限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
レニへの安い同情心を発露させたところで、結局慰められるのは自分だけだ。それを分かっていながら、彼女の傍らで漫然と窓の陽が傾くのを眺めていた。
私も嫌なところで、少女だったのだなとしみじみ思う。捨てたはずの感情の切れ端が痛む。レニを苛む幻肢痛とやらに比べると、ずっと近くて甘ったれた痛みだ。
「おねえちゃん……」
何度目かに額の汗を拭いてやった時、レニが目を覚ました。彼女は濁った眼を私に向け、私が「おねえちゃん」ではないと気付き、ぎこちない動きでベッドから上体を起こした。モルヒネが効いてきたのか、症状のピークを過ぎたのか、やや表情が和らいでいた。
「失礼、しました。もう、大丈夫です」
「それを決めるのは君ではない」
「でも……」
「どういった条件であのような症状を引き起こすのか、それだけ教えてくれ。君が倒れた責任はすべて私にある」
レニはしばし黙考してから、躊躇いがちに口を開いた。
「≪クルーク≫が……機兵が痛みを覚えると、私も痛いんです」
「機兵が過負荷を訴えているということか」
「はい。先ほどは、脚部に相当する部分が、痛かったです」
レニは自分の脚から数メートルほど先の位置を指で示した。当然、その空間には何もない。
脚部の負荷。ウインチを背負わせた程度なら許容重量のはずだ。とすると、川に突っ込んで砂利でも噛んでしまったのが原因か。トラックのコンテナを引き揚げ、『カラスの巣』まで荷引きして帰ったのもありそうだ。
「あ、でも、ある程度は我慢できます。慣れてますから」
弁明のような口ぶりだな。それで安心できるわけもないだろう。
「機体を万全な状態に保っていれば、“幻肢痛”は抑えられるのか?」
「それは、難しいと思います。その、交換部品などが、少ないので……」
やはりそうか。人工筋肉帯にしたって、装甲フレームにしたって、機兵が動くだけで疲労し消耗していく。少ない員数、足りない補給でやりくりしている以上、機兵に負荷が掛かることは避けられない。だから本来、どんな兵器でも出ずっぱりにならないように複数編成する。この小隊にしたって、予備機とその人員が中隊司令部に控えていたはずなのだ。
「分かった。可能な限り機体に負荷を掛けないよう、整備を徹底させよう。無理な出撃も、なるべく控える」
自分でも無理を言っていると思った。
「ではレニ兵長、今晩は休め」
レニの反応を待たず、医務室を後にした。他人の痛みなど推し量りようがないのに、明日にはよくなっているとでも言うように。
すっかり後回しになっていたが、イリーナと共に持ち帰ったコンテナの中身を検めることにした。機兵が川に踏み込んでしまったため。イリーナには今の今までずっと駐機場でメンテをさせていた。正直、我々のせいで余分な仕事ばかりさせている点は悪いと思っている。
しかしだな、言い訳をさせてほしい。苦労して回収した物資が使えるかどうかを早めに確かめておきたかったんだ。胸算用で眠りに就いて、バカを見るのは明日の我々だ。
「あ~……だいぶ水没してますね、こりゃ厳しいスわ」
携行灯を手にコンテナへ入ったイリーナがぼやいた。
私の推察通り、あの輸送トラックの積み荷は電磁加速砲の予備砲身だった。入っていたのは六本。そのうち四本は水没によって内部の導電モジュールが破損し、一本は着底時の衝撃でレールが歪んでいた。
一本だけ、無事なものがあった。ただし。
「これ、訓練用の砲身っスよ」
イリーナの話によると、電磁加速砲はとにかくお高いユニットのため、訓練射撃用にいくらか高額なモジュールを廃したものも出回っているらしい。前線でも射撃訓練は当然のように行うため、それがあの輸送トラックに積まれていたのも頷ける。
が、問題は。
「実戦用とどう違う?」
「特殊触媒を注入した冷却モジュールが付いてないんス。訓練時は水冷ジャケットで代替するんですけど、それでも三発撃ったらダメになりますよ」
「……冷却モジュール、作れないか? ここにその残骸はあることだし」
ダメ元で訊いてみたら、イリーナは軽く咳をした。鼻で笑ったのを誤魔化したのだ。憲兵をバカにするなんて許さんぞ。
「ンなことできたら、あたしは今頃飛び級で大学居ますよ」
ダメか。
よりによって、なんでこうなるかな。二発のうち一発は弾道特性の把握に費やすから、自由に使えるのは実質二発じゃないか。
胸算用はせずに済んだ。代わりに不貞寝した。
次の日。私を起こしたのは、指揮官室に据え置かれた伝声管を通じたマーシャの報告だった。彼女は昨晩から監視塔の番をしていた。
〈通りがけの難民が、食糧を分けてくれと叫んでます。少尉どのぉ、どうされます?〉
私は寝台から跳ね起きた。受話器を取る。
「何人いる? 年齢と男女の構成は?」
〈えー……五人家族で、母親とその子供っぽいです。大人の男はいません〉
「了解。私が応対する。人数分、適当な缶詰を見繕っておけ」
〈はえー、少尉どのお優しいですね〉
別に優しくなどない。わざわざ軍の監視所に近づいていくということは、わずかなりとも交換する価値のあるものを持っていると踏んでのこと。ただの物乞いなら追い払うまでだ。
しっかり軍服の襟を正し、軍帽の埃を払う。前の指揮官が地元民に描かせたと思しき地図も持っていく。あとは、適当に菜園からトマトをもいでいく。
いかにも尊大なふりをして、正門前に立つ。
「疎開民か」
その一家は灰色の髪と目をしていて、レニと同じサリク人だった。一様に汚れた身なりをしており、粗末な荷車を牽いていた。
「どこから来た?」
さっそく地図を広げて見せると、一家の母親が北の方を指した。この地図に軍事情報の類は描かれていないが、アルビオン軍の陣地があると目されている地帯よりも北だった。
しめた。彼らは敵陣地や敵軍の様子を見ているかもしれない。
「道中、アルビオンの連中を見かけたか?」
荷車に腰掛けていた、幼い子どもに牛の缶詰を一つ手渡す。上の子どもたちが羨ましそうに目を丸くした。
母親が、慎重に地図の一角にある村を指差した。
「ルカヴァ」
その村の名を言うと、母親は内緒話のように一段声を落とした。
「小さい戦車と、兵隊が数人。村の鐘楼近くで」
小さい戦車とは、こないだレニが撃退した偵察戦車のことかもしれない。数名の随伴を加えて、こちらを監視するための前哨基地でも作っているのだろうか。
頭の中に戦略地図を呼び出し、等高線を目の前の地図に重ねる。鐘楼の回りに遮蔽物や茂みの類はない。監視するにはよい位置取りだが、待ち伏せには不向きだ。
この一家がアルビオン軍が放った
「ふむ。ありがとう、受け取りたまえ」
他の子どもたちにも一人ずつ缶詰を渡す。母親にトマトを渡すと、彼女は頭巾を外して大事そうに包んだ。
「まっすぐ南へ進めば舟で川を渡れる。橋は落ちているから、荷車は諦めろ」
一家は自分たちの来た道を振り返ることなく、そそくさと丘陵を下っていった。
もともとそこに住んでいた民間人が戦火の合間を縫って逃げる一方、他所から居座ってきた兵隊たちは彼らを引き留める余力すらない。一体何のために戦っているのか、分からなくなる。
別に平和が一番とか戦争なんて下らないとかそういう話ではなく、なんというか、「やってる感」を覚えてしまう。誇らしき祖国よ、そういうところだぞ。下々まで気持ちよく酔わせる努力を怠るからこうなるのだ。
「敵の監視拠点。放置すると面倒だな……」
されどこのソフィーヤ・アレンスカヤ、たった一人で督戦を担う憲兵だ。私にはこの部隊が崩壊しないよう努める義務がある。たとえそれが、泥船の水を掻き出し続けるような虚しい行いだとしても。
また、レニに無理を強いることになる。恨みを買って後ろから撃たれなければいいが。いいや、あのような美少女に撃たれるなら悪くない首の括り方なのではないか。なんてな。