どうやら金はあるらしい   作:おずわるどー

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【2025/26・第12話】二十二得点の続き

 七月二十八日、月曜日。

 

 ボーンベリーFCの担当者は、前回とは違い、売らないとは言わなかった。

 

 マーティン・コールは机に手帳を開き、相手の説明を聞いていた。

 

 エリ・ジュニオール・クルーニーは、プレシーズンで悪い評価を受けたわけではない。スピードも、ゴールへ向かう動きも評価されている。ただし、今季の前線には経験のある選手がおり、クラブはさらに別の補強も検討していた。

 

 十九歳のストライカーへ、どこまで時間を与えられるか。

 

 七月一日には、まだ決める必要のなかった問題だった。

 

「本人には、どこまで話してる?」

 

 コールが尋ねた。

 

「正式な提案が来れば聞くと伝えてある。売却を決めたわけじゃない」

 

「ローンという選択もあるだろう」

 

「ある。そちらの希望は?」

 

「完全移籍。半年借りて返すつもりで、今この電話をしてるんじゃない」

 

 相手は少し黙った。

 

「なら、こちらにも売る理由をくれ。君たちに金があるという話だけじゃ、監督には通せない」

 

 コールは、固定額のほかに、出場やチームの成績による追加分と、将来の売却益の一部を配分する案を示した。

 

 ボーンベリーは、未来の利益だけでは今の判断を説明できないと言った。

 

 当然だった。

 

 獲得してから、自分たちのリーグ戦で一度も起用していない選手を売る。クラブの中にも、納得しない人間はいるだろう。

 

 コールは最初の提案を送り、返事を待つ間に、ヘイルから届いた練習計画を開いた。

 

 前線の二人の距離を修正する、とあった。

 

 クルーニーの名前は、まだどこにも書かれていなかった。

 

 *

 

 同じ朝、アダム・コリンズは土曜日の得点場面を見ていた。

 

 ハーパーが右から低く入れ、自分が中央へ入る。

 

 ゴールが決まる少し前で、ヘイルが映像を止めた。

 

「ここで、相手を一度離しましたね」

 

 コリンズは画面へ身を寄せた。

 

 ニアへ行くように身体を向け、守備者がそちらへ足を動かしたところで、中央へ戻っていた。

 

「あのまま行ったら、先に触られるんで。一回、向こうへ行くふりをしました」

 

「この動きは続けてほしいです」

 

 ヘイルは再生を再開した。

 

 ボールがゴールへ入る。

 

 コリンズは椅子の背へ身体を戻した。

 

 監督が今日呼んだ理由は、これだけではないだろうと思った。

 

「それと、前線の補強ですが」

 

 コリンズは背もたれから身体を起こした。褒められるだけで帰れるとは思っていなかった。

 

「交渉を続けています。まだ加入は決まっていません」

 

 コリンズは頷いた。

 

「クルーニー? 今、みんなその名前を言ってますけど」

 

 ヘイルは一度、コールを見た。

 

 コールが答えた。

 

「候補の名前を、一人ずつ確認するつもりはない。ただ、前線に新しい選手を加えたいのは事実だ」

 

「一人? それとも、二人とも新しくするんですか?」

 

「複数の可能性がある。誰を先発させるかまで、今ここで決まったわけじゃない」

 

 コリンズは口を閉じた。

 

 二人のフォワードを使う。だから、去年より出場する場所は増えると思っていた。そこへ二人来るなら、話はまた違う。

 

「で、監督。俺には残ってほしいんですか? そこだけ、先に聞きたいです」

 

 ヘイルはコリンズへ向き直った。

 

「今の編成では、あなたの仕事が必要です。足元へ受けてつなぐことも、ゴール前へ入り直すことも」

 

「今の編成では、ね」

 

 コリンズは画面を指した。

 

「俺、そこで点を取ったばっかりなんですけど。来月の話になると、また別ですか」

 

 ヘイルは、曖昧な言い方を直そうとした。しかし、まだ会ったこともない選手がどこまでできるか、自分にも分からない。

 

「獲得が成立した後、起用の見通しについて、もう一度話します」

 

「俺の方から、移籍先を探すことはできますか」

 

 コールが手元のペンを置いた。

 

「君の希望は聞く。具体的な話があれば、クラブとして対応する。ただ、今、退団を求めているわけじゃない」

 

「了解です。話が来たら、俺からも言います」

 

 コリンズは立ち上がり、椅子を戻した。

 

「今日のあの動きは、明日もやっていいんですよね?」

 

 ヘイルは、続けてほしいと答えた。

 

 点を取れば話が早くなると思っていた。

 

 実際には、話すことが増えただけだった。

 

 *

 

 午前の練習で、ブアリとケンドールは交代でアンカーに入った。

 

 土曜日の失点については、全員で確認した。

 

 外側のセンターバックがクロスを上げる相手へ出たとき、マーサーはニアへ入るフォワードを見ていた。その後ろへ走ってくる選手は、ブアリの左肩の外を通った。

 

 ブアリが中央のこぼれ球へ備えるために一歩前へ出た瞬間、相手がゴールへ近づく道が開いた。

 

 マーサーも、ブアリが追っていると思っていた。

 

 練習で同じ形を作ると、今度はブアリが早く下がりすぎた。

 

 ペナルティエリアの手前が空く。

 

 相手役がそこへ戻し、シュートを打った。

 

「最初の選手について、全部下がる必要はありません」

 

 ヘイルが言った。

 

 ブアリはゴールの前を見た。

 

「ただ、走られたら、途中で離すことになります。ダンがこっちを見ていないときは、ついたままですか?」

 

 マーサーが手を上げた。

 

「呼べ! 俺が向くまで待ってたら、そいつが先に入るぞ」

 

「相手が僕を越える前に、ですね」

 

「そう。名前を呼んでくれりゃ、振り向く。頼むから、そのまま二人で下がってくるなよ」

 

 もう一度、同じ攻撃を繰り返した。

 

「ダン、後ろ! 中へ来ます!」

 

 マーサーが顔を向けた。ブアリはその間に一歩だけ下がり、相手が好きな道へ入れないよう身体を置く。

 

「見た! 戻っていい!」

 

 マーサーが受け持ったところで、中央へ戻る。

 

 クロスは、守備者の頭を越えて外へ流れた。

 

 奪ったわけでも、相手を押し戻したわけでもない。

 

 ただ、二人が同じ選手を放っておくことはなかった。

 

 ケンドールはピッチの脇から見ていた。

 

 ブアリが戻ってくると、彼は中央の区域を指した。

 

「そこにいてくれると、前で拾えるんだよ」

 

 ケンドールが中央を指した。

 

「下がりたくはなります。後ろを取られたらと思うと」

 

「なるよ。でも下がったら、今度は前が空く。どっちでも、誰かに呼ばれる」

 

 ブアリは給水ボトルを持つ手を止め、少し笑った。

 

 ケンドールはそう言って、次の組へ入った。

 

 ブアリは水を飲んだ。

 

 あの選手が安全なパスを選ぶ理由を、見学した日よりは理解できる気がした。中央で奪われたときに誰が走るかを、自分も知り始めていた。

 

 *

 

 午後、クルーニーとの面談が始まった。

 

 画面の向こうには、本人と代理人がいた。

 

 ヘイルは、ロリアーヌで二十二得点を挙げたことから話を始めなかった。まず、ボーンベリーでどのような説明を受けているかを尋ねた。

 

 クルーニーは、監督から言われたことを短く伝えた。

 

 今季の戦力として評価している。

 

 ただし、先発の位置は競争で決まる。

 

「それは、僕も同じことを言うと思います」

 

 ヘイルが答えた。

 

 クルーニーは眉を上げた。

 

「じゃあ、同じじゃないですか? それなら、ここで競争してもいい」

 

 コールは椅子へ座り直した。

 

 当然の質問だった。

 

 ヘイルは画面を共有した。

 

 土曜日の、コリンズが得点した場面。次に、得点にならなかった前半の攻撃を映す。

 

 一人のフォワードが手前へ下りる。相手センターバックが半歩ついてくる。もう一人は同じ高さで足元を待っており、空いた背後へ誰も入らない。

 

「ここへ走る選手を探しています」

 

「そこ、毎回行っていいんですか? 下りて受けろ、とは言われない?」

 

「毎回は走れません。それに、相手がついてこなければ、裏は空かない」

 

 ヘイルは二人のフォワードを指した。

 

「そのときは、手前の選手が前を向く。あなたには、相手のもう一人のセンターバックをゴールの方へ残してほしい。身体を寄せられても、そこにいることで、味方が前を向けます」

 

 クルーニーは黙って画面を見た。

 

「それなら、ゴールの近くにいられる。いいですね。そこへボールが来るなら」

 

「離れる仕事もあります。ただ、あなたを獲得したい一番の理由は、ゴールへ向かう動きです」

 

「で、持たれてるときは? 今度は戻って走る方ですよね」

 

 ヘイルは、前線のプレスが外される場面を開いた。

 

 フォワードがボールのあるセンターバックへ真っすぐ走り、背中のパスコースを空けている。

 

「速く走っても、ここを通されたら、中盤の選手が前へ出なければなりません」

 

 クルーニーが頷いた。

 

「外へ出させればいい? 二人で真ん中を閉じて」

 

「そうです。二人のうち、片方が相手の中盤への道を閉じる。もう片方がボールへ出ます。相手の配置によって役割を替えますが、両方が同じ選手へ行くことは避けたい」

 

「じゃあ、近いからって全部追ったら、後ろが困るんだ」

 

「ええ。待ってほしい場面もあります。取りに行く向きを、二人で揃えたい」

 

 クルーニーは少し考えた。

 

 代理人が出場時間の見通しについて尋ねると、ヘイルは主力候補として獲得したいと答えた。

 

 先発の保証はしなかった。

 

 ブリストルでなら、試合へ出られる。

 

 それだけを期待していたなら、この面談は失敗だっただろう。

 

 しかし、クルーニーは自分から、もう一度映像を戻してほしいと言った。

 

「待って、今のところ、戻せます? ここへ走ったら、誰が出してくれるんですか」

 

「この場面なら、右インサイドハーフです。中央から直接狙うこともあります」

 

「ブアリも、直接出す?」

 

「そのためにも、彼を獲得しました」

 

 クルーニーは画面の中央を指したまま、少し笑った。

 

「じゃあ、一回、走る前に見てもらおう。僕、先に行きすぎることもあるから」

 

 *

 

 面談の後、クルーニーは自分の昨季の映像を開いた。

 

 二十二得点。

 

 ブリストルからの資料にも、新聞にも、その数字が出ていた。本人にとっては、一度に取ったものではない。外したシュートも、交代させられた試合も、その途中にはあった。

 

 ロリアーヌで覚えたのは、相手の背後へ何度も走ることだった。

 

 ただ速く走れば、ボールが来るわけではない。味方が前を向けていないときに走り切ると、次に前を向いた瞬間には戻らなければならない。少し待つことで、パスが出る時間へ間に合うこともあった。

 

 ボーンベリーでも、それを試したかった。

 

 まだ、自分の力が足りないと決まったわけではない。

 

 代理人は、急いで下のカテゴリーへ移る必要はないと言った。

 

「残ることもできる。別のクラブの関心を待つこともできる」

 

 クルーニーは頷いた。

 

「昇格するために獲るんでしょ。だったら、僕にも早く点を取ってほしいんだよね」

 

「そうだろうな。取れなくても待ってもらえる、とは考えない方がいい」

 

 クルーニーは、ボーンベリーの練習予定を机の端へ置いた。

 

「二部だから、すぐ取れるとは思ってないよ」

 

「分かってる。ただ、残って待つこともできる。どちらでもいいから、急がずに――」

 

「もう一回、あっちに話して。行きたい」

 

 代理人が顔を上げた。

 

「契約の条件は、まだ残っている」

 

「そこは、ちゃんと聞く。今すぐ署名させてって言ってない」

 

 クルーニーはパソコンを閉じた。少し強い音がして、置いていた手を離す。

 

「……ごめん。でも、ここで試合に出られないたびに、あの映像を思い出すと思う。あそこへ走ってたら、来たかなって」

 

「向こうで出られなかったら?」

 

「戻ればよかった、って思うかも。それは、ある」

 

 自分で言って、一度笑った。代理人は笑わなかった。

 

「でも、あの役割でやりたい。ボールを待ってるだけじゃなくて、どう走るかまで、毎日あそこで合わせたい。ゴールの近くにいていいなら、そこで点を取りたい」

 

 代理人は手帳を開き、本人の意思を伝えると答えた。

 

 クルーニーは、閉じたばかりのパソコンへまた手をかけた。

 

「これ、もう一回だけ見て。今度は相手がついてこない方」

 

 *

 

 七月二十九日、火曜日。

 

 コールは、クルーニーの条件を確認する合間に、オリバー・リードとの会議へ入った。

 

 アカデミー責任者は、練習施設の利用表を持ってきていた。

 

「施設を大きくする話は進めてください。ただ、それを待っている間の九月を決めたいんです。今日は、こちらの時間を先に押さえさせてください」

 

 リードは紙を広げた。

 

 トップチームが使う部屋。育成年代が使う部屋。治療や身体づくりのために設備を必要とする時間。

 

 新加入選手が増えれば、説明や個別の確認に使う時間も増える。既存の施設でそのすべてを行うには、誰かが場所を譲らなければならない。

 

「グレイとは話したか」

 

「ええ。部屋を増やせるかも含めて確認しています。ただ、今ある部屋の使い方は、クラブが決めることだと言われました」

 

 コールは頷いた。

 

「正しいな」

 

「トップが使わなかったらどうぞ、では計画が立ちません。選手にもコーチにも、来週変わるかもしれない時間を渡すわけにはいかないので」

 

「分かってる」

 

 言いながら、コールは電話の画面を見た。

 

 ボーンベリーからの着信だった。

 

 リードは説明を止めた。

 

 コールは電話を伏せた。

 

「これは掛け直す。続けてくれ。君の方で、先に必要な枠はどこだ?」

 

 リードは、もう一枚の紙を出した。

 

 トップチームで成功する選手を育てる。

 

 そう言うときに、自分たちが何を優先しているかは、このような表に出るのだろうと思った。

 

 *

 

 交渉は、固定額の調整だけでは終わらなかった。

 

 追加報酬が発生する条件と、将来の売却時にどこまでを利益として扱うか。ボーンベリー側から戻った文書を、コールは担当者と読み合わせた。

 

 利益に対する配分なのか、受け取った金額全体に対する配分なのか。

 

 言葉を一つ取り違えれば、数年後の数字が変わる。

 

 コールは合意できない箇所を残したまま、署名用の文書へ進めないよう伝えた。

 

 その頃、フランクフェルトからも連絡があった。

 

 ジャン・ウルンについて、七月中旬から続けている協議の返答だった。

 

 ブリストルでの起用位置を、本人側がもう一度確認したいという。

 

 コールはヘイルへ転送し、短く書き添えた。

 

 クルーニーの話とは別に、本人へ説明してほしい。

 

 二人を組ませたいという構想はある。

 

 だからといって、一人の契約を、まだ成立していないもう一人の契約で支えることはできなかった。

 

 *

 

 ウルンとの面談は、翌日の午後に行われた。

 

 ヘイルは、二人のフォワードを並べた図を示した。

 

「このうち、少し下りて受ける役割を考えています」

 

「どこまで下ります? 中盤の選手みたいに、ずっと低いところにはいたくないです」

 

 ウルンが尋ねた。

 

「相手によります。ただ、あなたはフォワードです。ずっとボールの手前にいることを求めるつもりはありません」

 

 ヘイルは、片方の磁石を少し下げた。

 

「ここで受けた後、右か左のインサイドハーフへ預ける。その間に、もう一度ゴールの方へ動けます。あなたが下りた場所へ相手がついてくれば、もう一人が裏を狙う」

 

「ついてこなければ?」

 

「前を向けます」

 

「なら、僕も打ちますよ? 隣に出すだけの役じゃなくて」

 

「もちろん。打つために、前を向いてほしいんです」

 

「それなら、話が早いです」

 

 ウルンは配置を見た。

 

 下がれば、ボールに多く触れる。それが自分の長所を生かすこともあれば、ゴールから遠ざかるだけになることもあった。

 

「ただ、ここへ僕が来て、インサイドハーフまで来たら狭いですよね。二人で同じところにいても、出せない」

 

「なります。今も練習で起きています」

 

 ヘイルは図を閉じ、実際の練習映像を開いた。

 

 コリンズとハーパーが、同じ場所へ寄っている。

 

「どちらかが待つ必要があります。あなたが近づくなら、右の選手には相手の背後へ動いてもらいたい。あなたが前に残るなら、中盤の選手が受けに下ります」

 

「それ、試合中も監督が指します? 僕が逆を選んだら?」

 

「練習で条件を整理します。試合では選手にも決めてもらう。僕に聞いてからでは、相手が戻ってしまうので」

 

「じゃあ、受けに行かなかった場面も見てください。行けなかったのか、行かなかったのか。そこは、話したいです」

 

 ウルンは頷いたが、すぐに返答はしなかった。

 

 本人が聞きたいのは、図の中で名前を与えられることだけではない。そこで自分が何を選び、何を諦めることになるかだった。

 

 面談が終わった後、ヘイルはノートへ書いた。

 

 ボールへ近づく選手を、近づかせない練習。

 

 まだ、獲得できるかどうかも分からない。

 

 それでも、今いる選手に必要な練習でもあった。

 

 *

 

 その夜、ボーンベリーから修正文書が戻った。

 

 将来の売却益を計算する範囲について、双方が確認できる文言になっていた。追加報酬の条件も、出場とチーム成績に分けて整理された。

 

 コールは財務担当者と最後の見積もりを読み合わせ、承認を得てから返答した。

 

 電話の向こうで、担当者が言った。

 

「そっちで点を取ったら、こっちは、なぜ売ったんだと言われるな」

 

「取らなければ、俺がなぜ買ったと言われる。二人とも安心する方法は、たぶんないぞ」

 

「値段を上げれば、俺は少し安心する」

 

「今、合意したところだ。戻すなよ」

 

 相手が笑った。コールは署名用の文書を開き、先ほど揃えた数字をもう一度確かめた。

 

 本人の合意も含め、残る手続きと検査の日程を確認する。ここで話を戻す必要がないよう、書面の版を揃えた。

 

 電話を切った後、コールはヘイルへ知らせた。

 

 監督から届いた返事は、短かった。

 

 ありがとう。合流後の負荷を、担当者と確認します。

 

 コールはその下に、正式発表までは選手名を外へ出さないよう書き添えた。

 

 *

 

 七月三十一日、木曜日。

 

 クルーニーは、ブリストルへ向かう前に、ボーンベリーの施設で荷物をまとめた。

 

 正式な加入は、翌日の手続きと確認を待つ。

 

 ここでリーグ戦に出るつもりだった。

 

 使い慣れる前のロッカーを片づけることになるとは、夏の初めには考えていなかった。

 

 スタッフへ挨拶をして回った。健闘を祈ると言われ、ありがとうと答えた。その言葉を聞くたびに、次にどこで試合をするかが少しずつ現実になった。

 

 車へ乗ると、代理人から最終的な予定が届いた。

 

 翌朝の検査。その後の契約確認。発表に向けた撮影。

 

 最後に、ヘイルからの短いメッセージもあった。

 

 移動に気をつけて。着いたら、まず休んでください。

 

 クルーニーは返事を書いた。

 

 聞きたいことは、まだあった。

 

 二人のフォワードの、もう一人は誰になるのか。

 

 開幕までに、どこまで覚えられるのか。

 

 それらは書かず、明日よろしくお願いします、と送った。

 

 *

 

 同じ日の夕方、ケンドールがコールの部屋を訪ねた。

 

 予約のない面談だった。

 

「少し、いいですか」

 

 コールは書類を揃え、向かいの席を示した。

 

 ケンドールはすぐには座らず、窓の外を一度見た。

 

「今季のことです。いいですか、今」

 

「座ってくれ。何があった?」

 

「残るなら、出るためにやります。でも、ブアリが出られない日を待って一年、というのは、俺にはきついです」

 

 コールは頷いた。

 

「監督とは?」

 

「競争だとは聞きました。分かっていますよ。あいつが上手いことも」

 

 ケンドールは椅子へ座った。

 

「それでも、よそで俺を使いたいと言うところがあるなら、聞きたい。聞かないで残って、後から文句を言うのは嫌なんで」

 

 コールは手帳を開いた。

 

 引き留める言葉を先に出せば、相手は必要とされていると感じるかもしれない。しかし、そのためには、どのように必要なのかを説明しなければならない。

 

 自分には、先発を約束できなかった。

 

「代理人に、こちらへ連絡するよう伝えてくれ。監督とも話す。まだ、退団を決める話ではないからな」

 

「分かりました。代理人に言います」

 

 ケンドールは立ち、椅子を戻した。

 

「今日は、それだけです。練習は、いつもどおりやります」

 

 彼が出ていくと、コールは書きかけの移籍資料を脇へ寄せた。

 

 ブアリの加入から九日だった。

 

 想定していなかったことではない。

 

 だが、本人の口から聞くまでは、予定表へ書けない話だった。

 

 *

 

 八月一日、金曜日。

 

 クルーニーのメディカルチェックと契約手続きが終わり、クラブから正式加入が発表された。

 

 固定額に追加報酬と将来の売却益の配分を組み合わせた条件は、最後まで担当者が文書を確認した。コールは、契約書の控えが揃ったことを確かめてから、撮影の部屋へ向かった。

 

 若いストライカーは、赤いシャツを手に立っていた。

 

 写真では長い脚と肩の幅が目立ったが、会ってみると、顔にはまだ幼さが残っている。

 

「よろしくお願いします」

 

 クルーニーが言った。

 

 コールは握手し、移動は疲れたかと尋ねた。

 

「大丈夫です。今日、練習は見られます? もう終わっちゃいましたか」

 

「監督に聞いてみよう」

 

 ヘイルは廊下で待っていた。

 

 最初に会っても、画面越しと同じ質問をされた。

 

「身体の具合は?」

 

「動けます。少しだけでも、蹴れますか?」

 

「今日は案内と説明です。練習へ入る前に、担当者と状態を確認します」

 

「……今日は、見る方ですね」

 

「そう。明日からのために」

 

 クルーニーは窓の外を見てから、用意された予定表を受け取った。

 

 *

 

 コリンズが新加入選手と会ったのは、練習の後だった。

 

 廊下から声が聞こえ、顔を上げる。ヘイルの横に、背の高い若者がいた。

 

「エリだ。今日から加わります」

 

 監督が紹介した。

 

 コリンズは立ち上がり、手を差し出した。

 

「アダムだ」

 

「よろしくお願いします」

 

 クルーニーは握手し、それから言った。

 

「土曜日のゴール、見ました。あれ、相手が一回ボールを見たとこで、戻りましたよね」

 

 コリンズは監督を見た。

 

 ヘイルは何も付け加えなかった。

 

「そうか」

 

 コリンズは答えた。

 

 新しいストライカーへ見せる映像に、自分の得点が使われていた。

 

 嬉しいのか、面白くないのか、すぐには決められなかった。

 

「ここへ来る動き。僕なら、そのままニアへ行ってたかも」

 

 クルーニーは足元を小さく指した。

 

「毎回ああなるなら、俺が二十二点取ってるよ」

 

 コリンズは笑い、椅子の背へ手を置いた。

 

「お前のも、全部あんな簡単には入らなかっただろ?」

 

 クルーニーは少し笑い、首を振った。

 

「全然! 外した方、あんまり見せてないから」

 

「おい、それは監督に言っとけ」

 

 コリンズは椅子へ座った。

 

 移籍するかどうかの話は、まだ終わっていない。新しい選手へ親切にしたから、先発の位置が返ってくるわけでもない。

 

 それでも、ここで同じ練習に参加する間は、互いの動きくらいは知らなければならなかった。

 

 *

 

 夕方、クルーニーはクラブハウスの外へ出た。

 

 ピッチの端で、ブアリがハーパーと短いパスを交換していた。長い練習ではなく、互いに動きながら、足元へ出すだけだった。

 

 ブアリが新しい姿に気づき、手を上げた。

 

 クルーニーは近づいた。

 

 挨拶を交わすと、ハーパーが足元のボールを軽く転がしてきた。

 

 クルーニーは止め、返した。

 

「明日から?」

 

 ハーパーが尋ねた。

 

「明日も、状態を見て決めるって。今日は、まだ見る方」

 

「それ、俺も最初に言われた」

 

 ブアリが笑った。

 

「順番があるみたいだから、僕らだけで始めると、また呼ばれるよ」

 

「一本返しただけだよ!」

 

 クルーニーは両手を上げ、ハーパーが吹き出した。

 

 ハーパーへ返したボールを見ながら、ブアリが尋ねた。

 

「足元に欲しいときは、どっち?」

 

「近い方でいい。でも、裏へ行くときは、僕の足元へ出さないでね」

 

「走り出してからでは、遅い?」

 

「走る前。相手の肩を見て。僕じゃなくて、相手がどっちを向いてるか。そっちに出してくれたら、行く」

 

 ブアリは相手の立ち位置を確かめるように、半歩動いた。

 

「分かった。まず、明日見ます。君が先に行きすぎたら、呼ぶよ」

 

「呼んで! でも、出せるときは出して」

 

 ブアリは頷いた。

 

 遠くで職員が名前を呼んだ。案内が残っているらしかった。

 

 クルーニーは手を上げた。

 

「また明日! 最初の一本、よろしく」

 

 歩き出してから振り向くと、ハーパーがボールを拾っていた。ブアリはまだ、相手の肩の向きについて何か話している。

 

 その二人へパスを出してもらうことになる。

 

 数字の続きは、まだ一つもなかった。

 

 クルーニーはクラブハウスへ戻り、明日の集合時刻を確かめた。

 

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