日本国召喚×ふしぎの海のナディア―ネオ・アトランティス異世界転移― 作:ネオ・アトランティス
異世界転移から半年。
ネオ・アトランティス大陸の中枢基地は、かつてないほどの活気に包まれていた。
研究施設では技術者たちが新たな装置の調整に追われ、工場では軍事物資や各種機材の生産が進められている。基地内を行き交う構成員たちの足取りにも、転移直後に見られた混乱の面影は薄れつつあった。
しかし、彼らを取り巻く状況が好転したわけではない。
ネオ・アトランティスは異世界への転移によって、それまで活動の基盤としてきた世界から突如として切り離された。既知の地理、国家間の勢力関係、経済圏、交易網……そのいずれもが、新たな世界では従来どおりに機能する保証を失っていた。
周囲に広がる海は見覚えのないものであり、旧世界の地図も、この世界の全貌を把握するためには役立たなかった。これまで当然のように利用していた資源の供給経路や、外部とのつながりも失われている。
それでも、ネオ・アトランティスは崩壊しなかった。
軍事拠点は維持され、研究施設は稼働を続け、各工場では必要な資材や装備の生産が進められた。表向きの企業群も、それぞれの事業活動を通じて組織の基盤を支えていた。
並行して、周辺海域の測量、島嶼部の調査、資源の確認、輸送経路の再構築が進められてきた。未知の環境に適応するための情報を集め、限られた物資を管理し、必要な技術基盤を再建する。
転移後の半年間、ネオ・アトランティスはその作業を着実に積み重ねてきたのである──そして今、再建作業は重要な節目を迎えていた。
バベルの塔第二号炉の完成。そして、二十四基のしもべの星の再配備である。
バベルの塔第一号炉の運用記録から得られた知見は、第二号炉の設計と建造に反映されていた。過去に生じた問題を踏まえ、構造や制御系統の検証が重ねられ、人造オリハルコンについても加工工程や検査方法の見直しが進められた。
バベルの塔第一号炉で発生した亀裂は、再建に携わる技術者たちにとって、決して軽視できない教訓だった。
設計を改良したからといって、あらゆる危険が取り除かれたわけではない。実際の作動時に生じる負荷、照射後の構造材の状態、連続使用における耐久性など、今後も検証を続けるべき課題は残されていた。
それでも、必要な検査を重ねたうえでバベルの塔第二号炉の完成にこぎ着けたことは、組織にとって大きな前進だった。
一方、しもべの星の再建もまた、容易な仕事ではなかった。
異世界へ転移したネオ・アトランティスの周辺には、旧世界で利用していたしもべの星が存在していなかった。
地上の設備だけでなく、軌道上の機構も一から整え直さなければならない。
組織は新たに製造した二十四基を軌道へ投入し、姿勢制御や反射機構、地上設備との連携を確認しながら、運用体制の再構築を進めてきた。
そして、ついに成果が実証された。
バベルの塔第二号炉から発射したレーザーをしもべの星で反射させ、目標島への照射に成功したのである。
地上の発射施設と軌道上の反射しもべの星を連携させる戦略兵器体系が、この異世界でも機能することを示す結果だった。
それは、単に一基の炉を完成させたというだけではない。転移によって失われた戦略的な能力の一部をネオ・アトランティスが自らの技術力によって取り戻したことを意味していた。
その成果を受け、中枢基地に隣接する大集会場では、組織の主要部門を集めた記念式典が催されようとしていた。
*
大集会場には研究者、技術者、軍事部門の幹部、各施設の責任者、一般兵士など、数多くの構成員が集まっていた。
広大な会場には整然と列が形成され、そこに並ぶ者たちは一様に仮面を着けていた。一般構成員の仮面とは異なり、幹部級の仮面には額に第三の眼が刻まれている。
それは組織の象徴であり、ネオ・アトランティスの一員であることを示すものだった。
壇上の正面には組織の象徴が掲げられ、その奥にはネオ皇帝が座していた。機械の肉体を与えられ、ガーゴイルによって擁立された皇帝は、組織の頂点に置かれた存在である。
その傍らには、赤い服を身にまとったガーゴイルが立っていた。ネオ・アトランティスを実質的に指揮する彼は、仮面の奥から会場全体を静かに見渡していた。
研究者たちは、再建の成果が組織の次の方針にどう結びつくのかを見極めようとしていた。軍事部門の者たちは、戦力の再整備が今後の作戦にどのような意味を持つのかを考えている。
そして、バベルの塔第二号炉やしもべの星の再建に携わった者たちにとってこの式典は、自らの仕事が組織の中でどのように評価されるのかを見届ける場でもあった。
やがて、ガーゴイルが演台の前へ進み出た。
彼はすぐには話し始めず、しばらくの間、会場を見渡していた。構成員たちの視線が壇上へ集まり、ざわめきが消えていく。
やがて、静寂が会場を満たした。
「同志諸君。ついに、記念すべき日が訪れた」
よく通る声が、広大な集会場に響いた。
「バベルの塔第二号炉の完成、そして二十四基のしもべの星の再配備である。これにより、我らネオ・アトランティスの技術基盤は、より強固なものとなった」
壇上を見上げる構成員たちの間に、静かな緊張が走った。
バベルの塔第二号炉の完成までには、数多くの困難があった。バベルの塔第一号炉の運用記録を分析し、設計を見直し、構造上の問題を検証する。しもべの星についても軌道上での運用と地上設備との連携を再構築しなければならなかった。
その積み重ねを知る者たちにとって、ガーゴイルの言葉は単なる式典の挨拶ではなかった。半年間にわたる努力が、一つの成果として結実したことを告げる言葉だったのである。
ガーゴイルは感慨にふける様子もなく、話を続けた。
「異世界への転移という未曾有の事態に直面しながらも我らは決して屈することなく、研究と再建を続けてきた。そして今日、再び神の光を生み出す力を手にしたのである」
その言葉に、会場の空気がわずかに熱を帯びた。
転移によって失われたものは少なくない。従来の地理的条件も、外部とのつながりも、既知の世界に関する情報も、以前と同じようには利用できなくなった。それでもネオ・アトランティスは立ち止まらず、自らの力で基盤を立て直してきた。
バベルの塔第二号炉の完成としもべの星の再配備は、その事実を示す象徴だった。
だが、ガーゴイルが伝えようとしているのは過去半年間の成果を称えることだけではなかった。
彼は一呼吸置くと、仮面の奥から構成員たちを見据えた。
「だが、これは始まりにすぎん」
その一言によって、会場の熱気が再び引き締まった。
「これより我らネオ・アトランティスはこの異世界の調査に着手する。どのような文明が栄え、いかなる国家が存在するのか、あらゆる情報を収集し、その実態を明らかにするのだ」
壇上のガーゴイルは言葉を区切りながら、明確に命令を下していった。
未知の世界にはどのような国家が存在するのか。彼らはどの程度の軍事力を保有し、どのような技術を発展させているのか。ネオ・アトランティスが今後の方針を定めるには、まず相手を知る必要があった。
そのためには目に見えるものだけで判断するわけにはいかない。地形や資源、国家の規模、軍事力、技術体系、さらには文明の歴史に至るまで、可能な限り幅広い情報を集めなければならないのである。
ガーゴイルの声は、そこでわずかに低くなった。
「己の力を過信することなく、相手の実力を正確に見極めるのだ」
その言葉には、浮ついた楽観を戒める響きがあった。
ネオ・アトランティスは強大な科学力と軍事力を有している。だが、それをもって未知の世界のすべてを理解したことにはならない。
自らの力を基準に相手を測れば思わぬ見落としを招く可能性がある。技術の優劣は外見だけでは決められないのだ。
相手の兵器が自分たちの知るものと異なっていたとしてもそれだけで劣っているとは限らない。未知の技術体系が存在するならばその原理や運用方法を把握するまでは慎重な判断が必要だった。
ガーゴイルはそのことを構成員たちに理解させるかのように、さらに言葉を重ねた。
「世界を知らずして、世界を支配することはできん」
短い沈黙が訪れた。
その言葉は会場に集まった者たちの耳に強く残った。
ネオ・アトランティスの目的はただ生き延びることでも失われた設備を元どおりにすることでもない。再建は必要な過程にすぎず、その先には世界を支配するというガーゴイルの野望がある。
未知の世界を調査するという命令もその大目的から切り離されたものではなかった。
彼は最後に、演台の前で背筋を伸ばした。
「同志諸君。バベルの塔第二号炉の完成を新たな出発点とし、我らの叡智と科学力をもって、この未知なる世界の全貌を明らかにするのだ!」
演説が終わった瞬間、会場に集まっていた構成員たちは一斉に拳を掲げた。
ネオ・アトラン! ネオ・アトラン! ネオ・アトラン! ネオ・アトラン!
幾重にも重なった唱和が、広大な集会場に響き渡った。
技術者たちにとってバベルの塔第二号炉の完成は研究と試行錯誤の積み重ねが形になった証しだった。しもべの星の再配備に携わった者たちにとっても、軌道上の設備と地上施設を再び連携させられるようになったことは大きな成果である。
軍事部門にとっては戦略兵器体系の一部が再び運用可能になったことを意味していた。一般兵士たちにとっても、組織が転移による混乱を乗り越え、未知の世界で前進を続けているという事実は、誇りを抱くに足るものだった。
彼らはそれぞれの立場からこの半年間の成果を受け止めていた。
しかし、ガーゴイルは熱狂に身を任せることなく静かに構成員たちを見渡していた。
彼にとって、バベルの塔第二号炉の完成も二十四基のしもべの星の再配備も最終目的を実現するための通過点にすぎない。世界を征服するという野望は異世界へ転移した程度で消え去るものではなかった。
むしろ、未知の文明が存在する世界を前にし、その野望を実現するために必要な情報が新たに生まれたのである。
どのような国家が存在するのか。各国はどの程度の科学技術を保有しているのか。
転移後の調査では既存のアトランティス科学とは異なる技術体系の可能性を示す発見も報告されていた。人工しもべの星や打ち上げ機を連想させる図面、反重力機構を思わせる設備。
研究者たちの関心を引くものは少なくなかったがそれらが何を意味するのか、確かな結論を出せる段階には至っていなかった。
類似していることと、同じ原理で成立していることは別である。遺跡を残した文明の名称さえ明らかになっておらず、そこに記された文字や技術の仕組みについても、未解明の部分が多く残されていた。
だからこそ、ガーゴイルは情報収集と分析を重視していた。
自らの科学力に自信を持つことと、未知の相手を正確に理解することは、決して矛盾しない。相手の能力を過小評価すれば、予想外の事態を招きかねない。
反対に相手の技術や文明を正しく把握できれば、それを自らの目的に利用する道も見えてくる。
強大な力を持っているという自負だけでは、未知の世界を支配することはできない。
『世界を知らずして、世界を支配することはできん』
その言葉は壇上から発せられた演説の一節であると同時に、これからのネオ・アトランティスが進むべき方向を示していた。
やがて、会場に響いていた唱和が少しずつ収まっていった。ガーゴイルはネオ皇帝の傍らに立ち、最後まで構成員たちを見渡していた。
異世界転移から半年。ネオ・アトランティスは、失われた基盤を再建する段階から、未知の世界を本格的に調査する段階へと進もうとしていた。
*
ネオ・アトランティス大陸の中枢基地で式典が行われていた頃、その大陸から遠く離れた海域では複数の艦艇からなる試験艦隊が航海を続けていた。
周囲に陸地の姿はなく、水平線の彼方まで海が広がっている。風に押された波が海面を流れ、空には雲がゆっくりと移動していた。試験艦隊は互いの距離を保ちながら、定められた航路に沿って進んでいた。
各艦では航海状況の確認と計測結果の記録が続けられていた。異世界へ転移してから半年が経過したとはいえ、ネオ・アトランティスが把握している海域は限られている。
旧世界の地図をそのまま利用できない以上、実際に航行し、測量し、得られた情報を蓄積していく必要があった。
今回の航海もそのための活動の一環だった。
未知の海域を進みながら航行環境や装備の状態を確認する。得られた結果を分析し、今後の海洋活動に活用する。試験艦隊の航行は単なる移動ではなく、新たな世界を知るための調査でもあった。
ただし、この艦隊は単独で行動しているわけではなかった。
上空には空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』が展開していた。
古代アトランティス文明の反重力技術を利用した巨大な空中戦艦。その船体は通常の艦艇とは異なる仕組みによって空中に留まり、試験艦隊の航行を見守っていた。第二号機『デウス・エクス・マキナ』はネオ・アトランティスにとって重要な戦力であり、今回の航海でも護衛任務を担っていた。
その任務は試験艦隊を上空から守ることだけではない。未知の海域で周辺の状況を監視し、予期しない事態が発生した際に備えることも、護衛戦力としての役割だった。
もっとも、第二号機『デウス・エクス・マキナ』の存在を海上から容易に知られるわけにはいかなかった。
第二号機『デウス・エクス・マキナ』は試験艦隊上空を飛行していた。未知遺跡から手に入れた技術をリバースエンジニアリングした結果、空中戦艦の性能は格段に上がったのだ。
第二号機『デウス・エクス・マキナ』艦内では周辺の監視が続けられ、試験艦隊の動向と周囲の変化が確認されていた。
海中にも、別の護衛戦力が展開していた。
ガーフィッシュⅡ型二十隻である。
ネオ・アトランティスが運用する大型潜水艦は海中での作戦行動を前提とした兵器だった。二十隻はそれぞれ一定の間隔を保って潜航し、試験艦隊の周囲に警戒態勢を敷いていた。
海面上にその姿を現すことなく、水面下から周辺の状況を監視している。
試験艦隊の乗員たちは上空と海中に護衛戦力が存在することを把握していた。しかし、外部からこの海域を観測する者がいたとしても通常の視認で捉えられるのは、基本的に海面上を進む試験艦隊だけである。
それは、未知の世界で不用意に自らの戦力をさらさないためでもあった。
ネオ・アトランティスは周辺海域にどのような国家が存在するのか、まだ十分に把握していない。相手がどのような軍事力を持ち、どのような手段で周囲を探知し、いかなる技術を運用しているのかも分からなかった。
そうした状況であればこそ、可能な限り自らの情報を伏せつつ、相手に関する情報を収集することが重要だった。
試験艦隊は上空と海中の護衛に守られながら、測量と航行を続けていた。
その航路の先に、別の文明に属する艦隊が存在していることを、彼らはまだ知らなかった。
*
同じ海域を神聖ミリシアル帝国海軍の艦隊も航行していた。
第一文明圏において強大な勢力を誇る神聖ミリシアル帝国は、魔導技術を発展させた国家である。
その海軍もまた、魔導機関を備えた艦艇を運用し、独自の技術体系によって戦力を構成していた。
その艦隊の一つ、第1魔導艦隊は、複数の艦艇で隊列を組み、海上を進んでいた。
旗艦はミスリル級魔導戦艦『ロト』。
艦橋では艦隊司令レッタル・カウランが前方の海域を見渡していた。その傍らには艦長タグスが立ち、各部署から届く報告に注意を払っている。
未知の海域を航行する以上、周囲の状況を確認し、異常があれば速やかに対応する必要がある。
艦橋では見張り員が望遠鏡を用いて水平線を監視し、魔力探知を担当する者たちが周辺の反応を確認していた。
「現在の航行状況に異常はありません。周辺海域にも、特別な魔力反応は確認されておりません」
魔力探知担当官セレナ・オルフィスが報告した。
タグスは頷いた。
「了解した。引き続き警戒を続けろ。見張り員にも、水平線付近を注意深く監視させておけ」
「承知しました」
セレナが持ち場へ戻ると、艦橋には再び機器の作動音と将兵たちの報告が響き始めた。
艦隊は何事もなく航行を続けていた。
そのとき、艦橋上部の見張り所から、緊張した声が飛び込んできた。
「前方海域に艦影を確認!」
艦橋にいた将兵たちの視線が、一斉に報告のあった方向へ向けられた。
レッタル・カウランは、すぐさま見張り所へ顔を向けた。
「艦影だと?」
「はい! 水平線付近に複数の船舶らしき影が見えます! 隊列を組んで航行しているものと思われます!」
報告を続けたのは見張り員アレシオス・ヴェルナーだった。彼は望遠鏡を覗き込みながら確認できた情報を慎重に伝えていた。
遠方の影は一隻だけではなかった。複数の船体が互いに一定の間隔を保ち、まとまった隊列で進んでいる。少なくとも、偶然同じ海域に集まった船舶とは考えにくかった。
タグスはレッタル・カウランへ向き直った。
「司令、未確認の艦隊が前方を航行しているようです」
「見間違いではないのだな?」
「はい。複数の艦影を確認しています。隊列を組んでいることから、軍事組織に属する艦艇である可能性があります」
レッタル・カウランはしばらく前方を見つめた。
神聖ミリシアル帝国は、第一文明圏の中心的な大国である。魔導技術を利用した軍事力を有し、海軍もまたその国力を支える重要な組織だった。
だが、自国の勢力が大きいからといって、未知の艦隊を無視してよい理由にはならない。
相手がどこに属し、何を目的としてこの海域を航行しているのか。現時点では、判断するための情報が足りなかった。
「国籍は分かるか?」
「現在、確認を進めています。遠方からでは船体の細部までは分かりませんが、こちらが把握している艦艇とは異なる特徴が見られます」
「我が国の艦艇ではないのだな」
「少なくとも、現時点で確認できる特徴は一致しておりません」
レッタル・カウランは、視線を前方へ戻した。
未知の船団がどこの国に属し、何を目的としてこの海域へ進出してきたのか。それを判断するには、さらに情報を集める必要があった。
「魔力探知の結果はどうだ?」
彼が尋ねると、セレナ・オルフィスは探知装置の表示を確認した。
「前方の艦影に該当する明確な魔力反応は確認できておりません。視認情報との照合を続けています」
タグスが、わずかに眉を動かした。
魔導機関を搭載した艦艇であれば何らかの魔力反応が確認される可能性がある。ところが、前方の船団については探知装置から明確な反応が得られていなかった。
もっとも、探知に反応がないという事実だけで相手の技術水準や能力を判断することはできない。目視で複数の艦艇が確認されている以上、まずはその存在を事実として受け止め、慎重に情報を集めるべきだった。
「魔力探知には反応がない、か……」
レッタル・カウランは、前方の艦影を見据えた。そして艦長に対して命令を出す。
「艦長、警戒を強化しろ。相手の船体、隊列、航行状態を確認するのだ。所属が判明するまでは、不用意に接近する必要はない」
「了解しました。各艦へ警戒態勢を取るよう指示します」
タグスは通信担当者へ命令を伝えた。ほどなくして艦隊内への連絡が始まり、各艦でも見張りと警戒が強化されていく。
神聖ミリシアル帝国海軍の第1魔導艦隊は前方に現れた正体不明の船団へ注意を向けながら、隊列を維持して航行を続けた。
*
一方、ネオ・アトランティスの試験艦隊でも前方に別の艦隊が存在することが確認されていた。
先頭を航行する艦艇の見張り所では見張り員が望遠鏡を通じて水平線を監視していた。遠方に浮かぶ小さな影は、時間が経つにつれて徐々に輪郭を明らかにしていく。
複数の船体が、一定の間隔を保って航行していた。
その外形は、ネオ・アトランティスがこれまでの調査で確認してきた船舶とは異なっていた。船体の構造や甲板上の設備には独特の特徴があり、遠方からでも、何らかの特殊な技術が用いられている可能性をうかがわせた。
見張り員は望遠鏡から目を離し、艦橋へ報告した。
「前方に艦隊を発見! 複数の艦艇が隊列を組んで航行しています!」
報告を受けた将兵たちの表情が引き締まった。
未知の世界で他国の艦隊と遭遇する可能性そのものは、想定されていた。しかし、可能性として考えておくことと、実際に相手の姿を目にすることは違う。これまでの測量や偵察で得られた情報だけではこの海域にどのような国家が存在するのか、十分に把握できていなかったのである。
相手の国籍は不明。所属する組織も不明。そして、保有する技術の詳細も分からない。
だが、複数の艦艇が整然と隊列を形成している以上、単なる民間船団と決めつけるわけにはいかなかった。
「未知の艦隊か……」
艦橋にいた士官の一人が、前方を見据えながら呟いた。
別の士官は、確認できる艦影の数や配置を記録するよう部下へ指示した。船体の形状、隊列、進行方向、航行速度。
どれも、相手の正体や目的を分析するうえで手掛かりとなる情報だった。
未知の勢力と遭遇した以上、まず必要なのは、目の前の状況を正確に把握することである。相手が友好的な勢力なのか、それとも警戒すべき軍事勢力なのか、現段階では断定できない。
だからこそ、確認できた事実と推測を分け、慎重に対応する必要があった。
その間も、試験艦隊の周囲では二重の護衛態勢が維持されていた。
上空には、空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』が展開している。海面上からの視認を避けられる位置を維持しながら、試験艦隊と周辺海域の状況を監視していた。
海中ではガーフィッシュⅡ型二十隻が潜航を続けている。それぞれの潜水艦は試験艦隊の周囲に警戒態勢を敷き、予期しない事態に備えていた。
しかし、神聖ミリシアル帝国の艦隊が確認していたのは、海面上を航行する試験艦隊だけだった。
空中線艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』の姿は発見されていない。ガーフィッシュⅡ型二十隻についても海中に潜航しているため、その存在を視認されてはいなかった。
ミリシアル側の魔力探知でも、これらの護衛戦力を特定する情報は得られていない。
少なくとも、相手の艦隊が把握している情報の中に上空の空中戦艦や海中の潜水艦の存在を示すものはなかった。
試験艦隊の側から見れば、前方に現れた艦隊は、未知の文明が保有する軍事力だった。一方、ミリシアル側から見れば、これまで把握していなかった外形の艦艇が、自国の艦隊の前方に姿を現したことになる。
双方とも、相手の正体を知らない。
それでも、互いの存在を認識したことで、これまで未知のままだった二つの勢力が、同じ海域に存在していることが明らかになったのである。
*
神聖ミリシアル帝国海軍の旗艦『ロト』では、レッタル・カウランが望遠鏡を手に取り、前方の艦隊を見据えていた。
未知の船団は、依然として所属を明らかにしていない。艦隊内では警戒態勢が維持され、見張り員たちは相手の動きを注視していた。魔力探知担当官セレナ・オルフィスも、探知結果と目視情報の照合を続けている。
その一方で、ネオ・アトランティスの試験艦隊でも、将兵たちが前方に現れた艦隊を観察していた。相手がどのような国家に属し、何を目的としてこの海域を航行しているのか。まだ分からないことばかりだった。
上空の空中戦艦第二号機『デウス・エクス・マキナ』はその存在を知られることなく護衛を続けている。海中のガーフィッシュⅡ型二十隻もまた潜航状態を保ったまま、試験艦隊の周囲を警戒していた。
神聖ミリシアル帝国の艦隊が目にしているのは、海面上を進む試験艦隊だけである。空中戦艦も、二十隻の潜水艦も、相手の視界には入っていなかった。
ネオ・アトランティスは未知の世界の全貌を明らかにするため、調査と偵察を進めていた。そして今、その活動の先で、第一文明圏を代表する神聖ミリシアル帝国の艦隊と遭遇したのである。
両艦隊は互いの存在を認識しながらも、相手の正体を知らないまま、同じ海域を航行していた。
未知なる世界との邂逅は、こうして始まった。