女子高生ですが、傭兵やってます。依頼は放課後にて。 作:とびー君
朝、目が覚めたとき、母の靴が玄関から消えていた。
傭兵の仕事を始める前から、母が夜に出かけることはあった。急な呼び出しで帰りが遅くなることも、数日間家を空けることもある。だから、朝になって姿が見えないくらいで騒ぐ必要はない。
しかし、今日は少しだけ胸がざわついてる。何故だろうか。
昨日の母の反応を引きずっているから?
「…………」
私は顔を洗い、冷蔵庫から牛乳を取り出した。食パンをトースターに入れているあいだに、スマートフォンで時刻を確認する。遅刻する時間ではない。
パンが焼けると、皿に移してテーブルについた。いつもの席は空いている。母が出かける前に使っていたマグカップも、昨夜のまま流しに置かれていた。そこまで確認して、私はスマートフォンを手に取った。
『今どこ?』
母にメッセージを送る。返事はすぐには来なかった。
食事を終え、鞄を肩にかけて家を出る。玄関の鍵をかける前に、念のためもう1度だけ室内を振り返ったが、当然ながら誰もいない。私はそのまま学校へ向かった。
授業は普段どおり進んだ。黒板に書かれた数式をノートに写し、先生の説明を聞き、提出した課題を返してもらう。内容が頭に入ってこないわけではなかった。ただ、休み時間になるたびにスマートフォンを確認してしまい、そのたびに何も届いていない画面を見ることになった。
昼休みに1度、母の番号へ電話をかけた。呼び出し音は鳴らず、自動音声に切り替わったので、通話を終了する。電源が切れているのか、通信できない場所にいるのか。それとも、こちらからの連絡を無視しているだけなのか。
どれも考えられることだった。
授業が終わる頃になっても、返信はなかった。
私は友人からの誘いを断り、駅前の傭兵ギルドへ向かった。母がいないなら、仕事は自分で探す必要がある。これまでも母の紹介なしに受けた案件はあったし、Eランクになったことで参加できる仕事も増えていた。いつまでも母の都合に合わせて依頼を待つわけにはいかない。
ギルドの受付端末に認証情報を読み込ませ、参加可能な案件を検索する。画面に表示された依頼票を、報酬額、危険度、拘束時間、参加条件の順に確認していった。
学費の残額は903,000円。納付期限まで16日ある。まだ余裕があるようにも見えるが、必要な金額を確保できたわけではない。生活費だってかかるし、装備を整えるにも金がいる。仕事が途切れる可能性も考えれば、早めに稼いでおくに越したことはなかった。
目に留まったのは、閉鎖予定の倉庫から装備を回収する依頼だった。
【案件名:閉鎖倉庫・指定装備回収】
【依頼主:北辰警備保障】
【報酬:96,000円】
【危険度:★★☆☆☆】
【業務内容:閉鎖予定の倉庫区画に保管された指定物2点を回収し、指定地点まで搬送すること。現地には残留者がいる可能性があるため、不用意な接触を避けること。回収を妨害された場合は、必要に応じて武装による対処を認める】
【参加条件:Eランク以上。契約完了実績5件以上。火器を携行すること】
内容に目を通し、条件を確認する。Eランク以上、契約完了実績5件以上。どちらも満たしている。火器の携行が必須になっているのは気になるが、閉鎖区画に残留者がいる可能性を考えれば不自然ではない。危険度も★★☆☆☆なら、今の私が受ける仕事としては妥当だった。
報酬は96,000円。これを受け取れば、学費の残額は807,000円になる。1件で全額を賄えるわけではないが、地道に積み重ねれば間に合う金額だ。
私は参加申請を出した。
しばらくして依頼主の承認が届き、現場の所在地と回収対象の情報が開示された。倉庫は旧商業区の外れにあり、以前は警備会社の装備保管庫として使われていたらしい。指定された装備箱には管理番号が付いており、搬出先もギルドから少し離れた資材置場に指定されていた。
回収対象の中身までは、依頼票に書かれていない。
もっとも、倉庫に残った装備を運ぶだけの仕事なら、内容を詳しく知る必要もない。報酬、危険度、作業内容に問題がなければ、私にはそれで十分だった。
受付を済ませ、必要な装備を確認する。防護ベストの留め具を締め、予備弾倉の数を確かめ、通信機器が正常に動作することを確認した。銃の安全装置も点検しておく。撃つつもりがなくても、銃を持って現場に入る以上、使えない状態では困る。
準備を終えてギルドを出たときには、空が少しずつ曇り始めていた。
旧商業区には、営業を続けている店がほとんどなかった。道路沿いの建物には錆びたシャッターが下り、割れた窓には板が打ちつけられている。指定された倉庫は、その奥にある平屋建ての施設だった。敷地を囲むフェンスは一部が倒れ、入口のチェーンも外されている。管理者が立ち去ったあと、誰かが入り込んでいるという依頼票の説明は間違っていなさそうだった。
私は到着時刻を端末に登録し、敷地の様子を確認した。
駐車場には古い軽トラックが1台停まっていた。窓は割れていないが、運転席には誰もいない。地面には新しいタイヤ痕が残っており、建物の裏手へ続いている。人の出入りがあるなら、正面から堂々と入るのは避けたほうがいい。
銃を取り出し、周囲を確認してから倉庫へ入った。
内部は薄暗かった。天井の照明はところどころ消え、残った蛍光灯も不規則に明滅している。金属棚の多くは空で、床には梱包材や割れたプラスチック片が散らばっていた。壁際には古い作業台が並び、その上に工具や空の箱が置きっぱなしになっている。
指定された装備箱は倉庫の奥、管理区画に保管されている。通路は棚で細かく区切られており、入口から奥まで見通すことはできない。私は銃を構えたまま、曲がり角ごとに足を止め、耳を澄ませながら進んだ。
奥の区画へ差しかかったとき、棚の向こうで物音がした。
金属が擦れる音。続いて、何か重いものを床に置く音が聞こえた。
足を止め、銃口を音のした方向へ向ける。無人の建物にしては、物音が新しすぎる。私は棚の端までゆっくり近づき、隙間から向こう側をうかがった。
男が2人いた。1人は床に置かれた段ボールを漁っており、もう1人は棚の奥にあるケースを引っ張り出そうとしている。どちらも作業用の服を着ていたが、腰には拳銃が見えた。少なくとも、単なる不法侵入者ではなさそうだ。
男の1人が顔を上げた。
目が合った。
「誰だ!」
男が叫び、腰の拳銃を抜いた。
私は棚の陰へ身を引いた。直後、銃声が倉庫に響く。弾丸が金属棚を叩き、耳障りな音を立てて火花を散らした。続けて2発、3発。棚板に穴が開き、近くに積まれていた空箱が崩れ落ちる。
私は片膝をつき、棚の脚を盾にして銃を構え直した。男たちがいる場所は分かっているが、相手もこちらの位置を把握している。正面から頭を出せば撃たれるだけだ。まずは射線を切り、別の通路へ移動する必要がある。
銃声が途切れた隙に、私は隣の通路へ走った。
靴底が床の破片を踏み、乾いた音が響く。すぐに背後で銃声が上がり、棚の角に弾丸が食い込んだ。私は姿勢を低くして次の棚の陰へ滑り込み、振り返って相手の位置を確認する。男の1人が通路の入口まで出てきていた。拳銃を両手で構え、こちらを探している。
距離は十数メートル。棚の隙間から上半身が見えた。
私は息を止め、銃を構えて2発撃った。
男がとっさに身を引く。1発は棚に当たり、もう1発は男の肩口をかすめたらしい。男は短くうめき、壁際へ隠れた。倒したわけではない。だが、少なくとも今すぐこちらへ踏み込んでくる余裕はなくなった。
その隙に、私は通路を移動する。正面にいた男を追うのではなく、倉庫の中央を横切る別の経路から、装備箱のある管理区画へ向かった。
広々とした空間に棚が延々と並んでいる。
背後で、再び銃声が響いた。
今度は別の方向からだった。
もう1人が回り込んできている。棚の向こうで足音が近づき、金属のケースを蹴飛ばす音がした。私は大きな作業台の陰に身を隠し、息を整える。倉庫の構造は複雑だ。障害物が多いぶん、相手もこちらの位置を正確には把握できていないはずだった。
勿論それはこちらも同条件であるが。
さてここからどうするか。
入口へ戻るという選択も今でもできる。契約上、危険を感じた場合の撤収は認められている。だが、ここまで来て何も回収せずに引き返せば、報酬は得られない。作業にかかった時間も無駄になる。
ならば逃げるという選択肢は取りようがない。今ここで二人を殺すのだ。
私は深く息を吐いた。
二人分の足音が聞こえる、恐らく私を挟撃しようとしているのだろう。
死の危険が色濃くなっているのを感じる。
私は周りを見渡し…作業台の上を見やる。
倉庫だから天井は高い。十分に上に乗れると見た私は、一度銃を懐にしまうと両手をかけて一息に昇りきる。
そしてそのまま腹ばいとなり息をひそめた
やがて、男の一人が慎重にやってくる。
「居たか!?」
「……分からん。どこかに隠れてんのかもしれない!!」
男は辺りを見渡し、そして私と目が合う
瞬間、狙いを付けた銃弾が男の脳天を貫いた。
「!?」
もう一人の男が声にならない叫びをあげるなか、その背後に着地し二度発砲する。
呻き声。
やがて二人目も動かなくなった。
「ふぅ……」
その後は回収物を無事発見し、リュックにしまうとそのまま運び出した。
私は端末を操作して現場からの撤収を報告し、回収物の状態を入力する。
依頼主からは、指定地点まで搬送するよう返信が届いた。
搬送先の資材置場は、倉庫から15分ほどの場所にあった。入口で本人確認を済ませると、警備員が荷室の中を確認し、管理番号と回収物が一致していることを確める。
手続きが終わると、端末に依頼完了の通知が届いた。
報酬96,000円。
私は金額を確認し、受領を確定させた。
学費の残額は807,000円。まだ先は長いが、数字は確実に減っている。
これで今日の仕事は終わりだ。もう1件受けられないこともないが、今から現場へ向かうには遅い。交戦後の疲労もある。無理に仕事を詰め込んで判断を誤るより、今日は帰って休んだほうがいい。
空はすっかり暗くなっていた。
帰り道、スマートフォンを確認する。母からの返信は、やはりなかった。
帰宅したら、もう1度家の中を確認してみても良いかもしれない。仕事用の端末を残していれば、何か分かるかもしれない。母の持ち物を勝手に見るのは気が進まないが、ここまで連絡が取れないのなら、少しくらい調べてもいいはずだ。
そう考えて歩き出したところで、スマートフォンが鳴った。
表示されていたのは、堂島の名前だった。
顔を合わせたのは、1度だけだ。母の仕事に関係して私が呼ばれた際、同じ場所にいた男で、詳しい関係も知らない。長く話した記憶はなく、親しい相手というわけでもなかった。それでも、連絡先だけはそのとき交換していた。
この時間に連絡してくる理由が分からない。
私は通話ボタンを押した。
「もしもし」
『ミオさんか』
「はい。堂島さん、どうしたんですか」
『今、話せるか』
「大丈夫ですけど」
『……アンタの母親の件だ』
「母のことで何かあったんですか?」
堂島はすぐには答えなかった。
電話の向こうで、何かを言いかけて止めたような気配がした。私はスマートフォンを握り直す。倉庫で撃ち合ったときよりも、妙な緊張を感じていた。銃口を向けられているわけでもないのに、次に何を言われるのか分からないことが、ひどく落ち着かなかった。
「堂島さん?」
『ミオさん。落ち着いて聞いてくれ』
嫌な予感がした。
「……何があったんですか」
『神楽坂さんが、亡くなった』
私はスマートフォンを耳に当てたまま、動けなくなった。
言葉の意味は分かる。聞き間違えてもいない。堂島の声は、確かにそう告げていた。
母が死んだ。
母はもう、帰ってこない。