限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
我らがバルテルシア連邦軍、末期の病人なれど未だ戦意あり。私は憲兵であるからして、別命あるまでこのおまぬけ娘たちの手綱を取ってやらねばならぬ。
このソフィーヤ・アレンスカヤ、我が身可愛いたった一人の督戦将校だ。同志の背中を撃つのは最後の最後にしたいところである。兵隊からのイメージは悪いが、本来我々の仕事はこうした地道な指導が大半なのだ。
そんなわけで、まずは物資の備蓄状況を確認する。当然のように弾薬類は規定の水準を下回っていた。医療物資もだ。ただ、不幸中の幸いで、糧食だけはそこそこ残っていた。単に引き上げた隊員たちが持ち出せなかっただけだろうな。
それと意外なことに、敷地の片隅に小さな菜園があった。晩夏の日差しを受けて、小ぶりながら輝くようなトマトが実っている。
「部隊の皆が育ててまして。あぁ少尉殿、おひとつ如何です?」
無意識に喉を鳴らしていたのか、マーシャが卑屈な笑みを浮かべて手揉みした。小役人かお前は。そういえば、五キロ全力ダッシュして戦闘までこなしたのに水すら飲んでいなかった。ありがたく頂くとしよう。
「西側の海岸に定置網も設置してて、お魚さんも時々食べられるんですよっ!」
自慢げに胸を張るのはアンナ。西側の岩肌を見下ろしてみると、小さく網で囲んだ漁場があった。安全に昇り降りがしやすいよう交通壕も整備してある。なるほど、女子たちの肌艶がそう悪くないのはそういうことか。戦場暮らしにしては贅沢なレベルで自給自足が出来ている。
「で、この菜園や漁場は誰が管理しているんだ?」
途端、学徒兵たちは気まずそうに目を泳がせた。「誰か答えろよ」みたいな沈黙の空中戦が数秒続いた後、イリーナが髪を掻きながら口を開いた。
「まぁ……部隊が引き抜かれる前は、炊事長がやってました」
「今は?」
「あー、手の、空いてる人が……」
「そうなのか? レニ兵長」
ここまで黙っていたレニにいきなり話を振ってみる。
「へっ、あっ、はい……」
レニは何やら申し訳なさそうに目を伏せた。
ははーん、こやつらさては、レニに面倒な仕事を押し付けていたな?
度し難い。レニの方がな。さして歳が離れていなくたって、正規兵が学徒兵のチョロガキ共にパシられてどうする。
全員“教育的指導”するか……でも初っ端から顔引っ叩くのもなぁ……尻ならぜひとも叩かせて欲しいんだがなぁ……。
「よろしい。諸君の業務分担は改めて考えるとする。レニ兵長、士官室に来なさい」
「は、はい、すみません」
先が思いやられる。
ひとまずは今日明日までの哨戒ローテーションを学徒兵たちに割り当て、二人で席を移した。士気の高いはずもない三人娘の耳に届かないところでしたい話があった。
急いで引き揚げた感丸出しの、前指揮官の使っていた執務デスクに腰を下ろす。綿の凹んだ座布団が座り心地悪い。
「早速だが、レニ兵長。先ほどの敵襲をどう見る」
「どう、とは……」
レニは困ったように眉尻を落とした。顔がいいなこいつ……これで強気な態度をしていれば、学徒兵たちに舐められずに済むものを。
「『カラスの巣』における軍務記録は事前に目を通しておいた。私の知る限り、近辺での敵軍の活性度は底を打っていたはずだ。だが先ほど確認した通り、弾薬の貯蔵量は激減している。つい最近になって敵襲が激増したのだな?」
簡単な現状の再確認としての文言を述べると、レニはようやく頷いた。
「は、はい。部隊が引き抜かれてから、急に敵の攻勢が息を吹き返しました」
「つまり敵は、この監視所の閑散たるやを見て俄然やる気を出してきた。既にバルサリカ戦線は停滞し、突破の見込みがないにも関わらずだ。なぜだと思う?」
「えっ、えっ、分かりません」
ダメか。こういう兵には下士官としての自覚を持って頂きたい。
そんなのでよく私が来るまで陥落しなかったものだと思ったが、思い返せばこいつが機兵で歩いていくだけで敵兵も逃げ散らかすほどだった。それだけ、機兵の威圧が効いていたということか。おそらく他の部隊員が引き抜かれる前は普通に戦えていたのだろう。
とまれ、問いの答えは簡単だ。アルビオン軍も同じ人間が経営しているからな。
「激戦区に引き抜かれたくないからだ」
“やってる感”を出しているうちは――たとえ損失を免れないとしても――最悪のババだけは引かずに済む。迂回戦線では、一日で両軍合わせて一万名の戦死者が出たという信じがたい記録もある。向こう方の連隊か師団あたりの上層部が、人間ミンチ工場じみた盤面に恐れをなし、札を出し渋っている。うちの連隊は出したようだがな。
まぁ、何が言いたいかと言うと。
「今後、敵はこの『カラスの巣』を狙って断続的に攻撃を仕掛けるものと予想される。この戦争が終わるまで、ダラダラと際限なく」
状況は、これからさらに厳しくなるだろう。中隊司令部との連絡が復旧し、増援なり『カラスの巣』の放棄なりの打開策がなければ、私たちは敵軍のサボタージュ的攻勢によって討ち死にする羽目になる。だから、士気の低い学徒兵たちには聞かせられない話だ。
「レニ兵長、君とあの機兵だけが頼りだ」
レニは私の言葉を聞いても、昏い眼差しをしただけだった。
「了解、しました。ご命令の通り、最後まで戦います」
どうせ自分のやることは変わらない、そんな目だな。最後に括れるのは自分の首だけで、他の全てはどうにもならない。どれだけ崇高な理想を抱いていたとしてもだ。
「なに、死にに行くような目をしてくれるな。餓死するまで戦えなどとは言わない。ほら、来なさい」
あえて声を落とし、手招きして内緒話モード。レニは怖気づいたような素振りをしてから、のっそりと耳を寄せた。わざわざ君が怯えないようお茶目な上官らしく振舞ってやったのに、こいつは……いや、いいんだ。他人の感情をどうにかしようなど、無駄な足掻きに過ぎないのだ。
「ここだけの話だ。私は、停戦が近いと思っている」
「停戦……!」
さすがにレニも希望を拾い直さずにはいられなかったらしく、目の色が一段だけ明るくなった。
もちろん状況からの憶測に過ぎないが、デカい論拠が一つだけある。
「少なくとも、両軍ともに大規模な戦力抽出の圧が掛かっている……と、仮定する」
「はい」
無論、敵情に関しては憶測が多分に占めるが、我らが軍の迂回戦線への熱の入れようはこの監視所の有様からも知っての通りだ。
「なぜ戦争が八年目に突入し、両軍の戦意がどん底の今になって、そこまでの大規模攻勢を企図しているのか。それは、停戦に向けた実効支配エリア確定のためだろう」
「すでに、交渉の終わりが見えているということですか」
「いかにも」
というか、他に理由を考え難い。戦史を紐解いてみれば、軍隊という奴は停戦間際に一番頑張るものだ。だんだん両陣営が厭戦気分から平和に目覚め、気付けばどちらからともなく武器を捨てて終戦を迎えてました~、なんておとぎ話はあり得ないのだ。
「つまり! あとちょっと頑張ればいいわけだ! どうだ、希望が見えてきたろう?」
「……はい」
レニは唇をちょっとだけ釣り上げて喜びの意を示した。眉が垂れ下がったままで、何やら複雑な顔色に見えるが……良しとしよう。彼女の士気高揚に、微力なりとも貢献できたのなら上出来だ。
ちなみに停戦が近いという見解はまだ学徒兵たちには伏せておくことにした。もし間違っていた時、上げて落とす方が落差が大きくて予後が悪いからだ。督戦将校が背中から撃たれるのは御免だ。