ハルデンとクロウがロドスを訪れて、およそ一週間が過ぎた。
二人にとってそれは、未知の土地の暮らしを覚えるだけでは済まない一週間だった。
ヴァレリウスが現地の者と協力していることは理解した。生存と帰還のために使える拠点を確保したという説明にも納得した。だが、説明を聞くこととその暮らしを目の前で見ることには、相当な隔たりがある。
廊下ですれ違う者たちは名誉の護り手を見つけると気軽に挨拶をし、足を止めさせて用事を頼み、訓練に誘い、時にはその無愛想な返答へ笑いさえする。そしてヴァレリウスもそれを一々咎めたりはしなかった。
さらに二人を驚かせたのは彼が装備を整備に出している工房だった。扱える範囲が限られ、作業には本人も立ち会う。それは分かった。だが工具を手に彼の剣を覗き込んでいるのは、アエルダリを連想させる尖った耳を持つ技師なのだ。しかもその技師は作業のために必要とあれば、名誉の護り手へ剣の持ち方まで指図した。
事前に聞かされていた喋る機械との対面もあった。二人はヴァレリウスを呼び、改めて機能と用途の説明を受けることになったが、その間にも機械の方から挨拶が飛んでくる。体調を尋ね、必要なら医療の補助ができると申し出るものまでいた。
ヴァレリウスがあらかじめ警告した理由はよく理解できた。聞いていなければ、もっと厄介な騒ぎになっていたことだろう。
それでも、同胞がこの艦でどう暮らしているかについて二人が見たものはまだ一部に過ぎなかった。
「ゔぁれりうすさん!」
廊下の向こうから声が上がり、ヴァレリウスが足を止める。その左右を少し後ろから歩いていたハルデンとクロウも声のした方へ顔を向けた。
数人の子どもたちが、付き添いの職員の傍から駆けてきた。
「青いおじさん、こんにちは!」
黄色い兜がゆっくりとヴァレリウスへ向き、黒い兜も同じ方を見た。
ヴァレリウスは二人へ説明するより先に子どもたちの足元を見た。後ろから来る者に道を空け、壁際へ身を寄せて止まる。
「廊下を無闇に走るでない。ここで止まれ」
先頭の子が足を止めた。少し遅れて他の子も集まり、彼の膝の前へ並んだ。
「今日は走ってないよ」
「たった今、走っていたであろう」
「……ちょっとだけ」
「転べば怪我をする」
子どもは自分の足元を見て、それからもう一度顔を上げた。
「……うん、分かった。ねえ、今日は登ってもいい?」
ハルデンが動きを止める。ヴァレリウスはすぐには答えなかった。子どもの後ろへ来た職員を見て、周囲に人が通れるだけの幅があることを確かめる。
「……どこへ登るつもりだ」
「前のところ!」
「それでは分からぬ。……待て、先に足をかけるな」
持ち上がった小さな足が床へ戻る。
ヴァレリウスは背の盾の位置を確かめてからゆっくりと片膝をついた。それから右腕を低く出す。
「ここまでだ。一人ずつ私が支える。膝の隙間と肩の飾りには触れぬことだ、よいな?」
「……いいの?」
「言った通りにできるならば、だ」
返事は元気よく揃った。
最初の子が大きな靴へ足を乗せ前腕の装甲へ掴まり、ヴァレリウスの手が腰と脚を受ける。子どもが膝の上へ乗り移ると、彼はそのまま身体を支え、次の足場を探し始めたところで止めた。
「……そこまでだ」
「えー!? もうちょっと!!」
「先に決めた」
「……はぁい」
不満そうな返事だったが、前回のように勝手に手を離すことはなかった。腰を落ち着けた子は廊下を見渡し、すぐに顔を輝かせる。
「やっぱり高い!」
「まだ? 次、私が登りたい!!」
「……揺するな。順に下ろす」
名誉の護り手は子どもを一人ずつ支えていた。
しかも、明らかに初めての作業ではなかった。掴まれて困る箇所を先に避け、降りる者の足が床へつくまで手を添え、次に来る者を待たせている。
ハルデンはクロウを見た。
クロウもハルデンを見た。
「……皇帝陛下よ」
黄色い兜の内側で低い声が漏れた。
黒い巨人はしばらく黙っていた。やがて、何かを諦めたように僅かに頭を振る。
「……もう、何が起きても驚くまい」
その言葉が終わる前に、一人の子がこちらを指さした。
「あ、新しい大きい人!」
「すごい黄色い!!」
「黒い人もいる!!」
二人の足元へ子どもたちの顔が向いた。
ハルデンは足を動かすのをやめた。小さな身体が二つ、三つと近づいてくる。後ろへ下がれば別の子へ踵を当てかねなかった。
「……小さき者たちよ、足元へ入るな。踏まれるぞ」
「じゃあ、踏まないでね!」
「……そのために言っているのだが」
子どもたちは少しだけ距離を取った。そのうちの一人が彼の脛当てから兜まで順に見上げる。
「黄色いおじさんも、青いおじさんのお友達?」
ハルデンの返答が止まった。
後ろではヴァレリウスが最後の一人を床へ下ろしている。そちらへ顔を向けても、助け舟は出なかった。
「……戦闘同胞だ」
「ばとる、ぶらざー?」
「共に戦う者という意である」
「じゃあお友達だ!!」
何かを補うべきか、ハルデンは考えた。すると、考えているうちに別の子が手甲へ手を伸ばした。
「登ってもいい?」
「……許さぬ」
「えー!? 青いおじさんはいいって言ってたよ?」
「……私は許していない」
子どもが口を尖らせる。
ハルデンはその顔を見下ろし、少しだけ声を落とした。
「…ここで話すことは構わん。だが足へ乗るな。私が動けなくなる」
「あ、それ知ってる!」
子どもは頷き、今度はちゃんと足を避けて立った。
横ではクロウが既に片膝をついていた。
近づいてくる者の顔を一人ずつ確かめ、手が装備へ届く前に静かに止める。子どもたちが何かを尋ねると、短い言葉を選んで答えていた。
「おじさん、カラスついてる!」
白い鴉の紋章へ指が向く。
「これは我が戦団の印だ」
「じゃあカラスのおじさん?」
クロウは一度ヴァレリウスへ顔を向けた。それから子どもへ戻した。
「……クロウだ」
「くろうさん」
「そうだ」
「じゃあ、カラスのくろうさん!!」
黒い兜がほんの僅かに下がる。
呼びかけに応じるにはそれで十分であるらしかった。
職員が申し訳なさそうに近づき、子どもたちへそろそろ戻るよう声をかけた。名残惜しそうな視線が三人へ向く。
「またね、青いおじさん!」
「黄色いおじさんも!」
「カラスのおじさん、ばいばい!」
クロウは片手を上げかけ、周囲に子どもの頭がないことを確かめてからゆっくりと上げ直した。ハルデンは直立したままその小さな集団が遠ざかるまで待っていた。
足音が角の向こうへ消えると、黄色い兜がヴァレリウスへ向いた。
「……以前にもあったのだな」
「ああ」
「あれもこの艦での協力に含まれるのか」
「……少なくとも、依頼された任務ではない」
ハルデンは暫く黙った。クロウが立ち上がり、膝の装甲についた小さな手の跡を見た。それを軽く払ってから二人を見比べる。
「次は足元も見ておかねばならんな」
ヴァレリウスは頷き、ハルデンもそれには異を唱えなかった。
子どもたちとの一件を含め、二人とロドスの交流には戸惑いも小さな騒ぎも絶えなかった。それでも、一週間余りを過ごすうちにそれぞれが力を発揮できる分野は見え始めていた。
ヴァレリウスには、既に顔を合わせれば話をする相手が幾人もいた。任務と訓練を共にした者たちとは必要なことを一から説明せずとも動けるようになりつつある。ニアールとは剣を扱う際の間合いや護衛の動きを語り合い、行動予備隊A1の訓練にも時間の合う範囲で付き合っていた。
もちろん、会うたびに少し違う理由をつけて採血を提案するワルファリンとのやり取りも続いていた。ヴァレリウスは検査の必要性を認めているが、検体を渡す条件まで曖昧にするつもりはなかった。彼が何を断ろうとしているかを察するのも、彼女が次の提案を準備するのも、互いに少しずつ早くなっていた。
一方、ハルデンが最初に目をつけたのは艦内の防御上の問題だった。通った場所をよく覚え、人と物の流れを見た上で侵入を許した際にどこが脆くなるかを指摘していく。いつの間にか意見を届ける回数が増え、工房ではクロージャと何度も口論になった。
もっとも、艦内には患者の搬送路もあれば設備を修理するために空けておく場所もある。扉を増やせば重量と電力の問題が生じ、通路を狭めれば日常の作業に支障が出る。クロージャにも譲れない理由があり、ハルデンも事情を聞かされれば別の配置や補強の方法を考え直した。工房で交わされる言葉は相変わらず硬かったが、その意見が全て廃棄されるわけでもなかった。
そして、戦団由来の彼の規律への姿勢と教導の手際は教官たちにも評価された。既存の訓練へ加わり、装備を扱う基本や味方と位置を合わせる重要性を繰り返し教える。ヴァレリウスやドーベルマンの事前の説明で、自分の身体でできる動作をそのまま訓練生へ要求しないことも心得ていた。
そうした場で接点が増えたのが、Aceの小隊をはじめとする重装オペレーターたちだった。防御を保ちつつ後続を通すこと、退く者のためにその場へ残ること――互いの装備は違っていても話の通じる部分は多かったというわけだ。ハルデンがロドスで初めて参加した任務も、彼らと肩を並べて行うものになった。
クロウの方は、比較的早くから偵察担当のオペレーターたちへ訓練を行っていた。足跡や地形の読み方、姿を隠したまま得た情報を持ち帰る手順。教えるうちに彼もこの地の術や装備、現地を知る者の工夫を覚えていった。
彼とScoutとの付き合いはその過程で始まったと言って良いだろう。先に発見することと、発見されたことを相手へ悟らせないことについて二人はよく意見を交わした。クロウはロドスの偵察要員が持つ技能を高く評価し、Scoutもまた、彼の観察と判断の確かさを認めていた。
更にはレイディアンとの共同演習も行われた。通信支援と情報処理を担う彼女が扱うものは、インフィルトレイターであるクロウにとって馴染み深い課題と重なったのだ。電気信号を感知するアーツの仕組みそのものにはなお疑問があっても戦場で何を把握し、何を味方へ伝え、相手に何を見誤らせるかという話にはすぐに具体的な意見を出せというわけである。
情報の収集、共有、通信への妨害とその中での連携――インフィルトレイターとしての彼の技能は直接敵を撃つ以外の場面でも役立つ。互いの方法を確かめながら行う演習はやがて継続して組まれるようになっていった。
二人ともロドスの全てを受け入れたわけではない。見慣れない姿に視線が止まることも、機械の返答に言葉が途切れることもまだあった。
だが、明日の訓練について話す者や仕事の相談を持ちかけてくる者は増えていった。二人の方からも返答を求めて訪れる場所が少しずつできていた。
その数日後、ハルデンとクロウが食堂を訪れると、奥の卓の周囲に人が集まっていた。
騒々しい宴会という様子ではない。立っている者たちは何かを待つように視線を揃え、座っている者まで食器を手にしたままその先を見ている。
「……何事だ」
ハルデンが近づくと、手前にいたオペレーターがこちらに気づいた。
「ああ、二人とも来たのか。今、ヴァレリウスさんが……」
言葉の途中でまた卓の方へ目が向く。
人垣の向こうには青い装甲が見えた。
ヴァレリウスは椅子へ腰を下ろし、片手に容器を持っていた。脇の卓には外した兜が置かれている。その正面にはハイビスカスが立ち、期待に満ちた顔で彼を見上げていた。
フェンとビーグルは少し離れたところで見守っている。ラヴァは腕を組み、クルースはその隣でいつもより静かにしていた。
「あれは何を渡されている」
「ハイビスカスの栄養ドリンクだ」
答えたのは傍にいたノイルホーンだった。マスクをつけた重装オペレーターは、二人へ少し場所を空けてくれた。
ハルデンの位置からも容器の中身が見えた。
それは濃い紫色だった。液体というには動きが鈍く、ヴァレリウスが僅かに手を傾けると表面が遅れて容器の縁へ寄った。
ハルデンはしばらくそれを見つめてから問うた。
「……毒を盛っているのか」
「いや、毒なら俺が止めてるさ」
ノイルホーンが声を落として答えた。
「身体のことを考えて作ってるんだぜ、本人はな。ただ……味が凄いことで有名なんだ」
「味、か」
「一度飲めば忘れねえ、っていう方の凄さだ」
クロウが腕を組んだ。
敵襲や事故を警戒していた時とは周囲の緊張の種類が違う。見ている者たちの視線は彼の同胞と、その手の中の紫色のものを行き来していた。
「ヴァレリウスさんなら普段の食事だけでは足りないこともあるかと思って、栄養を補いやすいように材料を選んでみたんです!」
ハイビスカスが満面の笑みで説明していた。
ヴァレリウスは容器を見る。材料については既に聞いていた。食べたことのあるものも含まれ、少なくとも彼のために何を入れたか分からない薬剤を用意されたわけではない。
ただ、できあがったものの姿と香りは説明を聞いて想像していたものと少し違った。
「お口に合わなければ、無理はなさらないでくださいね?」
ハイビスカスはそう付け加えたが、彼を見上げる目は輝いたままだった。
ヴァレリウスはその顔を見て、それから周囲へ一度だけ視線を走らせた。
クルースと目が合う彼女は何も言わなかったが、少しだけ首を傾げていた。
「……承知した」
ヴァレリウスは容器を持ち上げ、そのまま傾ける。
紫色の中身が縁へ寄り、彼の口へ流れ込んだ。誰かが小さく声を上げたが、ヴァレリウスの手は止まらなかった。続けて喉が動き、容器の底がゆっくりと上がっていく。
ハルデンは黙ってそれを見ていた。クロウも腕を組んだまま、何も言わなかった。
やがて、空になった容器が下ろされた。
「すごい、全部……」
そうビーグルが呟く。
ヴァレリウスは口を閉じ、一度だけ息を吐いた。眉間に僅かな皺が寄っている。それがいつものものか、今できたものかを判断するのは難しいものだった。
少なくとも彼はすぐには次の言葉を出さず、遠くで食器の触れ合う音がした。近くにいる者たちも誰も口を挟まない。
「……いかがでしたか?」
ハイビスカスが尋ねた。
ヴァレリウスは空の容器から彼女へ目を移した。僅かに気まずそうな顔になり、もう一度、手元へ目を落とす。
周囲の視線が集まっている。クロウにはその顔が戦闘の最中に見せる険しさとは違ったものに見えた。何かを言おうとして、その前に一度、言葉を選び直しているようだった。
「……味覚的強調が強く、栄養吸収効率が大きく考慮された糧食だ」
その瞬間、ハイビスカスの顔が花が開くように明るくなった。
「は、はい! そこを一番考えて作ったんです、分かっていただけてとっても嬉しいです!!」
周囲から声が上がった。彼女は「えへへ…!」と照れくさそうに笑い、頬を手で抑えていた。
「飲み切ったぞ……!」
「すごいです、ヴァレリウスさん!!」
周囲のオペレーター達が口々に感嘆の声をあげ、ビーグルが思わず言い、フェンがその隣でようやく息をついた。離れたところからも感嘆の声が届き、ノイルホーンが小さく笑った。
「いやぁ、お見事」
ヴァレリウスはそちらへ視線を向けた。ノイルホーンは片手を上げ、特に付け加えなかった。
「で、では! 何か食事のことで困ったら、また教えてくださいね? 私にできることがあれば、お手伝いしますから!!」
興奮と嬉しさの入り混じった声で投げかけられたハイビスカスの言葉に、ヴァレリウスは少し間を置いて頷いた。
「……配慮には、感謝する」
「はいっ!!」
無論、ハイビスカスの返事は明るかった。
その横でクルースが彼の顔を見ていた。味を聞かれた彼が真っ先に答えるだろうと思っていたことは別にあった。だが、今の彼は容器の中身だけを見ていたわけではない。目の前で返答を待つハイビスカスの顔を見てから、言葉を選んでいたのだ。
つまり、あの短い沈黙の間に彼は相手へ何を返すか考えていたということ――その事実に気づいたクルースの口元が少し緩んだ。
この艦で彼が覚えたものには通路の歩き方や装置の操作の他にも、こういう気遣いが加わったらしい。
「……よかったねぇ、ハイビスカスちゃん」
「うん!」
ハイビスカスが振り向いた。クルースはそれ以上何も言わず、ただ彼女へ笑いかけた。
やがて見ていた者たちが、自分の食事や仕事へ戻り始めた。ハイビスカスも片づけへ向かい、フェンたちがそれを手伝う。ラヴァは最後までヴァレリウスの容器を見ていたが、姉に呼ばれると首を振って後を追った。
ノイルホーンも二人へ軽く手を上げて自分の席へ戻っていった。
卓の周囲が空くと、ハルデンとクロウがようやくヴァレリウスの傍へ来た。
「……何用だ」
空の容器を置いた彼へハルデンが言った。
「人集りを見かけたのでな。何か問題が起きたのかと思った」
「起きてはいない」
クロウが空の容器を見た。
「あれも、こちらの通常の糧食の一つなのか」
「否。どうやら、ハイビスカス医療員が私のために用意したものらしい。ロドスで共通化されたものではないようだ」
「……そうか」
ハルデンはその返事を聞いて、もう一度容器へ目をやった。それから何も言わずに椅子を引く。
クロウも隣へ腰を下ろした。三人が揃うと、卓の周囲が少し狭くなった。ヴァレリウスは兜を脇へ寄せて二人へ目を向ける。
「Aceの部隊との任務は、問題なく終えたと聞いている」
「ああ。事前に確認した通りに動けた」
ハルデンが答えた。
「あの者たちは守る位置をよく理解している。指示を待つべき時と自ら判断して動く時も分かっていた」
「……訓練の方でも、汝の指導を求める者が増えているそうだな」
「直すべき点は多い。だが、教えたことを身につけようとはしている」
ヴァレリウスが僅かに頷いた。
「汝らがここまで早く協力を進められるとは思っていなかった。私も、その点は評価している」
ハルデンは少し黙った。クロウが代わりに口を開く。
「俺も当初はこうなるとは思っていなかった」
彼は賑わいの戻った食堂を見渡した。
耳や角、尾を持つ者たちがそれぞれの卓で食事をしている。作業服のまま急いで食べる者も、隣の者と笑い合っている者もいた。少し離れた席では先ほどまでここへ集まっていたオペレーター達がまだ何かを話している。
「……正直に言えば、異種族に囲まれているという感覚はまだ消えん。落ち着かぬことも多い」
「そうであろうな」
「だが、仕事を共にするには話が通じる。こちらが示したことを確かめて自分たちの方法も出してくる上に、偵察隊の連中もよく働く」
そこで言葉を切り、彼はヴァレリウスへ顔を戻した。
「――悪くない場所だ」
その評価に、ヴァレリウスはすぐには言葉を返さなかった。
少し前まで、あのキャンプの入口でクロウがロドスへ向けていた眼差しを思い出した。今も警戒は残っている。それでも、クロウがこの艦で見たものは既にそれだけではなくなっているらしかった。
「ハルデン、汝はどうだ」
ヴァレリウスの問いに、黄色い巨人は口を開きかけた。
「……この艦には規律の面でなお改善の余地がある」
「ハルデン、それは工房でも聞いたぞ」
クロウが言い、ハルデンはそちらを見た。
「……防御の話と日常の規律の話は別だ」
「どちらも話していた」
返答が一度止まる。
ヴァレリウスは黙って続きを待っていた。ハルデンは視線を戻し、少し声を抑えた。
「……だが、少なくとも任された仕事を放り出す者ばかりではないようだ」
そしてそれ以上、否定的な意見は続かなかった。
クロウも、何も付け加えない。
「技術部門との話も進んでいるのだな」
更にヴァレリウスが尋ねると、ハルデンは頷いた。
「現地で使う近接武器と盾を依頼している。ボルト弾を使わずに済む場面を増やしたい」
ボルトガンとボルトカービンの残弾の問題は二人とも到着時から抱えていた。消耗した分を容易に補えず、訓練や小規模な任務のたびに使ってよいものではない。
「俺の方もだ。戦術上、携行に支障の少ないものを求めた。今は握りと重心を合わせている」
クロウが続ける。
「こちらの体格に合わせるだけで終わるかと思ったが、使う姿勢や動きまで何度も確かめられた」
「……クロージャ技師か」
「ああ。よく手も口も動く」
ヴァレリウスは僅かに目を細めた。
「……それは私も知っている」
ハルデンが低く息を吐いた。
「意見の合わぬ点は多い。だが求めたものを作るために必要な手間はかけている――その仕事には、礼を尽くすべきだろうな」
「同意する」
ヴァレリウスは答えた。彼もまた、最初に工房を訪れた日のことを覚えている。無遠慮な手と尽きない質問。そして、自分の見逃した不調を見つけた技師の目だった。
二人にも自分で確かめたことが増え始めている――ヴァレリウスの、ロドスと協力するうえでの懸念点が一つ減少したように思えた。
と、そのとき、携行していた連絡端末が鳴った。
ヴァレリウスは端末を取り、短い呼びかけに応じた。相手の話を聞くうちに、食堂へ向いていた視線が静かに戻る。
「……承知した。二人は今、共にいる。私から伝えよう」
返答を終えてから彼は端末を下ろした。
「ケルシー医師からだ。我ら三人に重要な任務への参加要請がある」
二人の姿勢が変わった。
「……内容は」
ハルデンが尋ねた。
「人員の救出だ。対象はドクターと呼ばれる人物――ロドスにとって極めて重要な者であると聞いた」
「医療部の者か」
「その呼称はコードネームだという。詳しくは、今夜の作戦説明で聞くことになるであろうな」
クロウが一つ頷いた。
「場所と時刻を」
ヴァレリウスは指定された作戦室と集合時刻を伝えた。
「……任務の目的と、我らに求める役目を説明するそうだ。それを聞いた上で参加について話し合う」
「了解した」
ハルデンが答え、クロウも短く応じる。
ヴァレリウスは空の容器を持って立ち上がった。二人も椅子を戻し、通路を空ける。返却台へ容器を置くと、離れたところからハイビスカスが会釈した。ヴァレリウスは僅かに頷き返し、それから同胞たちの待つ方へ向き直った。
大きな転換点が、刻一刻と近づいていた。
チェルノボーグでも大きな天災が発生するので、リメイク前と同じく新たな転移者が増えます。これまでの転移者とはだいぶ毛色が違うので、ぜひ予想していてみてください。