八月十八日、月曜日、マルコ・ヴァレンティは練習場へ出る前に、ヘイルへ一枚の紙を渡した。
その朝から正式に攻撃指導を担当することになっていた。
紙に書かれていたのは、三つの短い項目だった。
受ける選手の近くへ、もう一人を置く。
同じ列へ、三人並ばない。
失った後も、続ける。
「今日は、この三つだけ?」
ヘイルが尋ねた。
「増やしたいですか?」
ヴァレンティはヘイルのペンを見た。
「試合の翌々日です。長くはできない。明日には次の試合がある」
ヘイルは紙を机へ置いた。
自分なら、カールンの戻る位置と、ハーパーの左での受け方も入れたくなる。
入れたいことと、今日できることは違う。
その整理を任せるために、新しい指導者を迎えた。
「途中で気づいたことは?」
「私へ言ってください。止めるか、次の休みに話すか、決めましょう」
ヘイルは頷いた。
自分が笛を持たずに練習を見る時間が、初めて長くなりそうだった。
*
ヴァレンティは、最初にボールを動かした。
説明のために全員を長く並ばせず、二人のフォワードと中盤、外の選手を配置する。クルーニーは前節の疲労を考慮して回復を優先し、コリンズとショーが最初に入った。
ウルンは、短い時間を区切って加わった。
ボールが中央へ入る。
コリンズが下りる。
ハーパーが近づいた。
いつものように、二人が少し重なった。
ヘイルは手元へ視線を落とした。笛を吹きたくなったが、持っていなかった。
ヴァレンティは止めず、コリンズへ声をかけた。
「アダム、外もある! 返して、続けよう!」
コリンズが戻す。
相手役は中央へ集まっていた。その外をエル・マリが運んだ。
ハーパーは今度は前へ行く。
コリンズは、その後ろから入り直した。
クロスが入り、ショーが触ったが、ゴールの横へ流れた。
ボールが外へ出たところで、ヴァレンティが二人を呼んだ。
「最初、重なりましたね」
ハーパーが頷く。
「でも、外から行けたでしょう。間違えても、そこから続けていい。次は、近づく前に相手を一回見てください」
説明はそれだけだった。
再開すると、今度はハーパーが待った。
コリンズが受け、右へ落とす。ショーが背後へ走る。
一回でうまくいったわけではない。
ただ、同じ十五分の間に、選手がボールへ触る回数は増えた。
ヘイルは途中から、間違いより、選手が自分で修正する瞬間を数えていた。
*
練習後、ヴァレンティはカールンと向かい合った。
ヘイルも同席した。
土曜日の失点場面を見せる。相手が外へ渡す前、カールンは中央のボール保持者を見ていた。
「レナルト、ここで取りに行きたかった?」
ヴァレンティが尋ねた。
「取れたと思う。足、伸ばせば」
「でも、止まったね」
「後ろも見ろって。だったら、待つのかなって思った」
ヘイルは少し姿勢を変えた。
本人は何も考えずに止まっていたわけではない。前へ行くことと、戻ることの間で決められなかった。
ヴァレンティは映像を戻した。
「相手の足を見てください。次に外へ渡す形になっています。このときは、ボールではなく、外へ動く選手を先に見る」
「それ、全部いっぺんに見える? ボールも、そいつも?」
「全部は無理。だから、最初に見るものを一つ決めましょう。今は、この外の選手」
ヘイルが続けた。
「明日は、失った直後の三歩だけを確認します。長く追いかける前に、どちらへ出るか」
カールンは頷いた。
九十分戻れと言われるより、自分が最初にどこへ足を出すかを考える方が、やれそうに思えた。
*
佐々木は、ウェストミア戦への先発を告げられた。
ベルはベンチへ回る。
ヘイルは、二人へ別々に話した。
佐々木には、足元から相手の前線を動かすことを期待していると伝えた。一方で、無理に短くつなぐ必要はないと確認した。
ベルには、二試合で序列を固定するつもりはないと話した。
ただ、その言葉だけで納得できるわけではなかった。
「一つ、聞いてもいいですか。足元以外も、見て決めてますよね?」
ベルが尋ねた。
「もちろんです」
「開幕の一本ですか? あれで、俺が出なくなったんですか」
「そこだけで決めていません。今日は、相手が前から二人で来る可能性が高い。後ろで一人増やして、外へ運ぶ形を使いたい」
ベルは頷いた。
相手との関係で選ぶという説明だった。それなら、別の相手には自分の仕事があるのか。
そう尋ねる前に、監督が言った。
「選ばない日の説明も続けます。必要なことが変われば、練習で確かめます」
ベルは椅子から立った。
「……分かりました。次に見るところは、先に教えてください」
ベルは扉へ向かった。
それでも、次に何を見られるかが分からないまま待つよりはよかった。
*
八月十九日、火曜日。
レッドクリフ・グラウンドで、佐々木は最初のバックパスを受けた。
ウェストミアのフォワードが斜めに走ってくる。
右へ出せばフェンウィックが受ける。だが、相手はその道を切りながら寄せていた。
佐々木は左足の前へボールを置いた。
一歩だけ、相手の走る線から外れる。
オコンネルへ通した。
相手のもう一人がそちらへ出ると、オコンネルは佐々木へ戻した。
今度は中央が空いた。
ブアリが受ける。
前を向く。
ハーパーが左から中央へ入り、エリスが外で待っていた。
客席が少し沸いた。
相手を抜いたわけでも、長いパスを通したわけでもない。
前へ走ってきた二人が、ボールの後ろへ取り残された。
そこから攻撃が始まった。
先制点は、ウルンだった。
クルーニーが中央で相手を押し下げる。ウルンが少し下りて受け、ハーパーへ預けた。
自分は、そのままゴールへ向かう。
ハーパーから左へ、エリスから中へ。
「こっち! マット!」
ウルンは相手の中盤より先にペナルティエリアへ入り、左へ手を上げた。
左足で合わせた。
ゴールの内側へ転がる。
彼はクルーニーを指した。ストライカーは、守備者の前へ立ったまま腕を上げていた。
自分が触らなかったことで、別の選手が打てた。
練習で何度も確かめた攻撃だった。
*
後半、カールンが二点目を作った。
右で受け、相手が近づく前にウォードへ渡す。
自分は内側を走る。
相手の左サイドバックが一瞬迷った。
ウォードが外を進み、低く入れた。
クルーニーがニアで触り、ボールがゴールへ入った。
「ほら! ジェームズ、もう一回できる!」
カールンは両手を上げ、右の外を指した。
カールンは、右の外をもう一度指した。次もあそこで受けられると思った。
ベンチでヴァレンティが頷いた。
ヘイルは時計を見た。
六十分を少し過ぎていた。
カールンの負荷を考え、ドイルへ声をかけた。若者は交代の表示を見ると、少し残念そうな顔をした。
それでも、今日は失点してから呼ばれたのではなかった。
「今の、よかったです」
ヘイルが言うと、カールンは頷いた。
「もう一本やれたのに。脚、まだあるよ?」
「分かっています。でも、今日はここまで。次もその脚で出てほしい」
彼はベンチへ座った。
終盤、途中から入ったエル・マリが左で一人をかわし、中央へ戻した。ウルンが足元へ引きつけ、後ろから来たハーパーへ落とす。
ハーパーは右足で蹴った。
三対〇。
左へ移ってから、初めての得点だった。
エル・マリが走り寄り、肩を抱いた。
右で覚えた動きは、全部捨てたわけではない。
ゴールへ入る向きが替わっただけで、相手がボールを見る瞬間は、こちらにもあった。
*
翌日、アカデミーの映像確認には、いつもより多くの場面が用意されていた。
新たに担当する分析スタッフが、試合全体を撮るだけでなく、選手ごとの受け方を切り出し始めていた。
ノア・プライスは、自分の横顔を見た。
ボールが来る前に、首を動かしている。
その次の場面では、顔を動かしただけで、何も見ていない。
違いが、映像には残っていた。
ベルが聞いた。
「どっちが、相手を見つけた方だ」
プライスは最初の場面を指した。
「受ける足が、違う」
「そうだな」
後ろに相手がいると分かったときは、遠い足へ逃がしていた。見ていない場面では、いつもの右足へ止めようとしている。
前へ進めたのは、最初の方だった。
新しいスタッフは、二つを続けて再生した。
プライスは三度見た。
自分の失敗を長く叱られるための映像ではなかった。できたときに、何が違ったかを確かめるためだった。
そのことが、少し嬉しかった。
*
映像確認の後、バレットは自分の場面をもう一度見せてほしいと頼んだ。
前線で足元へ受け、相手のセンターバックに触られる前にシュートを打った場面だった。
ボールは大きく外れている。
「身体が倒れてるからですか」
ベルは頷いたが、それだけではなかった。
「なぜ、その向きで打った」
「相手が来たので」
「来る前は?」
バレットは画面を見た。
プライスが近くにいる。左の外にも味方がいる。
しかし、その試合では、まだ自分が一度もシュートを打っていなかった。
「一本も打ってなかったから。……打ちたかったです」
バレットは画面の中の自分から目を逸らした。
「そうだな」
ベルは責めなかった。
「打つ気持ちは要る。ただ、遠くから一回打って終わるより、一度渡して、もっと近くへ入る方法もある」
バレットは、プライスへ出した後を考えた。
相手の守備者が一度ボールを見れば、その脇へ走れるかもしれない。
今までは、シュートをやめることが、自分の仕事をやめることに思えていた。
ベルは別の映像を開いた。
トップチームのクルーニーが、ニアへ入って触らず、コリンズが決める。
「点を取れなかった方にも、仕事があります。でも、これだけを真似しろとは言わない。次は、君が中央で受ける方かもしれないからな」
バレットは頷いた。
新しい分析スタッフが、練習で確かめる場面として、その二本をまとめた。
部屋を出る前、バレットは聞いた。
「これ、家でも見られますか」
「必要な部分を、決まった方法で渡す。全部、夜まで見ていろという意味じゃないぞ」
ベルが答えた。
バレットは笑った。
自分が何本外したかを数えるためではなく、次にどう走るかを見るためなら、もう一度開きたかった。
*
その日のグラウンドで、ベルはプライスとバレットへ短い時間を与えた。
まず一人が足元へ受ける。もう一人は、すぐには寄らず、相手の視線が変わるのを待つ。
相手役も置き、シュートまで続ける。
ヴァレンティから聞いた練習を、その年代でできる速さへ変えていた。
最初の三本は、全部止まった。
四本目、バレットが返した後に走り、プライスが通した。
打ったボールは、キーパーへ当たった。
「もう一本! 今の、次なら入る!」
バレットは転がるボールを拾った。
ベルは時計を見た。
「あと二本。その後は終わる」
回数を増やすだけでなく、次に元気な脚で来られるようにすることも、新しい担当者から確認されていた。
バレットはボールを戻し、また最初の場所へ入った。
*
リードは、午後のコーチ会議で新しい運用を説明した。
トップチームへ参加した選手は、戻った後、何を経験したかを担当コーチと確認する。監督からの評価は、アカデミーにも同じ文面で渡す。
良かった、悪かった、だけでは終わらせない。
次に何を練習するかまで決める。
ヘイルは、プライスの映像を見ながら尋ねた。
「彼に、トップと同じ3─1─4─2をずっとやらせますか」
リードは首を振った。
「位置は経験させます。ただ、今の監督の布陣だけに合わせて育てるつもりはありません」
ヘイルは頷いた。
「その方がいいと思います」
「アンカーも、外の位置も経験させたい。右で上手く受ける選手にするより、受ける前に判断できる選手にしたいんです」
ヴァレンティが口を開いた。
「では、練習を一つ、下でも試せます。場所を替えて、同じ判断をさせる」
ベルはノートを取った。
トップチームから何かを持ち帰るのが選手だけではなくなる。
リードは、そのために会議の時間もスタッフも確保したかった。
資金が入ったことで、頼みたいと思っていたことを、実際の仕事にできるようになっていた。
*
八月二十二日、金曜日。
佐々木の手からボールが落ちた。
抱え直して立ち上がると、GKコーチが踏み切った場所を指した。
「最初の一歩、相手の方へ入ったな」
「はい。相手は見ていました。ただ、ボールの真下へ行こうとして、向こうが身体を入れられる道を残したと思います。次は一歩目で、その前を取ります」
コーチが頷き、次のボールを要求した。
ベルが拾い上げる。
「今の、出るのはやめない?」
「出ます。出る判断は変えなくていいと思っています。変えるのは、通る場所です」
「なら、少し早く蹴るぞ」
佐々木はゴール前へ戻り、グローブを握った。
二本目は両手へ収まった。三本目は弾いた。四本目、中央へ入ったボールには出ず、マーサーが頭で返した。
休みに入ると、ベルが近づいた。
「ダンには、早めに言えよ。あいつは自分で触れると思ったら、止まらん」
「練習でぶつかりました。僕が声を出したときには、もう跳んでいて」
「だろ。俺もやった。謝るのは後でいいから、先に呼べ」
佐々木は少し笑い、マーサーのいる方を見た。
「自分が捕るかどうかだけ考えていました。あそこで一声あれば、周りも先に相手を止められますね」
「そう。俺たちが触る前から、あいつらも仕事してる」
ベルは次のボールを足元へ置いた。
「もう一本。今度は、呼ぶのが聞こえたら入れる」
佐々木は戻りながら、こちらを見るマーサーへ手を上げた。
「キーパー!」
呼ぶ声は、さっきより早かった。マーサーが相手の進路を止める。
佐々木は捕り、胸へ抱えた。
「オーケー! ダン、今ので!」
話しながらボールを返すと、隣のベルが笑っていた。
「それくらい聞こえれば、あいつも止まる」
佐々木は息を整え、もう一度グローブを握った。
*
八月二十三日、キングズウェルとのアウェーゲーム。
相手は、佐々木の前へ早いクロスを入れてきた。
前半、キーパーが一度弾くと、客席が声を上げた。次も上げろという声が、ピッチの近くから聞こえた。
佐々木はグローブを握り直した。
マーサーが振り返る。
「次、来るぞ。出るか?」
「届く方なら出ます。声を出すので、手前の相手をお願いします!」
「聞こえた!」
次のクロスには出なかった。マーサーが頭で返し、ブアリが拾った。
相手の前線はゴール前へ集まっている。
ブアリは右へ通した。
カールンが受け、ウルンへ渡す。
クルーニーが中央から斜めに走った。
長いパスが出る。
クルーニーはキーパーの前で一度だけ触り、先制した。
佐々木は自陣で拳を握った。
自分が捕らなかったボールから、点が生まれた。
後半には、リーグ戦初先発のエル・マリが左から仕掛け、相手を引きつけてハーパーへ戻した。
ハーパーからウルンへ。
ウルンが身体を開き、ゴールの逆隅へ決めた。
二対〇。
終盤、キングズウェルはまた高いボールを入れた。
佐々木は早く声を出した。
マーサーが相手の進路を止める。
佐々木は一歩目で場所を取り、両手を伸ばした。
「キーパー!」
捕った。倒れずに胸へ抱え、佐々木は味方を前へ押し出した。
「上げて! 外、見てます!」
敵地の声が、一度小さくなった。
*
帰りのバスで、ベルが佐々木の席へ来た。
「最後、よかった」
「ありがとうございます」
「あれを捕られると、向こうは少し嫌になる」
ベルは笑い、自分の席へ戻った。
佐々木はグローブの入った袋を見た。
今日は勝った。
それでも、前半に落とした一本は残っている。
次の練習で、何を確かめたいかは分かっていた。
少し前の席では、ヴァレンティがヘイルへ映像を見せていた。
ボールを失ったカールンが、すぐに中央の道を閉じる場面だった。
「三歩、変わりましたね」
ヘイルは頷いた。
勝利の映像から、得点以外のものを見つけられる人が増えた。
それだけで、自分が全員へ同時に何かを教えなければならない感覚は、少し軽くなっていた。
バスを降りる前、ヘイルは二人へ翌日の予定を確認した。ヴァレンティが担当する部分と、自分が見る選手を分ける。
選考は、監督が最後に決める。その判断に必要な報告は、専門のコーチが出す。
八月に紙へ書いた権限の分担が、ようやく日々の時間割にも入り始めていた。