どうやら金はあるらしい   作:おずわるどー

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【2025/26・第16話】同じ十七歳

 八月十一日、月曜日。

 

 ルイス・ハーパーが、左のインサイドハーフへ移ると告げられたのは、午前の練習が始まる前だった。

 

 右には、レナルト・カールンが入る。

 

 ヘイルはホワイトボードの二つの名前を動かした。

 

「逆側も経験してほしいと、最初に話しましたね。今週から合わせていきます」

 

「左、ですか。……ドイルは? 俺がそっちへ入るんですか?」

 

「彼には中央の控えも準備してもらいます。ベンが抜けたので、そこも必要です」

 

 ハーパーは頷いた。

 

 出られなくなると言われたわけではない。

 

 しかし、ようやくウォードの走り出しが分かり、ブアリへ声をかけるタイミングを覚えたところだった。

 

 左へ行けば、相手が来る方向も変わる。右足へ置いたボールの先に見えるのは、タッチラインではなく中央だった。

 

「エリスと、まず距離を確認します」

 

 ヘイルが言った。

 

 ハーパーは、右の磁石を見た。

 

 十七歳。

 

 自分より三つ若い選手のために動くのだと考えると、少し面白くなかった。

 

 それでも、左で試す前から嫌だと言えば、競争に加わる場所まで狭くなる気がした。

 

「やります。やりますけど、最初はエリスと合わせる時間をください」

 

 ハーパーは右の名前から目を離し、左の磁石を指した。

 

 *

 

 カールンの最初のプレーを見て、ハーパーは、自分がなぜ左へ行くのかを理解した。

 

 ブアリから少し強いパスが入る。

 

 カールンは左足の内側で触り、右から寄せる相手の向こうへボールを置いた。止めたようには見えない。一度触っただけで、身体が前を向いていた。

 

 ウルンが下りてくる。

 

 カールンはそちらへ出すと見せ、クルーニーの走る先へ通した。

 

 シュートはキーパーに止められたが、誰かが小さく声を上げた。

 

 ハーパーも、思わず見た。

 

 あれは、できる。

 

 次の攻撃で、カールンは相手を二人引きつけた。

 

 三人目を越えようとして、足元を奪われた。

 

 ボールが外へ渡る。

 

 ウォードが高い位置におり、フェンウィックがサイドへ出た。

 

 カールンは、奪った相手へ一度だけ手を伸ばし、それから走り始めた。

 

 一歩遅かった。

 

 ブアリが右へ寄り、中央が空く。ハーパーが逆側から戻ったが、間に合わなかった。

 

 相手役がシュートを打つ。

 

 佐々木が止めた。

 

 ヘイルの笛が鳴った。

 

 カールンは髪をかき上げ、監督へ歩いた。

 

 ハーパーは息を整えながら、その背中を見た。

 

 上手い。

 

 ただ、一緒に走らなければならない選手でもあった。

 

 *

 

 佐々木は、足元への戻しを受けるときには落ち着いていた。

 

 相手フォワードが右から来る。最初のタッチを左へ置き、オコンネルへ通す。オコンネルがエリスへ渡すと、ピッチの右から左へ、相手の選手が一斉に走った。

 

 ベルは脇から見ていた。

 

 戻すパスが少し身体に近くても、佐々木は一歩で逃げる場所を作った。その一歩に、自分との違いがあった。

 

 しかし、次のクロスでは、佐々木が声を出すのが遅れた。

 

 マーサーも跳ぶ。

 

 二人の身体が触れ、ボールは横へ落ちた。

 

「俺が行く」

 

 マーサーが言った。

 

 佐々木は首を振った。

 

「取れると思いました」

 

「なら、先に言え。後から来られると、止まれない」

 

 佐々木は頷いた。

 

 GKコーチが二人を呼び、同じ位置からもう一度蹴らせた。

 

 今度は佐々木が早く声を出した。マーサーが相手役を止め、キーパーは両手で捕った。

 

 ベルはボールを集めに行きながら、佐々木へ言った。

 

「ダンには、思ってるより早く言った方がいい。自分で触れると思ったら、最後まで跳ぶ」

 

 佐々木が笑った。

 

「分かりました」

 

「俺も、最初はぶつかった」

 

 ベルはそれだけ言い、次の練習へ向かった。

 

 *

 

 午前の最後、ハーパーはエリスへ少し残ってくれと頼んだ。

 

 追加の走り込みではなかった。二人で歩きながら、ボールを受ける場所を確かめるだけだった。

 

「マット、俺がここへ来たら外、空けないでよ。右のときみたいに出すから……いや、逆か」

 

 ハーパーが中央寄りを指す。

 

「いるけど。お前が下りすぎたら、向こうのサイドバックまで俺に来るぞ。二人とも俺に預けて休むなよ」

 

 エリスは答えた。

 

 ハーパーは数歩前へ戻った。

 

「ここなら?」

 

「相手の中盤を一人残せる。たぶん」

 

 二人で、相手がいるつもりの場所を見た。

 

 右にいたとき、ハーパーはウォードの内側へ顔を出していた。ウォードは高い位置から走り、足元でも、走る先でも受けたがった。

 

 エリスは、少し手前で受けてもよかった。左足で外へ置けば、そのまま前へ運べる。

 

 同じウイングバックでも、待つ位置が違う。

 

「俺が前へ行けば、中は空く。そこを使えばいいだろ」

 

 エリスが言った。

 

「ただ、戻すボールは、右のときよりこっちへ欲しい」

 

 左足の前を示した。

 

 ハーパーが一度転がした。

 

「これ?」

 

「そう。そこなら、持ち替えずに上げられる」

 

 エリスは足の裏で止め、返した。

 

 十分ほどの確認だった。

 

 ハーパーは、その短い時間で、左へ来てから何が遅くなったかを一つ説明できるようになった。

 

 自分が下手になったわけではない。

 

 右の味方へ出すつもりのパスを、左の味方へ出していた。

 

 建物へ戻る途中、ヘイルに会った。

 

「負荷は増やしていませんね」

 

 監督が確認した。

 

「歩いただけです」

 

 ハーパーが答えると、エリスが笑った。

 

「口の方が動いてました」

 

 ヘイルは頷いた。

 

「次は、サイードとも同じ確認をしてほしい。ただ、彼が中へ入るときは、外を誰が取るかも話しましょう」

 

 ハーパーは返事をしてから、少しだけ足を止めた。

 

「監督、あの。俺、右で足りなかったから替わるんですか? それなら、そう言ってもらった方が」

 

 ヘイルは向き直った。

 

「右での評価を取り消す話ではありません。待ってから走る動きは、左でも使えます」

 

「そうならよかったです。いや、よくはないか。やっと右で分かってきたところだったんで、ちょっと」

 

 監督は、すぐには答えなかった。

 

「彼には、右で生かしたい特徴があります。それは事実です。ただ、あなたを左で使いたいのも、できることがあるからです。今の説明は、そこを伝え足りませんでした」

 

 ハーパーは頷いた。

 

 歓迎したい仲間と、自分の場所を動かす仲間が、同じ人間であることは変わらない。

 

 しかし、その場所で何を求められるかは、聞くことができた。

 

 エリスが先で待っていた。

 

 ハーパーは追いつき、明日も最初のパスは左足の前へ出すと伝えた。

 

 *

 

 同じ午後、ノア・プライスはアカデミーの練習で、右の中盤にいた。

 

 週末、トップチームの開幕戦を見た。ブアリが中央で受け、ハーパーが少し待ってから顔を出す。その小さな動きを、以前より長く見ていた。

 

 カールンの加入発表も見た。

 

 自分と同じ十七歳だった。

 

 ミュンヘン・ロイヤルから来た選手は、すぐにトップの練習へ入る。自分は先週一度だけ参加して、またこちらへ戻っている。

 

 ベルの笛が鳴った。

 

「ノア、今、何を見た」

 

 プライスは足元のボールを止めた。

 

「右です」

 

「右の、誰だ」

 

 彼は答えられなかった。

 

 顔だけは右へ向けた。受ける前に確認することを求められたからだった。

 

 だが、何があったかは見ていない。

 

 ベルは近づいてきた。

 

「首だけ振っても、何も見えてなきゃ同じだぞ。相手は来たか? 味方はいたか? 今は、その二つだ」

 

 プライスは頷いた。

 

「あっちでは、もっと速かったです」

 

「だから、こっちで先に見つける」

 

 練習を再開した。

 

 プライスは、ボールを持つセンターバックの足が上がる前に、一度だけ左後ろを見た。

 

 相手が一人、中央へ寄っていた。

 

 パスが来る。

 

 彼は前を向かず、一度右へ渡した。

 

 相手が外へ走ったところで、中央へ入り直す。

 

 今度は、受けて前を向けた。

 

 ベルは笛を吹かなかった。

 

 プライスはそのまま前へ運び、左で待つ味方へ出した。

 

 簡単だったとは思わなかった。

 

 ただ、何を見ればよいかが、一つ分かった。

 

 *

 

 八月十二日、リーグカップのフェアクロス戦では、コリンズが先発した。

 

 クルーニーは休ませ、前線のもう一人にはライアン・ショーが入った。二十四歳のショーは、相手の背後へ出ることを得意としており、ボールへ触る回数が減っても、走ることを嫌がらなかった。

 

 コリンズには、組みやすい相手だった。

 

 ショーが出る。自分が手前へ来る。

 

 相手が下がれば、前を向ける。

 

 前半、コリンズが下りて受け、右へ渡した。ショーが中央を通ってゴール前へ入り、守備者を連れていく。

 

 戻ってきたボールを、コリンズがペナルティエリアの手前から蹴った。

 

 先制点だった。

 

 後半は、エル・マリの低いクロスへ合わせた。

 

 二対〇。

 

 相手は四部のクラブで、開幕戦より間合いに余裕があった。それでも、二得点は自分のものだった。

 

 コリンズは試合後の取材で、新加入選手との競争について聞かれた。

 

「今日も、去年からいる選手と組みました」

 

 彼は答えた。

 

「ショーが走ってくれた。二人でやれたと思います」

 

 記者はもう一度、クルーニーについて尋ねようとした。

 

 コリンズは水を飲み、同じ答えを繰り返した。

 

 今日は、ショーと組んだ。

 

 *

 

 八月十三日、ヘイルはマルコ・ヴァレンティと初めて会った。

 

 イタリア人の指導者は、前日の試合をスタンドから見ていた。

 

 挨拶の後、経歴について長く話す代わりに、コリンズの二得点目の映像を開いた。

 

「この攻撃は、いいですね」

 

 ヴァレンティが言った。

 

「サイードが外で待った。中に入る選手が二人いて、遅れてもう一人来た」

 

 ヘイルは頷いた。

 

「まだ、安定してはできていません」

 

「でしょうね」

 

 ヴァレンティは別の場面を開いた。

 

 クルーニーとウルンが中央へ寄り、ハーパーも同じ区域へ入る。右のウォードだけが外で待ち、パスが出ない。

 

「あなたは、これを説明し直しますか」

 

「まず、重なった理由を聞きます」

 

「それから?」

 

「位置を整理する」

 

「何度、止めますか」

 

 ヘイルは少し考えた。

 

「必要なだけ」

 

 ヴァレンティは首を振った。

 

「止める回数が、多い。私は、そこが気になりました」

 

 コールが二人を見た。

 

 監督の練習を批判するには、まだ面談の早い段階だった。

 

「見学では、選手が良い位置へ入ったときにも止まっていました。なぜ良かったかを説明するために」

 

「ただ、意味を分からないまま動かすのも……。そこは、理解してもらいたいんです」

 

「ええ。でも、分かった選手まで次のパスを出せずに待っています。説明が正しくても、蹴る時間は減ります」

 

 ヘイルは画面を見た。

 

 言われたことに、心当たりはあった。

 

「あなたなら、どうしますか」

 

 ヴァレンティはノートを開いた。

 

「全部は止めません。今日は受ける位置だけ、明日は入ってくる時間だけ。説明したいことを、私たちの方で減らす」

 

「守備との接続は?」

 

「失った後まで続けます。攻撃を終えたら、次は守る。そこは切りません」

 

 ヘイルは、ノートの小さな図を見た。

 

 自分のやりたいことを理解しながら、同じやり方をする人間ではない。

 

 それなら、会う意味があった。

 

 *

 

 リードが新しい育成体制の話をしたのは、その翌日だった。

 

 監督とコールへ、地域の視察を増やすための採用案を示した。

 

 エレナ・パイク。学校や地域クラブを長く見てきたスカウトで、これまでは限られた日数で活動していた。

 

 常勤として迎え、クラブのコーチが見られない試合も継続して追いたいという。

 

「良かった試合だけで呼ばないために、もう一度見る人が要ります」

 

 リードが言った。

 

 コールは採用条件を読み、必要な費用と役割を確認した。

 

「予算は用意する。報告の窓口は、君に一本化していいな」

 

「ええ。現場で何を見るかは、ベルとも揃えます」

 

 ヘイルは尋ねた。

 

「今すぐ上手い選手以外も、見られますか」

 

 リードは頷いた。

 

「そのための採用です」

 

 コールは承認の手続きを進めると答えた。

 

 誰かを買うための金ではなく、誰かを見落とさないための金だった。

 

 ヘイルは、そうした使い方もできるクラブへ来たのだと思った。

 

 *

 

 八月十六日、ヘイヴン・アルビオンとのアウェーゲームで、ハーパーは左から先発した。

 

 右にはカールン。

 

 ゴールはベルが守り、佐々木はベンチに入った。前線はクルーニーとウルンだった。

 

 最初の二十分、相手はカールンを簡単には前へ向かせなかった。

 

 一人が背中へつき、もう一人が中央のパスコースへ足を置く。

 

 カールンは何度も左足へ置き直した。

 

 一度は抜けた。

 

 ウルンへ縦に入れ、そのまま前へ走る。ウルンが落とし、カールンがペナルティエリアの手前で受ける。

 

 クルーニーが右へ動いた。

 

 守備者がついていく。

 

 カールンは左足を振った。

 

 ボールはポストの外へ抜けた。

 

 ハーパーは逆側で、こぼれ球へ詰めていた。

 

 パスが来なかったことより、自分の前に空間ができたことを覚えておこうと思った。

 

 前半の終わり、ブリストルが先制した。

 

 左でエリスが受ける。ハーパーが内側へ入り、相手の右サイドバックの注意を引く。

 

 エリスが早くクロスを上げた。

 

 クルーニーが中央から少し外れ、守備者の前へ入る。

 

 頭で合わせたボールが、ゴールの隅へ入った。

 

 クルーニーはエリスを指した。

 

 ハーパーも走っていき、二人の肩へ触れた。

 

 左でも、一つできた。

 

 *

 

 後半、カールンの足が止まり始めた。

 

 相手の左サイドバックが上がる。ウォードが前の選手を見ながら待つ。内側の相手は、カールンの肩の向こうへ入った。

 

 カールンは振り返り、走ったが遅れた。

 

 フェンウィックが外へ出る。

 

 マーサーは中央で二人を見た。

 

 低いクロスが入り、相手のフォワードが合わせた。

 

 一対一。

 

 カールンはペナルティエリアの外で立ち止まった。

 

 自分が追いついていれば、ということは分かった。

 

 どこで追い始めるべきだったかは、まだ分からなかった。

 

 ヘイルは六十五分にドイルを入れ、カールンを下げた。

 

 若者はベンチへ戻り、渡されたボトルを握った。

 

 すぐに話をされると思った。

 

 監督は一度だけ肩へ触れ、ピッチへ戻った。

 

 試合は引き分けで終わった。

 

 *

 

 帰りのバスで、ハーパーはカールンの席へ来た。

 

 ハーパーが隣へ座ると、カールンはイヤホンを片方だけ外した。

 

「外、見えなかった?」

 

「見てたよ。ボールを」

 

「それは見てただろうな」

 

 カールンは残りの片方も外し、膝へ置いた。

 

「取れたんだよ、あれ。いや、取れると思った。足を出すか、一回待つか……それで、外へ出されてた」

 

「俺も右へいたとき、それでジェームズに走らせた」

 

「今日は左に戻れてたじゃん」

 

「先に下がってたんだよ。戻るのが速かったんじゃなくて。こっちは、もっと前でもらいたかった」

 

 カールンはボトルの蓋を閉めた。しばらく、バスの前を見ていた。

 

「シュートは、入ると思った」

 

「ああ。惜しかった」

 

「あれまでやめろって言われても、困る」

 

「誰も言ってないだろ。戻る方もやれって話だよ」

 

 カールンはハーパーを見た。

 

「ルイスは、監督に言われる前にそういうこと言うね」

 

「俺が言われたからな。ついこの前」

 

 ようやく、カールンが笑った。

 

「じゃあ、次、先に呼んで。迷って止まってからじゃ間に合わない」

 

「呼ぶよ。ただ、俺は逆側にいるぞ」

 

「手も上げて。それなら見える」

 

「見ろよ、今度は」

 

 カールンはイヤホンを片方だけ戻した。

 

「見てる。ルイスも、僕が打つときはゴール前に来て」

 

 ハーパーは吹き出しかけた。

 

 注文をつけて終わったのは、向こうだった。

 

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