どうやら金はあるらしい   作:おずわるどー

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【2025/26・第17話】止めない練習

八月十八日、月曜日、マルコ・ヴァレンティは練習場へ出る前に、ヘイルへ一枚の紙を渡した。

 

 その朝から正式に攻撃指導を担当することになっていた。

 

 紙に書かれていたのは、三つの短い項目だった。

 

 受ける選手の近くへ、もう一人を置く。

 

 同じ列へ、三人並ばない。

 

 失った後も、続ける。

 

「今日は、この三つだけ?」

 

 ヘイルが尋ねた。

 

「増やしたいですか?」

 

 ヴァレンティはヘイルのペンを見た。

 

「試合の翌々日です。長くはできない。明日には次の試合がある」

 

 ヘイルは紙を机へ置いた。

 

 自分なら、カールンの戻る位置と、ハーパーの左での受け方も入れたくなる。

 

 入れたいことと、今日できることは違う。

 

 その整理を任せるために、新しい指導者を迎えた。

 

「途中で気づいたことは?」

 

「私へ言ってください。止めるか、次の休みに話すか、決めましょう」

 

 ヘイルは頷いた。

 

 自分が笛を持たずに練習を見る時間が、初めて長くなりそうだった。

 

 *

 

 ヴァレンティは、最初にボールを動かした。

 

 説明のために全員を長く並ばせず、二人のフォワードと中盤、外の選手を配置する。クルーニーは前節の疲労を考慮して回復を優先し、コリンズとショーが最初に入った。

 

 ウルンは、短い時間を区切って加わった。

 

 ボールが中央へ入る。

 

 コリンズが下りる。

 

 ハーパーが近づいた。

 

 いつものように、二人が少し重なった。

 

 ヘイルは手元へ視線を落とした。笛を吹きたくなったが、持っていなかった。

 

 ヴァレンティは止めず、コリンズへ声をかけた。

 

「アダム、外もある! 返して、続けよう!」

 

 コリンズが戻す。

 

 相手役は中央へ集まっていた。その外をエル・マリが運んだ。

 

 ハーパーは今度は前へ行く。

 

 コリンズは、その後ろから入り直した。

 

 クロスが入り、ショーが触ったが、ゴールの横へ流れた。

 

 ボールが外へ出たところで、ヴァレンティが二人を呼んだ。

 

「最初、重なりましたね」

 

 ハーパーが頷く。

 

「でも、外から行けたでしょう。間違えても、そこから続けていい。次は、近づく前に相手を一回見てください」

 

 説明はそれだけだった。

 

 再開すると、今度はハーパーが待った。

 

 コリンズが受け、右へ落とす。ショーが背後へ走る。

 

 一回でうまくいったわけではない。

 

 ただ、同じ十五分の間に、選手がボールへ触る回数は増えた。

 

 ヘイルは途中から、間違いより、選手が自分で修正する瞬間を数えていた。

 

 *

 

 練習後、ヴァレンティはカールンと向かい合った。

 

 ヘイルも同席した。

 

 土曜日の失点場面を見せる。相手が外へ渡す前、カールンは中央のボール保持者を見ていた。

 

「レナルト、ここで取りに行きたかった?」

 

 ヴァレンティが尋ねた。

 

「取れたと思う。足、伸ばせば」

 

「でも、止まったね」

 

「後ろも見ろって。だったら、待つのかなって思った」

 

 ヘイルは少し姿勢を変えた。

 

 本人は何も考えずに止まっていたわけではない。前へ行くことと、戻ることの間で決められなかった。

 

 ヴァレンティは映像を戻した。

 

「相手の足を見てください。次に外へ渡す形になっています。このときは、ボールではなく、外へ動く選手を先に見る」

 

「それ、全部いっぺんに見える? ボールも、そいつも?」

 

「全部は無理。だから、最初に見るものを一つ決めましょう。今は、この外の選手」

 

 ヘイルが続けた。

 

「明日は、失った直後の三歩だけを確認します。長く追いかける前に、どちらへ出るか」

 

 カールンは頷いた。

 

 九十分戻れと言われるより、自分が最初にどこへ足を出すかを考える方が、やれそうに思えた。

 

 *

 

 佐々木は、ウェストミア戦への先発を告げられた。

 

 ベルはベンチへ回る。

 

 ヘイルは、二人へ別々に話した。

 

 佐々木には、足元から相手の前線を動かすことを期待していると伝えた。一方で、無理に短くつなぐ必要はないと確認した。

 

 ベルには、二試合で序列を固定するつもりはないと話した。

 

 ただ、その言葉だけで納得できるわけではなかった。

 

「一つ、聞いてもいいですか。足元以外も、見て決めてますよね?」

 

 ベルが尋ねた。

 

「もちろんです」

 

「開幕の一本ですか? あれで、俺が出なくなったんですか」

 

「そこだけで決めていません。今日は、相手が前から二人で来る可能性が高い。後ろで一人増やして、外へ運ぶ形を使いたい」

 

 ベルは頷いた。

 

 相手との関係で選ぶという説明だった。それなら、別の相手には自分の仕事があるのか。

 

 そう尋ねる前に、監督が言った。

 

「選ばない日の説明も続けます。必要なことが変われば、練習で確かめます」

 

 ベルは椅子から立った。

 

「……分かりました。次に見るところは、先に教えてください」

 

 ベルは扉へ向かった。

 

 それでも、次に何を見られるかが分からないまま待つよりはよかった。

 

 *

 

 八月十九日、火曜日。

 

 レッドクリフ・グラウンドで、佐々木は最初のバックパスを受けた。

 

 ウェストミアのフォワードが斜めに走ってくる。

 

 右へ出せばフェンウィックが受ける。だが、相手はその道を切りながら寄せていた。

 

 佐々木は左足の前へボールを置いた。

 

 一歩だけ、相手の走る線から外れる。

 

 オコンネルへ通した。

 

 相手のもう一人がそちらへ出ると、オコンネルは佐々木へ戻した。

 

 今度は中央が空いた。

 

 ブアリが受ける。

 

 前を向く。

 

 ハーパーが左から中央へ入り、エリスが外で待っていた。

 

 客席が少し沸いた。

 

 相手を抜いたわけでも、長いパスを通したわけでもない。

 

 前へ走ってきた二人が、ボールの後ろへ取り残された。

 

 そこから攻撃が始まった。

 

 先制点は、ウルンだった。

 

 クルーニーが中央で相手を押し下げる。ウルンが少し下りて受け、ハーパーへ預けた。

 

 自分は、そのままゴールへ向かう。

 

 ハーパーから左へ、エリスから中へ。

 

「こっち! マット!」

 

 ウルンは相手の中盤より先にペナルティエリアへ入り、左へ手を上げた。

 

 左足で合わせた。

 

 ゴールの内側へ転がる。

 

 彼はクルーニーを指した。ストライカーは、守備者の前へ立ったまま腕を上げていた。

 

 自分が触らなかったことで、別の選手が打てた。

 

 練習で何度も確かめた攻撃だった。

 

 *

 

 後半、カールンが二点目を作った。

 

 右で受け、相手が近づく前にウォードへ渡す。

 

 自分は内側を走る。

 

 相手の左サイドバックが一瞬迷った。

 

 ウォードが外を進み、低く入れた。

 

 クルーニーがニアで触り、ボールがゴールへ入った。

 

「ほら! ジェームズ、もう一回できる!」

 

 カールンは両手を上げ、右の外を指した。

 

 カールンは、右の外をもう一度指した。次もあそこで受けられると思った。

 

 ベンチでヴァレンティが頷いた。

 

 ヘイルは時計を見た。

 

 六十分を少し過ぎていた。

 

 カールンの負荷を考え、ドイルへ声をかけた。若者は交代の表示を見ると、少し残念そうな顔をした。

 

 それでも、今日は失点してから呼ばれたのではなかった。

 

「今の、よかったです」

 

 ヘイルが言うと、カールンは頷いた。

 

「もう一本やれたのに。脚、まだあるよ?」

 

「分かっています。でも、今日はここまで。次もその脚で出てほしい」

 

 彼はベンチへ座った。

 

 終盤、途中から入ったエル・マリが左で一人をかわし、中央へ戻した。ウルンが足元へ引きつけ、後ろから来たハーパーへ落とす。

 

 ハーパーは右足で蹴った。

 

 三対〇。

 

 左へ移ってから、初めての得点だった。

 

 エル・マリが走り寄り、肩を抱いた。

 

 右で覚えた動きは、全部捨てたわけではない。

 

 ゴールへ入る向きが替わっただけで、相手がボールを見る瞬間は、こちらにもあった。

 

 *

 

 翌日、アカデミーの映像確認には、いつもより多くの場面が用意されていた。

 

 新たに担当する分析スタッフが、試合全体を撮るだけでなく、選手ごとの受け方を切り出し始めていた。

 

 ノア・プライスは、自分の横顔を見た。

 

 ボールが来る前に、首を動かしている。

 

 その次の場面では、顔を動かしただけで、何も見ていない。

 

 違いが、映像には残っていた。

 

 ベルが聞いた。

 

「どっちが、相手を見つけた方だ」

 

 プライスは最初の場面を指した。

 

「受ける足が、違う」

 

「そうだな」

 

 後ろに相手がいると分かったときは、遠い足へ逃がしていた。見ていない場面では、いつもの右足へ止めようとしている。

 

 前へ進めたのは、最初の方だった。

 

 新しいスタッフは、二つを続けて再生した。

 

 プライスは三度見た。

 

 自分の失敗を長く叱られるための映像ではなかった。できたときに、何が違ったかを確かめるためだった。

 

 そのことが、少し嬉しかった。

 

 *

 

 映像確認の後、バレットは自分の場面をもう一度見せてほしいと頼んだ。

 

 前線で足元へ受け、相手のセンターバックに触られる前にシュートを打った場面だった。

 

 ボールは大きく外れている。

 

「身体が倒れてるからですか」

 

 ベルは頷いたが、それだけではなかった。

 

「なぜ、その向きで打った」

 

「相手が来たので」

 

「来る前は?」

 

 バレットは画面を見た。

 

 プライスが近くにいる。左の外にも味方がいる。

 

 しかし、その試合では、まだ自分が一度もシュートを打っていなかった。

 

「一本も打ってなかったから。……打ちたかったです」

 

 バレットは画面の中の自分から目を逸らした。

 

「そうだな」

 

 ベルは責めなかった。

 

「打つ気持ちは要る。ただ、遠くから一回打って終わるより、一度渡して、もっと近くへ入る方法もある」

 

 バレットは、プライスへ出した後を考えた。

 

 相手の守備者が一度ボールを見れば、その脇へ走れるかもしれない。

 

 今までは、シュートをやめることが、自分の仕事をやめることに思えていた。

 

 ベルは別の映像を開いた。

 

 トップチームのクルーニーが、ニアへ入って触らず、コリンズが決める。

 

「点を取れなかった方にも、仕事があります。でも、これだけを真似しろとは言わない。次は、君が中央で受ける方かもしれないからな」

 

 バレットは頷いた。

 

 新しい分析スタッフが、練習で確かめる場面として、その二本をまとめた。

 

 部屋を出る前、バレットは聞いた。

 

「これ、家でも見られますか」

 

「必要な部分を、決まった方法で渡す。全部、夜まで見ていろという意味じゃないぞ」

 

 ベルが答えた。

 

 バレットは笑った。

 

 自分が何本外したかを数えるためではなく、次にどう走るかを見るためなら、もう一度開きたかった。

 

 *

 

 その日のグラウンドで、ベルはプライスとバレットへ短い時間を与えた。

 

 まず一人が足元へ受ける。もう一人は、すぐには寄らず、相手の視線が変わるのを待つ。

 

 相手役も置き、シュートまで続ける。

 

 ヴァレンティから聞いた練習を、その年代でできる速さへ変えていた。

 

 最初の三本は、全部止まった。

 

 四本目、バレットが返した後に走り、プライスが通した。

 

 打ったボールは、キーパーへ当たった。

 

「もう一本! 今の、次なら入る!」

 

 バレットは転がるボールを拾った。

 

 ベルは時計を見た。

 

「あと二本。その後は終わる」

 

 回数を増やすだけでなく、次に元気な脚で来られるようにすることも、新しい担当者から確認されていた。

 

 バレットはボールを戻し、また最初の場所へ入った。

 

 *

 

 リードは、午後のコーチ会議で新しい運用を説明した。

 

 トップチームへ参加した選手は、戻った後、何を経験したかを担当コーチと確認する。監督からの評価は、アカデミーにも同じ文面で渡す。

 

 良かった、悪かった、だけでは終わらせない。

 

 次に何を練習するかまで決める。

 

 ヘイルは、プライスの映像を見ながら尋ねた。

 

「彼に、トップと同じ3─1─4─2をずっとやらせますか」

 

 リードは首を振った。

 

「位置は経験させます。ただ、今の監督の布陣だけに合わせて育てるつもりはありません」

 

 ヘイルは頷いた。

 

「その方がいいと思います」

 

「アンカーも、外の位置も経験させたい。右で上手く受ける選手にするより、受ける前に判断できる選手にしたいんです」

 

 ヴァレンティが口を開いた。

 

「では、練習を一つ、下でも試せます。場所を替えて、同じ判断をさせる」

 

 ベルはノートを取った。

 

 トップチームから何かを持ち帰るのが選手だけではなくなる。

 

 リードは、そのために会議の時間もスタッフも確保したかった。

 

 資金が入ったことで、頼みたいと思っていたことを、実際の仕事にできるようになっていた。

 

 *

 

 八月二十二日、金曜日。

 

 佐々木の手からボールが落ちた。

 

 抱え直して立ち上がると、GKコーチが踏み切った場所を指した。

 

「最初の一歩、相手の方へ入ったな」

 

「はい。相手は見ていました。ただ、ボールの真下へ行こうとして、向こうが身体を入れられる道を残したと思います。次は一歩目で、その前を取ります」

 

 コーチが頷き、次のボールを要求した。

 

 ベルが拾い上げる。

 

「今の、出るのはやめない?」

 

「出ます。出る判断は変えなくていいと思っています。変えるのは、通る場所です」

 

「なら、少し早く蹴るぞ」

 

 佐々木はゴール前へ戻り、グローブを握った。

 

 二本目は両手へ収まった。三本目は弾いた。四本目、中央へ入ったボールには出ず、マーサーが頭で返した。

 

 休みに入ると、ベルが近づいた。

 

「ダンには、早めに言えよ。あいつは自分で触れると思ったら、止まらん」

 

「練習でぶつかりました。僕が声を出したときには、もう跳んでいて」

 

「だろ。俺もやった。謝るのは後でいいから、先に呼べ」

 

 佐々木は少し笑い、マーサーのいる方を見た。

 

「自分が捕るかどうかだけ考えていました。あそこで一声あれば、周りも先に相手を止められますね」

 

「そう。俺たちが触る前から、あいつらも仕事してる」

 

 ベルは次のボールを足元へ置いた。

 

「もう一本。今度は、呼ぶのが聞こえたら入れる」

 

 佐々木は戻りながら、こちらを見るマーサーへ手を上げた。

 

「キーパー!」

 

 呼ぶ声は、さっきより早かった。マーサーが相手の進路を止める。

 

 佐々木は捕り、胸へ抱えた。

 

「オーケー! ダン、今ので!」

 

 話しながらボールを返すと、隣のベルが笑っていた。

 

「それくらい聞こえれば、あいつも止まる」

 

 佐々木は息を整え、もう一度グローブを握った。

 

 *

 

 八月二十三日、キングズウェルとのアウェーゲーム。

 

 相手は、佐々木の前へ早いクロスを入れてきた。

 

 前半、キーパーが一度弾くと、客席が声を上げた。次も上げろという声が、ピッチの近くから聞こえた。

 

 佐々木はグローブを握り直した。

 

 マーサーが振り返る。

 

「次、来るぞ。出るか?」

 

「届く方なら出ます。声を出すので、手前の相手をお願いします!」

 

「聞こえた!」

 

 次のクロスには出なかった。マーサーが頭で返し、ブアリが拾った。

 

 相手の前線はゴール前へ集まっている。

 

 ブアリは右へ通した。

 

 カールンが受け、ウルンへ渡す。

 

 クルーニーが中央から斜めに走った。

 

 長いパスが出る。

 

 クルーニーはキーパーの前で一度だけ触り、先制した。

 

 佐々木は自陣で拳を握った。

 

 自分が捕らなかったボールから、点が生まれた。

 

 後半には、リーグ戦初先発のエル・マリが左から仕掛け、相手を引きつけてハーパーへ戻した。

 

 ハーパーからウルンへ。

 

 ウルンが身体を開き、ゴールの逆隅へ決めた。

 

 二対〇。

 

 終盤、キングズウェルはまた高いボールを入れた。

 

 佐々木は早く声を出した。

 

 マーサーが相手の進路を止める。

 

 佐々木は一歩目で場所を取り、両手を伸ばした。

 

「キーパー!」

 

 捕った。倒れずに胸へ抱え、佐々木は味方を前へ押し出した。

 

「上げて! 外、見てます!」

 

 敵地の声が、一度小さくなった。

 

 *

 

 帰りのバスで、ベルが佐々木の席へ来た。

 

「最後、よかった」

 

「ありがとうございます」

 

「あれを捕られると、向こうは少し嫌になる」

 

 ベルは笑い、自分の席へ戻った。

 

 佐々木はグローブの入った袋を見た。

 

 今日は勝った。

 

 それでも、前半に落とした一本は残っている。

 

 次の練習で、何を確かめたいかは分かっていた。

 

 少し前の席では、ヴァレンティがヘイルへ映像を見せていた。

 

 ボールを失ったカールンが、すぐに中央の道を閉じる場面だった。

 

「三歩、変わりましたね」

 

 ヘイルは頷いた。

 

 勝利の映像から、得点以外のものを見つけられる人が増えた。

 

 それだけで、自分が全員へ同時に何かを教えなければならない感覚は、少し軽くなっていた。

 

 バスを降りる前、ヘイルは二人へ翌日の予定を確認した。ヴァレンティが担当する部分と、自分が見る選手を分ける。

 

 選考は、監督が最後に決める。その判断に必要な報告は、専門のコーチが出す。

 

 八月に紙へ書いた権限の分担が、ようやく日々の時間割にも入り始めていた。

 

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