限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
初めまして、親愛なる中隊長どの。よくもまぁ、厄介事を押し付けてくれやがったな。
〈いやぁ~、済まなかったねぇソフィーヤ少尉。もうさ、この戦区グダグダなんだよぉ〉
無線機の奥で、壮年の中隊長はほとほと困り果てたような声色をしていた。『カラスの巣』に帰る前は開口一番文句でも言ってやろうかとも思っていたが、うん、我々は共に被害者なのだろう。
「心中お察しいたします、中隊長どの。僭越ながら、小隊長代理としてこの監視所における近況を報告したく存じます」
まずはこちらの状況を中隊司令部に伝えるのが先決。本来この『カラスの巣』は引き払われるはずで、残留人員による機能の維持など無茶な話だったのだが、それとこれとは話が別。そこに兵隊が兵隊として展開している以上、職務は果たさねばならない。
ということで、私は包み隠さず戦況を報告した。南側の丘陵からの敵襲を許したことも、機兵の各種武装がズタボロであることも、操縦士たるレニ・ハルガンの体調に不安があることも。
散々たる有様でも、それはもうぺらぺらと話した。なんとなれば、私はこの状況に何ひとつ責を負うことはなく、むしろ「よく保たせた」と褒められるべき振舞いをしてきたのだからな。
「……といったところでございます。現状なんとか部隊機能は維持していますが、限界に近いでしょう」
〈うんうん、素晴らしい働きだよソフィーヤ少尉。憲兵とは思えな……いやだからこそ、こんな環境でも見事に督戦してくれているのかな〉
「滅相もございません。つきましては、部隊の引き揚げを完遂させるべく架橋部隊の派遣を――」
〈その調子で頑張ってくれない?〉
……は?
聞き間違いだろうか。
「すみません、無線の調子が悪いようです。中隊長、今なんと?」
〈いやさ、本当は『カラスの巣』を放棄するところだったんだけどさ。それがちょっと厳しくなっちゃってェ……これ以上動かせなくてェ……〉
ものすごく歯切れの悪くなった中隊長の言葉を意訳すると、つまりこんなだった。
この戦区はウォルナ川水系の複雑な流域内にあり、至る所に橋を架けて軍の補給路・連絡路を維持していた。ゆえに橋が落ちれば、川を渡れない車両兵器の類はその場に釘付け状態になる。ちょうどこの部隊の機兵が置かれているような状況、いわば陸の孤島である。
しかし機兵はバルテルシア連邦軍の戦力の要。重要度の低下した半島戦線から、今の主戦場たる迂回戦線まで出来る限り移送したい。私が来る前に引き抜かれていったここの小隊員など、イチゴの載っていないショートケーキのようなものだ。連邦軍の本音としては、どうにかして川に橋を架け、ここの機兵を引き揚げさせたいはずだった。
だったのだが。はずだったのだが!
〈なんかさ、ここにきてアルビオンの半島方面軍が再活性化してるんだよね。偽装攻勢かもしれないけど、うちもこれ以上戦線を縮小するわけには行かなくなっちゃったんだ。だから少尉たちには悪いけど、もう少しだけ耐えてくれないかな?〉
「もう少し……とは、如何ほどの期間でしょう?」
〈停戦まで〉
私は天井を仰いだ。疲れかな、目がかすんできたぞ。
悲壮感が足りなかったか? たった五人で部隊を回すのは限界だという厳然たる事実は伝えていたはずだが。
「すみません、中隊長どの。それは、『カラスの巣』に増援が来るということですか?」
〈いいや? そのまま五人で拠点機能を維持してくれってことだよ?〉
私は頭を抱えた。疲れじゃないな、涙で視界が滲んでいるんだ。おお、誇らしき祖国よ、私を見放したのですか。
とはいえ続けて中隊長の話を聞くと、ガチのマジで五人で停戦まで頑張れという命令ではないらしかった。一応、増援は来ることになっている。ただし時期は未定。迂回戦線に戦力をつぎ込んだせいで学徒兵の数も足りなくなっており、指導部が徴兵年齢の下限を引き下げるだの上限を引き上げるだので揉めているらしい。中学生を送るか老人を送るかで迷っているのか? 勘弁してくれ。
〈とにかく、増援には期待しないでくれ。停戦が早いか、軍の叛乱が早いかってレベルだからね〉
「承知いたしました。それが命令とあらば……」
〈ま、つまりそれだけ停戦交渉が進んでるって話でもあるんだよ。このところ戦況が激化してるのはそのせいだろう〉
戦闘は停戦前が一番激しくなる。お互いの支配領域を確定させるためだ。それは、以前私がレニを元気づけるために話した見立てと一致していた。
けれど、その時私がレニに伏せていた憶測がもう一つだけあった。それは、絶望的で、悲観的な観方だ。私と中隊長しか聞いていない今、それを確認する時だろう。
「それすなわち、この部隊にも前進命令が下りる可能性があるということでしょうか?」
中隊長は、深いため息を吐いた後、肯定を返した。
〈準備だけはしておいてくれ。結局、僕らの仕事はそれなんだからね〉
了解。委細承知。
反逆的思想を胸に秘めるのは簡単だ。頭の中で祖国を罵倒し、女に邪な思いを向けたって誰も咎めやしない。偉大なる指導者は神通力によって同志たちの胸中を見透かすなどという迷信めいたプロパガンダが流行ったこともあったが、当然嘘だ。
私に選べるのは最期の瞬間、その胸に楽園があるのを感じることだけだ。
午後、陽が落ちるまでの間に電磁加速砲の試射を行うことにした。監視所西側の岩場に標的用の白い帆布を張り、浜辺から機兵に狙撃姿勢を取らせる。
射撃前に入力する諸元の計算は、後部座席に座る私の役目になる。監視塔に登らせたアンナに風向・風量・気温等のデータを採らせ、マーシャを通じて無線でこちらに送ってもらう。憲兵風情に機兵の射撃管制などできないから、データを伝えたら照準器を操作するのは操縦士であるレニの役目だ。
「レニ兵長、射撃用意」
「射撃、用意」
復唱と共に、機体のプラーナリアクターが、ゴウ、とうなりを上げた。レニの身体から生体電流《プラーナ》を強く励起させ、電磁加速砲の発射に必要な電力をチャージしているのだという。
どうやって人の身体を流れる電気が超兵器を動かすのか、まったくもって不思議だ。この辺の機構は高度にブラックボックス化されていて、整備兵のイリーナもよく分からないらしい。“幻肢痛”もアンナ曰く科学的に説明が付かないそうだし、魔法めいた絡繰りで納得するしかない。理屈のつかない力を兵器として完成させてしまう辺り、我らが祖国の執念には脱帽である。
操縦席のメーターが激しく揺れ、天井のハザードランプが赤くちらつく。ともあれ、この魔法は我々の手中にあるということが重要だ。
レニが振り返って耳を指差したので、私もイヤーマフをかける。
「射撃、可能です」
レニの淡々とした報告を受け、私は「撃て」と短く号令を下した。
半開の正面ハッチから見える巨大な砲身が、稲妻を浴びた避雷針のように青白く閃いた。ソニックブームが大気を割き、足元の土埃が爆撃と見紛うほどに巻き上げられた。いちおう曳光弾だったのだが、発射に伴う視界不良と速すぎる弾速のせいで、まともに弾道は見えなかった。
土煙が晴れた時、帆布中央のターゲットマークからわずかに右下に弾痕が穿たれていた。目標地点との誤差をもとに、レニの手伝いを受けて補正値を手計算する。本当は補正値を元に確認射を入れたいところだが、残り二発しか撃てないので我慢。
厳しい現実を誤魔化すように、レニに笑いかける。
「よくやった、レニ兵長」
「はい、ソフィーヤ少尉」
レニはやはり表情を抑えて返事をした。おいおい、二人だけの甘い秘密を腹に収めておいてその澄まし顔はなんだ? もの寂しさを覚えた私は、「はぁい♡ ソフィーヤ少尉♡」みたいな感じに脳内変換して我が心労を慰めるのだった。
キモ過ぎるな、私。