ただし、人々を蝕む猛毒でもあるのだ。
小さな頃から...私と彼はいた。
組織時代からの『 』で...特別。
初めて...自身の感情を向けれた相手。
だが...私は過ちを犯し、彼は少しの間だが眠りについた。取り返しのつかないミスが...彼を襲った。
―――私のせいだ。
彼の意識が戻らない間、私はそれを紛らわす為にひたすら任務に打ち込んでいた。彼に合わす顔がなかった、いいや...これは言い訳に過ぎなかった。
意を決して病室入ろうとした。
でも...彼の班にいる少女からは貴方を決して許さないと...初めから敵意剥き出しを超え...殺意を向けられた。
結局...会えなかった。
私には...勇気がなかった。
そして...
数年後越しに...彼に出会った。
今にも...息絶えそうな姿で。
―――彼の虚ろな瞳が...私を見据えた。
その目を見てしまうと...瞳に映る自身と重ねた。過去の自分を見ているように見えてしまった。
生気のない瞳が私を射抜き...
ただ...ひたすら私を見据えていた。
―――過去の私にとって...生きるというのは
...まだ、死んでいないから生きている。
そんな理由...たったそれだけ。
未来なんてモノへの希望は一切なく、このホロウが蔓延る世界...打算と冷酷...血に塗れた世界に私はただ...存在していた。
物心がついた頃に死に別れた両親の顔も、私の記憶にはなく...自分自身の本名しか知ってはいない。
それしか...私は知らなかった。
幼少期の頃から組織に入り...与えられた皮肉を込められたコードネーム。
...シェーレ・グリーン
それがいつしか...今の私の本名となっていた。任務に就けば就くほど、自身の本名を忘れかけてしまう。
仕事には必要がない名でも...何故か忘れたくはなくて、忘れることは結局なかった。
―――どうせ、こんな仕事は長くは続かないと、自身でも理解しながらも、いつしか来る死を待っていた。
それでも...今も生きている。
...彼のお陰だ。
多くの名前...
それに適した人格と経歴。
空っぽだった私に入り込み...違う私を作った。空っぽな私にはそれがちょうど良かった。
―――壊れる前の彼は、任務以外だとお互いのことを本名で呼ぶようにしていた、私はそれに頷いた。
...イヴリン・シェヴァリエ
「
それが私だ。
本当の...
彼に呼ばれれば...呼ばれるほど、当時の私は嬉しくて...嬉しくて堪らなかった。
私は...彼に救われたんだ。
...どれほど、その言葉を願った。
何かが満たされる感覚...空っぽの器に何かが注ぎれるような...そんな感覚。
私の中で...
それが...初めての変化だった。
ターゲットを始末する殺伐とした日々の中、何か...私に変化が起きると。
考え方さえ...変わるとも思えた。
相棒となった彼が近くにいると何故か...安心感を覚えた自分がそこにはいた。
―――愛おしかったんだ。
...だが、彼の心は打ち砕かれてしまう。
彼が父のように慕った男が粛清され...
そして、それを知った彼の精神が擦り切れ...壊れてしまった。
私が彼に追いついた頃には既に...取り返しが付かなかった。
...全てが終わっていた。
...間に合わなかった。
...目の前に映る光景の惨状が全てを物語っていて、目を逸らさなければ吐きそうなほどに凄惨な光景が広がっていた。
―――彼は血に酔っていた。
―――彼は血に狂っていた。
―――彼は笑みを浮かべ、ただ...笑っていた。
―――彼は力なく、その場に立ち尽くしていた。口角を上げて笑いながら...狂気に満ちた姿。
―――瞳孔は崩れ、蕩けていた。
―――私はただひたすらに、頬に流れる涙を拭った。
血を浴び、残虐に殺し、人を殺し尽くしていた。血、臓物、原型を留めないほどに損傷した人であったであろう...肉片、血生臭い匂いが辺りに漂っていた。
まるで獣が人間を襲ったような...そんな惨状。人間なんかじゃない...上級エーテリアスなんて生温いほどの暴力性。
...吐きそうになった。
...常軌を逸していた。
アレは...私の知る彼じゃない。
あんな...人じゃない、違う、違うんだ!あんな事をする人なんかじゃない、そんなこと...
それでも、私の目の前には...
血に狂い...
血に酔った人間が存在していた。
彼は...
―――壊れてしまった。
そんな彼を...私は抱きしめた。
抱きしめて抱きしめて...抱きしめて、ただひたすらに...抱きしめた。
そんな中...脳内には警句が唱えられた。
逃げろ...と。
彼は人間の皮を被る...化け物だと。
それでも私は...
彼から離れる事を拒んだ。
そして...
彼の口から一言...発せられた。
「 」
理解出来なかった。
その言葉を...
私は、何も返せなかった。
...ごめんなさい。
その問いに。
―――答えれたのなら、私は...彼を救えたのだろうか。
彼は...傍にいてくれたのだろうか。
会えるのなら....私は必ず。
―――ちゃんと答えてみせる。
――――――――――――――――――――――
鈍く重い身体を引き摺り、先の見えない路地裏をただひたすらに...進んだ。
...血痕が付着する。
呼吸は乱れ...視界は歪む。
そして...限界を迎え、壁へと寄りかかるように背を預けた。次に...脚の感覚がなくなり背中を引き摺るようにアスファルトの地面へと座り込んだ。
「......眠い」
...瞼が重い。
...全身全てが...限界だと悲鳴を上げている。
斬り刻まれ...
刺され...肉は酷く裂け...
おびただしい血液が...自身から溢れ出る。
...視界が霞んで...輪郭がぼやけていく。
寝てはいけないのに...逆らえない。
―――そして、瞼をゆっくりと閉ざした。
―――何歳の頃だろうか。
物心が付く頃には...冷えた路地裏の壁に寄りかかっていた。
...傍には誰もいなかった。
―――誰も。
覚えていたのは自分自身の氏名だけ。
それだけは...何故か知っていたんだ。
時が経つに連れ...空腹が襲った。
―――けれど、何もなかった。
...胃に何かを入れないと死んでしまう。それだけは直感的に理解していた。
食べ物なんて...
そんな簡単に手に入る訳がなかった。
そして...
視界に映る野良犬の姿。
―――真似をした。
野良犬と同じくゴミを漁り、食えそうな
猛烈な悪臭が鼻を襲う。乱雑に破かれた袋からも溢れ出し、思わず吐きそうになった。
それでも手は決して止めず...食えるモノを必死に探した。
―――生きる為に。
ゴミから出てきたモノは到底...人が...人間が食べるモノではなかった。悪臭が漂い...脳が拒絶する、それでも喰らいついた。
―――空腹を満たせれば...どうでも良かった。
そして...吐いた。
何度も何度も腹を壊した。食べては吐き続け、表情は苦痛に満ちていた。
―――それでも辞める事はなかった。
普通なら辞める...けれど、そんな選択肢はなかった。今日を生き残る為に喰らいついては腹を下し...吐き続けたんだ。
腹を空かしたのならゴミの山から集め、それを喰らう日々を過ごした。
―――こんな日々を、耐えられる訳がない。
...平然と食べれる訳なんてないのに、何回も何回も続けてきた。気づけば目元は腫れ、涙が枯れる程...ひたすら泣いた。
―――弱音も、吐かずにはいられなかった。
ただひたすらに...弱音を吐いた。暗くて冷えた路地の中一人寂しくただ...ひたすら吐いて、なんでこんな目に遭うんだと...嘆いた。
―――寂しかった。
誰も...いなかったから。
物凄く...怖かった。
...意識が混濁する。
真っ暗な視界の中...一筋の温かみを感じた。
重たい瞼をゆっくりと微かに開き、温かみの正体を目撃した。
―――腹部には、手が添えられていた。
添えられた手はとても...美しかった。
けれど、手は血に穢れてしまい...本来の美しさを見出せてはいない。
―――微かに声が聞こえる。
「 」
何を言っているのか...分からない。
けど何故か...心は安らぎを得た。
―――彼女は綺麗で美しい手で...腹部の出血を圧迫し続ける。数分経過すると流れ出ていた血液は止み、これ以上彼女の手を穢すことはなくなった。
―――彼女は誰かに連絡を取った。
この場を去らなければならないのに...身体は言う事を聞いてはくれない。感謝を告げたいところだが...そんな悠長にしてる場合でもなかった。
―――再び...瞼は重くなり、閉じてしまった。
これ以上いたら...このままだと彼女が巻き込まれてしまう...のに。
――――――――――――――――――――――
―――罪を犯してしまった。
空腹に耐えることが出来なかった...遂に一線を越えてしまったんだ。
...理解していた。してはいけない行為だと頭で理解していたのに...魔が差した、楽な道へと逃げてしまった。
―――結果...手を伸ばしてしまった。
初めて口に入れる食べ物だった。鼻を塞ぎたくなるような匂いもせず、食欲を唆る匂いが漂った。
初めて...吐かずに済んだ。
悪臭も嫌な味もしない、胃から口へと逆流する事さえない...表情は苦痛に満ちず、その逆だった。
―――必死だった。
寝る場所さえも苦労した。常に硬いアスファルトの上での睡眠。到底...熟睡なんて出来なくて、そんな悠長な場所ではなかった。
冷えた突風が吹き、身体の感覚を麻痺らせた。足りない頭で解決しようと何度も試行錯誤を重ねて...ある物全てを使った。
敷いた段ボー ルの上に新聞紙を敷き、冷えた地面を出来るだけなくした。そして...残り僅かな新聞紙と段ボールを風除けにして日々を凌いだ。
―――嫌悪を抱いた。
こんな生活を送っていても...誰からも手を差し伸べてくれる人はいなかった。何よりこんな日々を過ごして尚...死ぬこともない自身に嫌悪を抱いてしまった。
自身が思うよりも身体は頑丈で、傷も痣さえも数日も経てば癒えてしまう。それ故に...今も死なず、地獄を生き抜いて来た。
生きてさえいれば希望はあると...こんな日々から抜け出せる日が訪れると...
―――信じていた。
...その日が来ると
―――そんな事を考えないと、自身が壊れてしまうからだと悟った。
...声が聞こえる。
...静寂の中、懐かしい声が聞こえた。本来なら聞こえる筈のない彼女の声。
朦朧とした意識と視界の中で確かに...彼女の姿を見たんだ。
―――幻覚なのかも知れない。
...はは、それでも良いと思えた。
誰も看取ってくれる人がいないのは寂しいと。幻覚でも...彼女がいるのは心強い...安心してしまう。
「 」
「 」
「 」
―――何も、聞こえない。
聞こえなくなってしまった。
...自身の鼓動だけはハッキリと聞こえる。それ以外...何も聞こえないんだ。
―――体が寒い...寂しい。
もう...一人になりたくない。
昔みたいに...
―――相当...時間が経った。
...髪も身長も何もかもが伸びた。
こんな生活を送っていると言うのに身体の成長は止まる事を知らない。
長く成長した髪が鬱陶しいが...髪を切るものなんてなく、仕方がないと割り切っていた。
―――生きる為の努力をした。
知識に関してはゴミ捨て場に捨てられてた雑誌や絵本で補った。漢字は読めない...それでもひらがなは読めるようになった。字は汚い...それでも簡単な漢字なら書けるまでに努力した。
―――理不尽に思えた。
雑誌や絵本を読み進めれば...この世界に理不尽を感じた。頼る宛も何もなく、一人で全て解決しないといけないのに。
紙の中にいる人たちは全てが揃っていた。親が存在して安全な場所で生きていける。
―――ディニーを欲した。
...お金が欲しかった。
だが、働かないとお金は貰えない。労働の対価として与えられる賃金が欲しかった。こんな自分でも誰かの為に働いて...賃金を得て、その得た賃金でお腹を満たしたいと初めて思えた。
見窄らしい子供が、身元不明の子供が、働ける場所なんて何処にもなかったのに。
...思ってしまった。
...空腹が何より嫌だったから。
―――人生の分岐点が訪れた。
...悪い大人との出会いだった。
...この出会いが人生の全てを変えると同時に、その手が血に染まることになった。
―――正当防衛だった。
「...おい」
...震えが止まらなかった。
...突然話しかけてきた大人に恐怖を抱いた。
...自分の手には赤い液体が付いていた。
...知らぬ、誰かが倒れていた。
...誰が、誰がそんな事を。
違う、違う...違う!違うんだ!
―――でも、アレは...正当防衛なんだ。
襲ってきたから...それを返り討ちにしただけで、ここまでやる気はなかったのに。
「...凄いじゃないか」
その大人は足で倒れている男を仰向けにして...状態を見ていた。
―――顔は不気味に笑っていた。
人と話したことなんて全くなかった。
それも...僕の目線を合わせて話しかけてくれる大人なんて...見たことがなかった。
「得物も使わずにか?」
俯きながらも...それに頷いた。
...大人は何故か笑った。
嬉しそうに...笑みを浮かべて。
―――そして、選択肢を提示した。
「行く宛はあるのか?ないならウチに来るといい...衣食住がある、力が手に入る...ディニーも稼げる」
―――明らかな動揺を大人に見せた。
魅力的な言葉が大人から発せられ...その提案は今の生活から脱せられる。
抜け出せるんだ...地べたを這う生活から。
...だからこそ、その選択肢を承諾した。
その日を境に...血に染まる運命を歩む事を決断した。そして案の定...連れて来られた場所はマトモな所ではなかった。
同じくらいの歳の子が何十人もそこにはいた、性別種族関係なく。
―――そして、
...決して楽な生活ではなかった。いつ死ぬからない訓練と任務、それと共に歳を重ねていく日々。
この組織では僕と同じ境遇の子や孤児院から来た奴らが集まり...耐えれない子から次々と遺体として消えて行く。
―――それほどに...過酷だった。
...そんな環境でも生き残った。
...だからこそ、今の自分が存在した。
...まるで洗脳だった。
感情と自我を無くし...言われた事を遂行した。同じ事をひたすらに繰り返して行く日々を送り、時期になくなって行く感覚。
数少ない生き残りと共に...歳を重ねながらも任務に仕え、生き抜いて来た。
―――強くなった。そして...味がしなくなってしまった、味覚がなくなってしまった。
...飯を食べても食べても
...こんなもの食い物なんかじゃない。
心を殺して来た...心が凍れば凍るほど、食い物の味はおかしくなった。美味いと思った飯もいつしか同じ血の味しかしなかった。
―――細やかな抵抗だった。
いつしか...下っ端ではなくなった。
...多少なりとも自ら請け負う任務を選べるようになった。欲に塗れた人間や人様に迷惑をかける奴だけ...殺すようになった。
―――あの大人のお陰だ。
あの大人は存外...優しい。
他の人と比べると自身でも分かるほどに滲み出ていた、余りにも...向いていないほどに。
...それに感化されたのか。
本来の自分自身へと戻って行く。
―――そして...枷を壊した。
...本来持つ自身の性質を発揮した。
...本当の自分を曝け出した。
―――壊し尽くすよりも...
嫌悪した自身の肉体が役に立つのは嬉しいんだ。どれだけ傷付こうと数日も経てば完治する肉体、刺され切り刻まれようと不屈の騎士の如く守る。昔から傷が治るのは早かった...だから死ななかった。
だからこそ、体を張って今まで過ごして来た。そして...明るく...陽気に振る舞い名を呼んだ、献身的に尽くして来た。
けど...
それも...長くは続かなかった。
―――あの大人が...粛清された。
居なくなったんだ。
方針に逆らったのが駄目だった。必要ないから消されたのだ、心の底から何かが込み上げてきた。
...初めて、始めて抱く
...その感情を曝け出すようにひたすら暴れ尽くした。
そして...考え方が変わった。
これ以上...誰も信用も信頼もしない。目の前に立つ者人間全てが敵だと。
守りたい者は全て安全な場所へと追いやった、ディニーも持てる権力も全て...何もかもを使える全てを使って。
その後は...怨みを晴らすように...何もかもを壊すように暴れ尽くした。
―――その結果が...このザマだ。
...結局数には勝てない。
...脱兎の如く逃げ出す結果へとなった。
行く宛も頼れる人さえも...もういない、誰一人...この世にはいないんだ。彼女は元気にしているだろうか...新しい人生を謳歌してくれてるのであれば幾分かは気分はいい。
邪魔はしたくはない...巻き込む気はなかったのに、本来なら歌姫のマネージャーとして新しい人生を謳歌している筈だろう...
なのに...
何故...
目の前立ってい...るんだ?
「イヴリ...ン?」