ゼロの使い魔 ~星海より来たりし者~   作:すらはん

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第7話「意思を持つ魔剣」

虚無の曜日の朝、ルイズは鏡の前で襟元を直していた。

 

袖の端を整え、髪へ櫛を通す。

 

制服は、衣装箪笥の中に残してあった。今日は、王都へ出かけるための服を着ている。

 

腰のあたりへ手を添えてから、もう一度鏡を見る。

 

「……よし」

 

窓際で、紙を畳む音がした。

 

エメトセルクが、椅子から顔を上げていた。

 

「ずいぶん時間がかかるものだな」

 

「女の子の身支度には、時間がかかるのよ」

 

「そうか。では、あと一刻ほど待てばいいか?」

 

「もう終わったわよ!」

 

ルイズは振り返った。

 

男は、畳んだ紙をしまってから立ち上がる。

 

召喚されたときと同じ、黒を基調とした装束だった。

 

学院で何度も見たはずなのに、外へ連れ出すとなると、少し気になった。

 

「……あなた、その格好で行くつもり?」

 

「何か問題でも?」

 

「目立つじゃない」

 

「今さらだろう」

 

ルイズは、言い返しかけた。

 

確かに、服を変えたところで、この背丈まで隠せるわけではない。

 

廊下で振り返られるのも、もう珍しくなかった。

 

「……そうね」

 

彼女は鞄を手に取った。

 

中の財布を確かめる。何でも買ってやれるほど、入っているわけではない。

 

けれど、今日は、まず見に行くのだ。

 

次の休日に案内すると約束してから、何度か授業を受け、その日になった。

 

行き先を決め直す必要はなかった。

 

「行きましょう。馬も、用意してもらっているから」

 

「ああ。案内を頼もう」

 

エメトセルクが扉を開け、身体をずらした。

 

ルイズは先に廊下へ出た。

 

今日は、授業を告げる鐘が鳴らない。

 

階段の窓から、春の光が差していた。

 

*

 

厩舎のそばでは、二頭の馬が待っていた。

 

一頭は、ルイズが乗るための馬。

 

もう一頭は、骨太で、背の広い、大柄な馬だった。

 

手綱を持つ厩務員が、二人を認めて頭を下げる。

 

「ミス・ヴァリエール。ご用意できております」

 

「ありがとう。二頭とも、帰りまで借りるわ」

 

エメトセルクは、自分に用意された馬へ近づいた。

 

いきなり鞍へ手を掛けず、まず首のそばへ立つ。

 

馬が鼻先を動かした。

 

彼はその動きを待ってから、鞍の位置と腹帯へ目を向けた。

 

「こちらは、どうでしょう。大きめの鞍にしてありますが」

 

厩務員が尋ねる。

 

「ああ。少し、鐙を合わせさせてもらおう」

 

エメトセルクは、革の長さを確かめた。

 

隣で、ルイズが自分の馬へ跨がる。

 

彼も乗ると、長い脚が馬の脇へ下りた。

 

一度腰を落ち着け、鐙から足を外す。

 

ルイズは、笑いそうになった。

 

「……やっぱり、短かったのね」

 

「見ればわかるだろう」

 

「もう少し、小さくなれないの?」

 

「馬具を直す方が、よほど手間は少ないと思うが」

 

厩務員が、僅かに顔を伏せた。

 

笑ったのかもしれない。

 

ルイズは聞かなかったことにし、手綱を持ち直した。

 

エメトセルクは鐙を調整してもらい、足を入れ直す。鞍へ無理な力を掛けず、馬が一歩動くのを確かめた。

 

「これでよい。助かった」

 

「お気をつけて」

 

二人は、それぞれの馬を進めた。

 

並んだ蹄が、学院の敷地を横切っていく。

 

門を抜けるところで、ルイズが振り返った。

 

「まずは、この道をまっすぐよ」

 

「承知した」

 

大きな馬の歩調が、彼女の隣へ揃う。

 

二頭は、街道へ向かった。

 

*

 

キュルケが窓を開けたのは、部屋へ風を入れようと思ったからだった。

 

下では、休日に出かける生徒たちが歩いている。

 

その向こうで、馬の頭が動いた。

 

二頭。

 

片方へ乗っている桃色の髪を見つけ、彼女は窓枠へ手を置いた。

 

「……あら」

 

ルイズだった。

 

隣には、黒い装束の男がいる。

 

エメトセルクが、長い脚を鞍の下へ落ち着けていた。

 

二人は、門を出ていく。

 

「お出かけなのね」

 

キュルケは、身を少し乗り出した。

 

そんな予定を、ルイズから聞いてはいなかった。

 

もちろん、知らせてくれる間柄でもない。

 

だが、エメトセルクまで一緒に行くとなると、見送るだけでは少し惜しかった。

 

彼が自分から知りたいものは、何なのか。

 

先日、廊下で聞いた返事を思い出す。

 

ここでは見られない魔法か、珍しい品か。

 

それとも、ただルイズの買い物についていくだけなのか。

 

門の向こうへ、二頭の馬が小さくなっていく。

 

キュルケは、窓から離れた。

 

鏡の前で髪をひと撫でし、鞄を取る。

 

寝台のそばのフレイムが、頭を上げた。

 

「少し、行ってくるわ」

 

彼女はそう告げ、部屋を出た。

 

向かったのは、厩舎ではなかった。

 

タバサの部屋の前で、扉を叩く。

 

しばらく待ったが、返事はない。

 

「タバサ。わたしよ」

 

もう一度呼ぶと、ようやく中から短い声がした。

 

「……何?」

 

扉を開けると、少女は本を読んでいた。

 

窓の光が、青い髪と、開いた頁へ落ちている。

 

目だけをこちらへ向け、すぐに本へ戻した。

 

キュルケはそのそばへ進んだ。

 

「お願いがあるの。今、ルイズたちが出かけたところを見たのよ」

 

頁が、一枚めくられた。

 

「……たち?」

 

「エメトセルクと、馬に乗って。どこへ行くのかしらね」

 

「……知らない」

 

「ええ。わたしも、知らないの」

 

キュルケが笑うと、タバサの指が止まった。

 

顔が、僅かに上がる。

 

「それで、後を追ってみたいの。シルフィードに、乗せてもらえないかしら」

 

少女は、すぐには答えなかった。

 

本へ目を落とす。

 

指を添えていた行を読み終え、またキュルケを見た。

 

「……馬は?」

 

「今から用意していたら、離されてしまうでしょう。空からなら、道も見えるわ」

 

タバサは、少しだけ眉を動かした。

 

わかっている、という顔だった。

 

それでも、本は閉じない。

 

キュルケは、椅子の横で身を屈めた。

 

「授業もないし、少しだけ付き合って。彼、何に興味を持つのか、見てみたいのよ」

 

「……また、彼」

 

「気になるのよ」

 

返事に迷いはなかった。

 

タバサは、友人を見つめた。

 

キュルケは、自分がこういう顔をすると、簡単には諦めないことを知られていると思った。

 

だが、本を取り上げたりはしなかった。

 

少女が返事をするのを待つ。

 

やがて、タバサの目が窓へ動いた。

 

青い空。

 

風で揺れる木々。

 

それから、本へ戻った。

 

「……待って」

 

キュルケの顔が明るくなる。

 

タバサは、読んでいたところへ栞を挟んだ。

 

本を閉じて立ち上がり、鞄へ入れる。

 

「ありがとう、タバサ」

 

「……帰ったら、読む」

 

「ええ。邪魔はしないわ」

 

タバサは、一度だけ彼女を見た。

 

その目に、キュルケが小さく笑う。

 

少女は扉ではなく、窓へ向かった。

 

留め金を外して押し開くと、朝の風が部屋へ入ってくる。

 

タバサは外へ顔を向け、短く口笛を吹いた。

 

やがて、塔の外を青い影が横切った。

 

風竜のシルフィードだった。

 

*

 

タバサは、翼の動きを確かめて窓枠へ足を掛けた。

 

鞄を身体へ寄せ、そのまま外へ身を躍らせる。

 

キュルケも、ためらわず後へ続いた。

 

落下する二人の下へ、青い背が滑り込む。

 

シルフィードは二人を空中で受け止めると、大きく翼を動かした。

 

塔から離れながら、なめらかに高度を上げていく。

 

キュルケは背びれへ掴まり、身体を低くした。

 

隣では、タバサがいつもの顔で姿勢を整えている。

 

「……本当に、早いのね」

 

タバサは、街道へ目を向けた。

 

「……どっち?」

 

キュルケが、門から続く道を指した。

 

「あちらへ行ったわ」

 

タバサは、シルフィードの首へ手を添えた。

 

「馬二頭。この道」

 

風竜が、そちらへ首を向けた。

 

鼻先が少し上がる。

 

タバサは、その顔を見て付け足した。

 

「食べちゃダメ」

 

キュルケが、思わず笑った。

 

「見つけても、追いつきすぎない方がよさそうね」

 

タバサが頷き、使い魔へ告げる。

 

「……離れて、ついていって」

 

シルフィードは短く鳴いた。

 

建物の間では見えなかった道が、上からなら、畑と村の間を縫って続いている。

 

少し先に、二つの小さな影があった。

 

荷車ではない。

 

間を空けずに進む、二頭の馬。

 

シルフィードが、そちらへ首を向けた。

 

「……あれ」

 

タバサが指す。

 

片方の馬上に、黒い服が見えた。

 

キュルケは目を凝らし、笑みを浮かべた。

 

「見つけたわね」

 

高度を保ったまま、風竜が進む。

 

下の二頭へ影を落とすほど近づくことはせず、道の続く先から、その行く方を追った。

 

タバサは進む先を一度確かめると、鞄から本を取り出した。

 

背びれへ身体を預け、栞を抜いて頁を開く。

 

キュルケは、その横で街道へ目を戻した。

 

*

 

街道の両側には、畑が広がっていた。

 

春の風に、伸び始めた緑が揺れる。

 

農夫が腰を伸ばし、通り過ぎる騎馬へ顔を向けた。ルイズの服装を見て頭を下げる。

 

彼女が軽く頷くと、男は仕事へ戻った。

 

少し先では、荷車が道の端へ寄っていた。

 

車輪の脇を通る際、エメトセルクは馬の歩みを緩めた。

 

荷を押さえていた商人が、一度彼を見上げる。

 

驚いた顔をしたが、ルイズへ目を戻し、道を譲った。

 

「……荷を運ぶのは、いつもこの道なのか?」

 

エメトセルクが尋ねた。

 

「王都へ向かうなら、よく使うでしょうね。荷車も通れるもの」

 

ルイズは、前の道を見た。

 

「雨の後は、もう少し時間がかかるけど」

 

「この辺りの道を、直すのは?」

 

「領主の仕事よ。王都へ入るところは、王国の方でも面倒を見るでしょうけど……詳しくは、知らないわ」

 

彼は頷き、車輪の残した跡へ目を向けた。

 

大きな穴は、石や土で埋められている。

 

だが、どこも同じように整えられているわけではなかった。

 

「道ばかり見ていて、面白いの?」

 

ルイズが聞いた。

 

「人と荷が、どこを通るのかは気になる」

 

「武器屋への道が気になるの?」

 

「そちらは、お前を当てにしている」

 

「だったら、ちゃんとついてきてよ」

 

ルイズは少し胸を張った。

 

彼の視線が、畑へ戻る。

 

小さな集落。

 

働く人々。

 

遠くに見える風車。

 

学院の中で聞いた身分の違いが、こちらでは、別の形で見えていた。

 

「この国では、魔法を使わない者が、政務に関わることもあるのかね?」

 

「平民が?」

 

「ああ。商人の話を聞いたり、町の用事を取りまとめたりする者もいるのだろう?」

 

ルイズは、少し考えた。

 

「そういう仕事なら、いるわ。でも、領地や国を治めるのは、貴族よ」

 

「軍を率いるのも?」

 

「もちろん。メイジは、戦場でも大切な役目を持つんだから」

 

声には、いつもの誇りがあった。

 

エメトセルクは、その声を聞いてから、道の先へ目を向けた。

 

魔法の力を持つことと、人を率いる立場にあること。

 

学院でも見た結びつきが、この国の仕組みにも続いているらしい。

 

ただ、ルイズが知る範囲の説明だけで、国の隅々までわかったつもりにはなれない。

 

荷を運ぶ商人にも、畑を耕す者にも、それぞれ言い分はあるだろう。

 

「……昔の仕事の癖なの?」

 

ルイズが、ふと思い出したように尋ねた。

 

彼が、こちらを見る。

 

「何がだ?」

 

「人をまとめたりしていたって。そういうことも、見ていたのかしらと思って」

 

「座って報告を待つだけでは、わからないこともあるのでな」

 

「王都の武器屋へ行くのにも?」

 

「武器だけが、そこまで独りで歩いていくわけではあるまい?」

 

ルイズは荷車へ目を戻した。

 

布で覆われた荷が、ゆっくり揺れている。

 

「……あなたって、どこへ行っても調べ物になるのね」

 

「不満かね?」

 

「別に。たまには景色も、見ればいいと思っただけ」

 

「今、見ているとも」

 

ルイズは、少し呆れた顔をした。

 

男の口元が僅かに動く。

 

馬の歩調は、彼女から離れずにいた。

 

*

 

王都の城壁が見えた頃には、街道を行く人が増えていた。

 

塔と、その下に重なる屋根。

 

荷車が列を作り、旅人たちが道の脇を歩いている。

 

ルイズは、城壁を指した。

 

「見えてきたわ。トリスタニアよ」

 

エメトセルクは顔を上げた。

 

「ほう」

 

学院の塔とは、違う眺めだった。

 

人の声が重なり、門の方から、車輪の軋む音が届いてくる。

 

二人は馬の歩みを落とし、前を行く荷車の後ろへついた。

 

門のそばで、衛兵がルイズへ顔を向ける。

 

彼女が行き先と家名を告げると、相手の声が丁寧になった。

 

短いやり取りの後、二人は門を通った。

 

「……家名の効力は、大きいようだな」

 

エメトセルクが言う。

 

「ヴァリエール家は、公爵家なんだから」

 

ルイズは、少し誇らしげに答えた。

 

そこからは、人の流れへ注意を戻す。

 

「この先は、馬を預けて歩くわよ。道が狭いところもあるから」

 

「ああ。その方がよさそうだ」

 

門に近い預かり所で、二人はそれぞれ馬を下りた。

 

ルイズが帰りまでの預かりを頼む。

 

エメトセルクも、自分の馬の首へ手を置いてから、手綱を渡した。

 

二頭が奥へ引かれていくのを確かめ、彼女の隣へ戻る。

 

「では、案内を頼もうか」

 

ルイズは鞄を持ち直した。

 

「こっちよ」

 

通りには、店が並んでいた。

 

パンを焼く匂い。

 

革製品を掲げた店先。

 

客へ声を掛ける商人と、その声を避けるように歩く者。

 

エメトセルクは、道を塞がないよう歩きながら、ひとつずつ見ていた。

 

彼の服と背丈へ、振り返る目がある。

 

ルイズは、一度その様子を見てから、前へ出た。

 

「言ったでしょう。目立つって」

 

「お前の責任で、通行人へ説明して回る必要はないぞ」

 

「そんなこと、しないわよ」

 

彼女は、狭い路地へ曲がる前に、後ろを確かめた。

 

「武器屋は、この先」

 

人の流れが、少し薄くなる。

 

看板の下に、剣や槍の形が見えた。

 

エメトセルクの目が、そちらへ向く。

 

ルイズは、一軒の店の前で止まった。

 

古びた木の扉。

 

窓の向こうには、幾つもの武器が並んでいる。

 

「……ここよ」

 

男が、看板を見上げた。

 

「随分と、年季が入っているな」

 

「武器屋なんて、そんなものよ。ほら、入るわよ」

 

ルイズが扉へ手を掛ける。

 

軋んだ音がし、二人の姿が店内へ消えた。

 

*

 

少し離れた通りの角で、キュルケは足を止めた。

 

「……武器屋なのね」

 

タバサも、古い看板へ目を向ける。

 

二人は、王都の手前でシルフィードを下りていた。

 

道の先へ向かう馬二頭を空から確かめてから、街の外の、人通りを避けた場所へ下りたのだ。

 

門の近くへ歩いてきたとき、大きな馬を預ける男の姿が見えた。

 

そこからは、振り返られてもすぐ目に入らないよう、通りの向こう側を歩いてきた。

 

「何か、買うつもりなのかしら」

 

キュルケが言うと、タバサは小さく首を傾げた。

 

「……見るだけかも」

 

「そうね。今のところは、わからないわ」

 

キュルケは、扉の閉まった店を眺めた。

 

彼が武器を持たなければ困るとは、思えない。

 

杖も、自分で用意していた。

 

それでも、自分から覗きに行くものなら、気になる。

 

隣の店先へ視線を移し、キュルケは少し身を引いた。

 

「わたしたちも、後で見せていただきましょうか」

 

タバサが、彼女を見た。

 

「……待つ?」

 

「ええ。今、入ったら、ルイズが賑やかにしてくれるでしょう?」

 

タバサは、返事をしなかった。

 

ただ、通りを見渡し、店の扉が見える場所へ移った。

 

キュルケも、その隣へ並ぶ。

 

二人が何を見て出てくるのか。

 

それを確かめてからでも、遅くはなかった。

 

*

 

武器屋の扉が閉まると、通りの喧騒が幾分遠ざかった。

 

薄暗い店内には、鉄と革、それに古い木材の匂いが漂っている。壁には大小様々な剣が掛けられ、槍や斧が天井近くまで並べられていた。

 

磨き上げられた刀身がある一方、錆の浮いた古い武器も無造作に置かれている。

 

エメトセルクは店内を見渡しながら、ゆっくりと歩き始めた。

 

「……なるほど。随分と種類があるな」

 

「そうでしょう?」

 

ルイズは得意げに答えた。

 

「王都の武器屋なんだから、当然よ」

 

店の奥の帳場には、パイプをくわえた五十がらみの男がいた。

 

入ってきた二人を、胡散臭そうに眺める。

 

「……何かご用で?」

 

「剣を見に来たのよ」

 

ルイズが答えると、男は彼女へ目を戻した。

 

上等な仕立ての衣服と、その立ち居振る舞いに気づいたらしい。

 

パイプを口から離し、帳場から出てきたときには、商売人らしい笑みを浮かべていた。

 

「これはこれは、貴族のお嬢様で。何かお探しで?」

 

「剣を見せてもらいたいの」

 

「剣でございますか。もちろん、ございますとも!」

 

店主は愛想よく笑った。

 

だが、ルイズの後ろに立つエメトセルクを見上げた途端、その笑みが少し引きつった。

 

「……おやまあ」

 

視線が上へ、さらに上へと動く。

 

「こりゃまた、随分と大きなお連れ様で」

 

「この人はわたしの使い魔よ」

 

「使い魔?」

 

店主は目を丸くした。

 

「人間の使い魔とは、珍しいことで……」

 

「その話はもういいわ。それより、剣を見せてちょうだい」

 

「へ、へい!」

 

店主は慌てて棚へ向かった。

 

エメトセルクは、その様子を眺めながら口を開いた。

 

「先に断っておくが、私は武器を必要としているわけではない」

 

店主の動きが止まった。

 

「……へ?」

 

「この土地の武器や製造技術に興味があってな。特に、魔法的な性質を持つものがあれば見てみたい」

 

店主は一瞬困惑したものの、すぐに商売人らしい笑みを取り戻した。

 

「なるほど! それなら、とっておきがございますよ!」

 

店主が最初に持ち出したのは、立派な装飾を施された長剣だった。

 

革張りの鞘には金属細工が施され、柄には宝石が埋め込まれている。

 

「こちらは貴族の方にも人気の品でしてね。腕のいい職人が鍛えた上物でございます」

 

ルイズは剣を見つめた。

 

「綺麗ね」

 

「でしょう? お嬢様のお連れ様にも、よくお似合いかと」

 

エメトセルクは剣を受け取り、鞘から抜いた。

 

刀身が燭台の光を反射する。

 

彼は刃の形状と重心を確かめ、軽く角度を変えた。

 

「……ふむ」

 

「いかがです?」

 

「装飾は見事だ。だが、実用性という点では少々疑問が残るな」

 

店主の笑みが固まった。

 

「と、おっしゃいますと?」

 

「柄の装飾が握りを妨げる。重心も、見た目を優先しているように感じられる」

 

エメトセルクは剣を鞘へ戻した。

 

「儀礼用としてなら悪くないが、戦場へ持ち込むものではあるまい」

 

店主は目を瞬かせた。

 

「……お客さん、剣にお詳しいんで?」

 

「多少はな」

 

「へえ……」

 

店主は改めて男を見上げた。

 

ただの大男ではないらしい。

 

「でしたら、こちらはいかがでしょう」

 

今度は、装飾を抑えた実用的な剣を取り出した。

 

エメトセルクはそれも確かめた。

 

鍛造の痕跡。

 

刃の厚み。

 

握りの構造。

 

そして、魔法的な加工が施されているかどうか。

 

いくつかの剣を見比べた後、彼は店主へ尋ねた。

 

「魔法を施した武器はないのか?」

 

「もちろんございます。ただし、そちらはお値段が張りますぜ」

 

「構わん。見せてくれ」

 

店主は嬉しそうに頷いた。

 

「へい!」

 

奥の棚から取り出された剣は、それまでのものとは明らかに異なっていた。

 

刀身には細かな文様が刻まれ、柄には魔法的な加工を思わせる装飾がある。

 

エメトセルクは、それを慎重に観察した。

 

微弱ながら、周囲とは異なる力の性質が感じられる。

 

ただし、それが刀身そのものに由来するのか、刻まれた文様によるものなのかまでは判断できなかった。

 

「……興味深い」

 

店主は得意げに胸を張った。

 

「こちらは魔法の力が込められた品でしてね。普通の剣とは一味違います」

 

「具体的には?」

 

「刃の切れ味がよく、丈夫で、長持ちするという話でございます」

 

「という話?」

 

エメトセルクが問い返した。

 

店主は一瞬言葉に詰まった。

 

「い、いや、もちろん上等な品には違いありませんぜ!」

 

「そうか」

 

エメトセルクは剣を戻した。

 

「では、実際の性能を確かめるには、別の手段が必要というわけだな」

 

店主は苦笑した。

 

「いやはや、手厳しいお客さんだ」

 

その横で、ルイズは値札を見て顔を強張らせていた。

 

「……ちょっと」

 

「何だ?」

 

「これ、すごく高いわよ」

 

「そうだろうな」

 

「そうだろうな、じゃないわよ!」

 

ルイズは財布の中身を思い浮かべた。

 

公爵家の娘とはいえ、自由に使える金が無制限にあるわけではない。

 

しかも、エメトセルクは剣を必要としていない。

 

興味があるというだけで、これほど高価な品を買うのはためらわれた。

 

エメトセルクも、彼女の様子から事情を察した。

 

「買う必要はない。見せてもらえれば十分だ」

 

「でも……」

 

「必要のないものに大金を払うほど、私は物好きではないぞ」

 

ルイズは少しだけ安心した。

 

そのときだった。

 

『おいおい、何だい。随分と偉そうな客が来たもんだな』

 

突然、店の奥から声が響いた。

 

ルイズは振り返った。

 

「……え?」

 

店主も顔をしかめた。

 

「ああ、また始まりやがった」

 

エメトセルクは声のした方へ視線を向けた。

 

奥の棚には、古びた武器がいくつも積み重ねられている。

 

その中から、再び声がした。

 

『さっきから聞いてりゃ、あれが駄目だの、これが気に入らねえだの。ずいぶん注文の多い旦那じゃねえか』

 

ルイズは目を見開いた。

 

「だ、誰!?」

 

『ここだよ、ここ!』

 

声は、確かに武器の山から聞こえていた。

 

エメトセルクは棚へ近づいた。

 

そして、一本の古い剣へ目を留めた。

 

長い刀身。

 

錆の浮いた表面。

 

飾り気のない柄。

 

見た目だけなら、先ほどの剣とは比較にならないほど粗末な品だった。

 

「……ほう」

 

エメトセルクは、その剣を見下ろした。

 

「今、喋ったのはお前か?」

 

『おうよ!』

 

剣が答えた。

 

『やっと気づいたか、でっかい旦那!』

 

ルイズは思わず後ずさった。

 

「け、剣が喋った!?」

 

『見りゃわかるだろ、お嬢ちゃん』

 

「な、何よ、その言い方!」

 

『おっと、気の強いお嬢ちゃんだな!』

 

剣は愉快そうに喋り続けた。

 

店主は額に手を当てた。

 

「まったく……また余計なことを!」

 

エメトセルクは、古びた剣をじっと見つめていた。

 

驚きよりも、興味の方が勝っていた。

 

意思を持つ物品。

 

言葉による意思疎通。

 

そして、明らかに自発的な反応。

 

古代世界にも、創造魔法によって生み出された様々な存在がいた。

 

だが、目の前の剣がどのような原理で意思を持っているのかは、まだわからない。

 

「……面白い」

 

エメトセルクは手を伸ばした。

 

「少し調べさせてもらおうか」

 

『おいおい、旦那。いきなり何をする気だ?』

 

「別に分解するわけではない。安心しろ」

 

『……本当だろうな?』

 

「気になるなら、先に聞こう。持ち上げても構わんか?」

 

『先にそう言えよ。落とすんじゃねえぞ!』

 

エメトセルクは、左手で柄を握り、剣を持ち上げた。

 

その瞬間、左手の甲に刻まれた文字が、わずかに熱を帯びた。

 

「……?」

 

彼は動きを止めた。

 

だが、障壁や、決闘での魔法を使ったときとは、手応えが違った。

 

光もない。

 

魔法の出力が増大するような感覚もない。

 

ただ、微かな熱が一瞬だけ生じた。

 

剣を握ったこととの関係も、今の一度では判断できない。

 

「……ふむ」

 

エメトセルクは左手へ視線を向けた。

 

剣が声を上げた。

 

『……お?』

 

「何だ?」

 

『……旦那、あんた「使い手」か?』

 

「使い手、だと?」

 

剣は、言葉を探すようにしばらく黙った。

 

『そう思ったんだが……どうしてだか、うまく思い出せねえ』

 

「理由も説明できんのか」

 

『……悪かったな。まあ、細けえことは後だ!』

 

エメトセルクは、わずかに笑った。

 

「随分といい加減な奴だな」

 

『剣に細けえこと求めるなよ!』

 

「喋る剣が、それを言うか」

 

ルイズは二人のやり取りを呆然と眺めていた。

 

「……店主」

 

エメトセルクが声をかけた。

 

「こいつは何だ?」

 

店主は苦々しい顔をした。

 

「インテリジェンスソードでさあ。意思を持って喋る、珍しい剣でございます」

 

「インテリジェンスソード?」

 

ルイズが聞き返す。

 

「ええ。魔法の力で意思を持つ剣です。もっとも、こいつは口が悪くてねえ」

 

『うるせえな、親父!』

 

剣が反論した。

 

『客の前で悪口言うんじゃねえよ!』

 

「お前が余計なことを喋るからだろうが!」

 

店主は剣を睨みつけた。

 

エメトセルクは、そのやり取りを興味深そうに眺めていた。

 

少なくとも、単純な命令に従うだけの道具ではない。

 

相手の言葉を理解し、自分の判断で応答している。

 

「……お前、名前はあるのか?」

 

『おう!』

 

剣は得意げに答えた。

 

『デルフリンガーってんだ!』

 

「デルフリンガー、か」

 

エメトセルクはその名を繰り返した。

 

「随分と古い剣のようだな」

 

『まあな。長いこと生きてる……いや、剣だから生きてるってのも変か?』

 

「自分でもわからんのか?」

 

『細けえことは気にすんな!』

 

エメトセルクは小さく笑った。

 

「なるほど。お前の性格は大体わかった」

 

『おいおい、まだ会ったばっかりだろ!』

 

「それだけ喋れば十分だ」

 

デルフリンガーは一瞬黙った。

 

そして、愉快そうに笑うような声を上げた。

 

『ははっ! 旦那、なかなか面白えな!』

 

エメトセルクは剣の表面へ視線を落とした。

 

錆びた刀身。

 

古い柄。

 

そして、内部に感じられる微弱な魔法的な性質。

 

だが、その構造は単純ではなかった。

 

少なくとも、彼が知る一般的な魔法道具とは異なる。

 

「……店主」

 

「へい?」

 

「こいつは、いつからここにある?」

 

「さあ……随分と前からでございますね。詳しい来歴まではわかりませんが」

 

「製作者は?」

 

「それも、はっきりとは……」

 

エメトセルクは頷いた。

 

「そうか」

 

答えが得られないこと自体は、珍しくない。

 

むしろ、古い魔法道具ならば当然のことだった。

 

問題は、その価値をどう判断するかだ。

 

「……ルイズ」

 

「何よ?」

 

「こいつを買っても構わんか?」

 

ルイズは目を丸くした。

 

「……え?」

 

エメトセルクはデルフリンガーを持ち上げた。

 

「この剣だ。少々、興味がある」

 

「これを?」

 

ルイズは、錆びた刀身を見つめた。

 

先ほどの美しい剣とは、まるで違う。

 

見た目だけなら、古道具屋に置かれていてもおかしくない代物だった。

 

「……本当に、これでいいの?」

 

「ああ」

 

エメトセルクは頷いた。

 

「少なくとも、先ほどの剣よりは調べる価値がある」

 

デルフリンガーが声を上げた。

 

『おっ! 旦那、俺を買う気か!』

 

「値段次第だな」

 

『何だよ、けちくせえな!』

 

「価値を確かめずに金を払うほど愚かではないのでな」

 

ルイズは、二人の会話を聞きながら少し考えた。

 

確かに、エメトセルクは剣を必要としていない。

 

だが、この剣には興味を示している。

 

それならば。

 

「……店主」

 

ルイズは顔を上げた。

 

「この剣、いくらなの?」

 

店主は、待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。

 

「へい! そいつは珍しいインテリジェンスソードでございますからねえ……」

 

彼は少し考え、百エキューという値段を告げた。

 

ルイズは眉を寄せた。

 

「……高いわよ!」

 

「いやいや、お嬢様! 喋る剣なんて、そうそう手に入りませんぜ!」

 

「でも、こんなに錆びてるじゃない!」

 

『錆びてても喋るんだからいいだろ!』

 

デルフリンガーが口を挟んだ。

 

「お前は黙ってろ!」

 

店主が怒鳴る。

 

エメトセルクは、そのやり取りを静かに眺めていた。

 

そして、口を開いた。

 

「……店主」

 

「へい?」

 

「この剣が珍しいことは認めよう。だが、武器としての状態は良くない。しかも、来歴も製作者も不明だ」

 

店主は黙った。

 

「そのうえ、これほど口が悪い。普通の客なら敬遠するだろうな」

 

『おい、旦那!』

 

デルフリンガーが抗議した。

 

『本人の前で言うことかよ!』

 

「事実だろう?」

 

『ぐぬぬ……言い返せねえ!』

 

デルフリンガーの声に、店主が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「旦那、あんた商売人か何かかい?」

 

「似たようなことをしていた時期もある」

 

エメトセルクは平然と答えた。

 

「それで、どうする? このまま棚の奥で埃を被らせておくか、それとも適正な値段で引き取ってもらうか」

 

店主は腕を組んだ。

 

確かに、この喋る剣は長いこと売れ残っていた。

 

珍しい品ではある。

 

だが、見た目は悪く、口も悪い。客が興味を示しても、剣が余計なことを喋って台無しにしてしまう。

 

そのうえ、まともな武器として使えるかどうかも怪しい。

 

「……わかりましたよ」

 

店主は大きく息を吐いた。

 

「六十エキュー。それでどうです?」

 

ルイズは少し考えた。

 

決して安い買い物ではない。

 

だが、先ほど見せられた魔法の剣に比べれば、遥かに手が届きやすい値段だった。

 

「……もう少し安くならない?」

 

「お嬢様、勘弁してくださいよ! こっちだって商売なんですから!」

 

「でも、こんなに錆びてるのよ?」

 

「だから安くしてるんですって!」

 

二人のやり取りを聞きながら、エメトセルクはデルフリンガーを眺めていた。

 

「……お前自身はどうなんだ?」

 

『何がだい、旦那?』

 

「私についてくる気はあるのか、と聞いている」

 

デルフリンガーは一瞬黙った。

 

『……変なこと聞くんだな』

 

「意思があるのなら、本人の意向を聞くのが筋だろう」

 

『俺は剣だぜ?』

 

「それがどうした?」

 

デルフリンガーは、しばらく何も言わなかった。

 

やがて、少し調子を変えて答えた。

 

『……まあ、悪くねえな』

 

「ほう?」

 

『旦那、見た目は妙だし、言うことも難しくてよくわかんねえけどよ。少なくとも、退屈はしなさそうだ』

 

エメトセルクは薄く笑った。

 

「それはこちらの台詞だな」

 

『ははっ! 違えねえ!』

 

デルフリンガーは愉快そうに声を上げた。

 

ルイズは、そのやり取りを眺めていた。

 

目の前の男は、剣に対してまで対等に話しかけている。

 

普通なら、武器は使うものだ。

 

どれほど珍しい魔法の剣でも、持ち主が命令し、道具として扱う。

 

だが、エメトセルクは違った。

 

相手が喋るとわかった途端、その意思を確かめようとしている。

 

「……変なの」

 

ルイズは小さく呟いた。

 

しかし、不思議と嫌な気はしなかった。

 

結局、店主はさらに少しだけ値を下げた。

 

「五十五エキュー! これ以上は無理です!」

 

ルイズは財布を開き、中身を確かめた。

 

少し迷った末、顔を上げる。

 

「……いいわ。それで買う」

 

「へい! 毎度あり!」

 

店主は嬉しそうに手を差し出した。

 

ルイズは硬貨を数え、代金を支払った。

 

財布は随分と軽くなってしまったが、買えないほどではなかった。

 

店主はデルフリンガーを受け取り、帳場の台へ置いた。それから、古い鞘を探し始めた。

 

「こいつに合う鞘があったはずなんですがねえ……」

 

『おい、親父! ちゃんとしたのを寄越せよ!』

 

「うるせえ! 売れ残りのくせに注文が多いんだよ!」

 

『売れ残りって言うな!』

 

エメトセルクは、そのやり取りを聞きながら店内を見回した。

 

剣や槍。

 

盾。

 

そして、魔法的な加工を施された武器。

 

どれも興味深い。

 

だが、今はデルフリンガーの方が遥かに気になっていた。

 

意思を持つ剣。

 

その内部には、確かに何らかの魔法的な構造が存在している。

 

しかし、それがどのように意識を成立させているのかは、まだわからない。

 

「……おい、デルフリンガー」

 

『何だい、旦那?』

 

「お前、自分がいつ作られたか覚えているか?」

 

『さあなあ』

 

デルフリンガーは気のない声で答えた。

 

『随分と昔だった気はするんだが、はっきりしねえ』

 

「製作者については?」

 

『それも覚えてねえな』

 

「……なるほど」

 

エメトセルクは頷いた。

 

記憶の欠落。

 

あるいは、長い年月による情報の喪失。

 

どちらにせよ、興味深い現象だった。

 

『……旦那』

 

「何だ?」

 

『まさか、俺を調べるために買ったのか?』

 

「それ以外に何がある?」

 

『ひでえな!』

 

デルフリンガーは大げさに抗議した。

 

『せめて、俺の剣としての腕前に惚れたとか言ってくれよ!』

 

「錆びた刀身を見て、それを判断しろと?」

 

『……ぐっ!』

 

ルイズは、思わず吹き出した。

 

「ふふっ……!」

 

エメトセルクが振り返る。

 

「何がおかしい?」

 

「だって、あなたたち、なんだか似てるんだもの」

 

「……私と、これが?」

 

『おい、旦那! これって何だよ!』

 

デルフリンガーが抗議する。

 

ルイズは笑いながら答えた。

 

「どっちも口が悪くて、偉そうで、素直じゃないところ!」

 

エメトセルクは一瞬黙った。

 

そして、深々と息を吐いた。

 

「……まったく。随分な評価だな」

 

『はははっ! 旦那、言われてるぜ!』

 

「お前も含まれているんだが?」

 

『……あ』

 

ルイズはとうとう声を上げて笑った。

 

やがて、店主が鞘を持って戻ってきた。

 

「お待たせしました。これでどうでしょう?」

 

古びてはいるが、デルフリンガーを収めるには十分な鞘だった。

 

エメトセルクは剣を受け取り、ゆっくりと鞘へ入れた。

 

まだ、口元までは収めない。

 

「……ふむ」

 

『おいおい、旦那。もう少し丁寧に扱ってくれよ』

 

「十分丁寧だろう」

 

『そうかねえ?』

 

「しまっている間も、喋るのか?」

 

『口まで隠されちまったら、無理だよ。話すなら、そこんとこは出してくれ』

 

「承知した」

 

彼は最後まで静かに収めた。

 

かちりと音がして、剣は黙った。

 

エメトセルクは剣を腰へ下げようとして、少し考えた。

 

自分の体格なら、長剣を持ち歩くこと自体は難しくない。

 

だが、戦闘のために必要なわけではない。

 

それに、常に腰へ下げておく理由もなかった。

 

「……まあ、しばらくは持って歩くか」

 

彼は鞘を手に取った。

 

ルイズは、その姿を見上げた。

 

「……どう?」

 

「何がだ?」

 

「気に入った?」

 

エメトセルクは少し考えた。

 

そして、静かに答えた。

 

「少なくとも、退屈はしなさそうだ」

 

ルイズは満足そうに微笑んだ。

 

「だったら、よかったわ」

 

その言葉には、素直な喜びが混じっていた。

 

自分が選んだわけではない。

 

だが、自分が買った剣を、使い魔が気に入ってくれた。

 

それだけで、少し誇らしい気持ちになった。

 

「……ありがとう、ルイズ」

 

不意に、エメトセルクが言った。

 

ルイズは目を丸くした。

 

「……え?」

 

「代金を払ったのはお前だろう。礼くらいは言うさ」

 

「そ、そうよね!」

 

ルイズは慌てて胸を張った。

 

「主人なんだから、当然よ!」

 

エメトセルクは、それ以上何も言わなかった。

 

ただ、口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。

 

二人が武器屋を出ると、トリスタニアの通りには相変わらず多くの人々が行き交っていた。

 

ルイズは財布を鞄へしまい、満足そうに息を吐いた。

 

「……さて、次はどうする?」

 

エメトセルクが尋ねる。

 

「そうね。せっかく王都まで来たんだし、少し街を見て回りましょうか」

 

「構わん」

 

「でも、その前に……」

 

ルイズはデルフリンガーへ視線を向けた。

 

「その剣、重くない?」

 

「問題ない」

 

「本当に?」

 

「私の体格を見て、まだそんな心配をするのか?」

 

「だって、随分と長いんだもの」

 

鞘に収まった剣は、今は黙っている。

 

エメトセルクは一度その柄へ目を落とし、小さく笑った。

 

「歩きながらまで、あの調子で喋られても困るのでな」

 

「それは、そうね」

 

ルイズも、少し笑った。

 

二人と一本の剣は、王都の通りを歩き始めた。

 

その背後で、武器屋の扉がゆっくりと閉まった。

 

*

 

武器屋を離れた後、ルイズは自分の買い物を済ませた。

 

鞄へ小さな包みをしまい、また通りへ戻る。

 

エメトセルクは、露店の品へ目を向けていた。

 

金具を直す職人の手元。

 

並べられた刃物。

 

同じものでも、店によって仕上げが違う。

 

立ち止まるたびに説明を求めることはしなかったが、足を止めた理由は、ルイズにも少しわかるようになっていた。

 

彼女は、向かいの店から漂ってきた甘い匂いへ顔を向けた。

 

「……少し、休憩しない?」

 

エメトセルクが、彼女を見た。

 

「構わんが」

 

「あなたは平気そうだけど、わたしは疲れたわ」

 

「では、座れる場所を探すとしよう。帰りの馬に乗る体力まで、使い切られても困る」

 

「わかってるわよ」

 

通り沿いの小さな店で、二人は席を取った。

 

ルイズが腰を下ろし、ほっと息を吐く。

 

エメトセルクも、椅子へ長い脚を収めた。

 

デルフリンガーは、鞘に入れたまま、壁と椅子の間へ立てかける。

 

倒れないのを確かめてから、手を離した。

 

やがて、茶と焼き菓子が運ばれてきた。

 

ルイズは菓子へ手を伸ばし、途中で彼の方を見た。

 

「その椅子、狭くない?」

 

「今のところ、椅子の方も耐えてくれているようだ」

 

「壊さないでよ」

 

「私が望んで壊すと思っているのかね」

 

ルイズは、少しだけ笑った。

 

茶を一口飲む。

 

向かいでも、男が茶器を持ち上げた。

 

窓の外では、荷車が道を曲がろうとしていた。

 

手前の露店の品へ触れないよう、押す者が足を止める。

 

エメトセルクがそれを見ていると、ルイズもつられて目を向けた。

 

「また、難しいことを考えてるの?」

 

「曲がりきれるか、見ていただけだ」

 

「ふうん」

 

荷車は、少し戻ってから角を曲がった。

 

ルイズは茶器へ顔を戻す。

 

「たまには、普通に楽しめばいいのに」

 

「楽しんでいるとも」

 

エメトセルクは、平然と答えた。

 

その目が、足元の剣へ下りた。

 

彼は鞘を手元へ寄せ、口元が隠れなくなるところまで、静かに引き出した。

 

『……おう。やっと外かい』

 

「刃まで出すつもりはないぞ」

 

『見えてりゃ十分だよ。さっきから、いい匂いばかりしてやがる』

 

「剣に、食事は必要あるまい」

 

『そういう問題じゃねえんだって。旦那たちだけ楽しそうじゃ、つまらねえだろ』

 

ルイズは菓子を持つ手を止めた。

 

小さな声でも、剣から聞こえると、やはり変だった。

 

店の者が通り過ぎるのを待ち、顔を寄せる。

 

「……少し、静かにしてよね」

 

『はいはい。気の強いお嬢ちゃんだぜ』

 

「聞こえてるわよ」

 

エメトセルクは、二人の間へ目を動かした。

 

「何か、見ておきたいものでもあるのかね?」

 

『見てえもの、か。……そう言われると、すぐには浮かばねえな』

 

「以前の持ち主と、こうして街へ来たことは?」

 

デルフリンガーは、少し黙った。

 

『さあなあ。あったかもしれねえが、はっきりしねえ』

 

「そうか」

 

返事が終わる。

 

剣が、その先を待つように僅かな音を立てた。

 

『……それだけかい?』

 

「思い出せないものを、ここで急かしても仕方あるまい」

 

『旦那、本当に変わってんな』

 

「喋る剣に言われるとは、光栄だ」

 

デルフリンガーが、低く笑うような声を出した。

 

ルイズは、そのやり取りを聞きながら、菓子を一口食べた。

 

古い柄。

 

錆の残った、いまは鞘に隠れている刃。

 

買ったときの金額を、もう一度思い浮かべる。

 

安くしてもらったとはいえ、軽い買い物ではなかった。

 

「……ねえ」

 

エメトセルクが顔を上げた。

 

「本当に、その剣でよかった?」

 

「何だ。もう後悔しているのか?」

 

「違うわよ。ただ、もっと立派な剣の方が、よかったんじゃないかと思って」

 

彼は、手元へ視線を落とした。

 

「見た目の立派さと、物の価値は、必ずしも一致しない」

 

『おっ。旦那、俺の良さがわかってきたか!』

 

「ほかの剣と違い、随分と口数が多い」

 

『そっちかよ!』

 

ルイズは、思わず笑った。

 

エメトセルクも、僅かに口元を動かす。

 

「私は、この剣を選んだ。それで十分だろう」

 

ルイズは、一度彼を見た。

 

それから、デルフリンガーを見る。

 

自分が選んだものではなかった。

 

けれど、自分が支払った品を、この男は、ほかと比べて惜しんではいないらしい。

 

「……そうね」

 

彼女は頷いた。

 

デルフリンガーが、何か言おうと口を動かす。

 

エメトセルクが、先に尋ねた。

 

「しばらく、しまっていて構わんかね。茶を飲む間くらいは、静かにしていたい」

 

『へいへい。落とさねえでくれよ』

 

「ああ」

 

ゆっくりと鞘へ収める。

 

声が止んだ。

 

エメトセルクは剣を先ほどの場所へ戻し、茶器を取り直した。

 

ルイズも、残りの菓子へ手を伸ばす。

 

窓の外を行く人は、先ほどと入れ替わっていた。

 

足元には、買ったばかりの一本がある。

 

ルイズは一度そちらを見てから、今度は、もう何も尋ねなかった。

 

休憩を終えると、二人は店を出た。

 

エメトセルクはデルフリンガーを鞘に収めたまま携え、ルイズと門の近くへ戻る。

 

預けていた二頭の馬を引き取り、ルイズは自分の馬へ乗った。

 

エメトセルクも、大柄な馬の鞍の脇へ剣を固定する。

 

鞘が馬の脚へ触れないことを確かめ、鐙へ足を掛けた。

 

ルイズが手綱を整え、街道の先を見る。

 

二頭は並んで、学院へ続く道を歩き始めた。

 

*

 

ルイズとエメトセルクが武器屋を出た後、キュルケは、すぐには動かなかった。

 

古い鞘を持つ男と、その隣の少女が、通りを曲がるまで待つ。

 

こちらへ振り返ることはなかった。

 

「……買ったみたいね」

 

キュルケが言った。

 

タバサは、男の消えた角へ目を向けていた。

 

「武器が足りないようには、見えなかったけれど」

 

「……必要とは、限らない」

 

「ええ。使うためだけに選んだとは、限らないわね」

 

キュルケは、扉へ向かった。

 

追ってきた先が武器屋だったことも、古びた品を手に出てきたことも、少し意外だった。

 

ただ、そういう品へ関心があるなら。

 

こちらから見せてみたいものも、ここで見つかるかもしれない。

 

タバサを振り返る。

 

「入ってみましょう」

 

少女が頷いた。

 

二人は、同じ扉を押した。

 

鉄と革の匂いがする。

 

壁には剣や槍、棚には短剣と盾が並んでいた。

 

タバサは、歩ける幅を確かめてから中へ入る。

 

キュルケは、奥の帳場へ目を向けた。

 

「へい、いらっしゃい!」

 

帳場から店主が顔を出した。

 

そして、入ってきた二人を見るなり、商売人らしい笑みを浮かべた。

 

「おや、また貴族のお嬢様方で!」

 

「ごきげんよう」

 

キュルケは優雅に微笑んだ。

 

「さっき、大きな男の方がいらしたでしょう。どんな品を見ていらしたの?」

 

店主は、少し目を瞬かせた。

 

「お知り合いで?」

 

「ええ。武器にお詳しいようだから、何に興味を持たれたのかと思って」

 

「製法や、魔法を施したものについて、ずいぶんとお尋ねでしたよ」

 

「……なるほどね」

 

キュルケは、奥の棚へ目を向けた。

 

ただルイズの買い物を待っていただけではないらしい。

 

本人が、何を確かめていたのか。

 

先日、聞いてみたいと思ったことへ、少しだけ近づいた気がした。

 

「わたしたちにも、剣を見せていただけるかしら?」

 

「もちろんでございますとも!」

 

店主は揉み手をした。

 

「どのような剣をお探しで?」

 

「そうね……できれば、珍しい魔法のかかったものがいいわ」

 

「ほう!」

 

店主の目が輝いた。

 

「それでしたら、いくつか良い品がございますぜ!」

 

彼は早速、奥の棚へ向かった。

 

タバサはその間、店内を静かに見回していた。

 

磨き上げられた剣。

 

使い込まれた盾。

 

古い槍。

 

どれも、見た目だけでは価値を判断できない。

 

彼女は壁に掛けられた剣の一本へ目を留めた。

 

刃の形状は実用的だったが、装飾はほとんどない。

 

戦うための道具。

 

そういう印象を受ける剣だった。

 

一方、キュルケの関心は、店主が運んできた品物へ向けられていた。

 

「まずはこちらなど、いかがでしょう?」

 

店主が差し出したのは、装飾の施された長剣だった。

 

キュルケは鞘を眺めた。

 

「綺麗ね」

 

「でしょう? 貴族のお客様にも人気の品でございます」

 

「でも、普通の剣でしょう?」

 

「へ、へい。腕のいい職人が鍛えたものでして……」

 

「悪いけれど、もう少し特別なものが欲しいの」

 

キュルケは微笑みながら剣を返した。

 

店主は少し考えた。

 

「……でしたら」

 

彼は奥の棚へ戻った。

 

今度は、先ほどよりも慎重な手つきで、一振りの剣を取り出した。

 

「こちらはいかがでしょう?」

 

キュルケは、その剣へ目を向けた。

 

そして、わずかに眉を上げた。

 

「……あら」

 

それは、先ほどの剣とは明らかに違っていた。

 

鞘には丁寧な細工が施され、柄には美しい装飾がある。

 

ただ派手なだけではない。

 

全体の造りには統一感があり、細部まで手が掛けられていることが見て取れた。

 

店主は得意げに胸を張った。

 

「こいつは、とっておきでございます」

 

「へえ……」

 

キュルケは剣を受け取った。

 

鞘からゆっくりと抜く。

 

燭台の光を受け、刀身が静かに輝いた。

 

表面には細かな文様が刻まれている。

 

その線は単なる装飾にも見えたが、魔法的な加工を思わせる部分もあった。

 

「……これは?」

 

「ゲルマニアの錬金魔術師、シュペー卿が作った剣だと伝わっております」

 

キュルケの表情が変わった。

 

「シュペー卿?」

 

「へい。腕のいい錬金魔術師として知られる方でしてね」

 

店主は嬉しそうに説明を続けた。

 

「魔法の力が込められた上等な剣でございます。普通の剣とは切れ味も丈夫さも違う、という話でして」

 

キュルケは刀身を見つめた。

 

シュペー卿の名は、ゲルマニアの貴族である彼女にも聞き覚えがあった。

 

もっとも、目の前の品が本当にその人物の手によるものかどうかは、別の話だった。

 

「……本物なの?」

 

「もちろん、そのように仕入れ先から聞いております!」

 

「証明になるものは?」

 

店主は一瞬、言葉に詰まった。

 

「……いや、それが、正式な証書まではございませんで」

 

キュルケは小さく笑った。

 

「そう。じゃあ、あなたの説明を信用するしかないのね」

 

「へ、へい……」

 

店主は困ったように頭を掻いた。

 

そのとき、タバサが口を開いた。

 

「……見せて」

 

キュルケは剣を差し出した。

 

タバサは慎重に受け取り、刀身を眺めた。

 

刃の厚み。

 

柄の造り。

 

重心の位置。

 

そして、表面に刻まれた文様。

 

彼女はしばらく観察した後、剣を鞘へ戻した。

 

「……悪くない」

 

キュルケが微笑んだ。

 

「あなたがそう言うなら、なかなかの品なのね」

 

「……造りは」

 

タバサは短く付け加えた。

 

「魔法の性能は、わからない」

 

「そうね」

 

キュルケも頷いた。

 

店主の説明が正しいなら、価値のある剣だろう。

 

だが、実際の性能まで確かめたわけではない。

 

それでも。

 

キュルケは、もう一度その剣を見つめた。

 

「……気に入ったわ」

 

「ところで、お値段はいかほど?」

 

キュルケが尋ねると、店主は待ってましたとばかりに笑みを浮かべた。

 

「そちらは大変貴重な品でございますから……新金貨で四千五百でございます」

 

普通の剣とは比較にならないほど高い。

 

キュルケは少しだけ目を細めた。

 

「……随分と強気ね」

 

「いやいや、お嬢様! それだけの価値がある品でございます!」

 

キュルケは笑みを深め、帳場へ一歩近づいた。

 

「でも、そのお値段では、せっかく気に入ったのに諦めるしかないわ」

 

声を少し落とし、身を寄せるように剣を台へ置く。

 

甘い香りが近づき、店主の視線が刀身から彼女の顔へ移った。

 

キュルケは、その反応を見逃さなかった。

 

「もう少し、お勉強していただけないかしら?」

 

「……お嬢様方は、どうしてこうも手厳しいんでしょうねえ」

 

店主は思わず呟いた。

 

「……お嬢様方?」

 

キュルケが聞き返す。

 

店主は慌てて首を振った。

 

「い、いえ! こちらの話でございます!」

 

つい先ほども、別の貴族の少女と、その連れの大男に散々値切られたばかりだった。

 

今日はどうにも、値段交渉の厳しい客が続くらしい。

 

「……まあ、いいわ」

 

キュルケは剣へ視線を戻した。

 

「それで、いくらまで下げられるの?」

 

店主が値を下げるたび、彼女は困ったように眉を寄せ、それでも名残惜しげに柄へ指を添えた。

 

買う気のある客を帰すのは惜しい。店主は帳場の品と彼女の顔を交互に見ながら、何度も値を考え直した。

 

キュルケもすぐには頷かず、声を柔らかくして最後の一押しをする。

 

「新金貨で千なら、今ここで決められるのだけれど」

 

店主はしばらく考え込んだ。

 

キュルケは微笑んだまま待った。彼に心を寄せているのではない。相手が答えたくなる間を選んでいるだけだった。

 

「……新金貨で千。それでお引き取りください」

 

キュルケはそれを聞き、満足そうに頷いた。

 

「……そうね。それなら買うわ」

 

彼女は小切手を書き、帳場へ差し出した。

 

店主は金額を確かめて受け取った。

 

「へい! ありがとうございます!」

 

店主は顔を輝かせた。

 

「贈り物でございますか?」

 

「ええ」

 

キュルケは微笑んだ。

 

「ちょっと気になる人がいるの」

 

「ほう! それはそれは!」

 

店主は嬉しそうに頷いた。

 

「さぞお喜びになるでしょうな!」

 

「そうだといいんだけど」

 

キュルケは小さく笑った。

 

その声には、普段の彼女には珍しい、わずかな迷いが混じっていた。

 

店主が剣を整えている間、キュルケは手元の文様をもう一度眺めた。

 

本人が、どんな反応をするのか。

 

そう考えると、自然と笑みが浮かんだ。

 

タバサは、その様子を静かに眺めていた。

 

「……嬉しそう」

 

「そう見える?」

 

「……うん」

 

キュルケは肩をすくめた。

 

「だって、楽しみなんだもの」

 

「……断られるかもしれない」

 

タバサの言葉に、キュルケは一瞬黙った。

 

そして、くすりと笑った。

 

「そうね。あの人なら、平気で断りそう」

 

彼女は、先日のやり取りを思い出した。

 

誘いをかけても、簡単には応じなかった男。

 

こちらの言葉に動揺するどころか、皮肉を返してきた。

 

普通なら、少しくらい腹を立ててもおかしくない。

 

だが、不思議と嫌な気にはならなかった。

 

むしろ。

 

「……だから、面白いのよ」

 

キュルケは静かに答えた。

 

タバサは何も言わなかった。

 

ただ、友人の横顔を見つめていた。

 

やがて、店主が剣を整えて戻ってきた。

 

美しい鞘を傷つけないよう、布が巻いてある。

 

「へい、お待たせいたしました」

 

キュルケは受け取り、その重みを確かめた。

 

「ありがとう」

 

軽い買い物ではなかった。

 

だが、後悔はしていない。

 

タバサが、包みへ目を向ける。

 

「……渡すの?」

 

「ここで追いかけて、押しつけるつもりはないわ」

 

キュルケは笑った。

 

「あの人にも、予定がおありでしょうから。学院へ戻ってから、顔を見て聞いてみる」

 

「……そう」

 

タバサは、小さく頷いた。

 

キュルケは、包みを抱え直した。

 

先ほどタバサに言われたことは、覚えている。

 

この品も、自分で確かめてから返事をするのだろう。

 

少し見ただけで、手放しに褒める姿は、かえって想像しにくかった。

 

それでも、この文様へ目を向けたとき、何を言うのかは聞いてみたい。

 

「ルイズは、どんな顔をするかしら」

 

キュルケが言うと、タバサは彼女を見上げた。

 

「……怒る」

 

「でしょうね」

 

キュルケの口元が、楽しそうに動く。

 

タバサは、それを見てから、短く付け加えた。

 

「ほどほどに」

 

「ええ。まずは、受け取っていただけるかどうかよ」

 

二人は店主へ別れを告げ、武器屋を出た。

 

通りの光が、剣を包む布へ当たる。

 

キュルケは、その端を少し直した。

 

中にある柄と鞘の美しさは、もう確かめた。

 

造りについては、タバサの意見も聞いた。

 

だが、この品を見た男の返事は、まだどこにもなかった。

 

「……さて、エメトセルク」

 

キュルケは、腕の包みへ目を落とした。

 

「あなたは、どんな顔をしてくれるのかしら」

 

タバサが、隣で歩き始めた。

 

キュルケも、その後へ続く。

 

剣はまだ、布に包まれたまま、彼女の腕の中にあった。

 

二人は王都の外へ向かった。

 

往路に下りた、人通りの少ない場所では、シルフィードが待っていた。

 

タバサが近づき、首へ手を置く。

 

キュルケは剣の包みを抱え直してから、その後に続いて背へ乗った。

 

布の端を押さえ、片手で背びれへ掴まる。

 

タバサが学院の方へ顔を向けると、風竜は翼を広げた。

 

王都の屋根が遠ざかっていく。

 

まだ渡していない贈り物を携え、二人も学院への帰路についた。

 

第1章 第7話 完

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