日本国召喚×ふしぎの海のナディア―ネオ・アトランティス異世界転移― 作:ネオ・アトランティス
リューネル王国西部、沿岸海域。
夕暮れの海には日没を間近にした太陽の光が長く伸びていた。波間に浮かぶ橙色の光を受けながら、沿岸警備隊所属の小型帆船セレスタはいつもと変わらぬ巡回航路を進んでいる。
船長のアルノー・ベルクは甲板の中央で海図と周囲の海域を交互に確認していた。風向きは安定し、潮の流れにも目立った乱れはない。遠くには港へ向かう商船の帆がいくつか見え、水平線の近くを海鳥が飛んでいる。見慣れた夕刻の光景だった。
島々によって成り立つリューネル王国にとって海は国土を隔てる障壁であると同時に、各地を結びつける大動脈でもある。
王国内の島々を往来する輸送船、近隣諸国から訪れる商船、漁場へ向かう小舟。港を行き交う船の数は決して少なくなく海上交通の安全を確保する事は、王国の経済と国民生活を支えるうえで欠かせない仕事だった。
沿岸警備隊の任務もその海上交通を守る事にある。不審な船影を発見すれば所属と目的を確認し、海難や密輸などの兆候があれば必要な措置を取る。
普段の巡回は単調な事も多いが、ひとたび判断を誤れば、交易や沿岸の住民にまで影響が及ぶ。アルノーはその責任をよく理解していた。
だからこそ、見張り台から届いた報告に彼は即座に反応した。
「船長! 右舷前方、海面に異常があります!」
見張りを担当していた水兵が、身を乗り出すようにして叫んだ。
「何が見える。船影か?」
「いえ、違います! 海面そのものが……盛り上がっています!」
アルノーは水兵の指し示す方角へ望遠鏡を向けた。最初は、海底の地形によって生じた大きなうねりか、あるいは海面近くを泳ぐ巨大な生物ではないかと考えた。
だが、視界の先で起きている現象は、どちらにも当てはまらなかった。海面の一角が、不自然なほど大きく持ち上がっていた。周囲の波が押し退けられ、白い泡が幾重にも広がる。
その中心から、黒灰色の巨大な構造物が、海水をまといながらゆっくりと姿を現した。海中から現れる構造物なぞ聞いた事が無い。
故にアルノーは未知の領域足るそれを見て思わず息を呑んだ。
細長い外殻は金属を思わせる鈍い光沢を帯びている。表面には規則的な継ぎ目が走り、いくつもの突起や窪みが複雑に配置されていた。暗い赤色と灰色の部分が交じり合い、夕日の残光を受けて不気味な色合いを浮かび上がらせている。
上部には複数の開口部らしきものがあり、その周囲で人影が動いているのも見えた……しかし、何より理解しがたいのはその形状ではなかった。
帆柱がない。帆もない。煙突らしきものも見当たらない。船を動かすための櫂や外輪も確認できず、見慣れた船舶とは構造そのものが異なっている。
それなのに全体の輪郭は巨大な船体を思わせるほど長く、海面に浮かぶ姿には明らかな人工物の印象があった。
そして、それが海の中から現れたという事実が目撃した者たちの理解を拒んでいた。
単に鉄を扱う構造物ならば第二文明圏の雄たるムー国、第一文明圏が頂点たる神聖ミリシアル帝国なら可能性は高いと言える。彼らなら何を仕出かしても可笑しくないと言う認識が、少なからず彼らにはあったのだ。
しかし海中より現れる鉄の塊は聞いた事が無い。あれと同じ事をを成す科学力を
だからこそ、目の前のそれは恐怖すら与えてくるのだ。
「……海中から、あんなものが出てきただと?」
アルノーの声は自分でも驚くほど低くなっていた。
周囲を航行していた商船の見張り員も、小型帆船セレスタの乗員も、それが海面に現れるまで存在に気付いていなかった。あれほどの大きさのものが、いつから、どこに隠れていたのか。
そしてあの構造物は何時海底から浮かび上がったのか、それとも遠方から海中を移動してきたのか。考えられる事はいくつもあったが、どれも確かな根拠を持たなかった。
船長であるアルノーにこの異常事態での判断を仰ごうと船員が近付いて来るが、その船員でもどう問えば良いのか分からない非常自体。
海中を進み、海上に察知される事なく接近可能な全く理解の及ばぬ埒外の物体。用途不明な構造物を前にして歴戦の海の漢と言えど判断がつかない。
「船長、あれは一体……」
故に、その船員は改めてそれが何であるかを問う事しか出来なかった。
「分からん。だが、自然のものではない事だけは確かだ」
アルノーは油断なく望遠鏡を構えたまま答えた。
黒灰色の構造物は海面に姿を現すと、外殻に付着した水を滝のように流し落とした。そのまましばらく浮かび続け、やがて動きを止める。
こちらへ向かってくる様子はなく、目立った攻撃行動も確認できなかった。アルノー率いる小型帆船セレスタ船員達にとってそれがかえって不気味だった。
巨大なものが突然現れたというだけでも異常だが、その後の動きには周囲の様子をうかがっているかのような慎重さがあった。
何が起こっても情報を持ち帰る覚悟を持って船長あるノーは頼もしい部下達に命令を下す。
「全員、警戒態勢を取れ。武器をすぐに使えるようにしておけ。ただし、こちらから攻撃するな。相手の動きを見極めるんだ」
「了解!」
アルノーの指示が飛ぶと、水兵たちは一斉に動き始めた。甲板上の武器を点検し、必要な装備を手の届く位置へ移す。見張りは交代で周囲を確認し、誰もが黒灰色の構造物から目を離さないようにした。
小型帆船セレスタは相手との距離を保ちながら進路を変え、監視に適した位置へ移動する。こちらの存在を知らせるために不用意に近づく事も、相手を刺激するような動きを取る事も避けた。
相手が敵対的な存在である可能性は否定できない。だが、こちらに危害を加える意思があるとも限らなかった。もし先に攻撃を仕掛ければそれを敵対行為と受け取られ、王国の沿岸で取り返しのつかない事態を招くおそれがある。
相手の正体も能力も分からない以上、まずは状況を把握する事が優先だとアルノーは考えたのだ。長い間沿岸警備を行なってきた歴戦の海兵としての矜持がそう判断させた。
その間にも、黒灰色の構造物では何らかの作業が続いていた。
上部の一角が開き、内部から数人の人影が姿を現す。彼らは周囲の様子を確認した後、そこから小型艇を海面へ降ろした。
小型艇には数名が乗り込み、やがて構造物から離れて小型帆船セレスタへ向かい始める。その進み方もまた、アルノーたちの常識から外れていた。
帆はない。櫂を動かす者もいない。それにもかかわらず、小型艇は波に大きく揺らされる事なく、一定の速度を保って海面を進んでくる。風を受けて進んでいるようにも、潮に流されているようにも見えなかった。
「船長、こちらへ接近してきます!」
「見えている。近づいてくる者たちをよく見ろ。武器を隠し持っている可能性もある。だが、威嚇はするな」
アルノーは乗員の配置を確認し、相手が接近した場合に備えた。小型艇が一定の距離まで近づくと、その乗員の姿がはっきりと見えるようになった。
全員が仕立てのよいフォーマルスーツを身に着けていた。服装には統一感があり、着こなしにも乱れがない。海上で活動する者にしては不自然なほど整った装いだった。
そして、彼らの顔には例外なく仮面があった。仮面の意匠は一人ひとり異なっているように見えた。装飾の少ないものもあれば、額や頬の部分に奇妙な意匠を施したものもある。
だが、いずれも顔の表情を読み取る事はできず、視線さえどこへ向けられているのか判然としない。荒れた海や船上での作業を想定した衣服ではなく、ましてや商船の乗組員の装いでもない。
むしろ王宮の式典や外交の場に出席する者を思わせる姿だった。そのような者たちが、海中から現れた巨大な構造物から小型艇で接近してくる。目の前の光景は、現実の出来事であるにもかかわらず、どこか奇妙な夢のようだった。
その小型艇は小型帆船セレスタの船縁に接触する事なく、少し離れた位置で停止し、仮面の一人が甲板上のアルノーを見上げる。
「こちらに何か用があるのか?」
アルノーが声をかけると、仮面の男はわずかに頭を下げた。返答までに短い間があった。言葉を選んでいるのか、それともこちらの出方をうかがっているのか。仮面の奥を見通す事はできない。
「この島を治める者と、会談を希望する」
その声にはわずかなぎこちなさがあった。発音は滑らかとは言い難く、慣れない言語を慎重に扱っているように聞こえる。それでも、こちらの言葉を使って意思を伝えようとしている事は理解できた。
「この島の統治者だと?」
「そうだ。我々は遠方より来た者だ。話し合いに応じてもらえるならば、我々が持つ技術を提供する用意がある」
アルノーはすぐには答えなかった。
海中から現れた正体不明の巨大な構造物。その上から接近してきた、仮面をつけた一団。そして、国王との会談を求めると同時に持ち出された技術提供の申し出……。
どれも通常の商船や使節団とは大きく異なっている。相手は友好的な態度を示しているようにも見えるが、それだけで信用できるはずもなかった。
だからこそアルノーは慎重に情報を得る事を選んだ。
「なぜ、この島の統治者と会いたい?」
「話し合うべき事柄がある。詳しい内容は、正式な場で伝えたい」
「自分たちが何者なのか、もう少し説明できないのか?」
仮面の男は少し思案した素振りを見せながら、わずかに間を置いて返答を行った。
「我々の素性については、会談の場で説明する。今は、まず話し合いの機会を求めている」
その態度から真意を読み取る事はできなかった。声の調子に大きな変化はなく、仮面の奥にある表情も分からない。
彼らは武器を見せつける事も、小型帆船セレスタへ乗り込もうとする事もせずに小型艇の上でこちらの返答を待っていた。
アルノーは相手の背後へ視線を向けた。海上に浮かぶ黒灰色の構造物は、依然としてその場に留まっている。あれほどのものを動かす力を持ちながら、接触してきた一団は少人数にとどまり、こちらへ強引に要求を押しつける様子もない。
慎重に接触を図っているのか、それとも別の意図があるのか。現時点では判断できなかった。あれだけの構造物を聖像可能な勢力が対話を求める以上、少なくとも敵意が無いと判断出来る。
……とは言え、最終的な判断をするには情報が不足しているのだが。そこまで考えたアルノーは少し違和感を覚えた。
彼らは統治者としてリューネル王国現国王アレクシス王と指名せず、何故か
──もしかしたらこの一団はリューネル王国についての情報を持ち得ないのでは……?
そう考えたアルノーは国名と統治者に対する情報を出す事にした。実際、相手がどれだけ理解しているのかを知る事は交渉において欠かせない土台だ。
「ここはリューネル王国の領海だ。国王陛下への面会を求めているという事で間違いないな?」
アルノーに国名と統治者の存在を教えられた仮面の一団は少し動揺し、お互いに視線を交えながら確認し合う。
唯一、額に第三の目と思える意匠を施した仮面を付けた男は冷静にその情報を咀嚼していた。恐らく彼がこの一団のリーダーであるとアルノーは当たりをつける。
「リューネル王国……」
そしてアルノーがリーダーだと推測したその男……使節団のリーダーである幹部は咀嚼した内容を確かめるように呟いた。
アルノーは彼らの反応を見逃さなかった。彼らはこの島の国家について、事前に十分な情報を得ていたわけではないらしい。
少なくとも、国名を聞いて即座に理解した様子ではなかった。
「その通りだ。この島はリューネル王国の領土である。陛下への面会が認められるかどうかは、王宮の判断次第だ」
その言葉を聞いた仮面の一団はリーダーへと視線を向け、一団の先頭に立つ仮面の男は頷きながら返答する。
「承知した。我々は返答を待つ」
「返答があるまでは、こちらの指示に従ってもらう。勝手に沿岸へ接近したり、港へ入ったりする事は認められない」
仮面の男は頷く事で答えた。それ以上、自らの素性や目的について語る事はなかった。
アルノーは部下へ目配せし、王都への緊急連絡を命じた。未知の存在が国王との会談を求めている以上、現場の判断だけで応じる事はできない。
相手の申し出を受け入れるかどうかについても王国上層部が判断すべき事柄だった。
報告を送るための準備が進められる間も、アルノーは仮面の一団から目を離さなかった。相手は静かに待ち続けている。だが、その背後には、王国がこれまで目にした事のない巨大な存在が浮かんでいた。
やがて、小型帆船セレスタから王宮へ向けて緊急の報告が送られた。
海中から現れた正体不明の巨大な構造物。その上から接近してきた仮面の一団。彼らはリューネル王国の統治者との会談を求め、応じるならば自分たちの技術を提供すると申し出ている。
王国がこれまで経験した事のない、異例の接触だった。
*
王都リューネルの王宮では、沿岸警備隊からの緊急報告を受け、急遽、国王臨席の会議が開かれていた。
会議室には国王アレクシス・リューネルをはじめ、宰相ヴァルター・シュタイン、王立学術院長エリナ・ヴァイス、宮廷魔法師長ラザル・エルミオ、王国軍飛竜隊長ガルド・レナールが集まっている。
普段ならばそれぞれの職務に追われている面々が、予定を繰り上げて一堂に会したのは、それだけ今回の報告が異例のものだったからだ。
机上には小型帆船セレスタの船長アルノーから届いた報告書が広げられていた。そこには、正体不明の構造物が海中から姿を現した時刻や位置、外見、浮上後の動き、そして仮面の一団とのやり取りが、可能な限り詳しく記録されている。
複数の乗員による目撃内容も添えられており、単なる見間違いや誤認として片づける事は難しかった。
報告書を読み終えたガルドが、最初に口を開いた。その様子からあまりにも現実離れした記述を疑っているが察せられた。
「海中から現れた巨大な構造物、か。現場の見間違いではないのか? 私にはそう思えてなりません」
その推測を頭を振る事で否定したのはヴァルターだった。沿岸警備隊に長年務めているアルノーが見間違いを報告するとは考えられなかった。
沿岸警備隊所属の船長になるには確かな経験と実力を持つ人員でなければならない決まりがある。そのため、ベテランである彼が未確定事項を報告するとは思えなかった。
「アルノー船長を含め、複数の乗員が目撃している。報告内容にも大きな食い違いはないと見て良いだろう」
ヴァルターは落ち着いた口調で答え、報告書の一節を指先で示した。
「帆も帆柱もなく、煙も出さない。しかも海中に姿を隠し、必要なときに浮上してきたという事だ。現場の者たちが、通常の船舶とはまったく異なるものと判断したのも無理はないと言える」
ヴァルターが話した内容を反芻したエリナは報告書に目を落としたまま呟いた。
「そのようなものが存在するという話は、これまで聞いた事がありません」
彼女は王立学術院を率いる立場にあり、王国の技術研究だけでなく、各国の造船技術や海上交通についても一定の知識を持っている。だが、今回の報告に記された構造物は既存の船舶技術から考えられる範囲を大きく逸脱していた。
「外殻が海中に隠れていたというのなら、内部への浸水をどう防いでいたのでしょうか? 人が乗っていたという事ですから、内部の環境も保たれていたはずです……」
そこで言葉を区切りながら報告にあった鉄の構造物についての考察を続けていく。未知の存在に対する推測を重ねても分からない事は分からないとしか言えない。
思考が袋小路に陥ったエリナはため息混じりた言葉を発した。
「……残念ながら、私ではどのような仕組みで移動していたのかも推測できません。海中を進む技術はまさに埒の外です」
アレクシス王は報告書から視線を上げ、エリナへと尋ねる。
「つまり、件の構造物は我々の知るどの国の技術でも考えられないものだという事か?」
その問いに頷きながらエリナはアレクシス王を見据えながら持論だと断ってから話し始める。
「私が知る限り海中を進む物体は聞いた事がありません。構造物の内部や動力、外から確認できる形状に限ったとしても理解の及ばぬ段階です……」
エリナは一度言葉を切り、報告書の記述を確かめた。
「今言えるのは、分からない事を分かったつもりで説明しない事を重要視すべきと言う事だけです。未知の技術を、我々が知っている造船技術や魔法の延長として取り扱うのは避けるべきだと思われます」
その言葉に、ラザルが小さく頷いた。魔法はほぼ何でも出来ると思われているが、だからと言って万能では無いのだ。出来る事と出来ない事は必ず存在する。
「魔法が関係している可能性もありますが、現段階では何も断定できません。魔力の反応を確認したわけでもありませんし、そもそも魔法によって動いていると考える根拠もない。未知のものを、知っているものの名前で呼んで安心するべきではないでしょう」
会議室の空気が一段と重くなった。
リューネル王国は小国ながら、魔法を日常生活や産業に幅広く利用している。各地では魔法を応用した設備や道具が使われ、王立学術院でも既存の技術を改良する研究が進められていた。
近年は生産技術にも変化が現れつつあり、手工業の効率化や動力の利用など産業のあり方そのものを変える可能性も見え始めている。
だが、それはあくまで王国が持つ技術と資源、そして人材の範囲内で進められている発展だった。研究を続けるにも、設備を整えるにも、資金や原料、専門知識を持つ人材が必要になる。
国の規模が限られている以上、可能性が見えているからといって、すぐに大規模な技術革新へ進めるわけではなかった。そのような王国の前に、既存の常識では説明できない構造物が現れたのである。
それを踏まえた上でガルドは最悪な未来を想像しながら口を開いた。
「……軍事的な目的で現れた可能性はないか? 私なら未知の技術を見せびらかす事で相手を牽制し、事を有利に進める。海中を進む技術なら尚の事だ」
ガルドの問を聞いたヴァルターは頷く。彼も最悪の未来が頭を過ったのだ。
「否定はできん。仮面を付けた一団は我々との会談を求めている。しかし、その真意が不明ならば警戒を解くべきではない」
ヴァルターは報告書を閉じ、言葉を続けた。
「相手は自分たちの素性を明かさず、国王陛下との会談を求めている。その上、応じるならば技術を提供すると申し出ている。友好的な接触に見えなくないが、こちらに何を求めているのかは不明なのは懸念材料か……」
懸念を話す2人を見えながらエリナは慎重に言葉を選んで発言する。
「技術提供という言葉も相手が何を意図して使っているのか、まだ分かりません。技術提供という申し出そのものは、王国にとって魅力的な話ではあります」
エリナの発言を聞いたアレクシス王は頷き、自らの見解を述べる。
「我が国が知らない技術を持っているのならその知識を得る事は学術や産業の発展に役立つかもしれぬ。特に、現在の研究を大きく前進させる手掛かりが得られる可能性もあろう。だが、相手が何を提供し、何を対価として求めるのかも分かっておらぬ。故に申し出だけを理由に信用するべきではないと見る」
アレクシス王が話した懸念点はそこに集まった者達の総意であると同時に、方針の違いを示していた。
アレクシス王の言葉からとある事実に思い至ったラザルは少々憂鬱になりながら推測を話した。
「相手が我々の技術水準を把握したうえで、意図的に接触してきた可能性もあると言う事ですか……」
そう、技術提供を提案する理由はリューネル王国の技術水準を知っているからこそと言えるのだ。そもそも知らなければ相手は技術提供と言ってこないだろう。
何が効果的で何が餌となり得るか理解しているからこその交渉だった。
それを踏まえてヴァルターは慎重に考えながらアレクシス王に提言する。
「技術を与える事で王国に影響力を及ぼそうとしているのかもしれません。あるいは、我が国の地理や港湾、周辺諸国との関係について情報を得ようとしている可能性もあります。会談を申し入れた理由が、技術の提供そのものにあるとは限りません」
それを聞いたエリナは席から立ち上がりながらヴァルターに反論する。技術と言う国民達の暮らしを豊かにする方法が目の前にある以上、彼女は早々に引けないと感じているのだ。
「接触を拒絶するという選択肢もありますが、それが最善とは限りません」
エリナは息を整え、視線を向けてくるヴァルターに進言する。
「相手が実際に我々の想像を超える技術を持っているのなら、その知識を知る機会を失う事になります。それに、相手が友好的な目的で接触してきたのであれば、こちらから拒絶する事で関係を悪化させるおそれもあります。会談に応じる事と、相手の要求を受け入れる事は別です。まずは話を聞き、内容を確かめるべきだと考えます」
そこまで言ったエリナは息を整えながら着席する。彼女にしては感情的な面が出てきているが、ヴァルターはそれを咎めるつもりも無い。
エリナが提言してる事は正当性が十分にあるが、安全性と言う面ではまだまだ考慮するべき点が多くある。何方かを立たせると国が傾く恐れすらあった。
リューネル王国の宰相としての長年の経験からリスクとリターンを見極めたヴァルターは、エリナへの返答と自分の見解を述べる。
「その点については同意する。だが、会談の場を設ける場合にも相応の警備と制限が必要なのだよ。このままでは何をどう行えば良いのかすら定かではない……まさに未知の領域だ」
ヴァルターはそう述べて、アレクシス王へ視線を向けた。
アレクシス王は報告書に記された構造物の特徴を、もう一度読み直していた。海中から姿を現し、再び海中へ戻る事のできる巨大な存在。しかも、沿岸警備隊の見張りが気付くまで、その存在を察知できなかったという。
もし、あれが会談ではなく、敵対行動を目的として現れていたならばどうなっていたのか。
小型帆船セレスタは沿岸を巡回する小型帆船にすぎない。王国には飛竜を用いた航空戦力があるものの、海中に隠れた相手を発見し、その行動を阻止するための手段は確立されていなかった。
港湾や沿岸部に配置された兵力も、相手の能力や攻撃手段が分からない状況では十分な防衛手段になるとは言い切れない。王国の海防体制はあくまで既知の脅威を想定して整えられたものだ。
故に通常の船舶や海賊、周辺国の軍事行動であれば、これまでの経験と戦力をもとに対応できる。しかし、海中から接近し、こちらの監視網に捉えられる事なく行動できる相手となれば従来の想定は通用しない可能性が高かった。
アレクシス王は軍事面での脅威を洗い出してから今後の方針を打ち出す事に決め、ガルドへと視線を向ける。
「ガルドよ、軍事的視点から今回の状況を分析しているのだろう? お前の見解を聞かせてもらいたい」
「はっ、仮に相手が我々に敵対する意図を持っていた場合、王国の海防戦力だけで対処するのは難しいかもしれません」
ガルドは自分の見解と分析をまとめながら言葉を続ける。
「小型帆船セレスタが相手を発見するまで、あの構造物は海上から確認できなかったのです。つまり、こちらの監視網をすり抜けて接近できる可能性があります。港湾の近くまで入り込まれた場合、対応が後手に回るおそれがあります」
頷きながらラザルが口を開いた。
「相手がどの程度の武力を持っているのかも分からない以上、こちらから刺激するべきではありません」
報告書の内容を踏まえながら、続けて懸念点を述べる。
「魔法を使っている可能性は0では無いですが、浮かんでいるのは鉄で造られた構造物。それがどう動いているのかすら判断が付きません……我らの認識が及ぶ領域にいない存在を怒らせるのは避けるべきでしょう」
ラザルがそう言い終えた段階で会場に沈黙が満ちた。軍事的な意味でも科学的な意味でも得体のしれない存在を敵に回す事は避けるべきだ。
だが、ただ従うだけなのはあってはならない。国の主権を守り、国民が安全に暮らせる状況を守る事が国家としてのあり方だ。しかし、具体的にどう行動するべきなのか打ち出す根拠が無ければ動くに動けないと言うのが現状だった。
アレクシス王は参加者たちの報告を聞きながら報告と置かれている状況を分析する。
王国は大国ではない。周辺の有力国と比べれば、軍事力も経済力も限られている。交易によって利益を得て、魔法や技術を発展させる事で国力を高めてきたが、強大な勢力との全面的な衝突に耐えられるほどの余裕はなかった。
それだけに、未知の勢力との接触は慎重に進めなければならない。相手の力を過小評価すれば国を危険にさらす事になるが、過度に恐れて機会を捨てる事も、長い目で見れば国益を損なう可能性がある。
恐怖に任せて扉を閉ざす事も、目先の利益に目を奪われて扉を開け放つ事も、国を預かる者の判断としては許されなかった。
静かに思考を巡らせていたアレクシス王はリュー寝る王国の今後を左右する決断を下した。
「……恐ているだけではままならぬ、か。例え相手の技術が優れているとしても、それを理由に我が国の主権を差し出すわけにはいかん」
周りの視線が自身に集まっているのを感じながらアレクシス王は静かに、そして力強く口を開いた。
「会談に応じるとしても、王国の権利と安全を守るための条件を設けるべきであろう。あの構造物を自由に港へ近づける事も、相手の者たちを王都へ無制限に立ち入らせる事も認めるべきではない」
アレクシス王の言葉にヴァルターが頷く事で同意する。交渉を目的としている来訪ならば、少なからず荒事になる可能性は低いと見るべきだ。
ヴァルターは今後の方針としての案を提示する事にした。
「相手が何者であろうと王国の領内で行動する以上、こちらの定めた規則に従ってもらう必要があります。会談の場所や人数、護衛の扱いについても、事前に条件を示すべきです。相手がそれを受け入れるかどうかも、今後の判断材料となるでしょう」
エリナもそれに頷きながら科学者としての観点から言及する。
「技術提供についても、実際にどのようなものなのかを確認してから判断するべきでしょう。相手の説明だけで評価を決める事はできません。こちらの専門家が内容を検討し、実用性や危険性を見極める時間も必要です」
ラザルが地図を確認し、適切だと判断した場所を指さしながら会談の場を提案する。
「会談の場は、王都ではなく港湾施設の近くにある迎賓館を使うのがよいでしょう」
その迎賓館は王都から離れているが、華やかかつ実用性に溢れた建物であった。他国の国王や首相、大使等の重要な国賓を迎え入れる際に失礼があってはいけない。
故にその迎賓館はリューネル王国が持つ技術の結晶とも言える伝統的な建物であった。
ガルドは地図を見ながら軍事的な目線で状態を分析する。
「確かに王宮から距離があり、周辺の警備も整えやすい場所だ。相手の移動経路を限定でき、万が一の場合にも王都の中枢へ直接影響が及ぶ事を避けらる可能性が高い。港湾施設との連絡も取りやすい上、相手が海上から到着する場合にも対応しやすい……まさにうってつけだ」
それを聞いたアレクシス王は最終的な決定を示した。
「よい。会談場所はそこを候補とする。相手の人数は必要最小限に限り、護衛についても事前に確認する。こちらも出席者を絞り、警備を整えよ」
会議に参加した面々が頷く事で同意を示す。王の決断に間違っている部分も無く、また異論も存在しなかったのだ。
アレクシス王は一度、会議室の全員を見渡した。
「それから、今回の件については緘口令を敷く。沿岸警備隊の乗員、報告を受けた港湾関係者、王宮の担当者を含め、関係者以外に情報を漏らす事を禁ずる」
その声には国王としての明確な意思が込められていた。
「正体不明の存在が王国の沿岸に現れたという話が広まれば、住民に無用な不安を与える事になる。相手の目的も分からない段階で、余計な噂を流すべきではない。王宮の記録も通常の報告とは分け、閲覧できる者を限定せよ」
ヴァルターは緘口令の命令を沿岸警備隊に伝えるべく伝令官を出す。命を受けた伝令官は直ちに会議場を出ようとするが、それをアレクシス王が呼び止め命令を下す。
「沿岸警備隊には、相手を刺激しないよう伝えよ。監視は続けるが、武器を向けたり、包囲したりするような行動は取るな。相手が攻撃を仕掛けない限り、こちらから事態を悪化させる必要はない」
「はっ、直ちに伝えてまいります!」
走り去っていく伝令官を尻目にガルドが方針を示す。
「飛竜隊には通常の警戒態勢を維持させます。沿岸と王都の安全を確保できる範囲で待機させますが、相手へ接近させたり、威圧するような飛行を行わせたりはしません」
「それでよい」
アレクシス王はガルドの方針に頷きながら最後にエリナへ目を向けた。
「王立学術院も会談の準備を進めよ。相手が技術を提供すると申し出ている以上、どのような技術なのかを見極められる者が必要だ。ただし、相手の説明をそのまま信じる事は許さん。内容と実用性を確かめるまでは、王国としての評価を出してはならない」
彼女はアレクシス王に一礼する事で了承を示す。
「承知いたしました。技術分野ごとに専門家を選び、相手の説明を検証できる体制を整えます」
会議室には、再び静けさが戻った。
未知の勢力との接触は王国にとって危険を伴うものだった。同時に、これまで知る事のできなかった技術や知識に触れる機会でもある。相手が何を求めているのかを確かめるためにも、まずは対話の場を設ける必要があった。
アレクシス王は国が置かれた立場を改めて考えていた。
小国である以上、あらゆる脅威に対して力で対抗する事はできない。だからこそ、情報を集め、相手の意図を見極め、外交によって危険を減らす必要がある。
相手の力を知らぬまま強硬な態度を取る事も、相手の申し出を無条件に受け入れる事も、どちらも避けなければならなかった。
それは譲れないと決意を決めたアレクシス王は会談を行う事を決めた。
「会談には応じる。ただし、これは友好を約束するものではない。まずは互いの立場と目的を確かめるための話し合いだ」
アレクシス王の決定に、参加者たちは一斉に頭を下げた。
こうして、リューネル王国は未知の勢力との会談を受け入れる事を決めた。それは友好の始まりではなく、相手を知り、王国の進むべき道を見定めるための第一歩だった。
*
沿岸海域では海面に浮かぶ黒灰色の構造物から派遣された仮面の一団が、小型帆船セレスタの返答を待ち続けていた。
小型艇は一定の距離を保ち、余計な警戒を抱かせないよう静かに海面へ留まっている。仮面の一団は必要以上に動く事もなく、甲板上のアルノーたちを見つめていた。
彼らの背後では、巨大な構造物が夕暮れの海に浮かび、外殻から滴る水がゆっくりと海面へ落ちていた。
やがて、小型帆船セレスタの甲板にアルノーが再び姿を現した。彼は王宮から届いた指示を確認すると、仮面の一団へ向けて声をかける。
「王国はそちらの申し出を受ける事を決定した。会談の詳細については、改めてこちらから伝える」
仮面の男は、しばらくアルノーを見上げていたが、やがてわずかに頭を下げた。
「承知した。我々は指定された場所と時刻に従おう」
「会談までの間、王国の指示に従って行動してもらう。港や沿岸へ無断で接近する事は認められない」
「分かった」
返答は簡潔だった。仮面の男はそれ以上の要求をする事なく、小型艇の乗員へ合図を送った。
アルノーは、その一連の動きを慎重に見守っていた。彼らは終始落ち着いており、王国側の条件に反発する様子もない。
だが、仮面の奥にある表情をうかがう事はできず、その真意も依然として分からなかった。小型艇はゆっくりと向きを変え、海上に浮かぶ巨大な構造物へ戻っていく。
小型艇は一定の距離を進むと、謎の構造部上部の開口部から伸びた設備によって艇が収容され、仮面の一団の姿もその内部へ消えていった。
その後、黒灰色の外殻はゆっくりと海面から沈み始めた。
水が外殻を覆い、巨大な輪郭が少しずつ海中へ隠れていく。海面に残された泡が風に流され、夕暮れの光がその上を滑る。やがて最後の一部が水面から消えると、そこにはわずかな波紋だけが残された。
小型帆船セレスタの船員たちは、その一部始終を見届ける事しかできなかった。
「……本当に、海の中へ戻っていったのか」
乗員の一人が呟いた。
誰も答えなかった。彼らにとって、あの巨大な構造物が現れ、そして再び海中へ消えていった光景は、これまでの常識では説明できないものだった。
あれが何であり、どのような仕組みで動いているのか。疑問は尽きなかったが、今の彼らにできるのは、目撃した事実を正確に記録し、王宮へ伝える事だけだった。
アルノーは波紋の消えていく海面から目を離さず、王宮へ提出する追加報告の内容を頭の中で整理していた。
相手は敵対する意思を表立って示さず、王国との会談を望んでいる。だが、あの構造物がどのような技術で動き、どれほどの能力を秘めているのかは分からない。仮面の一団が何者で、なぜこの島へやって来たのかも不明のままだった。
王宮では緘口令が敷かれ、会談に向けた準備が始まっている。未知の勢力が何を求めているのかを確かめるため、リューネル王国は、あの仮面の使者たちと正式に向き合う事になったのである。
*
一方、海中へ戻ったガーフィッシュⅠ型の艦内では、接触任務を終えた構成員から本部への報告が送られていた。
艦内は、先ほどまでの接触任務が嘘だったかのように静かだった。外部の状況を確認する乗員、航行状態を管理する乗員、得られた情報を整理する者。それぞれが定められた役割を果たし、艦内に余計な動揺は見られない。
今回の接触は、当初の目的を果たしたと判断できるものだった。現地の国家は会談に応じる事を決め、交渉の場を設ける準備に入った。接触時、相手側はガーフィッシュⅠ型の出現に強い警戒を示していたものの、こちらから敵対行動を取らなかった事もあり、武力衝突には至っていない。
報告を受けた本部では、次の段階へ進むための準備が始まろうとしていた。
会談が実現すれば、現地の政治体制や社会、周辺地域の情勢について、これまでより詳しい情報を得られる可能性がある。今回の接触は、そのための足掛かりとなるはずだった。
ただし、今回の接触によって得られた現地情報は、まだごく限られたものにすぎない。
ネオ・アトランティスはリューネル王国という国名を聞いたばかりだった。その政治体制も、周辺諸国との関係も、軍事力も、社会の実情も把握していない。今回接触した島国が、どのような歴史を持ち、どのような勢力と交流しているのかについても、ほとんど情報はなかった。
この世界について、ネオ・アトランティスが知っている事は依然として少ない。以前の接触で神聖ミリシアル帝国という名称を耳にしてはいた。
しかし、それも名前を知ったというだけでの国の実態や技術体系について十分な理解を得ているわけではなかった。まして、この世界における国家間の力関係や、文明の発展段階を正確に把握できているわけでもない。
リューネル王国についても同様である。海中から姿を現した際に接触してきた人々が、ある島国の住民であり、その国をリューネル王国と呼んでいる事を知ったにすぎない。
今回の会談は、未知の島国について情報を得て、今後の関係を築くための最初の機会となる。相手がどのような国で、何を望み、どのような立場にあるのか。
それを知る事は、この世界で行動するうえで重要な意味を持つはずだった。
そしてリューネル王国にとっても、海中から現れた正体不明の巨大な構造物と、そこからやって来た仮面の一団はこれまでの常識では測る事のできない相手だった。
相手が示した技術の一端は王国が積み重ねてきた知識や経験の外側にあるように見えたが、その全容を知る者はまだ誰もいない。
互いに相手の真の力も目的も知らぬまま二つの勢力は初めての正式な会談へ向けて動き出した。
海面にはすでに夕闇が降り始めていた。リューネル王国の人々にとって、それは見慣れた一日の終わりにすぎない。
だが、その海の下では、彼らの世界の常識を揺るがす新たな接触が、静かに次の段階へ進もうとしていた。