指定された時刻に三人が作戦室へ入ると、卓の周囲には既に人が集まっていた。
アーミヤとドーベルマン。その隣にはAceが立ち、向かい側ではScoutが端末を操作している。ニアールは入ってきた三人へ顔を上げて短く会釈をした。壁際にも幾人かの担当者がおり、中央の画面には都市の見取り図が映されていた。
ヴァレリウスも挨拶を簡潔に済ませ、示された位置へ立った。ハルデンがその右へ、クロウが左へ並ぶ。三人の姿を確かめたケルシーは手元の資料を閉じた。
「揃ったな。これからドクター救出作戦について説明する」
最初に示されたのは、救出対象となる人物についての情報であった。
ドクターは鉱石病の研究に携わり、かつて組織を支えた重要人物の一人である。指揮官としての能力も極めて高く、ロドスの活動を今後続けていく上でもその帰還には大きな意味があるという。
現在、その人物はウルサスの移動都市であるチェルノボーグにある石棺の中で眠っている。ロドスはそこへ人員を送り、ドクターを覚醒させて都市の外へ連れ出そうとしていた。
ただし、その説明だけで救出の困難さが分かるわけではなかった。
現地の情勢とロドスが動かせる人員、都市への進入と撤収に使える経路――それらが順に示されるにつれて三人の視線は救出対象の記録から地図へ移っていった。目的地へ到達して終わる作戦という訳ではなく、目覚めた直後の人物を抱えたまま往路と同じように動ける保証もない場所を抜けなければならないのだ。
ヴァレリウスは作戦全体の説明を求めた。そしてケルシーも、参加の返答を急がせることはしなかった。
既に決まっている配置については各部隊の指揮官が補足し、確認済みの情報と、なお現地で確かめなければならない事柄が分けて示された。アスタルテスの三人からは幾度も質問が出た。経路、通信、搬送、救出後の合流――それぞれの疑問に答え、必要な図面を呼び出しながら説明には相応の時間が費やされた。
やがて、都市の見取り図が検証結果の一覧へ切り替わる。
そこには色の異なる表示が幾列も並んでおり、ヴァレリウスがその意味を問う前にケルシーが数値を読み上げた。
「PRTSによる事前検証は167件。そのうち、ドクターの救出とチェルノボーグからの安全な撤退を達成したものは2件だ」
ハルデンの兜が僅かに上がった。
「……たった2件か」
「そうだ」
ケルシーの答える声は変わらなかった。
クロウは卓上の地図へ目を戻す。先ほどまで聞いていた配置と幾つかの経路をもう一度確かめている。ヴァレリウスは画面へ顔を向けたままだった。
「これは君たち三人の参加を前提にしていない。これまでのロドスの戦力と入手できた情報に基づく検証だ。君たちを加えた場合の結果として受け取らないでほしい」
ケルシーは表示の一部を拡大した。
「また、この数字をそのまま成功の確率として示すつもりもない。実際の状況が検証に用いた条件と一致する保証はないからだ」
「だが、現状の計画に余裕がないことは示している」
ヴァレリウスが言うと、彼女は頷いた。
「その通りだ。危険の大きい作戦であることを理解した上で、我々は君たちに助力を求めている」
室内にいた者たちは黙って聞いていた。
アーミヤは画面から目を逸らしていない。ドーベルマンは腕を組み、Aceは卓の端に片手を置いている。Scoutも端末を操作する手を止めていた。
ヴァレリウスはケルシーへ向き直った。
「……これほどの危険を冒してでも其の一人を連れ戻す。それに見合うだけの価値がその人物にあると、汝は判断しているのだな」
「ある」
間を置かない返答だった。
「先ほど述べた重要性だけではその全てを説明したことにはならない。だが、我々はドクターを救出する必要がある」
「……それ以上は話せぬか」
「この場で明かせることには限りがある。それを含めて君たち自身に判断してもらう。これは我々ロドスからの要請だ」
ケルシーは彼を見たまま言い、ヴァレリウスは黙った。
彼がこの艦で見てきた者たちはただ損耗を知らずに勇ましい言葉を口にする者ばかりではなかった。負傷者の搬送に何人が要るかを数え、訓練で動けなくなった者を休ませ、食料と薬の不足を気にかけていた。その者たちが、今はこの結果を前にして席を離れずにいる。
無論、それだけで救出対象についての不明な事柄が埋まるわけではない。
だが、自分たちを加えた配置はまだ決まっていなかった。二つしか通らなかった計画をそのまま引き受ける理由は無く、寧ろこれから使える手を増やす余地がある。護衛と撤退のために役立てられる技能ならば彼には長く積み重ねてきたものがあった。
彼は左右の同胞を一度ずつ見た。それからケルシーへ視線を戻す。
「……私はロドスの要請を受諾する。ドクターの救出と護送に力を貸そう」
アーミヤの肩が僅かに動いた。
「ありがとうございます、ヴァレリウスさん」
「礼は連れ帰ってからでよい」
彼は二人へ顔を向けた。
「ハルデン、クロウ。汝らの意思も聞こう」
「……私も参加する」
ハルデンが答えた。
「ただし、護送する者が増えるならば現状の退路をもう一度検討したい。守備位置と退却順序についても各隊と詰める必要がある」
「こちらも同意する。現地で確認が必要な箇所を、突入する者たちが来るまで残しておきたくはない。先に入れる人員の編成と通信の準備について協議したい」
クロウが続け、Scoutが僅かに顔を上げた。
「その話なら俺も加わらせてくれ。調べる場所を増やすなら、こちらで既に確認しているものも渡そう」
ケルシーは三人の返答を聞き終え、頷いた。
「……感謝する。君たちの提案はこれから各隊の担当者と検討する。作戦全体の目的とロドスの交戦規定は共有した通りだ。その範囲で配置と手順を調整しよう」
「承知した」
ヴァレリウスが答えると、ドーベルマンが地図を卓上へ戻した。
「では、まず護送時の編成からだな。ドクターが自力で移動できない想定も含めて確認しよう」
「運ぶ者が両手を使うなら、その前と後ろを誰が受け持つかもな」
Aceが付け加える。ニアールは地図の一点を指した。
「合流する場所にも余裕が欲しい。搬送を続けながら部隊を入れ替えることになるなら、ここは些か狭すぎる」
ヴァレリウスはその指先を追った。ハルデンが卓へ一歩近づき、クロウはScoutから渡された端末の図面を覗き込む。
検証結果の画面は脇へ移された。
その数値は記録に残ったまま、卓上には新たな線が引かれ始めた。
協議はその夜だけでは終わらなかった。
数日にわたり部隊ごとの相談と合同での確認が重ねられ、三人の担当が定まっていった。
ヴァレリウスはアーミヤとドーベルマンの小隊に同行する。ドクターを救出する部隊の近くで行動し、覚醒後の状態に応じて搬送と護衛を補助する役目であった。彼の盾と身体で遮れる範囲や狭い場所で味方を通す際の位置取りも含め、実際にオペレーター達と情報の摺り合わせが行われた。
ハルデンは協力員兼軍事顧問としてAce小隊と行動隊E2の連携に加わることになった。護送の援護、進路を脅かす敵への対処、各隊が通過する間の防御を担う。ただし彼が小隊の指揮を取り替えるという訳ではなく、あくまで協力者として現地で必要な助言を行い、自らも防御の一角を受け持つ配置であるということだ。
そして、ハルデンとAce達は既に任務を共にしていたため、装備や合図を一から確かめる必要はなかった。無論、都市の中で護送隊を守るとなれば話は変わる。後続の部隊との合流地点や守備位置などの確認や予備プランの策定が幾度も地図を広げて確認されることとなった。
クロウはScout小隊と後方で通信・情報支援に当たるレイディアン隊に協力する。現地の偵察と情報収集に加えて敵の通信状況の把握や、必要な局面での妨害を担当することになった。帝国規格の装備だけで現地の通信へ接続できるわけではないため、レイディアンや技術部門との調整も進められることになる。
そして、三人からは既存の計画に対する指摘も幾つも出た。
複数の隊が同じ経路を同時に使えなくなった場合の迂回ルートや安全性が不確定な通路、連絡が途絶えた際に各隊が判断を揃えるための条件など。更には地図上では繋がっていても現地で使える保証のない道をどの段階で確かめるか、という問題もあった。
こうした、長い戦闘経験を持つアスタルテスの助言は勿論、従来の人数では確認と確保を兼ねる必要があった場所に新たな人員を回せるようになったことは、ロドスにとって大きい利点となった。守備に割く戦力が増えれば通過を急ぐだけだった場所で後続を待つ余裕ができる。偵察に先行する者が増えれば、本隊が進入する前に経路を選び直すこともできるという訳だ。
彼等の戦術面での助言の結果、ドクター護送と部隊の撤退の経路には修正が加えられ、突入前に行う調査と準備も増加した。作戦上の戦術的欠落と、必要性は理解されていても人員不足から妥協されていた点が順に補われていった。
だがアスタルテス三人が加わったことで、チェルノボーグに於ける未確認の情報まで消えるわけではない。彼ら自身も初めて入る都市で何が起こるかを理解できている訳ではないのだ。故に、使える時間の一部を先に現地へ入るために充てることになった。
その役目を引き受けたのは、クロウとScout小隊から選ばれた六名だった。
作戦会議から数日後、作戦実行までまだ僅かな時間を残している。
格納庫では輸送ヘリへの積み込みが進んでいた。その傍らに集まった六名のオペレーターを前に、クロウは携行用の地図を広げている。
「降下後は指定されたポイントから偵察経路に進入する。本隊が動くまでに指定された区画と経路を調査し、敵情や現地の不確定要素を加えて通達するのが我々の任務だ」
黒い手甲の指が地図を辿った。
「決して通ることが可能と判断された道と、情報上で確認できただけの道を混同するな。搬送に利用可能かが不明ものはそのまま未確認と報告せよ。護送する者たちに現地で初めて狭さを知らせることになっては遅い」
オペレーターの一人が頷き、端末へ記録した。別の者は自分の地図と見比べて印の位置を確かめている。
その少し後ろでは、Scoutが説明を聞いていた。
Scout小隊の十二名からこの六名を選んだのはクロウだった。共同訓練と演習での動きを踏まえ、潜伏と情報収集に向く者を挙げてScoutへ相談したのだ。Scoutはそれぞれの経験を補足し、先に入る者と本隊に同行する者の役割を合わせた上で彼に六名を預けることを決めていた。
クロウがこの地の者を自ら指揮する――数週間前では想像もできないようなことだった。
ヴァレリウスは集まった者たちの輪から少し離れて立っており、隣にはケルシーもいる。二人ともこの編成が決まるまでの話を聞いていたが、今目の前で行われている説明には口を挟まないでいた。
Scoutは自分の隊員が何を得意とし、どの場面で判断に迷うかを知っている。そのScoutがクロウの選んだ六名を送り出す。そしてクロウも彼らの技能を使うために自ら先頭へ立とうとしていた。
その間にあるものは出会った当初の二人からは想像し難かった。
「通信が途絶・妨害された場合の緊急の合流場所はもう一度、各自で確認しておけ。現地で別れた後に聞き直すことはできないからな」
クロウが言い終えると六名の視線がそれぞれの資料へ下がった。
「……説明、まだ途中かな?」
と、その時。後ろから柔らかい声がしてレイディアンがやってきた。
彼女が携えているのは小さなケースと調整用の端末だった。背後の機械腕が配線を支え、作業員の押してきた台車を避けて静かに位置を変える。
「指揮下のオペレーターへ地図の確認をさせているところだ」
「じゃあ、その間に少し。このあと電子戦装備の最終調整をしたいんだけど、時間をもらってもいいかな?」
「……そのつもりでいた。現地勢力の通信方式は把握できるものを全て押さえておきたい。加えて、未確認のものを受信した際の記録も必要だ」
「うん、今ある資料との照合もできるようにしてあるよ。後は実際に持っていく装備で一通り繋いでみよう」
六名のうち、ミミというオペレーターが顔を上げた。
「……まだやるんですか? 昨日もその前も、通信は全部試したのに……そこまで必要あります?」
手元には既に点検を済ませた装備袋がある。その口をもう一度開くことを考えたらしく、少しだけ肩が落ちた。
隣にいたスリンカーが小声で言った。
「クロウさんが言うんだから確認する理由があるんだろ。もう少し付き合おう」
「必要なのは分かってるけど、また全部出すのかって……」
クロウは短く息を吐いた。
「昨日試行した装置と今日ここへ運ばれたものが同じ状態であるかを確かめる。調整した箇所も増えた」
ミミの装備袋へ視線が向く。
「それに、艦内で通信が通じたことは混乱した作戦地域の中でも同様に通じるという根拠にはならない。現地ではまず受信可能なものと不可能なものを判別する。故に、その前にこちらの装備に不具合がないことを確かめておく必要があるのだ」
ミミは一度袋を見下ろした。
「……了解です」
「確認が終わったら、出発まで開けなくていいようにするからね」
レイディアンが横から付け加えた。
「今、面倒なところを済ませちゃおう。着いてから全部広げる方がきっと大変だよ?」
「それは……そうですね」
ミミが袋の留め具を外すと、スリンカーも自分の装備を並べ始めた。他の四名が傍の作業台を空けて地図と通信機を置く場所を作る。
クロウはその様子を見てからレイディアンへ向き直った。
「中継装置は」
「持ってきたよ。こっちが携行用の通信機。それから、これが中継の方」
ケースから取り出された機器を黒い手甲が受け取った。
ロドス式の通信装備は、彼の装甲へ無理なく取りつけられるよう固定具が改められていた。その隣に収まる中継装置には受信と記録のための部品が追加されている。
「ここを通して私が送る信号を受け取ってもらう。そっちで拾ったものは同じようにこっちに返せるようにしてあるから。都市の中へ入ったら中継できる場所も確かめておいてね」
「遮蔽物の影響は現地で調査する。万が一の場合が発生した場合の予防策も後ほど共有しよう」
「うん、ありがとう。私も送られてこない情報まで見えるわけじゃないから」
レイディアンは端末を置き、接続の状態を確かめた。機械腕の先が配線を保持しながら作業をするその様子にクロウの視線が一度向いたが説明を止めることはなかった。
「前に合わせた音、覚えてる?」
「無論だ」
「じゃあ今から送るね」
受信機から短い音が鳴った。
クロウが返答し、次いで六名も順に応答する。レイディアンはその都度表示を確かめてから、聞こえ方と反応を一人ずつ尋ねた。
最後の一人まで終えると彼女は端末を操作して顔を上げた。
「……大丈夫そうだね。後はみんなの予備も同じように見ておこうか」
ミミは何か言いかけたが今度は自分で袋の奥へ手を入れ、Scoutが小さく笑った。
そして、その視線がクロウの腰の横にあるものへ移った。
コンバットナイフと吊り帯で保持したボルトカービン。その傍らには、これまでの共同訓練では持っていなかった武器が固定されている。
それは弩弓だった。
ただし、ロドスの狙撃オペレーターが普段携えるものと比べるには少々大きすぎる。弓の部分は厚く、矢を置く溝も太い。黒い装甲に沿わせてあると腰から背へかけて納まる携行武器に見えたが、隣のオペレーター達と比較すると異様さが際立つ。
Scoutは近づき、その固定具と握りを順に見た。
「それがクロージャに頼んでいたものか?」
「ああ、先日受領した」
クロウは留め具を外し、弩を手に取る。
元になったのは、本来ならば据えつけて使うか攻城のために持ち出すような規模の弩弓だ。その仕組みを彼の身体と装甲ならば扱える寸法と重量へ改め、携行用に仕立て直しているのだ。
勿論、サイズだけをクロージャ達エンジニア部門が手を加えた訳では無い。装甲を着た状態で握るための形状や取り回し、隠密性、威力なども条件に合わせてチューニングされている。
「その弩は今回が初めての実戦になるんだろう? もう使い慣れたのか?」
Scoutの問いにクロウは頷いた。
「戦術シミュレーターで携行性と射撃姿勢を検討した後、実際に射場で調整を挟んで何度か試射は行っている。使用感と照準の癖は既に把握した」
「矢の方も?」
「使用する予定の規格のものは一通り試行した。結果の記録も保存済みだ」
Scoutは僅かに肩を動かし、笑いながら言った。
「抜かりないな」
「俺は初めて持つ武器の挙動を実戦で確認する愚か者ではない」
クロウは弩を戻した。固定具が閉じ彼が身体を捻る。さらに腕を動かしてもカービンの吊り帯を引っかける様子はなかった。
その一連の動きまで見届けてからScoutが言った。
「予備を一つ、うちの誰かに持たせろと言われなくて安心したよ」
「……その大きさを持たせれば偵察に支障が出る」
「そうだろうな。まぁ、お前が持つとそうでもないように見えるから困る」
声に混じった笑いへ黒い兜が少し傾いた。
その時、レイディアンが六名の装備を確認し終えてクロウを呼んだ。彼はScoutへ短く断ってから作業台へ戻り、残る調整を済ませた。
先遣隊の荷物は再び袋へ収められた。ミミは今度こそといった手つきで留め具を閉じ、スリンカーはその傍で互いの装備が揃っているかを確かめた。他の四名も順にヘリの傍へ移動する。
クロウが最後の機器を固定したところへ、Scoutが近づいた。
「――六人を頼む」
先ほどより僅かに低い声。クロウは作業の手を止め、彼へ顔を向けた。
「作戦目標と現地での判断については伝達済だ。彼等の技能も確認した」
「ああ、だからお前に預けることにした」
Scoutはヘリの方を見た。六人は乗り込みを待ちながら機内へ運ばれる荷物を数えている。ミミが何かを言い、隣のスリンカーが首を振った。
「……先に入れば本隊が来るまでに見つけられるものは多い。だが、見たい場所を全部見ようとして戻る手段まで失くさないでくれよ」
「退路の調査も任務だ。お前の部下を指揮下に入れる以上は其れを軽視するつもりはない」
「ならいい」
Scoutは頷いた。
「俺たちもこちらの支度を済ませて続く、判断に迷うものがあれば送ってくれ。お前達だけで抱えることはない」
「……承知した。お前も側で状況が変わったときも知らせろ。こちらの予定を合わせる」
返答を聞き、Scoutの表情が少し和らいだ。
ヴァレリウスはそのやり取りを見ていた。
クロウが隊員へ用いる言葉にはまだ硬さがある。ロドスの者たちのように気軽に名を呼び、冗談を返すことも多くはない。だが、先ほどの説明で六人を一纏めに扱ってはいないように見えた。持たせる装備も担当する作業も、個々の技能を見た上で区別している。
そして、Scoutもクロウを異邦の戦士という肩書きだけに部下を委ねたわけではなかったように見える。共に訓練を重ね、相談し、疑問を返し、その返答を聞いて決めたのだ。
傍らでケルシーが出発を担当する職員と短く確認を交わした。
「降下地点までの航路に変更はない。準備が整い次第、出発が可能だ」
伝えられた言葉にクロウが頷く。
ヴァレリウスは彼の傍へ歩み寄った。
「先に行くことになるな」
「ああ、こちらからの報告を待っていてくれ」
「待機中に我らも準備を整える。汝が調べた道を通ることになろう」
黒い兜が一度青い装甲へ向いた。
「……その際には、通れる幅も伝えよう」
「頼む」
少し離れたところでは、いつの間にか格納庫へ来ていたハルデンが積み込まれる最後の荷物を見ていた。ヴァレリウスたちの傍へ近づくと、クロウへ目を向ける。
「任務中に陣地の不備を見ても、一人で全部始めるなよ」
クロウが先に言い、黄色い兜の動きが止まった。
「……私は見送りに来たのだが」
「知っている。先に言っておこうと思った」
「必要な措置はAceたちと協議して行う」
「それならば良いのだがな」
ハルデンは言葉を返しかけたが、傍にいたScoutが笑いを抑えているのを見て黙った。既にハルデンが陣地や防衛に強い執着を持っているという事実は、ロドスでも知れ渡っているようだ。
代わりにクロウの肩へ手を置く。
「……無事に戻れ、
「貴様もな」
短い返答と共に黒い手甲が黄色い手甲へ触れた。
「クロウ、そろそろだ」
Scoutに呼ばれて彼は手を離す。
既に機体の前には六名のオペレーターが待っていた。クロウが近づくと、ミミが装備袋を持ち上げて見せる。
「全部入りました。予備の分もです」
「確認した。乗れ」
短い指示に隊員たちが動き始めた。
その横ではレイディアンが一人の肩に回った帯を直していた。慌てて詫びた相手へ首を振り、袋の角が背へ当たらなくなったことを確かめてから手を離す。
「うん、これで歩きやすいはず。着いてからも痛くなる前に直してね」
「ありがとうございます!」
最後の隊員が機内へ入ると、彼女はクロウへ向き直った。
「通信の準備はできてるよ。最初の連絡、待ってるからね」
「予定の地点から送信する」
「うん。それから、休める間にはちゃんと休んでおいてね。早く入った分、ずっと起きていていいわけじゃないから」
クロウは僅かに間を置いた。
「……必要な休息は取る」
「みんなの分もお願いね?」
「……ああ」
レイディアンは微笑み、乗り口から一歩離れた。
クロウが機内へ乗り込む。黒い装甲が見えなくなったところでScoutも乗り口へ近づき、中の顔を順に見た。
「現地のことは任せる。俺たちが着く頃には少しは歩きやすくしておいてくれよ?」
「隊長たちが迷わない程度には」
ミミの返事に機内で小さな笑いが起きた。
「それは助かるな」
Scoutも笑った。それから奥にいるクロウへ視線を送る。
黒い兜が短く動いた。Scoutはヘリから離れ、見送りの者たちと共に下がった。
回転翼の音が強くなる。開かれた搬出口の向こうへ風が流れて床に残った細かな埃が走った。レイディアンは通信機を手にし、ケルシーは離れた位置から機体の動きを見守っている。
やがて輸送ヘリが艦を離れた。
Scoutはその機体が遠ざかるまで立っていた。最後に端末へ目を落とし、先遣隊から届いた出発の報告を確かめる。
ヴァレリウスも外へ続く空を見ていた。
帰還の手段を求めて互いを知る者のいない土地で拠点を得た三人が、今はそれぞれ別の部隊と行動する支度を進めている。先に発った同胞の周囲には六人のロドスの隊員がおり、その無事を気にかける者がここにも残っていた。
Scoutが端末を収め、ケルシーの方へ向き直った。
「こちらも残りの確認を進めよう。次のブリーフィングは二時間後だったな?」
彼女が頷き、ヴァレリウスとハルデンもその後に続く。
――プロローグ、完。次章『レユニオン動乱編』開始。