日本国召喚×ふしぎの海のナディア―ネオ・アトランティス異世界転移―   作:ネオ・アトランティス

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第二章 島国に息づく未知の技術

 未知の陸地を発見したネオ・アトランティスの試験艦隊は、島の沿岸から一定の距離を保ち、慎重に観測範囲を広げていた。発見当初に得られたのは海上から確認できる地形や沿岸の集落、港湾の位置といった限られた情報にすぎない。

 島に暮らす人々がどのような社会を築き、どのような技術を用い、いかなる軍事力を有しているのか。そして、この陸地の外側にどれほどの国家が存在し、それぞれがどのような関係を結んでいるのか。そうした情報を得なければ、未知の世界に対する判断は、憶測の域を出ない。

 空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』は雲の多い空域を選んで高度と針路を調整しながら、島の沿岸から内陸部に至る広い範囲を監視していた。

 眼下に広がる地形や人々の活動を記録し、その情報を試験艦隊本隊へ送信する。一方、二十隻のガーフィッシュⅡ型が複数の調査区域に分かれ、島を取り巻く海域の水深、海底地形、船舶の航行状況を調べていた。

 いずれの部隊も、相手に自分たちの存在を気取られないことを優先し、無用な接近や目立つ行動を避けている。

 空から得られた地形情報と、海中から収集された航路や海底の記録。それぞれの観測結果を照合することで、単独の視点では見落としかねない特徴が徐々に浮かび上がってきた。

 沿岸には複数の港町が点在し、河川に沿って道路や集落が内陸へと伸びている。平野部には農地が広がり、山地には採掘場らしき施設も確認されていた。

 島の全貌を把握するには程遠いもののそこには単に人々が暮らしているだけではない、一定の社会基盤が築かれているようだった。

「島の南西部でも、複数の集落を確認しました。沿岸部から離れた内陸にも、居住地域が広がっています」

 空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』の司令室で観測担当員が最新の報告を読み上げた。床面表示装置には島の概略図が投影され、確認済みの港湾、集落、道路、農地、河川などが順次書き加えられている。地形の輪郭は少しずつ明瞭になり、各地の施設も点と線で結び付けられていた。

 調査部門幹部は床面表示装置に目を向けながら内陸部の拡大図を呼び出し、観測担当官へ質問する。

「人口が集中している地域はどこだ?」

「沿岸の港町とは別に、内陸にも建造物が密集した地域があります。規模から見て都市である可能性は高いと考えられますが、人口や行政上の位置付けまでは判別できておりません」

「周辺の道路は?」

「複数の道路が集落と農地を結んでいます。また、山地の採掘場と思われる施設から、麓の集落や港湾へ向かう道も確認できました」

 観測担当員が映像を切り替えると、平野を横切る道と、その両側に広がる農地が表示された。荷車が収穫物を運び、別の場所では木材や石材を積んだ車両が移動している。道路の状態や幅には違いがあるものの、集落の間を物資が行き来していることは見て取れた。

 調査部門幹部は採掘場から港へ向かう道筋をしばらく眺めていた。

「農業、資源採取、加工、輸送。それぞれが別々に存在しているのではなく、ある程度つながっているようだな」

「はい。少なくとも、複数の集落が周辺の生産活動を支え、港湾を通じて物資を運び出している可能性があります」

 その会話を空中戦艦第二号機艦長が咳払いする事で中断させる。

 会話していた2人は咳払いをした空中戦艦第二号機艦長へと目を向ける。それを確認した咳払いをした空中戦艦第二号機艦長は2人に対して釘を刺す為に口を開く。

「つながっているからといって物資の流れまで分かったわけではないだろう。どこで生産され、誰が所有し、どのような経路で取引されているのかは、まだ確認できていない」

 艦長は床面表示装置に映し出された地図上の採掘場に観測記号を追加するよう指示した。外から見える施設の配置は社会の仕組みを推測する手掛かりになるが、それだけで制度や経済の実態を理解できるわけではない。

 見た目が整然としていても地域同士の結び付きが強いとは限らず、反対に目立った施設が少なくても、観測できない場所に重要な生産拠点が存在する可能性はある。

「港湾と内陸都市を結ぶ交通網、採掘場、工房と思われる施設を優先して記録しろ。生産と輸送の関係が見えてくれば、この島の経済規模を推測する材料になる」

「了解しました」

 観測担当員たちは再び各装置に向き直り、映像と観測データの整理を続けた。未知の島について得られる情報は確実に増えている。

 しかし、それらは遠方から観測できた範囲に限られており、映像に映ったものの意味まで明らかになったわけではなかった。

 彼らが見ているのは見知らぬ土地に暮らす人々の営みの一端にすぎない。その背景にある国家の仕組みも、住民の価値観も、まだ何一つ確かなことは分かっていなかった。

 *

 島の西側に広がる湾の沖合ではガーフィッシュⅡ型第二番艦が海底地形の調査を進めていた。ガーフィッシュⅡ型第二番艦は海底の起伏を利用して姿を隠しながら、港湾へ続く水深や海底の傾斜を測定し、船舶が通過できる航路の位置を記録している。

 浅瀬には岩礁が点在していたものの主要な航路には比較的深い水域が続いており、港の入口付近には船舶の進入を助ける構造物も設けられていた。

 艦内では海底の測定結果と並行して、周辺を通過する船舶の情報も整理されていた。船体の規模や航行速度、推進時に生じる音の特徴など、海中から確認できる要素は少なくない。

 観測員たちはそれらを記録し、空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』から送られてくる映像と照合できるよう、船舶ごとに識別情報を付与していった。

「確認できた船舶の多くは、帆走を主な推進手段としているようです。ただ、一部には補助動力を備えている可能性のある船も見られます」

 報告を受けたガーフィッシュⅡ型第二番艦艦長は表示装置に映し出された航跡記録を確認した。港へ向かう船と港から離れていく船が、時間を置いて同じ航路を通過している。

 船体の大きさや構造には幅があり、近隣の沿岸を行き来する小型船だけでなく、遠方から寄港した可能性のある大型商船も含まれていた。

「港湾の規模に対して、船舶の往来は活発です。沿岸輸送だけでなく、遠距離交易にも利用されている可能性があります」

「軍艦らしき船舶は確認できているか?」

「はい。商船とは異なる船体構造を持ち、武装らしき設備を備えた船が複数確認されています。ただし、大規模な艦隊が集結している様子はありません」

 ガーフィッシュⅡ型第二番艦艦長は船舶の映像を拡大し、甲板付近を確認した。遠方からの観測であるため、装備の種類や性能までは判別できない。それでも、少なくとも一部の船舶が輸送だけを目的としているわけではないことはうかがえた。

「沿岸防備はどうだ?」

「港の入口付近に監視施設があります。沿岸には砲台と思われる構造物も確認できました。現在の観測範囲では、海底に大規模な防潜設備が敷設されている形跡はありません」

 ガーフィッシュⅡ型第二番艦艦長は小さく頷いたが、報告だけで判断を下すことはしなかった。目に見える沿岸防備が限られていたとしても、それが島全体の防衛能力を示すとは限らない。

 別の港に艦艇が集められている可能性もあれば、内陸の基地や観測範囲外の海域に防衛施設が設けられている可能性もある。

「この情報だけで、島の海軍力を評価するのは早い。港湾の出入口と周辺海域の動きを継続して記録しろ。こちらの存在を察知されるような行動は避けるんだ」

「了解しました」

 ガーフィッシュⅡ型第二番艦は潜航状態を保ったまま、海底地形に沿って観測位置を変えた。港へ接近することなく、船舶の出入りや沿岸の構造を記録し続ける。

 水面の上では船員たちが荷を積み替え、倉庫や荷役場では多様な積み荷が忙しく運び込まれていた。しばらくして、同じ港に異なる意匠の旗を掲げた船舶が複数停泊していることが確認された。

 船体の装飾や荷の扱い方にも違いがあり、港は一つの地域の輸送だけで完結する施設ではなく複数の外部地域を結ぶ中継地として利用されている可能性が高まった。

「異なる旗印の船が、同じ港で荷を積み替えています。船体にも特徴の違いが見られます」

「旗印の意味は分かるか?」

「いえ。国家の標章なのか、商会や船主の印なのか、現時点では特定できません」

「ならば、見た目の違いをそのまま記録しておけ。所属を推測で決める必要はない」

 ガーフィッシュ第二番艦艦長はそう指示すると、港湾施設の映像に目を移した。船の出入りは多く、荷役場も絶えず稼働している。

 しかし、大規模な造船設備や機械によって大量の荷物を一括処理するような装置は今のところ確認できなかった。船の修理や積み荷の移動は行われているものの、作業の多くは人手と比較的簡素な設備に頼っているように見える。

「交易の規模に比べると、港湾の機械化は限定的なようです」

「その可能性はある。だが、港だけを見て島全体の工業力を決めるな。内陸に大規模な生産拠点があるかどうか、空中戦艦の観測結果と照合して判断する必要がある」

「承知しました」

 観測担当員は港湾の設備、船舶の動き、荷役の様子をそれぞれ別の項目に記録した。交易が活発であることと、国内の工業力が高いことは同じではない。

 物資を中継することで利益を得ている社会ならば、港の規模が大きくても、国内の生産能力そのものは限られている場合がある。

 その可能性を念頭に置きながら、ガーフィッシュⅡ型第二番艦は観測を続けた。船舶の所属も、港を利用する者たちの関係も分からない。異なる旗印が確認できたことは確かな事実だが、それが何を意味するのかは、まだ推測するしかなかった。

 *

 空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』では内陸部の活動に焦点を当てた監視が続いていた。平野には農地が広がり、道路は集落や都市を結んでいる。

 農作業に従事する人々は収穫物を荷車へ積み、別の地域では木材や石材が運ばれていた。建設中と思われる建物の周囲には作業員が集まり、壁材や柱を組み上げる作業を進めている。

 そうした映像の一つを確認していた観測員が、画面の動きに気付いて手を止めた。

「艦長、こちらの映像を確認してください」

 呼び出された空中戦艦第二号機艦長は床面表示装置へ視線を向けて映し出された映像を確認する。

 床面表示装置には建設現場が映し出されている。作業員たちの前でかなりの重量があると思われる石材が、ゆっくりと地面から浮かび上がっていた。

 空中戦艦艦長は画面を見つめたまますぐには言葉を発しなかった。石材を支える吊り具は見当たらず、周囲にもクレーンのような機械は確認できない。石材は不安定に揺れることなく、一定の高さを保ったまま横へ移動している。

「映像を拡大しろ。石材の周囲を詳しく確認する」

「了解しました」

 映像が拡大され、石材と作業員の動きがより鮮明になった。一人の作業員が手をかざすと、石材はその動きに合わせるように移動し、別の作業員が位置を調整して壁面へ組み込んでいった。

 作業は一度きりではない。近くでも同様の動きが繰り返されており、現場の人々はそれを特別な出来事として扱っている様子もなかった。

「吊り具も支持装置も確認できません。石材の移動は、作業員の動作と連動しているように見えます」

「別の場所でも同じような現象が起きていないか調べろ」

 観測担当員が観測映像を検索すると港湾や街路、農地からも似た特徴を持つ現象が見つかった。港では荷物の一部が通常の荷役設備を使わずに移動している。街路では灯具のそばに立つ人間が手を動かした直後、明かりが灯っていた。

 空中戦艦第二号機艦長は表示内容を別地点へと変えた。その地点では日が傾き始めた街路では人々が行き交うなか、壁際に設置された灯具が順番に明るくなっている。

 燃料を運び込む様子も、火種を持ち込む様子も確認できない。灯具のそばにいた人物が手を動かすと、内部から光が生じているように見えた。

「点火装置のようなものは確認できるか?」

「現時点では見当たりません。ただし、内部構造までは分からないため、装置が存在しないと断定することはできません」

「そうだな。見えないことと、存在しないことは別だ」

 空中戦艦第二号機艦長はその言葉を口にしながらも、映像から目を離さなかった。機械による照明であれば何らかの動力源や点火機構が必要になるはずだ。しかし、観測できる範囲では、そのどちらも確認できていない。

 さらに別の地点では水を運ぶ人々が容器を使わずに水を移動させていた。水面が細長く伸び、地面へこぼれることなく離れた水槽へ流れ込んでいる。農地では用水路から離れた畑へ水が送り込まれ、厨房と思われる場所では、手元に小さな炎を生じさせて調理を始める人間もいた。

「物体の移動、水の移送、発光、発火。現象の種類は異なりますが、いずれも人間の動作に合わせて発生しているように見えます」

 その映像を確認していた観測担当員たちはもちろん、調査部門幹部やその他面々は言葉を失っていた。いや、その現象をどう言語化すべきか迷っていると表現すべきだろう。

 科学が及ばぬ未知の怪奇現象を確認しながら空中戦艦第二号機艦長は慎重な表情を浮かべた。その現象が何であれ、あやふやな理解で済ませるべきではないのだ。

「同じ仕組みによるものなのか、それとも別々の技術なのか。そこまでは分からんな」

「はい。発生条件も、使用者の動作との関係も十分に把握できておりません。ただ、港湾、建設現場、街路、農地と、異なる場所で類似した現象が確認されています。特定の施設だけで使われる技術ではない可能性があります」

 空中戦艦第二号機艦長は画面に映る人々の様子を改めて確認した。石材を浮かせている作業員も、水を移動させている人々も、特殊な装置を操作しているようには見えない。彼らにとって、これらの現象は日常の作業を進めるための、ごく自然な手段なのかもしれなかった。

 もっとも、それも現時点では推測にすぎない。観測範囲に装置が見当たらないからといって、未知の機構や特殊な道具が使われていないと断定することはできない。

 映像だけでは、現象が生じる条件も、必要な訓練も、使用者にどのような負担があるのかも分からなかった。

 空中戦艦第二号機艦長は様々な映像資料を見直しながら今後の方針を決定させる。

「確認できた事実と、こちらの推測を分けて記録しろ。既存の知識に無理に当てはめて、説明を作る必要はない」

「了解しました」

 その後の観測では医療施設と思われる建物でも不可解な現象が確認された。負傷者の身体に手をかざした人物の周囲に淡い光が生じ、その光が収まったと同時に負傷者が自力で立ち上がった。映像だけでは負傷の程度も、回復までに要した時間も確認できず、治療の仕組みについては何も分からない。

 それでも外から見える通常の医療行為だけでは説明しにくい変化が起きているように見えた。

「医療施設でも同様の現象が確認されたのか」

「はい。ただし、光が生じたことと負傷者の状態が変化したことは確認できますが、両者の因果関係までは断定できません。引き続き観測が必要です」

「その点も記録しておけ。結果だけを見て、原因まで分かったつもりになるな」

 空中戦艦第二号機艦長はそう言い、観測記録の分類を指示した。重要なのはこれらの現象が一部の特殊な施設だけに集中していないことだった。港湾、街路、農地、建設現場、医療施設、一般家庭と思われる場所にまで、似た特徴を持つ現象が見られる。

 利用者の人数や能力の差は分からないが、少なくとも島の社会では、こうした現象が人々の生活と何らかの形で結び付いている可能性が高い。

「日常的に利用されている可能性はあるな」

「はい。ただし、誰もが扱えるのか、特定の訓練を受けた者だけが扱えるのかは不明です。使用者の人数や習熟度、利用に必要な条件についても観測を続ける必要があります」

「その通りだ。広く見られるからといって、誰もが同じ能力を持っていると考えるのは早い」

 空中戦艦第二号機艦長は表示地点を変更させた。その地点は工房と思われる建物で、内部では職人たちが金属を加工を行っていた。

 工房と思われる建物内部で職人たちは炉で熱した素材を槌で叩いて形を整えている。手動の機械や水車を利用した設備も見られたが、工房全体が機械によって自動化されているわけではなかった。

 一方でそこで行われている作業には単なる手工業にとどまらない特徴も見られた。職人たちは測定器具を用いて寸法を確かめ、部品の形状を比較しながら加工している。

 複数の部品を組み合わせた装置を試作する者もいれば、歯車を組み合わせた機構や、水力を利用して動力を得る設備を研究している者もいた。

 それを見ていた調査部門幹部は空中戦艦第二号機艦長へと話しかける。

「工房の規模は大きくありませんが、加工技術には一定の水準が見られる様ですな……寸法を測定し、部品を規格化しようとする動きとも推測できる」

 それに対し空中戦艦第二号機艦長は頷きながら調査部門幹部へと視線を向け、思案する様な素振りをした後に口を開く。

「どうやらその様だ。しかし、彼らが何を行っているのかまでは分からない。機械製作の技術を改良しようとしてる風に見て取れるが……」

 調査部門幹部はその言葉に頷きながら自分の考えを述べる。

「その可能性が高いと考えられますな。学術施設と思われる建物も確認でき、研究者らしき人々が資料を持ち寄って実験器具を使って何かを調べている。恐らく科学的な実験を行っているのでしょう」

 空中戦艦第二号機艦長は工房の映像と島の地図を交互に見た。機械化が十分に進んでいるとは言い難い。しかし、知識を集め、技術を改良し、成果を再現可能な形に整えようとする動きは確認できる。伝統的な手工業だけを続けている社会とは、少し様子が違っていた。

 それら情報をを見つめていた空中戦艦第二号機艦長は情報分析部門構成員へと視線を向けて声をかける。

「技術を軽視している社会ではなさそうだな」

 それを聞いた情報分析部門構成員は頷きながら言葉を出す。

「はい。ただし、現時点では大規模な機械工場や、広範囲にわたる生産設備の集積は確認できておりません。個々の工房で研究と改良が進んでいても、それが社会全体の生産力に結び付いているとは限りません」

「分かった。機械技術そのものの水準だけでなく、研究成果がどの程度広く利用されているかにも注目しろ」

「はっ、直ちに実行させます」

 情報分析部門構成員は観測員たちへ命令として伝達し、その命を受けた観測員たちは島内の各地域を記録し続けた。そこに見られるのは機械化が十分に進んでいるとは言えない社会であると同時に、知識と技術を重視し、現状を改良しようとする人々の姿だった。

 そして、その日常にはネオ・アトランティスが知る技術体系だけでは説明できない現象が広く入り込んでいるように見えた。

 *

 その頃、リューネル王国の王都では王立学術院から提出された研究報告を検討する会議が開かれていた。

 リューネル王国の王宮に設けられた会議室には国王アレクシス・リューネルをはじめ、宰相ヴァルター・シュタイン、王立学術院長エリナ・ヴァイス、宮廷魔法師長ラザル・エルミオ、王国軍飛竜隊長ガルド・レナールが集まっていた。机上には金属加工や機械製作、資源の利用状況、職人の育成に関する報告書が並べられている。

 議題は王国の産業基盤をどのように整え、学術研究の成果を国力の向上へ結び付けるかという問題だった。王国には一定の資源があり、複数の港を通じて外部から物資を得ることもできる。

 しかし、リューネル王国がそれらを活かして産業全体を発展させるには解決すべき課題がいくつも残されていた。

「学術院から提出された報告書は読んだ。金属加工や機械製作の能力は少しずつ向上しているようだが、まだ王国全体の需要を賄える規模ではないのだな?」

 アレクシス王の問いに、エリナは手元の資料を開いた。彼女は研究の成果を誇張することなく、現在の状況と残された問題を整理して説明し始めた。

「はい、陛下。金属加工、織物、木工、鉱石の精錬など、各分野で改良が進んでおります。寸法を統一した部品の製造にも取り組んでおり、異なる工房で製作された部品を組み合わせる試験も始まりました」

 エリナは報告書の一部を示した。そこには複数の工房で試作された部品の寸法や、組み立て試験で生じた問題が記録されていた。小さな改良ではあっても、職人個人の経験だけに頼らず、共通の基準を作ろうとする試みだった。

「しかし、現状では熟練した職人の技量に依存する部分が大きく、同じ品質の製品を大量に作ることは困難です。部品の寸法を揃えようとしても、加工に使う道具や設備に差があり、工房ごとに仕上がりが変わってしまいます」

「水車を利用する工房も増えていると聞いたが?」

 アレクシス王が続けて尋ねると、エリナは頷いた。

「はい。ただし、河川の流量や季節によって稼働状況が変わります。動力を安定させるための研究も進めておりますが、十分な性能を持つ機関を実用化するには、まだ時間が必要です」

 報告を聞いていたヴァルターは考え込む様に腕を組み、報告と部下がまとめた分析結果を報告する。

「王国には鉄鉱石や燃料となる資源があり、港湾を通じて必要な物資を輸入することもできます。しかし、資金と人材には限りがあります。工房の数を増やすだけでは、国内の需要を満たすことも、国外市場へ大量に製品を供給することもできません」

 ヴァルターの言葉にアレクシス王は報告書をめくる手を止めた。資源があることと、それを十分に活用できることは別の問題である。

 鉱石を採掘し、精錬し、加工して製品にするまでには、それぞれの工程を支える設備と人員が必要になる。さらに、製品を各地へ運ぶための輸送網や、継続して購入する市場も欠かせなかった。

 そこまで思案したアレクシス王は自分が治めるリューネル王国が直面している課題を発見し、憂鬱に思いながらも発言する。

「……つまり、産業を拡大するための基礎を整えている段階ということか」

「その通りです。職人を育成し、学術院で研究を行い、製品の規格を定め、輸送網を改善する。これらを積み重ねれば、将来的に生産力を大きく伸ばせる可能性はあります」

 ヴァルターはそこで一度言葉を切り、アレクシス王の反応を確かめた。アレクシス王が視線で先を促すのを確認し、それに頷きながら話を続けた。

「しかし、現時点で王国だけの力によって、国全体の産業構造を一気に変えることは難しいでしょう。資本を集めて設備を整えようにも、財政には限界があります。必要な機械を国外から購入する場合も、費用に加えて、運用や修理を担う人材を確保しなければなりません」

 アレクシス王は資料に目を落とした。リューネル王国は大きな島を領土とし、複数の港、農業地帯、鉱山、都市を有している。それでも人口と財政には限りがあり、広大な領土と豊富な資本を持つ大国と同じ規模の産業を築くことはできない。

 王国は知識と技術を重んじ、学術院を設けて研究者を育て、各地の職人と協力しながら技術の改良を進めてきた。

 だが、研究成果を一部の工房から国内全域へ広めるには設備、資金、人材、輸送手段をさらに充実させる必要がある。技術を考案することと、それを大量生産へ結び付けることの間にはまだ大きな隔たりがあった。

「魔法の技術をさらに活用すれば、工房の生産力を補えるのではないか?」

 アレクシス王の問いにラザル宮廷魔法師長が一礼した。彼は魔法を専門とする立場から現在の利用状況、その限界について説明を始めた。

「可能でございます。水の運搬、火力の調整、荷物の移動、建築作業、医療など、魔法はすでに王国の生活と産業に深く浸透しております。熟練した魔法師がいれば、従来なら多くの人手を必要とする作業を、少人数で行うこともできます」

「ならば、機械の研究に多額の費用を投じるより、魔法師を育てた方が効率的な場合もあるのか」

 アレクシス王の言葉に、ラザルは慎重に首を横に振った。

「用途によります。魔法は便利ですが、扱う者の資質や習熟度に左右されます。大規模な作業を継続するには、必要な能力を持つ魔法師を十分に確保しなければなりません。また、遠方の鉱山や港で、必要な時に必ず同じ能力を持つ者を用意できるとは限りません」

 魔法が多くの作業を助けていることは確かだった。しかし、どれほど便利な技術であっても、利用できる人材が限られていればあらゆる場所で同じように活用できるわけではない。

 魔法師の育成には時間がかかり、必要とされる能力も作業によって異なる。魔法を使える者がいることと、必要な時に必要な場所でその能力を使えることは、同じではなかった。

 エリナはラザルの説明を受けて、静かに言葉を継いだ。

「機械には機械の利点があります。動力を確保できれば、個人の能力に依存せず、同じ作業を繰り返すことができます。部品の規格化や製造工程の改善が進めば、熟練工だけに頼らず、一定の品質を持つ製品を生産できるようになるはずです」

 彼女は試作機械の図面をアレクシス王の前へ置いた。まだ実用化には課題が残されているが、構造を工夫し、部品を揃えることで、これまで人手に頼っていた作業の一部を機械へ置き換えようとしていた。

「魔法と機械は対立するものではありません。それぞれの長所を活かし、どの作業に何を用いるのが最も効果的なのかを調べるべきだと考えております」

「理屈は分かる。だが、王国の財政に余裕がない以上、どちらへ重点を置くかは慎重に考えなければならん」

 アレクシス王は二人の報告を聞き、しばらく考え込んだ。魔法は王国の人々にとって特別なものではなく、日々の生活や産業を支える身近な技術である。

 一方で、魔法を扱える人材の育成にも時間と費用が必要であり、魔法だけであらゆる産業を拡大できるわけではなかった。

 機械の研究を進めるには設備投資が必要だが、成功すれば一定の作業を繰り返し行えるようになる可能性がある。魔法の活用を広げれば、既存の設備を大きく変えずに生産力を補える場合もある。どちらか一方に全てを賭けるのではなく、王国が抱える課題に応じて選択することが重要だった。

「王立学術院は魔法と機械の両方について研究を続けよ。どちらか一方を捨てる必要はない。王国に何が必要なのかを見極め、限られた資金を有効に使うのだ」

「承知いたしました」

 エリナは深く頭を下げた。研究成果を一部の学者や熟練工だけが扱える状態に留めず、より多くの人々が利用できるようにすること。それもまた、王国の技術を発展させるために欠かせない課題だった。

「各地の工房と学術院の連携を強めます。研究成果や作業手順、部品の寸法を記録し、ほかの工房でも再現できる形に整えていきます」

「それがよい。知識を一部の者だけが抱え込んでも、国全体の力にはならん」

 アレクシス王はそう答え、資料を脇へ置いた。技術を発展させるには、優れた発明を一つ生み出すだけでは足りない。それを再現し、改良し、必要とする場所へ届ける仕組みを整えなければならなかった。王国に必要なのは、研究と生産をつなぐ基盤そのものだった。

 会議が一区切りついたところで、ヴァルター宰相が別の資料を差し出した。

「陛下、港湾に関する報告もございます。現在、王国の主要港は複数の外国商船によって利用されております。ムー国の商船は南方へ向かう交易品の積み替えと補給を行い、パーパルディア皇国の商船も周辺地域へ向かう際の中継地として港を利用しています」

「両国とも、我が国を通過点として使っているわけか」

「はい。王国が複数の国との交易を続け、港湾を比較的安定して利用できる状態に保っているためです。港湾使用料や倉庫の利用料、船舶の修理、食料や水の補給は、王国にとって重要な収入源となっています」

 リューネル王国は大国に比べれば影響力も国力も限られている。広大な領土を支配することも、周辺地域の政治を左右することもできない。しかし、大きな島に複数の良港を持つという地理的条件が、国際交易における役割を生み出していた。

 ムー国とパーパルディア皇国はそれぞれ異なる地域へ向かう交易の中継地として王国の港を利用している。王国はその立場を活かし、港湾収入を得るとともに、複数の国との関係を維持してきた。大国同士の交易を支えることで利益を得られる一方、航路や商業活動が変化すれば王国の収入も影響を受けるという弱点もあった。

「ムー国から来ている調査官は、まだ学術院を訪問しているのか?」

「はい。通商調査官イザーク・セルヴァン殿が先日も王立学術院と工房を視察しました。王国の技術研究には以前から関心を示しており、特に金属加工と機械製作の分野を詳しく調べているようです」

「彼らは我が国の産業をどう見ている?」

 ヴァルターは資料を確認してから、慎重に答えた。ムー国は王国の研究活動を評価しているが、その評価は現在の国力を高く見積もったものではない。むしろ、今後の発展の可能性に注目したものだった。

「現時点では小規模であり、列強の工業力には及ばないという評価です。しかし、知識を重視する教育制度、技術を改良しようとする職人たち、一定の資源と港湾を持つ地理的条件については、将来的な発展の可能性を認めているようです」

「将来的な発展か」

「はい。ムー国はこのリューネルがいずれ産業革命を実現する可能性を持つ国として注目しているようです。ただし、それには資本、機械設備、専門技術者、広域輸送網、そして大量生産を支える市場が必要になります。現状の王国には、それらを十分に揃えるだけの国力がありません」

 アレクシス王は報告書を読み進めた。王国には産業発展の芽がある。知識を集め、技術を改良し、研究成果を共有しようとする姿勢もある。しかし、科学的な産業革命を起こすには個々の発明や工房の努力だけでは足りない。大量の資本を投じて設備を整え、安定した動力と原料を確保し、製品を広域へ輸送し、継続的に購入する市場を築く必要がある。

「つまり、我が国の可能性には注目しているが、今すぐ大きな産業国家になれるとは考えていないわけだな」

「その通りです。ムー国にとっては将来の交易相手として成長する余地がある国という評価なのでしょう。必要な技術や資本が外部から流入すれば、発展が加速する可能性はあります。が、それがなければ現在の基盤だけで産業全体を大きく変えるには相当な時間がかかると見られます」

 アレクシス王はゆっくりと頷いた。外部から技術や資本を取り入れることは、王国にとって重要な選択肢である。しかし、どの国から何を受け入れるかによって、将来の外交関係や経済的な独立性が左右される。

 支援を受けることが、その国の意向に従わなければならない状況へつながる可能性もあった。

「外部の支援を受けること自体を否定するつもりはない。だが、我が国の産業を他国の都合で動かされるわけにはいかん。技術を取り入れる場合も王国の利益を第一に考えよ」

「承知しました」

 ヴァルターが答えたところで、会議室の扉が開いた。港湾監督官マルセル・エイドが新たな報告書を持ち、国王たちの前へ進み出る。

「陛下、港湾に関する追加報告がございます。パーパルディア皇国の通商官ディエゴ・アルヴァレス殿から、商船の寄港予定について連絡がありました。積み荷の一部を別の船へ移し替えたいとの要請です」

「通例の中継業務だな。港湾の規則に従って処理するよう伝えよ」

「承知いたしました」

 マルセルは報告を終えても、すぐには退室しなかった。港湾を管理する立場から、各国の商船が王国の規則に従っているかを確認することは重要な仕事だった。大国の船だからといって特別な扱いを認めればほかの交易相手との間に不公平が生じ、王国の立場を損なうおそれがある。

 アレクシス王も、その点は十分に理解していた。

「港の使用について特別扱いを求められても応じる必要はない。ムー国の商船であろうと、パーパルディア皇国の船であろうと、王国の規則は同じだ」

「かしこまりました」

 マルセルが一礼して退室すると、アレクシス王は窓の外へ目を向けた。王都から見える港には、複数の国の船が停泊し、船員や荷役人夫たちが忙しく働いている。王国の港は交易の要所として利用されているが、周辺の大国と比べればその影響力は限られていた。

 それでもリューネル王国は独自の判断で港湾を運営し、交易から得た利益を教育や産業の発展へ振り向けようとしている。小国であることは変えがたい現実だが、だからといって他国に全てを委ねる必要はない。

 知識と技術を育て、限られた資源を活かし、少しずつ国力を高めていく。それがリューネル王国の選んだ道だった。

 *

 島の上空では、空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』による観測が続いていた。床面表示装置には港湾の映像、工房の作業状況、農地の利用状況、街路の様子などが次々に集められている。

 映像だけでは判断できない事柄については、観測時刻や位置、周囲の状況を添えて記録され、確実に確認できた情報と推測が混同されないよう整理されていた。

 その最中、沿岸部を監視していた観測員が、画面の端に映る動きを捉えた。

「艦長、沿岸部の上空で飛行生物を確認しました」

 報告を受けた空中戦艦第二号機艦長はすぐに表示を切り替えた。映像には大きな翼を広げて飛行する生物が数体映っている。

 その背には人間と思われる人物が乗り、互いの間隔を保ちながら海岸線に沿って飛行していた。生物の体格と翼の形状は、通常の鳥類とは明らかに異なっている。

「背に人が乗っているように見えるな」

「はい。騎乗者は武器らしきものを携帯しています。複数体で隊形を維持し、沿岸部を一定の経路に沿って飛行しています」

 空中戦艦第二号機艦長は映像を拡大し、飛行生物の動きと騎乗者の様子を確認した。生物たちは一定の間隔を保ち、海岸線に沿って旋回している。

 騎乗者は地上を見下ろし、ときおり進路を変えていた。その動きは、目的地へ向かう単なる移動というより、周辺の状況を確かめる巡回行動に近い。

「巡回行動の可能性があるか」

「高いと考えられます。ただし、何を確認しているのか、またどの程度の範囲を巡回しているのかは分かりません」

「地上部隊については?」

「港湾付近に兵士と思われる集団がいます。城塞の周囲にも武装した人員が確認できました。装備は剣や槍に類するものが中心のようですが、距離があるため詳細は不明です」

 艦長は地上部隊の映像を呼び出した。兵士たちは港湾施設や城塞の周辺に配置されており、少なくとも一部の人員が警戒に当たっているようだった。

 しかし、観測できたのは限られた地点だけであり、部隊の規模や編成、装備の性能までは把握できない。

「艦艇はどうだ?」

「ガーフィッシュからの報告では、港湾に複数の武装船が確認されています。大規模な艦隊を形成している様子はありませんが、沿岸警備や港湾防備に使用されている可能性があります」

 調査部門幹部はそれぞれの記録を照合した。陸上には一定の兵力があり、上空には騎乗した飛行生物が巡回している。港には武装船も存在していた。少なくとも、無防備な集落が集まっているだけの地域ではない。

「軍事力の規模は判断できるか?」

「現時点では確定できません。確認できる範囲では、大規模な常備軍や艦隊を維持しているようには見えませんが、飛行生物を利用した部隊、地上の兵士、沿岸警備の艦艇を組み合わせた防衛体制を持っている可能性があります」

「過小評価はするな。飛行生物の数が少なく見えても、別の基地に部隊がいるかもしれん。地上兵力についても、観測範囲外の部隊が存在する可能性を残しておけ」

「承知しました」

 空中戦艦第二号機艦長は軍事関連の情報を別項目に分類した。飛行生物の種類も、騎乗者の装備も、船舶の性能も、現段階では確定していない。見た目が既知の生物や兵器に似ていたとしても、同じ能力を持つと判断することはできなかった。

 その後、ガーフィッシュⅡ型から港湾に出入りする船舶について追加報告が届いた。商船と武装船が混在し、複数の地域から来たと思われる船が寄港している。

 旗や船体の装飾には違いが見られるものの、その意味を特定できる情報はない。国旗なのか、商会の標章なのか、船主の紋章なのかさえ判別できなかった。

「この島の住民は、我々が当初考えていた以上に外部との交流を持っているようだな」

「はい。ただし、どの国と交易しているのかは不明です。船舶の所属や出身地も、現時点では確認できておりません」

「引き続き記録しろ。旗印や船体の意匠だけで所属を断定するな。相手の情報を得てから判断すればいい」

「了解しました」

 空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』には潜水艦隊が集めた情報が並んでいた。そこから浮かび上がってきたのは広い島に複数の都市と港を持ち、農業、交易、資源採取、手工業を営む社会だった。

 軍事力は大国のような規模ではないと推測される一方、飛行生物を利用した部隊や武装船を維持し、一定の防衛能力を備えているように見える。

 しかし、外見から推測できることには限界があった。飛行生物がどれほどの速度や航続距離を持つのか、騎乗者がどのような訓練を受けているのか、武装船がどの程度の戦闘能力を備えているのか。いずれも、映像を眺めているだけでは分からない。

 そして、彼らの日常にはネオ・アトランティスの技術体系だけでは説明できない現象が数多く存在していた。島の社会を理解するには目に見える設備や兵力だけでなく、そうした現象が人々の生活とどのように結び付いているのかを知る必要があった。

 *

 ネオ・アトランティス中枢基地の司令室では試験艦隊、空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』、ガーフィッシュⅡ型潜水艦隊から送られてきた情報をまとめる報告会が開かれていた。

 壁面の地図には観測によって確認された島の輪郭と主要な集落、港湾、道路、農地、工房、採掘場などが表示されている。島の全域を把握したわけではないものの、発見当初と比べれば、地理と社会の姿は少しずつ明らかになりつつあった。

 会議の席には観測記録を担当する者や軍事情報を分析する者、技術研究を担う者たちが集まっていた。それぞれの報告は確認できた事実と、そこから導かれた仮説とに分けて整理されている。

 未知の世界について判断するためには、わずかな情報を過大に評価せず、複数の可能性を残しておく必要があった。

 ガーゴイルは報告書を一通り読み、机上へ置いた。

「大きな島に複数の居住地と港湾を築き、農業、鉱業、交易、手工業を営んでいる。学術研究を行う施設も確認された。知識と技術を重視する社会と考えてよさそうだな」

 調査部門責任者がそれに頷き、部下が編纂した情報を報告した。

「はい。特に工房では、部品の寸法を揃えようとする動きが確認されています。水車を利用した機械設備もあり、機械製作や金属加工の技術を改良しようとしているようです」

 調査部門責任者が報告を終え着席すると情報分析部門責任者が立ち上がり、彼の引き継ぐ形で報告を始める。

「しかし、大規模な機械工場は見当たりません。港湾にも大量の貨物を機械で処理する設備は少なく、都市部の生産活動も手工業が中心のようです」

 それを聞いたガーゴイルはすぐに結論を出さず、島の地図を見つめた。観測できた範囲で大規模な生産設備が見つかっていないことは事実だが、それだけで島全体の工業力を判断することはできない。

 未知の土地については見えていないものが多いという前提を忘れるべきではなかった。

「それだけで工業力が低いと決めつけるわけにはいかん。観測できたのは島の一部だ。ほかに大規模な工場が存在する可能性もある」

「承知しております。ただ、現在までに得られた情報では、広域にわたる機械化された生産体制は確認できておりません」

「分かった。現段階で言えるのは、機械化された大規模生産の証拠が得られていないということだ。国全体の生産力については、引き続き情報を集めてから判断する」

 ガーゴイルは別の報告書を手に取った。そこには、街路、建設現場、港湾、農地などで確認された不可解な現象がまとめられている。人の動作に応じて物体が浮き上がり、水が移動し、明かりが灯る。医療施設と思われる場所でも、目に見える機械装置を確認できないまま、負傷者の状態が変化していた。

「この現象については、どのように分析している?」

 それに応える形で技術部門責任者が資料を手に立ち上がり、観測記録を確認しながら答えた。

「現段階では原因を特定できておりません。何らかの装置を使っている可能性も考えられますが、外から確認できる範囲では、機械的な動力や支持装置が見当たりません。人間の動作に反応して現象が生じているように見えます」

 ガーゴイルは記録の一部に目を留めた。つい先日、彼らは海上で遭遇した艦隊からある国家の名と部隊名を聞いていた。そこから得られた情報はごく限られているが、今回の観測結果を整理するうえで、無視できない言葉が一つあった。

「神聖ミリシアル帝国の艦隊が名乗った際、確か『第一魔導艦隊』と言っていたな」

「はい。国家名とともに、部隊名として記録されています」

「魔導という言葉が、今回観測された現象と関係している可能性はあるか?」

 技術部門責任者はすぐには答えなかった。言葉の響きだけで技術の正体を推測することには危険がある。そもそも、あの艦隊が何を指してその名称を用いたのかさえ、彼らには分かっていなかった。

「現時点では判断できません。あの艦隊が用いた名称と、島の住民が行っている現象が同じ原理によるものかどうかも不明です。そもそも、魔導という言葉が何を指しているのか、我々には理解できておりません」

「そうだな。名称だけを手掛かりに、技術の正体を決めつけるべきではない」

 ガーゴイルは報告書を机へ置き、映像記録を見つめた。建設現場では石材が浮き上がり、港では荷物が人の手の動きに合わせて移動していた。街路の灯具は、目に見える点火装置を確認できないまま明るくなっている。いずれも、彼らが知る一般的な機械装置だけでは説明しにくい現象だった。

「仮に、彼らが何らかの未知の技術を日常的に使っているのだとすれば、生活や産業のあり方にも影響しているはずだ」

 ガーゴイルの言葉を受け、技術部門責任者が映像を切り替えた。石材を浮かせる作業員、灯具の前で手を動かす住民、水を移動させる人々。異なる場所で起きている現象には共通する特徴があるように見えるが、その原因を一つにまとめられるだけの証拠はない。

「仮に、これらが我々の知らない原理による現象であり、相手がそれを魔法と呼んでいるのだとすれば、日常生活の多くをそれによって支えている可能性があります」

「魔法、ですか?」

 技術部門責任者が聞き返すと、ガーゴイルは軽く頷いた。

「今は仮の呼び名にすぎん。相手が何と呼んでいるのかも、我々には分からない。だが、機械装置が確認できないまま物体が動き、光が生じ、水が移動し、負傷者の状態まで変化しているように見える。既存の知識だけで説明できない現象を、研究対象として分類するための便宜的な呼称だ」

 彼はそこで言葉を切り、記録に視線を落とした。

「もし、こうした現象が広く利用されているのなら彼らの社会では我々が機械や動力を必要とする作業を別の方法で行っているのかもしれん」

「それが、機械技術の発展に影響している可能性はありますか?」

 研究部門責任者の問いにガーゴイルは少し考え込んだ。未知の現象が社会に広く浸透しているなら、産業の発展に何らかの影響を及ぼしていることは考えられる。しかし、影響の方向まで決めるには情報が足りなかった。

「一つの仮説としては考えられる。人手や機械を必要とする仕事を別の方法で容易に行えるのであれば、機械化への需要が小さくなる場合もあるだろう。大規模な動力機関を開発するより、すでに広く利用されている現象を活用した方が効率的なのかもしれん」

「しかし、工房では機械の研究も行われています。知識を重視し、技術を改良しようとする姿勢も確認できました。未知の現象だけで社会を維持しているわけではないようです」

「その通りだ。未知の現象が存在するからといって、科学技術の発展が妨げられるとは限らん。むしろ、両者を併用している可能性もある。産業規模が小さい理由も、人口や資本、資源、輸送手段の不足など、別の要因によるものかもしれない」

 ガーゴイルは映像の中で作業を続ける職人たちを見つめた。彼らは寸法を測り、部品を加工し、機械の構造を改良しようとしている。少なくとも、知識や技術を不要なものと考えている社会ではない。むしろ、技術を発展させる意欲があるにもかかわらず、産業全体を大きく変えるには至っていないように見えた。

「この国の技術水準については、まだ評価を下すな。魔法という呼称は、あくまで我々が現象を分類するための仮説的なものとして記録しろ。確認できた現象と、その発生条件を調べることを優先する。神聖ミリシアル帝国の『魔導』という名称とも、現時点では結び付けて考えすぎるな」

「承知しました」

 情報管理部門責任者が記録をまとめると、ガーゴイルは次に軍事関連の資料を手に取った。

「軍事力についてはどうだ?」

「沿岸部に武装船が存在し、城塞には兵士が配置されています。また、背に人を乗せた大型の飛行生物が複数確認されました。騎乗者は武器を携帯し、隊形を維持しながら沿岸部を巡回しています」

「航空戦力を持つということか」

「その可能性が高いと考えられます。ただし、部隊の規模や性能、飛行可能な距離は不明です。地上兵力についても、確認できたのは城塞や港湾の周辺に限られています」

 ガーゴイルは報告を聞きながら、飛行生物の映像を確認した。人間が騎乗したまま空を移動し、複数で隊形を維持する。

 その事実だけでも、この島の防衛体制を理解するうえで重要な要素になる。だが、実際にどの程度の戦闘能力があるのかは、まだ判断できなかった。

「海軍については?」

「商船と武装船が混在しています。現時点では大艦隊を運用しているようには見えませんが、別の港に艦艇が集結している可能性は残っています」

 ガーゴイルは小さく頷いた。大国のような軍事力は確認できていない。しかし、航空戦力らしきものと海軍、地上部隊を組み合わせている以上、単純に弱小な地域と評価することはできなかった。飛行生物の能力や運用方法も分からず、見かけ上の規模だけで実際の戦闘能力を判断することは危険だった。

「飛行生物の運用も含め、周辺の国家で一般的な軍事体系なのかどうかは分からんな」

「はい。比較対象となる情報が不足しております。神聖ミリシアル帝国についても、現在分かっているのは国家名と第一魔導艦隊という部隊名だけです。実際の軍事力や政治的な影響力については、何も把握できておりません」

「今回の島国についても同じだ。軍事力が小さいように見えるからといって、敵対した場合に容易に制圧できると考えるのは早計だ」

 ガーゴイルは軍事資料を脇へ置き、島の地図へ視線を移した。大きな島には複数の都市と港があり、農地や鉱山、工房が存在している。

 そこでは独自の社会が営まれ、人々は知識と技術を重視しながら生活していた。日常的に利用されているらしい不可解な現象は、彼らの技術体系を理解するうえで無視できない要素だった。

「この島には、外部との交易が存在するようだな」

「はい。複数の意匠を持つ商船が確認されています。港湾が中継地として利用されている可能性があります」

「ならば、島の外には別の国家が存在している。交易を行う相手がいる以上、この島だけを調べても世界の全体像は見えてこない」

「現時点では船舶の所属を確認できておりません。旗や船体の意匠を記録していますが、国名や組織名との照合はできていません」

「引き続き記録を続けろ。相手の旗印を我々の知識だけで勝手に解釈する必要はない」

「承知しました」

 ガーゴイルは島の地図を見つめながら、しばらく考え込んだ。大きな島に築かれた、規模の限られた社会。一定の学術基盤と機械工業の萌芽を持ちながら、日常生活では不可解な現象を幅広く利用している。

 そして、飛行生物を用いた航空戦力と沿岸を守る艦艇を保有しているように見える。観測によって判明したことは増えている。

 しかし、彼らはその国の名称すら知らない。政治体制や周辺諸国との関係、交易相手の正体も不明だった。

 神聖ミリシアル帝国についても国家名と艦隊名を聞いたにすぎず、その実態を理解しているとは言えない。

 それを理解していたガーゴイルはネオ・アトランティスの今後を左右する計画を実行すると決めた。

「未知の国が一つ見つかっただけで、世界の全体像が明らかになったわけではない。だが、これ以上遠方から観測を続けても、得られる情報には限界があるだろう」

 その意図を察した調査部門責任者がガーゴイルの考えを確かめるように尋ねた。

「接近を検討されるのですか?」

「そうだ。これまでの調査によって、島の地理と主要な港湾、居住地域、産業活動、軍事的な動きについて、ある程度の情報は得られた。だが、住民の言語や国家の仕組み、交易相手、技術の実態を知るには、現地の人間から情報を得る必要がある」

「接触によって、こちらの存在が知られることになります」

 その指摘にガーゴイルは静かに頷いた。ここまでの観測は、相手に察知されないことを優先して進められてきた。

 接触を開始すればその前提は変わる。相手が友好的に応じるのか、それとも警戒して武力を用いるのか、現時点では何も分からない。

「だが、相手の存在を認識しておきながら、いつまでも遠方から眺めているだけでは必要な情報を得ることはできん」

 ガーゴイルは机上の資料を揃え、幹部たちを見渡した。

「この島国との接触を開始する。まずは小規模な艦艇を用い、相手の反応を確かめるのだ。大艦隊を見せつける必要はない。こちらの意図を伝え、交渉の余地があるかどうかを見極めろ」

 その言葉のを受けた情報管理部門責任者が立ち上がり、規模についての質問を行う。

「接触に際して、どの程度の情報を開示いたしますか?」

「こちらの全容を明かす必要はない。組織の本拠地、戦略兵器、軍事力の全貌、生産能力に関する情報は秘匿しておけ。まずは相手の言語と国家の仕組みを理解し、交易や情報交換の可能性を探るのだ」

 こうしてネオ・アトランティスの方針は定まった。会議に参加した幹部たちが仮面の下で決意を固めたのを確認しながらガーゴイルは命令を下す。

「同志諸君、これより我らネオ・アトランティスは異世界へと接触する……この接触を足掛かりに世界を知り、そして世界征服への第一歩とするのだ!」

「「「「ネオ・アトラン!!」」」

 こうしてネオ・アトランティスは未知の島国との初接触を決定した。

 彼らはまだ知らない。その島に築かれた国が、リューネル王国という名であることを。

 ムー国やパーパルディア皇国の交易中継地として利用されていることも、王国の人々が日常的に魔法を使っていることも、王立学術院で機械技術の研究が進められていることも、ネオ・アトランティスにとっては未解明の情報だった。

 彼らが確認できたのは目の前の島に人々が暮らし、一定の社会基盤と防衛体制を持ち、既存の知識だけでは説明できない現象が見られるということにすぎない。

 神聖ミリシアル帝国についてさえ、彼らが把握しているのは国家名と艦隊名だけである。その艦隊が名乗った「魔導」という言葉の意味も、彼らはまだ理解していなかった。

 今回観測した現象との関係についても、可能性を考えることはできても、結び付けるだけの証拠はない。

 新たな接触はまだ始まっていない。しかし、海の向こうで互いの存在を知らぬまま暮らしていた二つの勢力はまもなく初めて向き合うことになる。

 ネオ・アトランティスが得ようとしているのは、未知の国の名だけではない。自分たちが転移した世界がどのような場所なのかを知るための、最初の手掛かりだった。

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