ある作品の、そしてある意味今後の世界の話をしよう。
複数人の親交ある作家による特撮パロディ小説企画「エネレンジャー」、それはヒーロー好きの発起人が、戦隊シリーズの終了にあわせて「自分たちだけの戦隊もの」を作りたいということから始まった企画だ。
リーダーキャラを担当する作家によりモチーフに自由度を持たせる『個性のエネルギー』という概念とそれを支えるパワーソースというSF設定が、そして他の作家がそれぞれが自由にキャラクターや必要な各種設定等を作り、各作者と企画者が各章を書くというものであり、全六巻の本編も完結し展開終了後も補完するための短編小説などか盛んに書かれたそれはそれなりにヒットし、コミカライズなどの末に『架空の劇場版』をモチーフにした続編が発売された。
だが、その続編の内容は知ることは、学生の七間 玲(しちまれい)には無かった。
彼はその本を買おうとした日に、事故によりこの世からいなくなってしまったのだから。
そして彼は、転生した。
劇場版のボスにして終戦学会の残党エータ。
人の姿をした虹の龍、自然と神秘の裁定者として人類に仇なす定めを背負って生まれ、その身の呪いを祓うためにあらゆる技術を求めて学者となった果てに自らの技術が間接的に他者を不幸にしつづけ大切な人も失った果てに「争いという知性体による災いによる不幸のない世界」に共感し終戦学会に名を連ねた者。エネレンジャーたちの「あったかもしれない」ifの鏡映し。
その過去の姿、レイン・アークに。
「……何がどうなって」
声が高い、背が小さくなったように感じる。そんな違和感を抱きつつ何もわからずレインとなった玲は回りを見渡してみたり身の回りのものを探してみる。
ポケットの中には飾り気のないスマホがひとつ。その黒い画面は自分の今の体を映す。
銀色をベースに虹を思わせるインナーカラー、メッシュが入るボブカットの髪、目に隈を浮かべた妙齢の女性。
その瞬間、自分が他人になったのは
周りは古びた錬金術の研究室であり、学者のようであるのは分かる。
次は大量に並ぶ本やメモから何かを探ろう、そう思うのに示し合わせたようにひとつの書き置きを見つける。
──私は自分の運命に疲れました。しかし、私の体はそうそう死ねないようなので精神(たましい)を殺すことにしました。けれどきっとこの器は動かすための新しい魂を求めるでしょう。そして、その魂は「近い時期の死者」から選ばれる。このメモを読んでる、私に生まれ変わった貴方に告げます。これから貴方が名乗る私の名はレイン・アーク。地球が生んだ人型の龍。つまりは、ドラゴンに変身して人類を破壊する人類破壊爆弾で、『開拓と駆逐の業により自然の均衡を崩す知性体』である人類を滅ぼす定めにあります。
貴方がこの運命をどう受け止めるかは貴方次第です。従いただ待つのも構いません、残された時間と私の体を放縦に使うのも……私には止められません。けれど、もしも貴方がこれに抗うのであれば、頼みます。使える全てを使って止めてください。
「……待て、待て。俺はいったい何になったんだ」
文面を見て、彼は冷静に整理を始める。この体は魂を自殺した。そして自分が入った。
そして自殺したのはあまりにも突飛な『設定』に理由がある。この理由が電波なのか真実なのかは分からない。
けれど、この『設定』は何かに似てる。似てる設定はごまんとあるが、真っ先に彼の脳裏に浮かんだのは
方や剣帝の生まれ変わりを予言された存在、方やあらゆる
そこまで至って、レインは首をかしげる。
「……なぜエネレンジャーのことを?」
彼にとって不自然な、しかし正解に近い直感に常識がブレーキをかける。自分の知る創作物の世界に転生など、あり得ないのだから。
彼は、探索を続ける。メモをあさり本に目を通す。
「魂と肉体の錬金的分離あるいは再錬成」、「呪詛祓いの儀式」
「生物学的変性を利用して龍化の進行の発症抑制」
厨二病でしかみたいような突飛なものがたくさん飛んでくる。そしてその全てに失敗のニュアンスの追記が、さらには自分の研究の一部を人に役立てようとして悪用されたことの後悔すらも栞のようなものとして挟まれている。
さすがにこれが、『今いる場所における現実』だと嫌でもレインは感づいていく。そして彼女が死を選んだことの輪郭もだ。
人を不幸にしたくなくて自分の運命に抗い、失敗しても何かを残そうとした結果が人を不幸にする技術をばら撒くというものであるならば、もはや自分の行動で運命に抗う意味はないとしてしてまうのも分かる。
けれど、待てなかったとも義憤が浮かびあがる。
それは自分が代わりに押し付けられたことの八つ当たりであり、一人のことを思い出したから。
『彼』は、無気力の結果でしか無かったが。待てた、待って『希望』に繋いだ。
良くなるとは限らないが、しかし耐えれば開けた道もあったのだろうと
ひとつだけ、特異なメモを見つける。
「イデア理論」
その詳細を見ることなくレインの頭の中に稲妻が走る。
これは
そしてその前提である、人間に紐づいた形而上実体の実在を証明する理論。
つまりはここはエネレンジャーの世界で、天才であるギフトレッドやカレントホワイト、そして名だたるマッドサイエンティストたちがいる世界でもあるという証明に他ならない。
だが、同時にそれにたどり着いたのに諦めたのかという疑問が浮かびあがる。
その証明を確信すべき読み進む。
『千葉理研の学生が卒業論文で発表したエネルギー理論、魂の存在および魂と肉体の情報差が生むエネルギー『パワーソース』の概論。情報体としての魂の科学的観測の可能性、これにより情報を把握・干渉して龍の宿痾の分離という手段。
しかしこの技術と理論は初期段階であり、自分の目的のために使えるほど成熟した学問として今すぐ成り立つことは難しい。自分で独自研究することはおろか彼ら自身の研究でも、一世紀はかかる。もう四半世紀もなく、間に合わない』
……かつての『レイン』は希望を確かに見つけた。だが、彼女の視点ではその希望を目指すにはあまりにも早すぎたのだった。
エネレンジャーが物語である世界の玲である今のレインは、エネレンジャーの結成による大規模組織化に伴い、パワーソース研究者たちが集められた最先端の研究機関となった未来を知っていたから彼女の存在だけでどうにかしてしまうかもと思えてしまう。しかし、物語の中の張本人の彼女にはそれを知る由もなかった。
もしも、知るのがもう少し遅ければとレインは考える。そうなれば違う未来もあったのだと、少し感傷的にもなってしまう。
だが、皮肉にも『本来の世界のレイン』はパワーソースの研究に託すよりも早く『終戦学会』の思想にたどり着いてしまう運命にあるのをその先を買えなかった彼女には知る由もない。
「さて……今がいつ、という話だ」
彼女のものであるスマートフォンのロック画面を見る。
年月を見るに本編の数年前、まだパワーソースにまつわる研究やパワーソースの宇宙開発利用のためのヒーロー組織を計画し始めた頃だろう。
うまく彼らに取り入り、この呪いを解く道を探すしかやれることはない。
だが、彼らの席に連ねるための超人的頭脳もコネも一般人の玲が転生した今のレインにはない。あるのはこの世界の特定のヒーローや周辺の顛末や人物の情報である。
いきなり長く生きている他人の体に投げ出されて自分の身分もあやふやな立場ではそれすらも活かせない。
だが、レインには考えがあった。
『千年紀の誓い』に自らを売り込み、数年後に剣士郎が臣下を取りまとめるタイミングで研究所に入れば協力を取り付けられると。
自分に超常的な力が宿っているらしいのは分かるし戦力にはなれるだろう。あるいは研究部として徴用されるために、それが冒涜であることを呑んで前のレインの研究結果を渡すか。
だが、……接触の方法が無いのが現実だ 。あるとするならそれこそ神門剣士郎の実家に姿を現して押し売りするくらいでる。
つまりこの研究所の位置情報も知らねばならない、と考えた彼は部屋から外に出てみる。
この研究室は地下の隠し部屋のようで、薄暗い階段が続き、れらを抜けると辛うじて生活感を残した居間が迎える。
そうして玄関を抜けてみるが、荒涼とした自然が広がっており人里からやや離れた寂れたところにあるということしか手がかりも出てこない。
スマホのパスワードが分かれば、と考えるのも束の間。
すらすらと彼女の頭の中にそれが浮かぶ。物理的な頭に残された情報が、まったく違う魂の記憶になぜかなじんでいく。
それに少し違和感を覚えつつも情報が確認できるという安堵のほうを優先したレインは、
自分の場所を確認するとは胸をなでおろす。ここはどうやらチバシティの近くらしい。
「……海を渡り長い旅をしなくていいのは良かった」
と、考えるが話はあまり進んではいない。
かつての彼女に出来ること自分には出来ないのだ。転生前は玲というただのキャンパスライフホヤホヤの大学生だった彼女には、車もまだだ。
体の持ち主が残した魔術を漁るか、地道に歩いてみるか。あるいは。
「龍の因子があるなら……部分変身とか出来るよな?」
原作において龍である遥香も基本的に全身龍化を好んでいたが龍人、半龍のような部分異形化する描写があった。ならば龍になる可能性がある身なら不可能ではない、と彼女は判断する。
試しに外に出て、背中に力を込めてみる。
すると、思いのほか楽に背中に翼の感覚を覚える。
これによし、と味を占めたレインは思うまま飛んでみる。そもそも成るべき龍が気象に属する力ゆえか、彼女がただこう飛ぼうと思うだけで風を掴み勝手に動く。
「これなら……いける」
そう確信した彼女は、調子に乗ってあちこち飛び回る。普通の人間ではあり得ない俯瞰の景色に高揚し、体に吹き抜ける風も楽しんでしまい少しだけ置かれた使命を忘れていた。
しかし、素人が浮かれれば事故は起こる。
低空飛行中のふとした油断により、体が樹木に引っかかる。転生して異形化を試したばかりで龍としての膂力の出し方も知らない彼女がじたばたもがいても動かない。龍化を解こうとするが、いっこうに翼は萎びることは無かった。
「……詰んだ。浮かれて間抜けなことして詰んだ」
こんな里山に人が来るはずもない、このまま戻らねば一生宙吊りだ。そんな終わりがあり得るのか、せっかく体を引き受けて未来を変えようと決意したのにこんな滑稽な終わり方が待っているのか。と絶望する。
だが、その絶望に一筋の光が差す。
「天狗みたいなのが木に刺さってるのを遠眼鏡で見たって言ってたけど……からかってるんじゃないよな?」
どこからともなく聞こえる声と足音。それはあどけない中に芯を感じるものだ。そして、その声の主は近づくにつれ姿を現す。
外での鍛錬を物語る褐色の肌にさらさらとした灰色の髪で、体格は小柄で華奢ながらも体幹はしっかりしている少女。
レインはこの少女を見てあるキャラクターを連想した。が、本人であるという確証もないしあってもいきなり名前を呼びかけるわけにはいかないしなにより抜け出したい。
「おーい、そのこの女の子ー!」
と近づいた少女を大声で呼ぶ。
それに気がついた少女はレインを見ると、翼を生やした妙齢の女性がじたばたしているあまりにも怪奇がすぎる状況にしばらく訝しむと、尋ねる。
「……ええと、木に刺さった天狗ってあんたの事?」
「まあ翼生えてるしたぶん」
「多分って……で、なんで……ここに?」
「飛んでたら引っかかった。助けて」
「……分かった。ちょっと待ってろ」
少女は一足飛びに木の枝の上に飛び乗り、いくつか刈り取ってレインを動けるようにする。
レインはそのままゆっくりと軟着陸すると、安堵と緊張の混じった浅いため息をする。
「マジで助かった……」
「あんたが何者かわからないけど、人目がないところでそういうのやめたほうがいいぞ。いや人前で翼生やして飛ぶのもダメだけどさ……」
やはり、あの子だと確信する。
「名前、聞いてもいい?」
「私……? 私は……鞍坂凛音。ここから近い場所にある里の子供だけど」
「やっぱり凛音ちゃんだ!」
「いきなりちゃんづけで呼ぶな! やっぱりってなんだ!?」
鞍坂凛音、スラッシュブルーのサイドキックの一人であり彼を主人公にした伝奇ラブコメスピンオフにおけるヒロインだ。
そして、数年後神門剣士郎を狙おうとした刺客でもある。もちろん失敗したが。
そしてレインは思いつく。彼女を通して接触する第二のルート、つまり凛音の『魔王退治』に乗っかれば組織というリスクを通さずに安全に剣士郎と接触し、そこから博士の仲間になれるだろうことを。
「凛音ちゃん、良かったら君のとこで私を雇って。当主候補でしょ」
とりあえず細い糸でも繋げばいい、と。ダメ元でレインは誘ってみる。
「……誰が不審者なんか。って、なんで知っているんだ私が忍の家って」
「私は情報持ってるからね。たとえば凛音ちゃんがムフフな本持ってることも」
レインは自分でもまずい、と思いながら言葉を続ける。このまままでは「胡乱な振る舞い」を止められなくなる、玲としての普通の人間としての素とは程遠いキャラの仮面を続けてしまうのだから。
とはいえ、最終的に自分が何でも知ってて底がしれない上目的のために取引してると思われればそれだけでも充分であり自分の振る舞いはとりあえず後回しにすることに彼女はした。
そもそもこれリアルの人間相手にはセクハラではないだろうか、というのもついでに鑑みないようにした。
「あれは兄さんたちの部屋を掃除したら見つけただけだ! 未成年なのにあんなの持ってるから兄さんが悪い!」
凛音は顔を真っ赤にしながら言い訳をする。
明らかに言い訳になっていない言い訳ではある。
レインはとりあえず話はこれで聞いてもらえそうな流れになったので切り出してみる。
「あとは、魔王のこともね」
「魔王……?
「数年後、この世界には『魔王』が復活するし君たちにもそれを討伐する命が下される。私は未来に来る『魔王』をどうにかするためにに貴方たちと協力したい」
色々混ぜてレインは説明した。数年後の魔王と彼女が本当にどうにかしたい何かは別人であるが、それを為すには魔王に接触するのは不可欠であるし嘘はついてはいない。が、それでもだいぶ突飛な内容であった。
「魔王って……そんなゲームみたいな。いやでも、父さんは戦ったんだよな魔王みたいな奴。
この世界は1999年に大きな戦いがあり、それをきっかけに
「けどさ、自分で魔王と戦えばいい気もするけど?」
「魔王が復活するのは分かってる。そして、それと戦う命令がいつか下されるのは分かってる。どこにいるかまでは知らない。だから、君たちの仲間に入って情報や戦うチャンスが欲しい」
「変なの……知らないこともあるんだ」
「私が持ってる情報はわりと偏りがあるんだよ。君のプライベートだったり世界の辿るべき未来だったり。けど、それ以外は割と穴だらけ。だから、忍者の里」
「はぁ……なんか事情があるのは分かった。けど、私が掛け合ってもどうなるかわからないぞ」
「それならそれで他の手段を探すよ」
「ならいいけど。そういえば名前聞いてなかったな。呼ぶの不便だし聞いても?」
「レイン・アーク。レイって読んでね」
レインは、当然ながらその今の中身は玲である以上レインという他人の名前で呼ばれるのは歯がゆかったのだ。だから、ちょうど名前が似ているのをいいことに前世の名前をニックネームで呼ばせることにした。
「レイか、よろしく。じゃさっそく里に案内する。ちゃんと捕まってろよ」
凛音はレインの体を俵のようにがっしりとつかむと、走り出す。
その速度はレインが飛んだ時のそれに似ており。つまり自分はこの少女にすごいスピードで振り回されながら移動してるのと同義であり
「凛音ちゃん!? もう少し優しく出来ない!?」
「そんくらい平気そうだったからつい……でもゆっくり帰ったら日が暮れるぞ」
実際自分で出すなら平気だ、自分で出せるならば。しかし自分から制御されてないスピードは同じ速さでも案外怖いものだ。助手席の100キロと運転席の100キロは違う。それをより生身でレインは思い知る。
そしてレインはしばらく恐怖と揺れを味わいながら里へと運ばれたのであった。
ようやく
「……あっ、ヤバ吐きそう。死ぬ、いや死ねないっぽいけと」
「強そうだが弱そうだが分かんないなお前」
「俺……じゃなかった私にもわかんない……」
「まったく、その調子で魔王とやらをどうにか出来るのか」
「善処するよ……」
レインは息をととのえながらも凛音の後ろを歩き始める。そして、吐き気がしたまま長々とした廊下や座敷を歩かされた先には。
「凛音、里の近くを遭難した奴を拾うのはいいが俺のものと連れてく必要はないだろう」
凛音と同じく灰髪をした、隻眼の男が待ち構えていた。