日本国召喚×ふしぎの海のナディア―ネオ・アトランティス異世界転移―   作:ネオ・アトランティス

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第五章 青き石の共鳴

 異世界転移から六日目。ネオ・アトランティス大陸の中枢施設では、周辺海域の偵察報告と並行して、島の中央部で発見された未知の遺跡について、情報の整理と分析が進められていた。

 現時点で判明している事実は、まだ限られている。転移先の海域には、人間の居住地も港湾施設も確認されていなかった。周囲に点在する複数の無人島は、いずれも通常の地形と植生を備えている。

 だが、今回発見された島だけは規模が大きく、外周の海底地形から内陸の山地に至るまで、自然形成とは考えにくい規則性が随所に認められていた。

 島の中央部には、人工的に加工されたと見られる石造物群が存在していた。さらに奥へ進んだ調査班は、山肌と一体化した巨大な扉を発見している。

 扉の表面には複雑な幾何学模様が刻まれていたが、取っ手も錠前もなく、既知の機械装置に類する開閉機構も確認できなかった。

 これまでに発見された遺構は、ネオ・アトランティスが把握している古代アトランティス文明の施設配置とは一致していない。

 超科学を駆使してきた彼らにとっても、それは未知の技術体系に属する遺跡である可能性が高かった。

 ただし、ネオ・アトランティスは、未知のものを前にして無知のまま立ち尽くす組織ではない。彼らは古代アトランティス文明の遺産を解析し、その技術を兵器や生産設備へ転用してきた。既知の体系に属さない構造であっても、観測し、分類し、既存の知識と照合すれば、いずれその本質へ近づけると考えていた。

 報告を受けたガーゴイルは、現地部隊による独断の破壊や強引な侵入を禁じ、まずは遺跡全体の状況を把握するよう命じていた。

 そして、上陸調査中隊が遺跡内部への進入を開始する前に、彼は報告すべき事項を携え、ネオ皇帝のもとへ向かっていた。

 *

 皇帝のために設けられた一室は、静寂に包まれていた。

 部屋の奥に据えられた椅子には、ネオ皇帝が座している。機械化された身体を維持する電力供給用のケーブルが背後へ伸び、皇帝の姿には、人間でありながら人間そのものとは呼び難い異様さが漂っていた。

 かつてタルテソス王国の王子であったビナシス・ラ・アルウォールは、今やネオ・アトランティスの皇帝として祭り上げられ、ガーゴイルの手によって制御される存在となっている。

 その手元には、一つの青い結晶が置かれていた。

 澄み切った青色を湛えた結晶は、一般的な宝石とは異なる不思議な存在感を放っている。表面には肉眼では捉えきれないほど精緻な模様が刻まれ、光を受ける角度によっては、内部に幾重もの構造が重なっているようにも見えた。

 正式名はトリス・メギストス──賢者の石。ネオ・アトランティスの者たちがブルーウォーターと呼ぶ、古代アトランティス文明の中核を担った超高密度エネルギー結晶である。

 ブルーウォーターは、単なる宝石でも、王位継承者を示す装飾品でもない。古代アトランティス文明においては、膨大なエネルギーを蓄積し、必要に応じて放出する特殊な結晶体として扱われていた。兵器や艦艇の動力源となり、特定の装置や同種の結晶と共鳴する性質を持つことも、ネオ・アトランティスは把握している。

 ただし、ナディアが身につけているものや、ノーチラス号の船長ネモことエルシス・ラ・アルウォールが所持しているものと、目の前の結晶がどのような関係にあるのかは、まだ完全には解明されていない。

 形状や色には共通点があるものの、ブルーウォーターには個体ごとの差異が存在する。蓄積できるエネルギー量、共鳴する対象、反応を示す条件が同一とは限らず、複数の結晶がどのような原理で生まれ、どのように分かたれたのかまでは、ネオ・アトランティスの研究でも結論に至っていなかった。

 それでも、彼らはブルーウォーターを正体不明の石として扱っていたわけではない。古代アトランティス文明の記録、発掘された装置の解析結果、過去の実験データを通じて、それが極めて危険かつ重要なエネルギー媒体であることを理解していた。

 ネオ・アトランティスが王位継承者の証しであるブルーウォーターを持っているのは、他ならぬネオ・アトランティス総帥、ガーゴイル自身が偶然発見したからだった。

 かつてタルテソス王国が滅びた夜、バベルの塔は暴走の果てに崩壊し、王国はその歴史を閉じた。混乱の中で脱出を図っていたガーゴイルは、王宮から退避する過程で、王家の宝物庫の奥深くに隠されていたこの結晶を発見したのである。

 宝物庫に保管されていたからといって、王家の人間がその存在を知っていたとは限らない。実際、この結晶については、エルシス・ラ・アルウォールすら知り得なかった。

 なぜ隠されていたのか。誰が、いつ持ち込んだのか。何の目的で保管されていたのか。調査の手掛かりは乏しかったが、結晶そのものの性質について、ガーゴイルは何も知らなかったわけではない。

 彼はそれがブルーウォーターであり、古代アトランティス文明のエネルギー体系に属する存在であることを、ネオ・アトランティスの研究成果から理解していた。

 ただし、なぜこの個体が王家の宝物庫に隠されていたのか、なぜ長期間にわたって反応を示さなかったのかについては、確かな結論を得ていなかった。

 彼は結晶を、貴重な古代の遺物として管理してきた。皇帝の手元に置かれているのは、王国の滅亡を生き延びた際に得られた品であり、ネオ皇帝に捧げるにふさわしい遺産だと考えていたからである。

 この時点まで、結晶は何の変化も示していなかった。青い色を保ち、冷たい光沢を湛えたまま、皇帝の手元に静かに留まっていた。

 そこへ、ガーゴイルが姿を現した。

 赤い衣服をまとい、黒い頭巾と仮面で素顔を覆った男は、ネオ皇帝の前まで進み出ると、深く頭を下げた。

 彼はネオ・アトランティスの実質的な支配者であり、組織の軍事、技術、経済、諜報のすべてを統括する立場にある。それでも皇帝の御前では、臣下としての体裁を崩さなかった。

「皇帝陛下。ご報告申し上げます」

 ネオ皇帝がわずかに顔を向ける。ガーゴイルはその反応を確かめてから、落ち着いた声で続けた。

「我らの勢力圏は、陛下の御力を世に示すべく準備を進めていた最中、突如として異世界へ転移いたしました。中枢基地、主要拠点、重要要塞、研究施設、兵器製造設備、資源採掘地、補給拠点、ならびに表向きの企業群に至るまで、我らが築き上げた基盤は広範囲にわたって移動しております」

 ガーゴイルは一度言葉を区切ったが、手元の資料へ視線を落とすことなく報告を続けた。

「転移した地域は、それぞれ本来の地形を保ちながら、互いに接続されております。森林と平原、山地と乾燥地帯、河川と沿岸部が不自然な位置関係でつながり、一つの巨大な継ぎ接ぎの大陸を形成しました。地理的な連続性は失われましたが、主要施設、兵器、製造設備に重大な損傷は確認されておりません。現時点で、我らの勢力基盤そのものが失われた形跡はございません」

 ネオ皇帝は、青い結晶を置いた手をわずかに動かした。機械化された指先が小さく擦れ合う音だけが、静かな室内に響く。

「我らの軍事力と生産能力は、維持されているのか」

 皇帝の声は抑揚に乏しく、どこか機械的だった。しかし、問いの意味は明瞭である。

「はい、皇帝陛下。空中戦艦第一号機と第二号機『デウス・エクス・マキナ』をはじめ、ガーフィッシュⅠ型、Ⅱ型、人間タンクを含む既存兵器群は、確認された範囲で損傷なく残されております。建造済みの兵器、兵装、製造設備、整備機材についても、転移によって失われたものは確認されておりません。増産と拡張整備の準備についても、基本的な計画を維持できる見通しです」

 ガーゴイルは、その言葉を誇張することも、必要以上に楽観することもなかった。彼にとって重要なのは、皇帝に都合のよい情報を並べることではない。組織の力がどの程度保たれているのかを、正確に伝えることだった。

「ただし、従来の地理を前提としていた輸送経路や拠点間の連絡計画は、全面的な見直しを必要としております。設備が残されていることと、以前と同じ条件で運用できることは別でございます。現在は各部門に指示を与え、兵器の状態、物資の所在、各施設の稼働状況、新たな地形との位置関係を順次確認させております」

「そうか。続けよ」

「はっ」

 ガーゴイルは再び頭を下げた。

「次に、周辺海域の調査についてご報告いたします。転移によって生まれたこの大陸は、これまでの測量結果から、文明圏の外側に位置する可能性が高いと考えられます。近海には複数の無人島が点在しておりますが、いずれの島でも人間の居住地、港湾、人工的な道路、船舶の痕跡などは確認されておりません。海上交通の存在も、現段階では確認できていない状況です」

 彼は言葉を選びながら、現在の状況を説明した。

「ただし、近海全域の調査は継続中です。上空からの観測、海上からの測量、潜水艦による海底地形の調査を並行して行い、それぞれの観測結果を照合しております。人間の気配がないという報告は、あくまで調査済みの範囲に限られます。周辺に文明が存在しないと断定するには、さらなる情報が必要でございます」

「未知の土地ということか」

「そのとおりでございます、陛下。現段階では、我らが知る世界と同じ地理、歴史、技術体系を前提にすることはできません。外部の文明がどの程度の規模で存在するのか、また、どのような技術や軍事力を有しているのかも不明です。まずは現地の情報を収集し、利用できるものと警戒すべきものを見極める必要がございます」

 ネオ皇帝はしばらく黙っていた。やがて、その手元の青い結晶へ視線を落とす。

「近海の調査を進めよ。未知の世界であろうとも、我らの行動を妨げるものが存在するのならば、いずれ明らかになるはずだ」

「仰せのままに。すべては皇帝陛下のお力を示すため、着実に進めてまいります」

 ガーゴイルは臣下としての礼を保ったまま答えた。その言葉の奥には、世界征服を目指す者としての揺るぎない意志があった。

 彼にとって、転移は計画の終わりではない。未知の世界へ移された以上、その世界を把握し、新たな支配の対象として評価すればよいだけだった。

「もう一件、陛下にご報告すべき事項がございます」

 ガーゴイルは資料を一枚取り出した。

「近海の偵察部隊が、周囲の無人島とは明らかに様相の異なる大型の島を発見いたしました。島の外周では、海底に棚状の地形が広範囲に続いており、島の中央部には、加工されたと考えられる石造物や、巨大な扉に似た構造が存在しております。自然の地形だけで説明することは難しいものの、現時点では、その用途も由来も特定できておりません」

 皇帝はわずかに首を傾けた。

「古代の遺跡か」

「その可能性が高いと見ております。ただし、我らが知る古代アトランティス文明の遺産とは、構造や配置に共通点が見られません。現地の調査隊は、外周と地表の遺構を確認し、記録を進めております。これから内部への進入を試みる段階でございます」

「未知の遺産であるならば、調べる価値はあろう。慎重に進めよ」

「はっ。貴重な遺産を損なうことなく、可能な限り多くの情報を持ち帰らせます」

 それをもって報告は終わった。

 ガーゴイルは一歩退き、改めてネオ皇帝へ深く頭を下げた。皇帝はそれ以上の言葉を発することなく、手元の結晶に視線を戻している。ガーゴイルはその姿を確認した後、静かに退室した。

 転移の原因も、新世界の全貌も、まだ分かっていない。だが、ネオ・アトランティスの勢力圏は維持され、軍事力と生産能力も残されている。近海には人間の気配がなく、未知の島には、これまでの常識では説明しにくい遺構が存在していた。

 それらの情報を踏まえ、ガーゴイルは次の段階へ進むための指示を整えていく。現地部隊は島の中央部にある遺跡へ進入し、その内部を直接調べることになっていた。

 *

 島の中央部では、上陸調査中隊が巨大な扉の周辺に集まっていた。

 苔と植物に覆われた岩壁は、遠目には自然に形成された崖の一部に見える。しかし、近づけば近づくほど、その印象は薄れていった。壁面の一部は不自然なほど平滑であり、石材の接合部には、長い年月を経たとは思えないほど明瞭な境界が残っている。

 扉の表面には複雑な幾何学模様が刻まれていたが、調査員たちには、それが文字なのか、装飾なのか、あるいは何らかの機構に関係する記号なのかさえ分からなかった。

 現地指揮官は扉へ無理に手を加えることを避け、まず周囲の測量を行わせていた。

 これまでに得られた航空画像と海底地形図を照合した結果、島の外周に見られた棚状の地形、山地の規則的な段差、石柱群、円形の構造物が、中央部へ向かって何らかの関係を持っている可能性が浮かび上がっていたのである。

「正面の扉には、開閉機構らしきものが見当たりません。外部から操作できる接点も確認できず、現状の装備では、どのような原理で動くのか判断できません」

 技術士官の報告に、指揮官は頷いた。

「正面からの侵入に固執する必要はない。周囲に別の進入口がないか、もう一度確認しろ。構造物を破壊して道を作るのは、それ以外に手段がないと分かってからだ」

「了解しました」

 調査員たちは壁面に沿って移動し、周辺の地形と石材の配置を改めて確認した。やがて、扉から少し離れた位置で、土砂と根に隠れた細い通路らしき空間が見つかった。

 入口の大半は堆積物に覆われていたが、周辺に露出した石材の輪郭は、自然にできた裂け目とは明らかに異なっていた。

 人間タンクの作業用腕が、地面を覆う枝葉と土砂を慎重に取り除いていく。作業は必要な範囲に限られ、構造物を傷つけないよう進められた。

 やがて、人員が一列になって通過できる程度の隙間が現れ、その先には、緩やかに下降する通路が続いていることが確認された。

「内部へ続く通路を確認しました。入口の周囲に、明確な崩壊の痕跡はありません。堆積物を除去すれば、少人数で進入できる見込みです」

 指揮官は、通路の奥へ光を向けた。そこから返ってくるのは、光を吸い込むような暗闇だけだった。

「先遣班を編成しろ。照明、記録機材、通信装置を確認。歩兵を先頭に、後方には機械部隊を待機させる。目的は内部の状況を把握することだ。見慣れない装置を発見しても、勝手に動かすな」

「了解」

 歩兵たちは装備を確認し、先遣班を中心に隊列を整えた。通信担当者は、外に残る支援班との連絡が維持されていることを確かめる。

 記録担当者は、外部から持ち込んだ測量記録と、これから得られる内部の情報を照合できるよう、記録用具を準備していた。

 現時点では、敵の存在を示す痕跡はない。人間が生活していたと断定できる道具や、近年の活動を示す足跡も見つかっていなかった。

 しかし、それだけで内部が安全だと判断することはできない。遺跡がどのような目的で造られ、どのような仕組みを持っているのか、何も分かっていないからである。

 先遣班の隊長は、隊員たちを見回した。

「不用意に触れるな。目で確認できるものは記録し、計測できるものは測る。分からないものは分からないと報告しろ。推測を事実のように扱うな」

「了解」

 先頭の隊員が携帯照明を点灯させ、通路の奥へ足を踏み入れた。続いて数名の歩兵が慎重に進み、後方では記録担当者が入口と周辺の構造を最後に撮影している。

 *

 先遣班が通路の境界を越えた、その瞬間だった。

 遺跡調査部隊が行動を始めたのと同時刻、ネオ・アトランティス大陸にあるネオ皇帝の自室にて異変が起こった。

 ネオ皇帝の手元で、青い結晶──ブルーウォーターが突如として淡く輝き始めたのだ。

 それは、外から光が当たったためではなかった。室内の照明は変化しておらず、結晶の周囲に特別な光源もない。

 にもかかわらず、結晶の内部に青白い光が生じ、透明な表面を通して、手元の輪郭を静かに照らし出していた。

 皇帝の機械化された指先に、青い光が映り込む。

 その変化は、一瞬の閃光ではなかった。結晶はそれまでの外見を保ったまま、内側から光を帯びていたのである。

 光の強さは周囲の壁を照らすほどではない。しかし、何の変化も見せていなかった品が、自ら光を発しているという事実は、見過ごせるものではなかった。

 ネオ皇帝は、手元へ視線を落とした。顔に表れる変化はわずかであり、それが本人の意志によるものか、機械化された身体の反応によるものかは判然としない。それでも、青い光を見つめる皇帝の姿は、先ほどまでとは異なる静けさを湛えていた。

 退室したばかりのガーゴイルは、異変を知らせる声を聞いて立ち止まった。振り返った先には、皇帝の手元で光る青い結晶があった。

「……これは」

 その言葉は、驚きというより、予期していなかった現象に対する確認に近かった。ガーゴイルはすぐに皇帝の前へ戻り、手元の結晶を見つめた。

 タルテソス王国の滅亡時、宝物庫の奥で偶然発見した品。長い間、何の変化も見せず、正体も分からないまま保管されてきた結晶である。

 それが、今になって自ら光を帯びていた。

 ガーゴイルは、その現象がブルーウォーターのエネルギー反応である可能性を即座に考えた。結晶内部のエネルギー状態が変化したのか、あるいは遠隔地に存在する同種の結晶や、ブルーウォーターに反応する古代装置と共鳴しているのか。いずれにせよ、単なる発光現象として処理できるものではない。

「皇帝陛下、どうかそのままお手元にお置きください」

 ガーゴイルは、臣下としての態度を崩さずに告げた。彼の視線は結晶から離れない。ブルーウォーターがエネルギーを蓄積し、放出し、他の装置や結晶と共鳴する性質を持つことは、ネオ・アトランティスも把握している。

 しかし、これほど長期間沈黙していた個体が、未知の遺跡の調査開始と同時に反応を示した理由までは説明できなかった。

 ブルーウォーターの異変を知ったガーゴイルによって呼び出された研究チームが到着し、機材を展開させていく。今まで変化が生じなかったブルーウォーターが輝いただけでも無視はできないのだ。

「周囲の装置を停止させ、ブルーウォーターの状態を記録しろ。出力の変化、周波数、周辺の電磁反応をすべて測定する。これはブルーウォーターによる共鳴である可能性が高い」

 ガーゴイルは、未知の現象を前にしても、正体不明という言葉だけで思考を止めなかった。彼らはブルーウォーターが何であるかを知っている。だからこそ、今回の反応が通常の発光ではなく、何らかの共鳴現象である可能性を重く見ていた。

 結晶の光は、静かに続いていた。

 *

 その頃、島の内部へ進んだ先遣班は、通路の先に広がる空間へ到達していた。

 照明の光が、滑らかな床面を照らす。周囲には、壁面と一体化するように造られた構造物が並び、床の両側には一定の間隔を保った細長い溝が続いていた。

 天井は高く、奥へ進むほど空間が広がっていくように見える。そこには森林の根も土砂も入り込んでおらず、外部の遺跡とは異なる保存状態が保たれていた。

「内部構造を確認。通路の幅は、外部から推定したものより広がっています。床面に明瞭な損傷は見られません。周囲には規則的な構造が続いていますが、用途は不明です」

 報告を受けた隊長は、後続の隊員に進行を指示した。通路の先には、さらに大きな空間がある。照明が届く範囲を広げるにつれ、壁面に並ぶ凹凸と、床面に設置された巨大な固定架台の輪郭が浮かび上がった。

 最初に目に入ったのは、艦船に似た巨大な船体だった。

 その船体は、一般的な木造船とは明らかに異なっていた。外殻は金属質の素材で構成され、船首から船尾へ続く輪郭には、流線形の部分と装甲を思わせる厚い構造が組み合わされている。

 甲板らしき部分には複数の砲塔に似た突起があり、側面には用途の分からない開口部が並んでいた。船体の周囲には、整備用と思われる足場や固定具が配置されていたが、それらの構造もネオ・アトランティスの既知の設備とは異なっていた。

「……軍艦、でしょうか」

 隊員の一人が呟いた。

「外見だけで断定するな。船体に似ていることは記録しておけ。材質、寸法、固定方法を確認しろ。ただし、船体へ触れるのは許可を得てからだ」

「了解」

 照明を別の方向へ向けると、その奥にはさらに複数の船体が並んでいた。形状はそれぞれ異なるが、どれも大きな構造を持ち、単なる建築物の一部には見えない。

 あるものは細長く、あるものは幅広く、別のものは船底に相当する部分が深く湾曲していた。

 その一角には、水中で使用する潜水艇を思わせる細長い船体が置かれていた。舳先に似た部分は鋭く、側面には複数の円形の開口部がある。

 船体の周囲には、内部へ通じる点検用の足場らしき構造が設けられていたが、機関や制御装置に相当する部分は、外から見ただけでは判断できなかった。

 隊員たちは照明を当てる角度を変えながら、目に入った構造を順に記録していった。

「こちらにも艦船状の構造物があります。先ほどのものとは船体の形状が異なりますが、同じ施設内にまとめて保管されているように見えます」

「記録を続けろ。共通点と相違点を分けて整理するんだ。今の段階で同じ用途だと決めつける必要はない」

 隊長の声は抑えられていたが、その目は空間の奥へ向けられていた。これまでの調査では、島の地表にある石造物の目的すら分かっていない。

 ところが、扉の内側には、明確に人工物と思われる巨大な船体が複数存在している。自然にできた地形や、単なる居住用の建造物だけでは説明できない規模だった。

 さらに、船体群から少し離れた場所では、翼を持つ機体が一定の間隔を保って並んでいた。

 その形状は、飛行機を思わせる。細長い胴体、左右に伸びた翼、尾部の安定翼に似た構造。

 しかし、機体の表面には一般的な航空機に見られるような明確な推進装置が見当たらず、翼の付け根や胴体の下面には、円環状の装置と複数の突起が組み込まれていた。

「飛行機……に似ています」

 若い調査員が言った。

「似ている、という段階だ。翼の形状だけで用途は断定できない。機体の寸法と配置を記録し、周囲に整備装置や輸送用の通路があるか確認しろ」

 隊員が返答し、別の記録担当者がカメラを構えた。光を当てると、機体の一部に幾何学模様の刻印があることが分かった。それは外部の石柱や扉に見られた模様と共通点を持つ一方、配置は複雑で、同じ意味を持つのかどうかさえ判断できない。

 その近くには、複数の円筒形の物体が並べられていた。前方は尖った形状をしており、後部には複数の小さな翼状部品が設けられている。

 外装の一部には、他の機材と同じ幾何学模様が刻まれていた。大きさには差があり、比較的小型のものから、歩兵の背丈を大きく超えるものまで存在していた。

 それらは誘導弾だった。発見者たちは、その名称も役割も知らない。

 ただ、単なる建築部品ではなく、特定の目的を持つよう設計された物体であることだけは、外見からも推測できた。

「円筒状の物体を複数確認。先端部と後部の形状が統一されており、明らかに規格化された物品のようです。用途は不明ですが、別の機材と同様に、意図的に保管されているものと思われます」

「勝手に動かすな。形状と配置を記録し、識別番号らしきものがあれば撮影しろ」

 調査員は慎重に近づき、表面の模様と周囲の固定具を記録した。文字に似た刻印も見られたが、彼らが知る文字体系とは一致していない。

 装置の用途も、材料の名称も、扱い方も分からない。ただ、これらが一つの目的に沿って整然と配置され、必要な時に取り出せるよう保管されていたように見えることだけは明白だった。

 *

 さらに奥へ進むと、船体群とは別の区画に、巨大な機械設備が並んでいた。

 中央の設備は、幾重にも重なった円環と複数の柱状構造で構成されている。外周には細かな溝が刻まれ、中心部には、金属とも石材ともつかない素材が組み合わされていた。

 配管に似た構造も見られたが、液体や気体が流れることを前提とした一般的な機械設備とは配置が異なる。周囲には固定具と点検用の足場が設けられ、別の大型設備へつながるような構造も見えていた。

 後世の知識に照らせば、これは反重力魔導エンジンの系統に属する設備だった。古の魔法帝国が、魔力を用いて重力に逆らう力を生み出し、艦艇や航空機を浮遊させるために利用した機構の一つである。

 しかし、現地の調査員たちには、その名称も原理も分からない。彼らが目にしているのは、未知の構造を持つ巨大な機械が、損傷もなく、長い年月を経たと考えられる場所に保管されているという事実だけだった。

「機関設備のように見えますが、動力装置として説明できる構造がありません。円環状の部品は複数重なっていますが、回転軸や一般的な駆動機構に相当するものが確認できません」

 技術士官は、記録用具に視線を落としながら報告した。

「燃料の供給経路も分かりません。少なくとも、我々が知る蒸気機関や内燃機関とは構造が異なっています。内部の仕組みを理解するには、さらに詳細な資料と調査が必要です」

「ならば、外観と寸法、部品の配置を記録しろ。解体は許可しない。理解できないものを壊してしまえば、後から調べることもできなくなる」

「了解しました」

 その隣には、壁面と天井に沿うように設置された大きな円盤状の装置があった。表面は滑らかで、周囲には細かな溝と複数の接続部らしきものが並んでいる。

 一般的なレーダー装置に見られるような回転機構や、外部へ向けた明瞭なアンテナの配置は確認できない。しかも、複数の装置が互いに一定の距離を保ちながら、一つの区画を形成していた。

 それは魔導電磁レーダーとして設計された設備だった。魔力を電気エネルギーに変換し、電波を発して、魔力を帯びていない物体を探知するための機構である。

 だが、調査員たちがその用途にたどり着くことはなかった。彼らには、円盤状の装置が何を発し、何を受け取り、どのように情報を取得するのかを知るための基礎知識が欠けていたのである。

「この装置群は、同じ区画にまとめて配置されています。設置位置には一定の規則性がありますが、何を基準に並べられているのか分かりません。配線らしきものも、既知の装置とは接続方法が異なっています」

 調査員が報告した。

「記録しておけ。今は、何のためのものか推測する必要はない。確認できる構造を、正確に記録することを優先しろ」

 隊長の指示を受け、記録担当者が各装置の位置と外形を記録していく。さらに別の通路の奥では、壁面に埋め込まれた複数の盤面と、床面に並んだ台座状の装置が確認された。

 それらは単独で使用される機械というより、複数の設備を相互に接続するための中枢施設のように配置されている。

 内部の壁面には、細かな図形が繰り返し刻まれていた。円と直線が重なり、複雑な曲線が交差し、その一部には、これまでに見た石柱や扉の模様と共通する形があった。

 しかし、すべてが同じ意味を持つとは限らない。調査員たちは、それを文字とも記号とも断定せず、刻印の形状と配置だけを記録した。

 この区画に存在するのは、魔導情報統括システムに相当する設備だった。複数の機器から得られる情報を集約し、処理し、他の装置へ渡すための中枢として設計されている。

 しかし、その外観を見ただけでは、情報処理の機構なのか、通信設備なのか、別の用途を持つ施設なのかさえ判断することはできない。

 ネオ・アトランティスの技術者たちは、古代アトランティス文明の遺産を解析し、数々の超科学兵器を製造してきた。彼らはブルーウォーターの性質や、古代文明のエネルギー技術についても一定の理解を持っている。

 それでも、この遺跡に残された機構の前では、既知の技術体系をそのまま適用できなかった。彼らは魔法の概念を知らず、魔力を動力として利用する技術も理解していない。

 見慣れない機械を前にしても、それが何を目的として造られたのかを知るための前提が欠けていたのである。

「これほど多くの設備が、同じ場所に集められているということは、何らかの大規模な施設だった可能性があります」

 若い調査員が、広い区画を見回しながら述べた。

「ただし、用途は不明です。軍事施設なのか、研究施設なのか、あるいは複数の役割を兼ねているのか、現時点では判断できません」

「そのとおりだ。今の段階で結論を急ぐな。発見したものを、見つけた順に記録しろ。周囲の設備との位置関係も忘れるな」

 隊長はそう答え、さらに奥へ続く通路へ照明を向けた。

 そこには、まだ調査していない区画が広がっていた。壁面の刻印は奥へ向かって続き、床面の溝も途切れることなく延びている。

 すでに発見された艦船、航空機、円筒形の兵器、機関設備、探知装置、情報処理装置は、いずれも同じ施設群の一部である可能性が高かった。

 だが、どのような仕組みで連携し、どのような文明によって造られたのか、現地の調査員たちにはまだ見当もつかなかった。

 彼らが知っているのは、ここが単なる石造りの遺跡ではないということだけだった。

 *

 そのころ、ネオ皇帝の手元にあったブルーウォーターは、なお青い光を湛えていた。

 ガーゴイルは結晶から目を離さず、これまでの経緯を頭の中でたどっていた。タルテソス王国の宝物庫で偶然発見した時、この結晶は何の変化も示さなかった。

 発見後も長らく沈黙を保ち、他のブルーウォーターとの関係を示す手掛かりもなかった。なぜ隠されていたのか。なぜエルシス・ラ・アルウォールすら存在を知らなかったのか。その答えは、今も分からないままである。

 そして、今になって光を発している。

 彼は皇帝の前に立ったまま、余計な推測を口にすることはなかった。原因を特定するための情報は、まだ存在しない。

 結晶が光を帯びた時刻と、上陸調査中隊が遺跡の内部へ進入した時刻が一致していることは事実だが、それだけで両者の間にどのような関係があるのかを断定することはできなかった。

 しかし、ブルーウォーターが外部のエネルギーや同種の結晶、古代装置に反応し得ることを、ガーゴイルは知っていた。

 だからこそ、今回の発光を偶然の現象とは考えていなかった。島の遺跡に存在する何らかの装置が起動したのか、あるいは遺跡そのものがブルーウォーターの存在を検知したのか。可能性はいくつも考えられるが、現時点ではどれも仮説の域を出ない。

「皇帝陛下。ブルーウォーターについては、以前から調査を続けております。しかし、詳しい性質は明らかになっておりません。今の現象についても、現段階では原因を特定できません」

 ガーゴイルは臣下としての礼を保ち、落ち着いた口調で報告した。

「ただし、これまで変化を示さなかった品が、自ら光を帯びたという事実は、ブルーウォーターの共鳴反応として記録に残すべきものと考えます。遺跡内部の装置が同種のエネルギーを扱っている可能性も含め、必要な調査を行います。確かな情報が得られるまでは、結論を急がぬようにいたします」

 ネオ皇帝は、手元の結晶を見つめたまま、しばらく沈黙していた。

 その青い光が何を意味するのか、彼にも、ガーゴイルにも完全には分からない。だが、ブルーウォーターが単なる宝石ではなく、古代文明のエネルギー体系に直結する存在であることは、ネオ・アトランティスにとって既知の事実だった。

 まして、島の内部に足を踏み入れた調査員たちは、今まさにブルーウォーターと共鳴する何かへ近づいている可能性がある。

 新たな世界へ転移したネオ・アトランティスの近海に、古の魔法帝国──ラヴァーナル帝国が遺した施設が眠っていたこと。

 そして、そこでの調査が始まった瞬間、タルテソス王国の宝物庫に隠されていた青い結晶が光を発したこと。その二つの出来事を結びつける手掛かりは、まだ何も得られていない。

 *

 島の内部では、先遣班が記録と測量を続けていた。巨大な船体、翼を備えた機体、円筒状の兵器、未知の機関設備、円盤状の探知装置、そして複数の機器をつなぐ中枢設備。目の前にあるものは、どれも彼らの知識だけでは説明できない。

 調査員の一人が、さらに奥の区画へ続く通路の先に目を向けた。

「この先にも、同じような設備が続いている可能性があります」

「記録を維持したまま、次の区画へ進む。警戒は怠るな。何があるか分からない以上、慎重に確認する必要がある」

 隊長の命令を受け、先遣班は再び隊列を整えた。照明の光が通路の奥へ伸び、壁面の複雑な刻印と、床面に続く規則的な溝を浮かび上がらせる。

 彼らはまだ、遺跡の全容を把握していなかった。そこに眠る兵器と設備がどのように造られ、何のために使用され、どのような技術によって機能するのかも分からない。

 ただし、ネオ・アトランティスは、未知の技術を前にして完全に手掛かりを失っていたわけではない。彼らはブルーウォーターの性質を知り、古代文明のエネルギー技術を解析してきた。

 遺跡の機構が彼らの知る体系と異なっていても、観測と比較を重ねれば、そこにある技術の系統を見抜ける可能性はある。

 そして、その入口から遠く離れた場所では、ネオ皇帝の手の中で、青い結晶が静かに光を放ち続けていた。

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