限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
大波乱の赴任初日から一夜明けた早朝。
「ソフィーヤ少尉、無線直ったッスよ……」
私が自分で作った当番表の通りに菜園の世話をしていると、整備兵イリーナが報告に来た。ほとんど無線設備をバラして夜通し点検してくれたらしい。存外に仕事熱心な学徒兵を、私は素直に称えることにした。
「でかしたぞイリーナ一等兵。採れたてトマトを進呈する。他の者には内緒だぞ」
「……あざす」
何か兵たちが功績を挙げた時、勲章以外に手渡せるものがないと不興を買うのは私だ。普段から喰っている野菜を手渡されたのではありがたみも薄かろうが、そこは我慢してほしい。配給は絞ってこそ意義がある。
イリーナに休息を命じ、私は『カラスの巣』中央にそびえる監視塔へ上がった。
「マーシャ二等兵。居眠りなどしていないだろうな」
「……はへっ、おはようございます少尉どの」
居眠りしていたな。まぁ、通常業務もあろうに二十四時間の監視を五人で回そうなど無茶な話である。だが罰としてこのまま付き合ってもらおう。
「無線が復旧した。中隊司令部に連絡を取るぞ。記録頼む」
「うへぇ……了解です」
無線室で電源を投入。しばし暖機したら、ダイヤルを中隊の指定周波数に合わせて通信状況を確認する。
雑音の中に、ぼそぼそと喋り声が聞こえた。
「こちら『カラスの巣』、ソフィーヤ・アレンスカヤ少尉。中隊司令部、応答願う」
〈――っ、は、戦――〉
要領を得ない。つい先ほどイリーナが接続を確認したばかりなのだから、無線封鎖はされていないはずだ。すると……敵の無線妨害が飛んでいるのか。
「マーシャ二等兵、監視塔の空中集音機を起動しろ」
「えっ? あっはい只今!」
マーシャが無線設備の横に備えてある集音機の電源を入れ、ヘッドセットを耳に当てる。
「戦闘音が聞こえるか?」
「あ~……大規模な感じじゃない、とは思いますけど、それっぽい音なら。個人的に、多分?」
「所感ははっきりと伝えろ」
これだから学徒兵は。ヘッドセットをむしり取って自分の耳で確かめる。
ポンポンと景気のいい炸裂音が聞こえる。司令部付近の川に阻塞艦として係留した砲艦が、高角砲による迎撃を行っているのだろう。他に砲撃や空爆の類の気配はしない。大規模な基地攻撃を受けているわけではなさそうだ。
「なるほど、確かに取り込み中のようだな。また後にしよう」
「大丈夫ですかね……」
「中隊司令部が落ちたらその時だ」
どのみち、我々が救援に向かうのは現実的ではない。中隊司令部まで、片道二時間の山道だ。そして山道を越えたところで、ウォルナ川の別の支流に行く手を遮られている。今は耐えよう。
「無線は点けたままにしておけ。この部屋で休養し、別状あれば即座に知らせろ」
「はぁ。少尉どのは?」
おそらくマーシャは、自分が休んでいるのに私が休んでいないと見えて気掛かりなのだろう。揉み手で愛想笑いなどせんでもいいのに。
「私は……敵方の攻勢を鑑み、防衛力強化のため策を講じる。必要なら再び機兵を出す」
「うへぇ~、お疲れ様です」
マーシャは愛想笑いを絶やさなかったが、「勘弁してよ」という顔色をしていた。昨日、装甲車の機銃弾を回収する際にも学徒兵たちは不安の色を隠さなかったな。気持ちは分かるが、機兵は学徒兵のお守りに甘んじているべきではない。機動しない機兵はマトのデカい砲台と同じだ。
状況は厳しい。もっと戦力が要る。
そんなわけで、せめて電磁加速砲を生き返らせてやろうと足掻いてみるものである。
無線室から拝借した通信記録。整備場から拝借した整備簿。武器庫の搬出入記録。そして指揮官室にそのまま残されていた、前部隊長の小隊日誌。
レニは「電磁加速砲関連の補給が滞っていた」と言っていた。どんなふうに滞っていたかが焦点になる。そもそも届いていないのか、届いたが周辺部隊との融通でここに回ってこなかったのか。
「……ふむ」
滞る、と言っても慢性的に不足していたわけではあるまい。なぜなら、五メートルの巨大兵器が扱う大砲、それも消耗品だ。一度に数を揃えて、まとめて前線に搬入しているはず。何か一回のミスや誤魔化し、あるいは敵からの被害なんかで届かなくなったのを「滞っている」と表現するのは自然なことだ。
届くはずの荷物が届かなければ、どこかで帳簿にケチが付く。複数の帳簿を照らし合わせれば、その瑕疵がどこにあるかは一目瞭然。
「……分かったぞ」
我ながら、名推理だ。的中して笑ってしまったが、面白い推理ではなかった。身も蓋もない言い方をすれば、それはトリックですらなかったのだから。これが乾いた笑いという奴か。
「ウォルナ川に沈んでたあの輸送トラックかよっ!」
机をバン。
そう。赴任初日に、橋が落ちているという理由で舟で渡河した際に沈んでいるのを見た、あのトラックである。
そうと決まれば駐機場に怒鳴り込む。
「レニ兵長! 今すぐ機兵を出せ、電磁加速砲の砲身を回収する!」
「え……了解です」
レニが当惑しつつリアクターを暖める間に、私はクレーンを操作して、牽引用ウインチと荷引き用の補助輪を機兵の背負い込み式ペイロードに積み込む。怒りのあまり「うおお」とか言いながら作業していたらしく、レニのドン引きしたような視線が痛かった。
牽引車でもあれば良かったのだが、そんなものは中隊司令部にもないだろう。幸い、機兵はある程度の汎用工作能力を有する。専用の巨大シャベルがあれば塹壕掘りだってお手のものだ。役立って頂こう。
二人で機兵に乗り込み、南側の丘陵をいそいそ下る。流石にここまでアルビオン軍が回り込むとは思わないが、五キロの道のりを慎重に行軍した。
落ちた橋の跡地に到着した。昨日と変わらず、輸送トラックは水底に沈んでいた。
「私の見立てでは、この中に砲身が積まれている」
「水没、しているのでは……?」
操縦席から、レニの控えめな視線が向く。作戦に疑問を呈するのはよいことだ。電磁加速砲には高電流を通すための精密なレールやライナーが組み込まれている。通常の高張力鋼で製造した大砲より、ずっと水に弱い。雨程度ならともかく、川にドボンしていたらメーカー修理モノである。
しかし、だ。軍人たる者、最悪に備えつつ最善に縋らねばならん時がある。
「コンテナ内に空気が入っていれば、あるいは一部だけでも水没せずに残っているかもしれん。引き揚げて確かめるんだ」
「……了解しました」
希望は後生大事に抱えたところで何の足しにもならない。蓋を開けて絶望したとしても、その行動には価値がある。
というわけで、私は機兵を降り、文字通り一肌脱いで下着だけになった。ただし砂礫や流木などで脚を傷つける可能性もあるので、靴だけは履いておく。ああ、夏でよかった。これが冬なら泣いていた。
入念に体操をしてから、ワイヤーを手に川へ入る。青緑に薄く濁った水中へ分け入り、トラックの車体にしがみ付く。
牽引用の接続器を手探りで掴むと、ワイヤーの先端を当てがう。ロックを掛けたら、水面から顔を出す。
「レニ兵長! 引っ張ってくれ!」
機兵がウインチを巻き上げる。ずぶずぶと川底の泥からトラックが引き抜かれていく。危ないのでそろそろ離れようかと思った、瞬間。
水面に浮かび上がったトラックの屋根部分に、ワイヤーが掛かっているのが見えた。それは荷台と繋がっており、終端には水筒くらいの大きさの金属の筒が取り付けられていた。
なんだろう、と思った時には、それは
「マズい――!」
バカ正直に士官学校で勉学に励んだ成果が遅ればせながら頭の中に広がった。野戦教本の一ページ。
『跳躍地雷「いたずら好きのレーシー」。スプリングにより高度一メートル前後に到達、炸裂して広範囲へ破片を散布する』
前線で擱座した車両類には、鹵獲対策の罠が仕掛けられていることがある。一般には手榴弾とワイヤーの簡素なものが多いが、余剰の地雷を組み込むこともある。
私のバカが、首を括る直前に賢くなったって遅いんだ。
ビヨン、と間の抜けた音と共にスプリングが作動し、筒状の地雷が空中に跳ね上がった。