ヴァレリウスがロドスに滞在するようになって、一週間が過ぎた。
その間に、彼の姿は艦内で少しずつ見慣れたものになっていった。初めて目にした者が足を止めることは依然としてあったが、既に顔を合わせた者は会釈をし、用事があれば声をかける。彼もまた挨拶には短く応じ、必要な話は最後まで聞くようになっていた。
約束していたブレイズとの模擬戦も条件を詰めたうえで行われた。
盾を叩く重い音と床を擦る靴音。横から回り込もうとしたブレイズの前へ盾の縁が動き、彼女はその場で踏み込みを変えた。続く打ち込みを受けたヴァレリウスの足が僅かに開き、今度は彼の剣が返る。
終了の合図が鳴るまで見学者の視線は二人から離れなかった。
「あー……今の、もう一回やりたいなぁ」
「終了の合図は聞こえたはずだ」
「聞こえてるよ。だから次の話! 最後私が踏み込んだところ、もう分かってたでしょ?」
「足と肩が先に動いた」
「そっかぁ。じゃあ、そこから考え直さないと」
そう言って笑うブレイズへ彼は剣を収めながら一つ頷いた。少なくとも、技を磨くために剣を交えるという行為は、彼にもよく分かる交流だった。
一方、艦内の全てにすぐ馴染めたわけではない。
医療用ロボットのLancet-2から初めて話しかけられた際には彼の右手が剣の柄へかかり、傍にいたクロージャが血相を変える一幕もあった。
「待って待って待って! その子はうちの医療担当!! 抜かないでまず話を聞いてって!!」
「クロージャ技師。この機械は、何処まで自ら判断する」
彼の脳裏をよぎったのは〈
クロージャは今度ばかりは軽口を控え、機能と行動の制限を説明した。ヴァレリウスも艦内で結んだ約定を思い出し、柄を握り直すことはしなかった。
その間、丸みを帯びた機体は少し離れたところで待っていた。
「……あの、どこか具合がお悪いのでしょうか。私にできることがあれば、お申しつけください」
「今はそのまま待機していてくれるかな……」
クロージャが額を押さえた。
その場で疑念が全て晴れたわけではなかったが、彼は詳しい説明を別途受けることに同意した。以後、技術部門では紹介していない機材を彼の背後から急に話しかけさせないという申し合わせが加わった。
それでも、一週間を通じて見たロドスの活動は、彼がここで結んだ協力関係を考え直すようなものではなかった。医療部の仕事も、物資を扱う者の働きも、この艦に集まった者たちを生かすために続けられている。今の彼にそれを妨げてまで敵対する理由はなかった。
自ら雑談の輪へ加わることは少なかったが、狭い通路では患者を先に通し、搬送中の担架へは道を譲った。背の低い者が傍を歩いていれば歩幅を落とし、物を運ぶ者が扉を抜けるまではその扉を押さえていた。
彼自身には自分の身体と装備が周囲に与える影響を考えれば当然の処置だった。
だが、周囲の受け取り方は少し違っていた。
物静かで近くに立たれるとやはり怖い。それでも困っている者を押し退けたり、弱った患者を急かしたりはしない。そんな話が、実際に顔を合わせた者たちの間から広まっていった。
そして子どもたちの間では、その評判がもう少し分かりやすい形へ変わっていた。
「こちらを抜けると居住区の方へ戻れます。資材を運ぶ時間でなければ、この通路の方が歩きやすいと思います」
アーミヤが示した先を確かめ、ヴァレリウスは頷いた。
その日は艦内で今後使用する設備について説明を受けていた。彼が通れる幅と床の条件は既に確認されていたが、実際に人が行き来する時間まで含めると選ぶべき経路はいくらか変わる。
隣を歩くアーミヤに合わせ、彼は普段より歩幅を抑えていた。背の盾も通路側へ張り出さぬよう位置を確かめ、脇を通る職員へ僅かに身体を寄せる。
「……大分、艦の中も覚えていただけましたか?」
「頻繁に訪れる区画であれば。ただし、似た扉が多い」
「あ、それは……そうですね。表示に慣れるまでは、分かりにくいところもありますよね」
「技術部門の近くは判別しやすい。音がする」
アーミヤは何かを思い当たったように瞬いた。
「クロージャさん、また何か動かしていました?」
「何かは、常に動かしているようだ」
その返事に彼女が小さく笑ったとき、前方の廊下から賑やかな声が近づいてきた。
数人の子どもたちだった。袖口から包帯の覗く子も、長い靴下で脚を覆った子もいる。付き添いの職員から少し先へ出て歩いていた彼らは角の向こうに現れた巨体を見ると、揃って顔を上げた。
「あっ! 青いおじさんだ!!」
一人が声を上げ、ヴァレリウスの足が止まった。
アーミヤも止まった。
「おじさん、こんにちは!」
「今日も青い!」
「アーミヤもいる!!」
次々に上がる声と共に子どもたちが駆けてきた。
ヴァレリウスは反射的に周囲を確かめた。背後を通る者はおらず、右手の壁際には荷物もない。子どもの一人が彼の足元へ入ったところで完全に動きを止める。
ここ数日、彼は似た場面でそのようにしていた。
自分が進路を変えるだけでも、小さな身体を押し倒しかねない。足元へ入られてから慌てて避ける方が危険だった。子どもが通り過ぎるまで止まっておくのが最も確実だったのである。
ただ、彼らにはそれが呼べば必ず立ち止まって構ってくれる理由として覚えられていたらしい。
「皆さん、走ると危ないですよ。それから、その……」
アーミヤは彼の兜を見上げた。
アウルス・ヴァレリウス、ウルトラマリーン戦団のオナーガード。彼の語った経歴を思い返すと、名誉と儀礼がどれほど重んじられているかもよく分かる。
その人物へ向かって、青いおじさん。
「ヴァレリウスさん、子どもたちは――」
「その呼称は私を指しているのか」
低い声がした。
それに答えたのは彼の正面に立った男の子だった。
「うん。おじさん、青いから」
あまりにも迷いのない返答に、ヴァレリウスは黙った。アーミヤは彼が何か言う前に説明すべきか、子どもたちへ正しい呼び方を教えるべきかを考えた。
その僅かな間に、最初の一人が彼の足へ片足をかけた。
「……何をしている」
「大きい靴!」
「……足を下ろせ」
「ちょっとだけー!」
「ちょっと、皆さん!?」
アーミヤが慌てて手を伸ばしたときには、別の子が脛当ての縁を掴んでいた。ヴァレリウスがその身体を支えようと手を下げると、足の上に乗っていた子が今度は差し出された手甲へ掴まった。
彼はその動きを認識していた。だが指を引けば小さな手を振りほどくことになり、足を動かせば足場を失わせる。
結果として、彼の右手は子どもの腰を受け止めた状態で止まった。
「おおっー!!」
手の上へ半ば乗り上げた子が目を輝かせた。
「たかーい!!」
「私も、私も!」
「……待て」
普段より僅かに速い声が出た。
「登るな。そこは――いや、手を離すでない。先に足を下ろせ」
「どっち?」
「……私が支える。それから降りよ」
アーミヤが唇を結び、笑いそうになるのを堪えた。すぐに膝を曲げ、まだ床にいる子どもたちを自分の方へ寄せる。
「順番に降りましょう。急に動くと落ちてしまいますから。そちらの子はまず手を――あ、待ってください、そのままです!」
脛当てへ登りかけた子が言われた通りにしようとして片手を離した。ヴァレリウスの左手がその背へ添えられる。
彼の両手が塞がった。
右にはまだ高いところを楽しんでいる子ども。左には装甲の縁を掴んで登ろうとする子ども。正面には次を待つように見上げる子どもたち。そして横には、どうにか彼らを引き取ろうとしているアーミヤがいた。
ヴァレリウスは数百年の戦歴の中にも、今の状況へそのまま当てはめられる経験が見つからないことを認めざるを得なかった。
名誉ある装甲の上へ小さな靴底が乗っている。敵の打撃を受けてきた手甲は、今や子どもの尻と脚を支えていた。
それについて考えるのは後にした。
「……よく聞け」
彼は声を抑えた。
「この鎧には動けば隙間の狭まる箇所がある。そこへ指を入れれば怪我をする。足をかけるのも止めよ」
手甲の上の子が彼を見上げた。
「おじさんが動かなかったら?」
「私が動けなくなる」
「あ、そっか」
子どもはようやく納得したらしかった。
「では下ろす。そのまま掴まっていろ」
右手がゆっくり下がった。アーミヤが横から小さな肩を支え、両足が床についたことを確かめてから手を引く。
「こちらへ来てくださいね。そうです、そこで待っていてください」
次に左脚へ取りついていた子へ向き直った。
「汝もだ。手を離す前に私の腕へ掴まれ」
「もうちょっと上まで行けそうだったのに」
「……行かずともよい」
即座に返された声にアーミヤの肩が少し揺れた。
ヴァレリウスは子どもの身体を手で受け、装甲の継ぎ目から指が離れたのを見てから床へ下ろした。最後に自分の足の上へ残っていた小さな靴が退くのを待ち、ようやく両腕を戻す。
駆けつけた付き添いの職員が子どもたちを集めながら、何度も頭を下げた。
「申し訳ありません。急に走っていってしまって……」
「負傷はないか」
「え? あ、はい。大丈夫です」
確かめる声を聞き、子どもたちも自分の手と足を見た。手甲から下りた子が少し残念そうな顔で言う。
「おじさん、ごめんね」
「次からは登らぬことだ」
「触るのも駄目?」
ヴァレリウスは返答する前に、膝の高さへ集まった顔を見下ろした。
「……不意に掴むな。私にも、汝らが何をしようとしているか分からぬ」
「先に言ったらいい?」
「まず言え。その上で判断する」
「分かった!!」
なぜか少し嬉しそうな返事が揃った。
アーミヤは今度こそ小さく笑った。ヴァレリウスがそちらへ顔を向けると、彼女は慌てて口元へ手を添えた。
「すみません。あの……皆さん、ヴァレリウスさんのお名前も覚えましょうね」
「ゔぁれりうす?」
「はい、ヴァレリウスさんです」
子どもたちは何人かで名前を繰り返した。きちんと言えた子が得意そうな顔をし、途中で詰まった子がもう一度言い直す。
それを見届けた付き添いの職員が移動を促した。彼らは名残惜しそうに彼の脚を見ていたが、今度は駆け出さずに歩き始めた。
「またね、ヴァレリウスさん!」
「青いおじさん、ばいばい!!」
最後の声まで聞いたアーミヤが僅かに目を伏せた。
ヴァレリウスはその小さな集団が角を曲がるまで見送っていた。
「……お疲れさまでした」
隣からかけられた声に、彼はアーミヤへ向き直った。
「疲労はしていない」
「はい。でも、びっくりされたでしょう?」
「……予想していた接触ではなかった」
アーミヤは頷いた。彼の足元へ目をやると、脛当てに小さな靴の跡がついている。ヴァレリウスもそれに気づき、手甲の指で軽く払った。
「あの子たち、前からヴァレリウスさんのお話をしていたんです。廊下で会うと待っていてくれるとか、手を振ると振り向いてくれるとか」
「接近する者の位置を確かめていただけだ。足元へ入られてから動けば危害を加えかねぬ」
「……それで、いつも気をつけてくださっていたんですね」
彼女は少しだけ笑った。
「ヴァレリウスさんは、優しいんですね」
彼はアーミヤを見た。
「……そのように評される理由が理解できぬ」
「最後までちゃんと支えてくださいましたから」
「離せば落ちる」
「はい。ですから」
彼女の顔から笑みは消えなかった。ヴァレリウスはもう一度何かを言いかけ、結局言葉を続けなかった。
小さな身体を怪我もなく床へ戻すために必要なことをした。それを喜ばれるのは理解できる。だが名誉の守り手の鎧へよじ登り、その手の上ではしゃいでいた者たちからそのように見られているというのは、どうにも落ち着かなかった。
「……あの呼び方も以前からか」
「青いおじさん、ですか?」
彼が頷くと、アーミヤは少し考えた。
「そうですね。お名前を覚える前からそう呼んでいた子はいたと思います。皆に説明しやすかったんでしょうね」
「説明には、なるのだろうな」
青い装甲をまとい、彼らより遥かに長く生きている──誤りを挙げようとしても、すぐには思いつかなかった。
だからといって素直に頷ける響きでもなかったが。
戦団の同胞が今の自分を見ていたなら何と言っただろうか。そこまで考えたところで、彼は思考を切り上げた。
「……次からは、登り始める前に制止する」
「はい。私からも皆さんにお話ししておきますね」
アーミヤが歩き出した。ヴァレリウスも周囲を確かめ、再びその隣へ並んだ。
通路の先では先ほどの子どもたちが付き添いの職員に何か話していた。手を高く上げている子もいる。おそらく、彼の手甲の上から見た高さを説明しているのだろう。
そのうちの一人がこちらに気づき、また手を振る。
ヴァレリウスが顔を向けると今度は全員が振り返った。
「……なるほど」
「どうかしましたか?」
「……いや」
彼は歩調を戻した。アーミヤはそれ以上尋ねず、傍で小さく微笑んでいた。
数日後、ケルシーとドーベルマンから呼び出しを受けたヴァレリウスは作戦説明に使われる一室を訪れた。
中央の卓上には付近の地図が映され、その一角に複数の印が置かれていた。ケルシーが彼の入室を確かめ説明を始める。
「近隣で発生した天災については艦内の告知で聞いているな」
「ああ。進路が変わった理由も、それであると聞いた」
「被災した地域からの避難者がここに集まっている」
彼女の指が地図の一点を示した。
「臨時の難民キャンプだ。周辺の集落からも人が来ており、当初の想定を超えている。食料と医薬品が不足し、怪我人の搬送も追いついていない」
ドーベルマンが端末を操作した。現地から送られた画像が並ぶ。
並べられた天幕に車両の傍に積まれた荷物、布で囲っただけの診療場所。画面の端には順番を待つ人々の姿があった。
ヴァレリウスは少し長くその画像を見た。
「……似た光景を、ここへ来る前にも見た」
「君と我々が最初に接触した場所も避難者を受け入れていたな」
ケルシーが答えた。
「天災の後には、こうした状況が各地で生じる。移動できた者が避難した先で十分な支援を受けられるとは限らない」
ヴァレリウスは地図へ視線を戻した。
この世界で最初に立った場所から離れ、艦の生活にいくらか慣れたところで、再び同じような報告を聞いている。キャンプへ入ってきたロドスの車列とその傍で働いていた者たちの姿が思い出された。
「そこで、君に今回の救助活動への参加を要請したい」
ケルシーは彼へ向き直った。
「物資の搬入、負傷者の搬送、必要に応じた通路の確保だ。現地ではまだ瓦礫の撤去が進んでいない。君の力と護衛に関する経験を借りたい」
「部隊の指揮は私が執る」
ドーベルマンが続けた。
「救護と搬送の担当を含む。到着後に現地の状況を確認し、各員の配置を決める。あなたには危険箇所での作業と搬送班の保護を中心に頼むつもりだ」
「……敵対勢力の活動は」
「現時点でキャンプへの組織的な襲撃は確認されていない。ただし周辺の情報は十分ではない。移動中も警戒は続ける」
彼女は地図の経路を示した。
「救護要員から離れて単独で行動する必要が生じた場合は先に連絡してくれ。崩落の危険と源石の汚染については現地の担当者の判断も受ける」
「承知した。汝らが用いる防護と現場の合図についても説明を頼む」
「出発までに合わせておこう」
ケルシーが手元の記録へ目を落とした。
「君の装甲がどの程度の防護を備えていても、源石への影響まで確認できたわけではない。感染しないという前提では作業を組まない──その点は理解してほしい」
「承知した。源石に対して安全だという確証は私にもない」
彼女は頷いた。
「それから、現地の人々は君の姿に慣れていない。必要な説明はこちらの職員から先に行う。負傷者へ近づく際には、そちらと歩調を合わせてくれ」
ヴァレリウスの脳裏を、小さな靴と自分へ伸びてきた何本もの手がよぎった。
怯えて逃げられても、反対に不用意に近づかれても、足元へ注意を払う必要があるのは同じだった。
「……心得た。提示された役目を引き受けよう、出発はいつだ」
彼は二人を見た。
「明朝だ。集合場所と時刻は、この後担当から伝える。加えて、装備と搬送車両の確認も行う予定だ。あなたが乗れる車両は既に手配してあるが、実際の乗降を確かめておきたい」
ドーベルマンの言葉に彼は一つ頷いた。
「ならば、準備にかかろう」
説明を終えて自室へ戻ると、ヴァレリウスは武具を順に確かめ始めた。
剣の柄から鞘口へ指を走らせ、クロージャが手を加えた箇所について追加の点検で得られた報告を思い返す。作動は安定していた。盾の固定具にも異常はなく、プラズマピストルの状態を示す表示も正常だった。
封印と装飾を確かめて必要なものを携行する位置へ収める。装甲の継ぎ目には小さな汚れが残っていたが、動作を妨げるものはなかった。
明日、彼は初めてロドスの部隊と共に出動する。
難民キャンプへ赴き、人員を守り、負傷者を運ぶ。その役目は理解できる。無論、同行する者の能力と知らぬ土地の危険についてはなお確かめることがあったが。
盾を左腕へ合わせると留め具が重い音を立てた。
彼は肩を動かし、腕を引き、いつもの位置へ盾が収まることを確かめた。それから再び外し、明朝すぐに手を伸ばせる場所へ置く。
作業を終えて兜を持ち上げたとき、塗装された青が室内の明かりを返した。
──青いおじさん。
ふと思い出された声に彼の手が僅かに止まった。
明日の任務でその呼び名を使う者がいないことを願いたい。そう考えてから、ヴァレリウスは兜を机上へ戻した。
一方、ロドスの進む大地から遥かに隔たった銀河では、焼け落ちた都市の空を砲火が横切っていた。
崩れた防壁の内側でボルターが吼えた。炸裂した弾頭が金属の胸郭を砕き、骸骨めいた機体を後方へ押し倒す。その身体が地面へ落ちる前に、銃口は次の敵へ向いていた。
黄色の射手の装甲は幾重もの煤と傷に覆われながらも、左肩に描かれた黒い拳は見分けられる。
インペリアルフィスト戦団のサージェント、ドミニクス・ハルデン。
彼は残弾を確かめ、隣に伏せた黒い影へ声をかけた。
「……クロウ。主隊との連絡は」
「戻らない。中継地点も応答なしだ」
返答と共に黒い装甲が瓦礫の間から僅かに身を起こした。
レイヴンガード戦団のインフィルトレイター、エレヴァン・クロウだった。フォボス型パワーアーマーの肩から胸へ細かな破片が張りつき、白い鴉の紋章には斜めに煤が走っている。
マークスマン・ボルトカービンが短く鳴ると、通路へ踏み出したネクロン・ウォリアーの頭部が弾ける。続く射撃が胴を砕き、その後ろから上がりかけた銃口も地面へ落ちた。
「東側も塞がれた。先ほど通った場所に、もう一隊出ている」
「西は」
「見える範囲では同じだ。下にもゼノ共を確認した」
クロウの銃口が足元へ下がる。破片の隙間からは金属の脚が覗いていた。次いで幾つもの甲殻が重なり、緑の光を宿したスカラベが瓦礫を越えてくる。
ハルデンが先頭の一匹を踏み砕いた。靴底の下で甲殻が潰れたが、その後ろから新たな個体が這い上がってくる。壁の残骸に取りついた群れが断面を削りながら幅を広げていく。
二戦団による共同作戦はこのような孤立を予定してはいなかった。
施設へ接近した部隊を迎えたのは地中から現れたネクロンの軍勢だった。交戦開始後に通過してきた区画にも敵が出現し、崩落した構造物と集中する射撃が部隊を分断した。
ハルデンとクロウはそれぞれの部隊との再合流を目指して移動を続けていた。だが今、その経路は緑の閃光と生体反応を持たぬ敵の列によって閉ざされつつあった。
ガウスの光が防壁の上端を薙ぐ。
装甲を削られる直前にハルデンが頭を下げると、遮蔽物の縁が剥がれて細かな粒となって散った。クロウは反対側へ身をずらし、射線を確かめてから一発を返した。
倒れていたウォリアーの腕が動く。
砕けた箇所へ金属が寄り集まり、骨に似た指が銃の柄を掴み直す。その肩をハルデンの弾が再び砕いた。それでも、完全に動きを止めるまでにはなお射撃を要した。
「……ここも長くは持たない」
クロウが告げる。声に焦りはなかったが、その目は既に次の遮蔽を探していた。
「奥の基部まで下がる。お前は先に移れ」
「俺が動けば左が空く」
「分かっている。合図を送れ、こちらもすぐに下がる」
クロウは返事の代わりに一度頷き、身を低くした。
その動きを隠すようにハルデンが射撃を続けた。迫る金属の列へ短い連射を浴びせ、先頭が崩れた隙に弾倉を替える。左足へ取りつこうとしたスカラベを銃床で叩き落とし、続く一匹を踏み潰した。
通信へ短い合図が入った。
彼は直ちに後退し、背後から撃つボルトカービンの音を聞きながら崩れた壁を回り込む。直前まで立っていた場所へガウスの光が集中し、既に薄くなっていた防壁の一部が崩れ落ちた。
黄色い装甲が次の遮蔽へ収まると、今度はクロウが位置を変えた。
二人は一つずつ退路を探していた。だが立つ場所を変えるたびに新たな銃口が見つかり、瓦礫の下からはスカラベが現れた。通信には呼びかけを重ねても雑音しか返らず、遠くの爆発が他の部隊の位置を教えてくれることもなかった。
「残弾は」
ハルデンが尋ねる。
「今のと、残り一本だけだ」
「……こちらも多くはない」
クロウが黄色い装甲を一瞥した。
「なら、次は戻ってきてほしくないな」
「同感だ」
再び銃声が重なった。
金属の脚が折れ、武器を持つ腕が飛ぶ。それでも後続は止まらなかった。砕けた同類を踏み越えてウォリアーが進み、その足元を小さな甲殻の群れが埋めていく。
クロウは足元へ銃口を向けた。至近で炸裂した弾が群れを散らしたが、その隙に右手の瓦礫から別の一群が回り込んでいた。
ハルデンのチェーンソードが唸り、噛み合う刃が甲殻を引き裂いて火花と破片が膝の下へ散った。銃を持つ腕は前へ向けたまま、もう一度足元へ剣先を振る。
「右を寄せるな!」
「見えている」
クロウが身体を寄せた。二人は肩を並べ、それぞれの正面へ向かって撃ち続けた。
そのとき、ハルデンの視界の下端に白いものが映った。
最初は足元で何かが放電したのだと思った。
だが、光は地面から上がっているのではなかった。手甲の縁、ボルターを支える腕、傷だらけの胸部装甲──その輪郭に沿って淡い光が広がっていた。
「……クロウ」
「こちらもだ」
黒い装甲にも同じ光がまとわりついていた。
クロウは一瞬だけ左手を見た。手甲の表面が白く霞み、すぐにその光は肩と胸へ広がる。兜の表示が乱れ、敵までの距離を示す数字が消えた。
「ゼノ共の策略か……?」
「分からん。位置を離れるな」
ハルデンは撃ちかけてきたウォリアーへ最後の連射を浴びせた。隣でもカービンが鳴る。その音が、不意にひどく遠ざかった。
なおも光が強くなる。
遮蔽の向こうで銃口が上がった。スカラベの群れが二人の足元まで迫っていた。ハルデンの手がクロウの上腕を掴み、ほぼ同時に黒い手甲も黄色い装甲へかかった。
白光が二人の身体を包み込む。
次のガウスの閃光が届いたとき、崩れた構造物の傍には、もう誰も立っていなかった。