二〇〇八年、五月下旬。
サークル棟の古びた軽音部室には、不釣り合いなほど白々しい蛍光灯の光が満ちていた。
「自室の静けさは気が滅入る」という理由から、私――及川は、放課後になると決まってこの無機質で明るい部室か、あるいは大学図書館に籠もるようにしている。
机の上には使い込まれた分厚いノートPC。画面には、黒背景の簡素なテキストエディタが開かれている。
私はキーボードを叩き、無機質な文字列の末尾に、手打ちで<br>や<p>といったHTMLタグを付け加えていく。
『杜陵大学周辺 環境安全ガイド』。
私が大学一年の頃――二〇〇五年に立ち上げた個人サイトだ。
ホームページ作成ソフトは使わず、タグを手打ちして作る黒背景に白文字だけの簡素なページ。キリ番を記録するだけのアクセスカウンター以外、華美な装飾は一切ない。掲示板や問い合わせフォームすら設置していない、完全な一方通行のサイトである。
ただ、アクセス解析のリンク元を辿ると、時折匿名のオカルト掲示板にURLが貼られていることがある。そこでの反応を見る限り、世間の大半はこのサイトを「よくあるオカルト系の創作テキストサイト」だと思って消費しているらしい。
それで構わなかった。中途半端な興味で首を突っ込む人間を遠ざけつつ、本当に「境界線」を越えてしまった人間が辿り着いた時、この無機質なログだけが唯一の命綱になればいい。
手元には、変色し、角の擦り切れた三冊の大学ノートが積まれている。
一九七三年の四月から、この部室の歴代管理者たちが書き継いできた『杜陵遺誡録』。
ノートを開けば、そこには管理者の個性が生々しく表れている。詳細なスケッチが添えられたページもあれば、恐怖で手が震えたような殴り書きのページもある。中には最初の数ページだけ、誰かが別の何かから几帳面に書き写したような形跡もあった。
だが、私はこのノートの情報をすべてサイトに載せるような真似はしない。
恐怖やパニックが混ざった主観的な伝聞は、生存のためのノイズになる。だから私は、自分が直接当事者から聞いた話か、自ら体験した事象だけを抽出し、客観的な事例としてナンバリングしているのだ。
作業の区切りがつき、私は肩を回して息を吐いた。
サーバーへのアップロード(FTP送信)は、いつも通り寮の自室の回線から行うつもりだ。
PCをスリープ状態にし、ふと、積まれた『杜陵遺誡録』の一冊を何気なく手に取った。
パラパラとページをめくる。一九九四年度から一九九五年度にかけてのページ。当時の管理者は「栗栖コウタ」という名前だった。彼が担当していた二年間は極端に記述が少なく、周囲で怪異の被害が起きた形跡がない。
ただ、彼がノートを引き継ぐ前――大学二年生だった一九九三年の日付で、奇妙な一文だけが記されていた。
『杜陵山が、うずくまる緑色の女に見える』
私は少しだけ眉をひそめた。
それだけだった。怪異としての影響も、回避策も、何も書かれていない。
ただの風景の錯覚か、あるいは疲労が見せた幻覚。他のページに書かれているような「明確な害をなす不条理」とは異なり、あまりにも無害で、ただの風景の感想のような一文。
「……くだらない」
私は呆れ半分でノートを閉じた。
山が女に見えようが何に見えようが、実害がないのなら対処のしようもない。記憶の片隅に引っかかりはしたが、サイトの事例として取り上げるようなものではなかった。
ノートを机の端に押しやり、私はポケットからタバコの箱と使い捨てライターを取り出す。
オイルがほとんど残っていない。
「……ツイてない」
小さく舌打ちをして、私は部室のパイプ椅子から立ち上がった。
タバコを吸うために、事務棟の近くにある、薄暗くて風通しの悪いコンクリートの喫煙所へと向かう。
この直後。
その喫煙所で、過去のノートの管理者である「彼」と偶然居合わせることになるなど、この時の私はまだ知る由もなかった。