限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
ルカヴァ村への威力偵察に出る旨をレニに話すと、彼女は二つ返事で了承した。
“幻肢痛”の具合はどうか、などとは聞かなかった。二本の脚で立って敬礼までしている以上、作戦は可能と判断した。
「電磁加速砲を積んで行こう。射撃は最終手段だが、持っているだけで威嚇になるだろう」
砲身にイリーナの作った水冷ジャケットを装着。背部ハードポイントにタンクを背負わせ、ポンプで繋ぐ。循環システムは手動で、砲の機関部から機兵のマニピュレータで操作するようにしてある。
ここまでやっといてなんだが、一発も撃たずに終えたいものだ。試射もしていない状態で戦うのは避けたい。
私たちを乗せた機兵は、朝のうちに『カラスの巣』を進発した。ルカヴァ村までは片道一時間。見晴らしのいい北の監視エリアを抜けて、そのまま道なりに行った先にある。
レニが黙々と機兵を歩かせているので、私も黙っていた。
女の尻を眺めていられる職場。ここはまさに、それだった。とはいえ、後部座席は無線席であり車長席である。私には、余計なことを考えている余裕がなかった。
「地雷に気を付けろ。私も地面状況は注視するが、機兵の視覚ユニットの方が頼れる」
「……頑張り、ます」
レニが頭部ユニットをぎこちなく回しながら、慎重に歩みを進める。出来る限り道路を避け、敵車両――おそらく偵察戦車――の
「ソフィーヤ少尉。鐘楼、見えました」
照る陽射しに汗が滲んできた頃、村の入り口より結構手前でレニが立ち止まった。私も後頭部ハッチから顔を出して双眼鏡を覗く。遠景に煉瓦造りの小ぢんまりとした鐘楼が見えた。
「こちらも確認した。警戒しつつ、接近」
「了解しました」
機兵の図体なら、既に相手もこちらを発見しているだろう。双眼鏡で測距しながら接近させ、機関銃の有効射程に入ったところで停止命令を出す。
「鐘楼に射撃、指切り二発だ」
「はい」
レニがコクピットに据え付けた機関銃を構えた。命令通り、二発の銃弾が正確に目標へ吸い込まれた。ごぉん、と一度鳴った後、二発目で鐘が弾き飛ばされた。地上に落ちた鐘が、ぐしゃぁん、と無様な断末魔を上げる。
脅かしは充分な効果を発揮した。鐘楼の地上階から、アルビオン兵が二名ほど転げ出てきた。彼らは機兵の巨体にビビり散らかし、一切反撃することなく村の中心部に向けて走っていく。
「偵察戦車と合流する気だな。撃破したいが……」
アルビオン軍の偵察戦車には三十七ミリ砲が積まれている。こないだの襲撃に参加していなかった以上は虎の子の砲火力なのだろうが、だからこそ接近できた時に仕留めたい。
だが村の建物が思ったより多く、見通しが悪い。やみくもに突っ込むのは危険だな。戦車砲としては貧弱な部類に入るが、至近距離から喰らえば機材の損傷は免れまい。
どこぞの家屋のガレージか厩舎にでも隠れていそうだと思って、私が座席の上で戦略地図を広げていると、レニが遠慮がちに振り向いた。
「あの……ソフィーヤ少尉。敵戦車は村の中にはいないと思います」
「なぜそう思う」
珍しいことに、いや出会って数日の仲に珍しいもなにも無いかもだが、レニが意見を具申してきた。レニは戦略地図のめぼしい位置に指を差しながら、慎重に続ける。
「えっと、ルカヴァ村で戦車を掩蔽できる建造物はこの……三点ほどです。うち、一つは袋小路、もう一つは離脱に複数の転回を要し、奇襲に向いていません」
「最後の一つは橋を通って対岸側に逃げる経路があるように見えるぞ」
「あの橋の対荷重は、五トン程度です。アルビオン軍のあの型の偵察戦車は十トン弱あるので、無理かと……」
私は確認のため、後頭部ハッチから村の全容を覗いてみた。五メートルの視座から俯瞰すると、レニの指摘通りそれらの建物が待ち伏せに向かないことがよく分かった。
「よく知っているな。土地勘があるのか?」
「……ぇぇと」
レニは形のいい眉を弱々しく下げた。戦闘中に、余計なことを訊いてしまった。
「すまない。では、敵戦車は既に村を離脱したと思うか?」
「いいえ。待ち伏せに、適した場所が一か所、あります」
レニは再び地図の一点を示した。村の目抜き通りをまっすぐ北に抜けた先、村境の近くだ。
「機兵が侵入しやすい大通りへの、射程が通っています。それと、北の道路裏は緩やかな斜面で、地面も柔らかいです。だから、ハルダウン陣地を作りやすい……です」
私ももう一度双眼鏡を手に取り、様子を探る。逃げ出した敵歩兵は大通りの方へこれみよがしに潰走している。そこから注意深く北に目を向けると、道路脇に掘り返した土の痕跡がわずかに見えた。プラムの木立ちから、短く砲身が突き出しているのも確認できた。
「素晴らしい!」
頭を撫でてやりたい、いや止めておこう。どうやらレニにはこの近辺の土地勘があるらしいが、今大事なのは敵の釣りを見抜いてやったというアドバンテージだ。今度はこちらが仕掛ける番だ。
「村外縁を回り込み、敵戦車へ接近。機関銃による狙撃にて搭乗者の無力化を試みる」
「了解、しました」
私が後部座席のシートベルトを締めると、レニは機兵を急発進させた。鋼の巨躯が轟然と駆け、瞬く間にトップスピードの時速七十キロにまで達した。半開のコクピットからの景色が、高速で過ぎ去る。
「跳びます」
レニが短く通達する。直後、強烈な浮遊感があった。村を貫く水路を機兵が飛び越えたのだ。何を思ったか、私は跳躍の瞬間、帽子を押さえていた。
鈍く腹を揺るがす着地の衝撃が、私の尻を強かに打ち付けた。ショックアブソーバーが機能していても、痛いものは痛い。涙の溜まった目で、後部座席の天井に衝撃姿勢用の手すりがあることに気付いた。レニは衝撃の瞬間、腰を少しだけ浮かせていた。
「避けます」
「えっちょまっ」
尻の痛みも収まらぬうちに再び全身が重力から投げ出される。横っ飛びに避けた軌道を、敵戦車の三十七ミリ砲弾が轟然と過ぎ去っていく。今度は着地する前に手すりを掴むことができた。腰を浮かせて衝撃に耐える。
機兵が砂埃を上げてスライディング気味に停止した。砲煙を纏う偵察戦車との間合いは百メートル。レニは間髪入れず機関銃を手繰り寄せ、単射を繰り返した。薬莢キャッチャーがカランカランと音を立てる。
「おそらく車長を仕留めました。敵戦車、移動停止。砲塔は動いています」
「……よ、よくやった。照準そのまま、円運動で射界から逃れろ。私は拡声器で投降を呼びかける」
機兵は動きを止めた敵戦車を中心に、円を描くように歩き始めた。徐々に半径を狭めていき、機兵の脚部で車両を踏み潰せる距離になったらタイムアップだ。
レニにレシーバを渡された。
〈当機は電磁加速砲で貴軍を粉砕することも可能だった。そうしなかった理由を察してほしい。貴軍が死傷者を連れて大人しく引き下がるのなら、こちらも追撃はしない〉
コクピットの隙間から、離脱を図ったと思しき偵察戦車の様子が窺い知れた。まったく、オープントップの車両では戦いたくないな。機関銃を据えるために正面ハッチ半開にしてるこの機体ではとやかく言えないが。
しばらくして、砲塔の回転が止まった。機兵も歩みを止めた。
生き残ったアルビオン兵、おそらく操縦士が砲手と共に車両から這い出てくる。彼らは緩慢な動作で村の中に置き去りにしていた歩兵たちにだらりと手招きした。武器を持っていた者はあっさりと捨てた。
それで、偵察戦車の車長がこの部隊を兵隊として「縛って」いたのだと分かった。敵部隊は課業が終わったかのように、疲れた体を引きずって、ここよりもっと北の方にある陣地へ向けて帰っていった。あるいは、帰らないのかもしれない。落伍してどこかの街に身を寄せた方が生き残れる場合もある。
車長はアルビオン兵の誰にも回収されず、オープントップの車体の上に置き去りにされていた。誰も、彼を省みず、打ち棄てていた。
急に、吐き気がしてきた。
「……ソフィーヤ少尉?」
レニの怪訝そうな表情が私を見上げる。
私の覚悟など。新任の憲兵少尉の覚悟など、吹けば飛ぶようなものだ。だが、他にどんな道があった?
「レニ兵長、私はな……」
声が生娘みたいに震える。私は、そんなのではない。
処刑台の傍を選んだのは、処刑から最も遠い場所だと思ったからだ。最も敬虔な処刑人は、最後、己の首を誰かに差し出さねばならない。最後に選べるのはそれだけだ。それだけは、選べる。そう信じて、縋っている。
「君になら、殺されてもいい」
私は、私だけの楽園を持っている。