一回風邪をひくと1か月くらい鼻水と咳と戦わないと行けないのやだよね。(他の人は治ってるのに)
1548年8月 信濃国砥石城
現在、武田軍の主力はこの砥石城に約1万の兵で布陣している。
父・信虎を追放してから速くも12年の月日が経ち、武田家は甲斐・信濃の二カ国を支配する大名になっている。
ここ7年はとにかく忙しかった。
1年で家中の混乱を治めると兄上はすぐに手切れになった諏訪家に攻め込んだ。
ちなみにこの諏訪攻めが私の初陣ね。
この諏訪家という家はとにかく厄介な家柄だった。え?守護を務める家が言うなって?
守護なんかよりも厄介だったんだよね。何といっても信濃、つまりは未来の長野県の人々に深く信仰されている諏訪神宮の神主の一族だからだ。
一応、神官の一族と武士の一族で別れはしたらしいけどそれでも少なくない民がこれを信仰していたりするわけで、信虎父上はそんな家とは同盟を結び、私や兄上の異母妹に当たる禰々を諏訪頼重と結婚させた。
この婚姻同盟は追放劇によって途絶え、仲は急速に悪化してしまったんだ。
だけど、兄上は諏訪の一族でありながら諏訪家と敵対していた高遠家と同盟を結び、諏訪領に攻め入った。
結果は諏訪家の大敗。諏訪頼重は助命を条件に降伏したけど、甲府に連行された後で自害したらしい。ナンデダロウネ。
んで、禰々も心を病んで病死という何とも言えない結果に終わった。
続いて、この高遠家の当主の高遠頼継を兄上は挑発して攻め込んできたのをフルボッコにしたことで諏訪地域は全部武田領になりましたとさ。
そして1545年にはこの高遠頼継に残された上伊那郡の領土も全部奪い、武田家の信濃南部の支配は確立されましたと。(この裏で兄上は今川と北条の和睦の仲介もしているよ。兄上ってすごいよネッ!)
この高遠攻めには参加せずに私と信繁は信濃志賀城に出兵して笠原清繁を撃破した。
この志賀城に籠城していた者たちは全員、奴隷として甲斐に送って、身内の人がいれば身代金を払ってもらったよ。
さすがに見ててしんどかった。
ついでに、上杉家の家臣の高田某も討ち取って上野にも足がかりを作ることにも成功した。
そして1547年、かの有名な『甲州法度之次第』が作られた。
因みにこの時、私は病気で寝込んでいたので作成に協力できなかったよ。
自慢げに作成秘話を話してきた山中勘助は許さねえぞ。(なんだよ疲れて寝落ちした兄上って最高だろ!)
そして現在、1548年、兄上、私、板垣、甘利、飯富などなど、武田家の主力メンバーの合計1万の軍が北信濃というか、信濃の国人で最大最強と謳われる村上義清をフルボッコにした結果、小笠原、木曾を除く信濃が武田領に組み込まれましたとさ。
「すごい長々とした回想でしたね戌兄上」
「ふふん、次郎。兄の活躍をもっと聞け~」
「それは太兄上のですか?戌兄上のですか?」
「ん~、どっちもじゃ駄目か?」
「大歓迎です」
やっぱり次郎は可愛いな~。というか弟も妹もみんな可愛いよ。
***
信定と信繁を見つめる影が3つ。
「なあ、盛時、俺はあいつが心配だよ」
「分かりますよ叔父上、信定叔父上は女子を近づけません。自らの幸せを捨てているのでしょうか」
晴信と話しているのは望月盛時、晴信の甥にあたる。
「そうでもないと思いますよ」
そんな二人の背後からもう一つの影が声をかける。
「驚かすなよ、勘助」
「いやはや、驚かすつもりはなかったのですが」
「幸せを捨てていないと?」
「はい、あの方は自らの身内に入っておられる方々の幸せが自らの幸せなのでしょうな、お館様の話をしているときが一番喜んだ表情をしていますが」
勘助は最後に『まあ、お館様のご兄弟は皆、そうなのですが』と付け加える。
「しっかし、兄としてはそろそろ、妻を娶って欲しいのだが」
「まあ、良い縁があればいいのですが」
「そもそも信定叔父上の好みの女子はどのような女子なのですか?」
「知らん」
「ええ…」
「しかし、病弱なのは影響しているかもしれませんな」
「笠原の未亡人を与えたが見向きもしなかったしな」
「何やってるんですか…」
笠原の未亡人とは先述の武田家に敗れて討死した笠原清繁の妻のことである。
現在は信定の屋敷の侍女を仕切っているらしい。
「そもそもいきなり未亡人に手を出す人の方が少ないでしょ、最初はもっと若い女子を…あっ、なんかすみません」
一瞬の沈黙。盛時と勘助の視線が晴信に向く。
「なんでだよ」
晴信の側室に諏訪御寮人という諏訪家の娘がいる。父親は諏訪頼重、そして輿入れ時の年齢は14歳ほどであった。
「…いや、なんかすみません。本当に」
「いえいえ、盛時様が申し訳なく思うことではないですとも。節操の無い者がいけないのです」
「なんだよ!はっきり言えよ!」
「…そんなに大声をだすと…」
勘助の指摘に晴信が顔を後ろに回すと。
「兄上、いたのですか。此度の戦も我々が兄上に勝利を献上致しまする」
「その通りです。兄上!我らにお任せあれ!」
「そ、そうか」
それだけ言うと、信定と信繁は去ろうとする。
それを勘助が引き留める。
「信定様、誰か娶られぬので?貴方様も20を越えておられます、家中での人気も分かっておりましょう」
「このような病弱男に世話を焼いてくれる女子がいれば考えまするよ」
「…左様ですか」
***
同刻、越後国春日山城
越後守護代であり、越後の事実上の支配者である長尾家の居城である春日山城はこの日、騒音に包まれていた。
「どういうつもりですか、晴景様!我らを捕らえるなど!」
「どうもこうもないわ!我が弟、景虎を誑かし、我が地位を簒奪せんとする謀反人共が!」
この日、春日山城で一つの事件が起きる。
長尾家当主・長尾晴景とその義弟・長尾政景による重臣の粛清事件。この事件は後に『春日山騒動』と呼ばれることになる。
この背景には晴景の不安定な立場があった、父・為景の死により家督は継いだものの、それによる家臣の反乱。そして、その反乱の大半を討伐した弟の景虎とこれを押す景虎派の家臣たち。
景虎派に追われることを恐れた晴景は武田家に圧迫されていた高梨家及び武田家から旧領奪還を求める村上義清の要請に答え、景虎を信濃に派遣。その隙に景虎派の重臣を一掃することにしたのだった。
「景虎様はどうするので」
政景が問う。
「あの人外とはいえ、武田には勝てぬよ。もしも帰ってくれば謀反の疑いで捕えればよいしな」
晴景は笑う。
一方で政景は憂鬱そうな表情をしているのであった。
(負けても勝っても地獄ですぞ。義兄上)
景虎が負ければ武田が攻めてくる。景虎が勝てば、景虎とともに向かった宇佐美らとの戦になる。
どちらにしても地獄。すでに引き返すことの出来ないところまで彼らは僅か1日で来てしまったことを今更、政景は実感していた。
***
1548年9月 信濃国川中島
「さて、始めるぞ」
武田晴信率いる武田軍約1万。
「勝ちますよ」
対するは長尾景虎率いる長尾・高梨連合軍約5千。
後に川中島の戦いと呼ばれる戦いがここに開戦する。
本作の信定君はブラコンでありシスコンです。(ついでに病弱。多分サーヴァントになっても病弱スキルはついてくる)
信定君の歴史知識は有名人の名前と戦いを知っている程度なので既に歴史が変わってしまっていることを知りません。(なんなら長尾と上杉が結びつかない)
因みに、この笠原の未亡人は史実では乱取りで小山田信有の側室になっていますし、籠城した人々を奴隷にしたのも事実らしいです。
高評価・お気に入り登録していただけると励みになるのでお願いします。