女子高生ですが、傭兵やってます。依頼は放課後にて。 作:とびー君
「そこ、座る場所じゃないから。書類が置けないでしょうが」
母に言われ、私はソファから腰を上げた。座面には封筒や請求書が積まれ、私が座っていた端だけがかろうじて空いている。壁際へ移ると、母は煙草を咥えたまま、テーブルの上の紙束を仕分け始めた。
そしてその中から書類を1枚抜き取り、私に差し出した。請負ギルド連絡網の依頼票を印刷したものだった。
仕事の大半は端末で管理されているが、母は契約条件や報酬の数字を確認するとき、わざわざ紙に出す。
何故かと聞いたことがある。答えは、こっちじゃないと読んだ気がしないとか、なんとか。
「堂島事務所って知ってる?」
「知らない」
「でしょうね。小さいところだけど、あそこは悪くないのよ、支払いがきちんとしてるからね。今日はそこの応援に行きなさい」
「いいけど……今からじゃないよね?」
時計を見る。午前7時を少し過ぎたところだ。今から現場へ向かう仕事なら、また学校を休む羽目になる。
「…………」
「…………」
「放課後よ」
「よし」
学校に行ける。
母は私の顔を見て、呆れたように煙を吐いた。
「あーた、変わってるよ。普通学生ってのはサボりたがるもんだよ?」
そうなのか。全く理解できない話だった。私は学校に行きたい。
「ま、そんなに好きなら精々金を稼ぐことよねェ。…全く、何処がいいのやら」
「教えてあげても良いけど」
私は学校の良い所を百個言える。
しかし母はうっとおしそうにしっしと手を振ってくる
「どぉでもいいわ。心底どおでもいいワ。さっさと書類を見なさい」
私は説得を諦め、渡された依頼票に目を落とした。
【案件名:第7区画復旧資材市場・閉場警備】
【依頼主:第7区画商業組合】
【報酬:76,000円】
【危険度:★☆☆☆☆】
【業務内容:閉場時の搬出口管理、搬出票と現物の照合、不正持ち出しの防止】
【参加条件:Fランク以上。契約完了実績2件以上。直近の契約評価平均3.5以上。16:30~20:30の勤務が可能な者】
私の登録情報を確認すると、条件はすべて満たしていた。これまでに完了した契約は2件、どちらも評価は4つ星。登録したばかりの新人でも、実績を積めば受けられる仕事は少しずつ増えていくらしい。
今回の現場は、第7区画に設けられた復旧資材市場だった。
解体現場や放棄区域から回収した建材、工具、発電機、配電設備などを売買する場所で、閉場時には客が購入品を持ち帰るほか、出店者も売れ残った商品をまとめて搬出する。
その際に品物と搬出票を確認し、盗難や不正な持ち出しを防ぐのが私の仕事だ。
「76,000円か。思ったより高いね」
「急な欠員が出たから、短時間の応援でも引き受けてくれる人間を探してるのヨ。条件を満たす人間が少なかったらしいわ」
危険度は星1つ。市場内の盗難や売買トラブルは想定されているが、武装襲撃の情報はなく、銃撃戦が見込まれる案件ではない。そうした現場は、もっと高い危険度に分類される。
「それと、今回は銃を持っていかないこと。市場内の補助員は非武装。銃を持って入れるのは、別契約の武装警備班だけヨ」
「…武器を持てないの?」
「市場の保険契約で、場内への銃器持ち込みを禁止してるからよ。客も出店者も、入口で銃を預ける決まりになってる。もちろん、武装警備班まで丸腰にするわけじゃないわ。あいつらは外周の警備所に待機して、何かあれば対応する」
「じゃあ、場内で何か起きたら?」
「無線で呼ぶ。机には非常通報ボタンもあるそうよ。あーたの仕事は荷物の確認。盗難を防ぐために、あーた自身が怪我をする必要はないのヨ」
けがをする必要がないと言われても心細いものは心細い。
何度か危険をかいくぐった結果だろうか。自己防衛できないことに今まで以上に不安を覚えるようになっていた。
「集合は16:30。学校が終わったら寄り道せずに向かいなさい。腕章と無線機は現場で借りればいいわ」
「分かった」
母は次の書類を手に取り、早くも別の仕事へ意識を移した。私は依頼票をスマートフォンで撮影して鞄へしまい、制服に着替えるために自分の部屋へ戻った。
学校では、特に変わったこともなく終わった。
「ねえねえ、神楽坂。今日の放課後遊ばない?」
「ごめん。バイトがあるから」
「えー」
昼休みには友人から週末の買い物へ誘われたが断った。
心苦しいが、これも将来の溜めである。断腸の思いで断る。
「しょーがないなー。ボーリングしたかったんだけどなァ」
私はノートを鞄へ押し込み、駅へ向かった。途中の売店でパンを買い、電車に乗る前に食べておく。市場までは20分ほどで、集合時刻には余裕を持って到着できそうだった。
第7区画の復旧資材市場は、使われなくなった貨物駅の構内を利用していた。かつて貨車が並んでいた場所には簡易テントや金属製の棚が置かれ、鉄骨、配管、工具箱、発電機、配電盤などが売られている。
中古品が中心とはいえ、まだ十分に使える物も多い。家庭用の調理器具や照明器具を扱う露店もあり、作業服姿の職人だけでなく、買い物袋を提げた住民の姿も見られた。
入口では来場者の手荷物検査が行われていた。
銃器を預けるロッカーは防弾ガラスで区切られた管理室にあり、預けた武器には番号札がつけられる。
市場内で武器を持たないのは、客や出店者だけではない。私のような補助員も同じ規則に従う。
一方、外周を担当する武装警備班には別の認可と待機区画が用意されており、市場内で緊急事態が発生した場合は、管理室からの通報に応じて動く仕組みになっていた。
受付で名前を告げると、係員が市場の奥を指した。
「堂島事務所の方でしたら、搬出口に担当者がいます。そこで業務説明を受けてください」
搬出口には、伝票確認用の机が2つ並んでいた。その片方で端末を操作していた男が顔を上げる。30歳前後で、短く刈った髪に擦れた防弾ベストを着ていた。
「神楽坂ミオさん?」
「はい」
「堂島だ。今日の現場責任者を務める」
堂島は腕章を渡し、机に置かれた手順書をこちらへ向けた。
「今日の仕事は、搬出口を通る荷物の確認だ。客が買った商品も、出店者が持ち帰る商品も、搬出用の書類と現物の番号を照合する。番号が違う荷物や、書類のない荷物は通さずに俺へ知らせてくれ」
「分かりました」
「客が商品を買うと、店から搬出票が発行される。そこには商品の番号が記載されているから、実物に貼られた番号と見比べればいい。両方が一致して、売買の記録も確認できれば搬出を許可する」
堂島は見本の搬出票を1枚取り上げ、端末の画面をこちらへ向けた。
「例えば、この紙に『PC-7314』と書いてあるなら、荷物にも同じ番号が貼ってある必要がある。『PC-7134』だったら別の商品だ。店側の記入ミスかもしれないが、こちらの判断で通すことはできない」
「番号が違ったら、止めるんですね」
「そうだ。管理担当に確認してもらう。売買記録が見つからなければ、商品を売った店にも照会する。確認が済むまでは荷物を出さない。それがお前の仕事だ」
説明は簡単だった。紙に書かれた番号と、荷物に貼られた番号が一致しているか確かめる。違っていたら通さず、管理担当へ引き継ぐ。盗難かどうかを判断したり、犯人を捕まえたりするところまでは求められていない。
「場内では銃を使えない。相手が怒鳴ってきても、無理に取り押さえるな。危険を感じたら離れて、無線か非常通報ボタンを使う。武装警備班は外周にいるから、必要なら呼べる」
堂島は机の下にある赤いボタンを指した。押せば管理室に通報が入り、武装警備班にも連絡が回るという。私は無線機の使い方を確認し、腕章を巻いた。
「俺は反対側の搬出口も見てくる。何かあったら無線を入れてくれ」
堂島が市場の奥へ歩いていくと、私は机の前に立った。これから4時間、客や出店者が持ち出す荷物を確認する。特別な技能が必要なわけではないが、間違えて通せば高額な商品を失うことになる。
工具箱、照明器具、電動カッター、家庭用の蓄電池。搬出票と現物の番号が一致し、売買記録にも問題がなければ通す。記載に不備があった場合も、管理担当者に確認を頼むとすぐに解決した。
市場が閉場に近づくにつれ、人の流れが変わり始めた。買い物を終えた客が帰る一方、出店者たちは売れ残った商品を箱へ戻し、台車に積み込んでいく。小型トラックが次々に並び、荷物の確認が終わるのを待っていた。私は確認済みの搬出票を束ね、台車が通路を塞がないよう、後ろに並ぶ人たちを誘導していた。
19:40を過ぎた頃、工具箱を積んだ台車が搬出口を通過した。搬出票に記載された番号と現物の番号は一致しており、売買記録にも問題はなかった。私は確認済みの印をつけ、男を通した。
その数分後、別の男が大型の電源変換装置を積んだ台車を押してきた。金属製のケースに収められた業務用の機材で、工場や大型設備に使われるものらしい。
「これで最後だ。トラックを返す時間があるから、早く通してくれ」
男が差し出した搬出票には、商品番号が「PC-2224」と記載されていた。私は端末で売買記録を呼び出し、台車に載った装置のラベルを確かめた。
現物の番号は「PC-2234」だった。
数字の並びが似ているが、別の商品だ。搬出票には「PC2224」と書かれているのだから、「PC-2234」の装置を通すことはできない。
「すみません。この紙に書かれた商品と、台車の装置は番号が違います。搬出できません」
「同じ型だろ。番号を見間違えたんじゃないのか?」
「別の番号です。確認が必要なので、少しお待ちください」
男は面倒そうに息を吐いた。私は搬出票を机に置き、管理担当者を呼んだ。番号が違う以上、こちらの判断で通すわけにはいかない。
管理担当者が到着し、装置の番号を確認した。端末で売買記録を調べたが、「PC-7134」の商品は販売されていなかった。
「こちらの商品は販売記録がありません。登録元の店に確認します」
「こっちは金を払って買ったんだぞ。何で分からないんだ!」
男は大声を出したが、管理担当者は取り合わず、登録元の店へ連絡を入れた。ほどなくして店の責任者が搬出口へやってきた。台車の装置を確認するなり、眉をひそめる。
「これ、うちの在庫だ。まだ売っていない。倉庫からなくなったと思ったら、こんなところにあったのか」
男は黙り込んだ。
「この装置をどこで手に入れたんですか?」
管理担当者が尋ねても、男は答えなかった。やがて台車の取っ手を握り直し、吐き捨てるように言った。
「もういい。こんなところで時間を潰してられるか」
男は台車を出口へ向けて押し出した。私は無線機を取った。
「堂島さん、搬出口です。販売記録のない装置を持ち出そうとしている人がいます。管理担当者も確認しましたが、今、台車を押して出口へ向かっています」
『了解。無理に止めるな。そちらへ向かう』
管理担当者が管理室へ連絡し、搬出用の車両ゲートを停止させる。客用の通路は開いたままだが、台車を運び出すレーンだけが閉じられた。
男は足を止めた。台車を置いて引き返そうとしたところへ、堂島が駆けつけた。
「商品から手を離してください。店側が未販売の商品だと確認しています。持ち出すことはできません」
「俺は金を払ったんだぞ!」
「購入記録を確認できていません。ここで待ってください」
「ふざけるな!」
男は堂前を押しのけ、強引に通り抜けようとした。
堂前は身をかわしながら男の腕を取ると、その勢いを利用して体勢を崩させた。足を払われた男は抵抗する間もなく床に倒れ、堂前はその腕を背中側に押さえ込む。男が逃れようと身をよじっても、拘束は揺らがなかった。
横で見ていて感じ入るほどにそれは卓越した技だった。
「警備員!」
堂前の声に応じ、待機していた警備員が駆け寄る。男の身柄を引き継ぐと、堂前はようやく立ち上がり、服についた埃を軽く払った。
その間に、管理担当者は装置の製品番号と搬出票を改めて照合し、管理室へ記録映像の確認を依頼していた。
ほどなくして、映像から男の行動が明らかになった。
映像には、男が閉場準備中に店の保管場所から装置を持ち出す様子が映っていた。搬出票は、すでに別の客へ渡した装置のものを流用していたらしい。男はそれを使い、未販売の商品を購入済みの品物に見せかけて持ち出そうとしたのだった。
装置は店へ戻され、男は警備員に引き渡された。私は、搬出票と現物の番号が違っていたこと、男に搬出できないと伝えたこと、男が台車を押して出口へ向かったことを報告書にまとめた。
私が行ったのは、荷物の照合と不正の発見、そして責任者への連絡だ。犯人の確保は武装警備班に任せればよかった。今日の仕事では、それで十分だった。
閉場作業は予定より遅れたものの、ほかの商品は順番に搬出された。最後のトラックがゲートを通過し、管理担当者が帳票を確認すると、ようやく市場のシャッターが下りた。
堂島事務所へ戻ったのは、午後9時を過ぎてからだった。
私は腕章と無線機を返却し、報告書の最終確認を済ませた。堂島は管理担当者から届いた記録を確認し、私の報告書にも目を通した。
「商品番号の違いに気づいたのはよかった。あのまま通していたら、店の損害になっていたからな」
「番号が違ったので、止めただけです」
「それが今回の仕事だ。確認する人間がいなければ、ああいう杜撰な手口だろうが通ってしまうんだ」
堂島は端末を閉じ、装備を棚へ戻した。
「報酬は契約どおり76,000円。また人手が必要になったら連絡するから、都合が合えばお願いする」
私は報酬の受領確認を済ませた。契約結果は成功、実績は3件、評価は4つ星。急な応援だったこともあり、報酬は予定どおり支払われることになった。
堂島は名刺を1枚、机の上に置いた。
「次からは、直接連絡しても構わない。うちの仕事は、毎日あるわけではないけれど、短時間の応援が必要になることはあるからな。学校の予定に合わせられるなら、また頼みたい」
「分かりました」
私は名刺を受け取り、鞄にしまった。母の紹介で来た仕事だったが、これで仕事先が1つ増えた。必要なときに自分で連絡できる窓口があるのは悪くない。
事務所を出ると、外はすっかり暗くなっていた。帰りの電車で報酬を確認する。76,000円。これを学費に回せば、残額は1,579,000円になる。
家に着くと、母は居間で煙草を吸いながら帳簿をつけていた。
「仕事は終わった?」
「終わった」
母は帳簿の数字を確認し、煙草を灰皿へ押しつけた。
「じゃあ結構」
私は自室に戻ると数学の教科書を開き、宿題に取りかかる。しかしこれが中々難しい…
定理を必死に暗記しながら格闘しているうちにいつの間にか私は眠っていた。
頭の中では数字が浮かんだり消えたりしていた。
定理、公式、そして残高口座。
あと1,563,000円が必要。単純な引き算だというのに、他の何よりも頭を悩ませる問題。
「まだまだだなぁ」
夢現のまま私はそうぼやいた。