日本国召喚×ふしぎの海のナディア―ネオ・アトランティス異世界転移― 作:ネオ・アトランティス
転移から六日目。ネオ・アトランティスの上陸調査中隊は、島の中央部に広がる遺跡の内部で、これまでに発見した物体の記録と調査を続けていた。
森林に覆われた山地の奥に築かれた遺構は、地上から確認できる石柱群や平坦な区画とは比較にならない規模を誇っていた。
山肌と一体化した構造物の奥には、幾重にも連なる通路と、広大な空間が広がっている。
その内部には、用途の判然としない機械や兵器らしき物体が、長い年月を経た現在も、整然とした状態で残されていた。
調査隊が最初に確認したのは、巨大な船体を思わせる構造物だった。
長く伸びた胴体状の部分には、通常の船舶に見られる甲板や窓に相当するものが存在しない。側面には複数の突起と円環状の部品が取り付けられ、後方には推進装置とも排気口とも判断できない開口部が設けられていた。
表面には複雑な幾何学模様が刻まれ、その一部は船体の継ぎ目に沿うように配置されている。
さらに奥の区画には、翼を備えた機体が複数並んでいた。細長い胴体と左右へ張り出した翼は、空を飛ぶための機械を連想させる。
しかし、一般的な航空機に見られる明確なプロペラやエンジンは見当たらず、翼の付け根には見慣れない円環状の機構が組み込まれていた。
調査員たちは携帯照明を当てながら、それぞれの大きさと配置を測定していく。機体の表面には、石柱や巨大な扉に刻まれていたものとよく似た文様が確認できた。
だが、それが文字なのか、製造番号なのか、あるいは何らかの機能を示す記号なのかさえ、判然としない。
「船体に似た構造物が一基、翼を持つ機体が複数。寸法と位置関係は記録済みです。機体の外側には腐食が少なく、接合部にも目立った崩壊は認められません」
記録担当者の報告に、調査中隊長は頷いた。
「動かせるかどうかを調べる必要はない。今は、何が存在しているのかを把握する段階だ。機体内部へ入る場合も、入口と確認できた場所に限れ。構造の分からないものを無理に開けるな」
「了解しました」
隊員たちは命令に従い、外部から確認できる範囲の記録を続けた。
別の区画には、円筒形の物体が複数並んでいた。先端は細く尖り、後部には小さな翼状部品が配置されている。
大きさは一様ではなく、歩兵が両腕で抱えられそうなものから、人間の背丈を大きく超えるものまで存在していた。
どれも規格化された物品のように見える。保管用の台座らしき構造物に固定され、外装の一部には、機体と共通する文様が刻まれていた。
「円筒状の物体は、同じ形状のものが複数確認できます。前部と後部の構造も統一されており、自然に形成されたものではないでしょう。何らかの装置、あるいは兵器の一部である可能性があります」
「可能性として記録しておけ。名称や用途を決めるのは、それを裏づける証拠が見つかってからだ」
中隊長は、調査員が示した画像を確認した。
通常の産業設備であれば、加工、組み立て、保管、点検を行うための構造を、ある程度は推測できる。だが、この遺跡に残された物体には、彼らが理解している機械設計とは異なる特徴が数多く見られた。
内部へ通じる隙間がないにもかかわらず複数の部品が組み合わされているものもあれば、動力を伝える軸や配線らしきものが、外側からまったく確認できないものもある。
それらを前に、古代アトランティス文明の技術を研究する科学者は、何度も記録画像を見比べていた。
「……妙ですね」
科学者は、円筒状の物体と隣接する機械設備の写真を並べた。
「古代アトランティス文明の遺産にも、初見では用途を理解できなかった装置は数多くあります。ですが、解析を進めれば、材料、構造、部品の配置、動力伝達など、少なくとも科学的に観察できる部分から手掛かりを得られました」
「ならば、これも同じように解析できるのでは?」
若い隊員が尋ねた。それに対し、研究員は少し思案してから答えた。
「可能性はあります。少なくとも、形状や寸法、表面の材質、各部品の位置関係を調べることはできます。しかし、古代アトランティス文明と同じ技術体系に属するとは限りません。現段階で、それを前提にするのは危険です」
科学者は機体の画像へ目を戻した。
「私が気にしているのは、これらが単純な機械ではないかもしれないという点です。外部から観察できる構造と、実際に機能するための原理が一致している保証はありません。仮に動力らしきものを見つけても、それが我々の知るエネルギー変換の仕組みで動いているとは限らないのです」
それに疑問を覚えた中隊長は、研究者へ視線を向けた。質問してよいのかを確認しているのだろう。
彼は研究者が自分に頷いたのを確認してから、口を開いた。
「この遺跡が、我らの科学の及ばないものだと言うのか?」
「少なくとも、現時点で確認できる構造と配置には、我々の知る施設との明確な共通性がありません。似た部分があるとしても、それだけで同じ文明のものだとは言えないでしょう」
科学者の表情には、好奇心と困惑が入り混じっていた。
彼は古代文明の研究者として、未知の技術を見たときに何を記録し、どのような順序で確認すべきかを知っている。だが、それは理解のための手順を知っているということであって、未知の技術を即座に理解できるという意味ではなかった。
まして、この遺跡に残された機構が、彼らの知らない原理を前提としているなら、これまでの経験だけでは何も説明できない。
「とりあえず、今できることを進めましょう。寸法の測定、外観の記録、材質の確認、部品配置の把握。それらを積み重ねれば、後から検討するための資料にはなります」
「本格的な解析は帰投してから、ということか」
「帰投後であっても、資料がそろうまで断定はできません。現場で分からないことを、現場の思いつきだけで解決したことにしてはいけないのです」
中隊長はその返答を咀嚼しながら、調査区域を示す記録板に目を落とした。
「それなら方針はこのままでよい。全員、見つけたものを記録しろ。ここが何の施設なのか分からない以上、まずは取りこぼしをなくすことが重要だ」
調査隊は、さらに奥の区画へ進んだ。
そこには、複数の装置を一か所に集約したような設備が並んでいた。円盤状の部品が何層にも重なった装置、複数の細い突起を一定の間隔で配置した構造物、壁面から張り出した細長い機器。
そのいずれも、先ほどまでに確認した船体や航空機らしき物体と、同じ文様や素材を用いているように見えた。
装置の周囲には、床面に沿って細い溝が伸びていた。溝はそれぞれの機器の近くで枝分かれし、別の区画へ向かって続いている。
何らかの配線や配管に似ているものの、内部を確かめることはできず、液体や電流が通るためのものだと断定する材料もなかった。
「床面の溝は、各装置を結ぶように配置されています。構内設備の一部かもしれません」
「単なる装飾の可能性もある。位置関係だけを記録し、機能については保留しておけ」
「はい」
科学者は、装置の一つに視線を留めていた。
複雑な形状を持つ一方で、配置には一定の秩序がある。物体の大きさや向き、設置位置は無作為ではなく、何らかの機能を成立させるために選ばれたように見えた。
だが、それが情報の伝達を目的とするのか、動力を供給するためなのか、あるいは別の用途なのかは分からない。
「この設備群は、単一の機械というより、複数の装置を連携させるための施設に見えます。もっとも、そう考えられるだけで、実際に連携していたかどうかを確認できたわけではありません」
「何かを管理する設備、ということか?」
「そうかもしれません。しかし、管理対象が何なのかも分かりません。艦船や航空機のための施設なのか、別の機構を運用するための場所なのか、それとも複数の用途を持っていたのか。今の資料だけでは判断できません」
科学者は、それ以上の推測を口にしなかった。
目の前の装置を動かして確かめたいという気持ちは、当然ながらあった。だが、用途の分からない機械を作動させることは、未知の兵器を起動させることにも、貴重な遺物を破損させることにもつながりかねない。
ネオ・アトランティスの技術者たちは、自らが理解できないものを力ずくで動かすことが、必ずしも最善ではないと知っていた。
それは、彼らが古代アトランティス文明の遺産を利用してきた過程で学んだことでもあった。技術の優位性を確保するためには、目の前の装置を壊して秘密を失うより、まず構造を記録し、情報を持ち帰る方が有益な場合がある。
*
調査中隊が次の区画へ進むと、通路の先に円形の空間が現れた。
そこは、これまでの通路や設備区画とは雰囲気が異なっていた。壁面には大きな開口部が設けられ、床の中央には、何らかの装置を設置するためと思われる台座が残されていた。
周囲には細かな突起や固定具が見られ、台座の上部には複数の部品が接続されていたらしい痕跡がある。
ただし、現在その中央に据えられているのは、巨大な兵器ではなかった。
小さな円環状の枠に囲まれた、奇妙な機械装置である。
胴体に相当する部分は、球形と円筒形を組み合わせたような構造を持ち、その周囲には薄い板状の部品が複数配置されていた。
さらに、細い棒状の突起や、小さな受け皿のような部分がいくつも取り付けられている。
一見すれば、複雑な観測装置か、あるいは実験用の機械に見えた。けれども、中央部の構造と周囲の部品配置は、これまでに見てきた遺物とは異なる特徴を備えていた。
調査員の一人が、慎重に近づきながら口を開いた。
「ここにある物体は、ほかの装置とは異なるようです。外装に大きな損傷はありません。台座との接続部分も確認できますが、何のために設置されているのかは分かりません」
「触れるな。まずは外観を記録し、周辺に同じものがないか確認しろ」
中隊長の指示を受け、記録担当者が機材を構えた。隊員たちは、機体の大きさ、部品の位置、外装の状態、台座との接続関係を順番に記録していく。
そのとき、科学者が装置の形状に気づいた。
科学者は、周囲にいる隊員たちへ聞かれないよう声を落とした。
「……これは、人工衛星に似ていますね」
その言葉を聞いたのは中隊長だけだった。調査員たちは記録作業を続けており、装置の正確な分類については知らされていない。
「人工衛星?」
中隊長が低く聞き返した。人工衛星とは何なのかを知らない彼にとって、未知の言葉だったのだ。
無理もない。人工衛星について知っているのは、ネオ・アトランティス内でも幹部陣とガーゴイル、そして一部の科学者たちだけだった。
この島を調査する目的で編成された調査隊の中で、その存在を知っているのは、研究者と、調査隊の司令官を務める空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』艦長だけである。
そのことを思い出し、少し気まずそうにした科学者は、中隊長へ人工衛星について説明した。
「人工衛星とは言葉どおり、惑星の周囲を飛行させる人工の衛星です。最初にロケットを用いて惑星の大気圏外へ送り出すことによって、運用が開始されます。人工衛星を使えば、惑星のあらゆる情報を大気圏外から探ることができると考えられています」
科学者は、正面と側面の画像を見比べた。
「ただし、推進装置に相当するものは見つかりませんし、これが実際に宇宙空間で運用されたのか、あるいは地上で保管されていた試験機なのかも分かりません。あくまでも形状からの推測です」
「この規模の装置が、宇宙へ行くと?」
「そう考えられる特徴がある、というだけです。現時点では、飛行する仕組みも、動力も、目的も分かっていません」
科学者はそう言いながらも、装置から目を離せなかった。
古代アトランティス文明の遺産にも、空や海の環境を利用する機構は存在する。しかし、この物体は、彼らが扱ってきた兵器や装置とは明らかに異なる発想で設計されているように見えた。
もし人工衛星に相当するものなら、この文明は惑星規模の活動を前提に、何らかの観測、通信、位置確認などを行っていた可能性がある。
だが、目的を裏づける情報は見つかっていない。
隊員たちは、装置の外側を慎重に観察した。表面の一部には、これまでと同じ幾何学模様が刻まれている。別の箇所には、短い線と円形の記号が組み合わされた刻印があり、その近くには複数の小さな窪みが並んでいた。
「こちらの刻印は、他の区画にあるものと似ていますが、同一のものかどうかは判別できません。表面に記号らしきものが並んでいます。文字体系との対応関係は不明です」
「拡大撮影を行え。文字だと決めつける必要はない。図形や製造記号の可能性もある」
「了解しました」
調査員は接写用の機材を使い、刻印を一つずつ記録した。さらに、装置の外側にある薄い板状部品について、寸法と角度を測定する。部品は一定の方向へ向けられているように見えたが、その向きが何を意味するのかは分からない。
やがて、装置の傍らに置かれていた薄い板状の物体が見つかった。
それは石材にも金属板にも似ていたが、表面には細かな線と複雑な図形が描かれていた。長い年月を経ているはずなのに、線の一部は驚くほど明瞭に残っている。
「記録用の板でしょうか?」
若い隊員が尋ねると、科学者は慎重に目を細めた。
「分かりません。ただ、物体の外形を複数の方向から描いているように見える部分があります。こちらには断面らしき図があり、別の箇所には部品を分けた状態の図が描かれていますね」
「設計図、ということか?」
今度は中隊長が研究者に声をかけた。部下からの報告を聞く過程で会話の内容を確認しに来たのだろう。その問いを受け、研究者は思案しながら答えた。
「その可能性はあります。けれども、設計図と断定するには情報が足りません。機体の組み立て順序を示す図なのか、観測記録なのか、あるいは装置の仕組みを説明する資料なのかも分かりません」
科学者は図面を傷つけないよう、外側から記録を取った。そこには、先ほど見つけた装置とよく似た形が描かれている。中央の本体から複数の部品が伸び、それぞれが異なる向きを向いていた。
さらに、機体の周囲には曲線と円弧が描かれ、一定の軌道を示しているようにも見える。その下には、惑星を思わせる円形の図と、小さな点を結ぶ線が記されていた。
そして、図面の端には、細長い円筒形の機体が描かれていた。先端は鋭く尖り、胴体の側面には小さな翼が取り付けられている。後部には複数の噴射口らしき円形の開口部が並び、機体の周囲には、上昇する軌道を示す曲線が描かれていた。
その形状は、先ほど確認した円筒形の物体と共通する部分が多い。単なる兵器や保管容器ではなく、人工衛星を惑星の外へ送り出すためのロケットを示しているようにも見えた。
「……この図は、装置単体だけを示しているわけではないのかもしれません」
科学者は呟いた。
「中央の図が惑星を示しているとすれば、外側の曲線は軌道を表している可能性があります。こちらの機体図と組み合わせれば、惑星の周囲で運用する装置の設計資料、あるいは運用計画を描いたものかもしれません」
科学者は、図面の端に描かれた細長い機体へ視線を移した。
「そして、こちらにはロケットらしき機体が描かれています。人工衛星を大気圏外へ送り出すための輸送機、あるいは打ち上げ機を示している可能性があります」
「宇宙空間で使う機械と、それを送り出すロケットの設計図だと?」
中隊長が尋ねた。先ほど人工衛星とは何かを知ったのも関係しているのだろう。大きな発見をした可能性に、わずかな動揺が見られる。
その動揺に呑まれていないのが、彼が優秀なリーダーである証しと言えるだろう。
「可能性の一つです。ただ、図面に使われている記号は一切読めませんし、寸法の基準も分かりません。線の意味も、我々が考えているものと同じとは限りません」
科学者は一度言葉を切り、図面の細部を見つめた。
「それでも、先ほどの装置とこの図面の形状には共通点があります。さらに、円筒形の物体と図面に描かれたロケットらしき機体にも、構造上の類似が見られます。両方を比較すれば、少なくとも同じ種類の物体を示している可能性があることは記録できます」
中隊長は、図面と装置の写真を交互に確認した。
「この件は、現場の隊員には余計な推測を伝えない方がいい。人工衛星という分類も、ロケットという判断も、現時点では我々二人だけの仮説として扱う」
「同意します。確認できた事実と、私の推測は分けて記録した方がよいでしょう」
科学者は、図面と装置の画像を別々の資料として整理した。それを確認した中隊長は、他の部下たちの動きを確認しながら、人工衛星に対する行動を決定する。
「図面はその場で撮影し、保全手順を記録しろ。持ち出せるかどうかは、状態を確認してから判断する。装置そのものを分解する必要はない」
「了解しました」
記録担当者が作業を進める中、科学者と中隊長は装置と図面を見比べ続けていた。
もし、これが本当に惑星の周囲で運用する人工衛星と、それを宇宙へ送り出すロケットの設計図なら、彼らの想像を超えた範囲の技術が、この遺跡に残されていたことになる。
単なる兵器や建造物ではなく、大気圏の外にまで活動領域を広げるための装置と、その打ち上げ手段が、すでに設計され、製造されていた可能性があるのだ。
しかし、科学者はその考えをすぐに報告書へ書き込むことはしなかった。現時点で確認できたのは、人工衛星に似た形状を持つ機械装置と、それに似た形を描いた図面、さらにロケットらしき機体を描いた図が存在するということだけである。
実際に宇宙へ打ち上げられたのか、どれほどの性能を持つのか、何のために使われたのかは分からない。
そして、最も重要なこととして、この装置やロケットがどのような原理で機能するのかを、彼らはまったく理解していなかった。
*
調査隊は、装置の記録を終えると、さらに奥へ続く通路を確認した。
通路の壁面には、これまでに見つかったものと似た幾何学模様が連なっている。床面の溝は通路に沿って奥へ延び、その先でいくつかの線に分かれていた。
細い溝の配置は一定の規則性を持っているが、それが電力、動力、通信、あるいは魔法的な機構と関係しているのかは、何も分からない。
先頭を進む歩兵は、照明を奥へ向けた。
通路の突き当たりには、これまでの区画よりも重厚な構造物があった。壁面は滑らかで、継ぎ目がほとんど見当たらない。入口らしき部分の周囲には、円形の溝と細かな刻印が組み合わされていた。
「この先に、さらに大きな区画があるようです」
先遣班の隊員が報告した。
「周辺を確認しろ。装置や構造物を見つけても、作動させるな。ここまでの通路に残されていたものと、配置がどう違うのかも記録しておけ」
中隊長の命令に従い、隊員たちは入口の周囲を調べた。外側からは開閉機構も取っ手も見つからなかったが、既に確認された通路と同じように、壁面の一部には細かな凹凸が存在している。無理に力を加えることは避け、周辺に別の進入口がないかを探した。
やがて、入口の脇に、土砂と根に隠れていた細い通路が見つかった。通路の奥からは、かすかな光が漏れている。
それは、携帯照明の反射ではなかった。
先頭の隊員が立ち止まり、光の方向を確かめる。彼が照明を消しても、奥の光は消えなかった。むしろ、暗闇に目が慣れるにつれて、その光が一定の場所から放たれていることが明らかになった。
「……光源を確認。通路の奥で、何かが光っています」
通信担当者が、すぐにその情報を記録した。
「自然発光する鉱物の可能性もあります。ですが、光の強さが周囲の岩盤とは明らかに異なります」
中隊長は、先遣班へ慎重な進入を命じた。
「隊列を維持しろ。照明を使い、周囲に危険な構造がないか確認しながら進め。発見したものへ触れるな」
隊員たちは銃器を構えながら、慎重に通路を進んでいった。
その先に広がっていたのは、遺跡の最深部と思われる広大な空間だった。
天井は高く、壁面には細かな溝と幾何学模様が刻まれている。床の中央には円形の台座が設置され、その周囲を取り囲むように複数の機械装置が配置されていた。
装置は細長い支柱、円盤状の部品、細かな突起を持つ機器などで構成されている。配置は一見すると複雑だったが、すべての装置が台座の中央へ向けられているようにも見えた。
そして、その中心に、青い光を放つ物体が存在している。隊員たちは、その物体を視認できる位置まで接近し、足を止めた。
最初に見えたのは、淡い光だった。続いて、その光の中心に、青く透き通った結晶らしきものが浮かび上がった。結晶は複数の機器に囲まれ、周囲の装置から伸びる細い部品が、その表面へ触れることなく一定の距離を保って配置されている。
まるで、結晶を観測するために設けられた装置のようだった。
「これは……」
隊員の一人が、思わず声を漏らした。
結晶は宝石のような美しさを備えていたが、ただの装飾品とは考えにくい。結晶の周囲には、光を受けるための窓のような構造や、特定の方向から結晶を覗き込むような機器が設けられている。
さらに、周辺の装置には円弧状の部品が複数配置され、中心の結晶を取り囲むように並んでいた。
科学者は、距離を保ちながら結晶を観察した。
「結晶そのものが光を放っているように見えます。外部の照明が反射しているわけではありません。周囲の装置は、これを観測するためのもの……と考えられますが、断定はできません」
彼は手元の記録と、以前に確認した青い結晶の資料を思い返していた。
ネオ・アトランティスが保管している青い結晶。タルテソス王国の宝物庫から発見され、長い間、目立った変化を示さずに存在していたもの。古代アトランティス文明に関わる重要な遺産として扱われてきた、ブルーウォーターである。
今、目の前にある結晶は、そのブルーウォーターとよく似ていた。
色合いだけではない。光を透過させた際の内部の輝き、結晶の輪郭、光の奥に沈むような青い色彩。すべてが、過去の記録に残されたブルーウォーターを思わせる。
「中隊長、これは……ブルーウォーターではないでしょうか」
科学者の声に、中隊長が振り返った。彼もまた、この結晶をブルーウォーターではないかと考えていたのだ。
しかし、彼は実物を知らないため確証がなく、ただ見つめていただけだった。だからこそ、研究者の発言に慎重な態度を取りながら聞き返す。
「……確かなのか?」
「現物を詳しく調べていない以上、断定はできません。しかし、記録にあるブルーウォーターと、外観上の特徴が非常によく似ています。少なくとも、同種の結晶である可能性は無視できません」
隊員たちは、結晶を取り囲む機器へ視線を向けた。既存のブルーウォーターと同種かもしれないという科学者の判断を聞き、なぜそんな物がこの遺跡にあるのかと思案する。
これがブルーウォーターであるなら、単に古い遺跡から貴重な結晶が見つかったというだけでは済まない。なぜ、このような装置の中央に据えられているのか。周囲の機器は結晶を観測しているのか、それとも何らかのエネルギーを測定しているのか。結晶と装置の間に、どのような関係があるのか。
そのすべてが、まだ分からない。
「結晶には触れるな。周囲の装置にも手を出すな。現状を記録し、位置関係を撮影する。結晶そのものだけでなく、台座、観測装置、壁面の刻印も含めて、すべて報告しろ」
中隊長の命令は、普段よりも慎重だった。
これまでに発見された物体は、未知の兵器や機械である可能性こそあったものの、ネオ・アトランティスが保有する古代技術と直接関係するかどうかは分からなかった。しかし、この青い結晶だけは別だった。
既に組織内で保管されているブルーウォーターと、同じ性質を持つ可能性がある。もしそうなら、この遺跡が彼らの知る古代アトランティス文明とは異なる技術体系に属しているという事実と、ブルーウォーターが存在しているという事実の両方を、同時に考えなければならない。
科学者は、青い結晶と、その周囲に設置された装置の配置を記録しながら、慎重に言葉を選んだ。
「結晶がブルーウォーターであるなら、我々が知る古代アトランティス文明の遺産と、この遺跡に存在する機構の間に、何らかの関係がある可能性はあります。しかし、それが直接的な技術的関連を意味するとは限りません。結晶が共通していることと、周囲の装置が同じ原理で動作することは別です」
「それでも、重要な発見ということだな」
「はい。ですが、今の段階で言えるのは、ブルーウォーターと思われる結晶と、それを取り囲む観測装置らしき機構を発見した、ということまでです。なぜそこに存在するのか、どのように使われていたのか、何のために観測されていたのかは分かりません」
中隊長は頷き、通信担当者へ合図を送った。
「旗艦『デウス・エクス・マキナ』へ報告を送れ。これまでの遺跡内の発見物、装置、図面らしき資料、そしてブルーウォーターと思われる結晶について、確認できた事実と推測を分けて伝えるんだ。人工衛星という分類については、船長と科学者以外には伝える必要はない」
「了解。通信回線を接続します」
通信担当者は装備を操作し、旗艦『デウス・エクス・マキナ』との連絡を確立した。通信装置から応答が返り、調査隊の記録が艦内の指揮系統へ送られ始める。
「こちら上陸調査中隊。遺跡内部の調査結果を報告します。内部では、船体状構造物、翼を備えた機体、円筒形の兵器と思われる物体、複数の機械設備を確認しました。いずれも長期間放置されていたと考えられますが、外装の保存状態は良好です。具体的な用途、動力、制御方式については不明です」
通信担当者は一度、記録資料を確認してから続けた。
「さらに、球状と円筒状の本体、外側へ張り出した板状部品、複数の突起を備えた特殊な装置を発見しました。近くには、同装置とよく似た図形を含む図面らしき資料が存在します。惑星を思わせる円形図と曲線に加え、ロケットらしき細長い機体の図も見られますが、記号の意味は解読できておらず、装置や機体の正式名称、用途、運用方法は不明です」
空中戦艦からの応答が返る。調査隊は、記録を続けながら報告を進めた。
「最深部では、青く発光する結晶を発見しました。既存のブルーウォーターと外観上の特徴が似ており、同種の物体である可能性があります。結晶は円形の台座の中央に配置され、周囲には観測装置と思われる複数の機器が設置されています。結晶および周辺装置には触れておらず、作動させる試みも行っていません。現在は外観と配置の記録を進めています」
報告を受けた旗艦『デウス・エクス・マキナ』側では、通信担当者が情報を整理していた。
《特殊な装置と、その設計図と思われる資料。さらに、人工衛星を描いた図面にロケットらしき機体まで描かれている。そして、ブルーウォーターに似た結晶か……》
旗艦『デウス・エクス・マキナ』艦長は、送られてきた画像の一覧を見つめた。
《これまでの発見物と、最深部の結晶が同じ施設に存在しているということは、各々に何らかの関連がある可能性もある。ただし、今の情報だけでは用途や技術的な関係を断定できない……》
彼は通信機へ向き直った。
《調査中隊、現場での無理な解析は必要ない。発見物の位置、外観、配置、周辺構造を記録し、可能な限り現状を維持せよ。特にブルーウォーターと思われる結晶と、その周囲の装置は慎重に扱うように》
「了解。現状を維持し、記録を継続します」
通信がいったん区切られた。
調査中隊は、最後にもう一度だけ、青い結晶とそれを囲む観測装置の全体を撮影した。ここまでに発見した機体、兵器、機関設備、特殊な装置、人工衛星とロケットらしき機体を描いた図面。そして、遺跡の最深部に据えられていたブルーウォーターと思われる結晶。
これらが何のために造られ、どのような原理で機能していたのかは、まだ何一つ分からない。
ラヴァーナル帝国という名も、魔法という原理も、彼らにとっては依然として未知の領域だった。古代アトランティス文明の超科学を扱ってきた科学者であっても、遺跡の機構を目の前にして、その仕組みを説明することはできなかった。
ただ、科学的に測定できる形状や材質、配置、記号、機体構造、図面らしき資料は存在している。
そこには人工衛星だけでなく、それを宇宙へ送り出すロケットの姿も描かれていた。それらを失わずに記録し、後の研究へ引き継ぐことはできる。
人工衛星とロケットという推測を知る者は、船長と科学者、そして中隊長だけに限られていた。ほかの隊員たちは、未知の装置と図面を記録しただけであり、その正体については何も知らない。
それが、今の調査隊に可能な最善の判断だった。
*
ネオ・アトランティス大陸から遠く離れた海の底。その海域は、地上の観測機器が捉えたことのない深さにあり、長い時間、光の届かない闇に沈んでいた。
海底には、緩やかな堆積物が広がっている。流れに運ばれた砂や泥は、わずかな起伏を埋めながら、静かに積み重なっていた。
そこには波の音も、船の振動も、人工的な照明もない。地上の文明が何を築き、どのような兵器を造り、どのような争いを繰り返しているのか、その痕跡さえ届かない場所だった。
その暗闇の中で、ごくかすかな変化が生じた。
まず、何かが震えた。
音として聞き取れるものではない。海水を伝わる、ごく低く、長い振動。堆積物の表面に細かな波紋が広がり、沈んでいた微粒子が、わずかに浮き上がった。
しばらくして、暗闇の奥に、青白い光が一度だけ瞬いた。
それは、海底に差し込んだ外部の光ではなかった。光を放つものの輪郭は、濁った水と深い影の向こうに隠され、何であるかを認識することはできない。ただ、光が生じた瞬間、周囲の闇にわずかな変化が走った。
次の瞬間、遠く離れた二つの場所で生じていた青い輝きが、見えない糸で結ばれたかのように重なった。
一つは、ネオ・アトランティスの中枢に保管されているブルーウォーター。もう一つは、ラヴァーナル帝国遺跡最深部で発見されたブルーウォーター。
互いに離れ、異なる文明の遺産に囲まれているはずの二つの結晶が、同じ周期を思わせるかすかな光を帯びていた。
その変化と呼応するように、深海の闇に、再び振動が走った。
今度は先ほどより長く、微かに、しかし確かに続いた。海底の砂がゆっくりと崩れ、古い堆積物の奥で何かが動いたような気配が広がる。光は一度消え、しばらくしてから、前よりも淡い青色を帯びて再び現れた。
それに続いて、暗闇のさらに奥で、別の光が応じた。
形は見えない。位置も、規模も、輪郭も分からない。そこに何が存在しているのか、どのような仕組みで反応しているのか、それを知る者はいない。光がどこから発せられているのかさえ、深い海の闇は明らかにしなかった。
ただ、二つのブルーウォーターが放つ光と、その深海に生じたかすかな変化が、同じ拍動を共有しているかのように、しばらくの間、一定の間隔で繰り返されていた。
そして、最後の青い光がゆっくりと弱まると、海底は再び沈黙に包まれた。
何かが反応したという事実だけを残して、深海は再び、光の届かない闇へと戻っていった。