輸送車の車体が大きく揺れた。
窓の外を天災の残した荒れ地が流れていく。道の両側には折れた支柱や割れた外壁が転がり、ときおり運転手が速度を落として大きな窪みを避けていた。
荷室を改修した車内では、固定された資材の前にヴァレリウスが座っていた。その向かいには行動予備隊A1の五人が並んでいる。
「……何用だ」
彼が声をかけると、ビーグルが少し慌てて姿勢を正した。
「あ、すみません……今度は本当に一緒に任務へ行くんだなって思って……」
「そのために乗っている」
「はい。それはそうなんですけど……心強いです!」
隣でフェンも頷いた。
「最初にお会いしたときは、こうなるとは思っていませんでした。改めてよろしくお願いします」
「……汝らの働きは、あの時にも見ている。各々の役目を果たせばよい」
「はぁい。ヴァレリウスさんもよろしくねぇ」
クルースが小さく笑った。
「……何故笑う」
「嬉しいって言ってるんだよぉ。もう少し普通にお返事してくれてもいいのになぁって」
ヴァレリウスは兜を彼女へ向けた。返答に迷っている間にラヴァが横から口を挟む。
「別にいいだろ、いつも通りじゃん。それより、現地であの人に全部運んでもらおうとか考えるなよ」
「か、考えてないよ!」
「ちょっと、考えたかもぉ」
「クルース」
ビークルとクルースが反応し、フェンに名前を呼ばれてクルースはゆっくり片手を上げた。
「冗談だよぉ。ちゃんと働くって」
「無理をして怪我をするのも駄目ですからね。重いものを運ぶときは、声をかけてください」
ハイビスカスが付け加え、膝の上の医療鞄を確かめた。
ヴァレリウスは五人を見た。初めて対面した時の彼女たちとは随分と違う。緊張はあっても、それが彼に向けられているわけではなかった。
「人手を要するものは、こちらへ回せ。運搬のために同行していることも忘れるな」
「はい!」
ビーグルが笑顔で返事をした。クルースがまた笑い、ヴァレリウスは今度は何も尋ねなかった。
やがて車両が速度を落とし、前方に天幕の列が見え始める。既に先行していた車両から職員が降りて現地の者へ声をかけていた。
ヴァレリウスが荷室から地面へ足を下ろすと、その周囲で幾人もの動きが止まった。
「こちらはロドスの協力員です。物資の搬入と皆さんの搬送を手伝います」
先に降りていたフェンが説明した。彼の手に武器がないことを確かめてから、それでも見上げたままの男が一歩退く。
「そ、そうか……いや、助かる。あんたも来てくれてありがとう」
「荷を置く場所は」
「ああ、こっちだ。診療所の横に……」
案内を受け、ヴァレリウスは運搬用の箱を持ち上げた。
作業はすぐに始まった。ドーベルマンが現地の責任者と状況を確認する間に医療担当が診療の準備を進め、他の者たちは資材を降ろしていく。
ハイビスカスは怪我人を待機場所へ案内し、フェンは届いた物資の数と必要な場所を確かめていた。ビーグルとラヴァが寝台用の資材を運び、クルースも箱を抱えてその後を追う。
ヴァレリウスは重い荷を運び終えると、搬送路を塞いでいる梁の撤去へ回された。周囲の状態を職員と確かめ、両端を支えていた瓦礫から梁を持ち上げる。
傍で見ていた男が持っていた道具を握り直した。
「……それ、何人でも動かなかったんだがな」
「下に人はおらぬな」
「ああ、そこはもう確かめてある」
指示された場所へ梁を下ろすと、男は長く息を吐いた。
「ありがとう。これで担架が通せる」
その言葉を聞き、ヴァレリウスは通路の幅をもう一度確かめた。
難民たちは彼を見て身を固くすることこそあったが、作業を見れば近づいて礼を言い、運んでほしいものがあれば遠慮がちに場所を示した。彼は必要なことを聞き返し、手の空いたところから作業を引き受けた。
そして、妙な噂が耳に入ったのは最初の搬入が一段落した頃だった。
「実は、向こうにもアンタみたいなのが二人いるっていう話でな」
補給品を運んできた現地の男がヴァレリウスを見ながら言い、傍にいたフェンが顔を上げる。
「……向こう、というのは?」
「丘を越えた先のキャンプだよ。黄色いのと黒いの、そっちもとんでもなく大きいんだそうだ」
その瞬間、ヴァレリウスの手が止まった。
「……二人か」
「ああ。今じゃあそこはその二人に牛耳られてるらしい」
フェンの表情が引き締まった。箱を置いたビーグルも話へ耳を向ける。
「人々に危害を加えているんですか?」
「いや、そこまでは聞いてない。だが何もかもあいつらが決めるんだと。荷物を積む場所だの、人が出入りする道だの、見張りの順番だの。天幕まで動かされて外側は砦みたいになってるって話だ」
「……誰かを閉じ込めているとか、そういうことは?」
フェンが確かめると男は少し考えた。
「届け物に行った奴は帰ってきたな。まあ、出るときにも誰が何処へ行くのか聞かれるそうだが」
「実際にその二人を見た人とは話せますか?」
「ああ、荷を降ろしてるあの男だ。俺より詳しく知ってるはずさ」
ヴァレリウスが示された方へ顔を向けた。
黄色と黒。
二人の巨人。
キャンプに築かれた防御陣地。
それだけで断定できることではなかったが、次の作業へ意識を戻すにはあまりに引っかかる話だった。
「……鎧を着ていたか」
彼が尋ねると、男は頷いた。
「そう聞いてる。今のあんたを見て同じようなものかと思ったんだ」
フェンはヴァレリウスを見上げた。
「……教官へ報告しましょう。場所も確認します」
「頼む」
短い返事に彼女はもう一度その兜を見た。いつもの声と変わらないようでいて、今度は続きを尋ねるのをためらわせるものがあった。
目撃した者の話を確かめて位置を地図へ落とすと、ドーベルマンはロドスへ連絡を入れた。通信端末にはケルシーとアーミヤの姿が映り、報告を聞いた二人は地図を確認して目撃者の証言へ話を戻す。
「現地の人数も支配されているという話の実態も、まだ不明だな」
ケルシーの言葉へドーベルマンが頷いた。
「少なくとも避難者が集まっていることは確かだ。ただし、医療支援が入っているかは分かっていない」
「そのキャンプへの接触を望む」
ヴァレリウスが口を開き、ケルシーの視線が彼へ移る。
「……現在の任務範囲からは外れる。こちらの救援を終えないまま人員を分散することはできない。相手の意図も武装の程度も分かっていない以上、近づき方を考える必要がある」
「私も確認は必要だと思います」
アーミヤが地図から顔を上げた。
「避難している方がいるなら、医療や物資が足りているかを知っておきたいです。支配されているというお話も、実際の状況を確かめなければ判断できません」
「接触だけならこちらで人数を割ける」
ドーベルマンが現地の配置を示した。
「診療と搬入の担当は残し、私はここで救援を継続する。予備隊A1に周辺の確認を行わせ、ヴァレリウスと共に接触させたい」
ケルシーはしばらく考え、アーミヤと短く言葉を交わした。
「……分かった。目的は状況の確認と支援が必要かの打診だ。相手が敵対的な場合、無理にキャンプへ入る必要はない。現地から連絡を続けてほしい」
「了解した」
ドーベルマンが答えた後もケルシーはヴァレリウスへ目を向けていた。
「君がそこへ向かいたい理由も聞いておこう」
ヴァレリウスは画面を見た。
まだ確証はなかった。色も体格も遠目の証言に過ぎない。だがもしそうであるならば、この世界へ来てから初めての手がかりになる。
「……同胞たちかもしれぬ」
通信の向こうでアーミヤが僅かに目を見開いた。
ケルシーはすぐには言葉を返さなかったが、やがて一つ頷きドーベルマンへ同行者と連絡の手順を確認した。
丘の向こうのキャンプでは物資を載せた手押し車が入口を通っていた。
その通路は真っ直ぐ奥へ続いておらず、途中で向きが変わり、左右には廃材を組み合わせた壁がある。荷物を運ぶ者には少々面倒でも、外から駆け込んできた者がそのまま居住区へ達することはできないようになっていた。
周囲には瓦礫と破損した資材が積み直され、見張りの立つ場所が設けられている。一見するとただ片づけられたようにも見える空間の幾つかは侵入者が身を隠せず、守る側が攻撃を集中できるように残されたものであった。
そしてキャンプの内側も変わっていた。
天幕の間には人と担架が通れる幅が確保され、崩れかけた壁の傍で寝ていた者は別の場所へ移されている。食料と医薬品は雨を避けられる場所へまとめられ、配る者と受け取る者が記録をつけていた。水場の周囲からは廃棄物が運び出され、病人の手当をする区画には無用な出入りをさせないことになった。
無論、命じられた当初は不満を口にした者もいた。
だが積んだ荷物が崩れて怪我人を増やすことはなくなり、探し物のためにキャンプ中を歩く必要も減った。どこに誰が寝ているか、薬を求めるなら誰に言えばよいかも以前よりずっと分かりやすくなっていた。
「そこへ置くな。通路が狭くなる」
低い声に木箱を運んでいた男が立ち止る。
「あ、ああ……だが、昨日はここでよかったはずだが……」
「新たに負傷者が来ている、担架を曲げる幅を空けておけ。箱はその印の内側へ移せ」
黄色い手甲が示した先を見て男は慌てて頷いた。
ドミニクス・ハルデンは、箱が移されるまで待っていた。それから自ら支柱を押さえて別の住民に固定の状態を確かめさせる。
傍の影から黒い装甲が現れた。
「……まだ直すのか」
エレヴァン・クロウの問いに、ハルデンは支柱から手を離さず答えた。
「人が増え、荷も増えた。同じ配置では支障が出る」
「昨日もそう言っていたな」
「昨日も増えたのだ、兵站は常に変動する」
クロウは箱と通路を順に見て、否定はせずに外周の様子を伝える。
「……北側の見張りは交代した。通行人が二人、どちらも荷を運んで戻ってきただけだ。今のところ追ってくるものはない」
「了解した。次に出る者がいれば戻る見込みも聞いておけ」
黒い兜が僅かに動いた。
二人がこの地へ来た経緯は本人たちにも説明がついていなかった。
包囲していたネクロンの姿が消え、代わりに見知らぬ荒れ地が広がっていた。帝国の通信は届かず部隊の識別信号もない。周囲を調べて移動を続けた末、辿り着いたのがこの避難者の集まりだった。
無論、初めの接触は穏やかとはいかなかった。キャンプの見張りは武器を構え、二人もまた見慣れぬ姿を持つ住民と知らぬ仕組みの装備を警戒した。互いの誰何と制止が重なり、入口から人が逃げていく騒ぎになった。
だが、彼等は自分達の状況も理解できていない状態で負傷者を抱え身動きの取れない集団とその場で戦う必要は無い、と判断したのだ。
水と周辺の情報を得るために留まることが決まるとハルデンは野営地を歩いた。そして、外から丸見えの寝場所と、避難路に積み上げた荷物と、荷重を支えきれぬ柱を順に見つける。
その翌朝には住民たちが巨人の指示で廃材を運び始めていた。
彼が自分で動かせるものも多かったが、何を何処へ移したかはここで暮らす者にも分かっていなければならなかった。食料を数える者、病人を診ていた者、周囲の道を知る者。それぞれに話を聞き、使える手と資材を確かめて配置を変えた。
インペリアルフィスト戦団のサージェントにとって、足元の危険を放置したまま夜を迎えるという選択は取り難かったという訳だ。
住民は今も二人を恐れていた。特にハルデンへ話しかける時には声をかけるまで何度も顔を上げる者がいた。だが、姿を見ただけで武器を構える者はいなくなっていた。遠巻きに様子を見ていた者も、重い資材を運ぶ必要があればその場所まで案内するようになっている。
と、その時。見張りからの知らせが入ったのは、ハルデンが次の補強箇所を確かめようとした瞬間だった。
「丘の方から人影が! かなり大きいです、こっちへ来ます!!」
二つの兜が同時に上がった。
「人数は?」
「一人――いや、後ろにもいるようです、車も見えます!! ですが、先に来るのは貴方たちほど大きいです!!」
ハルデンは支柱を離れ、クロウも既に外側へ向かっていた。
二人は入口へ出ると住民を内側へ下がらせた。黄色い装甲が通路の正面に立ち、黒い装甲はその脇で銃口を下げたまま待つ。
丘の裾から影が進んでくる。
それは青かった。
無論、ハルデンはその色だけで判断しなかった。兜、肩章、胸を覆う装飾、そして大きな盾。距離が縮まるにつれ、見間違えようのない紋章が目に入ってくる。
「……ウルトラマリーン」
隣でクロウが呟いた。
そして、ヴァレリウスも二人の姿を見ていた。
黄色い装甲と黒い拳、黒い装甲と白い鴉。形の異なる装備や確認したい箇所はあったが、その身体と、こちらへ向ける構えには彼が長く知っているものがあった。
と、その時、兜の内側へ短距離通信の呼びかけが入った。
それは帝国規格の交信だった。この世界に転移してから一度も通じなかったもの――ヴァレリウスは即座に応答し、名と戦団、そして役職を告げる。
同時に入口の二人が動きを止め、相対する顔が肉眼でも見分けられる距離まで近づくとヴァレリウスは足を止め、二人の武器が下がる。
その瞬間、ハルデンが片膝をついた。
ほぼ同時にクロウもその隣へ膝を下ろす。
「……ウルトラマリーン戦団の名誉の護り手に、我らの敬意を」
刹那、周囲で物音が止まった。
壁の内側から見ていた住民が隣に立つ者の袖を引いた。あの恐ろしく尊大で冷静な二人が、自ら頭を下げているというのは初めて見る光景だった。
ヴァレリウスは二人を見下ろす。
「敬意は受け取った――立て、戦闘同胞よ。汝らの名を聞こう」
黄色い巨人が立ち上がり、胸へ拳を当てた。
「インペリアルフィスト戦団、ドミニクス・ハルデン。第二中隊のサージェントを務めている」
「レイヴンガード戦団、エレヴァン・クロウ。インフィルトレイターだ」
黒い巨人も姿勢を正した。その声には最初に接近を待っていた時とは違うものが混じっている。
「この地で同胞に会えるとは思わなかった。まして、名誉の護り手に……」
「私も、汝らを見つけられるとは思っていなかった」
ヴァレリウスはそう答えた。
帝国の信号を探し、返ってこない呼びかけを続けた時間が思い出された。自分の装備を知り、肩の紋章を読み、説明するまでもなく彼の立場を理解する者が今は目の前に二人いる――その事実を確かめるように、彼はもう一度黄色と黒の装甲を見た。
「我らは共同作戦の最中だった。ネクロンとの交戦中に孤立し、移動を続けていたところ周囲を包囲され、そこで光が……気づけばこの地にいた。よもや貴殿も同じか」
ハルデンが事の顛末を説明し始める。
「戦っていた相手は異なるが、光に包まれた点は同じだ。私も突如として此処へ移され帰還の手立てを得られずにいる」
ヴァレリウスの返答にクロウの兜が僅かに傾いた。
「……帝国諸軍との連絡は」
「未だ届かぬ。此処が我らの知る世界と異なることは現地の者との接触で確かめた。無論、私も全てを理解したわけではないがな」
「そうであったか……」
ハルデンは短く息を吐く。望んだ返答ではなかったが、それを共に確かめられる同胞がいることには大きな意味があった。
「……ともあれ、この再会に感謝する。漸く我らの置かれた状況を共有できる」
「同感だ」
ヴァレリウスの返事に躊躇はなかった。彼もまた研ぎ澄まされた態度の中に僅かな安堵が混じっていることは、同じアスタルテスである二人にも察することができた。
そこで、入口の外から別の足音が聞こえた。
「ヴァレリウスさん!」
青い装甲の向こうからフェンが現れた。
「車両は丘の手前に停めました。教官への連絡も済んでいます。……こちらのお二人が?」
彼女の後ろからビーグルとラヴァ、ハイビスカスが姿を見せた。少し遅れてクルースもやってくる。
ハルデンは言葉を返さなかった――否、返せなかった。
耳が目に入り、そして角が見えた。小柄な身体にそれぞれ武器や装備を携えている。もちろん、この地の住民に似た特徴を持つ者は既に野営地で目にしていた。だが、彼女たちはこちらに足を止めることこそあっても、名誉の護り手の傍へ近づくのを躊躇ってはいなかったのだ。
「お仲間が見つかったんだねぇ、よかったぁ」
クルースがヴァレリウスの脇へ並び、いつもの調子で顔を上げた。
「ヴァレリウスさん、さっきから少し嬉しそうだよぉ」
「……そう聞こえたか」
「うん。いつもより、いっぱいお話ししてたしねぇ」
クロウの黒い兜が彼女とヴァレリウスを交互に捉えた。
――この異形……正気なのか?
異形の者が名誉あるオナーガードの、其の名を気安く呼んでいる。制止も誰何も受けずに肩を並べ、声音をからかうようなことまで言う。そしてヴァレリウス自身もそれを当然のように受け止めているのだ。
ハルデンの右手が吊り帯へ預けたボルターへ走り、クロウの手もほぼ同時にカービンを取り直していた。
「止めよ」
静かな声が落ち、二人の手が止まった。
フェンが半歩仲間の前へ出た。ビーグルの腕に力が入り、クルースの笑みが消える。ラヴァは口を結び、ハイビスカスを庇える位置へ身体を寄せた。
ヴァレリウスは動かずにただ、二人の顔を順に見た。
「彼女らは私の同行者だ。武器から手を離せ、サージェント・ハルデン」
ハルデンが彼を見た。
「……貴殿の、同行者」
「そうだ」
黄色い手甲がゆっくりと銃の握把から離れる。クロウも銃口を下げたが、その視線は五人を捉えたままだった。
フェンはヴァレリウスへ目を向けた。
「……私たちは、ここで待機していた方がよいでしょうか」
「いや、汝らが敵でないことを先に伝えるべきだった」
彼の兜が二人へ戻る。
ハルデンとクロウは説明を待っていた。疑念も警戒も隠していない。その目が何を問いかけているのか、ヴァレリウスには十分に理解できた。何故ならば、少し前の自分ならば同じように見ただろうからだ。
彼は口を開きかけたが、寸前で止まる。
この地の住民と帝国の区分が一致しないこと、彼女たちが医療と救援のために来ていること、自分もその一員として今ここに立っていること。
一つ述べれば、次を説明しなければならない。
「……話すと、長くなる」
普段より少し低く、言いにくそうな声だった。
クルースが小さく瞬き、フェンは何かを察したように口を閉じた。
黄色と黒の巨人はなおも返答を待っていたが、ヴァレリウスの指示を受けた二人はまず武器を収めた。もっとも、五人へ向ける態度が和らいだわけではなく、必要な応答をする間も彼女たちの動きから目を離さなかった。
その後の話は、キャンプの状況確認と並行して進められた。フェンたちは住民側の担当者を紹介され、物資の配分と怪我人の状態を確かめた。ハルデンは配置を変えた理由とまだ不足している資材を伝え、クロウは周辺の経路と見張りの配置を示した。二人ともヴァレリウスが保証した同行者へ手を出すことはなかったが、その声には明らかな隔たりが残っていた。
ロドスへの同行はヴァレリウスから持ちかけられた。帰還の方法を探すにも、装備を維持するにも、ここで同じ情報を別々に集め続けるよりも彼の得た拠点を確認する方がよいという話だった。結果、キャンプの運営を担っていた者たちへ必要な引き継ぎを行って追加支援についてロドスと連絡をつけ、新たに二人を乗せるための車両も手配され、その準備を待って彼らは共に艦へ向かうことになった。
帰路と到着後に用意された場で、ヴァレリウスはケルシーと共に説明を行った。帝国の統治や通信が確認できないこと、源石と天災、ロドスの医療活動とその目的。そして自分がこの艦の庇護を受け、装備の点検や負傷時の対応を頼む代わりに可能な範囲で協力していることも伝えた。
ハルデンとクロウは幾度も質問した。住民の姿、組織の指揮系統、どこまでの情報を開示したのか。説明の途中で顔を見合わせることもあったが、ヴァレリウスは答えられるものから順に返した。当然、今すぐ判断できない点は未確認のまま残されていることも明言した。
話が一通り終わる頃には、二人も自分たちが何を理由にこの艦へ連れてこられたのかは理解していた。
「……現在の状況で、維持できる拠点が必要なことには異存がない」
少しの沈黙の後、ハルデンが言った。
部屋にはケルシーとヴァレリウス、そして新たに到着した二人がいた。通常の面談室では狭いため、資材の搬送に使う区画の一室が空けられている。
「我らの部隊へ連絡する手段が得られるなら、無論それを調べたい。装備の保守についてもこのまま手をつけずに済むとは思っていない」
彼はケルシーを見た。その眼差しにはまだ目の前の医師を受け入れきらぬものがあったが、ヴァレリウスがロドスを協力者と認めた以上、敵意は含まれていない。
「……ただし、武具や身体に関わることを全て開示するとは約束できぬ」
「その点についてはヴァレリウスからも同じ制限は聞いている。君たちの属する国家の宗教的権威や価値観についても同様だ」
ケルシーは淡々と答えた。
「何を依頼するか、どこまで扱えるかはその都度確認する。我々にも知らない構造を説明なしに扱うことはできない」
ハルデンは僅かに頷き、続いてクロウが口を開く。
「艦内での行動にはどの程度の制約がある」
「立ち入りを制限する区画がある。医療を受ける者も生活する者もいる以上、武器の扱いと通行には配慮してもらう」
黒い兜は動かなかった。
「……我らを監視するためでもあるのだろう」
「君たちがこちらを警戒していることも承知している。実際に銃へ手を伸ばしたという報告も受けた。双方が行動を確かめる必要性は存在する」
クロウはしばらくケルシーを見つめる。
その隣でヴァレリウスが口を開く。
「私も、此処で知らぬものに遭遇する度に説明を求めている。汝らにも同じ手順が必要になるだろう」
「……貴殿とロドスの協力は帝国との連絡を回復するまでのものか」
ハルデンの問いに、彼は即座に頷いた。
「帰還の目的を失ったわけではない。生存し、武具を維持し、情報を得る――私はそのために彼らと約定を結んだ」
彼はケルシーへ目を向け、それから二人へ戻した。
「そして、その約定はこれまで守られている。受けた助力に対し私も役目を果たしている」
ハルデンは少し黙った。
異形の住民への不信も、その者たちが指導する艦で過ごすことへの抵抗も残っている。だが、帝国の所在すら分からない土地で弾薬と装備を消耗しながら放浪を続けることには限界があった。
そして、この艦では少なくとも同胞が自ら状況を確かめ、条件を定め、そして協力を続けている。
「……我らも当面の滞在を求めたい」
ハルデンがゆっくりと言う。
「条件の詳細は改めて確認する。その間も艦内の規則に従い、我らから艦の者へ危害を加えることはしないと確約しよう」
ケルシーはクロウへ目を移した。
「君自身の意思も聞きたい」
「同意する。今は調べるべきことが多すぎる、得られる足場を使うべきだ」
ケルシーの問いに対して、淡々とした返答が告げられる。
その答えを聞き、ケルシーは手元の記録へ目を落とした。
「では、まずは滞在に必要な準備を進めよう。部屋と案内の手配が済むまではヴァレリウスに同行してもらう」
言葉が終わると二人の視線が青い装甲へ向き、ヴァレリウスは一つ頷いた。
面談が終わると、二人は部屋の外で案内を待つことになった。扉が閉じるまで見届けてから、ケルシーがヴァレリウスへ顔を向けた。
「……君が最初に来た時以上に、こちらへの警戒が強いようだ」
「既に彼等も現地で住民との接触を重ねている。自分たちなりに警戒すべきものを定めてもいたのであろう」
「そして、その中へ我々も含まれている、と」
彼は否定しなかった。
「……そのようだ」
ケルシーは手元の端末を置いた。
「キャンプで行ったことの報告も受けている。負傷者の通路を確保し、水場を整理し、住民に運営を引き継げる状態まで整えていた――よって、ロドスも二人を無秩序に他者を害する人物だとは考えない」
彼女はそこで言葉を区切り、目を上げた。
「だが、我々の側から敵対する行動を取らなくとも、彼らが何を危険と見なすかは別だ。君が止めれば従うということは分かった。だが同様に、君が傍にいない場面でも同じように判断できる必要がある」
「理解している。帝国に於いて、私の役目と戦歴がどのように扱われるかは以前話したな。彼等もその意味を理解している。よって、私の証言を軽々に捨て置くことはせぬ」
ヴァレリウスは答えた。
「帝国での君の権威が二人にも及ぶということか」
「この地で何が確認され、何が未確認かを私から直接伝えた。そして、その上で彼らは自ら約した――私が立ち会った約定を戦団の名を損ねてまで破る理由はないだろう」
彼の声は落ち着いていた。
「ハルデンの戦団は規律と守りに対する責任を重んじる。彼自身も、現地で何を優先すべきかを考えて動いていた。クロウも周囲を確かめぬまま戦端を開く者ではあるまい。先ほどの説明を理解した以上、重大な揉め事を起こすことはないと見ている」
ケルシーはしばらく彼を見ていた。
「……よろしい、その見立ては受け取ろう。我々からも本人たちと話を続ける」
「そうしてくれ。彼等も私の説明のみでは判断しきれぬことがあろう」
「君からも艦内で接する者について先に伝えてほしい。今日のように、互いの立場を知らないまま近づく場面は減らせるはずだ」
ヴァレリウスは僅かに間を置いた。
A1の五人を前に二つの銃へ手が伸びた光景が思い出された。彼女たちにとっては、彼と話す時に既に必要のなくなった警戒だった。それが同胞たちの目にどう映るかを自分が先に考えておくべきだった。
「……私から伝えておこう」
ケルシーが小さく頷く。
「受け入れに必要な確認は順に進める。二人とも移動と戦闘の後だ、装備の状態と負傷の有無についてもまずは話を聞きたい」
「承知した」
話を終え、ヴァレリウスは扉へ向かった。
外ではハルデンとクロウが人の流れを妨げない位置に立っていた。それでも、通りかかった職員の幾人かは歩調を変えて揃っている二体の装甲を見直していた。
ハルデンはその視線を追い、それからヴァレリウスへ向き直った。
「……あの医師がこの艦の指導者の一人なのだな」
「ああ、ケルシー医師だ。医療部門も統括している」
「……承知した」
返答は短かった。恐らく、すぐに納得できたわけではないのだろう。それでも彼はそれ以上ケルシーについて何かを言おうとはしなかった。
と、今度はクロウが別のことを尋ねた。
「あのキャンプへ同行していた者たちは、貴殿の指揮下にあるのか?」
「行動予備隊A1だ。あの任務では私も彼女らもドーベルマン教官という戦術教導官の指揮を受けていた」
黒い兜が動いく。
「……貴殿もか」
「現地の事情と部隊の運用を知る指揮官がいる――協力を引き受けた以上、その指示に従うのが筋だ」
クロウは少し黙った。
「それは分かる。だが、あの呼びかけ方は……」
ヴァレリウスが彼を見た。ハルデンもまた、何かを確かめるようにこちらへ顔を向けている。
ヴァレリウスさん――キャンプの入口で聞こえた声を、二人とも忘れていないらしかった。
「……この艦ではあの呼び方をする者が多い」
「貴殿がそれを認めていると」
「名を呼ばれていることは理解できる。用件を聞くにはそれで不足は無い」
彼はそう答え、昨日の呼称が頭に浮かぶ。
――青いおじさん
彼はそれを頭から振り払い、話を切り上げる。
間もなく案内を担当する職員がやってきた。新たに確保した部屋の場所を告げ、まずヴァレリウスへ経路を説明する。ハルデンとクロウは、彼がその説明を聞いて通路の先を確かめる様子を見ていた。
「……貴殿はこの艦にどれほど滞在している」
歩き始める前にハルデンが尋ねた。
「まだ二週間にはならぬ、といったところだ」
黄色い兜が止まり、クロウもすぐには次の言葉を出さなかった。
ヴァレリウスは二人を見て、彼らが何を考えているのかをおおよそ想像できた。そして、この艦について先に知らせておくべきことがまだ随分と残っていることも思い出した。
「汝らにも順に分かることがあろう。まずは休息の場所を確かめる」
彼は職員へ合図し、通路へ向き直った。
その足が一度だけ止まる。
「それと、先に一つ伝えておく」
二人の視線が向いた。
「機械に話しかけられたなら、先に私を呼べ」
今度は二人が同時にぴたりと動きを止めた。
「……待て、機械に話しかけられるのか」
クロウの問いへヴァレリウスは短く答えた。
「……先に私を呼べ。話はそこからだ」
案内役の職員は口を挟まずに三人が歩き出すのを待っていた。
――だが、まだ二人は理解できていなかった。ロドス・アイランドという組織がどれだけ自分達の価値観からかけ離れたものであり、そして摩訶不可思議な場所であるかを。