限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
死んだと思った。嫌いな故郷での、うっすい走馬灯がさっと流れていったからだ。
地雷が頭上に跳んだ直後、機兵が恐るべき速度で川へ飛び込んできた。高々とした波が水面を走り、大粒の水しぶきが雨と降り注ぐ。私は視界を覆う巨体に驚いて溺れかけたが、レニが跳躍地雷から私を守ろうとした意図はすぐに分かった。
結局、地雷は爆発しなかったのだが。
「……不発か」
地雷は泥の巻き上がった水中にあっけなく落ちていった。元より水中での使用は想定されていないのだから、それは自然な成り行きだった。私がもう少し冷静であれば、ただのコケ脅しに過ぎないことを看破できたのだ。反省せねばな。
「レニ兵長、もう大丈夫だ」
「……すみません、機兵を、川に」
「気に病むな」
ちょうど私の頭上に、半開のコクピットから申し訳なさそうな顔をのぞかせたレニが見えた。脚部の付け根まで水に浸かっており、もう一歩踏み込んでいればコクピットが水没していた。普通の車両と同じく、機兵も川に突っ込めば無事では済まない。これは、後で大掃除が必要だな。
とはいえ彼女の判断は最善だったはずだ。軍隊では、兵器は兵隊の命なんぞより大事だと教育されるが、まったくもって大嘘だ。物言わぬ兵器が人間より優れた判断を下してくれるのならこんな苦労はしていない。
気を取り直してトラックを陸に引き揚げた。当然ながら機関部はダメになっていたしタイヤもパンクしていた。それで、ジャッキアップして補助輪を取り付け、機兵に接続して『カラスの巣』まで荷引きしていく。
「これだけ苦労したのだ。きっと使えるものが残っているさ。なぁ、レニ兵長?」
「……」
レニは何が意にそぐわないのか、黙々と機兵を操作していた。後部座席から、その表情は伺い知れない。
コンテナが横倒しにならないよう慎重に牽引して、午後に差し掛かった頃に駐機場に到着した。出払っている間は無線を入れていたが、特にマーシャからの連絡はなかった。平穏無事に留守番していたようで何より。
「よし、私はクレーンでウインチを外す。レニ兵長はイリーナ一等兵を呼んで、コンテナの中身を検分したまえ」
「……」
返事がない。無線用ヘッドセットを外し、「レニ兵長?」もう一度呼ぶ。
「ぃ、たい……」
それでようやく、彼女がか細い声で何かを呟いていたことに気が付いた。彼女は機兵を膝立ちの姿勢に固定すると、震える手で投げ捨てるようにヘッドギアを外し、コードをブチブチと引き抜いた。そして、操作盤に頭から突っ伏してしまった。
「レニ兵長? レニ兵長、しっかりしろ! おいマーシャ二等兵、聞こえるか!」
再びヘッドセットを手に、無線室へ呼びかける。
〈――はい、はいな、何用でございやしょう少尉どの……〉
「アンナ二等兵を駐機場に
〈えぇマジ? あぁええっと、どなたか死にそうですかね?〉
「レニ兵長が痛みを訴えている。外傷はない」
〈――それなら多分、大丈夫でしょう。呼んできます〉
ドタバタと騒がしい音がして無線が切られた。何が大丈夫なんだ。
ひとまず、狭いコクピットに急患を倒れたままにしておくのはマズいと思い至った。コンソールに突っ伏したままだと、胸で気道が狭まる。
後頭部ハッチから脱出、機体フレームを伝って正面ハッチの前に到達。タラップを垂らす。下を見て、レニを見て、思わず唾を呑み込む。
「やるしかないな……」
機兵は膝立ち姿勢にあるとはいえ、正面ハッチから地上まで三メートル近くある。私はただの新任憲兵で、ぐったりした仲間を機兵から安全に降ろす訓練など受けていない。だが私より体格の小さいアンナに任せるのも酷だ。
駐機場に備えてあった整備用のマットをタラップの下に重ねて敷く。正面ハッチを完全開放する。レニをコクピットから引き上げ、「くそっ、機関銃邪魔!」、自分と彼女のベルトをお互いの腰に抱っこひもみたく括りつける。
一息に抱え上げると、全力で体重掛けてるのかってくらいの重量を感じた。これが倒れた人間の重さなのだと思うと、マッチョな衛生兵への崇敬の念に堪えないな。
あと、恐怖と責任感から思考を逸らそうとしたら嫌なことに気付いてしまった。レニは前線の人間らしく汗や垢が染み付いていて、密着すると胸元から酸っぱい匂いがした。よりによって、今、気付いてしまった。
「ソフィーヤ少尉ぃ、お待たせしましたあ!」
そろりとマットの上に着地すると同時に、アンナが到着した。急いで彼女の持ってきた担架にレニを移し、医務室に運ぶ。アンナもマーシャと同じく妙に落ち着いた反応で、もしかして本当に大事ないのでは、と私も思い始めた。
「幻肢痛ですねー」
慣れた手つきでレニにモルヒネを投与したアンナは、そう断言した。
幻肢痛とは一般に、手足を失った人間がその失った部位に痛みを覚える病気だ。だが見て分かる通り、レニは五体満足だ。どうやらアンナが言っているのは、それではないらしい。
「……機兵の操縦士さんによくある職業病なんです。ほら、機兵って、人間の
アンナが語ってくれたのは、機兵の運用現場ではほぼ暗黙の了解のように揉み潰されてきた事実だった。
機兵とはつまるところ、拡張身体である。
なぜあれが人間のかたちをしているかというと、人間の持つ不可思議な電気エネルギー――生体電流を「騙す」ためだ。複雑な五指のマニピュレータを操れるのも、頭部の視覚ユニットと操縦士の視界をリンクさせられるのも、すべて生体電流が機兵を我が身と錯覚しているからだという。
操縦士は生体電流の摩訶不思議を通じ、機兵を一時的に自分の身体と思い込むことであの巨体を制御している。
「それでですね? 機兵との“繋がり”が普通より強い人種みたいなものもあるみたいで……機兵からの感覚フィードバックを受けることがあるそうです」
「つまり、痛んでいるのは機兵の手足があった部分か」
初耳だった。具体的にどこがどう痛むのか検討も付かない、遠い痛みがレニを苛んでいるのだと。アンナとて現場の兵隊から聞きかじった限りの知識で言っているのだろうが、士官である私ですらそのような教育は受けてこなかった。
私は今まで、機兵とはバルテルシア連邦が誇る最新科学の結実なのだと信じてきた。祖国を妄信するわけではなくとも、そこを疑うのは思考リソースの無駄だと思っていたからだ。早い話、頼れる味方なら何でもよかった。
だが、その機兵の操縦士にこのような奇病が降り掛かろうとは。レニは脂汗を浮かべ、荒い息をしていた。とても戦える状態には見えない。
「なぜ、こんな重大な事実が前線で揉み消されていた?」
「科学的に説明がつかないんです。戦争が始まってだいぶ経ってから判明したそうですし、サボタージュと区別が付かないのです」
「しかし現に――」
「人種、って言ったじゃないですかぁ」
アンナが媚びるような、後ろめたいような上目遣いを向けてきた。手だけはお湯に浸した布巾を絞り、レニの汗を拭おうとしている。
「開戦初期に連邦へ編入されたバルサリカ半島の、先住民族ですよぉ。生体電流の“繋がり”が強いお陰で機兵乗りとして重宝されてる、レニさんみたいなサリク人です。可哀想ですけど、そういうことですよねぇ」
……ああ。
「そういう、ことか」
バルテルシア連邦とアルビオン同盟の係争地。連邦による編入を皮切りとした開戦。誇らしき祖国の最新兵器、機兵。その操縦者として適した民族。
おそらく何か、途方もない策謀が働いていたのだろう。八年を戦争に費やしてでも欲しかった何かがそこにあったのだろう。
しかし、あぁ、しかし……そんなことは、我々の問題ではなかった。それは我々の生活に、何の関係もない。これが冒険小説や戦記ならば、私の手に届く使命やら任務やらが降って湧いたのかもしれないな。だが、私が括れるのは自分の首だけだ。
「アンナ二等兵。監視塔のローテーション、今は君のはずだ。ここは私に任せて戻りたまえ」
「いいんですかぁ? 衛生兵として、少しでもお世話した方が……」
「戻れ」
気が付けば私は、アンナから濡れ布巾をむしり取っていた。