女子高生ですが、傭兵やってます。依頼は放課後にて。 作:とびー君
久々に友達と休日を満喫した。
新しくできたボウリング場へ行き、昼食を食べ、帰りには駅前の雑貨屋を冷やかした。友人たちは次の休みにどこへ行くかで盛り上がっていたが、私は夕方になる前に帰宅した。楽しかった。できれば毎週こうして遊びたいが、学費の納付期限が迫っている以上、そうも言っていられない。
家に帰ると、母は食卓で煙草を吸っていた。灰皿には吸い殻が山になり、こぼれた灰がテーブルに散らばっている。あとで掃除しなくちゃな、と考えながら声をかけた。
「ただいま、母さん」
「……」
返事がない。母は煙草を持ったまま、私の顔をまじまじと眺めていた。何か顔についているのかと思い、頬を触ってみる。
「まだ生きてるとは、アタシも驚きだよ」
「どういう意味?」
「どっかでおっちんじまうもんだと思ってたからね。それがまぁ、馬鹿みたいに生き残って……」
「生き残るのが馬鹿なの?」
「そうよ。こんな世の中でちまちま生きようだなんて馬鹿のすることヨ。さっさと死んじまったほうが、まだ苦しまずに済むわ」
「???」
よく分からないが、母が荒んでいることは理解できた。せっかく楽しい休日を過ごしてきたというのに、帰宅早々これである。
母は灰皿に煙草を押しつけると、思い出したように口を開いた。
「ああ、そうそう。あーた、Eランクになったわよ」
「……え?」
「Eランク。ギルドの通知、確認してないの?」
スマートフォンを取り出してみると、確かに通知が届いていた。契約完了実績4件、直近の契約評価平均は4.0。昇格条件を満たしたため、登録ランクをEへ更新したという。
「いつの間に?」
「条件を満たしたからでしょうよ。FからEに上がるのに、わざわざ試験なんか受けないわヨ。実績と評価が基準に届けば、そのまま更新される仕組みなんだから」
「そうなんだ……」
「そうなんだ、じゃないの。自分の登録情報くらい確認しなさいヨォ」
まったく知らなかった。私はこれまで、依頼を受けて、仕事をこなし、報酬を受け取ることばかり考えていた。ランクが上がれば受けられる仕事も増えるらしいが、昇格そのものを意識したことはなかった。
「ま、良いわ。あれをクリアできるなら、今度はこれね」
母が書類を差し出してきた。私は受け取り、印刷された依頼情報に目を落とす。
最初に目に入ったのは、報酬の金額だった。
200,000円。
その下には、見慣れた形式で案件情報が並んでいる。ただし、今回の業務内容は、これまでの仕事とは明らかに違っていた。
【案件名:対象傭兵の殺害】
【依頼主:非公開】
【報酬:200,000円】
【危険度:★★☆☆☆】
【業務内容:指定された対象者を発見し、殺害すること。対象者本人であることを確認できる証拠を提出し、契約達成の認定を受けること】
【対象者:久我原修司/男性/31歳/Fランク傭兵】
【参加条件:Eランク以上。契約完了実績4件以上。直近の契約評価平均3.5以上】
私は依頼票を読み直した。
殺害。
排除でも、護衛でも、回収でもない。対象者を殺し、証拠を提出する。それだけが仕事だった。
「……これ、受けていいの?」
「契約上は問題ないわヨ。ギルドを通した正式な依頼だし、対象者の情報も確認されてる。そもそも、人殺しなんてとっくに済ませたでしょうが」
人を殺して20万円。
そう考えると、今さらながら妙な仕事だった。これまでの依頼でも、結果として人が死ぬことはあった。けれど、最初から殺すことを目的にするのは、今回が初めてだ。
「今回の相手は、あーたと同じFランクだった傭兵ヨ。何年も仕事を続けていた男でね。過去に請け負った仕事で仲間と揉めて、銃を乱射したあげく、そのまま逃げ延びたらしいわ」
「仲間を撃ったの?」
「仲間だけじゃないねぇ。周囲にいた人間にも撃ったって話だよ。民間人も4人ほど巻き込まれてるワ。本人は現場から逃げて、それっきり行方をくらませた。その時に重傷を負ってたから、死んだもんだと思われてたんだけどね。今になってひょっこり生きてるのが見つかったわけ」
母の説明を聞きながら、私は対象者の写真を確認した。無精ひげを生やした男で、目つきが悪い。顔の右側に古い傷があり、首元には小さな入れ墨が見える。写真だけで人間性まで判断することはできないが、少なくとも、善良そうな人物には見えなかった。
「警察の仕事じゃないの? 殺すまではいかなくても、犯罪者なんだから捕まえたり……」
「この国で、傭兵が仕事中に人を撃ったからって、必ず警察が捕まえに来ると思うかい? 契約の正当性、現場の状況、誰が先に撃ったのか。揉める要素はいくらでもある。逃げた相手を追うには金も人手もかかるし、そんな事件ばかりに対応できるほど暇じゃないのさ。だから、こっちにお鉢が回ってきたんだけどね」
私は依頼票へ視線を戻した。
危険度は星2つ。対象者は武装している可能性が高く、抵抗も予想される。契約の有効期限は3日。対象者の最終確認地点は、第8区画の旧商業地区だった。依頼主は数日前に対象者の姿を確認したという。
そして、契約書の末尾に奇妙な条件があった。
仲介担当者への直接連絡は禁止。問い合わせはすべて請負ギルド連絡網を通すこと。
普通の依頼なら、契約内容について仲介担当者へ直接確認することもできる。今回のように連絡経路を限定しているのは珍しかった。
「母さん。これ、どうして直接連絡しちゃいけないの?」
母は書類を覗き込んだ。対象者の名前を確認したところで、指に挟んでいた煙草がわずかに止まった。
ほんの一瞬だった。
「依頼主の希望でしょう。情報管理を厳しくしたいんじゃない?」
「……ふうん」
「依頼主が非公開だからって、変に勘ぐったりしないこと。分からないことは分からないままにしておきなさい。余計な詮索をしても、あーたの報酬が増えるわけじゃないんだから」
母は書類を私へ返した。いつもと変わらない口調だったが、さっきの一瞬が妙に気にかかった。
「それで、受けるの?」
「受けるよ」
「そう」
母は驚きもしなかった。私が金額を優先して仕事を選ぶことなど、最初から分かっていたのだろう。
私は契約書を最後まで確認した。報酬の支払い条件、対象者の確認方法、契約違反となる行為、そして依頼主への連絡手段。疑問は残ったが、契約内容そのものに矛盾は見当たらなかった。
承諾ボタンを押す。
『契約成立』
対象者の最新の写真と位置情報が開示された。久我原修司、31歳。元Fランク傭兵。最終確認地点は、旧商業地区の南端にある廃業した自動車整備工場だった。
「明日は学校が終わったら、現地へ向かうこと。装備は貸与品を使いなさい。対象者以外を巻き込めば、報酬どころの話じゃなくなるからね」
「分かった」
「あと、あーた。Eランクになったからって調子に乗るんじゃないよ。1つ上がっただけで、腕前が急に変わるわけじゃないんだから」
「分かってるよ」
「本当かねぇ」
母は帳簿を開き、もう私を見なかった。私は依頼票を撮影して保存し、自室へ戻った。
学費の残額は1,103,000円。納付期限まで、あと17日。今回の報酬が入れば903,000円になる。
まだまだ遠い。
それでも、ようやく100万円を切るところまで近づける。私はそう考えながら、翌日の準備を始めた。
*
翌日の放課後、私は旧商業地区へ向かった。
そこはかつて中古車販売店や整備工場が並んでいた区画だったが、再開発計画が中止されてからは空き店舗が増え、今では営業している店も数えるほどしかない。通り沿いには錆びた看板が残り、シャッターの下りた建物の壁には古い広告が剥がれかけたまま貼りついていた。
対象者の最終確認地点だった整備工場は、道路から少し奥まった場所にあった。正面の門扉は開いており、敷地内には古いタイヤや廃車が放置されている。建物の2階には明かりがついていた。
私は周囲を確かめてから、端末で位置情報を再確認した。対象者の認証端末から発信された最後の信号は、今もこの周辺を示している。ただし、正確な位置までは分からない。
工場の入口へ近づくと、奥から男の声が聞こえた。
「だから、もう仕事は受けないって言ってるだろ」
「金が必要なんだろうが。だったら、もう1度やればいい。前と同じように逃げれば済む」
「……義理で話は聞いたが、そもそも俺は―――――」
私は足を止めた。中には複数の人間がいるらしい。契約条件では対象者以外への故意の加害は禁止されている。状況を把握しないまま踏み込むのは避けたかった。
しばらくすると、建物の奥から1人の男が出てきた。30代くらいで、作業着の上に古いジャケットを羽織っている。男は周囲を見回し、私の姿に気づくと、怪訝そうに眉をひそめた。
「何だ、お前」
「人を探しています。久我原修司という男性を知りませんか?」
男の表情が変わった。
「……何の用だ」
「仕事です」
私はそれ以上説明しなかった。男は私の服装と腰の装備を見て、何かを察したように口元を歪めた。
「傭兵か。あいつも、とうとうそこまで追い詰められたか」
男は建物の奥へ顔を向けた。
「久我原! 客だぞ!」
奥から足音が聞こえた。
現れたのは、依頼票の写真と同じ顔をした男だった。無精ひげに右頬の古い傷。左脚をかばうような歩き方をしている。久我原は私を見るなり、顔をしかめた。
「……子供じゃねえか」
「久我原修司さんですね?」
「そうだが」
私は契約端末を見せた。
「あなたを殺害する依頼を受けました」
久我原は数秒、何も言わなかった。それから、喉の奥で笑った。
「200000円か。安い命になったもんだな」
久我原は私の顔を見つめ、ふいに目を細めた。
「神楽坂……お前、あの女の娘か?」
「母を知ってるの?」
「やっぱりそうか」
久我原は面倒げに頭を掻いた。
「おい、ここで撃ち合うなよ。流れ弾は御免だ」
さっきの男が不機嫌そうに言うと、久我原は肩をすくめた。
「はっ、だってよ」
それから私に向き直る。
「この先にいい場所があるんだ。そこで決めようぜ」
私は男の動きを観察した。腰には拳銃がある。しかし、今のところ引き抜こうとはしていない。
「罠?」
「んな気力もうねえよ」
何の保証にもなっていない。
久我原は私の返事を待たずに歩き始めた。
「俺は前を歩くからよ。気が変わったら撃ち殺していいぜ」
私は少し距離を空けて、その後に続いた。
工場の裏手には、廃車が並ぶ細い通路があった。道路からは見えにくいが、完全に閉ざされた場所でもない。久我原は車体の錆びたバンの脇で足を止め、ようやくこちらを振り返った。
「さっきの話だ。神楽坂の娘だってんなら、聞いておきたいことがある」
「母のこと?」
「お前の母親は、今もあの契約書を保管してるのか?」
私は眉をひそめた。
「知らないよ。何の話?」
「…てっきり、全部承知で殺しに来たんだと思ったんだが、そうか知らないか」
久我原はジャケットの内側から煙草を取り出しかけ、やめた。
「昔、俺が受けた仕事に、神楽坂という仲介人がいた。依頼主との条件を取りまとめ、報酬を分配した女だ。俺が仲間と揉めたあの現場も、元をたどれば、そいつが仲介した契約だった」
「……」
私は黙った。母が傭兵の仲介をしているのは知っている。だが、久我原の過去の仕事まで関わっていたとは聞いていなかった。
「それが今回の依頼と関係あるの?」
「さあな。俺が人を殺しまくったのは事実だ。そこから恨まれてってのは十分あり得る」
久我原は乾いた笑いを漏らした。
「ただ俺が生きてちゃとってもとっても困る奴が居るってのも事実なんだ。くくっ、面白い話だよな」
彼は私を見た。
「母親に聞いてみな。K-17を覚えてるかってな。あの時俺はそう呼ばれていた」
私はその番号を頭の中で繰り返した。
K-17。
母がそんな番号を知っているのかどうかも分からない。そもそも、今の話を信じる理由もない。殺害依頼の対象者が、自分を殺しに来た相手へ時間を稼ぐために適当を話しているのかもしれない。
私は銃の引き金に指をかけた。
「それで、話は終わり?」
「俺からはな」
久我原は両手を大きく広げた。
「仕事なんだろ。なら、さっさと済ませろ。逃げるつもりはねえ」
私は銃を握ったまま、彼を見つめた。
「疑問か? 抵抗しないことが」
「……少しは」
「俺はここに死にに来たんだよ。生まれ育った街で死にたかった。それだけだ」
久我原は周囲の廃車を見回し、どこか懐かしむように目を細めた。
「この辺りで育ったんだ。昔はもっと店があってな。ガキのころは、あの道路の向こうまで友達と走り回ってた。今じゃ見る影もねえが、最後くらいはここでいい」
「それなら、自分で死ねばいいんじゃないの?」
「自分で死ぬのと、誰かに殺されるのは違うだろ」
私はよく分からなかった。死にたいなら、どうして私が来るまで待っていたのか。自分で死ぬのは嫌で、他人に殺されるのは構わないというのも、ずいぶん都合のいい話だと思う。
久我原は私の顔を見て、口元を歪めた。
「お前には分からねえだろうな。まあ、分かる必要もねえ。お前は仕事をしに来た。俺はここで死にたい。だったら、話は簡単だ」
私は銃を握り直した。
「……本当に抵抗しないの?」
「しねえよ。もう逃げるのは疲れた」
久我原は目を閉じた。
「さっさと済ませろ。安い命でも、買い手がついたんだ。最後くらい、契約どおりに終わらせてくれ」
私はしばらく彼を見つめていた。
引き金を引くことに、特別な意味があるとは思わなかった。これが仕事で、契約があって、対象者が目の前にいる。私は報酬を受け取り、学費を払わなければならない。
それだけだ。
銃声が、廃車の並ぶ通路に響いた。
久我原はその場に崩れた。私はしばらく距離を保ち、動かないことを確認してから、契約に従って身元を確認した。認証端末と登録情報は一致している。現場の記録を残し、ギルドへ報告を送って必要な証拠を提出した。
契約達成。
報酬200,000円が確定した。
*
帰宅したのは、午後8時を過ぎたころだった。
母は居間で帳簿をつけていた。
私は鞄を置いた。
「母さん、K-17って知ってる?」
ペン先が止まった。
母はすぐには顔を上げなかった。やがて帳簿を閉じ、私のほうを見た。
「どこでその番号を聞いたの?」
「今日の対象者。久我原って人が、昔、母さんに仕事を仲介してもらったことがあるって言ってた。そのときの呼び名らしいよ」
「……そう」
母は煙草を灰皿へ押しつけた。
「昔の仕事ヨ。今さら気にするようなことじゃないわ」
「何があったの?」
「契約は終わってる。報酬の精算も済んでる。それ以上、あーたが知る必要はないの」
いつもの調子だった。私はそれ以上問い詰めなかった。母が話したくないことを無理に聞き出しても、答えてくれるとは思えない。
ただ、母はしばらく黙っていた。
やがてスマートフォンを取り出し、どこかへ連絡しようとして、画面を見たまま手を止める。
「母さん?」
「何でもないわヨ」
母は画面を閉じ、再び帳簿を開いた。
「それより、明日は学校でしょう。さっさと寝なさい。Eランクになったからって仕事ばかりして、単位を落としたら元も子もないんだからね」
「分かってるよ」
私は自室へ戻り、スマートフォンで入金予定を確認した。
学費の残額は903,000円。納付期限まで、あと16日。
まだ十分とは言えないが、ようやく100万円を切った。私は残額をメモに記録し、次の依頼一覧を開いた。
久我原の話は、今のところ確かめようがない。母が昔、彼に仕事を仲介していたのだとしても、それだけで何か問題があるとは限らない。傭兵の仕事を長く続けていれば、過去の取引相手が何人もいるだろう。
そう考えて、私は画面をスクロールした。
*
そのころ、居間では神楽坂が引き出しの奥から古い帳簿を取り出していた。
表紙には何も書かれていない。神楽坂はページをめくり、K-17と記された契約記録を探し当てると、その横に挟まれていた紙片を抜き取った。
そこには、当時の依頼主の名前と、未処理の確認事項が短く記されていた。
神楽坂はしばらく紙片を眺めていたが、やがて帳簿ごと引き出しへ戻した。
テーブルの上で、スマートフォンが震えた。
画面には、登録されていない番号から短いメッセージが届いていた。
『久我原の件、確認しました。記録の所在について、改めてお話しする必要があります』
母は文章を読み終えると、しばらく画面を見つめていた。
やがて返事を打つ。
『契約は終了しています。今さら話すことはありません』
送信して、スマートフォンを伏せる。
神楽坂は煙草を取り出そうとして、箱が空になっていることに気づいた。舌打ちをして立ち上がり、上着を手に取る。
そのまま外に出ようとして、少し考え、懐に銃を忍ばせる。
今度こそ外へと出かけた。