日常に疲れた男が、ある朝の出勤路で美味しそうなお蕎麦の話を聞いた。
そんな男の人生がほんの少し変わるかもしれない、そんなお話。
当作品は野上武志先生の『はるかリセット』(秋田書店/チャンピオンREDコミックス)の二次創作小説です。
本作品はフィクションであり、実在する人物、出来事、組織とは関係なく、またそれらを貶める意図は一切ありません。
歩道橋を渡る時、その上から眺める暁だけが、一日の中で見る唯一の太陽だ。
早朝とはいえ、ここ最近は長く続く熱帯夜のせいか、浴びせられる風は既に生温い。歩いて会社へと出勤する私の背には、じんわりと汗が染みだしていた。
幹線道路を跨ぐ歩道橋を渡り切れば、にわかに街が起き始める時間となる。遠くから響く始発のレール音。早起きな家庭の窓から漏れ聞こえるラジオの天気予報。朝餉の用意をしているのか、何か葉物をリズミカルに切るまな板の音。
じわりと騒がしくなり始めた住宅街を、私は疲れた顔をして歩いている。
くたびれた安物のスーツに、十分にアイロンをかけ切れていない、中途半端に皴の付いたワイシャツ。無精ヒゲだけは何とか処理したものの、飛び出した寝ぐせまでは気が回らない。そんな男。それが私だ。
不景気の中でもなんとか新卒で滑り込めた会社は、所々黒ずんだグレーな社風に満ち満ちていた。これまた世間一般の例にもれず、責任と労働基準法を遵守しようとする者から去っていくような。
そんな会社でも、日々食っていくにはしがみ付いて、嚙みついてならねばならなかった。例え暗いうちからの朝食が、ゼリー系飲料と頭痛薬をエナジードリンクで流し込むものだったとしてもだ。
かつてはこれにタールとニコチンも含まれていたのだが、財布の中身が灰に変わっていく様を見続けるうちに、虚しくなってやめてしまった。今では早朝の空気をわずかばかり味わうという生活ができているので、これはこれで僥倖だったのかもしれない。
駅へと続く道のアスファルトで革靴のソールを削っていると、近くの公園に続く横合いの路地、そこから出てきた二人の女性と鉢合わせた。
早朝のジョギングか散歩かは分からないが、動きやすそうな服装に身を包んでいる。額には汗が滲み、少しばかり乱れた髪の毛が貼り付いている。
一人はスラリとした長身。腰ほどまでに伸びた黒髪を一つに束ね、かぶっているキャップの後ろから出している。俗にポニーテールと呼ばれている髪型だ。薄く化粧の乗った顔は、どこか少女のようなあどけなさと共に、昔あこがれた年上の先輩を思わせる淑やかさか同居する、何とも魅力的なものであった。
もう一人は、
ミリタリー色の強いつば広の帽子――たしかブッシュハットと呼ばれているものだ――の片方を折るようにして被っており、日に光に反射してか、そこから飛び出ているブロンドの色をした髪の毛を光り輝かせている。何故かはわからないが、そう、その昔にテレビで見たことのある酒造のCM、そこに出てくる豊満な女性を模した河童を思い起こさせた。
一瞬見惚れかけたがハッと我に返り、どうぞどうぞと彼女らに道を譲る。ありがとうございますと、丁寧に会釈をしてくる二人に、私も反射的に頭を下げた。
細い道だ、彼女たちに道を譲れば必然的にその後をついていく事になる。幸い私の歩調と彼女たちの歩調はほとんど変わらず、道をふさがれて困ると言った事は無かった。
そんな後ろをついていく私の耳に、彼女たちの会話が聞こえてくる。どうやらこの後に食べる朝ごはんのメニューについてのようだ。
「はるか、朝からお蕎麦にするの?」
「そーなのマリコ。こんな暑い日にこそ、朝からざる蕎麦! そばっとあの喉越しを楽しみたいの! 」
「そばって……。まぁ朝にお蕎麦は健康にも美容にも良いらしいわよ?」
「ちなみにビールとか……」
「それはダメ。あんた、仕事が詰まっての息抜きって出てきたんでしょ」
ずいぶんと美味しそうな話をしている。あの冷ややかな喉越しを想像しただけで、無意識にごくりと喉が鳴った。
蕎麦、蕎麦か……。
私が蕎麦の味を覚えたのは、関東に上京してからだった。生まれも育ちも西国九州な私の故郷では、うどん屋はあっても蕎麦屋と言うものは、てんで見かける事は無い。
別に蕎麦を食べる風習が無い、と言えばそういうわけではないが、肉、キツネ、たぬき、その他諸々とメニューの大半をうどんに載せるトッピングばかりなわけで、どうしたって麺類の主役はうどん、次いで蕎麦といった意識が強くなる。
そんなわけでうどん屋へ行けばうどんを食べるものだろうと、幼いころからあまり蕎麦にふれることなく過ごしてきたわけだが、これが関東へ来るとなると話が変わる。
生まれ故郷とはすっかり反対で、ここ関東ではうどんと書かれた暖簾を探す方が至難だった。
関東への引っ越しもひと段落し、無事に入社式を終えた帰り道、どうしてもさっぱりとした麺類を食べたい口を慰めようと、観念して入った蕎麦屋。
そのメニュー表に、これまた地元とは逆の順番で書かれてあることにカルチャーショックを抱いたことを覚えている。
うどんを差し置いて、そこまで言うのならどんなもんだと頼んだざる蕎麦。九州の甘い醤油ベースのお澄ましにも似た出汁とは違い、関東の真っ黒な醤油辛いつけ汁にそっと浸してすすった麺は、なるほど麺の先を少し浸すだけで良いと言われている意味が分かった。
冷たい喉越しと、蕎麦本来の味に続いて濃い醤油の味が口いっぱいに広がる。しかしよく味わってみればその辛い奥底に効いた出汁の風味が鼻から抜けていく。
悪くない。どこか地元のプライドを捨てきれない私の感想はそれだった。つまりはとても美味しいという事だ。
だがそんな私でも、唯一どうしたものかと首をひねったものがある。それが……。
「はるか、せっかくお蕎麦に行くんだから、ビールじゃなくて蕎麦湯を満喫してみない? 家でもできる方法あるみたいよ」
「あ、良いかも。ざるで食べるこの時期にしかできない楽しみ方!」
そう、蕎麦湯。
ざる蕎麦を食べ終わり、立ち上がろうとしたテーブルに急須の様なものが運び込まれてきたのを思い出す。
番茶かと思い、お冷の空いた湯呑に注いでみれば、白く濁った液体が出てきて驚いたものだ。試しに一口すすってみれば、僅かに蕎麦の風味があるお湯である。
これをどうしろと。というのが真っ先に頭に出てきた感想だった。これはお茶の代わりなのか、それとも何かお吸い物的な意味があるのか、頭に疑問ばかりが浮かんだ。
店員さんへ聞くにも聞けず、湯呑に入れた分はグイっと飲み干したが、結局どうしてしまえばよかったのか分からぬまま店を出た。
家に帰って調べれば、出てきた急須は湯桶という名で、あれこそが名前だけは聞いたことのある蕎麦湯だったと分かった。ならば次こそはと思ったところで、
「マリコはどんな飲み方が好きなの? ストレート、つゆで割る方?」
「私はつゆで割る方ね。 薬味で
「わかるー。私も割る派! 私の場合はそもそもつゆに月見を落として溶いたものを蕎麦湯で割るの。まろやかになって美味しいの!」
ほぅ、そう言った楽しみ方もあるのか。そんな、どこかのグルメ漫画にでもありそうなリアクションを脳内でとってしまった。そもそも蕎麦つゆにそんな味変のバリエーションがあったのかと思う。
くぅ、と音が鳴った。私の腹からだ。
ただでさえ粗食どころかディストピア飯さながらの食生活だ。こんなにも美味しそうな飯の話を聞いてしまえば、それは腹の虫だって鳴くだろう。
道の先では、先に歩いていた二人がおかしそうに、だけどどこか恥ずかしそうにこちらを見返していた。私もたまらず恥ずかしくなり、目線を下にして少しばかり朱に染まった顔を隠した。
やがて彼女たちとは道が分かれ、彼女らは住宅街へ、私は駅前の商店街へと足を踏み入れる。いつもならば何も考えず、ルーチンワークの赴くままに歩いていた道だが、今日は違っていた。
食べものの事をあんなに考えたのは、いつ以来だろうか。ただ胃に詰めるというだけでなく、美味しく食べたいと思いながらご飯の事を考えたのは。
いつも通り、振り子のように出していた足が止まった。今まで休まず頑張ってきたけれど、果たしてこのままで良いのだろうか。そんな疑問が湧いて出てきた。食べるという当たり前の事すら考えていない様な、こんな生活を……。
精いっぱいだった生活に、疲弊に慣れきってしまっていた。いずれ破綻してしまうだろうと、どこか分かっていても、抜け出せなかったこの生活に、変化があってもいいのではないだろうか。
もっとこう、自分を労り、休ませて、リセットすることが出来る様な、そんな生活に。
ふと昔見たものを思い出す。蕎麦湯の事を調べた時だ。蕎麦にはその切れやすい性質から、苦労や悪縁を切る、との意味合いがあると。
いつもだったら立ち止まらずに過ぎ去っていた商店街の道すがら、いつもなら風と共に消え去るはずの香りが鼻腔を刺激した。
香しい、出汁の香り。
鰹節だろうか、みりんも加えてあるのかもしれない。香りの元をたどるように辺りを見回してみれば、年季の入った店構えが目に留まった。建付けの悪そうな、味のしみた色をした引き戸、その上に掲げられた、崩し字で書かれた蕎麦の二文字。
何年も通っている道に、こんな店があったのか。いつも背を丸めながら歩いていて気が付いていなかった。
再び、くぅ、と腹が鳴る。
ひとまず、難しい話は後にしよう。まずはこの腹の虫を治めない事には先へは進めなさそうだ。
意を決して道を外れた私は、年季の入った扉を開く。厨房に立つ、これまた店構えと同じように年季の入った男性がしわがれた声で出迎えてくれる。中からは外にもまして食欲をそそる香りが立ち込めていた。
「おやじさん、ざる蕎麦、一枚」