ただの人殺しなのは変わりない。
命令は絶対である...
守れない者には死しかない。
ただ、それだけ。
優しい声色に、落ち着く匂いがする人、でも...とても怖い人。
それが私が思う、"お姉様"に対する第一印象だった。
ここに来た理由。
ボスが、私を瓦礫の中から拾ってくれたから、私は...私は、生き残る事が出来たの。あのままだったらホロウに呑み込まれてたから、そして...お姉様と出会わせてくれた。
ボスはね、お姉様に対してこう言ったの。
「少しの間で良い、面倒を見てみろ」
ボスは多分、お姉様を信頼すると同時に...心の底から気に入ってたんだと思う。じゃなきゃ...あんな顔しないし、任せもしないと思うから。
お姉様の身なりの良さからして、ボスと近しいくらいには上の人だって、当時幼くとも理解出来た。
でも...
当時の私はお姉様が怖くて、ボスの裾を引っ張って離れたくないって弱弱しい抵抗をした。
それを見て...ボスが困った顔した。ボス、困らせたくない、...でも、離れたくない。
「少しいいかな」
首を少し傾ければお姉様の顔があった。
膝を地面に付けて、私と同じ視線に立ってくれた。
―――ボス、と同じ。
他の大人と違って、見下さずに...同じ目線に立ってくれる。
ボスと同じだから、信用、出来るのかな?
...
お姉様の瞳を、私は覗いた。
光を全く通さない瞳...それでも不気味なほどに綺麗で、無意識に...視線を奪われてしまう。
「ええと...大丈夫かな?」
私を、心配してくれた。お姉様が声を掛けてくれた。それでも...怖い、人。
「後で知ったんだがな、この子どうやら男に対して警戒心を人並みに以上に持っている。トラウマのようなものだ、俺はどうやら信用されたらしいが、だからな...お前は今日から―――
―――
「........は?」
「何か、変なことでも言ったか?」
ボスが言った言葉に、お姉様は呆けた。
お姉様の性別は男性の人だから、でも...ボスは女になれと
―――お姉様の返答は。
「おっさん...俺の性別は男だ。それなら他の...ええと、班にいる女性の誰かに面倒を頼めばいいと思うが...」
お姉様の初めて焦りを見せた、それでもボスは容赦なく言葉を続ける。
「お前は男だがな、俺の班の中ではお前が一番家事能力が飛び抜けて高いんだ。だからな...お前は女にもなれる、後...今晩の家事を頼もうか」
「それは流石に関係ないぞ、自分でやれそんくらい」
「命令だ。女になれ」
「............」
お姉様は、呆れたような視線をボスに向けた。それに対してボスは。
「俺は別に良いと思うが?なんせ...お前を拾った当時は、女だと思っていたんだぞ?」
「あれは髪が鬱陶しいくらい伸びていたからで、今は違う」
その間、私は置物みたいにずっと何も言わず、ずっーと待った。
―――そして...ボスはお姉様に落とし所を提示した。ひとまず、互い...落ち着いてくれた。
「まったく、なんて頑固な奴に育ってしまったんだか」
「おっさんも、人には言えないぞ?」
結局...ボスと、一緒に居れなかった。
その代わり、お姉様が私の面倒を見てくれる。お姉様は、ボスとはまたすぐにでも会えると言ってくれた。
お姉様が、私の視線の高さを合わせてくれる。やっぱり...ボスと同じ、さっきはボスの前だからする人じゃない、でも...ちょっと驚いた。
「すまない...その、怖がらせるつもりはないんだ。分かってくれるかな」
「はい、お姉様」
「...お、姉様...かぁ。不本意だけどそれで呼びたいなら構わないよ」
ボスは、この人をお姉様呼びすると良いって言ってくれた。お姉様には失礼だけど...髪がもう少し長かったらお姉様は女性に見えるから、私も...内心では安心する。
性別は男性の人なのに、外見はどちらともとれるから...不思議な人。
―――優しい人...なのは分かるけど、やっぱり怖い、人。
「お姉様?どこですか?」
同じ班の子に、お姉様が私を呼んでいたって教えてくれた。だから私は急いでお姉様の指定した場所まで来たの...でも、お姉様の姿は何処にも見当たらない。
「―――え...誰ですか?」
お姉様の変わりに...見知らぬ男性が一人、佇んでいた。そして...何も言わず私の腕を力強く強引に引っ張る。
腕を掴んで来た手を振り払おうと必死に何度も何度も抵抗した。...けれど、子供の力じゃ大の大人には勝てない。
―――怖い、怖いよ、助けて!お姉様、お姉様!
「お...姉様っっ!お姉様っ!」
お姉様じゃない人に、ボスじゃない人に触られたくない。ましてや知らない
―――何度も何度も、私はお姉様の名を呼び続ける。何があってもお姉様は来ないのに...
...怖かったから。
私の呼ぶ声が嫌だったのか、男は自身の手を...拳の形へと変え、私の頬に振るう。
地面に身体を這うような形で、私は倒れた。頬が痛くて...私が怖がっているから身体は強張って思うように動いてくれない。
―――早く逃げないと。
強張る身体を、私は無理矢理立たせる。でも...それ以上言う事を聞いてくれない。
―――男は私に近づいてくる。
でも、私の足は動いてくれない。
―――一歩、また一歩。
お願いだから!動いて、動いてよ!私!
―――一歩...そして最後の一歩と同時に...
遠心力を利用するように掲げられた拳が、...怖かった。
だから、目を閉じてしまった。
掲げた拳が、私目掛けて振り下ろされるのを静かに待った。けれども―――
「...........え?」
掲げられた拳が振り下ろされる事はなかった。いつまで経っても...一向に振るわれる事はなかった。その変わりに...覚えのある香りの温もりが私を包んでくれた。
「お姉...様?」
「これは...
閉ざした目を開ければ、お姉様が私を守るように...男との間に立っていた。
「いえっ、こ、これはっ......」
お姉様の声色がいつもより低くて、ボスと、私と、話している時とは...全く違くて怖かった。こんな声も出せるなんて...私は初めて知った。
「なあ、勿論...俺が納得出来る内容なんだよな?」
「.............」
「こんな...簡単な命令も聞けないのか?」
「いえっ、そのような事は!」
「なら話せ、何故話さない?早く、ほら...言えよ。これ以上苛立たせるな、二度も同じことを言わせるな」
「も、もうしわけ......」
男は震えていた。お姉様に対する恐怖心からか...上下にある歯同士が震えでぶつかり合い、静寂の空間でただ...音を鳴らす。
お姉様が来るまでは、あんなにも強気の姿勢で私を見下してのに、お姉様が来たら態度を一変とさせる男。そんな男に、私は........最低としか思えなかった。
―――だから
...でも、
...そんな人じゃないから、私は好きなの。
「...もういい、誰が謝罪しろと言った?するにしても相手は俺ではない」
「もう...いいよ。お前...いらない」
お姉様はそう言いながらも、私の方へと身体を向ける。そして...優しく私の両手を持って―――
「後ろを向いて...耳を両手でちゃんと押さえてて、出来る?」
その問いに、私は頷いた。
...お姉様は微笑みながらも、私の頭を慣れた手つきで撫でてくれる。
その間...
...私は何も聞こえなかった。
「い、嫌だ!し、死にたくn
―――いや、聞いては駄目だから。
...聞いちゃ...駄目。
数秒も経てば、お姉様は私が抑えていた手をゆっくりと退けてくれた。...でも、すぐにはお姉様の方へと振り返らない。だってお姉様との約束だから。
「よく出来ました」
そう言って、お姉様は後ろから私を抱きしめてくれた。私の心を安心させてくれる体温と香りに声がある。
「お姉...様、あの人は......」
その問いに、お姉様は―――
「見なくていいよ。簡単な命令も聞けない人間はここにはいらないから、ね」
お姉様は私の傍に立って、手を差し出してくれる。視線も私と同じにして―――
「手でも繋ぐ?」
「はい、お姉様」
差し出された手を、私は縋るように、強く、強く、握り締めた。やっぱり...お姉様の手はいつも温かい。
「...そうだね、午後からの訓練に関しては今日なしにしようかな。大丈夫...おっさんには伝えておくから」
「はい、お姉様」
「嗚呼、それとね...明日から班の子が何人か異動になると思うけど、大丈夫かな?」
「はい、お姉様」
異動...多分、私を騙した人達。お姉様はそれを許さない、お姉様がした...ボスがした命令じゃないから。
「帰ったらちゃんとお風呂に入って、髪もトリートメントするんだよ?」
「お姉様もその...一緒に入りませんか?」
「それは流石に...駄目かな?」
お姉様は、優しくて明るい人、でも...怖い人なのは変わりない。
傍から見たら、お姉様のしてる事は残酷な事だと思う。命令に従わないからって、いとも容易く...人の生命を殺めてしまう。
―――残酷な人。
...でも、それでも。
...お姉様があの男よりも。
...お姉様が、私を選んでくれた事が何よりも嬉しかった。
お姉様の為にもっと...頑張らないと。
お姉様がしてくれた恩義に報いないと。
相手を殺めてまで助けてくれるお姉様を慕わないなんて、私には絶対無理だから。
―――だから。
「私は、ボスとお姉様の命令を聞けない人なんて要らない。立場が悪くなるからって取り繕う人も大嫌い、私はお姉様と同じ」
「そうだね...俺も同じだよ。今日はどんなものが食べてみたいかな?」
「お姉様が作る物なら、何でも構いません」
「それが一番困るけど...子供に空気を読めなんて、野暮なことを言わないって前に言ったもんね。いい子だ」
...お姉様。
...だからお姉様、どうか私を傍にずっと...ずっーと置いて下さい。
お姉様の為なら...何でもします。
...置いて行かないで、もう...一人になりたくないですお姉様。
私にはもう...お姉様しかいません。ボスはもう...ですからお姉様、お姉様、お姉様、こんな手紙と...ディニーを残して―――
...置いて行かないで下さい。
...私はもう...お姉様しか見えてません。
...今更、表社会に帰っても、私は。
...こんな、こんな私にした責任―――
取って下さい...
取材をすると言う名目で、この場にいる記者とカメラマンの二人。
その記者から飛び出した下世話な質問に、彼女は内心...困惑しかなかった。
(ん、今日ってゴシップ雑誌の取材だったかしら?)
そんな視線を、マネージャー兼護衛である...騎士様に視線を向ける。カメラの死角に控えていたマネージャーが彼女と記者の間へと立ち塞がると同時に、記者に告げる。
「プライベートに関わる質問はご遠慮下さいと、事前に伝えたと思いますが?」
そう言われ、記者は引き下がると...思われた。しかし、しつこく...マネージャーの後ろにいる歌姫に先ほどと同じように又も下世話な質問を続ける。
困惑する歌姫、呆れた表情をするマネージャー。そして―――
「ヤオ様、シュバリエ様、この者は退室させてもよろしいですか?」
マネージャーと同じく、カメラの死角に控えていた男性が記者の前に立ち塞がる。目線を合わせて...長く、長く記者の目を至近距離で
見つめながら。
「私は決してこn―――「退室して下さい、二度は言いません...よろしいですね?」
記者が弁明しようと話すが、彼はそれを遮り...退室を促す。
その眼光は...
まるで...獲物を狩るような目付きで見つめ続ける。それに動揺したのか...記者が数歩後方へ下がり、カメラマンも釣られるように下がる。
―――一歩、一歩と、彼は記者との歩幅を狭める。そして扉の前まで後退させると扉を開け―――
「こちらですよ、ほら?カメラマンさんもこちらに」
「え、あ...はい」
彼に促されるまま...記者とカメラマンは部屋を退室する事になった。
―――扉が閉じる。
扉が閉じれば...安堵する溜め息がした。
「はぁ...ちょっと驚いちゃったわ」
「お嬢様、先ほどの記者には今後一切取材させないとNGを出しておく。それと出版社にもあの者の言動を言わなければな」
「やっぱり私、隠し事に関しては苦手ね」
「姫様、お茶です」
「ええ、ありがとう♪」
姫様...歌姫である彼女の名は...アストラ・ヤオ
「イヴリン、君の分もある、飲むか?」
「ああ、頂こう」
マネージャー兼騎士である彼女の名は、イヴリン・シュバリエ。彼女にも同じく、淹れたばかりの茶を差し出した。
―――彼は...アストラ・ヤオが雇う護衛であると同時に、イヴリン・シュバリエと同じ組織にいた男性。
アストラからしたら、どのような関係なのかはまだ...分からない。それでも...イヴリンが信頼するなら大丈夫ね♪と、内心では思うばかりのお人好しだ。
...野良犬のように、ゴミを漁った日々。
...生きる為に到底食えるものではないモノで...空腹で満たした。
...そして、罪を犯した。
...無実の人に対して、盗みを働いた。
...自身に、嫌悪を抱いた。
...正当防衛だった。
...初めて、人を殺めた。
...手の震えは決して、止まることがなかった。
...悪い、悪い大人が現れた。
...その光景を見て、不気味に笑っていた。
...悪い大人は、選択肢を僕に提示してくれた。
...あまりにもそれは、...魅力的だった。
...承諾した、血に染まる運命を受け入れた。
...案の定、マトモな場所じゃなかった。
...同じくらいの、歳の子供がいた。
...性別も、種族も関係なく集まった。
...そして、次々と耐えれずに死んでいった。
...歳を重ねると共に、強くなった。
...悪い大人、おっさんの言うことだけは。
...真面目に聞いた、そこまで悪くないから。
...多く、両手では到底数え切れかった。
...いつしか、手の震えは収まってしまった。
...善悪関係なく、慣れてしまったんだ。
...初めて、相棒が出来た。
...可愛かった、心は綺麗な人だった。
...関わって、自分らしさを取り戻せたのかも知れない。
...おっさんが子供を連れて来た、何人も。
...とりあえず面倒を見た、命令だから。
...大事な事と、大丈夫な事だけ、教えた。
...おっさんがいなくなった。
...粛清、されたんだ。いったい誰がそんな事を。
...考え方が変わった、だから、思いのままに実行した。
...何もかも、使える全てを利用した。
...守りたい者は全て、遠くに追いやった。
...まるで、怨みを晴らすように暴れ尽くした。
...その結果は、到底良いものではなかった。
...結局、逃げ出すことにした。
...数には勝てなかったから。
...意識が朦朧とした。
...誰かの腕が、腹部に押さえられた。
...綺麗だった、血に穢れるには勿体ない程に、穢れを知らない無垢の子のようにさえ...見えてしまった。
...朦朧とする意識の中で、覚えのある声。
...まさか、と思ってしまった。
...彼女が、居たんだ。
...もう、会えるなんて。
...思ってなかったのに、君はいたんだよ。
―――イヴリン。
「まだ熱いから、ふーふーして食べてね」
「〜♪」
...テーブルに置かれた皿。
...皿の上には、出来立てが添えられた。
...これは恐らく、炒飯だが少し...焦げている。
上機嫌に鼻歌を口遊む彼女は反対側のソファへと座る。
焦げているが、気にもせずにスプーンを手に取る。
炒飯を掬い上げ...そのまま口に運んだ。
ゆっくり...ゆっくりと噛んで味わった。
味なんて...とうの昔に味わえなくなったと言うのに、それでも...噛むことはやめなかった。
「どう...かしら?」
歌姫に聞かれ...て、俺は考えるよりも先に、すぐに出た言葉で...彼女の問いに答えた。
「...美味いよ。その...おかわりはある―――いや、ありますか?」
「ふふっ...、やっと笑ってくれたわね♪」
そう言われ...顔に手を触れる、少しだが...表情が何故か緩んでいた。
―――何故だ?
「それで...、これは...どう作ったんだ。具材は?調味料はいったい」
「そうね。なら...料理を作る時、一番欠かせないものって何かしら?」
―――そんなの、簡単だ。
「手順じゃないですか?」
歌姫は両手を前に出して、クロスした。どうやら...違うようだ。
「それなら...食材?」
「ぶっぶー...不正解よ♪正解はね―――
歌姫は手を...胸に置いてこっちに視線を向ける、顔は笑顔のままで...正解を教えてくれた。
―――正解は...気持ち」
「気持ち?」
「そう、気持ちなの。相手を想う気持ちが最高のスパイスになってくれるわ」
―――気づいてしまった。
(ああ...そうだったのか。だから今の彼女はあんなにも...)
―――あんなにも...幸せそうなんだな。
...彼女の夢は叶った。
...呼ばれる意味のある名前を。
...言って欲しい人に呼ばれた時の嬉しさを。
...お帰りを含めて、いつでも帰れる場所を彼女は...イヴリンは。
―――彼女は...叶えたのか。
「お嬢様!!」
アストラを呼ぶ声と共に、扉が蹴破られたと思わせるほどの勢いで開く。騎士様の手には消化器、何故か消化器を持ってきていた。
「あらイヴリン、早かったわね」
「お嬢様、火はお使いになられましたか!」
「ええ、使ったわよ?」
イヴリンはキッチンに消化器を抱えたまま向かう。僕は慌てる彼女の姿を見て思わず―――
「ふっ...はは」
―――思わず笑ってしまった。あんなにも慌ててる彼女を見るのは久しぶりなんだから。
...気づけば皿に添えられていた炒飯はなくなっていた。作り方を聞いた時、これはただの炒飯ではなくデタラメチャーハンなんて名前をした、デタラメな味がするモノだと知れたんだ。
月日が経った。
彼女の傍で、護衛として働くことになった頃。
「で、氏名はどうする?」
「何も考えてなかったよ、すまない」
何処にでもあるような喫茶店の中。
反対側の席に座るのは...ピンク髪にフードを被った女子高校生。彼女の着ている黒いパーカーには所々に雨マークが特徴的で、イヴリンと同じ...モデル体型の高身長。
―――彼女の名は"レイン"
...だが、それは本名ではない。
...レインとは昔から面識がある、面識があると言うよりかは...同じ組織に所属していたからこそ、互いに知っていると言うべきか。
「今はレインって名乗ってるんだよな?まあ...昔から雨が好きなのは知ってるが」
「うん、そうだね。だからレインって名乗ってるよ」
「そうか、なら安直に決めるべきか?」
「うーん...ゆっくり考えた方がいいよ、やっぱ名前って大事だからさ」
「なら、何か案はあるか?」
「それはないけど、ほら...今日は何もないと聞いたし、少しくらい貴方の事聞かせてよ」
「返答に困る話だな」
彼女、今ではレインと名乗っている。
レインのことを知ったのは、イヴリンが関係している。イヴリンとレインは同僚の関係で、彼女が前々から組織を抜けたいと、そんな事を密かに企んでいたのは知っていた。
レインは何よりも、
今回に関しても彼女は俺に恩があるのと同時に、イヴリンにも恩がある。それもまた...組織関連だ。
―――彼女は、レインはきっと...自由を望んでいたんだと俺は思う。
...普通の人間として生きたい。
...年相応に暮らしたいと。
...何にも縛られたくないと。
レインが組織を抜けようとしたタイミングは...イヴリンが抜けてからだった。イヴリンは組織の外側から、俺は知らぬふりをしながらも...組織の内側からレインの手助けをした。
手助けと言っても、追っ手の人員を減らす事しか出来なかったが...結果はご覧の通り。
―――彼女も、いつしか俺が守りたい者の一人だった。
イヴリンが気にかけていたからこそ、手を貸しただけなのだが。それが今、貸しとして返ってきてくるのだから...使うには今しかない。
―――彼女、レインには...これからも
「ありがとう、レイン」
「ふーん...」
「急に打切棒過ぎると思うんだが?」
「シゴロの才、女誑し」
「どういう意味だ?」
「それ、そういうとこだよ。昔からさ」
彼女は何故か...呆れたような声色で、返答を返されてしまったんだ。
―――彼女は思い出す。
彼がいた日々を、誘うように焚き付けても一向に来なかった彼の顔を浮かべて。
歩みを続けた。
辺りに散らばる光景を目に焼け付けながらも。手や足、胴体が...四肢が散らばっているのが当然のように。
既に息の根が止まっている肉塊は酷く損傷しているが...切断面だけは何故か、綺麗に切断されていた。
まるで...食材を切るように。
赤黒い液体が何度も...何度も繰り返すように地面に落ちる。水音が静寂となった空間をただ...満たし続ける。
―――空間に充満する。
肉塊からは内臓は爛れ落ち、生臭い吐潟物の酸っぱい臭いが今も、空気中を蔓延している。
慣れるしかない...いや、昔から慣れていた。
肉塊から溢れ出る赤黒い液体が血溜りとなり、地面へと広がり続ける。
歩めば血溜りと肉塊を踏み潰す音。鳴ればなるほど...この頃空間で起きた惨状の凄惨さを物語る。
そして...前方からも、酷い同じ音が響く。そして...声をかけた。
「...派手にやりましたね...ティーナさん。おっさn...いえ、班長にまた怒られてしまいますよ」
―――目の前に立つ彼女、血濡れの女。ティーナさん。
その言葉に対して...微笑みを返してくれる。同じ班に所属していて、五つ上のお姉さんであり先輩。
とても綺麗な顔立ちに、赤いドレスを身に纏う姿に視線を奪われそうになるが、この惨劇を作り出した張本人なのを忘れてしまいそうな程に...美しい。
「もう来たのね、お疲れ様」
「ティーナさんも、お疲れ様です」
互いに、労う言葉を交わす。
「ねぇ、この後時間はあるかしら?」
「いえ、この後も立て込んでいますので」
「つれないわねぇ...私はまだ満足してないのよ。身体も温まる前で終わってしまったもの」
「できれば、これ以上暴れないで下さると助かります」
「なら私の相手、してくれないかしら?」
そう言って、彼女は俺に近づいてくる。頬に返り血を付けたまま、まるで...獲物を逃さないように。
「とりあえず...拭いて下さい」
「あら、ありがとう」
ポケットに仕舞われたハンカチを取り出し、彼女に差し出す。彼女は差し出されたハンカチを受け取ると、頬に付いた血を拭き始めた。
そんな光景を見ながら、俺は一つ...ティーナさんに聞くことにした。
「全て...返り血なんですよね?」
「心配しなくてもいいわ。ええ、全部返り血よ。ふふっ...いつも通りでしょ?ねぇ」
つまらなそうに彼女は首を横に振る。身体が温まる程の相手ではないとは言えど、返り血で衣服は鮮やかに彩らているのだ。
そして...女性として大事な髪さえも気にもせず血に穢すティーナさんを、異常性を、おっさんは少なからず心配していた。
「拭き終えましたね、返して下さい」
「ねぇ、私が貴方を好きって言ったら...どんな反応をして、貴方はどう返してくれるのかしらね♪」
そう言って、彼女は幼子のような笑みを浮かべて両手を自身の後ろに回す。返り血を拭くために渡したハンカチ、それは今では彼女の物となろうとしていた。
(...これは、不味いな)
両手は後ろに回したまま、ティーナさんは俺を見つめ続ける。彼女の赤黒い瞳が俺の瞳を捉え―――まるで、何かを期待しているような熱視線を向けてきた。。
「そうですか...なら、班長に相談させて頂きます」
「あら、何か交渉でもしたらどうかしら?私...そこまで欲張りで、頑固じゃないのよ」
「なら、返して下さい」
「そう...ね、なら―――こうしましょ」
...彼女が動く。
このままじゃ...何か、ヤバイと直感的に感じてしまう。脳内でどうするべきか思考が交差する中、彼女...ティーナさんと密着してしまう程の距離に...いつの間にかいたんだ。
―――そして、彼女は問いかけてくる。
...瞳の奥に秘めているナニカを。その、何かが...静かにこちらを覗き込んでいた事をまだ知らなかった。
「突然...何をするのです...か?」
「いや...かしら?」
―――欲望も隠しもせず、獲物に喰らいつく。
彼女の手が、俺の腕を這うように巻き付ける。...まるで蛇のように、獲物を逃がさんと締め付ける。
彼女はわざとらしく自身の身体を当ててくる。ティーナさんから押し付けられたモノからは...柔らかい感触と体温の温かみを感じると同時に、鼻には先ほどの感触とは到底似合わない匂い―――血生臭い匂いが充満する。
「ねぇ、いいでしょ?」
「満足してないのはお察し...しますが、ここでするにはリスクがあります」
「ほんっと...つれない人、
「俺からしたらお褒めの言葉ですよ。心では...父のような人だと慕っていますので。似るのも必然です」
―――いつしか、彼女は彼を気に入っていた。
言葉遣いから振る舞い方...それは普通の人と変わりない。でも...そんな彼でも、私と同じで根本的なモノは変わらない。内側に秘めている残虐性を私は知っているのよ。
隠していても...いつかは曝け出さなければならない日は―――訪れるもの。
血と泥...汚物に塗れようとも、泥臭い執念を持つ彼の歩は止まらない、止められないの。眼前に立ち塞がる障害を殺戮し尽くす彼を見て...思わず興奮してしまった。
―――ギャップ萌え...してしまったの。
普段とは違う様子を見てしまって抑えきれなかったもの、早く彼に...貴方に逢いたいわ。
―――そして...思う存分、私と踊りましょう。
...ええ、大丈夫。私がリードしてあげるもの...その日が来るのが待ち遠しいわ。
―――その日まで私、我慢出来るかしら?
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