日本国召喚×ふしぎの海のナディア―ネオ・アトランティス異世界転移― 作:ネオ・アトランティス
異世界転移から半年。
ネオ・アトランティス大陸の中枢基地では、早朝から技術部門の職員たちが慌ただしく動き回っていた。未知の世界へ移された直後、既知の地図が役に立たず、周囲の海域に人間の集落も港湾施設も見つからなかった頃の混乱は、すでに過去のものとなりつつある。
しかし、未知の世界に適応することと、組織が抱える問題をすべて解決することは、決して同じではなかった。
周辺海域の測量、島嶼部の調査、資源の確認、輸送経路の再構築、既存施設の保全、そして新たな技術の研究。
半年という時間は、組織の基盤を立て直し、研究を前進させるには十分だった。だが、未知の世界の全容を解明するには、あまりにも短い。
その間も、技術部門は二つの重要な課題に取り組み続けていた。
一つは、バベルの塔第二号炉の完成である。第一号炉の運用記録を基に、制御系統、主要設備の配置、保守用区画、人造オリハルコンの加工・検査工程などを見直し、単なる複製ではない改良型として建設が進められていた。
バベルの塔第一号炉では、試射の際に人造オリハルコンへ亀裂が生じる事態が発生していた。幸いにも、試射直後に異常が判明したため、炉が自壊するような事故には至らなかった。
現在、第一号炉に使用されている人造オリハルコンの強度は、本来の規定値を大幅に上回っている。幾度もの試行錯誤によって得られた、確かな成果だった。
当然、その成果は第二号炉にも反映されている。理論上、同様の問題は発生せず、設計上の欠陥も存在しないと考えられていた。
もっとも、それを理由に楽観視する者はいなかった。第一号炉の実験で予期せぬ異常が発生した事実を踏まえ、どのような事態にも対応できるよう、必要な備えはすでに整えられていた。
もう一つは、しもべの星の打ち上げである。
異世界転移以前に運用されていたしもべの星は旧世界に存在しているため、異世界には存在しない。したがって、バベルの塔から放たれるレーザーを反射し、目標への照射を成立させるためには、新たに製造した二十四基を軌道上へ投入しなければならない。
地上で完成した衛星を保管しているだけでは、兵器としての機能を回復させることはできない。
衛星を打ち上げ、所定の軌道へ投入し、姿勢制御と反射機構を確認し、地上のバベルの塔との連携を実証する必要があった。
未知の遺跡から発見された図面は、その研究に新たな手掛かりを与えていた。衛星と思われる機体だけでなく、それを送り出す機体の構造や、複数の機器の配置を示す図まで残されていたからである。
ただし、図面に記された発射装置の動力源や推進原理は解明されておらず、そのまま複製できる段階には至っていなかった。
研究者たちは、既存の打ち上げ技術を土台に、図面から確認できた構造上の知見を取り入れながら、衛星の固定方法、打ち上げ時にかかる負荷、姿勢制御装置などを再検討してきた。
未知の技術を理解したと偽るのではなく、確認できた情報だけを実際の設計へ反映させる。その方針は、ガーゴイル自身が命じたものだった。
そして、今朝。
長期間にわたる準備と検査を経て、しもべの星の打ち上げ計画が最終段階を迎えようとしていた。
*
中枢基地の管制区画には、技術部門と軍事部門の責任者が集まっていた。壁面の計器には、発射設備の状態、衛星各部の検査結果、通信設備の稼働状況などが表示されている。
仮面を着けた幹部たちの視線は、中央の表示盤へ集中していた。誰もが声を潜め、表示される数値の一つひとつを追っている。発射を待つ設備の向こうには、半年間にわたる研究と建設の成果があった。
「最終確認を報告しろ」
ガーゴイルが静かに命じる。
その声を受け、技術部門責任者が一歩前へ出た。手元の資料を確認し、報告すべき項目を順に整理してから口を開く。
「しもべの星の製造工程、構造検査、反射面の確認、制御系統の検査は、すべて所定の項目を満たしています。打ち上げ設備についても、これまでの試験結果を踏まえた点検を完了しました。現時点で、発射を中止すべき異常は確認されておりません」
その発言を受けたガーゴイルは、資料から視線を移し、技術部門責任者を見据えた。報告の内容だけでなく、責任者の声の揺れや周囲の反応まで確かめるような視線だった。
「軌道投入後の確認項目は?」
「衛星の分離、姿勢制御、軌道上での安定、反射機構の展開、そして地上設備との連携です。いずれか一つでも正常に確認できなければ、その衛星を運用可能と判定することはできません」
責任者は淡々と答えたが、その言葉の重みは管制区画にいた全員が理解していた。地上で完成していることと、宇宙空間で機能することは別の問題である。打ち上げの瞬間から、衛星は地上の技術者が直接手を加えられない場所へ移るのだ。
ガーゴイルは資料へと目を移し、内容を確認しながら黙って報告を聞いていた。ページをめくる音だけが、張り詰めた室内に小さく響く。
技術部門の責任者は、衛星が完成していることと、実際に軌道上で機能することが別問題であると理解している。ガーゴイルが求めているのも、楽観的な見込みではなく、実運用に耐えうる証拠だった。
資料と報告の内容に食い違いや矛盾がないことを確認し、状況を分析したガーゴイルは、しもべの星打ち上げ計画の開始へ踏み出した。
「よろしい。打ち上げを開始しろ。記録は逐一残せ。予定どおりに動いた部分だけでなく、想定との差が生じた箇所も報告するのだ」
「はっ!」
命令を受けた担当者が持ち場へ戻り、管制区画の空気が引き締まった。先ほどまで資料を確認していた者たちも、すぐに各自の計器へ向き直る。
発射設備では、固定具や接続部の最終検査が進められていた。しもべの星は地上での組み立てと点検を終え、打ち上げに向けて準備されている。機体表面の反射面に傷や変形はなく、制御装置も検査時の状態を維持していた。
発射担当者が最終確認を読み上げ、各設備の責任者が順番に応答する。報告が一つ届くたび、担当者は記録板へ数値を書き込み、別の担当者がその内容を照合していく。管制区画では、機器の状態が一つ確認されるたびに、緊張が高まっていった。
「発射準備、完了」
「制御系統、正常」
「分離機構、待機状態」
「各計測装置、記録開始」
すべての報告が揃った。軍事部門責任者を含む幹部陣は、固唾を呑んで計器を見据えている。
技術部門責任者は、計器の内容が計算値とずれていないことを確認し、意思決定者であるガーゴイルへ視線を向けた。
打ち上げ計画を開始する許可を求めているのだ。その意図を察したガーゴイルは頷き、計画の始動を宣言した。
「発射を開始しろ」
ガーゴイルの命令とともに、打ち上げ設備が作動した。
低く重い振動が施設内へ伝わる。床面がかすかに震え、壁面の計器が微細に揺れた。発射設備から放たれた機体は上昇を開始し、次第に地上から離れていく。管制区画の表示盤には、機体の状態を示す計測結果が次々と現れた。
「上昇を確認!」
「誘導系統、正常に作動しています!」
「機体の姿勢、許容範囲内!」
担当者たちは計測値を確認しながら、報告を続けた。事前の試験で確認されていた範囲から、大きく逸脱する値は現れていない。
やがて機体は所定の段階へ進み、しもべの星が発射装置から分離した。分離の瞬間を示す表示が切り替わり、複数の計器が同時に新たな数値を示す。
一瞬、管制区画が静まり返った。
担当者たちの視線は、分離後の機体を示す表示へ注がれていた。誰もが次の報告を待ち、呼吸さえ抑えているようだった。
「分離、成功!」
「衛星本体の応答を確認!」
「姿勢制御、作動しています!」
緊張していた技術者の一人が、思わず息を吐いた。集まっている幹部たちもまた、仮面の下で安堵の表情を浮かべる。
未知の技術である人工衛星の打ち上げが、わずか半年で実現可能な段階にまで到達しているのか。本当に成功するのか。集まった誰もが、そんな不安を抱いていたのだ。
ゆえに、今回の成功は並々ならぬ達成感をもたらした。しもべの星はバベルの塔が放つ光を反射する役目を持っている。軌道へ送り出せなければ、その存在に意味はない。
仮面の下で薄く笑みを浮かべていたガーゴイルは、浮かれ始めた部下たちにわずかな呆れを覚え、指を鳴らした。
乾いた音が管制区画に響いた。歓声こそ上がらなかったものの、張り詰めていた空気が一瞬だけ緩んでいたのだ。ガーゴイルは、その緩みを見逃さなかった。
指を鳴らす音を聞いた部下たちは姿勢を正した。その様子を確認したガーゴイルは、場を引き締めるために口を開く。
「続けろ。ここで作業を終えたつもりになるな」
「浮かれてしまい、申し訳ありません」
衛星の分離は、第一段階にすぎない。軌道投入が成立し、衛星が安定して動作しなければ、打ち上げ計画は成功したことにならないからだ。
担当者たちは再び計器へ向き直り、分離後の衛星から送られてくる情報を追い始めた。先ほどまでの安堵は消え、今度は軌道投入という次の関門へ意識が集中していく。
計測結果が積み重なり、衛星の姿勢と軌道が予定された範囲に収まっていることが確認された。通信による状態確認も続けられ、反射面を展開するための制御機構も正常に動作している。
「軌道投入を確認しました!」
報告が響いた瞬間、管制区画に集まっていた技術者たちの間に、抑えきれない安堵が広がった。何人かは互いに視線を交わし、短く頷き合う。
ガーゴイルは表示盤へ視線を向けたまま、短く尋ねた。
「反射面は?」
「展開を確認。姿勢制御も継続しています。地上からの照射試験に向けた連携確認を開始できます」
「よろしい。記録を保存し、次の工程へ移れ」
衛星が一基、軌道へ投入された。
しかし、それは一基だけの問題ではなかった。計画に従って打ち上げられた二十四基すべてについて、投入、姿勢制御、展開、通信の確認が進められ、最終的に各衛星が所定の軌道上で機能していることが確認されたのである。
古代アトランティス文明が以前の世界で運用していた衛星そのものは、完全に失われた。しかし、ネオ・アトランティスが自ら製造した新造機によって、異世界の軌道上に新たな反射衛星網を構築することはできた。
打ち上げ成功の報告を聞いた軍事部門の責任者は、表示盤を見つめたまま口を開いた。表示盤には、二十四基の衛星がそれぞれの軌道を維持している様子が示されている。
「これで、バベルの塔を運用するための条件が一つ整いましたな」
「一つ、か」
ガーゴイルは、その言葉を繰り返した。声には喜びよりも、次に確認すべき課題を見据える冷静さがあった。
「衛星が軌道に存在することと、兵器としての照射が成立することは別だ。反射機構が展開したという報告だけで満足するな。地上からの照射、反射面での方向調整、目標への到達までを確認して、初めて実運用の根拠が得られるのだ」
技術部門責任者は、その発言を受けて姿勢を正し、深々と頭を下げた。
その場に集まった幹部たちは表示盤からガーゴイルへ視線を移した。その言葉に反論の余地はなかった。
衛星網は完成したが、それは兵器体系の一部が整ったにすぎない。
しもべの星の打ち上げは成功した。しかし、反射衛星網とバベルの塔を組み合わせた兵器体系が、実際にどの程度の精度と安定性を持つのかについては、まだ実地試験が残されている。
ガーゴイルは、その事実を十分に理解していた。
*
同日、ネオ・アトランティス大陸の建設区域では、もう一つの重要な報告が行われていた。
バベルの塔第二号炉が、実用段階へ到達したのである。
第一号炉の構造と過去の運用記録を研究し、制御系統、設備配置、保守性、人造オリハルコンの加工方法などを改良した第二号炉は、半年に及ぶ工事と試験を経て、ついに完成していた。
建設責任者から提出された最終報告には、主要設備の据え付け、制御系統の点検、動力設備の確認、発射関連機構の検査、保守区画の整備など、完了した作業が記録されていた。
ガーゴイルは報告書を読み進め、最後のページを閉じた。紙面に並んだ項目は、いずれも完了を示している。だが、彼はそれだけで完成を認めるつもりはなかった。
「第一号炉と同じ問題を残してはいないだろうな?」
「第一号炉の運用記録と、過去の試験で確認された問題点は、可能な限り設計へ反映しています。主要な制御機構は見直され、人造オリハルコンについても、加工工程と検査項目を改めました。現時点で、完成を妨げる異常は確認されておりません」
建設責任者は即座に答えた。第一号炉の試射で何が起きたのかを、彼もまた忘れてはいない。完成報告を提出した今も、実際の照射を終えるまでは、第二号炉が安全だとは断言できなかった。
ガーゴイルは、建設責任者の返答を聞いて頷いた。
「それでよい。第一号炉の経験を無駄にするな。試射では出力の制御、衛星との連携、照射の安定性、発射後の状態確認まで、すべてを記録するのだ」
「承知しました」
第二号炉は、第一号炉を単純に複製したものではない。第一号炉の運用で明らかになった弱点を修正し、保守性を高め、長期的な運用を目指した改良型として建設されたものである。
しかし、設計が改良され、工事が完了したからといって、すべての問題が解消されたと判断することはできない。
特に人造オリハルコンの耐久性については、実際に発射機構を作動させた後、損傷がないかを確かめる必要があった。
第一号炉では、発射後に人造オリハルコンへ亀裂が生じ、最悪の場合、自壊による崩壊を引き起こす可能性があった。第二号炉の改良では、その問題を軽視することなく、制御と検査の仕組みが見直されていた。
だからこそ、今回の試射は単に兵器の破壊力を示すためのものではなかった。
完成した第二号炉が、しもべの星を介した照射を制御できるか。そして、発射後も主要設備が正常な状態を保てるか。その二つを確かめることが、今回の試験の重要な目的だった。
*
試射の目標には、これまでの測量で利用価値を見いだせなかった島が選ばれた。
その島は、異世界転移後の近海偵察で発見された島嶼の一つだ。周辺海域の測量、地形の確認、海岸線の調査、資源の有無、港湾としての利用可能性など、必要な範囲の調査が行われたものの、軍事拠点や物流拠点として利用するだけの利点は確認されなかった。
古代遺跡もなく、重要な施設も存在しない。人間の集落や港湾施設も発見されておらず、測量結果からも、特別な価値を持つ土地とは判断されなかった。
そのため、試射の目標として選定することに支障はないと判断されたのである。
ただし、島に価値がないと判断されたことと、調査を怠ってよいことは別だった。試射の実施に先立ち、周辺海域の再確認が行われ、目標区域に船舶が存在しないこと、島に人間の居住を示す痕跡が見当たらないことが、改めて確認された。
中枢基地の指揮区画では、試射計画の最終確認が進められていた。表示盤には目標島の地形図と周辺海域の監視情報が並び、担当者たちは更新される情報を一つずつ確認している。
「目標島の測量結果は?」
「地形、海岸線、周辺海域の測量結果に異常はありません。過去の調査でも、利用価値のある資源、港湾施設、居住地などは確認されていません。今回の試射についても、設定された目標区域に関係する問題は認められません」
「しもべの星との連携は?」
「軌道上の二十四基は、それぞれ正常な状態を維持しています。衛星の姿勢制御、反射面の展開、地上からの照射に対する応答についても、確認項目を満たしています」
ガーゴイルは、表示盤に映し出された目標島の地形図を見つめていた。島の輪郭と照射予定区域が重ねて表示され、周囲には安全確認のための情報が並んでいる。
「出力は?」
「第一号炉の運用記録を踏まえ、初回試射に適した低出力の設定とします。照射時間も制限し、目標への到達、反射衛星網との連携、発射後の設備状態を確認します」
「最大出力での試験は、まだ行わないということだな」
「はい。今回の目的は、第二号炉の基本的な照射機能と制御の安定性を確認することです。最大出力での運用能力や連続射撃については、別途検証が必要です」
「うむ、まずは設計どおりに機能することを証明する事が重要だ。威力を誇示するために、確認すべき項目を飛ばす必要はない」
ガーゴイルの言葉に、技術部門責任者は深く頭を下げた。周囲の担当者たちも、改めて記録項目を確認する。
試射の目的は破壊そのものではなく、兵器体系が設計どおりに連携することを証明することだった。
試射の準備が進められるにつれて、管制区画に集まる人々の緊張も高まっていった。
彼らが扱おうとしているのは、通常の砲撃兵器ではない。バベルの塔から放たれたレーザーを軌道上の反射衛星で方向転換させ、離れた場所へ照射するという、複数の設備を連携させる戦略兵器である。
塔の設備が正常でも、衛星側の姿勢制御に問題があれば、照射は成立しない。衛星が正常でも、地上側の制御に不具合があれば、狙った場所へ正確に光線を導くことはできない。
さらに、照射を終えた後も、人造オリハルコンや関連機構に損傷が生じていないかを調べなければならなかった。
ガーゴイルは、それらの条件が満たされるまで、試射を成功と認めるつもりはなかった。
*
試射当日。
第二号炉の管制区画には、技術部門、軍事部門、反射衛星の運用担当者が集まっていた。発射に関係する設備はすでに点検を終え、各担当者は最後の確認を続けている。
室内には複数の表示盤が並び、第二号炉の内部状態、衛星の軌道、目標島の映像がそれぞれ表示されていた。担当者たちは互いの報告を聞きながら、異なる設備が同じ時刻に正しく動作するかを確認している。
衛星開発運用担当者が資料を片手に持ちながら報告した。
「しもべの星、全二十四基の状態は正常。今回の照射に必要な反射経路を確認しました」
「目標までの経路に障害はないか?」
「現時点で、照射を妨げる要因は確認されていません。目標島の位置と反射面の向きも、設定された条件を満たしています」
続いて、バベルの塔第二号炉の技術責任者が報告する。
「第二号炉の制御系統は正常です。発射出力は指定値に設定済み。人造オリハルコンの状態にも異常はありません。照射後は、直ちに主要設備の検査へ移行します」
ガーゴイルは、二つの報告を聞いてから、ゆっくりと立ち上がった。椅子がわずかに後方へ引かれ、室内にいた者たちの視線が一斉に集まる。
「これより、バベルの塔第二号炉の試射を実施する。発射指令は私が出す。それまでは、各担当者は持ち場を維持しろ」
室内にいた者たちは、一斉に姿勢を正した。
「はっ!」
制御設備の準備が整い、発射に必要な各項目の確認が進められる。第二号炉の内部では、照射に向けた制御機構が作動を始めていた。
バベルの塔第一号炉の試射記録は、今回の準備において重要な比較資料となっている。過去の発射で生じた問題を見落とさないため、制御系統の応答、発射時の状態、人造オリハルコンの出力、照射終了後の変化など、各項目について記録方法が統一されていた。
担当者たちは、過去の記録と現在の数値を並べて確認していく。わずかな差異であっても、記録から外すことは許されない。第二号炉が改良型であるからこそ、第一号炉との違いを正確に把握する必要があった。
「発射準備、完了」
報告を受けたガーゴイルは、表示盤に映し出された目標島の位置を確認した。照射経路を示す表示は、地上設備から衛星を経由し、目標区域へ至る線を描いている。
「照射開始」
指令が下された。
第二号炉の制御機構が作動し、発射設備から光が放たれる。照射されたレーザーは、軌道上に配置されたしもべの星へ向かって進んでいった。
管制区画の表示盤では、衛星側から返される計測結果と、地上設備の状態が同時に表示される。複数の数値が一斉に変化し、担当者たちはそれぞれの担当範囲を見失わないよう、声を張って報告を続けた。
「衛星側の反応を確認!」
「反射面の制御、正常!」
「照射経路、維持されています!」
担当者たちは、計測値を読み上げながら照射の進行を確認した。
レーザーはしもべの星によって方向を変えられ、目標島へ向けて照射された。
次の瞬間、島の中央部に閃光が生じた。
白い光が目標区域を覆い、周囲の海面まで照らし出す。島の表面には強烈な光が集中し、地形を構成していた岩盤や土砂が破壊され、激しい噴煙と水蒸気が立ち上った。
管制区画の担当者たちは、目標島の映像と計測結果を交互に見つめていた。映像の中で地形が崩れ、噴煙が広がっていく一方、計器には照射経路と出力の推移が刻まれている。
「目標区域への照射を確認!」
「しもべの星との連携、正常に作動しています!」
「照射終了。出力を停止しました!」
ガーゴイルは、報告が続く間も黙っていた。照射が終わった後も、彼の視線は目標島の映像ではなく、第二号炉と衛星の状態を示す表示盤へ向けられている。
彼が確認したいのは、島に損害が生じたかどうかだけではない。照射が目標へ到達したこと、衛星側の反射機構が正常に作動したこと、第二号炉の制御系統が命令どおりに動いたこと、そして発射を終えた後も設備が正常な状態を保っていること。そのすべてが必要だった。
照射が終了した後、衛星運用担当者が報告を続ける。
「しもべの星、全基とも正常な状態を維持しています。反射機構にも、現時点で異常は確認されていません」
「第二号炉の状態は?」
技術責任者は表示盤を確認してから答えた。照射終了直後の数値だけで判断せず、複数の計測結果を照合している。
「出力制御は正常に終了しました。制御系統にも重大な異常は認められません。人造オリハルコンの状態は、これから詳細な検査を実施します」
「よろしい。発射を成功と断定するのは、検査結果を確認してからだ。各部門は直ちに必要な点検を始めろ」
「はっ!」
その命令を受け、技術者たちは発射後の検査へ移行した。照射の余韻が残る中、担当者たちは設備の各区画へ散り、記録装置の確認と現場検査を開始する。
*
しばらくして、目標島の観測結果がまとまり始めた。
島の中央部には大規模な破壊が生じており、照射された区域は原形をとどめていなかった。周囲の海面には、発射時に生じた衝撃と熱による変化が確認され、上空に立ち上った噴煙は、時間の経過とともに少しずつ薄れていく。
観測担当者は、島の照射前後の画像を比較しながら、破壊の範囲と地形の変化を確認していた。目標区域への照射が成立したことは、疑いようがなかった。
「目標への照射は成立しています。照射された区域には、広範囲の地形変化が認められます」
軍事部門責任者は、その報告を受けて目標島の映像を見つめた。映像に映る島は、試射前の地形とは大きく異なっている。低出力に抑えられていたとはいえ、その結果は十分すぎるほど明確だった。
「低出力で、これほどの破壊が起きるのか……」
声には、抑えきれない驚きが滲んでいた。
バベルの塔第一号炉の威力は、すでに彼らも理解していた。しかし、今回の試射は、単なる高威力兵器の発射とは異なる意味を持っていた。
以前の世界で運用されていた古代製の衛星が利用できない状況から、新造したしもべの星二十四基を軌道へ投入し、バベルの塔第二号炉からの照射を目標へ到達させたのである。
技術部門責任者は興奮を抑えるように一息ついてから報告を続けた。周囲の技術者たちも、目標島の映像からバベルの塔第二号炉の計器へ視線を戻している。
「衛星との連携、照射経路の制御、第二号炉の出力制御は、いずれも計画どおりの結果を示しています。設備の詳細な検査は継続しますが、初回試射の段階で重大な異常は確認されていません」
ガーゴイルは、目標島の映像から視線を外した。
「第一号炉で得られた経験は、無駄ではなかったようだな」
「はい。設計の見直しと、製造工程の改善が成果を上げたと考えられます」
「まだ結論を急ぐな。人造オリハルコンの検査結果を確認し、発射後の状態がどの程度維持されているかを調べろ。衛星についても、今後の運用に影響する変化がないかを継続して観測するのだ」
「承知しました」
ガーゴイルの口調は、試射が成功した直後であっても変わらなかった。周囲に広がりかけた達成感を抑えるように、彼は次の確認事項を明確に示していく。
目標島を破壊することには成功した。しかし、一度の発射が正常に終わったからといって、第二号炉が長期間にわたって安定して使用できると保証されたわけではない。
繰り返し使用した場合にどうなるか、最大出力ではどのような問題が生じるか、衛星の反射面が長期運用に耐えられるかについては、これからも検証が必要だった。
やがて、人造オリハルコンの検査結果が届く。検査担当者は複数の計測結果をまとめ、技術責任者へ報告した後、正式な記録をガーゴイルのもとへ提出した。
「人造オリハルコンに、第一号炉の初回発射後に確認されたものと同様の重大な亀裂は認められません。制御関連部品にも、現時点で交換を要する損傷は確認されておりません」
報告を聞いた技術責任者は、ようやく表情を緩めた。長時間にわたって張り詰めていた肩から、わずかに力が抜ける。
「第二号炉は、発射後の検査項目も満たしました」
ガーゴイルはしばらく沈黙していたが、やがて満足そうに頷いた。彼は報告書を受け取り、記載された数値を最後まで確認してから閉じる。
「よろしい。今回の試射によって、第二号炉としもべの星を組み合わせた照射が、実際に成立することを確認できた。これまでの研究成果が、実用的な能力へ結びついたということだ」
彼は報告書を閉じ、集まった幹部たちを見回した。誰もが次の命令を待っている。成功の余韻に浸る時間は、すでに終わっていた。
「だが、これをもって研究を終えるつもりはない。今回得られた記録をすべて分析し、照射の精度、出力制御、設備の耐久性をさらに検証しろ。完成した兵器を一度使用できるだけでは不十分だ。必要なときに確実に使用でき、使用後も必要な状態を維持できること。それが、我々の求める能力なのだ」
「はっ!」
幹部たちの返答が、管制区画に響き渡った。
*
試射を終えた後も、ネオ・アトランティスの研究部門は作業を続けていた。
第二号炉では、発射後の設備点検と記録の整理が進められ、人造オリハルコン、制御系統、反射衛星との連携に関する結果が、それぞれの担当部門へ送られていく。
しもべの星の運用担当者も、全二十四基の衛星について、姿勢制御、反射面、通信状態などの確認を継続していた。
試射を終えたからといって、衛星の監視が終わるわけではない。照射による反射面の変化や、姿勢制御装置への負荷が時間の経過後に現れる可能性もある。担当者たちは、打ち上げ直後から蓄積された記録を照合し、異常の兆候がないかを調べ続けた。
今回の試射によって、新造したしもべの星を軌道へ投入し、バベルの塔第二号炉からの照射を目標へ到達させるという一連の工程が、実際に成立することが示された。
それは、異世界転移直後には失われていた戦略兵器の運用能力を、新たな技術基盤によって再構築できたことを意味していた。
しかし、未知の世界の全容が明らかになったわけではない。遺跡を残した文明の正式名称も、文字の意味も、魔法の原理も、依然として解明されていなかった。
発見された図面から得られた知見は既存技術の改良に役立ったものの、未知の文明が保有していた技術全体を理解するには、まだ程遠い。
ガーゴイルは、その事実を忘れてはいなかった。
彼が目指しているのは、未知の技術に驚嘆し、ただその力に頼ることではない。利用できる知識を手に入れ、自らの力へ変え、組織の目的を達成するために使いこなすことだった。
バベルの塔第二号炉の完成と、しもべの星二十四基の打ち上げ成功。そして、測量の結果として利用価値を見いだせなかった島を対象とする試射の成功。
半年に及ぶ研究と建設は、確かな成果を生み出した。
ネオ・アトランティスは、未知の世界へ移されたことで失ったものを、ただ元に戻そうとしていたのではない。
失われた衛星網を新たに構築し、第一号炉の問題点を反映した第二号炉を完成させ、実地試験によって兵器体系の一部を再び機能させたのである。
もっとも、それは世界征服へ至る道のりの一段階にすぎなかった。
ガーゴイルは、試射の最終報告書を机上に置いた。報告書の表紙には、試射の結果と今後の検証項目が簡潔に記されている。
「続けろ。今回の成果を次の研究へ反映させるのだ」
命令を受けた技術部門責任者は、深く一礼する。
「承知しました」
中枢基地の外では、未知の海と大陸が静かに広がっていた。ネオ・アトランティスが発見した遺跡も、そこに残された古代の技術も、その全貌を明かしてはいない。
それでも、組織は一歩ずつ前進していた。
転移から半年。ネオ・アトランティスは、しもべの星を軌道へ送り出し、バベルの塔第二号炉の試射を成功させた。
未知の世界における新たな技術的基盤が、確実に形を成し始めていた。