限界? 死にたい? 逃げられない! 少女たちとズタボロ最強人型兵器の明るく楽しい末期戦! 作:西園寺兼続
冷静に考えて、今の私はキモ過ぎた。
キモいキモいキモいキモい、四回己を罵倒してみて自尊心が「なにくそ」と再起しなかったので、やはり私はキモかったのだろう。
「すまない、レニ兵長。今のは忘れてくれ」
「ソフィーヤ少尉、あの、よろしいでしょうか」
「いやダメだ、忘れてくれ」
「あ……の、そうでは、なく……」
レニは弱々しい語調のわりに、後部座席の方へ身を乗り出してきた。彼女は無線を一瞥し、それが沈黙していることを確かめてから言葉を続けた。
「お疲れのようでしたら、少し、休憩しませんか」
「……休憩?」
「はい」
レニは再び機兵の操縦に戻った。機体は村の中心部へ向けて、厳粛に歩き出す。
通い慣れた通学路みたいに、機兵は勝手知ったる足取りで道をゆく。
「ここは、私の……友人、が住んでいた村です。戦争で故郷が焼かれた時、疎開してお世話になりました」
「友人」でつっかえたのには、事情がありそうだった。でもそれを私が問うのは酷く野暮に思えて、黙っていた。彼女が自分から、それも自分のことを語るのは初めてだった。
「彼女は、自警団に入っていて、ときどき、お腹を空かせた私のために、食糧を誤魔化してくれました」
彼女。それで、そのひとはレニが“幻肢痛”で倒れた際に言っていた「おねえちゃん」なのだと察した。何やら漠然とむかついてきたが、黙っていた。腹の内を晒してくれるということは、我が背中を撃たれる確率が少しでも減ったということだ。
「彼女は、隠すのが、上手でした」
レニはとある民家の前で機兵を停止させた。機体に膝を付かせて、正面ハッチを解放する。レニが迷いなくタラップを降りていくので、私も続いた。
「略奪されるのは止められない、と、彼女は言っていました。でも、人が踏み込まない場所に隠すのは、簡単だと」
民家の裏手に、枯れ井戸があった。腐った木蓋をレニが外した。覗き込んでみると、底には落ち葉が溜まっているだけだった。
「内壁に、小さな棚を掘っています。覗くだけでは、見えません」
そう言うと、レニは点検用に内壁へ突き刺したステップに脚を掛けた。危ないぞ、と止める間もなく、彼女は慣れたようにさっさと降りていく。そして中腹あたりで、壁の中から麻袋を引き出した。
「なるほど。強かだな……」
何やら気に食わん「友人」に、ささやかな賛辞を贈ろう。ただし私の故郷の街では、このようなやり方は通用しないだろうとも思う。あの陰鬱な地では、他人の家の枯れ井戸だって根掘り葉掘り調べては密告したがる屑が大勢いた。
麻袋の中には、ガラス瓶が一つだけ入っていた。中身は角砂糖が四個っきり。レニはネジ蓋を何のためらいもなく開け、その全てを手のひらにひっくり返した。
「持ち帰って、分配するべきだとは、分かっています。でも、今必要なのは、少尉だと思います」
私は茶褐色の立方体と、レニの灰色をした瞳を見比べた。いつも自信なさげに伏せられた目付きが、今日に限って私を射抜く。
「私は、試されているのだろうか」
からかってみたが、レニは固く唇を結んで私を見つめ続ける。
誇らしき祖国は、貢献を美徳とする。家族への貢献、友への貢献、委員会への貢献、党への貢献、部隊への貢献。結局のところ、私が軍服を脱がずにいるのは、美徳から
「ふむ……まぁ、しかし……」
言葉を濁してみたところで、結論は決まっていた。四つの角砂糖を持ち帰ったところで、五等分はできない。戦時において札束より価値のある甘露を前にして、誰かがお預けを喰らう。
「誰かが得をしなかった」は、「誰もが損をした」よりずっと質が悪い。
「分かっていて不和を持ち帰るのは、本当の誠実さではないな」
二つ、彼女の手のひらから摘まんで口に放り込む。砂糖の塊は舌の上で瞬く間にほどけ、長い間ご無沙汰だった喜びを脳みそに伝えてくれた。
「レニ兵長も食べたまえ。証拠隠滅だ」
「はい、少尉」
レニはご命令ならばといったふうに残りの角砂糖を口に含んだ。その小さく開かれた唇に、視線が吸い寄せられる。わずかに指に残った砂糖のかけらを短く出した舌で舐め取る様子を、目で追ってしまう。
抑えた表情の中で、かすかに緩んだ目元が主張する、罪悪への愉悦。いたずらな童女の顔と、罪悪を楽しむ魔女の顔をないまぜにした、その姿を目に焼き付ける。
「……ソフィーヤ少尉?」
嗚呼、誇らしき祖国よ、偉そうに指揮官ぶりながら優しい部下をエロい目で見て憚らぬこのキモ過ぎ女をお赦しください。
え? 女色などという道徳的頽廃にウツツを抜かす国賊に端から救いなどないって? じゃあ仕方ないな、前言撤回で。私が気兼ねなく女を侍らせていられないのはどう考えてもお前が悪い。勝つでも負けるでもなく無様な戦争ダラダラ続けやがって。
「何でもない。さて、帰投しよう」
内なる自己正当化……もとい葛藤を胸に秘め、私とレニは再び機兵に乗り込んだ。
近辺に無線妨害の類は飛んでいなかったので、帰る前に『カラスの巣』に帰投の旨を一報しておこうと通信を開いた。
すると、ヘッドセット越しにマーシャの慌ただしい声が届いた。
〈しょ、少尉どの! 中隊司令部から通信が!〉
「なに? 無事だったのか」
よかったよかった。少なくとも最悪の展開だけは避けられたということだ。
〈中隊長から少尉どのに極秘の要件があるとのことですが……〉
「分かった、すぐに戻る」
極秘の要件。通信兵のマーシャに仔細を伝えなかったということは、部隊運営に関わる話か。こういう時、良いニュースか悪いニュースかだけでも言っておいてくれたら気が滅入らずに済むのだがな。
帰り道は、往路で機兵が踏んだ轍をそのままなぞるような経路を通った。敵がこうした行動を見越して、複数踏むことで起爆する対戦車地雷などを仕掛けている可能性もなくはなかったが、もうそこまで警戒するのは無茶というもの。仕掛けられていたら、その時はその時だ。まったく兵隊の命は安いな。
レニの穏やかな操縦がもたらす機兵の足取りに揺られ、私は詮無きことを考えていた。
――おねえちゃん。
ここに赴任する前に、周辺の戦況は頭に入れてある。ルカヴァ村近郊は開戦当初、バルテルシア連邦の支配地域だった。
あの村が公式に
その時、村では虐殺が起きたとされている。