―一体、どれだけの命知らずがこの魔境に命を捨てたのか?
目的地に到着して、最初に去来したのは、その問いである。
船着場から桟橋を渡り、島の景色を眺める。
外輪山じみた山を中心に、なかなかの規模の都市が見て取れる。
この島の首府であり、唯一の都市である『オース』の街だ。
このちっぽけな島に、世界の目が注がれている。
謎に、神秘に、より実効的な利益の為に。
斯く云う私も例外ではない。
我が名はオーギュスト・ファン・ヴェルクローゼ。
西方国家の貴族軍人であり、遠征軍の指揮官である。
もとい、この島の言葉を借りるなら、『探掘家の頭目』とでも云えようか・・・・・・
国王陛下の下された勅命に曰く―、
『かのアビスを制覇し、周辺国家を威圧すべし』
実に遣り甲斐のある命令である。
我が家は始祖以来24代、三百年に渡り、王室と国家の為に命を捧げてきた。
藩地伯の世襲を認められ、決して失墜することのない支配力を与えられた、屈指の名門である。
家の歴史のわりに世代の数が多いのは、身の安全が保障されている宮廷貴族ではなく、戦場に赴き、なおかつ活力の衰える前に、次の世代へと責務を継がせる家系ゆえである。
物思いに耽る間もなく、部下の報告で現実へと引き戻される。
「準備完了しました!いつでも進撃可能であります!」
報告してきたのは、私が最も信を置く副官である。
もういい加減に退役しても罰は当たらぬ年回りだが、退役を勧めても決して肯かぬ頑固者である。実に有難い。可能ならば不死者になってでも勤務して欲しいものだ。
―我が征途ここに始まれり。
退却の二文字は元より存在しない。
―往くも死、還らぬも死、である。国家随一の貴族軍人の誉ではないか!
―何故なら、この天然自然の迷宮は、進むことしかできぬ魔窟なのだから。
部下達が装具や機材を担い、私の前に整列する。
「気を付け!将軍閣下、もとい、探窟隊長殿に、敬礼!休め!」
副官の濁声が響き、一斉に挙手敬礼が行われる。
それに対し、ゆったりと答礼を返し、おもむろに口を開く。
「任務御苦労。これより始まる征服事業には、諸君のたゆまぬ努力と献身が必要不可欠である。私は諸君の力量と国家への忠誠に大いに期待している。くれぐれも、私を失望させぬように!」
ざっ!と靴の踵を合わせる音と共に、最敬礼が返ってきた。
全てはこれからだ。
事前につかんだ情報だけでは足りないかもしれない。
ここは、焦らずに情報収集を厳にし、今後の計画を練り直す必要があるかもしれない。
なにしろ、我々が赴く『戦場』は常識では推し量れない場所だ。
神話や伝承に出てくるような、未知の原生生物。理解不能とも云える『上昇負荷』『アビスの呪い』とも呼ばれる怪現象。
降りるのは良いが、戻れば身体に異変?最悪の場合、発狂や死亡?
新参者を脅して退き返させる冗談かと思っていたが、現地で改めて訊くと、正に事実であるらしい。
流石に、世界最後の秘境、と云うわけだ。
本国にいた頃以上に、綿密な調査と検証が必要だろう。
一個中隊三百の人命を無駄に捨てる訳にはいかない。
軍人にとって、任務達成の為の死は避け得ぬ結果ではある。
だが、無計画かつ無責任に部下の命をすり減らすわけにはいかない。
数日かけてでも、十分な調査が必要だろう。
上昇負荷とやらのリスクなく往復可能であるならば、少し潜って先行している探窟家から情報を貰うのもよいだろう。
常識が通用しない場所である以上、腰が引けて見えるくらいに慎重であっても、決して不名誉ではない。
自分でも驚いたが、深いため息が漏れた。
何も彼もが、初体験の戦場。
今まで培ってきた常識は一切通用せず、理不尽なまでの不可思議が目の前に山積する。
もしや、怖じているのか?我ながら不甲斐ない。
決して失敗は許されない。撤退も不可である。
つまるところ、死に狂いに潜ってゆくしかない。
その先に、何が待ち構えていようとも。
その先に、何が起ころうとも。
その先が、絶望に満ちた受難の道であろうとも。