天文元年(1532年)12月 甲斐国
目が覚める。
知っている天井だ。
この天井を始めてみてから9年程になる。
突然ながら、私には前世の記憶という物がある。
平和な世であった。同時に便利な世でもあった。
しかし、その裏では殺伐とした魔術師と呼ばれる者達の世界が広がっていた。
私もその一人だった。
だが、気づけばこうなっていた。
当初は困惑したが、慣れた。
理由を考えても分からないのなら考えるだけ無駄なのだから、この世界を精々、楽しく過ごそうと決めたのだ。
今の私の名前は武田戌千代という。
甲斐国、つまり21世紀の山梨県の大名である武田信虎の次男として生まれたらしい。
かの有名な武田信玄の弟だ。
そして、この信玄、今は太郎と名乗っているが、には魔術の才能があった。
なんでも書庫に本があったらしく独学であったらしい。
神秘ってこの時代まであったんだなと思いはしたが、武田家自体が平安後期から存在している家のため納得した。
最近では私にまで魔術を進めてくる。
ドタドタという足音がする。
今日も来たようだ。
「戌千代!魔術の勉強をしようぜ!」
後ろから数人の叫び声が聞こえてくる。
また、勉強をさぼったなこの人は……。
「病が移るかもしれませぬが」
「病など移らんさ、俺は強いからな」
この人はいつもそう言う。
安心させるためなのだろう。
私は病に侵されていると今生の母上が言っていた。
故に正室の子であるにもかかわらず、次郎ではなく戌千代なのだと。
故に誰も近づいてはならぬのだと。
故に生きているだけで偉い。起きているだけで偉いだの。
人にとっての当たり前が出来ない子という認識なのだろう。
それが普通だ、この人が異常なのだ。
生まれてから今まで、館の庭以外には出ることも出来ず、その生の大半を部屋で寝て過ごしている子供など、この時代からすれば忌み子だ。
『生きているだけで罪なのだ』
それが父からの唯一の言葉だった。
「……ありがとうございます。兄上」
そんな私にとって兄のその姿という物はどれだけの救いになったことか。
「どうした、そんなに改まって。兄弟なんだ、これくらい当然だろ。そうだな、今度は次郎も連れてこよう」
次郎、私の弟。母も同じだ。しかし、年よりも名が重要になる。名で次郎の方が上なのだと世話役の男が言っていた。
「…次郎が怒られますよ」
「怒られるのは俺だけだ」
「左様ですか」
この人は疑問を持たない。
何故、俺が外にも出たことがないのに知識があるのか。
何を言っても避けないし、驚くことがない。
そういうものかと考える。
一度、父に同じことをした。気味の悪そうな目で見た後で去っていった。
世話役の男が翌日、消えた。
父の反応が普通なのだろう。
妖怪などに憑かれていると思われているのだろう。
何度か、夜に僧たちの祈祷が聞こえたこともある。
「本当に……ありがとうございます。兄上」
「全く、戌千代は泣き虫だな。大丈夫だ、俺が家督を継いだらお前のことも家中の皆に認めさせるさ」
だから、私はこの人に仕えるのだ。
だから、私は武田の天下の夢を見るのだ。
***
天文2年(1533年)
兄が結婚したらしい。
相手は武蔵の名門、上杉家の娘だそうだ。
要するに政略結婚という物だろう。
魔術師たちもよくやっていた。
「ということで、こっちが俺の弟の戌千代だ」
「……太郎様、貴方と全然似てないわ」
「戌千代は母似だからな」
「確かに義母上の面影があるわね。……美形の男子という物も意外とありなのかしら」
「……」
兄の嫁が変な方向に怖いです。
なんかネットリとした視線を向けてくるのは何?
怖いよ。
「……義姉上も怖がらないのですね」
「あら、私は見たものしか信じない主義だからね。こんな可愛い弟君なら大歓迎よ!」
なんでテンション上がってんのさ、怖いよ。
ここ一年、兄上のお陰で交友関係は広がった。
例えば兄の側近の板垣、甘利という武田家の家臣のTOP2。
飯富兄弟という若者たち。
弟の次郎。
それから、母上との仲も改善できた。
こっちは外に出られるようになってきたことから過保護感が無くなってきたとでもいうべきだろうか。
この結果としては母上に仕えている侍女たちとの交流も出来てきた。
一方で父上とは仲の改善が出来ていない。
父上はまだ私は怖がっている。家中の者達が私と話すのは咎めなくなったが、定期的に文で『家族に関わるな』だの『忌み子』だの送ってくる。
無駄な労力だし、何故か殺さないしで、この人の行動はよく分からないけど、認知されるようになったということでいいよね。
「兄上、結婚、おめでとうございます」
「おお、ありがとな、戌千代」
ただ、今は兄の結婚を祝福しようと思った。
書いてて、信虎さんが毒親になりすぎた。
主人公は元魔術師です。
目指せ50話以内の生前完結。