そういえばジンも銀髪だったなって 作:イブキには幸せになってほしいんだ
匂いは、重く澱んでいた。
鉄の錆びた匂いと、固まりかけた血の匂い。暗く湿った地下室で、ジンは冷たいパイプ椅子に縛り付けられていた。
拘束されてから数日。敵対組織の手による拷問は執拗を極めていたが、ジンの表情には絶望の「ぜ」の字すらない。冷徹な緑の瞳はただ静かに、拷問官の男を射殺すように見つめているだけだった。どれほど痛めつけられようと、黒ずくめの組織の幹部たるこの男から吐き出される情報など、一言も存在しない。
「くそっ……タフな野郎だ」
痺れを切らした敵の男は、忌々しそうに舌打ちをすると、部屋の扉を開けて誰かを強引に引っ張り込んできた。
「おい、イブキ。お前の拷問の練習だ。何の道具でも使ってもいい、こいつに痛い思いをさせてみろ」
連れられてきたのは、この薄暗い部屋にはあまりにも不釣り合いな小さな少女——丹花イブキだった。
「……え? やだ……イブキ、そんなことしたくないよ……!」
イブキは必死に首を振り、小さな手を握りしめて抵抗した。人を傷つけることなんて、彼女の優しい心には到底受け入れられないことだった。
「口答えするな!」
痺れを切らした男の短い怒号とともに、鈍い音が響く。男の手が容赦なくイブキの小さな頬を張り飛ばしたのだ。少女の華奢な体が床に倒れ込み、頬が赤く腫れ上がる。
「チッ……使えねぇガキだ」
男はそう吐き捨てると、唾を吐き部屋の外へと出て行った。扉が重い音を立てて閉まり、地下室に再び静寂が戻る。ジンは冷ややかな目でその光景を見下ろしていた。
(くだらん……)
組織の抗争に巻き込まれた子供など、自分には何の関係もない。情けをかける理由も、興味を持つ理由すらも存在しなかった。
だが——床に倒れていたイブキは、涙をポロポロと零しながらも、ふらつく足取りで立ち上がった。向かった先は、出口ではなく、パイプ椅子に縛られたジンの元だった。
「ひぐっ……大丈夫……? いま、助けるからね……」
震える小さな手で、イブキはジンの手首を縛る頑丈な縄に手をかけた。爪を立て、必死に結び目を解こうとする。血の滲んだジンの体を見て、今にも泣き崩れそうな顔をしながら、必死に指先を動かし続けた。
「……おい、ガキ。無駄な真似はやめろ」
ジンの低い声にも、イブキは首を振るだけだった。
「ダメだよ……こんな痛い思い、しちゃダメ……!」
はらり、と硬い結び目が解け、ジンの両手が自由になる。拘束から解放されたジンがゆっくりと立ち上がろうとしたその時、イブキは解けた縄を握りしめたまま、ふっと体を揺らした。
殴られたショックと、極度の緊張、そして恐怖。小さな体はすでに限界を迎えていた。膝から崩れ落ちそうになるイブキは、ジンを見上げ——今にも泣き出しそうな、けれど精いっぱいの優しい笑顔を浮かべた。
「……こんなところに、いちゃダメだよ……っ」
それが最後の力を振り絞った言葉だった。イブキの瞳から光が消え、そのままジンの胸元へと倒れ込んでくる。静まり返る地下室。ジンは、自分のコートに預けられた小さな頭を見下ろした。普段の彼なら、足を引っ張るだけのガキなど捨て置くか、足蹴にして去るのが常だったはずだ。黒の組織に「情」などという甘い考えは存在しない。だが、ジンは一瞬だけ瞳を細めると、重い吐息をひとつ漏らした。
「……チッ。余計なお節介だ」
ジンは気を失ったイブキの体を抱き上げると、躊躇なく自分の背中へと背負い直した。小さな背中の温もりが、冷え切ったジンの背中に伝わってくる。
扉の向こうで煙草を吸っている男の気配を感じ取りながら、ジンは足元に落ちていた金属パイプを静かに拾い上げた。緑の瞳に、狩人のような獰猛な光が宿った。
「……命拾いしたな、ガキ」
背中の小さな命を落とさぬよう、しっかりと背負い直したジンは、影のように暗がりの中へと足を踏み出した。
うーんこれはエンジェルですわ