皇帝の流浪者たち   作:Sanctum

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戦闘能力実証記録U-1

 

【戦闘能力実証記録U-1】

 

検証対象:臨時協力員/アウルス・ヴァレリウス

検証方法:複数の物理試験及び机上演習

検証責任者:ドーベルマン

 

【検証結果】

 

物理強度:卓越

戦場機動:優秀

生理的耐性:優秀

戦術立案:卓越

戦闘技術:卓越

アーツ適性:欠落

 

【所見】

検証対象は、極めて高い身体能力と長年にわたる実戦経験に裏打ちされた卓越した戦闘技術を有している。

 

物理試験では既存の評価基準を大幅に上回る筋力と運動能力を確認した。特に注目すべきは、その巨体と重装備にもかかわらず、動作の精度が極めて高いことである。加速、停止、方向転換のいずれにおいても無駄が少なく、自身の身体能力と装備の特性を完全に把握している様子が見受けられた。

 

近接戦闘に関しては攻防の切り替え、間合いの管理、複数目標への対応に至るまで、技術的な欠点を見出すことは困難であった。単純な力量に依存せず、必要最小限の動作で相手を制圧する技量を備えている。

 

机上演習においてもその能力は際立っていた。対象は提示された戦況を速やかに分析し、敵戦力の配置、補給経路、地形条件、味方部隊の損耗を考慮した作戦を立案。さらに想定外の事態に対しても複数の代替案を提示しており、豊富な指揮経験を有することが推察される。

 

一方、アーツ適性検査では有意な反応が確認されず、源石を利用した術式の行使能力は認められなかった。ただし本人が保有する装備には既存の源石技術とは異なる機構が使用されているため、その評価については別途技術部門による検証が必要である。

 

総合的に判断して、対象は単独戦闘員としてのみならず、部隊指揮官及び戦術顧問としても極めて高い適性を有する。

 

ただし、本検証は安全上の制約を設けた限定的なものであり、対象の戦闘能力の全容を把握したとは言い難い。また、その能力と経験がロドスの標準的な作戦体系にどの程度適合するかについては引き続き評価を要する。

 

――評価担当:ドーベルマン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 会談の翌朝、ロドスの訓練場ではいつも通りの掛け声と足音が響いていた。

 

 しかし、その音は入り口に現れた青い巨体を境に少しずつ途切れていく。

 

 扉をくぐるために僅かに身を屈めたヴァレリウスは、室内へ入ると訓練場を見渡した。床面の広さ、天井の高さ、いくつかに分かれた演習区画。片側の壁には武器や防具が整然と並び、その前で準備をしていたオペレーターたちが一斉にこちらを見ている。

 

「……あれか、昨日来たっていう」

 

「いや、聞いてはいたけど実際に見ると……」

 

 抑えたつもりの声も彼の聴覚には十分に届いた。ヴァレリウスは特に反応せず、案内を務める職員へ視線を戻そうとした。

 

 そのとき、聞き覚えのある声が上がった。

 

「ヴァレリウスさん!!」

 

 先に駆けてきたのはビーグルだった。少し遅れてフェンとハイビスカスが続き、クルースはいつもの調子で手を振りながら歩いてくる。ラヴァもその後ろにいた。

 

「ロドスに協力してくださることになったんですね。聞きました!」

 

「臨時の協力という形ですが、またお会いできて嬉しいです。今日はよろしくお願いします」

 

 フェンが姿勢を正すとビーグルも慌ててそれに倣った。だが、二人の表情には初めて会ったときのような強張りはない。

 

「汝らもここで訓練を行っているのか」

 

「はい。今日は見学もしていいと、教官から許可をいただいています」

 

「すごく楽しみにしてたんですよ。あ、私だけじゃなくてみんなで、です!」

 

「勝手に一緒にすんなよ。……まあ、どんな戦い方をするのかは気になるけどさ」

 

 ラヴァはそう言って腕を組んだ。隣でハイビスカスが小さく笑う。

 

「昨日はちゃんと休めましたか? お部屋の準備が急だったと聞いたので、何か困ったことがあったら……」

 

「支障はない。汝らの配慮には感謝している」

 

「よかったぁ。ベッドが小さかったら大変だもんねぇ」

 

 クルースの視線が彼の頭から足元までゆっくり動いた。ビーグルまでつられて見上げ、そこで目が合うと誤魔化すように笑った。

 

 ヴァレリウスは一瞬、返すべき言葉を探した。

 

 昨日までは彼の動作一つで身を固くしていた者たちが、今は寝具の心配をしている。その変化の速さにはまだ馴染めそうにない。

 

「……引き続き世話になる」

 

「はい!」

 

 ビーグルの返事は訓練場によく響いた。

 

「挨拶が済んだならそこを空けろ。通路だ」

 

 よく通る声に五人の背筋が伸びた。

 

 歩いてきたのは編み上げた鞭を腰に携えた女性だった。鋭い目がヴァレリウスを捉え、装甲と武器を確かめるように動く。間近まで来たところで、彼女は一度だけ静かに息を整えた。

 

「……ドーベルマンだ。今回の検証を担当する」

 

「アウルス・ヴァレリウス、汝は監督を務めると聞いている。よろしく頼む、ドーベルマン教官」

 

 胸へ拳を当てる彼をドーベルマンは正面から見上げた。相手の顔は兜に隠れ、体格の差も著しい。それでも彼女の声は落ち着いていた。

 

「事前の報告には目を通した。今日は、こちらで行う任務に必要な技能を確認する。指示に不明な点があればその場で聞いてくれ」

 

「承知した」

 

「装備の使用について先に確認しよう」

 

 案内されたのは可動式の障害物や足場が配置された広い演習区画だった。観覧側との間には防護隔壁があり、射撃用の装置は全て区画の内側を向いている。奥では職員が人型の訓練機材を起動していた。

 

 ヴァレリウスは腰のプラズマピストルへ手を添えた。

 

「此れは使用せぬ。携行したまま封じておく」

 

「分かった。剣と盾は?」

 

「剣の破壊力場と盾の防御力場は停止させる。機構の作動を確かめるならば、別途にそのための場を用意するべきだ」

 

 昨日のクロージャの言葉も思い出された。補修した箇所の状態を確認する前に、不要な全力作動を繰り返すつもりはなかった。

 

「今回はその条件で構わない。人形には有効打を判定するセンサーがある。指定箇所への打撃、または武器や駆動部の制圧で停止する。無理に全体を破壊する必要はない」

 

「停止した目標は以後の攻撃対象から外れるのだな」

 

「そうだ。再起動もさせない」

 

 彼は一つ頷いた。その目が区画の壁へ向く。

 

「障害物の損壊はどこまで許される」

 

「白い表示のあるものは交換式だ。必要があれば壊していい。床と支柱、それから表示のない壁面は対象外だ」

 

「了解した」

 

 必要な確認を終えると、ヴァレリウスは抜き放った剣を軽く動かした。力場の光を伴わない刃にも観覧側から視線が集まる。

 

 その間に、訓練用の自動人形が配置についた。近接武器を持つものが前方の数か所に分かれ、奥の足場では射撃用の機体が銃口を下げている。さらに左右の遮蔽物の向こうにも待機灯が点いていた。

 

「……あれぇ?」

 

 クルースが小さく首を傾げた。

 

「あの数で上からも撃ってくるの? 教官、ちょっと容赦なくないですかぁ……?」

 

「事前の実戦報告に合わせた設定だ。エリートオペレーター向けの高負荷演習を基に調整している」

 

「え、最初からですか……?」

 

 ビーグルが見比べる先で、ヴァレリウスはもう中央の開始位置に立っていた。

 

「通常の設定では確認できる範囲が狭いと判断した。状況は監視する」

 

 ドーベルマンはそう答えて、操作卓の職員へ合図を送った。

 

「……ヴァレリウス。準備はいいか」

 

「いつでも構わぬ」

 

「第一試験、開始!!」

 

 短い電子音と同時に前方の自動人形が動いた。

 

 槍を模した訓練武器が正面から突き出される。その切っ先をヴァレリウスは盾の縁で外へ押しやった。大きく構え直すこともなく踏み込み、剣の柄頭を人形の胸へ打ち込む。

 

 一体目の表示灯が消えるより早く、右側から別の機体が迫った。

 

 彼は停止した人形を片腕で押し流した。二体の動きが重なり、その向こうで射撃装置が作動し続けざまに放たれた訓練弾が盾を叩いた。

 

 乾いた音が三つ続く。

 

 盾の角度が僅かに変わり、後続の弾が斜めに弾ける。同時に剣が低く走った。踏み出しかけていた人形の膝に刃の峰が当たり、姿勢を崩したところへ肩がぶつかる。倒れた機体は起き上がらなかった。

 

「速……」

 

 ビーグルの声が途中で止まった。

 

 既に巨体が走り出していたからだ。装甲の重さを感じさせる足音はあるが、その一歩ごとに彼の位置は大きく変わる。左の射線を柱で切り、右の射撃機を盾の向こうへ収めたまま次の遮蔽物まで進んでいった。

 

 通路へ出てきた人形の剣を受ける。鋼が鳴った瞬間には既に懐へ入り、武器を持つ腕を盾と胴の間に挟み込んでいた。機械の手から訓練剣が落ち、続く一撃が判定部を捉える。

 

 ヴァレリウスはその機体の脇を抜けた。

 

 奥の銃口が追従するも、その旋回に合わせて進路を変えて左右からの射線が狭い角度に重なる場所へ踏み込む。一方を障害物の陰へ隠し、もう一方を盾で受けたまま距離を詰めた。遠距離の敵へ近づくために剣を投げることも封じた拳銃へ手を伸ばすこともない。

 

 最初の射撃機は正面へ迫る青い影を最後まで追い切れなかった。足場へ上がったヴァレリウスが銃身を押さえ、剣先を停止判定部へ当てる。すぐに身を低くし別の機体から放たれた弾を盾の上面で受け流した。

 

 その動きにはいくらかの余裕さえあるように見えた。

 

 だがフェンには、それをぼんやり眺める余裕がなかった。彼の立つ位置が変わるたびに同時に攻撃できる人形の数が減る。開けた場所へ出たと思えば、すぐ次の一歩で射線が塞がれていた。

 

 勿論全ての敵を見渡せる位置へ立ち続けているわけではない。それでも、見えなくなった機体がどこへ出てくるかを彼はほとんど違えていなかった。

 

 その時、最後の二体が別々の通路から現れた。

 

 一体の打撃を剣で逸らし、その腕へ盾を押し当てる。機体が横へ傾き、もう一体の進路が狭まる。ヴァレリウスは踏み込んだ足を軸に身体を回し、盾の内側に捉えた機体を床へ伏せさせた。そのまま前へ出て、最後の訓練武器を刃で押し下げる。

 

 剣の切っ先が人形の胸の前で止まり、判定音が鳴った。

 

 室内に残ったのは機体の駆動が止まっていく低い音だけだった。

 

「……全目標、停止を確認」

 

 操作卓の職員が表示を見直した。

 

「所要時間、三分四十六秒」

 

 クルースは黙っていた。ラヴァも口を開きかけたまま何も言わない。観覧していたオペレーターたちの向こうでヴァレリウスが剣を下げる。兜がドーベルマンへ向いた。

 

「次へ進んでよいか」

 

 ドーベルマンは手元に短く何かを書き込んだ。

 

「……ああ。次は護衛と撤退だ。今の区画から配置を変える。説明を聞いてくれ」

 

 続く試験では市街地を模した通路が組み上げられた。

 

 模擬負傷者を乗せた担架とそれを運ぶ二名の訓練要員。その三人分を守りながら、指定された退避地点まで移動する。敵役の人形は経路上の複数箇所に配置され、接近と射撃の両方を行う設定だった。

 

「搬送要員の戦闘参加は想定しない。負傷者には被弾を検知する装置をつけてある。退避地点への到達と護衛対象の被害状況を確認する」

 

 ドーベルマンの説明を聞き終えると、ヴァレリウスは担架の両側に立つ二人へ目を向けた。

 

「この状態でどの程度の速度を保てる」

 

「平地なら早足で。ただ、狭い角や段差では落とします」

 

「負傷者の容態を悪化させる移動は避けよ。曲がる際は先に告げる。停止を命じたなら、その場で止まれ」

 

「了解です」

 

 彼は担架の幅と要員の足元を確かめた。それから開始位置へ戻り、盾を構える。

 

 試験が始まると最初の区画では正面から二体の人形が現れた。

 

 ヴァレリウスは担架を背に庇い、通路の片側へ寄るよう短く指示した。敵が左右に分かれようとしたところで一歩進む。盾の一撃が片方の武器を押し潰し、もう一体の打ち込みを剣で受けた。

 

 次の瞬間には二体とも停止していた。

 

 だが彼は先へ走っていかなかった。背後へ視線を送り、担架が動き出すのを待ってから前進を再開する。

 

 曲がり角の先で弾が飛んできたときも同じだった。

 

 盾が先に出る。搬送要員が角を回り終えるまでその位置を保ち、全員が壁の陰へ収まったところで射撃機へ向う。停止させるとすぐに戻り、担架の位置を確かめる。

 

 前方へ目を向けている時間よりも、護衛対象へ注意を戻す回数のほうが見ている者の印象に残った。

 

「あの位置なら、後ろの人も盾からはみ出さないんだ……」

 

 ビーグルが呟いた。

 

 ヴァレリウスの盾は大きい。それでも、運んでいる担架まで完全に覆えるわけではない。彼は曲がる方向や通路の幅に応じて立ち位置を変え、必要なら搬送そのものを一度止めていた。

 

「私、敵が来るとそっちばっかり見ちゃうから……」

 

「後ろを見るタイミングも決めてるのかな。止まってから確認するんじゃ間に合わないときがあるし」

 

 フェンの言葉にビーグルが小さく頷いた。

 隣ではハイビスカスが別のところを見ていた。

 

「段差の前でちゃんと速度を落としてますね。担架もほとんど揺れてません」

 

「あの人だけ速くても、先に行っちゃったら困るもんねぇ」

 

 クルースの声はいつも通りだったが、顔は演習区画へ向いたままだった。

 

 半ばを過ぎたところでヴァレリウスが足を止めた。

 

 右側の壁の向こうで駆動音が僅かに変わった。床を伝わる振動が近づき、短い金属音が続く。先の横道へ出てくるにはちょうどよい位置だった。

 

 彼は担架を手前の壁が張り出した場所で止めさせた。

 

「ここで待て」

 

 兜が動き、壁面の白い表示を捉えた。

 

 次の一歩で、彼は盾を胸元へ引きつけた。

 

 重い衝突音と共に交換式の模擬壁が内側へ折れる。外装板と充填材が弾け、青い装甲がその向こうへ踏み込んだ。待機していた人形は武器を上げ切ることもできずに盾で胸を押さえられたまま反対側の障害物へ叩きつけられた。

 

 停止を告げる音が崩れた板の音に重なる。

 

「うわっ!?」

 

 ラヴァが思わず声を上げ、ビーグルの肩も跳ねた。

 

 ヴァレリウスは崩れた箇所へもう一度視線を走らせ踏み戻った。担架が通る経路に落ちた破片を足で脇へ寄せる。

 

「進め。ここは通過できる」

 

 搬送要員は一瞬だけ穴の向こうを見て、それから慌てて足並みを揃えた。

 

「……教官。あれ、いいんですか?」

 

 フェンが尋ねると、ドーベルマンは壁面の表示を確認した。確かに体当たりで壁ごと向こう側の敵を無力化するなど常軌を逸していたが、禁止事項には含まれていない。

 

「許可した範囲だ。護衛対象も先に遮蔽へ入れている」

 

 そこで彼女は教え子たちへ目を向けた。

 

「お前たちが同じことを試す必要はない。自分の装備と身体で実行できるかを考えろ」

 

「は、はい!」

 

 ビーグルが勢いよく返事をした。ラヴァが小声で「するかよ、あんなの」と言い、ハイビスカスが真顔で頷いていた。

 

 残る区画でもヴァレリウスの動きは変わらなかった。

 

 敵を追って護衛対象を置き去りにすることはなく、通過に必要な場所を確保するたびに搬送を再開させる。背後から現れた一体は彼が担架の位置を確かめるために振り返ったところで発見され、射撃姿勢に入る前に制圧された。

 

 最後の通路では盾を斜め後方へ向けたまま歩き、搬送要員の二人が退避線を越えるまでその場を離れなかった。

 

「全員到達」

 

 報告を受け、ドーベルマンが終了を告げた。

 模擬負傷者にも搬送要員にも有効な被弾の記録はない。

 

「搬送中の転倒や接触はないか」

 

 ヴァレリウスに聞かれた二人のうち一人が首を振った。

 

「ありません。正直……かなり運びやすかったです」

 

「そうか」

 

 短く答えると、彼はようやく盾を下げた。

 

 ドーベルマンは穴の開いた壁と被弾記録を順に見た。記入する項目が先ほどより少し増えた。

 

 その後に予定されていた身体能力の測定はいくつかの項目で早々に打ち切られた。

 

 規定荷重の搬送や段差の通過は支障なく終わったが、最大出力を調べるための設備は彼の体格と装甲に適合していなかった。使用可能な牽引器具も余力を残した段階で測定上限へ達してしまった。

 

 担当職員が仕様表を持ってきたところで、ドーベルマンはそれ以上の負荷をかけるのを止めさせた。

 

「物理強度は今の実証と測定で必要な判定ができる。最大値の測定は見送る」

 

「試験に不足があるのか」

 

「こちらの設備で確かめられる範囲は終わった。無理に続けても有効な記録にはならない」

 

 彼女は次の項目にも線を引いた。

 

「生理的耐性も一部を保留する。医療部の事前所見と、今日ここまでの運動負荷への反応を合わせて暫定評価とする」

 

「装甲の防護性能を含めてか」

 

「装備による防護は別に記載する。あなた自身の耐性を確かめるには、検査方法から準備する必要があるからな」

 

 ヴァレリウスは頷いた。昨日の診察と同じ結論だった。少なくとも、彼の身体へ何かを施す前に一度立ち止まる判断はここでも守られている。

 

「戦場機動は優秀とする。反応と移動の速さは十分だ。ただし、体格と重量に応じた経路の確認は必要になる。足場の弱い場所や狭い建物での運用は別途詰めよう」

 

「異存はない。通れぬ経路を指定されても任務の助けにはならぬ」

 

「そういうことだ。少し休憩を挟む。その後、机上演習へ移る」

 

 休憩と聞いて見学していたクルースが小さく息をついた。

 

「見てるだけなのに、なんか疲れちゃったぁ」

 

「あんた、さっきから立ってただけでしょ」

 

「ラヴァちゃんだって壁が壊れたときびっくりしてたよぉ」

 

「あれは誰だって驚くだろ!!」

 

 そのやり取りを聞きながら、ヴァレリウスは剣を収めた。

 

 先ほどまで周囲を満たしていた緊張が少しずつ別のものへ変わっていた。彼がそちらを向くと目を逸らす者もいたが、そのまま会釈を返す者もいる。離れた場所では職員がもう一度映像を再生していた。

 

 

 

 机上演習に使われる端末は、演習区画の隣に用意されていた。

 

 映し出された市街地の地図を前にヴァレリウスは最初に文字表記の説明を求めた。会話には不自由がなくとも、この世界の文字や軍用記号まで理解しているわけではない。

 

「操作と入力はこちらで補助する。命令は口頭で出してくれ」

 

 ドーベルマンの言葉に従い、職員が部隊の印を一つずつ示していった。

 

 想定されているのは市街地に残された医療物資の回収と、避難の遅れた住民の保護だ。担当部隊は少人数で、医療要員と搬送用の車両が含まれている。現地の武装集団が周辺に展開し、長く留まれば増援に包囲される可能性があった。

 

 ヴァレリウスはまず各員の移動能力と装備について尋ねた。

 

「この重装オペレーターは車両を伴う移動に遅れず追従できるか」

 

「平坦な経路なら問題ない。長い階段や瓦礫の多い道では移動に時間がかかる」

 

「術師が使用できるアーツについても、効果と制約を聞きたい」

 

 術の名称だけでは判断しなかった。届く範囲、継続できる時間、周囲への影響。説明を受けた内容を確かめ、その上で各部隊の配置を決めていく。

 

 見学するA1の五人も今度は端末の後ろに集まっていた。

 

「あの人、一個ずつちゃんと聞くんだな」

 

 ラヴァが小声で言った。

 

「知らないまま使って、できませんでしたじゃ困るからね」

 

 フェンの返事に彼女は黙って頷いた。

 事前確認を終えると、ヴァレリウスは最後に任務の優先順位を確かめた。

 

「住民及び隊員の帰還を優先し、物資は回収可能な範囲で運ぶ。この理解で相違ないか」

 

「その通りだ。保護対象への危害を避けることも条件に含まれる」

 

「了解した。始めてくれ」

 

 市街地の地図に、部隊の動きを示す線が伸びた。

 

 彼の命令は短かったが、移動先を告げるだけでは終わらない。どこまで進めば報告するか、連絡が途切れた場合はどこで待つか、何を見つけたら進行を止めるか。必要な指示を与えてから部隊を動かしていった。

 

 敵の確認されていない通路へもいきなり搬送車両を入れることはしなかった。先行隊からの報告を受け、移動に支障がないことを確かめて進める。各隊が散開しても互いの位置が分からなくなることはなかった。

 

 物資の保管所へ到達するまでに大きな損害は出なかった。

 

 住民の収容と積み込みが始まると、ヴァレリウスはその終了を待たずに撤収の準備を命じた。周囲の監視を続ける部隊を残して先に退く者と最後に出る者の順序を決める。

 

 そこで最初の追加情報が入った。

 

「撤収予定経路の先で崩落。車両は通行不能」

 

 ドーベルマンが告げると、地図の道が一本赤く変わった。

 ヴァレリウスの指が隣の街区を示す。

 

「第二経路の状況は」

 

「先ほどの確認時点では通行可能。ただし迂回に時間がかかる」

 

「先行隊から更新を受けよ。積み込み完了後、そちらへ移る。帰路の確認に残した部隊は移動が始まるまで配置を保て」

 

 迂回によって任務時間は延びたが、部隊の動きが止まることはなかった。

 次に、避難した住民から別の建物にも負傷者がいるという情報が入った。

 

 ヴァレリウスは地図を一度見渡した。

 

「所在の確認を急げ。医療担当の余力と車両に残る収容人数を報告せよ」

 

 報告が揃うと、待機させていた予備の要員へ指示を出した。近隣の部隊をその支援へ回し、回収済みの住民と物資は撤収を続けさせる。救助のために全員が一か所へ集まることはなかった。

 

 新たな負傷者の収容が始まったところで、今度は一部の通信が不安定になった。

 

 画面の端で部隊の印が点滅する。

 

 ビーグルが思わず息を詰め、模擬の隊員たちには既に敵の接近を知らせる情報も届いていた。

 

 ヴァレリウスは応答のない部隊へ繰り返し命令を送り続けることはしなかった。事前に指定した待機地点へ向かう時間を確認し、連絡の取れる隣接部隊から状況を確かめさせた。その間も搬送車両は予定した経路を進む。

 

「現在の情報で、撤収の完了まで何分かかる」

 

 問いに担当職員が数字を返す。

 

「救助班を収容してから、最後の部隊が合流するまでなら……」

 

「その間は警戒を維持せよ。接近する敵との交戦は通過と離脱に必要な範囲に留める。各隊の残弾と負傷の有無を確認し、後退を継続する」

 

 地図の上で一つずつ部隊が合流していった。

 

 包囲へ回り込もうとしていた敵の印はロドスの部隊が既に去った区画へ入った。救助班が最後の収容地点へ到着し、通信を回復した部隊から報告が入る。車両の移動が再開された。

 

 演習終了の表示が出たとき、保護対象は全員が退避区域へ到達していた。指示された医療物資も回収され、帰還不能となった隊員はいない。

 

 ドーベルマンは表示された記録を最初から確認し直した。

 

「目標は全て達成。経路の変更と追加救助による遅延はあるが、任務時間の上限には余裕がある。部隊の損害も軽微だ」

 

 彼女の指が救助班の記録で止まった。

 

「追加の負傷者を収容した後、医療要員への負担が増えている。後半の移動計画にはもう少し余裕を見込めた」

 

「その通りだ。搬送要員の再配置が遅れた」

 

 ヴァレリウスは画面を見たまま答えた。

 

「次には修正する」

 

 ドーベルマンが僅かに頷いた。

 

 戦闘の実演中とは違い、見学者が声を失うような一瞬はなかった。それでも、最後まで見ていたフェンは端末から目を離せずにいた。

 

 敵が動くたびに慌てて全部隊を振り向かせることも、新しい指示で前の命令を取り消し続けることもなかった。状況が変わっても、自分がどこへ行けばいいか分からなくなる隊員がほとんどいない。

 

「……あれなら、私たちも動けそう」

 

 小さく漏れた声にドーベルマンが振り向いた。

 

「そう思った理由を後で聞こう」

 

「あ、はい!」

 

 フェンは慌てて姿勢を正した。教官はもう一度画面へ向き直ると、戦術立案の欄へ評価を書き入れた。

 

 最後に残ったアーツ適性の確認では、それまでの試験とは少し違う間が生まれた。

 

 説明された基礎的な操作に対し、ヴァレリウスはしばらく黙っていた。それから確認するように言った。

 

「汝らが言う感覚を、私は持っておらぬ。行使の方法も学んではいない」

 

「これまで、意図せず似た現象を起こしたことは?」

 

「ない」

 

 用意された簡易測定でもアーツの発現に結びつく反応は得られなかった。

 ラヴァが口を開きかけ、少し考えて閉じた。彼の身体に目を向けてからもう一度言いかける。

 

「……源石の扱いから説明するなら、今日中には無理だな」

 

「ああ。方法を知らない相手に今すぐ結果を出せとは言わない」

 

 ドーベルマンは記録用の端末へ手を伸ばした。

 

「現状ではアーツを使用できる根拠がない。任務上の評価は欠落とする。未習熟であることと、適切な比較検査ができていないことを付記しよう。今後、確認できれば更新する」

 

「それで構わぬ」

 

 ヴァレリウスの返事に落胆はなかった。少なくとも今日試された範囲ではそれが任務の遂行を妨げることもなかった。

 

「以上で検証を終了する。協力に感謝する、ヴァレリウス」

 

「こちらこそ、手間をかけた」

 

 ドーベルマンは操作卓へ向かい、担当職員と記録を照合した。

 

【戦闘能力実証記録U-1】

検証対象:臨時協力員/アウルス・ヴァレリウス

検証方法:複数の物理試験及び机上演習

検証責任者:ドーベルマン

 

【検証結果】

物理強度:卓越

戦場機動:優秀

生理的耐性:優秀(暫定)

戦術立案:卓越

戦闘技術:卓越

アーツ適性:欠落

 

 各項目には実施した試験と保留した検査の内容が添えられた。物理強度を含む実働時の記録は装備を着用した条件であり、生理的耐性の最大限界は未検証。アーツについても現時点の運用能力を示す判定であることが明記された。

 

「人事へ送ってくれ。任務への配置に関する所見もつける」

 

 ドーベルマンは入力を待つ職員へ続けた。

 

「ロドスの作戦理念に従うならば、すぐにでも作戦に出して問題ない。指示の理解、護衛対象への配慮、撤退時の判断にも支障は認められなかった」

 

 その上で彼女はヴァレリウスへ向き直った。

 

「実際の協力内容は合意した範囲で調整する。現地の事情や部隊ごとの連絡手順については、出る前に説明を受けてくれ」

 

「承知した。同行する者の動きを知らぬまま出向くつもりはない」

 

「それならいい。今日の結果は十分だ」

 

 ようやく講評が終わると、それまで距離を保っていた見学者たちの間から声が上がり始めた。

 

 最初は近くの者同士の囁きだったが、それがやがて再生される実証映像を指さす声や隣へ説明を求める声へ変わっていく。

 

「あの壁、ああやって抜けられるものだったか?」

 

「交換用でも普通は……いや、今の見ただろ!?」

 

「剣の機能、止めてたんだよな……?」

 

 職員が持ち去ろうとした記録端末の周りへ何人かが集まりかけた。ドーベルマンに一瞥されると、全員がすぐに通路を空ける。

 

 その横からビーグルが真っ先にヴァレリウスへ駆け寄ってきた。

 

「す、すごかったです!! 私、盾を使うところ、もっと近くで見たかったです。後ろの人を守りながらあんなふうに動けるなんて……」

 

「敵だけを見ていれば盾の後ろにいる者を見失う。汝も護衛を担うならば、共に動く者の位置を覚えるとよい」

 

「はい!」

 

「命令の出し方も勉強になりました。自分の班があの場にいたら、どう動くか考えながら見ていたんです」

 

 フェンの言葉にヴァレリウスは僅かに顔を向けた。

 

「ならばその想定を教官と確認せよ。見て理解したことが、実際に行えるとは限らぬ」

 

「そうします」

 

「試験の後にも授業が増えたねぇ」

 

「クルース、あなたも聞くんだからね」

 

「ええぇ……?」

 

 気の抜けた返事にラヴァが呆れたように息を吐いた。その視線がヴァレリウスへ戻る。

 

「ま、あんだけやれるなら、こっちも頼りにはできそうだな。術が使えない分は周りで何とかすりゃいいし」

 

「汝の援護を受ける機会もあろう。その際は頼む」

 

「……ああ」

 

 率直に返され、ラヴァは少しだけ目を泳がせた。

 

「皆さん、その前に休憩も取ってくださいね。試験が終わったばかりなんですから」

 

 ハイビスカスがたしなめると、ビーグルが慌てて一歩下がった。

 

 そこへ新たな声が割り込んだ。

 

「そうそう、終わったばっかりだよね。分かってるんだけどさ――すごかったね、君!」

 

 近づいてきたのは腰に大きなチェーンソーを携えたフェリーンの女性だった。その隣を、落ち着いた足取りの男が歩いてくる。

 

 フェンたちの表情が変わった。

 

「ブレイズさん、それにAceさんも!?」

 

「お疲れ。少し見せてもらっていた」

 

 Aceが五人へ頷いた。ブレイズは既にヴァレリウスの前へ来ていた。

 

「私はエリートオペレーターのブレイズ。よろしくね、ヴァレリウス! いやぁ、いいもの見ちゃった。盾も剣もあんなふうに動かせるんだね!!」

 

「……汝らがこの艦の精鋭か」

 

「そう呼ばれてる。こっちの人もね」

 

「Aceだ、よろしく頼む」

 

 男は気負うことなく名乗った。

 

 ヴァレリウスは二人へ向き直った。身のこなしにも、彼を見る目にも、新人たちとは違う落ち着きがある。ブレイズの顔には遠慮のない笑みが浮かんでいたが、今見た動きの何を確かめたがっているかはその視線で察せられた。

 

「それで早速なんだけどさ、私とも一度やってみない?」

 

「……模擬戦を、という意味か」

 

「に決まってるじゃん!! 見てるだけだとどうしても気になるでしょ? あの盾と実際に向き合ったらどこまで守れるのかな~とかさ」

 

 ブレイズの視線が彼の左腕へ落ちた。

 

「君の踏み込みも自分で受けてみたいし。あ、もちろん条件は合わせるよ?」

 

「……ブレイズ、今日はもう十分見せてもらったろう。続きは彼の都合を聞いてからだ」

 

 Aceに言われ、ブレイズは顔を上げた。

 

「そうだね、つい先に言っちゃった。今度、時間が取れたらどう?」

 

 ヴァレリウスは背負われたチェーンソーを見た。彼にとっても馴染みのある形式の武器だが、細部の構造や取り回しは異なる。何より、使い手の力量は実際に相対しなければ分からない。

 

「……条件が整うならば受けよう。武器と演習の範囲については先に教官を交えて確認する」

 

「決まり! じゃ、楽しみにしてるよ!!」

 

「日程はまだ決まっていないぞ」

 

 ドーベルマンが横から告げると、ブレイズは笑って片手を上げた。

 

「分かってるって。そこはちゃんと相談するよ」

 

 そのやり取りを見ていたAceが今度はヴァレリウスの盾へ目を向けた。

 

「護衛の試験も見た。担架が角を抜けるまで、前へ出るのを待っていたな」

 

「最後尾が露出していた。先に進めば敵の射線が通る」

 

「ああ。あそこで待てるのはいい判断だ、運ぶ側も無理に追いつこうとしなくて済む」

 

 Aceは近くで頷いていた搬送要員へ軽く目をやった。

 

「いい盾の使い方だった。機会があれば、ぜひ肩を並べて戦いたい」

 

「……その際は役目を果たそう」

 

「頼りにしている」

 

 差し出された手を見てヴァレリウスは一瞬だけ動きを止めた。それから剣を収めた右手でその手を取った。装甲越しに、ごく短い握手が交わされる。

 

 その間にもブレイズはビーグルへ先ほどの試験の感想を尋ねていた。嬉しそうに話し始めた彼女の隣で、ハイビスカスが壊れた壁を指さして何か説明している。ラヴァが口を挟むと、ブレイズが声を上げて笑った。

 

 ヴァレリウスはその輪の中に立っていた。

 

 彼の武技は見られた。装甲が何を防ぎ、その身体が何を成せるかもある程度は知れたはずだった。それでも目の前の者たちは先ほどより気安く彼へ話しかけてくる。

 

 帝国で彼の身分を知る者が見せる畏れや、言葉を選ぶための躊躇は、ここでは驚くほど少ない。剣の一撃について尋ねたかと思えば、次には訓練の予定を持ちかけてくる。その調子に返す言葉を考えているうち、別の誰かが話し始めた。

 

「でもぉ」

 

 クルースがいつもののんびりした声で言った。

 

「ヴァレリウスさんの人馴れ適性(・・・・・)は、卓越とは言えないねぇ」

 

 ビーグルが息を呑んだ。

 

「ク、クルースちゃん!?」

 

「ちょっとクルース!?」

 

 フェンも慌てて声を上げ、ハイビスカスが二人を見比べた。ラヴァは額に手を当てる。

 

「お前な……」

 

「だってぇ、さっきから誰かに話しかけられるたびに少し止まってるんだもん」

 

 ヴァレリウスがゆっくりとクルースへ顔を向けた。

 兜の視線を受けても、彼女はいつもと変わらぬ顔で見上げている。その横でビーグルが何か言おうとして、まだ言葉を見つけられずにいた。

 

「……人馴れ、か」

 

 低い声が返る。

 

 ブレイズは口元へ手を当て、Aceは僅かに肩を揺らしていた。ドーベルマンまで否定せずに黙っている。

 

 ヴァレリウスは彼らを順に見た。戦技の評価を告げられた直後にこのような指摘を受けるとは思っていなかった。しかも周囲の反応を見る限り、訂正を申し出る者はいないらしい。

 

「……汝らは、実に不可解だ」

 

 小さな溜息が漏れた。

 

 クルースが笑い、つられてブレイズも笑い出した。ビーグルはなおもおろおろしていたが、彼が露骨に不快そうにしていないことに気づくとようやく肩から力を抜いた。

 

「見学はここまでだ。お前たちは自分の訓練へ戻れ」

 

 ドーベルマンの声に五人が揃って振り向く。

 

「は、はい!」

 

「えぇ、もうちょっとだけ……」

 

「クルース」

 

「はぁい」

 

 フェンに促され、ビーグルが名残惜しそうに会釈した。ハイビスカスはまた声をかけると告げ、ラヴァは軽く片手を上げて歩き出す。最後までゆっくり歩いていたクルースがもう一度こちらへ振り返った。

 

「またねぇ、ヴァレリウスさん」

 

「……ああ」

 

 返事をしてから、彼は自分の周りがようやく静かになったことに気づいた。

 

 少なくとも、ほんの数秒は。

 

「それで模擬戦なんだけど。君はいつ頃なら都合がいい?」

 

 隣から聞こえたブレイズの声にヴァレリウスは再び顔を向けた。

 

 彼の奇妙なロドスでの生活は、まだ始まったばかりだった。

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