女子高生ですが、傭兵やってます。依頼は放課後にて。 作:とびー君
今までに3件の仕事をこなした。その甲斐もあって、学費の残額は1,563,000円まで減っている。
ただし、納付期限まで残り18日。
単純計算で、1日あたり約86,834円を稼がなければ間に合わない。これまでの仕事で得た報酬は合計357,000円だから、順調に稼げているように見えて、実際にはまだ授業料の5分の1にも届いていなかった。
ムムム、と眉間にしわが寄る。
このペースでは難しいかもしれない。いや、難しいどころか、普通にやっていたら間に合わない可能性が高い。
退学。
退学してしまうかもしれない。
考えるだに恐ろしい話だ。
しかし、これだけ命を張っても駄目なのか。思ったよりも私の命の価値は高くないらしい。
ムムムムムム……。
命と金の偉大なる関係について頭を悩ませていると、向かいで煙草を吸っていた母が、私のスマートフォンを覗き込むでもなく声をかけてきた。
「んもう。あーたは学費のことばっかり気にしてるけど、稼いだお金をぜんぶ学費に回せるのは、誰のおかげだと思ってるのヨォ。本来なら、稼いだお金から食費や光熱費、携帯電話の料金、日用品代なんかも払わなきゃいけないの。自分で暮らしていくなら、家賃だってかかるでしょう?」
「そうだね」
「そうだね、じゃないの。毎日ご飯を食べて、お風呂に入って、電気を使って、洗濯をして。そういう生活にだってお金はかかるのよ。あーたが今まで何も気にせず暮らしてこられたのは、それをぜーんぶ母さんが払ってきたから。あーたの稼いだお金から生活費を出さなくていいぶん、まるごと学費に回せる。恵まれてるのよ、あーたは。恵まれてるの」
「はい」
「んもう。そんなに稼ぎたいなら危険なのを受ければいいじゃない。人が沢山死ぬやつ」
「えぇ…」
「文句言わないの。良い? この世はパイの取り合いなの。人が多いほど取り分ってのは小さくなるの。だからこそ、人が沢山死ぬ山はパイを独り占めできるかもしれないの。あーた、私の言いたいこと分かる?」
「分からない」
はぁ~~~っと母はタバコの煙を拭きかけた
「ケホッケホッ」
煙からにゅっと手が出てくる
「依頼書だよ」
私は差し出された書類を受け取り、煙が晴れるのを待ってから広げた。そこには、請負ギルド連絡網の案件番号と、いつもの依頼情報が記載されていた。
【案件名:試験体・対人戦闘耐久試験】
【依頼主:東央生体技研】
【報酬:420,000円】
【危険度:★★★☆☆】
【業務内容:指定施設内において、調整途中の試験体1体との対人戦闘試験に参加する。規定時間は10分間。試験体との交戦を通じて戦闘データの取得に協力すること。試験体の撃破は必須条件に含まれないが、撃破した場合は別途報酬を支給する】
【参加条件:Fランク限定。契約完了実績3件以上、直近の契約評価平均3.5以上。防弾装備および指定火器の携行必須。試験区域内での行動は現地責任者の指示に従うこと】
420,000円。
まず目に飛び込んできたのは、そこだった。今まで受けた3件の仕事で稼いだ金額が合計357,000円なのだから、今回の報酬はそれを上回っている。たった1件で、これまでの仕事をすべて合わせた以上の金額が手に入るのだ。
それに見合うかのように、危険度も3つ星。
そして、もう一つ異彩を放っているのが”Fランク限定”の文字。
「……これって」
思わず母の顔を見た。
「流石にアンタでも分かるだろ。このおかしさってやつに」
「うん。高いね、報酬」
「そこじゃないわヨ!」
母が灰皿を叩いた。煙草の灰が卓上に落ちる。
「420,000円も出す仕事で、わざわざFランク限定。どうしてわざわざ実績の少ない新人ばかりを集める必要があるのかって話よ! …はぁ、それで? どうしてか分かる?」
「…なんでだろう」
「全くアータは本当におバカだねぇ。そんなの死んでもいい奴を集めてるからに決まってるじゃないか」
母は煙草をくわえ直すと、画面に表示された依頼書を指で叩いた。
「星が多いほど、危険で重大な仕事を任される。そこまでは分かるね。でも、今回の仕事は違う。ただ単純に危険だから☆3つなのさ…そりゃそうさFに重要なことができるかい? 出来ないだろう? だから比重はどうしても危険に偏るわけヨ」
つまり、今回の仕事では私たち傭兵がそれに当たるということだろうか。
「この、試験体って……」
母は依頼書に記された名称を指でなぞった。
「こりゃ十中八九あれだろうね。超人ってやつだ」
「超人?」
「あーたは知らないだろうけどね、世の中には人の枠組みを超えた奴ってのがいるのさ。普通の人間とは違う身体能力を持っていたり、人間の常識では説明できない現象を起こしたり。ま、この東央生体技研じゃ、そいつを人工的に作ろうとしてるのさ」
いまいち想像がつかない。
「つまり改造人間ってこと?」
「それでいいならいいんじゃないかい。詳しい所はお母さんも知らないしネ。今回はさしずめ、頑張って作った試作品が実戦でどれくらい動けるか、何ができて何ができないのか、確かめたいんでしょうねぇ」
「で? 受けるの受けないの?」
「受けるよ」
母は、多分だけど少しだけ眉をあげた。そんな表情はほとんど見せたことが無い
「即答ね。ちゃんと脳みそ使ってるの、あーた」
「使ってる」
「じゃあ理由を言ってみなさいヨ」
私は紫煙の向こうの母を見ていった。
「420,000円は大きいよ、母さん」
「…………」
母は私をしばらく見つめていたが、やがて煙草を取り出した。
「本当に分かりやすい子だねぇ。まあ、いいわ。理由が金額なら、金額以外の条件も確認しておきなさい。支払い条件、途中離脱の扱い、負傷したときの補償。そこを確認せずに受けるのは、ただの馬鹿だから」
「分かった」
試験時間は10分。対象の撃破は必須ではなく、終了の合図が鳴るまで試験区域内で生存し、その後指定された退避位置まで移動できれば契約達成となる。対象を撃破した場合には追加報酬が支給されるが、その金額は別途審査によって決まるらしい。
参加者は32名。全員Fランク。現地には試験責任者のほか、観測要員と救急要員が配置される。ただし、試験中は原則として介入せず、事前に定められた中止条件に該当した場合に限って試験を停止するという。
「撃破した場合の追加報酬は当てにしないこと。10分間生き残れば420,000円。それ以外は、もらえたら儲けもの。そのくらいで考えなさいヨ」
「分かった」
私は契約書の最後まで目を通した。
これまでの3件では、仕事の目的を達成するために危険が生じた。倉庫では占拠者を排除するため、燃料輸送では積荷を届けるため、市場では搬出を管理するために働いた。
今回は違う。
生き残ることそのものが、目的だ。
「……契約するね」
「どうぞ」
母は画面を覗き込もうともせず、灰皿の吸い殻を捨てた。
私は承諾ボタンを押した。
『契約成立』
画面に通知が表示される。集合場所は第8区画の外縁にある東央生体技研の研究施設。集合時刻は翌日の午後7時だった。
私はスマートフォンを閉じた。
これで4件目の仕事が決まった。
報酬は420,000円。無事に契約を達成できれば、学費の残額は1,143,000円になる。まだ大きな金額が残っているが、これまでの仕事を繰り返すよりは、ずっと早く目標へ近づける。
問題は、その420,000円を受け取るために、改造人間を相手に10分間生き残らなければならないことだった。
「明日は学校が終わったら、ちゃんと準備して行きなさい。身分証と契約番号を忘れないこと。装備は向こうで貸与されるけど、集合時刻に遅れたら話にならないからね」
「分かった」
「あと、寝不足で現場に行くのはやめなさい。あーたがどうなろうと勝手だけど、判断が鈍って契約違反を起こされたら、こっちにクレームが来るんだからね。母さんに面倒欠けるんじゃないよ」
母は煙草を咥えたまま立ち上がり、書類をまとめて自分の部屋へ向かった。と思うと振り返る。
「相手を舐めちゃいけないよ」
そこで一度言葉を切って母は告げた。
「想定外ってのは確かに存在しているんだからね」
「分かったよ」
「ほんとかね」
私は部屋に戻った。今までの依頼を振り返る、どれも死の危険性を孕んでいた。しかし今回受けるのは別格らしい。
無意識にほっぺだをなぞっていた。少しざらざらした。
*
翌日、学校の授業はいつもどおり進んだ。
午前中は数学、午後は現代文と英語。教師が黒板に書いた内容をノートへ写し、指名されたら答え、昼休みには購買でパンを買った。
今日、改造人間と戦う。恐怖が襲うかと身構えていたがそんなことは無かった。
何よりも学校生活が楽しい、楽しすぎる。
「ねえねえボーリングぅ! いこぉよ! 穴場見つけたんだよ? 今行かないと穴場じゃなくなっちゃうよぉお」
ボーリング場が新しくできたのだろうか。興味がそそられる。
興味はそそられた。
「ごめん。今日は用事があるから、また今度」
「えぇー! せっかく見つけたのに!」
「休日なら付き合うよ」
友人は自分のマイボールに頬ずりしながら、恨めしそうに私を見た。
「嘘ついたらハリセンボンだからな」
「嘘つかないって」
本当だ。仮に生き残れれば一日ぐらい友人に付き合っても許される時間のゆとりが生まれるのだから。
午後4時半に授業が終わると、私は帰宅して必要な物を鞄に詰めた。身分証、契約番号を表示できるスマートフォン、財布。それから、万が一に備えて小さな救急用品も入れた。指定装備は現地で貸与されるため、自分で持っていくものは少ない。
午後6時過ぎ、私は家を出た。
電車とバスを乗り継ぎ、第8区画の外縁へ向かう。中心部を離れるにつれて街並みは荒れ、修理されていない道路や、窓を板で塞いだ建物が増えていった。目的地が近づくほど、これから向かう場所が普通の研究施設ではないことを実感する。
集合場所の入口には、武装した警備員が立っていた。私は身分証と契約番号を提示し、敷地内へ案内された。
受付を通り抜けた先には、待機室があった。
中には、すでに20人ほどの傭兵が集まっている。年齢も性別もばらばらだが、全員がFランクだった。私と同じように、実績3件を満たしたばかりらしい者もいれば、何度も仕事を受けているのに昇格できず、Fランクに留まっている者もいるようだった。
壁面のモニターには、試験概要が表示されていた。
対象は調整途中の多重精神体1体。参加者は32名。試験時間は10分。区域内で生存し、終了後に指定された退避位置へ移動できれば契約達成。
対象の身体能力は通常の人間を大きく上回ると予測されている。ただし、調整が完了していないため、長時間の稼働や複雑な状況への適応については未確認事項が多い。今回の試験では、集団を相手にした際の行動と、戦闘を続けた場合の性能変化を調べるという。
私は周囲を見回した。誰もが不安そうな顔をしている。420,000円という報酬は魅力的だが、それ以上に、これから何が起きるのか分からないという緊張が広がっていた。
やがて、白衣を着た男が待機室に入ってきた。眼鏡だ。参加者の顔を順番に確かめている。
「本日は東央生体技研の試験に参加していただき、ありがとうございます。これから試験内容と注意事項を説明します」
男は壁の画面を切り替えた。
「対象は、身体能力の強化処置を受けた調整途中の試験体です。筋力、反応速度、運動能力については、通常の人間を大きく上回ると予測されています。一方、調整が完了していないため、行動が不安定になる可能性があります」
男は画面を切り替えながら、今回の試験で観測する項目を説明した。複数の相手から攻撃された際の反応、攻撃対象の選択、身体能力の持続性、そして交戦中に見られる挙動の変化。私たちが戦う姿を観測するだけではなく、私たちの攻撃に試験体がどう応じるのかも重要なデータになるらしい。
「参加者の皆さんには、指定区域内で試験体と交戦していただきます。使用可能な装備は貸与された火器および装備一式です。試験体への攻撃に制限はありませんが、参加者同士への故意の攻撃は契約違反となります。規定時間は10分間。試験体を撃破した場合は、契約書に記載された追加報酬を支給します」
説明を聞きながら、私は貸与される拳銃のことを考えていた。これまでの仕事でも銃は扱ってきたが、相手は普通の人間だった。今度の相手は、普通の人間の能力を超えるように作られた試験体だ。銃弾が通用するのか、当たったとしても動きを止められるのか、実際に戦ってみなければ分からない。
「試験中は観測要員が区域内の状況を監視しています。事前に定めた中止基準に該当した場合は、現地責任者の判断で試験を停止します。中止の判断が行われた場合は、無線による指示に従ってください」
男は参加者を見渡した。
「試験の性質上、負傷や死亡の可能性を完全に排除することはできません。契約書に記載された危険性を承知したうえで、参加してください」
それ以上、余計な説明はなかった。契約書に記されている内容をなぞるような話だったが、実際に戦う場所へ向かう前に聞かされると、さすがに緊張する。
何人かが顔を見合わせた。入口のほうへ視線を向ける者もいたが、誰も大声を出さなかった。報酬の高さに惹かれてここへ来たのは、私だけではないのだろう。
「では、試験区域へ移動します」
白衣の男を先頭に、参加者たちは待機室を出た。
*
試験区域は、研究施設の地下に設けられた長方形の実験室だった。学校の体育館よりひと回り大きな空間の中央には、コンクリートの柱が整然と並び、それとは別に乱雑に大小さまざまな金属製の遮蔽物が設置されていた
参加者が入ってきた南側の壁には、試験終了後の退避位置を示す黄色いラインが引かれている。その反対、北側の壁には、試験体を収容している厚い金属扉があった。両者の距離は約60m。試験体が扉から出てくれば、広い室内を挟んで32人の傭兵と向き合うことになる。
壁面には観測用のカメラが並び、南側の上階に設けられたガラス張りの観測室からは、試験区域のほぼ全域を見渡せるようになっていた。研究員たちはそこで試験体と参加者の動きを記録するのだろう。
参加者には防弾ベストと拳銃、予備弾倉、無線機が貸与された。私はベストの留め具を確かめてから拳銃の状態を確認する。これまでの仕事で使ってきたものと、大きな違いはない。
傭兵たちは試験区域へ散らばった。誰もがまず遮蔽物の位置を確かめ、射線が重ならないよう距離を取りながら配置を決めていく。私は試験区域を見渡しやすいコンクリート柱の陰を選んだ。少し離れた場所では、金属板の裏に陣取った男が、隣の傭兵と短く言葉を交わしている。
遮蔽物を利用して攻撃し、相手の反撃を防ぎながら少しずつ削る。相手は1体、こちらは32人。無理に正面から撃ち合う必要はないし、わざわざ危険を冒して接近する理由もない。
身を隠せる場所を確保し、複数の方向から銃撃を浴びせ続ければいい。誰かが作戦を指示したわけでもないのに、参加者たちの動きは自然と同じ方針にまとまっていた。
壁のモニターに、試験開始までのカウントダウンが表示される。
00:30。
00:29。
隣の柱の陰にいる男は拳銃を握り直し、離れた場所では別の傭兵が金属扉を注視している。私も呼吸を整え、柱の端から扉へ銃口を向けた。
00:10。
00:09。
00:08。
10分間。10分間だ。
00:03。
私は銃を握る手に力を込めた。
00:02。
息を吸い、ゆっくりと吐く。
00:01。
ブザーが鳴り、試験区域の反対側にある金属扉が重々しい音を立てて開き始めた。
最初に現れたのは裸足だった。灰色の床を踏む足は、通常の人間のものよりはるかに大きい。続いて、白い試験着をまとった身体が扉の向こうから姿を現した、体は普通の成人男性ほどの大きさだった。
禿げあがった頭部、両目は太い糸で縫い閉じられ、異様に長い両腕は地面すれすれまで垂れ下がっている。その先端からは、手の代わりに鋭く湾曲した刃が伸びていた。
試験体は扉の前で足を止め、ゆっくりと顔を巡らせた。
10:00
9:59
射撃が開始された。
32人の傭兵が一斉に銃撃を浴びせる。私も柱の端から身を乗り出し、試験体の胴体を狙って引き金を引こうとした。
その瞬間、男の身体が2つに分かれた。
試験体が腕を振るっていた。地面すれすれまで垂れていた腕が鞭のようにしなり、先端の刃が金属製の遮蔽物を一息に断ち切る。その背後に身を隠していた男も、遮蔽物ごと胴体を両断されていた。
銃声が絶え間なく響く。だが、弾丸は1発も試験体を捉えなかった。
試験体が跳んだのだ。
床を蹴った身体は、遮蔽物の列を飛び越え、一瞬でこちらへ迫ってきた。銃弾はさっきまで試験体が立っていた場所を通り過ぎ、誰もいなくなった空間を撃ち抜く。
母の言葉が脳裏に響いた。
――想定外ってのは確かに存在しているんだからね。
試験体が着地した。
縫い閉じられた両目のある顔が、こちらを向いている。
距離にして、2mもなかった。