確かめた。すぐに無線を手に取り、前田へ停車を指示する。タンクローリーが路肩に寄り、後方の装甲車も距離を取って止まった。
矢代と私は車外へ出た。車列の後部へ回ると、タンクローリーの下に黒っぽい濡れ跡が伸びているのが見えた。地面に落ちた液体が、車体の揺れに合わせて細く広がっている。
「前田さん、排出口を見てもらえますか」
運転席から降りた前田は、車体の下を覗き込み、排出弁の保護枠を確認した。迂回路の段差を越えた際に枠が歪み、弁の根元から少量の燃料が漏れているらしい。前田はすぐに車両のエンジンを切り、必要な処置を始めた。
矢代は周囲に人がいないことを確認してから、応援の整備班へ連絡した。積荷そのものに異常はなかったが、漏れを放置して運ぶわけにはいかない。私たちは車両から少し離れた位置で待機し、通行人や別の車両が近づかないよう道路の両端を見張った。
「見つけてくれて助かったわ。もう少し走っていたら、漏れた燃料がどこまで広がったか分からないもの」
矢代は手袋を外してスマートフォンを確認した。整備班の到着には二十分ほどかかるという。彼女は予定時刻を見て小さく息を吐いたが、文句は言わなかった。
整備班が到着すると、前田と作業員が排出弁を点検し、歪んだ保護枠を交換した。積荷の量も規定の範囲内に収まっていることが確認された。再出発の許可が下りたのは、停車してから三十分ほど経ったあとだった。
そこから先は大きな問題もなく、車列は第三発電所へ到着した。燃料の受け入れ担当者が封印番号と積載量を確かめ、必要書類への記入が終わったのは、正午を少し過ぎた頃だった。
スマートフォンに契約結果の通知が届いた。
『契約結果:成功』
『実績:2件』
『評価:★★★★☆』
『報酬:41,000円』
報酬は予定されていた六万八千円から四万一千円へ減額されていた。矢代も自分の画面を見て、わずかに眉を寄せた。
「やっぱり引かれたわね。まあ、燃料は届いたし、これ以上揉める気もないけど」
「これで終わりですか」
「ええ。あとは装備を返して、報告を済ませればおしまい」
矢代は受領書の写しを撮影し、必要な記録をアプリへ送信した。私は貸与された装備に破損がないことを確認し、背中のベルトを緩めた。慣れない防弾ベストを脱ぐと、肩にかかっていた重さがなくなり、急に疲れが押し寄せてきた。
「街まで送ってあげようか?」
矢代が言った。発電所の入口に、小型の装甲車が一台停まっている。運転席には見知らぬ男性が座り、矢代に向かって手を振っていた。
「知り合いですか?」
「彼氏。迎えに来てもらったの」
「そうですか」
矢代は笑いながら装甲車へ歩いていった。私もそのあとに続き、助手席の後ろへ乗り込む。男性は軽く会釈して車を発進させた。
街へ戻る途中、矢代と男性は次の休みについて話していた。どこかの店で食事をするらしい。私は会話に加わらず、窓の外を眺めた。防壁が近づくにつれて道路は整い、建物の窓にガラスが戻り、信号も動き始める。
午後一時二十分、私は学校の近くで車を降りた。
「送ってくれてありがとうございました」
「いいって。助け合い、助け合い」
矢代は軽く手を振り、車を発進させた。私は走り去る装甲車を見送ってから、校門へ向かった。
校門をくぐると、昼休みを終えた生徒たちが教室へ戻っていくところだった。私は更衣室で制服に着替え、頬の絆創膏を貼り直してから教室へ向かった。担任には午前中の欠席を体調不良と伝えてある。特に疑われることもなく、私は自分の席に座った。
午後の授業は数学だった。
黒板には複雑な式が並び、教師が説明を続けている。私はノートを開き、板書を写した。さっきまで銃声が響いていた場所と、今いる教室のあいだには、ほんの数十分しか経過していない。
窓の外では、グラウンドを走る運動部の生徒たちが見えた。遠くでボールを蹴る音が響き、教室の中では誰かが小さく欠伸をした。
私も釣られて欠伸する。眠い、とても眠い。
私のスマートフォンは、机の中で静かに震えていた。
請負ギルド連絡網から、新しい通知が届いている。
私は画面を確認せず、数学のノートに突っ伏した。
学費の残りは、まだ百六十五万五千円。
それはさておき今は寝たかった。