限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
ともあれ。ともあれだ。あの木偶の坊に乗っているのが誰であれ、ここまで駆けつけることくらいは出来たわけだ。機兵さえあればたかが数名の敵歩兵と装甲車くらいは蹴散らせる。
なにしろ、機兵の真価はその武装にある。プラーナリアクターなる特異な動力機関によって、電磁加速砲などの強力無比な超兵器を扱えるのだ。
「……ん?」
今一度命令を出そうと塹壕から顔を覗かせて、我が目を疑った。いや、最初から見えていたはずなのだが、動揺して見落としていた。
あの機兵、丸腰じゃないか。人は武器を持って戦うかたちをしており、人を模した機兵とて武器を担いで撃つように設計されているにも関わらずだ。
唯一こちらから確認できる武装は、胸部のコクピットを半開して無理やり搭載したと思しき機関銃のみ。操縦席を銃座にしているのか。危ないだろ。
人型兵器の意味とは……いやそんなことは今はいい。
「敵歩兵を撃て!」
私の叫びが届いたのかどうか、機兵のコクピットから銃火が吹いた。敵歩兵の一団が一気に薙ぎ倒され、生き残りは慌てて後退し始めた。
装甲車も機兵から逃れるように転進する。して、砲塔が再びこっちを向いた。対戦車兵器を搭載していないあの装甲車は機兵に対し打つ手がない。弱そうな私をいじめたいようだ。
「うおわ、装甲車も蹴散らせ!」
塹壕に身を伏せて射撃をやり過ごしながら再び命令を飛ばす。聞こえてないかもしれない。
地響きがまた床を揺らす。願いが通じた。私の頭上を、巨人の影が横切る。機兵が跳躍したのだ。直後、凄まじい衝突音がした。
土煙に霞む中、地上へ頭を起こしてみると、蹴りの姿勢から直立へとゆっくり移行する機兵の後ろ姿。丘陵の下の方へ目を向けると、ひしゃげた装甲車の残骸が遠くでひっくり返っていた。
「……蹴散らせと言ったから蹴ったのか?」
確かに言ったが。確かに、機兵のコクピットに据え付けた機関銃では装甲車には火力不足だが。こいつ命令を言葉通りに実行したのか。いや、やむを得ぬ事情なのだが、あとで整備兵に怒られるかもしれんな。
生き残った敵歩兵はほうほうの体で敵陣地の方角へ逃げ帰っていく。監視所の正面で開けた地形のはずだが、味方が追撃を加える様子はない。どういうことなのだろう。
「状況を知りたい。君、降りてくれるか」
塹壕から這い上がって、機兵の足元で呼びかける。
半開だったコクピットのハッチが解放され、中から操縦士がタラップを降りてきた。
拡声器越しに聞こえた可愛らしい声に違わぬ少女だった。学徒兵かと思ったら、連邦軍正規兵の野戦服を着ている。
おどおどした足取りで私の前に立った彼女は、灰色の髪と目をしていた。バルサリカ半島の先住民族、サリク人の特徴だ。あまり祖国への忠誠が強いという評判は聞かないので、彼女が正規兵であることには少し驚いた。しかし民族的な素質があるのか、優秀な機兵操縦士が多いとも聞く。
「私はソフィーヤ・アレンスカヤ。憲兵少尉だ。本日付けで第五九監視拠点に配属された」
襟の土を払ってそう名乗ると、操縦士はへにゃへにゃの敬礼を返した。
「レニ・ハルガン……兵長です。≪クルーク≫……ええと、この機兵の操縦士です」
この巨大木偶の坊は≪クルーク≫というらしい。戦車なんかに名前を付けるのは前線では良くある話だ。そんなことはどうでもいい。
「今すぐ指揮官に話を通してくれ。機兵には無線席があるな?」
「あ、あります、けど。 指揮官はいません」
「は?」
「私以外の正規兵は、みんな、迂回戦線に引き抜かれました。他に、残ってるのは、学徒兵の子だけです」
レニとやらは目を伏せながら、たどたどしく言った。
頭が痛くなってきた。眩暈もする。ちょっと頑張って走り過ぎたな。
「……指揮官がいないという状況はあり得ない。仮に君の言うことが本当なら、今の指揮官は君のはずだが? レニ・ハルガン兵長」
「え……っと、よく、分からないです。ここで軍に志願して、ずっと、言われる通りに機兵で戦ってたので」
もっと頭が痛くなってきた。確かにサリク人がバルサリカ半島で軍に志願したのなら、軍学校での教育など受けていないのだろうが。だが、常識だろう。
「あ、でも、今ソフィーヤ少尉殿が来たから、あなたが指揮官……なの……では……」
最後の方は消え入りそうな声だった。
私は憲兵で、新入りで、学徒兵のお守りくらいしか期待されていないはずだったのだが。
「分かったもういい。一旦監視所に帰投しよう」
タラップに脚を掛け、地上四メートルの機兵コクピットの後部座席へ身体を潜り込ませる。ただでさえ狭いのに、現場改修で取り付けたであろう機関銃がずずんと室内に幅を利かせていて、すこぶる邪魔だった。しかし文句は言えない。後頭部のハッチからも後部座席に降りられるのだが、そのために機体のフレームをよじ登るのは怖すぎる。
レニも操縦席に身を潜らせた。彼女は天井に吊るされていたヘッドセットを取り、何重にも束ねたコードを操作盤に接続した。足元の動力機関――プラーナリアクターがアイドリング状態から機動出力へと移行する。
「……」
困ったようにレニが後部座席へ振り向いてきた。
「どうした」
「……命令、してください」
早くも嫌になってきたぞ。指示待ち人間め、帰投しようって言っただろうが。
で、私たちは第五九監視拠点、人呼んで『カラスの巣』に帰投した。幸いにもアルビオン同盟軍の砲火は監視所内に及ぶことはなく、各施設や備品に被害はなかった。駐機場に機体を停める。
「とりあえずレニ兵長、総員集合させてくれ」
(そ、総員……集合……して、くださいぃ〉
「すまない、私がやる」
拡声器で恥を晒すな。どんだけ部下に舐められてても「してください」はないだろ。兵長だろお前。
そんなに広くもない監視所だというのに、えー、皆さんが集合するまでに二分掛かりました。あり得ないクオリティである。軍学校の校長なら腕立て一時間命じてその間ずっと説教しているからな。
学徒兵三名確認。ひとまず点呼を取る。
「イリーナ・ロストワ一等兵。あっ、整備士ッス」
ボサ髪を掻きながらこちらを睨んでいる。不良娘っぽいな。故郷で政治委員に睨まれてそうな、長生きしなさそうな奴だ。
「マーシャ・クルツコワ二等兵、通信兵でございます」
長身を縮めて卑屈な愛想笑い。点呼で笑うな腕立てさせるぞ。私の憲兵の階級章にビビり散らかしているのが伝わってくる。
「アンナ・マチュニナ二等兵、衛生兵ですっ! お怪我はございませんかぁ?」
やたらキラキラした瞳で私を見上げる天使のように愛らしい少女。点数稼ぎか知らんが、点呼で余計な口を叩く奴はカスだと教わらなかったのか?
「よろしい。『カラスの巣』の軍規は崩壊しているということがよく分かった。中隊司令部に説明を求めるので通信を繋ぎたまえ」
「はい、少尉殿」
通信兵のマーシャではなく、イリーナが挙手して発言を求めた。
「昨日から無線装置が故障してます。復旧に今しばらく時間をください」
「あっ、そうなんですよ。いや~、通信妨害も最近よく飛んでて、も~本当に困っていまして」
マーシャも援護を出すが、焦って挙手する前に口を開くのは頂けないな。
それはさておき、証人に全員を引き連れて無線室で確かめてみると、確かに装置が故障していた。なるほど嘘じゃないらしい。仕方がないので、レニ兵長の口から改めて状況を説明してもらうことにした。
「は、はい。一週間前、中隊司令部から移動命令が下りました」
彼女の語るところによると、つい最近になってバルサリカ半島戦線から大規模な戦力抽出の動きが始まったらしい。要因は下達されていないが、おそらく半島付け根の迂回戦線に回すためだという。
バルサリカは、忘れ去られた戦線だ。八年ほど続くアルビオン同盟との戦争において、活性度は年を追うごとに下がり続けていた。何しろ、守り辛いし攻め辛い。大きな河川と狭量な隘路が入り組み、機甲戦力の展開が難しい。しかも抜けた先で陸地が窄まっており、突破したところでボトルネックになる。
それで、両軍ともに半島の完全支配は諦めた。東西のボトルネックで守りを固め、お互いの主力が北へ北へと大陸北海岸を目指すように戦線を伸ばし続けた結果、もはやあちらが主戦線に成り代わってしまったというわけだ。
『カラスの巣』のような監視所は、まだ戦況が活発だったころの名残だ。
「本来は、私たちも≪クルーク≫と一緒に『カラスの巣』を引き払うはずでした。でも……連隊司令部との行き違いがあって、橋が落とされていて……」
私がえっちらおっちら渡河した川には、機兵や車両が渡れるような橋が架かっていた。それがなぜか落とされていた理由もレニの口から語られた。
「連隊司令部が、この大規模な移動を管轄戦区全体の放棄だと早合点してしまったのだと……うちの中隊長は仰せでした」
「そんなバカな話があるか」
「でも……事実、うちの部隊がウォルナ川を渡る前に橋は落とされてしまいました。あと、連隊付の工兵隊も一緒に引き抜かれてしまったので、架橋できないそうです」
なんということだ。監視所付小隊の上の中隊の上の大隊の上の連隊司令部の不始末であると。さぞやパニックを起こしていたことだろう。誰ぞ将校の首が飛んだだろうな。
「私は、機兵が渡河できないため、ここに残置されることになりました。それで、『カラスの巣』を維持するための最小限の要員として、こちらの学徒兵三名も居残りになりました」
自分で言っておきながら困惑顔のレニ。呆れ顔のイリーナとマーシャ。あまり興味なさそうにニコニコしているアンナ。
「つまり、我らが軍は末期の病人ということか」
嗚呼、末期戦。