ゼロの使い魔 ~星海より来たりし者~   作:すらはん

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第6話「知識の迷宮」

鐘の音で、ルイズは目を開けた。

 

今度は、窓の向こうが明るかった。

 

枕へ頬を押しつけたまま、少しだけ目を細める。身体には、まだ眠りの重さが残っていた。

 

窓際で、椅子の軋む音がした。

 

エメトセルクが、膝の毛布を畳んでいる。

 

長い指が布の端を揃えるのを見て、ルイズは、別の手を思い出した。

 

白い花のそばで、黒い袖を揺らしていた手。

 

その持ち主が、隣の男へ何かを言い、男が呆れた顔をしていた。

 

朝の光の中に、その庭園はなかった。

 

見慣れた机と、椅子と、鞄がある。

 

「……起きているわよ」

 

エメトセルクがこちらを向くより先に、ルイズは言った。

 

「まだ何も、尋ねておらんが」

 

「起こされる前に、言っただけよ」

 

彼は毛布を椅子の背へ掛けた。

 

ルイズも身を起こし、ベッドを出る。

 

制服へ着替える間、エメトセルクを廊下へ出した。扉を閉めてから、机に置いた鞄を確かめる。

 

錬金の教科書を開くと、昨夜挟んだ紙が出てきた。

 

石。呪文。杖を向けたところ。

 

その下は、何度か書き直してあった。

 

彼女は続きを書こうとして、やめた。

 

今、思い出したつもりになっても、昨日より正確になるとは限らない。

 

紙を戻し、本ごと鞄へしまう。

 

廊下へ出ると、エメトセルクは窓の外を眺めていた。

 

「お待たせ」

 

「支度は済んだかね」

 

「見ればわかるでしょう」

 

ルイズは先に歩き出した。

 

階段では、ほかの生徒たちと行き合った。すれ違った少年がこちらへ目を向け、隣の友人へ何かを囁く。

 

昨日の決闘の話らしい。

 

エメトセルクは気にした様子もなく、彼女の後ろを歩いていた。

 

食堂へ続く廊下に入ってから、ルイズは少し歩く速さを落とした。

 

「ねえ。あなた、前はどんな仕事をしていたの?」

 

男の視線が下りてきた。

 

「朝から、唐突だな」

 

「別に。少し気になっただけよ」

 

夢の中で、彼は仕事の話をしていた。

 

聞き慣れない名前の誰かを、見に来たのだと言って。

 

けれど、そうは言わなかった。

 

「貴族に近い立場だった、みたいなことを言っていたでしょう。ずっと、人に命令していたの?」

 

「随分と、幅の狭い仕事の想像だな」

 

「じゃあ、何よ」

 

「人をまとめたり、判断を求められたり。時には、面倒な問題の後始末もした」

 

ルイズは、少し考えた。

 

「……役人みたいな?」

 

「そういう時期もあった」

 

「大変だったの?」

 

「他人の起こした問題を引き受けるのが、楽な仕事に見えるかね」

 

それは、見えなかった。

 

父のもとへ届けられる書状や、それを読んだ後の顔を思い出す。

 

「でも、自分で決めたこともあるんでしょう」

 

エメトセルクは、一度だけ彼女を見た。

 

「ああ。もちろん、ある」

 

短い返事だった。

 

ルイズは、その先を聞こうとして口を閉じた。

 

今朝、夜明けに尋ねた友人のことと、どこかでつながっているのだろうか。

 

そこまでは、わからない。

 

目の前の男は、食堂の入口より手前で足を止めた。

 

「では、私は厨房へ」

 

「……ええ。授業には、遅れないでよ」

 

「お前こそ、食事の間に質問を増やしすぎないようにな」

 

「増やしてないわよ!」

 

返事が廊下へ響いた。

 

ルイズは周囲を見回し、少し声を落とした。

 

「図書館は、午前の授業が終わってからだからね」

 

「覚えている」

 

エメトセルクは、厨房へ続く方へ歩いていった。

 

彼女はその背を見送り、食堂へ向き直った。

 

昔、何をしていたのか。

 

返事は聞けた。

 

それでも、あの庭園にいた彼については、何も確かめたことにはならなかった。

 

*

 

午前の授業が終わると、教室には椅子を引く音が重なった。

 

ルイズは筆記用具をしまい、鞄を持った。

 

エメトセルクは、壁際の席から立ち上がる。黒板へ一度目を戻してから、彼女のそばへ来た。

 

「行けるかね?」

 

「ええ。昼食の後だと、ゆっくり探せないでしょう。先に行くわよ」

 

二人は、生徒たちの流れから外れた。

 

食堂へ向かう声が遠ざかるにつれ、廊下は静かになっていく。

 

図書館の扉を開けると、紙と革の匂いがした。

 

高い書棚が並び、背表紙の色が、その奥まで続いている。窓から差した光の下で、何人かの生徒が本を開いていた。

 

ルイズは、隣を見上げた。

 

エメトセルクは、入口のそばで足を止めていた。

 

天井の方まである棚へ目を向け、それから、閲覧用の机を見る。

 

「立派でしょう」

 

声を潜めても、少し得意な響きが残った。

 

「悪くない」

 

「それだけ?」

 

「まだ一冊も開いていないのでな。中身まで褒めるには、少々早い」

 

ルイズは唇を尖らせた。

 

だが、彼は退屈そうではなかった。

 

棚の端にある区分の表示を読み、近くの本の題へ目を移している。

 

「使い魔の本なら、こっちよ」

 

ルイズは、先へ立った。

 

「召喚と契約を扱うものと、使い魔の種類を調べるものは、少し場所が違うの。最初は、契約の方がいいでしょう?」

 

「ああ。どこまで書かれているか、見たい」

 

彼女は一つの棚の前で止まり、背表紙を指で辿った。

 

授業で紹介されたことのある本を抜く。

 

隣から、使い魔の例を集めた一冊も取った。

 

「これと、これ。もう少し古い話は、歴史の方にもあると思うけど」

 

エメトセルクは、差し出された本を受け取った。

 

目次を開く。

 

「助かる。まずは、こちらから見てみよう」

 

「わたしは、別の棚へ行ってくるわ」

 

ルイズが言うと、男は目を上げた。

 

「錬金か?」

 

「そうよ。教科書だけじゃなくて、失敗について書いたものも、見たいもの」

 

彼は頷いた。

 

ルイズは、窓に近い机を指した。

 

「あそこにするわ。持ってきた本を、勝手にほかへ積まないでね」

 

「お前の席まで、使うつもりはないさ」

 

机は、二人で使うには十分に広かった。

 

それでも彼女は、先に鞄を椅子へ置いた。

 

*

 

ルイズが戻ってきたとき、エメトセルクは、すでに一冊目の途中を読んでいた。

 

彼女は向かいの椅子を引き、取ってきた二冊を置く。

 

一冊は、錬金の基礎をまとめたもの。

 

もう一冊は、実習で起こりやすい失敗と、指導上の注意を集めた本だった。

 

教科書も出し、挟んでいた紙を脇へ広げる。

 

エメトセルクの視線が、一度そこへ動いた。

 

「昨日、書いていたものか」

 

「まだ、思い出せたところだけよ」

 

「では、私も、紙を一枚もらえるかね」

 

ルイズは鞄から紙を取り出した。

 

ペンと、小さなインク壺も、机の中央へ寄せる。

 

「本に書き込まないでよ」

 

「私の本ではないことくらい、わかっている」

 

「念のためよ」

 

男は差し出された紙を受け取り、本の題を書き留めた。

 

その下へ、章と頁の数字を添える。

 

ルイズも、自分の本を開いた。

 

石から金属への変化。

 

対象を定め、呪文を唱え、精神力を集中する。

 

見覚えのある説明だった。言葉の順が違っても、求められていることはわかる。

 

昨日、教壇へ立つ前にも、考えていたことだった。

 

彼女は、失敗例の載った本へ移った。

 

対象に変化が現れない例。

 

一部だけが変わり、意図した形にならない例。

 

途中で集中を欠き、術が完了しない例。

 

それぞれに、指導する際の確認事項が添えてあった。

 

ルイズは、杖の向きについて書かれた一節で止まった。

 

昨日、自分はどこへ向けていたか。

 

紙へ目を落とす。

 

石、と書いてある。

 

けれど、唱え終わる瞬間まで同じ向きを保っていたかと尋ねられると、記憶が曖昧だった。

 

彼女は、余白へ小さく書き足した。

 

最後の向きは、覚えていない。

 

ペンを置こうとして、もう一度本を見た。

 

それだけで爆発した、と書いてあるわけではなかった。

 

線を引きたくなった指を止め、次の例を読む。

 

向かいでは、エメトセルクが頁を戻していた。

 

少し前の説明と、今読んでいるところを見比べている。

 

「ルイズ」

 

呼ばれて、彼女は顔を上げた。

 

「ここでいう、使い魔に与えられる力だが。契約前から持つ性質とは、区別されているのか?」

 

差し出された本を、ルイズは覗き込んだ。

 

主と感覚を通わせることや、使い魔の働きについての説明があった。

 

その先には、姿や性質の異なる使い魔の例が続いている。

 

「授業では、契約してできるようになることと、その使い魔が元々得意なことは、分けて教わるわ。でも、この例は……両方書いてあるみたいね」

 

「そうだな。出来事はわかるが、何が契約による変化なのか、これだけでは選びにくい」

 

「この本、最初に使い魔を持った人向けだから。どんな世話をするかとか、何に気をつけるかの方が多いのよ」

 

エメトセルクは、目次へ戻った。

 

契約の儀式を説明する部分より、飼育や扱いについての項目が多い。

 

「なるほど。私が探していることとは、少し目的が違うわけか」

 

「使えない本、って意味じゃないわよ」

 

「そのつもりで言ってはおらん。役立つ箇所はある」

 

彼は、契約を終えた印についての説明を指した。

 

「この世界で、何をもって成立と判断するのか。それは、知っておきたいのでな」

 

ルイズは、左手へ目を向けた。

 

袖の端から、紋様の一部が見えていた。

 

あの草原で、自分が成功したのだと確かめた印。

 

昨日は、それが光るところも見ている。

 

だが、本の説明には、彼の障壁や、青銅の人形を壊した力は載っていなかった。

 

「……あなたの魔法が強くなったことは?」

 

「まだ、見つからん」

 

エメトセルクは、自分の紙へ短く書いた。

 

「元から使えた術が変わった、という例を探す必要がある。単に、契約後に何かができたというだけでは、足りない」

 

ルイズは頷き、自分の本を引き寄せた。

 

自分も、似た失敗というだけで、同じ原因だと決めてはいけないのだろう。

 

ただ、そう考えると、簡単には印をつけられなくなった。

 

*

 

紙をめくる音が続いた。

 

窓の外で、誰かが友人を呼んでいる。

 

ルイズは顔を上げかけ、また本へ戻った。まだ、昼食へ向かう生徒の声が聞こえている。

 

エメトセルクは、二冊目に載ったルーンの図を見ていた。

 

彼は左手を机の上へ出した。

 

紋様を見下ろし、図の一つと比べる。

 

線の折れ方には、似たところがある。

 

だが、続く形も、並びも違った。

 

彼は別の頁を開いた。

 

今度も、一致しない。

 

「……ないの?」

 

ルイズが尋ねた。

 

「少なくとも、ここに載っているものとは違う」

 

彼は左手を引いた。

 

文字を読むことと、その印が何をするのかを知ることは、別だった。

 

契約についての記述は、術を使う者が精神力をどう集中するか、その結果、召喚された相手へ何が現れるかを記している。

 

自分の知るエーテルの扱いと、似た現象を思い浮かべられる箇所もあった。

 

しかし、同じ言葉へ置き換えた途端、説明のつかないところが残る。

 

刻印が現れたときの感覚。

 

術を行使したときの、意図と結果のずれ。

 

そのどちらも、本の一般的な説明だけでは繋がらなかった。

 

障壁を広げたときと、人形を縛ったときでは、起きたことが違う。

 

杖を使っても、力が加わるような感覚はなくならなかった。

 

ただし、それを幾つか経験しただけで、仕組みまで知ったことにはならない。

 

エメトセルクは、紙の別のところへ、探したい記述を書き足した。

 

それを見てから、ルイズも自分の紙へ目を戻した。

 

書いた言葉は増えている。

 

答えは、増えていなかった。

 

彼女は、失敗例の頁をもう一度開く。

 

呪文を覚え違えていた例では、訂正後の結果が添えられていた。

 

集中を乱した例では、そのとき何があったかが書いてある。

 

ルイズは唇を結んだ。

 

自分も、呪文を確認したことはある。

 

先生の前で、一語ずつ唱えたことも。

 

人のいないところで、落ち着いて杖を振った日もあった。

 

それでも、石は変わらなかった。

 

「……どれか、間違えていればいいのに」

 

声が漏れた。

 

エメトセルクが、目を上げる。

 

ルイズは本を伏せかけ、やめた。

 

「呪文が違うとか、杖の持ち方がおかしいとか。そういうことなら、直せるでしょう」

 

「確かめたことは、あるのだろう?」

 

「あるわよ」

 

返事は、少し強くなった。

 

周囲を思い出し、声を落とす。

 

「何度も。でも、また同じ説明を読むと、やっぱりどこか忘れているのかもしれないって、思うの」

 

エメトセルクは、開いた教科書へ目を向けた。

 

余白には、細かな書き込みがあった。

 

今日、初めて基礎を知った者の本ではない。

 

「その頁は、もう随分と読んだようだな」

 

「……読めば、できるようになると思っていたもの」

 

ルイズは、折れかけた角を押さえた。

 

「内容は、わかるのよ。先生が何を説明しているのかだって。だけど、同じようにしようとすると、違うことになるの」

 

男は、すぐには返事をしなかった。

 

ルイズは、手元の紙を彼へ押しやった。

 

「昨日のこと、ここまでは覚えてる。違うと思うところがあったら、言って」

 

エメトセルクは紙を寄せた。

 

石の位置。教卓。唱え始めてから、爆発するまで。

 

彼女が書き直した跡を、順に読む。

 

「ここだが。石が飛んだのを、お前は見たのか?」

 

ルイズは首を傾げた。

 

紙には、石が爆発して、と書いていた。

 

「……音がして、煙が出て。その後は、よく見えなかったわ」

 

「私も、飛んできた破片の一つ一つが何だったかまでは、確かめていない」

 

「じゃあ、石がどうなったかは」

 

「残ったものを調べる前に、決めてはおけまいな」

 

ルイズは、紙を引き戻した。

 

しばらく眺めてから、短い線で言葉を消す。

 

石のところで爆発が起きた。

 

そう書き直した。

 

「……これで、合ってる?」

 

「ああ。私が見たこととも、食い違わん」

 

「ずいぶん、わかることが減ったみたい」

 

「確かめていないことを混ぜるよりは、後で困らずに済む」

 

ルイズは、まだ面白くなさそうに紙を見た。

 

小さくなった説明の隣へ、教科書の頁を書き添える。

 

それから、ふと、向かいの紙へ目をやった。

 

「あなたの方は?」

 

「何がだ?」

 

「手の文字が原因だって、書いているの?」

 

エメトセルクは、口元を僅かに動かした。

 

紙を、少し回して見せる。

 

術を使ったときに感じた変化と、刻印に起きた反応が、別々に記されていた。

 

その下に、関連を疑う、とある。

 

ルイズは、そこを読んだ。

 

「……まだ、疑う、なのね」

 

「お前に勧めたばかりのことを、私だけ省くわけにもいかんだろう」

 

彼女は、少しだけ息を漏らした。

 

笑うほどではなかった。

 

だが、教科書を押さえていた指から、力が抜けた。

 

*

 

エメトセルクが、二冊目を閉じた。

 

「古い記録の方も、見てみたい。案内を頼めるかね」

 

ルイズは、自分の本へ紙を挟んだ。

 

「歴史の棚よね。全部が、使い魔の話じゃないわよ」

 

「目次を見れば、ある程度は絞れるだろう」

 

二人は、机を離れた。

 

ルイズは、幾つかの背表紙を確かめながら進んだ。使い魔についての本がある棚と違い、こちらには年代や土地の違う話が並んでいる。

 

一冊を抜き、目次を開く。

 

始祖ブリミルにまつわる項目があった。

 

彼女は頁をめくり、その途中で止めた。

 

「……ここ。使い魔のことがあるわ」

 

エメトセルクが、横から覗く。

 

ルイズは机へ戻り、二人の間へ本を置いた。

 

古い言い回しを引きながら、後の時代の著者が説明を加えたものだった。

 

始祖に仕えた、四人の使い魔。

 

彼らは異なる役目を担い、その働きによって始祖を支えたという。

 

ルイズは、少し身を乗り出した。

 

「四人、ですって」

 

エメトセルクも、先を読んでいる。

 

だが、文章は、彼らの名や姿を一つずつ示してはいなかった。

 

別の記録にも話が伝わるという説明と、記述の違いについての短い注がある。

 

ルーンの図は、なかった。

 

「続きは?」

 

ルイズは、次の頁を開いた。

 

そこからは、別の伝承についての項目だった。

 

指を戻す。

 

欄外まで確かめても、知りたい形はどこにも載っていない。

 

「……これだけ、なのね」

 

エメトセルクは、出典について書かれた行を読み直していた。

 

「この本で確かめられるのは、ここまでらしい」

 

「もっと詳しく書いてあれば、比べられたのに」

 

「そうだな。ただ、これを載せた者が、どの記録を読んだのかは残っている」

 

彼は紙を取り、本と、参照先の題を分けて書いた。

 

「それも、ここにあるかしら」

 

「今は、わからん。探すときの手掛かりにはなる」

 

ルイズは、本を覗き込んだ。

 

昔の記録を引いたものと、著者が考えて付け加えた言葉が、少し違う形で組まれている。

 

エメトセルクは、そこを分けて読んでいた。

 

「あなた、伝説って、あまり信じないの?」

 

尋ねると、金色の目が上がった。

 

「話による」

 

「始祖の話よ」

 

「古くから伝わっていることは、調べる理由になる。だが、私の手にある文字を説明できるかどうかは、また別だろう」

 

ルイズは、反論しかけた。

 

始祖のことを、そんなふうに言われるのは落ち着かない。

 

しかし、この頁に彼の文字が載っていないのは、自分でも確かめたことだった。

 

「……大事な記録も、あるんだからね」

 

「ああ。だから、読んでいる」

 

彼の指は、出典のそばにあった。

 

軽んじて捨てたのではないらしい。

 

ルイズは、机へ肘をつきかけ、姿勢を直した。

 

「でも、普通の使い魔の本にないなら、こういう古い話も探した方がいいのね」

 

「そう考える理由はできた。ただ、この印が古いものだと決まったわけではないぞ」

 

「わかってるわよ」

 

言い返した後で、彼女は、自分の紙にも本の題を書いた。

 

答えがない本だと思って、そのまま戻すところだった。

 

次に探すときまで、どこで何を読んだのかわからなくなっては困る。

 

*

 

窓の向こうを通る足音が、少なくなっていた。

 

ルイズは顔を上げ、入口の方を見た。

 

閲覧机の生徒が一人、本を閉じて立ち上がる。

 

「そろそろ、出なくちゃ」

 

エメトセルクも、窓へ目を向けた。

 

「ああ。昼食まで抜くつもりはないのでな」

 

「午後の授業にも、間に合わせるのよ」

 

「もちろん」

 

ルイズは、開いていた本へ目を戻した。

 

もう一頁くらいなら、読める。

 

別の本を持ってくれば、違う例があるかもしれない。

 

だが、さっきもそう思って、頁を戻したのだった。

 

彼女は、ゆっくり本を閉じた。

 

机の上には、教科書と、借りてきた本と、紙が残った。

 

どれを開いても、これだと言える答えは見つからなかった。

 

「……ごめんなさい」

 

小さく言うと、エメトセルクの手が止まった。

 

「何に対してだね?」

 

「その文字のこと。ここなら、もう少し調べられると思っていたの」

 

ルイズは、紙の端を揃えた。

 

「わたしの方も、同じ説明ばかりで。ちゃんと読んだのに、どこがおかしいのか、結局わからなかったわ」

 

エメトセルクは、自分の紙を持ち上げた。

 

何箇所かに、本の題と頁が並んでいた。

 

「私も、まだわからん」

 

慰めるような言い方ではなかった。

 

ルイズは、その紙へ目をやった。

 

「……それでも、困らないの?」

 

「困るさ。勝手に加わる力を、知らないままで使いたいわけではない」

 

彼は左手を一度見てから、紙を机へ置いた。

 

「だが、一度探して見つからなかったことと、調べる意味がなかったことは、違うだろう」

 

ルイズは、自分の記録を見下ろした。

 

覚えていない、と書いた行がある。

 

昨日までは、書こうとも思わなかったことだった。

 

「わからないところが、前より増えた気がするわ」

 

「尋ねることが、少しはっきりしたのではないかね」

 

彼女は、すぐには頷かなかった。

 

爆発の原因がわからないことに、変わりはない。

 

今度、授業で指されたら、やはり怖いだろう。

 

「……もう一回、先生に聞くなら」

 

ルイズは、紙を指で押さえた。

 

「ただ、できませんって言うより、何を確かめたのか、話せるかもしれないわね」

 

エメトセルクは、短く頷いた。

 

「その方が、返事をする側も答えやすかろう」

 

「あなたにも、答えられないことはあるんでしょう?」

 

「今日、幾つ見た?」

 

ルイズは彼を睨みかけ、やめた。

 

代わりに、紙へ最後の言葉を書き足す。

 

教わった手順と、実際に起きたこと。

 

その間の、まだ説明できないところ。

 

書き終えてから、紙を畳んだ。

 

エメトセルクも、筆記を終えていた。

 

「それ、なくさないでね」

 

ルイズが言った。

 

「誰の調べ物を心配しているのかね」

 

「また同じ本を、最初から探すのは嫌だもの」

 

彼は、紙を丁寧に折った。

 

「次に来るときも、案内を頼めるということかな」

 

「……棚くらい、今ので覚えたでしょう」

 

「本は、まだ増えそうだが」

 

ルイズは鞄の留め金へ手を掛けた。

 

「わたしだって、続きを調べるのよ。ついでなら、いいわ」

 

エメトセルクの口元が、僅かに動いた。

 

「では、そのついでを当てにしよう」

 

*

 

本を元の棚へ返してから、二人は図書館を出た。

 

ルイズの鞄には、教科書と、書き足した紙だけが入っている。

 

重さは、来たときとほとんど変わらなかった。

 

廊下へ出ると、遠くから食器の触れ合う音が届いた。

 

彼女は、食堂へ向かう角を曲がった。

 

「急げば、食事もできるわ」

 

「急がせたのは、私ではあるまい?」

 

「あなたも、古い本を見たいって言ったでしょう」

 

「そうだったな」

 

エメトセルクは、何でもないことのように認めた。

 

ルイズは、その顔を見上げた。

 

本の記述が足りなければ戻り、自分が知らない言葉なら尋ねる。

 

昨日は、七体の人形を止めた男だった。

 

今日は、向かいで本を読み、何度も頁を戻していた。

 

「……あなた、昔からそんな性格なの?」

 

「どんな性格だ?」

 

「わかってるくせに」

 

「その尋ね方では、答える方も難儀するな」

 

ルイズは、目を細めた。

 

緑の高台で、白髪の男が、同じように呆れていた気がした。

 

けれど、夢の中で隣にいた人物は、その顔を見ても、少しも困っていなかった。

 

「何だね?」

 

エメトセルクに聞かれ、ルイズは前を向いた。

 

「別に。次は、もう少し時間を取らなくちゃと思っただけよ」

 

「それには、異存はない」

 

食堂へ続く廊下で、二人は別れた。

 

ルイズは入口の方へ、エメトセルクは厨房の方へ向かう。

 

午後の授業までに、また教室で落ち合うことになっていた。

 

彼女は歩きながら、鞄の留め金を確かめた。

 

昨日の紙を、捨てずに持ってきてよかった。

 

そう思ってから、少しだけ、指を離すのが遅れた。

 

*

 

午後の授業の前、キュルケは教室へ向かう廊下で足を緩めた。

 

少し先を、ルイズとエメトセルクが歩いている。

 

ルイズは鞄から覗いた紙を押し込み、男へ何かを言っていた。

 

「昼休みは、姿が見えなかったわね」

 

キュルケが言うと、隣のタバサは、抱えていた本から目を上げた。

 

「図書館」

 

「見たの?」

 

小さく頷く。

 

タバサは昼食の後、廊下の向こうから、二人が図書館を出るところを見かけていた。

 

キュルケは、先を行く男へ目を向けた。

 

「見せていただきたい魔法は、増えたのだけれど。こちらが聞きたいことばかり並べても、退屈させてしまいそうね」

 

昨日、炎が青銅の関節を焼いたところを思い出す。

 

火を広げず、必要な場所へ留めていた。

 

氷も、雷も使った。

 

だが、その使い分けを見たことと、本人が何を考えているかを知ることは、同じではない。

 

「今度は、何を調べているのか、聞いてみようかしら」

 

タバサの視線が、男の右手へ動いた。

 

昨日、その手に杖が現れたのは、人形が増えた後だった。戦いが終わると、光になって消えた。

 

必要になったときだけ、用意したもの。

 

その判断まで含めて、もう一度見たいと思った。

 

「……知りたいものが、ある」

 

「ええ。授業にも、あんなに律儀についてくるのですもの」

 

キュルケは笑った。

 

「ルイズが教えられることばかりとも、限らないでしょう?」

 

タバサは、返事の代わりに本を閉じた。

 

先で、ルイズが振り向きかけた。

 

キュルケは、いつもの笑顔を向ける。

 

少女の眉が寄ったが、隣の男に呼ばれ、また前へ顔を戻した。

 

教室の扉が開いた。

 

ルイズが先に入り、エメトセルクが続く。

 

キュルケも歩き出し、タバサがその隣へ並んだ。

 

窓から入った風が、ルイズの鞄から覗く紙の端を揺らした。

 

彼女はそれを押さえ、今度は、教科書の間へきちんと挟み直した。

 

*

 

午後の授業が終わる頃には、窓から入る光が、机の端へ移っていた。

 

ルイズは最後の一行を書き終え、ペンを置いた。

 

昼に折り畳んだ紙は、教科書の間にある。

 

授業中に開き直すことはしなかった。だが、教わった言葉のどれを後で調べようかと、余白へ印をつけたところがあった。

 

鞄を持って立つと、エメトセルクも壁際から離れた。

 

「戻るかね?」

 

「ええ」

 

二人が教室を出ていくのを見てから、キュルケは教科書を閉じた。

 

隣では、タバサが筆記用具をしまっている。

 

「少し、行ってくるわね」

 

少女が顔を上げた。

 

キュルケの視線の先を見て、小さく頷く。

 

「……彼?」

 

「ええ。今度は、授業も始まらないでしょう?」

 

タバサは、開け放した扉へ目を向けた。

 

昨日、杖を出す前にも、出した後にも、あの男は周囲の人垣を見ていた。

 

何ができるのかだけでなく、何をしようとしているのか。

 

尋ねてみたいことはあった。

 

ただ、キュルケの笑みには、それだけでは済まないものも混じっている。

 

「……本を返してくる」

 

タバサは、鞄とは別に抱えた一冊を示した。

 

「そう。あとでね」

 

キュルケは手を振った。

 

青髪の少女が図書館へ向かうのと別の方へ、赤い髪が揺れる。

 

廊下の人の間を抜け、彼女は長身の男へ追いついた。

 

「エメトセルク。今なら、お時間はあるかしら」

 

呼ばれて、男が足を止めた。

 

ルイズも振り返る。

 

その顔が、すぐに険しくなった。

 

「何よ、キュルケ」

 

「あら。あなたに聞いたのではないわ」

 

キュルケは、エメトセルクへ笑みを向けた。

 

「昨日、炎のお話を聞きたいと言ったでしょう。授業の前では、ゆっくり伺えなかったから」

 

「ここで使ってほしい、という話ではなかったな」

 

「ええ。それは覚えているわ」

 

返事を聞き、彼は歩き始めた。

 

キュルケが隣へ並ぶ。ルイズは反対側へ回り、鞄を抱え直した。

 

「ただ、魔法のお話の前に。今日は、図書館へいらしたのね」

 

エメトセルクの眉が、僅かに上がる。

 

「よく見ているな」

 

「タバサが、見かけたそうよ。どんな本をお探しだったの?」

 

「この土地の魔法について、だ。教室で聞けることばかりでもなさそうなのでね」

 

「あなたほど魔法を使えても?」

 

「自分で使える術と、知らない術は別だろう」

 

キュルケは、その返事を少し考えるように聞いた。

 

「だったら、わたしにも聞いてくださればよかったのに。昨日の炎なら、こちらもお話しできることがあるかもしれないわ」

 

「私の術が、お前の学んだものと同じとは限らんぞ」

 

「それは、見ていて思ったわ」

 

声が、少し変わった。

 

「わたしも火を使うけれど、あの人形へ向けるなら、まず広く焼こうとしたかもしれないもの。あなたは、関節のところへ留めていたでしょう」

 

エメトセルクが、彼女へ目を向けた。

 

キュルケは右手の指を軽く曲げた。杖を抜くことはせず、昨日の人形の脚の付け根があった辺りを示す。

 

「あれは、火を大きくするより、ずっと細かく気を配る使い方だったわ」

 

「動きを止めたかったのでな。ほかまで焼く必要はなかった」

 

「それを、氷と雷を使った後に、選べるのね」

 

「順に見ていたようだな」

 

「ええ。途中で目を離すのは、惜しかったもの」

 

キュルケが笑う。

 

ルイズは、横から二人を見た。

 

昨日、自分も見ていた。

 

だが、何から聞けばいいかわからなかった。

 

キュルケは、自分の得意な魔法と比べて尋ねている。

 

それが少し面白くなくて、ルイズは鞄の紐を持ち直した。

 

「見ていたのは、キュルケだけじゃないわよ」

 

「知っているわ。あなたも、すぐそばにいたものね」

 

軽く返され、ルイズの眉が寄った。

 

エメトセルクは、二人の間へ目を動かした。

 

「見物した順番まで、競う必要はあるまい」

 

「競ってなんか、いないわよ!」

 

キュルケは口元へ手を添えた。

 

笑いを収めると、また男を見上げる。

 

「でも、術だけのお話でもないの。六体も出てきたのに、ギーシュへは向けなかったでしょう」

 

「人形を止めれば、済む話だった」

 

「彼は、そう思えるほど落ち着いていなかったわね」

 

「ああ。だからといって、こちらまで付き合うことはない」

 

キュルケは、一度頷いた。

 

その返事に、得意げなところがなかった。

 

男の右手は、今は何も持っていない。

 

昨日、そこへ杖が現れたときのことを思い出し、彼女は尋ねた。

 

「ところで、あの杖は、いつも必要なときに出せるの?」

 

「持ち歩くより、都合がよいのでね」

 

「見慣れない形だったわ。故郷でお使いだったもの?」

 

ルイズは、男の顔へ目を向けた。

 

故郷の話へ、急に手が伸びたように思えた。

 

だが、エメトセルクの返事は、いつもと変わらなかった。

 

「こちらへ来てから、店で選んだものではないな」

 

「そうでしょうね。わたしも、あんな杖は初めて見たもの。どこで魔法を学んだのかも、気になるわ」

 

「一つの場所で、すべて教わったわけではない」

 

「では、ご自分でも?」

 

「長く使っていれば、覚えることも増える」

 

「……長く、ね」

 

キュルケは男の顔を眺めた。

 

年齢を尋ねかけて、少し首を傾ける。

 

「こちらが知りたいことばかり、増えてしまうわ」

 

「全部を、廊下で済ませようとは思わないことだ」

 

「ええ。だから、もう少し落ち着いてお話ししたいの」

 

女子寮へ続く入口が見えていた。

 

ルイズは、ここで別れるのだと思って歩く速さを変えた。

 

その横で、キュルケの声が少し低くなる。

 

「今夜、わたしの部屋へいらっしゃらない?」

 

ルイズが、足を止めた。

 

「ちょっと!」

 

キュルケは、彼女へ一度目を向けてから、エメトセルクを見た。

 

「お茶でも飲みながら、ゆっくり。教科書にあるお話だけでは、退屈でしょう?」

 

声も、笑みも、ただ魔法について知りたいというだけのものではなかった。

 

エメトセルクは、彼女を見下ろした。

 

「……随分と、手際よく予定を組むのだな」

 

「気に入った方とは、お話ししてみたいもの」

 

「そうか。それは、どうも」

 

彼は、僅かに顎を引いた。

 

「だが、今夜は遠慮しておこう」

 

キュルケの笑みが、一瞬だけ止まった。

 

「……あら」

 

「昼に調べたことを、もう少し整理したいのでね」

 

ルイズは、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 

自分が駄目だと言うより先に、本人が断った。

 

キュルケも、男の顔を見ていた。

 

困っている様子はない。

 

気を引こうとして、わざと待たせているという顔でもなかった。

 

「そのお話なら、わたしも聞いてみたかったけれど」

 

「自分で読み返す時間も、必要なのだよ」

 

少し間があった。

 

それから、キュルケは肩をすくめた。

 

「そう。なら、今夜は仕方ないわね」

 

「今夜だけのつもりなの?」

 

ルイズが口を挟んだ。

 

キュルケは、すぐに笑みを戻した。

 

「また誘っても、いいでしょう?」

 

問う先は、エメトセルクだった。

 

「誘うのは自由だ。返事も、その都度させてもらう」

 

「ええ。では、また」

 

ルイズは、何か言おうとして止まった。

 

「……わたしの使い魔だって、忘れないでよ」

 

「取るなんて、言っていないでしょう?」

 

キュルケが、面白そうに答える。

 

エメトセルクは、一度息を吐いた。

 

「そもそも、私は誰かに取られるようなものではないぞ」

 

二人の目が、同時に向いた。

 

キュルケが先に笑った。

 

「そうね。そこは、本人に伺わなくては」

 

「わかってるわよ!」

 

ルイズは言い返した。

 

その声を聞き、キュルケは軽く手を振る。

 

「それじゃあ、今日はここまでにするわ。お邪魔いたしました、ご主人様」

 

最後だけ、ルイズへ向けた声だった。

 

ルイズが睨むのを、彼女は笑って受け流した。

 

寮の中へ入り、自室へ向かう廊下の角で、赤い髪が見えなくなる。

 

ルイズは、しばらくその先を見ていた。

 

*

 

部屋へ戻ると、ルイズは鞄を机へ置いた。

 

留め金が、いつもより強く鳴った。

 

エメトセルクは窓際の椅子へ向かい、背へ掛けてある毛布を直してから腰を下ろした。

 

「……まったく。あの女は」

 

ルイズは、扉の方を見た。

 

「何でも、自分の都合で決めようとするんだから」

 

「断れば、引き下がったではないか」

 

「今日だけよ。ああいう言い方をして、また来るつもりなんだわ」

 

エメトセルクは、それには答えなかった。

 

代わりに、昼に書いた紙を取り出す。

 

ルイズは、椅子のそばまで来た。

 

「あのね。ツェルプストー家は、昔から――」

 

「その話は、初日に聞いた」

 

男が顔を上げた。

 

「だから、私の予定まで二人の勝負に含めないでもらいたいな」

 

ルイズは、口を閉じた。

 

それから、少し視線を逸らす。

 

「……あなたが、わたしの言うとおりにしないのは知ってるわよ」

 

「ならば、今の返事も私が決めたものとして、扱ってくれたまえ」

 

「わたしが行くなって言ったからじゃ、ないのね」

 

「ああ。私の意思まで、契約でお前のものになったわけではない。それは、覚えているだろう?」

 

「最初に、聞いたわ」

 

返事は、小さかった。

 

昼には、自分で本を選び、自分の調べたいことを読んでいた。

 

彼も、そうしていた。

 

夜に誰と話すかも、同じなのだろう。

 

理屈はわかる。

 

キュルケが隣で笑っていると、落ち着いてその理屈だけを考えられなくなるのだった。

 

「……でも、出かけるなら、先に言ってよ」

 

ルイズは、男へ目を戻した。

 

「どこにいるのか、わからなくなるのは困るもの」

 

「それは、話の通じる頼みだな」

 

「さっきまで、通じなかったみたいに言わないで」

 

エメトセルクは、口元を少し動かした。

 

彼女は机へ戻り、鞄を開いた。

 

教科書の角に引っ掛かった紙を、丁寧に抜き出す。

 

しばらくは、紙を広げる音だけがした。

 

「ルイズ」

 

窓際から呼ばれ、彼女は振り返った。

 

「この国では、魔法を帯びた道具は、どこで見られる?」

 

「道具?」

 

「ああ。授業で術を使うところだけでなく、普段どう使われているのかも見たい。武器なども含めて、だ」

 

ルイズは、彼の右手へ目を向けた。

 

今は、紙を持っている。

 

昨日は、あそこに大きな杖があった。

 

「あなたの杖とは、違うものを?」

 

「もちろん。この土地で作られたものを、見たいのでな」

 

「武器が足りないわけじゃ、ないのよね」

 

「昨日の後で、そう見えたかね?」

 

「……見えなかったわ」

 

少し悔しいほど、はっきり答えられた。

 

六体が増えても、彼は落ち着いていた。

 

氷も雷も炎も使い、自分の杖まで用意した。

 

剣を持たせれば、今より困らなくなるという話ではない。

 

「では、何を調べるの?」

 

「こちらの魔法を、物へどう働かせているのか。それが、使う者の手を離れても働くなら、なおさら気になる」

 

ルイズは少し考えた。

 

「魔法がかかった武器とか、特別な道具なら、王都にお店があるわ。全部の武器屋に置いてあるわけではないけど」

 

「王都か」

 

「王都トリスタニア。学院からも、買い物に出かけられるのよ」

 

「そこなら、実物を見られそうだな」

 

「ええ。授業のない日なら、行けるわよ」

 

言ってから、ルイズは机の上へ目を落とした。

 

今日の本には、載っていなかったことがある。

 

棚を変え、頁を戻して、それでも見つからなかった。

 

別の場所なら、別のものを確かめられる。

 

彼が今、考えているのは、そういうことなのだろう。

 

「……見に行ってみる?」

 

エメトセルクが、彼女を見た。

 

「案内してくれるのかね」

 

「次の虚無の曜日なら、授業がないから」

 

ルイズは、少し顎を上げた。

 

「わたしも買い物はあるし、道もわかるわ。あなた一人で、お店を探して歩くよりはいいでしょう」

 

「それは、ありがたいな」

 

返事は、思ったより素直だった。

 

ルイズは、机の本を閉じる。

 

「ただし、見るだけで何でも買えると思わないでね。魔法がかかったものは、高いんだから」

 

「店先から全部運び出すつもりはないぞ」

 

「念のためよ」

 

「図書館でも、同じことを言われたな」

 

ルイズは頬を膨らませかけた。

 

その前に、エメトセルクが続ける。

 

「実物を見て、何を尋ねればよいかを考えたい。買うかどうかは、それからだ」

 

「……そういうことなら、案内できるわ」

 

今度は、少し胸を張った。

 

学院の授業や本についても、自分が知ることはある。

 

だが、今日は、わからないところばかりを確かめた気もしていた。

 

王都の通りなら、歩いたことがある。

 

どこへ向かえば店があるかも、少しは教えてやれる。

 

「トリスタニアには、いろいろなお店があるのよ。あなたの知らないものも、きっとあるわ」

 

「それを、期待している」

 

エメトセルクは頷いた。

 

「では、次の虚無の曜日に。案内を頼むとしよう」

 

「ええ。約束よ」

 

ルイズは、はっきり答えた。

 

それから、慌てて付け足す。

 

「その前に、明日の授業もあるんだからね」

 

「私は、今から出発しようとは言っておらんが」

 

「そうじゃなくて!」

 

彼女は、机の上の教科書を並べ直した。

 

声はまだ強かったが、鞄を置いたときほど、手へ力は入っていなかった。

 

*

 

夕食を終えて寮へ戻る頃には、外は暗くなっていた。

 

キュルケは自室の扉を閉め、机へ本を置いた。

 

寝台のそばでは、フレイムが長い尾を動かしている。

 

近づいて頭を撫でると、暖かな鱗が指の下へ触れた。

 

「今夜は、予定が一つ減ってしまったわ」

 

言いながら、キュルケは笑った。

 

誘いを断られたとき、少しだけ意外だった。

 

男は、ルイズが何か言うのを待ってはいなかった。

 

返事に迷ってもいない。

 

自分の時間に何をするのか、もう決めていたのだ。

 

キュルケは、鏡の前で髪を肩の後ろへ払った。

 

知らない魔法を使いながら、こちらの魔法を知りたがる。

 

戦いが終われば、授業へ戻る。

 

昼休みには、図書館へも行く。

 

強い使い魔を呼んだと得意になっているルイズへ、いつものように一言返すだけでは、彼自身のことはあまりわからない。

 

次には、こちらが見せられるものを考えてみようか。

 

どんなものなら、あの金色の目が少し変わるのか。

 

「……面白い人ね」

 

フレイムが、彼女を見上げた。

 

キュルケはもう一度その頭を撫で、自分の本へ手を伸ばした。

 

*

 

ルイズの部屋では、エメトセルクが窓際の椅子で、昼の記録を読み返していた。

 

夕食の後、ルイズは机へ戻り、明日持っていく本を確かめている。

 

二つの月が、窓の向こうにあった。

 

室内では、燭台の火が紙の端を照らしている。

 

エメトセルクは、一冊ずつ書き留めた題へ目を通した。

 

使い魔契約についての一般的な説明。

 

刻まれる印の例。

 

古い伝承を引いた文章。

 

自分が知りたかったことへ、そのまま答えるものはなかった。

 

それでも、授業で見た術と比べるための言葉は増えた。

 

今度は、道具だ。

 

作る者と、使う者。

 

術を掛けたときだけ働くのか、後にも何かが残るのか。

 

品を見れば、少なくとも、本の文章とは違うところから尋ねられる。

 

「……ねえ。武器屋なら、平民の使う剣や槍も多いわよ」

 

ルイズが、教科書を鞄へ入れながら言った。

 

「魔法がかかっていないからって、見るのをやめないでね」

 

エメトセルクは顔を上げた。

 

「そのつもりはない。こちらの者が、何をどう使うのかも、知っておきたいのでな」

 

「ふうん。じゃあ、店で聞けばいいわね」

 

「必要なら、聞いてみるさ」

 

ルイズは、少し満足そうに頷いた。

 

錬金の教科書だけは、まだ机に残している。

 

彼女はそれを開き、昼に書き直した紙を横へ置いた。

 

エメトセルクも、自分の記録へ目を戻す。

 

左手の文字は、今は静かだった。

 

名称も、働く条件も、今日読んだ本からはわからない。

 

杖を使った術にまで加わったものを、馴染みのある理屈だけで済ませる気にはなれなかった。

 

彼は椅子から立ち、机へ記録を置いた。

 

インク壺のそばからペンを取り、紙の空いたところへ書き足す。

 

王都。道具を作る者、扱う者の話。

 

書いてから、僅かに口元を動かす。

 

休息を望んだ末に来た場所で、次に調べることを自分から増やしている。

 

まったく、厄介なことだった。

 

「……何?」

 

ルイズが顔を上げた。

 

「いや。案内役の都合を、当てにしているところだ」

 

「約束したでしょう。ちゃんと連れていくわよ」

 

「では、頼む」

 

少女は、すぐには本へ目を戻さなかった。

 

それから、小さく頷く。

 

「……任せておいて」

 

彼女が、昼に折った紙を開き直した。

 

机の反対側で、エメトセルクのペンも動き始める。

 

窓の外には、まだ知らない街へ続く夜があった。

 

第1章 第6話 完

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