どうやら金はあるらしい   作:おずわるどー

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【2025/26・第13話】二人で立つ

 八月二日、土曜日。

 

 クルーニーが初めてチーム練習へ入った朝、アダム・コリンズは、若者が思っていたほど急がないことに気づいた。

 

 長い脚を見れば、最初の一歩から先へ出ていきそうに思える。ところが、中央の選手がボールを持っても、すぐには走らない。相手のセンターバックの肩越しに一度振り返り、前を向く気配を待っている。

 

 コリンズが足元へ下りる。

 

 その瞬間、隣から足音が消えた。

 

 クルーニーは、もう背後へ出ていた。

 

 クルーニーのタッチが大きくなり、キーパーが足元へ飛び込んだ。

 

 ボールを抱えられると、彼は二歩だけ走り抜け、振り返った。

 

「今の、もう一本!」

 

「先に戻れよ」

 

 コリンズは中央から手を振った。クルーニーが歩いてくる。

 

「最初の触り方が長かった。あれなら、先に打てた」

 

「キーパーは、捕った後だから何でも言えるって顔してるぞ」

 

 クルーニーはゴールを見て、笑った。

 

「次は入れる。もう一回来て!」

 

「頼むよ。俺が下りてる間に、全部決めてくれれば助かる」

 

「全部でいいの?」

 

「初日から、全部持っていくな。一本くらい残せ」

 

 クルーニーは手を上げ、最前線へ戻った。

 

 次のボールを待つ間にも、足が動いていた。

 

 次にコリンズが下りたとき、相手のセンターバックはついてこなかった。クルーニーは走る先を失い、同じ高さで待った。

 

 コリンズが後ろへ返す。

 

 笛が鳴った。

 

「エリ、今は足元へ近づいていい。ただ、アダムと同じ場所には来ないでください」

 

 ヘイルは二人の間へ歩いた。

 

「相手が下がったら、無理に裏を探さなくていいです。中央の守備者を、あなたの前へ残しておきたい」

 

「でも、それだと、僕に来るボールは減りますよね」

 

「減る場面もあります。その間をルイスが使える」

 

 クルーニーはハーパーの位置を見た。コリンズが肩へ触れた。

 

「あいつが前を向いたら、今度はお前に来る。俺が戻すより、近くなるだろ」

 

「じゃあ、見てて。そこまで行ったら出して」

 

 クルーニーはハーパーへ言い、位置へ戻った。待つ場所を一歩だけ変える。

 

 次の攻撃でハーパーは自分で打ち、外した。

 

「いた! 今、俺もいたって!」

 

 クルーニーがすぐに言った。

 

「見えてた。打てると思ったんだよ」

 

 クルーニーはゴールの横へ転がるボールを指した。ハーパーが顔を向けると、声を少し落とした。

 

「……いや、打つなら入れてよ。出す方でもいいけど」

 

 ハーパーが笑い、次のボールを取りに行った。

 

 *

 

 その日の昼、ヘイルはスタジアムの会議室へ呼ばれた。

 

 コールの隣に、業務統括責任者のサラ・ウィットフィールドがいた。買収前から事務部門をまとめてきた人物で、遠征、選手の生活支援、試合日の運営まで、複数の担当者を束ねている。

 

 画面にはアル=ラシードが映っていた。財務担当者とリードも席についている。

 

 サラは、八月の業務予定を広げた。

 

「最初に確認します。選手を獲るな、という話ではありません」

 

 彼女は最初に言った。

 

「ただ、私の部門では、発表の後に仕事が分かることが増えています。送迎も住居も、誰かが引き受けています。その人たちが足りるかを、先に決めたい」

 

 ヘイルは頷いた。

 

 ブアリのホテルも、クルーニーの移動も、手配されていた。自分が頼む前に済んでいたから、どの部署がどこまで担当したかを、確かめていなかった。

 

「スタッフの採用についても同じです。監督が来てほしいと言った時点で、採用が決まったと受け取る人がいます」

 

 サラはヘイルへ顔を向けた。

 

「私たちは、監督の指示を最優先する部門になったのでしょうか? そうなら、その前提で人を置きます。今は、どちらともつかない状態です」

 

 部屋が少し静かになった。

 

 コールが口を開く前に、アル=ラシードが答えた。

 

「君の部門は君が持つ。選考と練習は監督だ。その線は動かしていない」

 

「では、そのことを、担当者まで明示してください」

 

 サラは言った。

 

「古いやり方を変えるという言葉だけが先に届くと、確認することまで、改革を止める行為のように扱われます」

 

 オーナーは頷いた。

 

「それは、私から伝える。確認を飛ばせとは言っていないし、今後も言わん」

 

 財務担当者が、確認用の権限表を配った。

 

 トップチームの選考、戦術、日々の指導は、監督が決める。

 

 補強候補は監督とコールが協議し、契約交渉と編成全体の管理はコールが担う。獲得や長期雇用には、予算と条件に応じたクラブの承認を要する。

 

 専門スタッフの採用は、必要な仕事を監督側が示し、コールと管理部門が職務、待遇、採用手続きを整える。

 

 施設の計画と運営は、サラとグレイが取りまとめる。アカデミーの日々の運営と育成判断には、リードが責任を持つ。

 

 ヘイルは最後の項目を読んだ。

 

「トップへ呼ぶ選手も、リードと決めます」

 

 自分から付け加えた。

 

「必要な人数だけ伝えて、選手を貸してもらう形にはしたくありません」

 

 リードが頷いた。

 

「ええ。ただ、こちらの育成予定も先に出します。トップの都合だけで決める形にはしないでください」

 

 サラは、採用に伴って増える仕事の一覧を示した。

 

 新しい指導者を迎えれば、部屋と端末、映像へのアクセス、連絡先、勤務予定が要る。それぞれに担当者がいる。

 

「人数が足りなければ、増やす案を出します。私が確認したいのは、増やしてよいのかと、その仕事の責任を誰が持つかです」

 

「なら、出してくれ。誰を増やせば、何が動く?」

 

 アル=ラシードは画面の向こうで予定表を引き寄せた。

 

「選手を六人呼ぶための人員も、六人分増やす必要があるとは思わない。しかし、仕事が増えるなら、今いる人間だけで済ませろとも言わない」

 

 サラは初めて、肩を少し下げた。

 

 コールがヘイルを見た。

 

「君が起用を決めることに、オーナーが口を出すことはない。それは、ここで改めて確認していいですね」

 

 画面へ向けて尋ねる。

 

 アル=ラシードは頷いた。

 

「選考は任せる。そのために監督を呼んだ。結果と方針の説明は聞くぞ」

 

 ヘイルは紙へ目を落とした。

 

 自由に練習を組めることと、クラブの全員へ直接仕事を頼めることは違う。

 

 ヴァレンティのような指導者を迎える場合も、欲しいという自分の言葉だけで、別の部署の予定が動き始める。

 

「僕から何かを頼むときは、誰の担当か先に確認します」

 

 サラは頷いた。

 

「急ぐなら、急ぐと先に言ってください。担当者が善意で抱えたまま間に合わない、という形は避けたいです」

 

 会議の最後に、権限表を各部門へ共有することと、採用予定を定期的に揃えることが決まった。

 

 ヘイルは自分の控えを鞄へ入れた。

 

 呼ばれたときは、補強の説明を求められるのだと思っていた。

 

 帰るときには、自分へ任された仕事と、任されていない仕事が、来たときより明確になっていた。

 

 *

 

 その日の午後、ジャン・ウルンは、ブリストルへの移籍に関する最終書類を代理人と確認していた。

 

 フランクフェルトの施設へ通う道は、ようやく見慣れたものになっていた。その道を、また変えることになる。

 

 ニュルンベルガーでプレーしていた頃から、次の段階へ進みたいと考えていた。フランクフェルトへ移ったのも、そのためだった。

 

 そこからイングランド二部へ行くという説明を、知人たちは一度では理解しなかった。

 

 給料がいいのか。

 

 試合へ出られるのか。

 

 両方とも大切だった。しかし、その二つだけなら、今のクラブで競争を続けるという答えもあった。

 

 ウルンは、ヘイルとの面談で見せられた練習映像を開いた。

 

 フォワードが下りる。インサイドハーフも同じ場所へ近づき、ボールを受ける道がなくなる。

 

 完成した攻撃ではなかった。

 

 そこへ自分が入ったら、どちらへ動くか。

 

 考えているうちに、相手のセンターバックがついてこない場合のことまで頭に浮かんだ。前を向ける。そこから打てる。遠ければ一度預け、ゴールへ入り直せる。

 

 ブリストルが獲得した長身のストライカーの映像も、代理人から届いていた。

 

「彼とは話せる?」

 

 ウルンが尋ねると、代理人は少し考えた。

 

「クラブを通じて頼める。ただ、もう一人の選手が来たことだけで決めるなよ」

 

「もう決めた。どこを見て走るか、聞いておきたい」

 

 代理人は頷き、連絡を入れた。

 

 その夜、短い通話がつながった。

 

 クルーニーは、まだホテルの部屋にいた。

 

「今日、練習した?」

 

 ウルンが尋ねた。

 

「やったよ。最初の一本、キーパーに持っていかれた」

 

「二本目は?」

 

「その前に監督。そこじゃない、一回待てって」

 

 二人は笑った。

 

「僕が下りたら、裏へ行ける?」

 

「行くよ。相手、連れてきてくれる? 来なかったら、そっちで打って」

 

「そう言われた」

 

「俺も」

 

 ウルンは椅子へ背中を預けた。

 

 ウルンは、さっきまで開いていた配置図をもう一度見た。クルーニーの話は、その矢印と合っていた。

 

 *

 

 八月三日、日曜日。

 

 ウルンの正式加入が決まった。

 

 メディカルチェックと署名、撮影が終わり、ヘイルは本人へ翌日からの予定を説明した。開幕戦は六日後だった。

 

 ウルンは、すぐにでも十一対十一へ入りたがった。

 

 監督は、初日は時間を区切ると答えた。

 

「覚えることが多いからですか」

 

「それもあります。移動と検査で、いつもの練習ができていません。最初から全部はやらせません」

 

 ウルンは頷いた。

 

 外へ出ると、日差しが雲の切れ間から落ちていた。ピッチの端を、一人の若い選手がスタッフと歩いている。

 

 ルイス・ハーパーだった。

 

 ウルンは挨拶し、七月の面談で見た顔だと伝えた。

 

「映像に?」

 

「僕が下りたら、君に前へ走ってほしいと言われた」

 

 ハーパーは少し笑った。

 

「俺は、下りすぎるなと言われた」

 

「僕もだ」

 

 二人はピッチを見た。

 

 同じ場所へ行きたがる二人が、一緒に使われることになる。

 

「明日、試してみよう」

 

 ハーパーが言った。

 

 ウルンは頷いた。

 

 *

 

 八月四日、月曜日。

 

 ボールを持たない相手役の前で、ウルンは何度も足を止めた。

 

 コリンズと違い、相手を背中で受け止めるより、半身で逃げる場所を探したい。そのために少し横へずれると、ハーパーもそちらへ来ていた。

 

 二人が並ぶ。

 

 ブアリは中央でボールを持ったまま、右へ出せなくなった。

 

 ヘイルの笛が鳴った。

 

 ウルンは笑いかけたが、ハーパーは笑わなかった。

 

 自分の動きを直されるのは、今日が初めてではない。新しい選手が来るたびに、覚えた場所が少しずつ動く。

 

「ルイス、僕が下りたら先へ行ける?」

 

 ウルンが聞いた。

 

「出ると思えば行くよ。でも、今の向きじゃ、来るか分からなかった」

 

「一回、外へ逃がしたかった」

 

「なら、俺も待つだろ。走ってから戻るの、けっこう遠いんだぞ」

 

 ヘイルが二人の間へ来た。

 

「最初は、ルイスが待ちましょう。ジャンが受ける瞬間、相手の中盤がどちらを見るかを確認してください」

 

 ハーパーは元の位置へ戻った。

 

 次はウルンが受けた。背中から寄せられる前に右足で外へ置き、前を向く。

 

 その瞬間、ハーパーが走った。

 

 相手の中盤はウルンへ寄せていた。空いた場所へハーパーが入り、ボールが届く。

 

 クルーニーは最終ラインの向こうへ出た。

 

 今度は、パスが出た。

 

 クルーニーが右足で流し込み、ネットが揺れた。

 

「それ! 今の、もう一回!」

 

 クルーニーがハーパーを指した。相手役の守備者は、今度は通さないと言い返した。笑いが混じったまま、全員が位置へ戻る。

 

 ハーパーはウルンの肩へ手を触れた。

 

「今の向きなら、分かる」

 

 ウルンは頷いた。

 

 ヘイルはノートへ書き込んだが、すぐに線を引いた。

 

 同じ形を二度目にやると、相手役はウルンについてこなかった。彼の前へ身体を入れ、ブアリからの道を塞ぐ。

 

 ボールは外へ回った。

 

 そこから何をするかは、まだ揃っていなかった。

 

 *

 

 サイード・エル・マリとの最後の面談で、ヘイルは左ウイングバックの磁石を指した。

 

 画面の向こうの十九歳は、すでに何度も説明を聞いていた。それでも、監督は加入前にもう一度確かめたかった。

 

「ここから始めます。攻撃では高い位置を取れますが、守備では最後の五人の一人になる」

 

「いやぁ、遠いな。あそこまで毎回? 前へ行った後でも?」

 

「ボールを持たれれば」

 

 エル・マリは図を見た。

 

「ケルンベルクでは、その後ろに選手がいた」

 

「ここでは、左センターバックが内側にいます。ただ、彼が外へ出れば、中央の守備者が減ります」

 

「じゃあ、僕が遅れたら、その人が全部走るわけだ」

 

「そうです」

 

 ヘイルは答えた。

 

 エル・マリはしばらく黙った。

 

 攻撃的な選手が、守備の仕事を好まないとは限らない。ただ、その仕事に慣れていないと、要求された量が分からないことはある。

 

「内側へ入って打つことは、できますか」

 

 彼が尋ねた。

 

「できます。そのとき、誰が幅を取るかを合わせたい」

 

「左足で外へ行ける選手を選ぶ方が、簡単じゃないですか」

 

 コールが顔を上げた。

 

 ヘイルは画面を切り替えた。

 

 エル・マリが相手を内側へ引きつけた後、再び外へ出る。右足で扱いながらも、身体の向きで相手を止めていた。

 

「簡単な選択肢は必要です。左足で外へ行けるエリスもいます。ただ、あなたは相手に違う判断をさせられる」

 

「守備を覚えられれば?」

 

「ええ。それを一緒にやりたい」

 

 エル・マリは笑った。

 

「やりますよ。でも、最初から上手いと思って呼ばれてたら、困るな」

 

「映像を見ています」

 

「そこも?」

 

「そこも」

 

 コールが小さく笑い、契約の確認へ話を移した。

 

 *

 

 八月五日、火曜日。

 

 正式加入したエル・マリが最初に案内されたのは、練習場ではなく、分析用の部屋だった。

 

 マシュー・エリスも呼ばれていた。

 

 彼は、自分に転向後の仕事を説明させるつもりだろうかと思った。まだ競争相手と握手したばかりだった。

 

 ヘイルは二人へ、別々の映像を見せた。

 

 まずエリスが、相手の右サイドからの攻撃に対して身体を開き、外へ追い込む場面。次にエル・マリが、相手のサイドバックを引きつけて中央へ運ぶ場面。

 

 エル・マリのドリブル映像が終わると、エリスが椅子へ背中を預けた。

 

「俺のも、一本くらい攻撃を見せてください。さっきから、こっちは戻ってばかりだ」

 

 ヘイルがパソコンへ目を戻した。エル・マリは笑い、エリスを見た。

 

「見たい。あんなに前へ出てるなら、僕の後ろにはいないだろうけど」

 

「いないよ。俺たちは同じ位置だ」

 

「それは知ってる。さっきのは、楽そうだと思って。相手を二人抜かなくても、あそこまで上がれるんだなって」

 

 画面にエリスのクロスが出た。ボールは守備者の頭を越えたが、中央のフォワードが間に合わなかった。

 

 エル・マリが身体を起こした。

 

「あ、これ! 中に誰かいれば、触るだけじゃない?」

 

「だから、中も見てるんだよ。俺が待つと、相手も戻るだろ」

 

 エリスは、蹴った直後の画面を指した。

 

「左足で、持ち替えずに入れる。そこは俺ができる」

 

 エル・マリは画面を見直し、自分の右足を小さく動かした。

 

「僕は、一回中へ置きたいな。その方が、相手がこっちへ来る」

 

「なら、誰かが外を走る」

 

 ヘイルが二人の間へ図を置いた。

 

「サイードが中へ入るときは、その外を誰が使うか合わせます。エリスが外から早く入れるときは、前線に待ちすぎないでほしい。同じ場所でも、準備する動きは変えます」

 

 エリスが、もう一度だけ自分のクロスを見た。

 

「これ、エリにも見せてください。俺がボールを持ったら、先に入れって」

 

「僕にも、入ってって言って。いいところなら、ちゃんと出すから」

 

 エル・マリが言った。

 

「お前は外から出す方だろ」

 

「あ、そうか。じゃあ、入ってくれたら出す」

 

 エリスは笑った。ヘイルは、二人の名前の横へ違う矢印を引いた。

 

 *

 

 午後のピッチで、左センターバックのサム・オコンネルは、エル・マリへ何度も声をかけた。

 

 二十七歳。相手の進路へ先に身体を入れることを好む守備者だった。昨季までの四人の最終ラインから、左の外側を守る位置へ移っている。

 

 エル・マリが前へ出る。

 

 相手役の右ウイングは、彼の背中を通った。

 

「サイード! 俺じゃない、背中! そいつを見ろ!」

 

 オコンネルが指す。

 

 エル・マリは振り返り、走った。

 

 追いつけた。しかし、止まるときに身体がゴールの方を向きすぎ、相手が外へ逃げる道を開けてしまった。

 

 クロスが入った。

 

 中央でマーサーが跳ね返す。

 

「速いな」

 

 オコンネルは戻ってきた若者へ言った。

 

 エル・マリは苦笑した。

 

「間に合った! ……のに、また上げられた。速いだけじゃ駄目だな、これ」

 

「追いついたんだから、そこで慌てるなよ。次は足を止める向きだ」

 

 オコンネルは、相手とタッチラインの間を指した。

 

「外を残すな。中は俺が見るから。そっちまで一人で行って、俺の仕事を増やすなよ」

 

 エル・マリは頷いた。

 

 隣でエリスが、反対の組へ入っていく。

 

 彼は相手へ近づく前に足を緩めた。少し斜めに身体を置き、縦へ逃げる場所を消す。派手な動きではないが、相手はボールを戻した。

 

 エル・マリはその足の向きを見た。

 

 練習の終わりには、戻ってきたときに身体を半分だけ開くことを、三度試していた。

 

 *

 

 練習の後、ウルンは食堂でコリンズの向かいへ座った。

 

 誰も、そこへ座るよう決めたわけではない。空いている席を選ぶと、同じ位置を争う選手の前になった。

 

「もう、家は決まった?」

 

 コリンズが聞いた。

 

「まだ。練習の後、見に行くことになってる」

 

「帰って寝られる場所を、先に決めた方がいい。毎日ホテルだと、ずっと遠征みたいになる」

 

 ウルンは頷いた。

 

 契約と移動の準備をしている間、家で何をするかまでは考えていなかった。フランクフェルトでは、買い物へ行く店も、練習の後に歩く道も、ようやく決まってきたところだった。

 

「ここに慣れるまで、どれくらいかかった?」

 

「街か、チームか」

 

「両方」

 

 コリンズは少し考えた。

 

「街は、道を間違えても自力で帰れたらいいんじゃないか。チームはなあ。俺も今、覚え直してるところだよ」

 

 ウルンは顔を上げた。

 

「監督が替わったら?」

 

「仲間も替わる。お前らが来たから、俺も今、新しい動きを覚えてる」

 

 コリンズは責める口調ではなかった。

 

 ウルンは、足元の鞄を少し寄せた。こちらが新しい場所へ入る間、元からいた選手も場所を変えている。

 

「下りるとき、最初に右へ行くことが多い?」

 

 今度はコリンズが聞いた。

 

「左足で前へ向きたいから。ただ、相手がいれば逆へ行く」

 

「そうか。俺は、中央に相手を背負ってもらう方が多い。お前と組む時間があれば、俺が残ればいいな」

 

 ウルンは頷いた。

 

 クルーニーと組むために来た、とだけ考えていたわけではない。それでも、まだ実際に隣へ立っていない選手のことは、図の中へ入れていなかった。

 

 コリンズは食事を終え、皿を持った。

 

「明日、前を向いたら、俺も一回は走る。全部エリほど速いとは思うなよ」

 

 ウルンは笑った。

 

「先に見る」

 

 午後の内見で職員から通勤の道を説明されたとき、彼は初めて、自分の朝がこの街で続いていくことを考えた。

 

 *

 

 その夜、ヘイルは新加入選手の評価表を見直した。

 

 名前が増えた分だけ、できることは増えている。

 

 クルーニーの走り出しに、ハーパーが前を向く。ウルンが下りると、相手の中央が動く。エル・マリは一人で外の選手を引きつけられる。

 

 ところが、それぞれを同じ組へ入れると、別の問題が出た。

 

 全員が前を向きたい。

 

 全員が、今までのクラブで覚えたタイミングで動く。

 

 コールが部屋へ入ってきたとき、ヘイルは十一人の配置を書き直していた。

 

「いい選手が来たな」

 

 コールが言った。

 

「ええ」

 

「嬉しそうには見えない」

 

「嬉しいですよ。練習を見ていると、話したいことが増えるばかりで。昨日できた形も、人が替わると……ああ、まず今の人数で整理し直します」

 

「そりゃ、人を替えたからな。全員、君の資料を読んだ翌日に同じ動きはせんよ」

 

 ヘイルは頷いた。

 

 コールは資料を一枚置いた。

 

「君の仕事を手伝える人間の候補だ」

 

 攻撃指導を担当してきたイタリア人の経歴が書かれていた。

 

 マルコ・ヴァレンティ。

 

「会ってみるか?」

 

 ヘイルは資料を手に取った。

 

「はい。ただ、今の練習を見てもらいたいです」

 

「完成したところより、役に立つだろうな」

 

 コールは部屋を出た。

 

 ヘイルはもう一度、前線の二つの名前を見た。

 

 一人を呼ぶ理由は説明できた。

 

 二人が隣に立ったときに何が起こるかは、明日もピッチで確かめなければならなかった。

 

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