第41千年紀999年、要塞惑星ケイディア。
カスル・クラフの空を砲火が横切り、防壁の内側まで入り込んだ混沌の軍勢とケイディア連隊をはじめとする帝国軍が激突していた。街路を埋める兵の中にはアスタルテスの姿もあり、ひとつの建物を巡って撃ち合う間にも、隣の街区では戦車が炎を噴き上げる。崩れた壁の向こうからはまた新たな部隊が走ってくる。
その頭上へ、甲高い笑い声が降ってきた。
「ハハハハハッ! 逃げ惑え、偽りの皇帝の犬ども!!」
背のジャンプパックを噴かし、紺青の装甲が兵たちの真ん中へ落ちる。着地と同時に振るわれたライトニングクロウが一人の腰を薙ぎ、斬り分けられた身体が倒れるより早く、もう片方の爪が隣の兵を引き寄せた。
ナイトロード大逆兵団のラプター、ザルケス・スカリス。
頭蓋を模した兜の奥で笑いながら、彼は掴んだ兵の銃を踏み潰した。爪の先に頬の皮膚を引っ掛けて引くと、押し殺そうとしていた悲鳴がとうとう通りに響く。
「そうだ、もっとだ! その悲鳴を聞かせろ!!」
仲間を助けようと銃口が向く。スカリスは掴んだ兵を脇へ投げ、射撃する二人の間へ身体を躍らせた。青白い力場を纏った爪がラスガンごと腕を落とし、返す刃がもう一人の胸を裂く。
「貴様の皮を剥ぎ、仲間の顔に巻きつけて窒息させてやろう! どちらが先に声を上げなくなるか、試してみるか!?」
恐怖に駆られて退く者と、踏み留まって撃つ者。その足並みが乱れるたびにスカリスの笑いは大きくなったが、突然、背後から響いた履帯の音に兜を向けた。
レマン・ラス戦車が瓦礫を押し退け、街路へ砲塔を向けている。
「……無粋な鉄屑め」
砲身が止まるより早く、スカリスの背で噴炎が膨らんだ。装甲靴が地面を離れ、次の瞬間には彼の立っていた場所を砲弾が吹き飛ばす。爆風を背に建物の縁へ降り立った彼は、二射目を狙おうとする砲塔を見下ろして忌々しげに爪を鳴らした。
刹那、その戦車を青い稲妻が縦に貫いた。
砲塔と車体の向こうで空間が裂け、分かれた輪郭がずれる。正面装甲から後部まで走った亀裂の中で乗員の声が途切れた。片側へ傾いた砲塔が路面を打ち、遅れて車内から炎が噴き出す。
スカリスは爪を下ろした。
この戦場で、空間ごと戦車を引き裂くなどという真似を好んでする連中には覚えがあったからだ。
「……騒々しいな、第八兵団の犬よ」
空中に浮かんでいた青と金の装甲が、壊れた戦車の向こうへ降りてくる。長い杖の先にはまだ青い火が揺れ、高く飾り立てられた兜はスカリスへ僅かに傾いていた。
サウザンド・サン大逆兵団の高位魔術師、アザメク・トゥリオン。ひとつの戦闘集団〈ウォーバンド〉を率いるエグザルテッド・ソーサラーだった。
「何だと、クソ悪魔に魂を売った詐欺師め」
「聞こえなかったか。貴様は騒々しいと言ったのだ」
スカリスが飛び降り、砕けた戦車の横へ着地する。足元で潰れた金属板を踏み直しながら彼は魔術師の兜へ顔を近づけた。
「俺様の獲物を横取りしておいてよく言う。礼でも欲しているのか?」
「獲物? あれは単なる障害物だ。私はこの地下に封じられた帝国の精神感応装置を求めている――貴様の遊戯に興味はない」
「だから通りごと焼き払って回っていると? 俺様の狩り場へ勝手に入った挙げ句、迷惑しているような顔をするとはな」
「実際に迷惑している」
スカリスの爪から細い火花が散った。
「……いつか、その金ピカの兜を引き剥がしてやる」
「未来形で語るのは賢明だ。現在形では不可能だからな」
返事の代わりに、スカリスは足元の死体を蹴り退けた。トゥリオンがそれを見下ろし、杖を持ち直す。
「……実に品がない」
「黙れ。貴様の説教より、あいつらの悲鳴の方がよほど耳に心地よい」
彼の視線の先で、ケイディアンたちが遮蔽へ散った。戦車の爆発に紛れて接近していた部隊が倒れた車体を挟んでラスガンを構える。トゥリオンが杖を立てると、先頭から放たれた光条が青い揺らぎに呑まれた。
その脇を、ジャンプパックの噴炎が通り過ぎる。
「そこは俺様の獲物だ、魔術師!」
「ならば早く片づけろ」
スカリスが敵の側面へ落ち、爪を振るった。銃口が彼を追えば、トゥリオンの方へ向ける射手が減る。その隙に魔術師の指先から青い雷が走り、後方で据えつけられようとしていた重火器を射手ごと引き裂いた。
悲鳴を上げた兵へスカリスが顔を向け、背を向けた別の兵をトゥリオンが焼く。肩を並べた二人の間では罵声が絶えなかったが、帝国軍の銃口を自分から逸らすのに相手の働きは十分に使えるものだった。
ところが、スカリスが次の兵へ踏み込もうとした時、爪の輪郭が白く霞んだ。
「……何だ?」
血に濡れた手甲から、腕へ、肩へ。見下ろした装甲の縁に沿って光が広がっていく。ジャンプパックの噴炎とは違う白さが足元まで覆い始めていた。
スカリスは即座に魔術師へ向き直った。
「魔術師、貴様! 謀ったか!?」
トゥリオンも自分の手を見ていた。杖の先に青い火を集めようとして、その腕まで同じ光に包まれていることに気づく。兜が僅かに動き、普段の尊大さとは違う声が漏れた。
「何だ、これは……!? 私の魔術ではない、何が――」
「ふざけるなッ!! 今すぐ――」
スカリスの爪が魔術師へ伸びかけたところで、白光が二人の身体を呑み込んだ。
ケイディアンの射手が照準を戻した時、そこには焼けた舗装と、二人の足元に転がっていた死体だけが残っていた。
一方、チェルノボーグ市内。
ドクターを確保したアーミヤたちはヴァレリウスたちとも合流し、Ace小隊の待つ地点へ向かっていた。ハルデンからは指定経路を確保したとの報告があり、そのまま部隊を合わせて離脱ポイントを目指す予定だったのだが、そこまでの通りにもまだ武器を持つレユニオン兵の姿があった。
路地の出口で射手が見えた時、ドクターがアーミヤの肩から手を離した。
「待って、前の盾はそのまま……右の二人、向こうの窓を狙えるか?」
「狙えます。ただ、もう少し近づかないと――」
「今はそこからでいい、当てる必要はない。あの射手に顔を上げる暇を与えないでくれ」
矢が飛び、向こうの射手が窓の陰へ退いた。その間にドクターは、出口を塞ぐ盾持ちとこちらの後ろに続く隊員を見比べる。
「大きな盾の人、左へ寄れるか? 中央を少し空けてほしい」
ヴァレリウスが盾を動かす。空いた幅へ敵の前衛が出てきたところでドクターの声が続いた。
「そこだ、止めて! 後ろの人は、今のうちに右を抜けてくれ」
敵の盾がストームシールドに押さえられ、護送隊の最後尾が出口を通る。狙撃オペレーターも順に下がり、アーミヤのアーツが追いすがる敵の足を止めたところで、ヴァレリウスも盾を引いて角を曲がった。
「全員通りました!」
報告にドクターが頷く。その直後に足がふらつき、差し出されたアーミヤの腕を慌てて掴んだ。
「ど、ドクター!? 大丈夫ですか?」
「……ああ、大丈夫。少し足が追いつかなかっただけだ」
その言葉にドーベルマンは彼の足元を一度見たが、追撃の足音が遠ざかったのを確かめると、後列の隊員へ間を詰めるよう指示した。ドクターも促されて歩き始め、すぐ前を進む青い装甲を今になってまじまじと見上げる。
あれほどの盾を片腕で動かし、人の列を受け止めても姿勢を崩さない。周りの者たちも、彼が傍にいることを当然のように受け入れていた。目を覚ましてから知らないことばかりが増えていく中でも、その姿は特に目を引くものだった。
「……君は、何者なんだ?」
ヴァレリウスが兜を向ける。
「今は私の正体を問うている時間はない――不信感を抱くなと命ずるつもりはないが、まずは目先の脅威に対処すべきだ」
「そう、だな……」
「生きて此処を離れれば、話す時間も得られよう」
ドクターはその声を聞き、ひとまず頷いた。青い巨人は歩幅を少し抑え、彼とアーミヤが並べるだけの間を空けている。尋ねたいことは幾つもあったが、いま頼れる者の一人であることは先ほどの戦いだけでも分かった。
しばらく歩いたところで、今度はヴァレリウスの方から声がかかった。
「ドクター。汝の先ほどの戦闘指揮、実に見事なものだった」
ドクターが顔を上げる。
「……自分でも、どうしてあの動きが浮かんだのかはうまく説明できない」
「記憶喪失という点も含めて、私のみならず、汝の正体についても後々論ずるべき点があるようだな」
言い返す言葉を探したドクターは結局、フードの奥で小さく息を吐いた。自分のことなのに、自分が一番よく分かっていない。その事実を改めて突きつけられた気がしたが、傍のアーミヤは顔を上げていた。
「でも、今の判断でみなさんが通れました。ありがとうございます、ドクター」
彼女の言葉にドクターが何か答えようとしたその時、ヴァレリウスの通信機が鳴った。
『こちらクロウ、緊急だ。そちらへ向かう大部隊を確認した』
声を聞いた途端、ヴァレリウスは片手を上げる。ドーベルマンも気づいて列を止め、隊員たちが近くの壁へ寄る間に彼は続きを求めた。
「規模と指揮官は」
『
タルラの名にアーミヤが顔を上げた。
『黄色い鎧と青い鎧について連中の通信で何度か聞いた。幹部たちとの交戦も含めて、我らを先に潰すべき脅威と見たのかもしれん』
「迂回は可能か」
『予備ルートがまだ空いている。経路を送る、合流も西の予備地点へ変えた方がいい』
端末に図が届く。ヴァレリウスはクロウの説明に従って進む先と目印を確かめ、それをドーベルマンへ示した。
「……予備ルートへ切り替える。私は先頭に立つ、後ろの守りを頼む」
「分かった。ドクターの背後には重装をつける――お前たち、こちらへ来い」
「クロウ、引き続き連中の動きを知らせよ」
『了解した』
回線を切り替え、ハルデンとAceへ合流地点の変更を伝える。返ってきたハルデンの声も短く、すぐに移動を始めるとのことだった。
アーミヤはドクターの腕を取った。
「ドクター、こちらです。少し急ぎますけど、足元に気をつけてくださいね」
「分かった……タルラというのは、それほど危険な相手なのか?」
「レユニオンを率いている人物です。アーツについても報告がありますけど……今は、合流を優先しましょう」
ヴァレリウスが通りから路地へ入る。その後にアーミヤとドクターが続き、ドーベルマンと重装の二人が最後尾を固めた。
予備ルートは建物の裏を縫うように続いていた。何度も向きを変えるうえに庇や配管が視線を遮るため、表通りからこちらを見通せる場所は少ない。ヴァレリウスは盾が壁に触れぬよう半身になり、曲がるたびに後ろへ合図を送って進んでいく。
ドクターには同じような壁と扉が次々に現れるように見えた。アーミヤの腕を借りて段差を越え、前を行く青い装甲を追う。後ろから聞こえる足音の間が空けばドーベルマンが声をかけ、そのたびに列はまた詰まった。
しばらくは誰もが自分たちの足音に耳を澄ませていた。
最初に足を止めたのはヴァレリウスだった。
兜の内側で外気温を示す表示が上がっている。通路の先に火の手は見えないが、正面の建物に近い場所ほど数値の変化が速く、見上げた窓の向こうでは金属の枠が赤く染まり始めていた。
「止まれ――周囲の温度の異常変化を確認した。何だ、これは」
ドーベルマンが列の後ろから顔を上げた。
「熱……? まさか、タルラか!?」
「みなさん、その建物から離れてください!!」
アーミヤが叫ぶ間にも窓枠の赤は白へ変わっていく。外壁の亀裂から光が漏れ、扉の蝶番が垂れた。ヴァレリウスが振り返った時には、壁の内側で何かが弾ける音がしていた。
「伏せろ!!」
次の瞬間、建物が内側から吹き飛んだ。
白熱した瓦礫と炎の奔流が路地へ噴き出す。ヴァレリウスはドクターの前へ身体を入れ、右腕で彼を後ろへ押しやると、ストームシールドを正面に立てた。
爆風が盾を打ち、力場の表面に白い閃光が広がる。彼は片足を後ろへ引いて踏ん張ったが、その左右にはまだ隊員たちの姿があった。
「こちらへ、早く!」
アーミヤはドクターから手を離し、ヴァレリウスの隣へ出た。伸ばした両手の先に黒い障壁が広がり、盾の端を回り込もうとした炎を押し止める。その陰へ飛び込んだ医療オペレーターの肩をドーベルマンが掴んで引き寄せた。
「固まれ、盾の外へ出るな!!」
ドクターも膝をつき、すぐ傍でよろめいた隊員へ手を伸ばす。二人が身を低くした直後、その頭上で赤い破片が障壁にぶつかり、砕けて流れていった。
炎の向こうは見えなかった。ストームシールドを叩く音と、黒い障壁の表面を走る火だけがまだ奔流が続いていることを知らせてくる。アーミヤが息を詰め、指を開き直した。彼女が支える障壁の内側で、隊員たちは互いの位置を確かめながら身を寄せている。
「……っ、みなさん、そのままで……!!」
「支えている。汝もそこを保て」
ヴァレリウスの声は低く、アーミヤが一度だけ頷いた。
やがて、盾を押していた重さが弱まる。最後に大きな瓦礫が路面へ落ち、炎の勢いが頭上へ抜けたところでヴァレリウスは盾を僅かに下げた。アーミヤも周囲を見てから両手を引き、薄く残った黒い障壁がほどけて消える。
目の前にあった建物は元の形を留めていなかった。
融けた外壁が路面へ垂れ、支えを失った鉄骨がその上へ沈んでいく。破れた配管から噴いた水は熱い瓦礫に触れるなり蒸気に変わり、立ちのぼる黒煙と混ざっていた。
「……全員、無事だな?」
ドーベルマンの呼びかけに、壁際から返事が重なった。ドクターは支えていた隊員を立たせ、アーミヤの方を見る。彼女は息を整えながらも崩れた建物の向こうへ目を向けたままだった。
そこには壁で隔てられていたはずの通りが見えていた。
煙の奥でひとつの影が進む。白い髪と頭から伸びる角――剣を携えた女は路地を埋める瓦礫へ目をやることもなく、こちらへ歩いてきた。背後では別の影も動いている。武器を掲げた兵が次々に通りへ現れ、その間には指揮を執る者たちの姿もあった。
「……タルラ」
アーミヤの声を聞き、ドクターはその名の持ち主を見た。
女の歩みが止まる。視線はまず前に立つ青い装甲を捉え、それから盾の後ろへ移った。周囲の兵たちもそこで足を止めたが、広がり続ける武器の列は煙の向こうまで途切れずに続いている。
ヴァレリウスは盾を持ち直した。
右手が剣の柄へかかる。ドクターを背に庇ったまま、彼は目の前の女を見据えて静かにパワーソードを引き抜いた。