日本国召喚×ふしぎの海のナディア―ネオ・アトランティス異世界転移―   作:ネオ・アトランティス

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第七章 3つの技術体系と研究部門の再編

 異世界転移から2週間半。

 ネオ・アトランティス大陸では、転移直後から続けられていた勢力圏の再調査と並行し、近海の無人島で発見された古代遺跡の本格的な調査が進められていた。

 発端は、転移6日目に届いた報告だった。

 島の中央部から、大規模な遺跡群が発見されたのである。そこには、船舶や航空機を思わせる機体、用途不明の兵器、巨大な機関設備、複数の装置が接続された中枢施設、さらには人工衛星と、その打ち上げ機を描いたものと思われる図面まで残されていた。

 そして最深部からは、アトランティスの深遠なる叡智の結晶──ブルーウォーターが発見された。

 正式にブルーウォーターと分類された理由は類似性が確認されたからだ。成分、性質、存在形態のいずれも、ネオ・アトランティスがすでに保有していたものと一致していた。

 その遺跡から発見されたブルーウォーターは、現在、ネオ皇帝の管理下に置かれ、休眠状態へ移行している。これにより、ネオ・アトランティスは2つのブルーウォーターを手中に収めることとなった。

 しかし、未知文明の遺跡からブルーウォーターが発見された理由は、依然として謎に包まれている。

 古代アトランティス文明とのつながりがあるのか。あるいは、両者の間に、さらに別の文明や技術的交流が存在したのか。調査は継続されているものの、現時点で確かな手掛かりは得られていなかった。

 ガーゴイルは、この発見を単なる遺物の出土とは考えていなかった。

 ネオ・アトランティスは、古代アトランティス文明の技術を基盤として成立した組織である。そこへ、既知の文明とは異なる技術体系を持つ古代文明の遺産が加わった。

 未知の技術をどこまで理解し、どこまで自らの技術へ取り込めるか。その成否は今後の軍事力だけでなく、世界征服計画そのものの行方を左右する可能性があった。

 調査隊が遺跡内部の構造を把握し始めた6日目から、組織は現地の整備と保全に着手した。崩落の危険がある通路は補強され、足場、照明、輸送経路が整えられていく。

 外部へ露出した構造物については、まず全体を記録し、保存可能な部分を保護した。そのうえで、安全確保に必要な補修だけが慎重に施された。

 搬出可能な機材や資料は、状態と重要度に応じて分類された。図面や記録資料は劣化を防ぐため個別に保全され、機械類は可能な限り発見時の状態を維持したまま運び出された。

 比較用の基準資料として、分解せず保存する機材も確保された。一方、構造を確認する必要がある装置については外観、配置、接続関係を十分に記録した後、段階的に分解する方針が採られた。

 これほどの作業を完全に秘密裏に進めることは難しい。

 多数の人員と輸送手段を投入し、島の各所を改修しながら大型の遺物を運び出す以上、周辺に何らかの痕跡が残る可能性はあった。

 それでも島には居住者も集落もなく、周辺海域でも人の活動を示す確かな兆候は確認されていなかった。

 調査部門は露見の可能性を抑えながら作業を続け、上層部も、仮に何者かに察知されていたとしても、研究を中止する理由にはならないと判断した。

 重要なのは、秘密を守ることだけではない。

 発見した技術を失わず、確認できる事実を整理し、利用できる形へ変えることだった。

 6日目に始まった研究計画は転移から17日半が経過した現在、単なる遺物の解析を超えた段階へ進みつつあった。

 *

 ネオ・アトランティス中枢基地の技術部門では、島から持ち帰られた資料と従来から保有していた古代アトランティス文明の研究記録が、同じ計画の下で整理されていた。

 ただし、両者を最初から一つの技術体系として扱ったわけではない。

 研究部門は研究対象と権限の違いに応じて明確に分類された。

 第一は、ネオ・アトランティス固有技術部門である。

 ここでは組織が現在保有する科学力、製造設備、兵器、制御装置を管理し、既存技術の改良と実用化を担当する。

 主に未知の遺物を直接解明するのではなく比較対象となる基準技術を維持し、研究成果を実際の装備へ反映させる役割を担っていた。

 第二は、古代アトランティス文明研究部門である。

 ここでは古代アトランティス文明から受け継いだ資料、翻訳装置、解読記録、反重力エンジン、兵器、人工衛星などを専門に扱う。

 主に既存の技術体系を最も深く理解しているため、未知の構造と比較する際には重要な基準を提供する。

 第三は、未知遺跡研究部門である。

 ここでは島の遺跡から発見された機械、図面、材料、刻印、構造物を担当する。

 主に既存の技術やアトランティス文明の知識を前提にしながらも、機械の原理を最初から決めつけないことが求められていた。

 第四は、応用開発部門である。

 ここでは3つの技術体系から得られた情報を比較し、ネオ・アトランティス自身の設計へ反映させる。

 主に遺物をそのまま複製するのではなく確認できた要素だけを抽出し、試作、試験、量産化へつなげる役割を担っていた。

 第五は、保全・記録部門である。

 ここでは遺物の搬出、保存、撮影、寸法測定、接続関係の記録、分解履歴の管理を担当する。

 主に研究者の推測と、現物から確認された事実を分離して記録することが、最優先事項だった。

 以上4つの部門が技術部門に新設され、新たな開発をすべく研究開発が進められていた。

 さらに、これらの部門を統括する合同検討会が設けられた。これは合同検討会は各部門の成果を集約し、研究方針の衝突を調整する役割を担う。

 個別の技術を直接研究するのではなく、研究結果の信頼性、適用範囲、軍事利用の可否を判断する立場にあった。

 この分類を決めたのは、ガーゴイルを中心とする上層部だった。

 古代アトランティス文明の技術を理解していることは、ネオ・アトランティスにとって大きな強みである。しかし、未知の文明の遺物も同じ原理で動くと考えるのは危険だった。

 構造が似ているからといって同じ機能を持つとは限らない。反対に原理が分からないからといって、材質、寸法、部品の配置、荷重のかかり方まで調べられないわけでもない。

 分かる部分と分からない部分を明確に区別し、確認できた事実だけを積み重ねる。

 それが今も昔も変わらぬ真理であり、科学研究計画の基本方針だった。その方針を胸に合同検討会の冒頭で各部門の責任者が順番に報告した。

 会議室には遺跡から運び出された図面の複製や、機材の写真、寸法表が並べられていた。壁面の投影装置には、未知の記号を拡大した画像が映し出されている。

 誰もがその意味を知りたがっていた。しかし、現時点で読み取れるのは、線の形と繰り返しの頻度だけだった。

 最初に発言したのは未知遺跡研究部門の責任者だった。

「現時点で、遺跡の機構全体を説明できる者はいません。しかし、すべてが解明不能というわけでもありません。材質、寸法、部品の配置、構造上の負荷、外部から測定できる反応など、観察可能な項目は多数あります。それらを個別に記録し、既存技術と比較することで、用途を推定できる装置も見つかり始めています」

 未知遺跡研究部門の責任者は手元の資料をめくりながら慎重に言葉を選んだ。断定を避ける姿勢は、今回の研究において何度も確認されてきたものだった。

 続いて、保全・記録部門の責任者が資料を示した。

「ただし、遺跡に残された文字は解読できていません。図面に使われている記号も、文字なのか、製造番号なのか、接続や運用を示す図形なのか、判断できないものが大半です。形状と寸法比を読み取ることはできますが、そこに書かれた指示を翻訳することはできません」

 投影装置に映された記号が切り替わった。似た形の記号が複数の図面に現れている。しかし、それが同じ意味を持つのか、単に似ているだけなのかさえ分からない。

 そのことを疑問に思った幹部が挙手し、発言の許可を得てから質問した。

「アトランティス文字の解読に用いてきた方法は使えないのか?」

 その問いは、ある意味で会議に参加している者たちの総意でもあった。古代文明という点ではアトランティスも同じであり、当然、文字も一から解読し、理解を積み重ねる必要がある。

 そのノウハウを活かせば、未知文明の文字も読めるのではないかと考えたのだ。少なくとも、未知の言語を読み解くという点では同じなのだから。

 その意図を察しながら、古代アトランティス文明研究部門の責任者が質問に答えた。

「少なくとも、アトランティス言語系統を用いた研究は難しいでしょう。アトランティス文明の記録については、翻訳装置と解読班が蓄積した知識があります。しかし、今回の刻印や言語体系は、既存のあらゆる言語と合致しません。そのため、意味を推測して訳文を作れば、研究者の期待が記録資料へ混入することになります」

 その言葉に、室内の何人かが小さく息を吐いた。解読できる可能性を期待していた者もいたのだろう。

 しかし、期待を根拠へとすり替えてしまえば、以後の研究全体が誤った前提に引きずられる。

 報告を受け、ガーゴイルは今後の方針を思案した。アトランティス言語系統の翻訳技術を転用できるなら、そうしたいというのが本音ではある。

 だが、類似性の存在しない、まったく別の言語体系ならば仕方のない面も大きい。そもそも言語体系は、そこに一定の統一性を見いだして初めて読み解けるものだ。

 だからこそ、ガーゴイルは特に落胆することなく指示を出した。

「ならば、読めぬものを読めたことにする必要はない。見えるものを測り、測れるものを比較しろ。文字が読めないからといって、機械の寸法まで分からなくなるわけではあるまい」

「はっ」

「アトランティスの知識を適用する場合も、根拠を明確にしろ。構造が似ているというだけで、同じ機能があると決めつけるな。異なる点があるなら、その違いを調べるのだ」

 ガーゴイルの声は大きくなかった。しかし、反論を許さない明確さがあった。

 研究者たちは一斉に記録を取り、各部門の責任者は互いに視線を交わした。

 未知の遺跡を理解するために必要なのは既存の知識を捨てることでも、万能視することでもない。

 利用できる知識を最大限に活かしながら、それで説明できない事実を正確に残すことだった。

 研究計画は3つの技術体系と、それを扱う責任者の分類を柱として進められることになった。

 第一に、ネオ・アトランティス自身が持つ科学力と製造技術。これを担当するのが、固有技術部門と応用開発部門である。

 第二に、古代アトランティス文明から受け継いだ科学技術。これを担当するのが、古代アトランティス文明研究部門である。

 第三に、島の遺跡に残された未知文明の機械、図面、材料、構造資料。これを担当するのが、未知遺跡研究部門と保全・記録部門である。

 そして、各部門の成果を照合し、実用化の可否を判断するのが合同検討会だった。

 三者を同一視するのではなく、それぞれを独立した技術体系として扱う。そのうえで、比較によって利用可能な要素を抽出し、ネオ・アトランティス自身の設計へ反映させる。

 それが、上層部の定めた研究開発体制だった。

 *

 島の遺跡を残した文明について、ネオ・アトランティスはまだ正式な名称すら知らなかった。

 かつてこの世界に君臨した古の魔法帝国、ラヴァーナル帝国の遺跡には明らかに人工物と分かる機械が残されていた。

 船体らしき巨大構造物、翼を備えた機体、円筒形の兵器、円環状の機関設備、円盤状の装置、複数の機器が接続された中枢設備。

 いずれも自然物ではなく、設計と製造を経て作られたものと考えられた。しかし、人工物であることと、機能を理解できることは別だった。

 内部に駆動軸が見当たらない機器。外部から確認できる配線がないにもかかわらず、複数の部品が組み合わされた装置。通常の燃焼機関や蒸気機関とは異なる構造を持つ設備。

 それらは、ネオ・アトランティスが知る科学技術だけでは説明できなかった。

 研究者たちは、まず現物から得られる情報を分類した。金属と考えられる部分の密度、硬度、表面加工の精度、部材の形状、部品の間隔、荷重のかかり方、機体の外形、翼や尾部の配置。

 これらは測定可能な情報だった。古代アトランティス文明の研究で用いてきた計測手法も利用できた。

 それでも動力源や制御機構については、状況が異なった。そう、ネオ・アトランティスは、魔法という概念を知らないのだ。

 魔力という言葉もそれがどのような性質を持つのかも、機械へどのように作用するのかも理解していなかった。通常の動力伝達機構を持たないように見える装置が、何を入力として動作するのかさえ分からない。

 そもそも、遺跡の機械が魔法を利用しているという発想自体が、研究の初期段階では存在していなかった。

 研究者たちは、理解できない現象を既存の科学用語へ無理に置き換えることを避けた。動力が確認できない装置を呼ぶ場合も、それは機能を確定した名称ではなく、外形や配置から見た暫定的な分類にすぎなかった。

 未知の文字も同じだった。

 刻印を拡大撮影し、形状を分類し、繰り返し現れる記号を抽出することはできる。ただそれだけである。

 それらが何を意味するのかを解読する手段はなかった。説明文なのか、操作手順なのか、識別記号なのか。それすら判断できない。

 遺跡に残された技術には、解析の糸口となる要素が確かに存在していた。それでも、文明の全体像、文字体系、動力の原理、そして魔法と呼ばれるものの存在について、ネオ・アトランティスは何も理解していなかった。

 研究者たちは遺跡を理解したのではない。

 理解できる範囲を切り分け、その範囲の中で、ようやく手掛かりを得始めたにすぎなかった。

 *

 最初に大きな成果が現れたのは、人工衛星と、その発射装置を描いた図面だった。

 図面には、人工衛星と思われる機体の外形、複数方向から見た図、断面らしき図、部品を分けて配置した図が描かれていた。

 その近くには、先端が尖り、側面に小さな翼を備え、後部に複数の開口部を持つ円筒形の機体も描かれている。

 記号の意味は分からない。寸法の基準も完全には特定できていない。それでも、複数の図に共通する形状と部品配置を照合すると、同じ種類の機械を異なる角度から示している可能性が高まった。

 研究班は、図面を傷めない方法で撮影し、寸法比と形状を再構成した。次に、遺跡から搬出された人工衛星と思しき装置と図面を比較した。

 外形だけではない。外装の取り付け位置、板状部品の向き、台座との接続構造、周囲に配置された部品の数と位置関係まで、一つずつ照合していった。

 作業は長時間に及んだ。図面の一部は欠損しており、現物にも腐食や破損が見られたため、単純な一致判定はできない。

 研究者たちは複数の仮説を並べ、確度の高い部分と不確かな部分を色分けしていった。

 その過程で、古代アトランティス文明の人工衛星研究を担当していた科学者たちが、ある可能性に気づいた。

「この図面は、単独の機体だけを描いているのではないようです。こちらの円形図と複数の曲線は、一定の周期で位置が変化する物体の動きを示している可能性があります。別の図には、機体の向きを変えるためと思われる部品配置もあります」

 集まった科学者内の1人がそう言及し、2枚の図面を並べた。何方も遺跡で発見された人工衛星に関連する物だ。

「こちらの円筒形機体は、人工衛星と思われる装置とは別の構造を持っています。後部の開口部、胴体の形状、側面の翼らしき部品。地上の設備から何かを送り出すための機体である可能性があります」

「人工衛星を送り出すための機械だというのか?」

「現段階では、その推定が最も自然です。ただし、動力源も推進方式も分かっていません。確認できたのは、衛星と思われる機体と、それを高高度へ送り出す機体が、同じ資料群に描かれているという事実です」

 科学者はそこで言葉を切り、図面の端に残る記号へ視線を落とした。そこには、同じ形の印が一定の間隔で並んでいる。

 発射順序を示すものか、部品番号なのか、それとも単なる装飾なのかは判断できなかった。

「つまり、設計思想の一部は読み取れても、完成品を再現できる段階ではないと?」

「そのとおりです。外形と寸法比、部品配置は再構成できます。しかし、動力源、制御機構、構造材料のすべてを理解したわけではありません。図面どおりに造れば同じ動作をするとは断定できません」

 その報告を聞いたガーゴイルは満足そうに頷いた。彼は元より図面を手に入れるだけで作れるとは思ってはいなかった。

 図面が手に入ったからと言ってすぐ作れる保証は無い。確実に作れる保証があって始めて実用化させる段取りが出来たと言えるのだ。 

 故に根拠に基づいた検証結果を出した事を評価しながら、そしてそれを表に出さずに命令を下す。

「図面から推定したことと、現物で確認した事実を分けて記録しろ。だが、価値は大きい。人工衛星と発射装置を、一つの運用体系として研究できる可能性が出てきたのだからな」

 この発見が重要だったのは、未知の機体の形状を知ることができたからだけではない。

 ネオ・アトランティスでは、バベルの塔を運用するためのしもべの星について、独自の研究と製造が進められていた。

 異世界転移によって、以前の世界で運用されていた古代製のしもべの星は利用できなくなっていたため、組織は新たに24基を製造し、異世界の軌道で運用する準備を進めていたのである。

 新造機の製造自体は達成されていた。ただそれだけで衛星技術のすべてを理解したことにはならない。

 軌道上での姿勢制御、長期間の運用、衛星と地上設備の連携、打ち上げ時に機体へ加わる負荷。検証すべき項目は多かった。

 旧来のしもべの星を解析するだけでは設計思想の全体を把握することは難しい。完成した機体から構造を調べることはできても、なぜその形状や機構が選ばれたのかまでは分からないからだ。

 今回の図面には、人工衛星とそれを送り出す装置の双方が描かれていた。これにより、衛星単体ではなく、地上から送り出し、軌道へ投入し、運用するまでの体系を比較研究できる可能性が生まれた。

 研究班は図面の形状を参考に、新造機の姿勢制御装置や取り付け部を再点検した。発射装置に関する図面は、衛星を送り出す際の荷重や機体構造を検討するための資料として扱われた。

 ただし、図面に描かれた発射装置をそのまま複製することはできない。動力源も推進方式も分からず、記号や寸法の意味も完全には解読できていないからだ。

 取り入れられるのは裏づけを得られた構造上の知見と、既存のしもべの星へ応用可能と判断された部分に限られる。

 それでも、従来の研究にはなかった視点を得たことは大きかった。

「我々はこれまで、完成したしもべの星を解析し、その構造から原理を推定してきました。しかし、今回の図面には、衛星と思われる機体と、それを送り出す装置を関連づける手掛かりがあります。完全な復元には程遠いとしても、衛星を運用する技術体系全体を考えるための資料になります」

 報告を聞きながら、ガーゴイルは図面の複製を指先で軽く叩いた。未知の文明がどのような目的でこの機体を造ったのかは分からない。

 それでも、単独の装置ではなく、複数の機器が一つの体系として設計されていた可能性は、研究の方向を大きく変えるものだった。

 そう思案した後、ガーゴイルはしもべの星と人工衛星に対する方針を決定した。

「研究計画を更新しろ。新造した24基は、既存設計を基にした予備戦力として管理する。図面から確かめられる改良点があるなら、打ち上げ前の検査へ反映させろ。だが、根拠のない変更は認めん。完成している装置を、仮説のために壊すような真似をするな」

「はっ」

 しもべの星と人工衛星、この2つの関連性についてネオ・アトランティスはまだ正しい知見を得ているとは言い難い。しかし、無知と言う訳でも無かった。

 何故その様な原理で動いているのかを研究し、それを実用化させる事を目指して研究していく。それこそが新たな研究の必要性なのである。

 *

 しもべの星と人工衛星の他に、船舶や航空機に関する研究も進められていた。

 遺跡内部では船体を思わせる巨大な構造物と、翼を備えた機体が発見されている。どちらも単なる模型ではなく、実際の運用を前提として製造された可能性が高かった。

 外殻の加工精度は高く、構造部材の配置にも一貫性がある。複数の機体には、共通した設計思想が存在するように見えた。

 未知文明が作り出した船体と思われる機体と、航空機と思われる機体は、別々の研究班が担当した。

 船体については外殻の強度、浮力を生み出す構造、動力機関の配置、操舵機構、兵装取り付け部が調査対象となった。

 航空機については翼の形状、重心位置、操縦面、機体内部の空間、推進装置らしき構造、外装の材質が調べられた。

 研究班は現物を一度に解体することを避け、非破壊で確認できる部分から情報を集めた。比較の基準となる1基は、発見時の状態を維持したまま厳重に保管されている。

 ほかの機体や装置については十分な記録を取ったうえで、構造を明らかにするための分解調査が始まっていた。

 格納庫では巨大な機体の周囲に足場が組まれ、研究者たちが測定器を手に行き交っていた。表面の傷1つを記録する者もいれば、内部へ伸びる細い管状構造を追跡する者もいる。

 誰もが外形の美しさよりも、その形が何を支えているのかを見ようとしていた。重要なのは外形を模倣することではない。

 なぜその形状が採用されたのか。どの部材が荷重を負担し、どの機構が推進や操舵に関係するのか。どの程度の製造精度が必要なのか。

 それらを見極めることが技術進歩への近道であり、先人達に対する科学を用いた敬意なのだ。

 その志を胸に航空機研究班責任者が資料を手に前へ進み報告を行った。

「同じ外形を作るだけなら、模型を造るのと大差ありません。しかし、実際に飛ばし、航行させ、必要な負荷に耐えさせるには、形状の背後にある設計思想を理解しなければなりません」

 そう言葉を区切り、航空機研究班責任者は資料をめくる。資料の内容と自身の認識をすり合わせながら報告を続ける。

「現段階では、機体の空力的な形状や外装構造など、比較可能な部分を整理しています。既知の航空工学と照合できる箇所はありますが、推進装置や制御機構については、説明できない点が多く残っています」

 航空機研究班責任者の背後では、翼の断面を再構成した図が表示されていた。既知の航空機と似た特徴を持つ一方、内部の補強構造には見慣れない配置がある。

 似ている部分と異なる部分を同じ図面上で分けて示すことで、研究者たちは不用意な類推を避けていた。

 軍事部門責任者が挙手し発言の機会を求め、許可を得てから質問を行った。

「船舶の方は?」

 彼は航空機に対しての報告は十分行われたと判断し、船舶についての質問を行った。航空機と船舶はそのまま攻撃力に直結する。数を揃えればそれだけ有利となるのだ。

 であるがゆえに、将来の軍事力を知る事は大きな一歩と言えるだろう。

 その質問を受けて船舶研究班責任者が前へ出て返答を行った。 

「船体構造と各部の配置には、既存の造船技術と比較できる部分があります。ただし、動力機関と、通常の推進器では説明できない構造については調査が必要です。現物を動作させられていないため、速度や航続性能も断定できません」

 あらかじめ渡されていた資料を確認し、先程の報告を受け方針を決めたガーゴイルは命令を下す。

「研究を段階に分けろ。第一段階では形状、材料、構造、部品配置を明らかにする。第二段階では、推進、操舵、動力、制御に関係する部分を切り分けて調べる。第三段階では、確認できた原理を利用し、我々の技術で再現可能な機構を試作する。最後に、それらを組み合わせて独自の機体を設計するのだ」

「はっ」

「遺跡の機体をそのまま複製することが目的ではない。必要な技術を獲得し、我々自身の設計へ利用できるようにすることが目的だ。未知の動力機関を理解できないからといって、船体構造まで調べるのをやめる必要はない。逆に、船体構造を理解できたからといって、動力機関まで理解したつもりになることも許さん」

 研究は機体全体の完全再現を目指すのではなく、要素技術を分割して評価する方針へ整理された。

 船舶研究では船体構造や操舵機構を既存の造船技術と比較し、再現できる部位から設計資料を作成する。航空機研究では、翼、尾部、操縦面、重心位置など、既存の航空工学で分析できる部分を優先する。

 推進装置や特殊な制御機構については、原理を理解できていない以上、無理に再現することは避けられた。

 この方法なら、未知の技術体系をすべて理解するまで待つ必要はない。比較可能な構造を独自開発へ転用しながら、説明できない機構は継続して調査できる。

 現時点で可能なのは、複製ではなく、独自開発のための技術基盤を整えることだった。

 *

 兵装研究班は別の意味で成果を上げていた。

 遺跡内の保管区画から見つかった複数の円筒状物体は形状と部品配置の共通性から、兵器である可能性が高いと判断されていた。

 大きさには差があり、先端部と後部の構造も規格化されている。表面の刻印や固定具の位置にも一定の規則性があり、単なる構造材とは考えにくかった。

 しかし、正式名称や用途を示す記録は読めず、内部機構も理解できていない。

 研究者たちは便宜上、それらを誘導弾型兵器と分類した。だが、どのような原理で目標を探知し、どのように飛行方向を修正し、どの程度の威力を持つのかは不明だった。

 それでも、外殻の構造、操舵翼らしき部品、内部機構の位置関係など、比較できる情報は得られた。

 兵装研究班は幹部陣営が以前から秘密裏に進めていた誘導兵器研究の資料と、遺跡から得られた情報を照合することにした。

 その秘密研究は未知の兵器を発見してから始まったものではない。既存兵器の射撃精度と攻撃能力を向上させるため、幹部陣営の主導で進められていた計画だった。

 従来の技術だけでは誘導機構の安定性、制御装置の小型化、目標への追従性能などを解決し切れていなかった。

 遺跡の円筒状兵器から得られた構造情報はその研究を前進させる可能性を持っていた。

 兵装研究班責任者が前へ出て報告を行う。誘導弾に関しては前から進捗を報告していたため、今回はさらに進めた内容となる。 

「既存の研究資料と、遺跡から回収した機体を照合したところ、操舵機構の配置と、内部の制御部に関係すると推定される区画について、共通する設計上の課題が見つかりました」

 そう言葉を区切り部下から受け取った資料と自分の記憶をすり合わせながら報告を行う。 

「ただし、遺跡側の機構がどのような原理で動くのかは分かっていません。形状と配置から推測できる部分を、そのまま移すこともできません。既存の秘密研究で得られている制御技術と、遺跡の機体から確認できる構造上の特徴を比較し、再現可能な部分だけを抽出しています」

 それを聞いたガーゴイルは仮面の下で笑みを浮かべる。発達した科学文明とは大凡同じ過程を経て進歩していく。

 自分達ネオ・アトランティスもまた、その後を追って確実に進歩していると確信を抱いたのだ。彼はその事をお首にも出さす報告書へと目を向ける。

 報告書には遺跡の兵器を分解した断面図と、既存の試作弾の構造図が並べられていた。完全に一致する部分はない。

 だが操舵翼の配置や内部空間の使い方には、設計上の問題を考え直すきっかけとなる共通点があった。

 報告書の内容を読み解いたガーゴイルは結果の確認をするべく口を開く。

「結果は?」

「誘導機構については、従来解決できなかった問題を改善できる見込みが立ちました。制御装置と操舵機構の連携を見直し、既存の研究成果を発展させることで、実用化に向けた設計をまとめられる段階です。長期運用と実際の飛翔試験は必要ですが、実験室内では従来方式より安定した制御を実現できる見通しが得られています」

 兵装研究班責任者がそう発言が終えてから彼の部下が幹部陣に新たな報告書を配った。先ほどの報告書とはまた別の内容が記されていた。

 それを読んだ幹部の一人は得心が行った幹部の一人は頷きながら口を開いた。

「つまり遺跡の兵器を複製するのではなく、我々の研究を前進させるために利用したということか……」

 それは単なる独り言ではあったが、この場に集まった幹部陣達の感想だった。昔から研究されていた誘導弾が実用段階へと漕ぎ着けた結果は称賛には値した。

 その結果を誇らしげに思い、されど冷静に務めた兵装研究班責任者はその独り言を肯定する。

「そのとおりです。遺跡の機体に組み込まれた原理は未解明ですが、形状と構造を分析することで、我々が解決すべき設計上の問題を見直せました」

 その返答を聞いたガーゴイルは資料を机に置きながら報告を経た最終方針を告げた。

「よろしい。試作段階へ進め。だが、実用化の見込みと、実戦での性能が証明されたことを混同するな。運用に耐えられるかは、試験を通じて確認しろ」

「はっ」

 誘導弾の研究は、基礎的な仕組みを探る段階から、試作機を用いた運用評価へ移行した。

 最初の飛翔試験では、試作弾は発射直後こそ安定していた。しかし、目標へ接近した瞬間、制御装置が予想外の振動を拾い、弾体が激しく蛇行した。

 標的から数十メートルの地点で自爆させる判断が下され、試験場には爆発音だけが響いた。

 観測班はすぐに記録装置を停止し、回収班が散らばった部品を探し始めた。研究者たちは失敗を悔やむより先に、制御装置がどの瞬間に異常な補正を始めたのかを確認しようとした。

 原因は、遺跡の機体に見られた操舵翼の配置を参考にした結果、既存の制御装置が微細な振動を過剰に補正していたことだった。

 研究班は構造をそのまま移植するのではなく、遺跡側の配置が前提としていた制御周期を推定し直す必要に迫られた。

 試験後、研究者たちは回収された破片を一つずつ並べ、飛翔中の変形と破損の順序を再構成した。

 失敗は遺跡の構造を理解した証明ではなかった。しかし、どの部分をそのまま利用してはならないのかを示す、重要な資料にはなった。

 試作された誘導弾と制御装置は、空中戦艦第一号機、第二号機『デウス・エクス・マキナ』、ガーフィッシュⅠ型とⅡ型、そして大型高速飛行船カルカロドンへ搭載できるよう、取り付け構造と制御系統の調整が進められた。

 ただし、すべての兵器へ量産型を配備したわけではない。各系統の代表的な試験機を用いて、取り付け、制御、飛翔、誘導、回収後の点検を段階的に確認するための準備だった。

 未知の兵器を観察し、既存の研究と照合することで、ネオ・アトランティス自身の技術を前進させることはできた。

 *

 反重力機構に関する研究は誘導弾とは異なる難しさを抱えていた。

 遺跡から発見された巨大な機関設備には、複数の円環状部品と柱状構造が組み合わされていた。通常の回転機関に見られる軸や歯車、蒸気機関に必要な配管は確認できない。

 それにもかかわらず、部品の配置には規則性があり、周囲には点検用と思われる足場や、別の装置へ接続するような構造が存在していた。

 さらに分解を進める事でアトランティスが作りし反重力装置との類似点を見出したのだ。

 それを受けて研究者たちは、この設備が機体の浮遊や姿勢制御に関係している可能性を検討した。ただし、実際に稼働する様子を確認できていない以上、機能を断定することはできない。

 アトランティス文明の反重力エンジンは、ネオ・アトランティスが空中戦艦を運用するうえで欠かせない技術だ。ゆえに技術の核心を把握していると言っても過言では無い。

 原理を完全に解明しているわけではないものの、過去の研究と実際の運用経験から、安定した浮遊を実現するための調整方法や制御条件について、一定の知識を蓄積している。

 一方、遺跡の機関については、動力の入力も出力の発生過程も分からない。

 魔法という概念を知らないネオ・アトランティスにとって、遺跡の機関が何を利用しているのかを推測することさえ困難だった。

 それでも、外形、材料、部品配置、接続部の構造、周囲の設備との関係を記録することはできる。研究班は、遺跡の機関を無理に作動させず、アトランティス製反重力エンジンと比較可能な要素を探した。

 研究室の中央には、遺跡の機関を縮小再現した模型と、アトランティス製反重力エンジンの制御系統図が並べられていた。2つは外見も構造も異なる。

 それでも、出力を安定させるための部品配置や、負荷変動に対応するための補正機構には、比較できる部分が多々存在していた。

「両者には、外見上の共通点よりも異なる点の方が少ないと考えられます。機体を浮遊させるための機構として見た場合、構造の一部について比較可能な要素があるのです」

 反重力装置研究責任者がそう説明し、部下に資料を配らせる。

 各々が資料に目を通してるのを確認した反重力装置研究責任者は報告を再会させた。

「遺跡側の機関が何を入力として動作し、どのような過程で浮遊力を得ているのかは不明です。したがって、機関全体を再現することはできません。ただし、浮遊状態に関係する構造や、出力を調整するためと思われる部位の配置については、既存の反重力エンジンと比較できます」

 ガーゴイルなその報告と資料をすり合わせながら顔を上げ、報告によって生じた疑問点を問う。

「その比較によって、何が得られた?」

「アトランティス製反重力エンジンの出力制御を見直す手掛かりが得られました。遺跡側の機構を再現したわけではありません。比較可能な構造を検討した結果、既存エンジンの制御系統を改良することで、浮遊状態の安定性と、負荷変動への応答を改善できる可能性が確認されています」

 ガーゴイルは資料のページめくりながら、既存のエンジンに関する記録と照合した。これまでの報告結果と空中戦艦に採用されている反重力装置。

 そして未知文明の遺跡から発見された反重力装置と思われる機構。

 これら報告を今までの研究結果と照合させたガーゴイルは最終確認を行う。

「つまり、遺跡の機関を理解したのではなく、我々が既に持っている反重力技術を改善する手掛かりを得たということか?」

「はい」

「よろしい。未知の機関を理解したなどと報告する必要はない。成果があるなら、その成果を正確に示せ」

 研究成果はさらなる進歩と共に、空中戦艦の性能向上へつながった。

 反重力エンジンの制御系統に改良を加えた試験構成では、浮遊状態を維持する際の出力変動が抑えられ、負荷が変化した場合の応答性にも改善が見られた。

 ただし、最初の有人試験では予想外の障害が発生した。

 第一号機が高度を上げた直後、艦体後部の出力だけが一瞬遅れ、船体が大きく傾いたのである。乗員が緊急固定具へ身を預ける間、甲板上の工具箱が滑り落ち、外壁へ激突した。

 警報が鳴り、操艦担当者が出力を手動で調整した。数秒後、艦体は姿勢を取り戻したが、試験はただちに中止された。

 研究者たちは着陸後、制御記録を何度も再生し、遅れが発生した箇所を探した。

 原因は遺跡の機関配置を参考にして追加した補正回路が、負荷変動を抑えるどころか、艦体後部の重量変化を遅れて検知していたことだった。

 研究班は遺跡の構造を単純に制御系へ反映するのではなく、アトランティス製エンジン固有の応答特性に合わせて補正周期を再設計しなければならなかった。

 遺跡の反重力機関を移植したわけではない。機関の中心的な原理は依然として不明であり、魔法に関する仕組みも理解できていない。

 改善されたのは、アトランティス製エンジンの制御系統と、運用上の調整方法だった。

 第一号機と第二号機『デウス・エクス・マキナ』には、この成果を反映した試験用の制御構成が用意された。浮遊状態の安定性、姿勢制御、上昇・降下時の応答、負荷変化への補正が、次の試験項目となった。

 *

 探知装置と情報統括設備に相当する機器についても、調査が進められていた。

 遺跡内で発見された円盤状の装置は滑らかな表面と、周囲に刻まれた細かな溝、複数の接続部を備えていた。

 ネオ・アトランティスが制作していた通常レーダー設備に見られる回転機構や、外部へ向けられた明瞭なアンテナは確認できない。

 複数の装置が一定の間隔で配置され、1つの区画を形成していたが、その配置が何を意味するのかは分からなかった。

 研究班は外観だけから機能を決めつけなかった。表面の材質、寸法、接続部、周辺設備との位置関係を記録し、装置同士の配置を再構成した。

 その結果、円盤状の装置が何らかの探知機構に関係する可能性が検討されるようになった。外部へ信号を発し、その反応から対象の位置や状態を把握する仕組みであれば、形状と配置の一部を説明できるからである。

 だが、それを確定する証拠はなかった。

 装置が何を発し、何を受け取り、どのように情報へ変換するのか。動力がどの段階で関係するのか。何一つ解明されていない。

 探知装置研究責任者が成果の報告を行った。

「この装置をレーダーと呼ぶことは可能でしょう。しかし、それは用途を確定した名称ではありません。現段階では、外部の物体を探知する設備である可能性が高いという、暫定的な分類です」

 探知装置研究責任者の説明に、情報部門幹部が頷いた。敵の位置や味方の位置を知る事は軍事的に大きな意味を持つうえ、使い方次第では大きなアドバンテージとなる。

 しかし、探索装置にはまだまだ課題があった。

「探知機構として働いていたとしても、原理までは分かりません。外形や配置から用途を推定することはできますが、内部の仕組みは理解できていないのです」

 その報告を聞きながらガーゴイルは資料に視線を落とした。

「機能を推定するための試験と、原理を解析するための試験を分けろ。反応を記録し、観測結果を比較することは可能だ。だが、未知の機構を動かすこと自体を目的にしてはならん」

「はっ」

 情報統括設備と考えられる区画には、壁面に複数の盤面が埋め込まれ、床面には台座状の機器が並んでいた。細かな溝は各装置の近くで枝分かれし、別の区画へ続いている。

 単独で動作する機械というより、多数の装置を接続し、情報を集約する中枢設備のようにも見えた。

 研究者たちは、装置の配置と接続関係を図に起こした。しかし、溝が配線なのか、動力を伝える経路なのか、それとも別の機能を持つ構造なのかは確定できなかった。

 複数の設備が同じ区画へ接続され、盤面や台座状の機器が1つのまとまりを形成していることから、情報の集約や装置同士の連携に関係する可能性が検討された。

「既存の情報処理設備と比較できるのは、主に構造上の部分です。複数の機器を接続する構成、情報が流れると推測される経路、設備を操作するためと思われる盤面などは、我々の技術と比較できます」

 探知装置研究責任者は配置図を示した。

「しかし、各装置が何を基準に情報を処理しているのか、内部でどのような判断が行われているのかは分かりません。文字も読めず、動力の仕組みも解明されていないため、情報を集約する施設だという推測を超えることはできません」

 情報部門責任者が挙手し、発言の許可を得てから口を開いた。 

「それでも、配置と接続の構造を把握できれば、我々の技術に利用できる部分があるかもしれない」

 ネオ・アトランティスにとって大きなアドバンテージを得る機会だと彼は考えたのだ。

「はい。ただし、遺跡の装置をそのまま再現することはできません。現時点で可能なのは、構造を記録し、既存技術との比較を通じて設計上の手掛かりを得ることです」

 その答えを聞いたガーゴイルは資料から顔を上げ、探査装置に対する方針決定を行う。

「ならば、独立した研究として進めろ。理解できていない機構を、既存設備へ無理に接続することは許さん。再現できる部分だけを取り出せ」

「承知しました」

 探知装置と情報統括設備の研究は、まだ初期段階にあった。

 研究者たちが把握できているのは、複数の装置が1つの目的に沿って配置されているように見えること、そして既存技術と比較できる構造的特徴が存在することだけだった。

 探知装置はネオ・アトランティスの科学をもってしても未知の部分がある。だからこそ研究の進展を誇張せず、観察できる事実に基づいて調査範囲を広げていく必要があった。

 *

 アトラタテス砲、別名「轟連式対空魔光砲」に関する研究も、技術部門の重要な課題となった。

 遺跡から発見された兵器群には高速で飛翔する円筒形の物体だけでなく、複数の機器を組み合わせて運用するためと思われる装置も存在していた。

 その構造を分析する過程で、ネオ・アトランティスの技術者たちは、既存の砲塔技術をどこまで応用できるか検討した。

 アトラタテス砲は、高い連射能力を持ち、探知装置と連携して目標の位置や速度を把握しながら射撃を修正する対空兵器だった。

 しかし、ネオ・アトランティスは魔法も魔力も知らない。魔光弾や魔導機構がどのような原理で動くのかも理解していない。そのため、原型をそのまま複製することは不可能だった。

 対空兵装研究班は砲塔の構造、弾薬を連続供給する機構、砲身の向きを変える駆動部、照準を補正する制御装置など、既存技術と比較できる要素を分離して分析した。

 その結果、アトランティス文明の砲塔技術と組み合わせることで、一部の機能を再現できる見通しが立ち始めた。

 対空兵装研究責任者は資料を手に持ちながら報告を行う。

「砲弾を発射する仕組みについては、まだ理解できていません。連続射撃を成立させている原理も不明です。しかし、砲塔を駆動する機構、弾薬を供給する構造、目標へ照準を合わせる制御については、既存技術と比較できる部分が見つかりました」

 対空兵装研究責任者は資料のページを進めながら報告を続ける。

「アトランティス文明の砲塔設計を応用し、射撃方向の制御と連続給弾の機構を再構成することで、対空防御用の試製砲を製造できる見通しです。原型と同じ砲弾を使用するものではありませんが、既知のエネルギー技術と機械機構を利用し、一定の連射能力と照準修正能力を持たせられます」

 軍事部門責任者が挙手し、発見の許しを得てから確認を行う。

「発掘された砲塔そのものを再現したわけではないのだな?」

「はい。原型機構は未解明です。今回の試製砲は対空兵装から確認できる砲塔構造と、アトランティス文明の砲塔技術を組み合わせたものです」

 そのやりとりを聞いたガーゴイルは設計資料を確認し、対空兵装への方針を決定した。

「よろしい。原型と同じものが造れなくとも、我々の技術で再現できる部分があるなら利用すればよい。必要なのは、形だけを借りた兵器ではない。実際に機能し、我々の戦力を強化する装備だ」

「はっ」

「既存の対空兵器と比較し、どのような運用環境で効果を発揮するのかを確かめろ。探知装置との連携も、実現可能な範囲から検証するのだ」

 最初の連射試験では、試製砲は予定どおり砲弾を送り出した。だが、17発目で給弾機構が停止し、砲塔内部に弾薬が詰まった。

 停止直前の1発が砲身内で不完全燃焼を起こし、試験室の隔壁に警報が鳴り響いた。

 試験員たちは安全装置を作動させ、砲塔から距離を取った。煙が薄れた後、研究班は内部を開放し、変形した弾薬と給弾部の摩耗を確認した。

 原因は、対空兵装の給弾部に見られた曲線的な配置を参考にした結果、既存弾薬の寸法誤差が累積し、連射時の熱膨張によって送り込み抵抗が急増したことだった。

 研究班は構造の外形だけでなく、使用される弾薬の材質、温度、製造精度まで含めて再検討する必要に迫られた。

 対空兵装が持つ砲塔の物理的な構造、連射機構、照準を修正する仕組みについては、既存技術を応用するための手掛かりを得ていた。

 対空兵装の原型を解明できないまま、試製砲は実用化に向けた段階へ進みつつあった。

 *

 合同検討会が終わるころには、研究計画の全体像が明確になっていた。

 古代アトランティス文明の技術については、ネオ・アトランティスが蓄積してきた知識と、翻訳装置、解読班による資料解析を利用できる。

 既存の反重力エンジン、兵器、制御装置、人工衛星の研究成果は、新しい技術を比較評価するための基準となる。

 一方、未知文明の遺跡に関しては文字も動力の原理も理解できていない。魔法という概念すら知らない。

 しかし、発見された機械類の構造、材料、寸法、配置、外形、接続関係は観察できる。そこから用途を推定し、既存技術と比較することで、独自開発へ利用できる要素を取り出すことは可能だった。

 そして、その比較と応用を実際に行うのが、ネオ・アトランティス自身の科学力と技術者たちである。

 3つの技術体系を混同せず、それぞれを独立した柱として扱う。必要な段階で相互に照合し、確認できた要素だけを設計へ反映させる。

 それが、三位一体の研究開発体制だった。

 人工衛星と発射装置の図面は、しもべの星の研究に新たな視点を与えた。

 誘導弾の研究は、遺跡の機体から得られた構造情報と、以前から進めていた秘密研究を照合したことで、実用化に向けた見通しが立った。

 反重力機構の研究では、遺跡の装置そのものを再現できなくとも、既存のアトランティス製エンジンの制御系統を改善する成果が得られた。

 対空兵装についても、原型の魔導機構を解明できないまま、砲塔構造と連射機構の一部を再構成し、試製砲を作る段階まで進んでいた。

 いずれも、未知文明の全技術を理解した結果ではない。

 理解できない領域を残したまま、理解可能な要素だけを切り分けて利用した成果だった。

 技術部門責任者が最後の報告を行った。

「現段階で、未知文明の遺跡を完全に解明することは不可能です。文字体系は未解読で、動力の原理についても基礎的な理解すら得られていません。しかし、科学的な計測が可能な部分については、複数の技術分野で成果が現れています。アトランティス文明の技術と比較し、既存の研究成果を応用することで、独自開発へつなげられる可能性は高まっています」

 報告が終わると、会議室には短い沈黙が落ちた。

 成果は確かにあった。しかし、それは遺跡の全貌を明らかにしたという意味ではない。研究者たちは、その差を理解していた。

 その最後の報告を受けたガーゴイルは報告書を閉じ、報告に対する評価を口に出した。

「それでよい。未知の文明を一度に理解する必要はない。使える知識を得て、我々の力へ変える。それが研究の目的だ」

 彼は各部門の責任者を見渡した。

「研究は今後も、5つの責任系統に分けて続けろ。固有技術部門は、我々自身の科学力と製造能力を維持し、改良を進める。古代アトランティス文明研究部門は、既存の遺産と知識を基準技術として整理しろ」

 各々が報告した内容を思い出し思案させながらガーゴイルは全体の方針決定を行うべく話を続ける。

「未知遺跡研究部門は、遺跡の機構を独立した技術体系として調べろ。保全・記録部門は、確認された事実と推測を混同させるな。応用開発部門は、比較によって得られた成果を、我々が製造・運用できる技術へ変換しろ」

「はっ」

「合同検討会は、各部門の成果を照合し、適用できる根拠を明確にしろ。アトランティス文明の技術研究と、未知文明の遺跡研究を混同するな。貴重な遺物を、不用意に破壊することも許さん」

 その命令を受けた各研究責任者達は方針を決めるためとメモをとり、命令を果たさべく耳を傾ける。

「そして、両方の研究から得られた結果を、我々自身の技術へ反映させるのだ。古代文明の遺産を保管するだけでは意味がない。我々が理解し、製造し、運用できるものへ変えてこそ、初めて価値がある」

 その言葉は、ネオ・アトランティスの研究方針を明確に示していた。

 *

 転移から2週間半。島の遺跡を発見してからは、およそ11日半が経過していた。

 短い期間に、遺跡内部では大規模な調査と保全が進められ、搬出可能な資料や機材の移送も行われた。

 遺跡から発見されたブルーウォーターは厳重に管理され、関連する機器は記録と保全を経て研究施設へ運ばれている。基準資料として原形を保ったまま保存される機材もあれば、構造を理解するために分解された装置もあった。

 ただし、研究の成果は、未知文明の全容を明らかにするには程遠い。

 遺跡を残した文明の正式名称は分からず、文字も解読できていない。動力の原理も、魔法という概念も理解できていなかった。

 機構がどのような原理で動き、なぜその形状や構造が採用されたのか。説明できない部分は数多く残されている。

 それでも、得られた成果は小さくなかった。

 空中戦艦の反重力エンジンは、アトランティス技術との比較を通じて制御系統が改善され、さらなる性能向上へ向けた試験が進められている。

 誘導弾の研究は幹部陣営の秘密研究と遺跡の構造資料を照合することで実用化への見通しが立ち、空中戦艦、ガーフィッシュ、カルカロドンへの試作機搭載が準備されていた。

 対空兵装についても、原型の魔導機構を理解できないまま、既存の砲塔技術を組み合わせた試製砲が実用化へ向けて進められている。

 人工衛星と発射装置の図面は、しもべの星の研究を新たな段階へ導いていた。

 24基のしもべの星は、依然として地上で保管・調整されている。しかし、図面から得られた情報を利用し、姿勢制御、接続構造、打ち上げに関係する設計を再検討できるようになった。

 未知の技術をそのまま複製することはできない。それでも、既存の研究へ新しい視点を加えることはできた。

 ネオ・アトランティスは、古代文明の遺産をただ集めるだけの組織ではない。

 理解できないものを前にしても、すべてを諦めるわけではない。既存の技術を使い、観察できる事実を集め、比較し、再構成し、利用できるものを自らの力へ変えていく。

 それは、古代アトランティス文明の科学技術を受け継ぎ、世界征服を目指してきた組織の本質でもあった。

 ガーゴイルは報告書に記された各研究の進捗を確認したあと、静かに立ち上がった。

「続けろ。未知の技術があるのなら、調べる。利用できるものがあるのなら、利用する。理解できぬことを理由に、可能性を捨てる必要はない」

 彼は、遺跡から持ち帰られた図面へ視線を向けた。

「古代アトランティスの遺産だけに頼る必要もない。未知文明の遺産だけに頼る必要もない。我々自身の技術と、2つの古代文明が残した知識。そのすべてを組み合わせれば、これまで不可能だったものにも手が届くかもしれん」

 各研究責任者たちは一斉に頭を下げた。

 ネオ・アトランティスは、異世界へ転移したことで、これまで想定していなかった新たな研究対象を手に入れた。

 古代アトランティス文明の技術を基盤としながら、未知文明が残した科学的遺産を比較し、理解できる範囲から独自技術へ取り込む。

 その研究は、まだ始まったばかりだった。

 魔法も、遺跡の全貌も、正式な名称も分からない。 だが、ネオ・アトランティスが技術を少しずつ解き明かすための足場は、確実に築かれつつある。

 西暦1888年。来たるべき世界征服へ向けて準備を進めていたネオ・アトランティスは、知られざる異世界の海で、新たな技術体系と接触した。

 そして今、ネオ・アトランティスの科学力、古代アトランティス文明の科学技術、未知文明が残した遺産という3つの柱を組み合わせる研究計画が、明確に分類された責任体制の下で、静かに動き始めていたのである。

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