八月十一日、月曜日。
ルイス・ハーパーが、左のインサイドハーフへ移ると告げられたのは、午前の練習が始まる前だった。
右には、レナルト・カールンが入る。
ヘイルはホワイトボードの二つの名前を動かした。
「逆側も経験してほしいと、最初に話しましたね。今週から合わせていきます」
「左、ですか。……ドイルは? 俺がそっちへ入るんですか?」
「彼には中央の控えも準備してもらいます。ベンが抜けたので、そこも必要です」
ハーパーは頷いた。
出られなくなると言われたわけではない。
しかし、ようやくウォードの走り出しが分かり、ブアリへ声をかけるタイミングを覚えたところだった。
左へ行けば、相手が来る方向も変わる。右足へ置いたボールの先に見えるのは、タッチラインではなく中央だった。
「エリスと、まず距離を確認します」
ヘイルが言った。
ハーパーは、右の磁石を見た。
十七歳。
自分より三つ若い選手のために動くのだと考えると、少し面白くなかった。
それでも、左で試す前から嫌だと言えば、競争に加わる場所まで狭くなる気がした。
「やります。やりますけど、最初はエリスと合わせる時間をください」
ハーパーは右の名前から目を離し、左の磁石を指した。
*
カールンの最初のプレーを見て、ハーパーは、自分がなぜ左へ行くのかを理解した。
ブアリから少し強いパスが入る。
カールンは左足の内側で触り、右から寄せる相手の向こうへボールを置いた。止めたようには見えない。一度触っただけで、身体が前を向いていた。
ウルンが下りてくる。
カールンはそちらへ出すと見せ、クルーニーの走る先へ通した。
シュートはキーパーに止められたが、誰かが小さく声を上げた。
ハーパーも、思わず見た。
あれは、できる。
次の攻撃で、カールンは相手を二人引きつけた。
三人目を越えようとして、足元を奪われた。
ボールが外へ渡る。
ウォードが高い位置におり、フェンウィックがサイドへ出た。
カールンは、奪った相手へ一度だけ手を伸ばし、それから走り始めた。
一歩遅かった。
ブアリが右へ寄り、中央が空く。ハーパーが逆側から戻ったが、間に合わなかった。
相手役がシュートを打つ。
佐々木が止めた。
ヘイルの笛が鳴った。
カールンは髪をかき上げ、監督へ歩いた。
ハーパーは息を整えながら、その背中を見た。
上手い。
ただ、一緒に走らなければならない選手でもあった。
*
佐々木は、足元への戻しを受けるときには落ち着いていた。
相手フォワードが右から来る。最初のタッチを左へ置き、オコンネルへ通す。オコンネルがエリスへ渡すと、ピッチの右から左へ、相手の選手が一斉に走った。
ベルは脇から見ていた。
戻すパスが少し身体に近くても、佐々木は一歩で逃げる場所を作った。その一歩に、自分との違いがあった。
しかし、次のクロスでは、佐々木が声を出すのが遅れた。
マーサーも跳ぶ。
二人の身体が触れ、ボールは横へ落ちた。
「俺が行く」
マーサーが言った。
佐々木は首を振った。
「取れると思いました」
「なら、先に言え。後から来られると、止まれない」
佐々木は頷いた。
GKコーチが二人を呼び、同じ位置からもう一度蹴らせた。
今度は佐々木が早く声を出した。マーサーが相手役を止め、キーパーは両手で捕った。
ベルはボールを集めに行きながら、佐々木へ言った。
「ダンには、思ってるより早く言った方がいい。自分で触れると思ったら、最後まで跳ぶ」
佐々木が笑った。
「分かりました」
「俺も、最初はぶつかった」
ベルはそれだけ言い、次の練習へ向かった。
*
午前の最後、ハーパーはエリスへ少し残ってくれと頼んだ。
追加の走り込みではなかった。二人で歩きながら、ボールを受ける場所を確かめるだけだった。
「マット、俺がここへ来たら外、空けないでよ。右のときみたいに出すから……いや、逆か」
ハーパーが中央寄りを指す。
「いるけど。お前が下りすぎたら、向こうのサイドバックまで俺に来るぞ。二人とも俺に預けて休むなよ」
エリスは答えた。
ハーパーは数歩前へ戻った。
「ここなら?」
「相手の中盤を一人残せる。たぶん」
二人で、相手がいるつもりの場所を見た。
右にいたとき、ハーパーはウォードの内側へ顔を出していた。ウォードは高い位置から走り、足元でも、走る先でも受けたがった。
エリスは、少し手前で受けてもよかった。左足で外へ置けば、そのまま前へ運べる。
同じウイングバックでも、待つ位置が違う。
「俺が前へ行けば、中は空く。そこを使えばいいだろ」
エリスが言った。
「ただ、戻すボールは、右のときよりこっちへ欲しい」
左足の前を示した。
ハーパーが一度転がした。
「これ?」
「そう。そこなら、持ち替えずに上げられる」
エリスは足の裏で止め、返した。
十分ほどの確認だった。
ハーパーは、その短い時間で、左へ来てから何が遅くなったかを一つ説明できるようになった。
自分が下手になったわけではない。
右の味方へ出すつもりのパスを、左の味方へ出していた。
建物へ戻る途中、ヘイルに会った。
「負荷は増やしていませんね」
監督が確認した。
「歩いただけです」
ハーパーが答えると、エリスが笑った。
「口の方が動いてました」
ヘイルは頷いた。
「次は、サイードとも同じ確認をしてほしい。ただ、彼が中へ入るときは、外を誰が取るかも話しましょう」
ハーパーは返事をしてから、少しだけ足を止めた。
「監督、あの。俺、右で足りなかったから替わるんですか? それなら、そう言ってもらった方が」
ヘイルは向き直った。
「右での評価を取り消す話ではありません。待ってから走る動きは、左でも使えます」
「そうならよかったです。いや、よくはないか。やっと右で分かってきたところだったんで、ちょっと」
監督は、すぐには答えなかった。
「彼には、右で生かしたい特徴があります。それは事実です。ただ、あなたを左で使いたいのも、できることがあるからです。今の説明は、そこを伝え足りませんでした」
ハーパーは頷いた。
歓迎したい仲間と、自分の場所を動かす仲間が、同じ人間であることは変わらない。
しかし、その場所で何を求められるかは、聞くことができた。
エリスが先で待っていた。
ハーパーは追いつき、明日も最初のパスは左足の前へ出すと伝えた。
*
同じ午後、ノア・プライスはアカデミーの練習で、右の中盤にいた。
週末、トップチームの開幕戦を見た。ブアリが中央で受け、ハーパーが少し待ってから顔を出す。その小さな動きを、以前より長く見ていた。
カールンの加入発表も見た。
自分と同じ十七歳だった。
ミュンヘン・ロイヤルから来た選手は、すぐにトップの練習へ入る。自分は先週一度だけ参加して、またこちらへ戻っている。
ベルの笛が鳴った。
「ノア、今、何を見た」
プライスは足元のボールを止めた。
「右です」
「右の、誰だ」
彼は答えられなかった。
顔だけは右へ向けた。受ける前に確認することを求められたからだった。
だが、何があったかは見ていない。
ベルは近づいてきた。
「首だけ振っても、何も見えてなきゃ同じだぞ。相手は来たか? 味方はいたか? 今は、その二つだ」
プライスは頷いた。
「あっちでは、もっと速かったです」
「だから、こっちで先に見つける」
練習を再開した。
プライスは、ボールを持つセンターバックの足が上がる前に、一度だけ左後ろを見た。
相手が一人、中央へ寄っていた。
パスが来る。
彼は前を向かず、一度右へ渡した。
相手が外へ走ったところで、中央へ入り直す。
今度は、受けて前を向けた。
ベルは笛を吹かなかった。
プライスはそのまま前へ運び、左で待つ味方へ出した。
簡単だったとは思わなかった。
ただ、何を見ればよいかが、一つ分かった。
*
八月十二日、リーグカップのフェアクロス戦では、コリンズが先発した。
クルーニーは休ませ、前線のもう一人にはライアン・ショーが入った。二十四歳のショーは、相手の背後へ出ることを得意としており、ボールへ触る回数が減っても、走ることを嫌がらなかった。
コリンズには、組みやすい相手だった。
ショーが出る。自分が手前へ来る。
相手が下がれば、前を向ける。
前半、コリンズが下りて受け、右へ渡した。ショーが中央を通ってゴール前へ入り、守備者を連れていく。
戻ってきたボールを、コリンズがペナルティエリアの手前から蹴った。
先制点だった。
後半は、エル・マリの低いクロスへ合わせた。
二対〇。
相手は四部のクラブで、開幕戦より間合いに余裕があった。それでも、二得点は自分のものだった。
コリンズは試合後の取材で、新加入選手との競争について聞かれた。
「今日も、去年からいる選手と組みました」
彼は答えた。
「ショーが走ってくれた。二人でやれたと思います」
記者はもう一度、クルーニーについて尋ねようとした。
コリンズは水を飲み、同じ答えを繰り返した。
今日は、ショーと組んだ。
*
八月十三日、ヘイルはマルコ・ヴァレンティと初めて会った。
イタリア人の指導者は、前日の試合をスタンドから見ていた。
挨拶の後、経歴について長く話す代わりに、コリンズの二得点目の映像を開いた。
「この攻撃は、いいですね」
ヴァレンティが言った。
「サイードが外で待った。中に入る選手が二人いて、遅れてもう一人来た」
ヘイルは頷いた。
「まだ、安定してはできていません」
「でしょうね」
ヴァレンティは別の場面を開いた。
クルーニーとウルンが中央へ寄り、ハーパーも同じ区域へ入る。右のウォードだけが外で待ち、パスが出ない。
「あなたは、これを説明し直しますか」
「まず、重なった理由を聞きます」
「それから?」
「位置を整理する」
「何度、止めますか」
ヘイルは少し考えた。
「必要なだけ」
ヴァレンティは首を振った。
「止める回数が、多い。私は、そこが気になりました」
コールが二人を見た。
監督の練習を批判するには、まだ面談の早い段階だった。
「見学では、選手が良い位置へ入ったときにも止まっていました。なぜ良かったかを説明するために」
「ただ、意味を分からないまま動かすのも……。そこは、理解してもらいたいんです」
「ええ。でも、分かった選手まで次のパスを出せずに待っています。説明が正しくても、蹴る時間は減ります」
ヘイルは画面を見た。
言われたことに、心当たりはあった。
「あなたなら、どうしますか」
ヴァレンティはノートを開いた。
「全部は止めません。今日は受ける位置だけ、明日は入ってくる時間だけ。説明したいことを、私たちの方で減らす」
「守備との接続は?」
「失った後まで続けます。攻撃を終えたら、次は守る。そこは切りません」
ヘイルは、ノートの小さな図を見た。
自分のやりたいことを理解しながら、同じやり方をする人間ではない。
それなら、会う意味があった。
*
リードが新しい育成体制の話をしたのは、その翌日だった。
監督とコールへ、地域の視察を増やすための採用案を示した。
エレナ・パイク。学校や地域クラブを長く見てきたスカウトで、これまでは限られた日数で活動していた。
常勤として迎え、クラブのコーチが見られない試合も継続して追いたいという。
「良かった試合だけで呼ばないために、もう一度見る人が要ります」
リードが言った。
コールは採用条件を読み、必要な費用と役割を確認した。
「予算は用意する。報告の窓口は、君に一本化していいな」
「ええ。現場で何を見るかは、ベルとも揃えます」
ヘイルは尋ねた。
「今すぐ上手い選手以外も、見られますか」
リードは頷いた。
「そのための採用です」
コールは承認の手続きを進めると答えた。
誰かを買うための金ではなく、誰かを見落とさないための金だった。
ヘイルは、そうした使い方もできるクラブへ来たのだと思った。
*
八月十六日、ヘイヴン・アルビオンとのアウェーゲームで、ハーパーは左から先発した。
右にはカールン。
ゴールはベルが守り、佐々木はベンチに入った。前線はクルーニーとウルンだった。
最初の二十分、相手はカールンを簡単には前へ向かせなかった。
一人が背中へつき、もう一人が中央のパスコースへ足を置く。
カールンは何度も左足へ置き直した。
一度は抜けた。
ウルンへ縦に入れ、そのまま前へ走る。ウルンが落とし、カールンがペナルティエリアの手前で受ける。
クルーニーが右へ動いた。
守備者がついていく。
カールンは左足を振った。
ボールはポストの外へ抜けた。
ハーパーは逆側で、こぼれ球へ詰めていた。
パスが来なかったことより、自分の前に空間ができたことを覚えておこうと思った。
前半の終わり、ブリストルが先制した。
左でエリスが受ける。ハーパーが内側へ入り、相手の右サイドバックの注意を引く。
エリスが早くクロスを上げた。
クルーニーが中央から少し外れ、守備者の前へ入る。
頭で合わせたボールが、ゴールの隅へ入った。
クルーニーはエリスを指した。
ハーパーも走っていき、二人の肩へ触れた。
左でも、一つできた。
*
後半、カールンの足が止まり始めた。
相手の左サイドバックが上がる。ウォードが前の選手を見ながら待つ。内側の相手は、カールンの肩の向こうへ入った。
カールンは振り返り、走ったが遅れた。
フェンウィックが外へ出る。
マーサーは中央で二人を見た。
低いクロスが入り、相手のフォワードが合わせた。
一対一。
カールンはペナルティエリアの外で立ち止まった。
自分が追いついていれば、ということは分かった。
どこで追い始めるべきだったかは、まだ分からなかった。
ヘイルは六十五分にドイルを入れ、カールンを下げた。
若者はベンチへ戻り、渡されたボトルを握った。
すぐに話をされると思った。
監督は一度だけ肩へ触れ、ピッチへ戻った。
試合は引き分けで終わった。
*
帰りのバスで、ハーパーはカールンの席へ来た。
ハーパーが隣へ座ると、カールンはイヤホンを片方だけ外した。
「外、見えなかった?」
「見てたよ。ボールを」
「それは見てただろうな」
カールンは残りの片方も外し、膝へ置いた。
「取れたんだよ、あれ。いや、取れると思った。足を出すか、一回待つか……それで、外へ出されてた」
「俺も右へいたとき、それでジェームズに走らせた」
「今日は左に戻れてたじゃん」
「先に下がってたんだよ。戻るのが速かったんじゃなくて。こっちは、もっと前でもらいたかった」
カールンはボトルの蓋を閉めた。しばらく、バスの前を見ていた。
「シュートは、入ると思った」
「ああ。惜しかった」
「あれまでやめろって言われても、困る」
「誰も言ってないだろ。戻る方もやれって話だよ」
カールンはハーパーを見た。
「ルイスは、監督に言われる前にそういうこと言うね」
「俺が言われたからな。ついこの前」
ようやく、カールンが笑った。
「じゃあ、次、先に呼んで。迷って止まってからじゃ間に合わない」
「呼ぶよ。ただ、俺は逆側にいるぞ」
「手も上げて。それなら見える」
「見ろよ、今度は」
カールンはイヤホンを片方だけ戻した。
「見てる。ルイスも、僕が打つときはゴール前に来て」
ハーパーは吹き出しかけた。
注文をつけて終わったのは、向こうだった。